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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

真夏ダイアリー・40『ジーナの庭・2』

2019-10-15 06:49:06 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・40 
『ジーナの庭・2』       


 
 
 ジーナの姿のオソノさんはUSBを握った。すると四阿(あずまや)の中に映像が現れた。

「スネークアタック! リメンバーパールハーバー!」
 議会で、叫ぶルーズベルト大統領が居た……。

「どうして……!?」
「……CIAと国務省、FBIも総ぐるみ……日本の交渉打ち切りは、真珠湾攻撃後ということになってる」
「そんな、わたし、そのために証拠写真撮ったり、車ぶつけて消火栓を壊したりしておいたのに!」
「……真珠湾攻撃の予兆か、国務省前の消火栓破裂……やられたわね」
「だ、だって、お巡りさんのジョージも立ち会っていたのよ……」

 画面が、ワシントンの警察署に切り替わった。

「ジョ-ジ、FBIへの移動が決まった。おめでとう」
 署長がにこやかに言っている。
「そのかわり、あの事件は無かったことにしろと言うんですか!?」
「なんの話だね?」
「1941年12月7日午後1時12分。日本大使の車がぶつかって、消火栓を壊したんです!」
「……ジョ-ジ、君は夢を見ていたんだ。消火栓は老朽化のために、自然にぶっ飛んだんだ。新聞にもそう載っている」
「日本は、パールハーバーの前に……」
「それ以上は言うな。国務省もCIAもFBIも、そう言ってるんだ。むろん国務長官もな」
「しかし、大使とマナツは……」
「ジョージ、お前は合衆国の国民であり、警察官……いや、FBIの捜査官なんだ。いいな、それを忘れるんじゃない」
「合衆国は、正義の国家じゃなかったのか……」
「FBIへの栄転は、ご両親や兄弟も喜んでくれるだろう。家族を悲しませるんじゃない」
「署長……!」
「さっさと荷物をまとめて、FBIに行くんだ。辞令はもう出ているんだぞ!」
「……了解」
 ジョ-ジは、静かに応えると、敬礼をして署長室を出て行った。
「……惜しい奴だがな」
 署長は、そう言って、受話器をとった。
「……小鳥は鳴かなかった」
 署長は、そう一言言って、受話器を置いた。
「署長、会議の時間です」
「ああ、そうだったな……」
 署長は、戦時になったワシントンDCの警備計画の会議に呼び出されていた。パトカーでワンブロック行ったところで、歩いているジョージを追い越した。
「ジョ-ジのやつ、ご栄転ですね」
 運転している巡査に、応える笑顔を作ろうとしたとき、後ろで衝撃音がした。
「ジョ-ジが跳ねられました!」
「くそ、跳ねた車を追え! 追いながら救急車を呼べ!」
 署長は、そう命ずると、パトカーを降り、壊れた人形のように捻れたジョージを抱え上げた。
「ジョ-ジ……くそ、ここまでやるのか!」

「ジョ-ジ……!」

 真夏は言葉が続かず、後は涙が溢れるばかりだった。
「……あなたは、精一杯やってくれたわ」
「でも、歴史は変わらなかった。ジョ-ジが無駄に殺されただけ!」
「真夏、あの木を見て……」
 庭の片隅にグロテスクな木があった。その木の枝の一つが音もなく落ちていった。
「あの木は……」
「歴史の木。いま一つの可能性の枝が落ちてしまった」
 そして、落ちた枝の跡からニョキニョキと、さらにグロテスクな枝が伸びてきた。それは、反対側に伸びた枝とソックリだった。よく見ると、同じようにそっくりな枝が伸びていて、全体として無機質なグロテスクな木に成り果てていた。
「……同じように見える枝は、みんな、わたし達が失敗して、生えてきた枝」
 わたしは、理屈ではなく、歴史がグロテスクなことを理解した。
 でも、正しい歴史の有りようというのは、どんな枝振りなんだろう……。
「それは、今度来てもらったときにお話する。うまく伝わるかどうか自信はないけど……さ、ひとまず、元の世界に戻ってもらうわ」
 ジーナのオソノさんが言うと、周囲の景色がモザイクになり、モザイクはすぐに粗いものになり、一瞬真っ黒になったかと思うと、また、急にモザイクが細かくなり、年が改まって最初の日曜日にもどっていた。

 ただ一点違うのは、リビングにエリカも戻っていたことだった……。
 
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真夏ダイアリー・39『ジーナの庭・1』

2019-10-14 06:53:58 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・39 
『ジーナの庭・1』     


 
 
 国務省から戻ると、さすがに真夏も二人の大使も疲れ切っていた。

「三十分もすれば忙しくなる。少し休息をとっておこう。真夏君も部屋で休んでいたまえ」
 野村大使は、おしぼりで顔を拭きながら言った。来栖特任大使は、ネクタイを緩めてソファーに体を預けている。
「では、しばらく失礼します」
 わたしは、大使館の三階にある自分の部屋に向かった。

 ドアを開けると、オソノさんが立っていた……。    「ジーナの庭」の画像検索結果

 
 正確には、わたしが、オソノさんのバーチャルロビーに立っている。
「お勤め、ごくろうさま」
 そう言うと、オソノさんは指を鳴らして違う女の人に変身した。
「あなたは……」
「オソノよ。ちょっとイメチェンしたけど」
 わたしは、スマートな変身ぶりに付いていけなかった。
「あなたの任務はここまで。あとは歴史の力にまかせるしかないわ……少し、お庭でも散歩しない?」
「は、はい」
 庭に出ると、程よい花の香りがした。最初ここに来たときのCGのような無機質さは無くなっていた。
「良い香り……あ、エリカがいる!」
 庭に出てすぐの舗道の突き当たりに、ジャノメエリカがいた。大きさも、花の咲き具合も、お母さんと大洗に旅行に行く前と同じだった。
「あなたの家にあった、ジャノメエリカのDNAで作ったレプリカだけど、気に入ってもらえて嬉しいわ。帰るときに持って帰っていいわよ」
「ありがとう、ジーナさん!」
 言ってから気づいた。わたしってば、ジーナさんと呼んでいる。
 左に折れると、一面のお花畑だった。
 すみれとコスモスが一緒に咲いたりして、季節感はめちゃくちゃだったけど、わたしの好きな花たちばかりで、嬉しくなった。宮崎アニメの『借り暮らしのアリエッティー』の庭のようだった。
「この香りを出すのが大変でね。最初に来てもらったときは、あり合わせのホログラムで間に合わせたけど、今のは、限りなく本物に近くしてあるわ」
「え、これ造花なんですか?」
「ええ、枯れることもなければ成長すりこともない。でも、さっきのエリカは本物よ」

 やがて『紅の豚』のジーナの庭にあったのとそっくりな四阿(あずまや)が見えてきた。

「ステキ、ジーナの四阿だ!」
「あそこで、お話しましょう」
「ちゃんとアドリア海まであるんですね……」
「書き割りみたいなもの……世界も、こんなふうに作れるといいんだけどね」
「……一つ聞いていいですか?」
「なぜ戦争を止めるようにしなかったか……でしょ?」
「はい。わたし、いろんな知識をインストールされて分かったんです。真珠湾攻撃はハル長官に交渉打ち切りの申し入れが遅れて、リメンバーパールハーバーになったんですよね」
「そうよ」
「それを間に合わせるのが、わたしの任務だった」
「そう」
「それだけのことが出来るのなら、戦争を起こさない任務につかせてくれれば……」
「春夏秋冬(ひととせ)さんが言ってなかった? わたしたちが遡れる過去は、あなたの時代が限界だって」
「ええ、省吾だけがリープする力があったけど、省吾も限界だって」
「そう、だから、力のある真夏さん。あなたにかけるしかないの」
「だから、戦争をしない方向で……あの戦争では三百万人以上の日本人が死んだんでしょ」
「今の技術じゃ、あなたを送り出せるのは、1941年の、あの日が限界なの。それに、あの戦争の原因は、日露戦争にまでさかのぼる。例え、あの時代までさかのぼっても夜郎自大になった日本人みんなの心を変えることはできないわ」
「日本を、あの戦争に勝たせるんですか?」
「それは無理、どうやっても国力が違う。勝てないわ」
「じゃあ……」
「真珠湾攻撃を正々堂々の奇襲攻撃にするの。予定通りにね……そうすれば、リメンバーパールハーバーにはならない。ハワイを占領した段階で、アメリカは講和に乗ってくるわ」
「やっぱり日本を勝たせるんですか?」
「いいえ、講和よ。日本もかなりの譲歩を迫られるわ」
「じゃ、軍国主義が続くんですね……」
「講和が成立すれば、そうはならないわ。わたしたちの計算では、そうなの……信じて。あなたは、歴史を望める限り最良の方向に導いたのよ」
「……だといいんですけど」

 その時カーチスそっくりのおじさんが、何かを持ってやってきた。

「いけない人、ここはプライベートな庭よ」
「どうしても、君に伝えたいことがあってね」
 カーチスのそっくりは、USBのようなものを渡して、あっさりと帰っていった。

 ジーナを口説くことも、大統領になることも宣言しないで……。
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真夏ダイアリー・38『アメリカ国務省前のドラマ』

2019-10-13 07:05:20 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・38
 『アメリカ国務省前のドラマ』
    



「いやあ、真夏君のお陰で、時間通りに渡すことができたよ」
 野村大使は、国務省玄関の階段を降りながら、横顔のまま言った。
「いやあ、ハル長官の慌てた顔ったら、なかったね」
 来栖特別大使も後ろ手を組ながら、愉快そうに応じた。

「前を向いたまま聞いて下さい」

「……?」
 怪訝な顔をしていたが、二人の大使は、話を聞く体勢になってくれた。
「あと、三十分で真珠湾への攻撃が始まります」
「そんなに際どいタイムテーブルだったのかね!?」
「足を止めないでください、来栖大使」
「真夏君は知っていたんだね」
「はい、訓電をアメリカに渡すまでは話せませんでした。アメリカは事前に知っていましたから、真珠湾への攻撃を、どうしても、日本のスネークアタック(だまし討ち)にしたかったんです」
 
 三人は、国務省の前で大使館の公用車が来るのを待った。

「それで、あの記念写真を撮ったんだね」
 野村大使が、含み笑いをしながら言った。
「野村さん、周りにご注意を……」
 来栖大使が、笑顔のまま注意した。わたしたちの周囲は、不自然に立ち止まったままの男たちが、三十メートルほどの距離を置いて立っていた。
 
 やがて公用車がやってきた。

「すみません、運転代わってもらえません。あなたには、わたしたちが乗ってきた車を運転していただきたいの」
「君……なんのために?」
「お国のために」
 わたしは、なかば引きずり出すようにして、運転手を降ろして交代した。
「大使、衝撃に備えてください」
 そう言うと、わたしはアクセルを一杯に踏み込み、少しハンドルを右に切った。
「真夏君、なにを……!?」

 ドン!

 次の瞬間、公用車は歩道の消火栓にぶつかり、壊れた消火栓から派手に水が吹き上がった。

 プシューーーーーーーーー!

「大丈夫ですか?」
「ああ、しかし、なぜ、こんな事を……」
 予想通り、交差点の角にいたお巡りさんがとんできた。

「なんだ、君か?」

 そのお巡りさんが、シュワちゃん似のジョージ・ルインスキであったのは想定外だった。ジョージのことは、このダイアリーの№35に書いてあるわ。
 
「ごめんなさい、ジョージ。こんなことで、あなたと再会するなんて」
「外交官特権があるから、強制はできないけど、署まで来てもらえるかな?」
「ああ、かまわんよ。過失とは言え、アメリカの公共物を壊したんだ、大使として責任はとらせてもらうよ」
 野村大使が困ったような、それでいて目は笑いながら言った。
「あ、大使閣下ですか。本官の立場をご理解いただき恐縮です。まず、事故状況の書類を簡単に書きますので、サインを……」
 そのとき、不自然に立ち止まっていた男の一人がやってきた。

「大使は、重要なお仕事で来られたんだ。お引き留めしてはいけない」
「いや、しかし……」
「さ、早くお行きになってください」
「でも……」
「これは、国務省の要請です。あと三十分もすれば、大使館も賑やかになる。そうじゃありませんか?」
 その男は、にこやかに、しかし断固とした意思で言った。
「じゃあ、ジョ-ジ・ルインスキ巡査。またいずれ」
「ああ、マナツ。言っとくけど、オレは巡査じゃなくて二等巡査部長だ。覚えとけ」
「ジョージも、この事件覚えといてね。1941年12月7日午後1時12分!」
「ああ、いずれ消火栓の修理代もらいにいくからな!」
「オーケー!」
「早く行け!」
 国務省のオッサンの一言で、わたしは車を出した。

「これだけ、印象づけておけば、問題ないでしょう」
「あれが、言ってたお巡りさんかい?」
「ええ、素敵なポリスマンでしょう」
「なかなかの、国際親善だったね」
「いいえ、来栖大使には負けます。奥さんアメリカ人なんですものね」
「いいや、アメリカ系日本人だよ」
「真夏君は、一人娘だね」
「はい」
「どうだね、ああいうのを婿にして、アメリカ系日本人を増やすというのは?」

 真夏は、あてつけに、車を急加速させた……背景にはワシントンの冴え渡った蒼空が広がっていた。
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真夏ダイアリー・37『アメリカ国務省』

2019-10-12 07:05:15 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・37
『アメリカ国務省』     



「暗号文のままでいいのかね……」

 来栖特命大使が、最初の訓電を電信室から持って現れた。

「解読の時間が惜しいです。訓電は十四部にもなります。着き次第わたしにください」
「しかし、熟練のものでも解読するだけで二十分はかかるよ。十四部ともなると……」
 そういいながらも、真夏の目力に押されて、来栖大使は訓電の暗号文を渡した。真夏がスキャナーで訓電をなぞると、モニターに解読された平文になって現れる。
「おお……!」
 野村、来栖両大使が同時に声をあげた。
「海軍の、最新解読通信機です……あとは……」
 真夏は、印刷実行のアイコンをクリック、十秒ほどでプリントアウトされて出てきた。
「こんな高性能な暗号機が、あったんだね」
「大使が、海軍におられたころよりはかなり進歩していますの」
「しかし、これがアメリカの手に渡ったら、機密も何もあったものじゃないなあ」
 二枚目の解読済みの訓電を見ながら、来栖大使が唸った。
「セキュリティーは完全です。この機械は、わたしの顔と音声と指紋を認識して初めて起動します。他の人間がやっても、作動しません」
 
 十四部の暗号化された訓電は、十分ほどで正規の書類として揃えられた。

「え……最後通牒じゃない!」

 最後の、第十四部を読んで、真夏は声をあげた。
「交渉打ち切りの訓電だね」
 野村大使が、無表情に言った。
「大丈夫、国際的な慣例では、十分に最後通牒として通用するよ」
 そう言って、来栖大使は書類をまとめた。
「付則があります。午後一時にアメリカ側に手渡すように……とっくに暗号は解読されているのに」
「国務省にすぐ連絡しよう。今は十一時、十分時間はある。来栖さん、お願いしますよ」
「一時間後に発てばいいでしょう。ピッタリでつきます」
「すぐに出ましょう。国務省に着くまで、どんな妨害があるかしれません。アメリカは、すでに同じ電信を傍受しています。解読されてからでは遅いです」

 真夏の一言で決まった。車も、大使専用車をやめて、アメリカ人大使館員が故障のため、置いていった私用車を使った。

「真夏君、この車は故障しているよ」
「一分で直します。公用車は一時に国務省に回してもらえるように指示してください」
 真夏は、アナライザーで故障箇所を見つけると。アナライザーをリペアに切り替えて、あっという間に直してしまった。

「真夏君、方角が違うんじゃ……」

 後部座席で、身を隠しながら来栖大使が呟いた。
「怪しまれないためです」
 ブロンドのウィッグを着けた真夏が答えた。
「公使館の前にセダンがいたでしょ。あれ、OSS(CIAの前身)です。運ちゃんにウィンクしときました」

 ワシントンDCをドライブしたあと、日本大使館とは逆方向から、真夏は国務省に車を着けた。
 
「お約束より、少し早いんですけど、ハル長官にお目に掛かりたいんですが」
「!……少々お待ちを」
 秘書官は慌てた。なんせ、日本大使が大使館を出たという情報が届いていないのだ。
「OSSの連中は、なにをやってるんだ……」
 秘書官のボヤキは、真夏たちにも聞こえた。二人の大使は苦笑いした。

「準備が整うまで、しばらくお待ちください」
 秘書官は、もどってくると外交的な頬笑みで答えた。
「わたしたちが早く着きすぎたんだ、待つとしようか」
 野村大使は、廊下の椅子にくつろいだ。
「アメリカは、もう暗号を解いています。あくまで日本のスネークアタックにしたいんです。長くは待てません」
「ハルは、そんな男じゃないよ」
 気の良い二人の大使は、口を揃えてそう言った。
「秘書官、わたし、着任したての大使秘書なんです。お時間かかりそうだから、記念に写真とらせてもらえません?」
「それは光栄だ、じゃ、ミスマナツ、こちらへ」
 向こうも時間稼ぎになると思ったのだろう、すんなり誘いに乗った。
「貴方みたいなナイスガイと撮ったら、親が誤解しそうなんで、大使、真ん中に入っていただけます?」
「ああ、いいとも」
「来栖大使、シャッターお願いします。時計と日めくりが入るように……」
 三人で撮った写真には、1941年12月7日午後12時50分という記録が残った。

 時計が一時をさした。

「ケント、約束の時間。お願いもう一回……」
「ああ、一応聞いてみるよ」
 秘書官が、長官執務室に入った。
「今です、大使!」
 真夏は、大使の背中を押した。閉めきる寸前のドアにぶつかるようにして、野村大使は長官の執務室に入った……。

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真夏ダイアリー・36 『最初の任務・駐米日本大使館・2』

2019-10-11 07:02:57 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・36 
『最初の任務・駐米日本大使館・2』   
 

 
 
「冬野真夏さんだね。ま、そちらにおかけなさい」
 
 大使は窓ぎわのソファーを示した。
 太ぶちの丸メガネがよく似合うロマンスグレーのおじさんだ。退役海軍大将で、元学習院長、海外勤務も長いはずなのに、関西訛りが抜けないところなどは、田舎の校長先生という感じで好感が持てた。大使は、しばらく、わたしの辞令と履歴書を読んだ。
 
「なにか、不都合なところでも……」
「いや、すまん。ここのところ偉い人ばかり相手にしているもんでね。つい、くつろいでしまう……しかし事務官とは、うまく考えた役職名だ。どんな仕事をやってもらっても、不思議じゃないようになっている。東郷さんも気を利かしたものだ」
「正規の外交官じゃありませんけど、頭の小回りがいいようです」
「はは、なんだか人ごとみたいに言うね」
「いらない神経が発達していて、しゃべり出したら止まりません。ついさっきも、お巡りさんとケンカしかけて……」
「嫌な目には遭わなかったかい?」
「いいえ、最終的には、お友だちになれました」
「それは、なによりだ。近頃は日本人というだけで、不審尋問を受けて、警察にひっぱられることが珍しくないからね」
「まず、相手のコンプレックスをついて、怒らせるんです。人間怒ると、いろいろ隠していることが見えてきます。で、そのコンプレックスに寄り添うようにすれば、仲良くなれます。緊張と緩和です」
「はは、並の外交官より、人あしらいが上手いようだね」
「でも、実際はなんにも考えていません。その時、頭に浮かんだことを口走っているだけです。後付で説明したら、まあ、こんな感じかなあというところです」
「そのお巡りさんとは?」
「最初は横柄だったんです。すごく日本人に偏見持っているようで」
「で、コンプレックスはすぐに見つかったのかい?」
「言葉の訛りと雰囲気から、ポーランドの血が混ざっているなって感じました」
「で、お巡りさんに言ってしまったのかい?」
「ええ、あなたポーランドのクォーターでしょって」
「で、どう寄り添ったんだね?」
「わたしのお婆ちゃんもポーランド人なんです」
「ほう……」
「つまらないことで、コンプレックス持ってるようなんで、ハッパかけてあげました」
「お説教でもしたのかい?」
「いいえ、自分もクォーターだって言って、笑顔で握手しただけです。大の大人が、つまらないことでコンプレックス持って、弱い日本人を見下しているのにむかついただけです」
「はは、おちゃっぴーだな、真夏さんは」
「ハハ、そのお巡りさんにも、そう言われました」
「なかなかな、お嬢さんだ」
 
 そのとき、ドアを開けて八の字眉毛のおじさんが入ってきた。インストールされた情報から来栖特命大使だということが分かった。
 
「お。来栖さん」
「ノックはしたんですが、お気づきになられないようなので、失礼しました」
 一見お人好しに見える来栖大使が緊張している。
「君、悪いが席を外してくれたまえ。野村大使と話があるんだ」
「男同士の飲み会だったら、ご遠慮しますが、外務省からの機密訓電だったら同席します」
「君は……?」
「東郷さんから、この件については彼女を同席させるように……ほら、これだよ」
 野村大使は、わたしに関する書類を来栖さんに見せた。
「しかし、こんな若い女性を……それに君はポーランドの血が……」
「四分の一。来栖さんの息子さんは、ハーフだけど陸軍の将校でいらっしゃいます。一つ教えていただけませんか。外交官の資質って、どんなことですか?」
「明るく誠実な嘘つき」
「明るさ以外は自信ないなあ。三つを一まとめにしたら、なんになりますか?」
「インスピレーション……かな、来栖さん」
「よかった、経験だって言われなくて。わたしは外交官じゃないけど、今度の日米交渉には、くれぐれも役に立つように言われてるんです、東郷外務大臣から」
「と、言うわけさ。来栖さん」
「では、申し上げます……」
「その前に、黙想しませんか。国家の一大事を話すんですから……」
 
 そう言いながら、わたしは、メモを書いた。
 
――大使館は盗聴されています、筆談でやりましょう。
――了解。
――日本からの最終訓電の翻訳は正規の大使館員に限られます。
――ほんとうかね?
――そのために、私がきました。& 最終訓電は米政府への最後通牒。国務省への伝達は時間厳守。
 
 事の重大性は分かってもらえたようだ。次にダメ押し。
 
――日本の外交暗号は米側に解読されています。
 
 二人の大使は、顔を見交わした。そして、野村大使はメモをまとめて暖炉で燃やした。メモは煙となり、たちまちワシントンの冬空に溶け込んでしまった……。

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真夏ダイアリー・35『最初の任務・駐米日本大使館・1』

2019-10-10 07:19:09 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・35
『最初の任務・駐米日本大使館・1』    



 気が付いたらワシントンD・Cのマサチューセッツアベニューだった。
 ボストンバッグを持ち直して周囲を見渡す。

 西にポトマック川と、川辺の緑地帯が見える。関東大震災救援のお礼に日本から送られた桜が並木道に寒々と並んでいた。12月では致し方のない光景だが、いきなり1941年の12月……いくら基本的な情報はインストールされているとはいえ、感覚がついてこない。

 向こうに見えるネオ・ジョージアンスタイルの建物が、日本大使館だと見当はついたが、気後れが先に立ち、なかなか足が進まない。
 紺のツーピースの上に、ベージュのコート。我ながらダサイファッションだと思ったが、頭では、これが当時のキャリア女性の平均的なものと認識しているのだから仕方がない。

「道に迷ったのかい……?」
 後頭部から声が降ってきた。振り返ると、アーノルド・シュワルツェネッガーのようにいかつい白人の警察官が、穏やかに、しかし目の奥には警戒と軽蔑の入り交じった光を宿しながら真夏を見下ろしていた。
「日本大使館に行くところなんですなんです」
「ほう……で、用件は?」
「新任の事務官です」
「パスポートを見せてもらっていいかな?」
 言い方は優しげだが、十二分な威圧感がある。いつものわたしならビビッてしまうところだけど、こういう場合の対応の仕方もインストールされているようで、平気で言葉が出てくる。
「荒っぽく扱うと、中からサムライが刀抜いて飛び出してくるわよ」
「優しく扱ったら、芸者ガールが出てくるかい?」
「それ以上のナイスガールが、あなたの前にいるわよ」
 わたしは、帽子を取って、真っ正面からアーノルド・シュワルツェネッガーを見上げてやった。紅の豚のフィオが空賊のオッサンたちと渡り合っているシーンが頭に浮かんだ。
「へえ、キミ23歳なのかい!?」
「日本的な勘定じゃ、22よ」
「ハイスクールの一年生ぐらいにしか見えないぜ。それもオマセでオチャッピーのな」
「お巡りさんは、まるで生粋の東部出身に見えるわ」
「光栄だが……まるでってのが、ひっかかるな」
「お巡りさん、ポーランド人のクォーターでしょ」
「なんだと……」
「出身は、シカゴあたり」
「おまえ……」
「握手しよ。わたしのお婆ちゃんも、ポーランド系アメリカ人」
「ほんとかよ?」
「モニカ・ルインスキっての」
「え、オレ、ジョ-ジ・ルインスキだぜ!」
「遠い親類かもね? もう、行っていい、ジョ-ジ?」
「ああ、いいともマナツ。そこの白い建物がそうだ」
「うん、分かってる。新米なんで緊張しちゃって……」
「だれだって、最初はそうさ。オレもシカゴ訛り抜けるのに苦労したもんさ。でも今は……ハハ、マナツには見抜かれちまったがな」
「ううん、なんとなくの感じよ。同じ血が流れてるんだもん」
「そうだな、じゃ、元気にやれよ!」
「うん!」
 ジョージは、明るく握手してくれた。気の良い人だ……そう思って大使館の方に向いた。その刹那、イタズラの気配を感じた。
「BANG!」
 ジョージは、おどけて手でピストルを撃つ格好をした。わたしは、すかさず身をかわし反撃。
「BANG!」
「ハハ、オレのは外されたけど、マナツのはまともに当たったぜ!」
「フフ、わたしのハートにヒットさせるのは、なかなかむつかしいわよ」
「マナツの国とは戦争したくないもんだな」
「……ほんとね」

 自分のやりとりが信じられなかった。完全なアメリカ東部の英語をしゃべり、ポーランド系アメリカ人のお巡りさんと仲良くなってしまった。完全に口から出任せだったんだけど、妙な真実感があった。
 大使館の控え室の鏡を見て、少し驚いた。わずかだけど顔が違う……クォーターだという設定はインストールされたものだと直感した。

 その時、ドアがノックされ、アメリカ人職員のオネエサンが入ってきた。

「おまたせ、ミス・フユノ、大使が直接会われるそうよ」
「は、はい」
 オネエサンに案内されて、大使の控え室に通された。
「失礼します」
「ああ、待たせたね……」

 野村大使が、ゆっくりと顔を上げた……。

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真夏ダイアリー・34『最初の指令・2』

2019-10-09 06:54:02 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・34
『最初の指令・2』            




 最後の通帳……?

 オソノさんの説明が分からずに、わたしは、もう一度聞き直した。

「いいえ、最後通牒……つまり、交渉を打ち切って、戦争しますよ。というお知らせ」
「…………?」
「ちょっと、これを見て」
 オソノさんが指を動かすと、空中にスクリーンが浮かんだ。

 
○1941年 12月07日、13:00  

 日本の最後通牒は野村駐米大使を通じて真珠湾攻撃の30分前の13時にコーデル・ハル米国務長官に渡されることになっていた。

○12月07日、13:25  

 日本、真珠湾攻撃を開始

○12月07日、13:50  

 最後通牒の清書が、日本大使館で完成。

○12月07日、14:05

 野村駐米大使と来栖特派大使、最後通牒を携え国務省に到着。

○12月07日、14:20

 二人の日本大使、15分待たされて、ハル国務長官と会見。最後通牒を手渡す。

「自分の公職生活50年の間、いまだかつて、このような恥ずべき偽りと歪曲とに充たされた文書を見たことがない」と、ハル国務長官に言われ、以後、日本は「スネークアタック(だまし討ち)」と言われ、ルーズベルト大統領の演説で、対日交戦機運は一気に高まり、戦争に突入。以後「リメンバー、パールハーバー!」のキャッチコピーのもと、四年にわたる対米戦争が始まった。


「これ、なんですか……?」
「むかし、日本がアメリカと戦争をした直前の事情」
「え、日本て、アメリカと戦争したんですか!?」
「こりゃ、手間かかりそうね……」

 それから、わたしはオソノさんから、その戦争についてのレクチャーをうけた。学校の授業と違って、ビジュアルな資料が多く、オソノさんの語り口もうまいので、一時間ほどで、だいたいのところは分かった。

「じゃ、アメリカは、暗号を解読して、あらかじめ知っていたんですか!?」
「そうよ、アメリカ人の心を対日戦争に向けて燃え上がらせるために、ルーズベルトさん達が、やったこと」
「で、わたしに、何をしろと?」
「予定通りの時間に、国務省に最後通牒を届けてほしいの」
 そう言って、オソノさんは、紅茶を飲み干した。まるで町内会の回覧板をまわすような気楽さだった。

「じゃ、お願いね」

「あ、あの……」
「大丈夫、必要なものは用意してある。必要な知識や能力もインストールしといてあげるから」
「で、でも……」
「がんばってね~」

 そこで、わたしの意識はまた跳んでしまった……。
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真夏ダイアリー・33『最初の指令・1』

2019-10-08 07:02:36 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・33  
『最初の指令・1』      
 
 
 
 今日は年が改まって最初の日曜日。

 午後から新曲のレッスンがあるので、午前中に宿題をやっつける。
 あらかじめ、みんなでシェアしておいた宿題の答がパソコンに送られている。それを見ながら、適当にミスをしてコピー。あっと言う間にできてしまった。
 
「いいかげんに、着替えて朝ご飯たべなさい」
「わっ!」
 お母さんの声が、耳元でしたのでびっくりした。
 わたしは、半天をパジャマの上に羽織って、顔も洗わずに宿題をやっていたのだ。

 パソコンを落とそうとしてデスクトップを出すと、画面一杯にアラームが点滅した。
 気持ちが悪いので、シャットダウンしようとしたら、

――指令 第一号――

 来た……指が無意識にクリックした。

 そこで、意識が跳んだ。

 気づくと、無機質な廊下に立っていた。
 
 無機質というのは直感で、見た目には優雅なホテルの廊下のよう。天井は高く、床は、フカフカの絨毯、左側は大きなガラスのサッシになっていて、綺麗な庭が見えた。でも、それはCGで作ったように、美しすぎる。
 この廊下の先に目的の場所があるような気がして、わたしはフカフカの絨毯を踏みながら、そこに進んだ。
 突き当たりを右に曲がると、大きな吹き抜けのロビーのようになっていた。真ん中に、気持ちよさそうなソファーのセットとテーブル、そして、ソファーには『魔女の宅急便』のグーチョキパン店のオソノさんのような女の人が座っていた。
 
「どうぞ、こちらへ」
 オソノさんが、前のソファーを促した。
「はじめまして、わたし……」
「真夏さんのことは、みんな知ってる。ここの中よ」
 オソノさんは、自分の頭を指した。
「わたしは……オソノでいいわ。あなたが、そう感じたんだから、まあ、お茶でも飲みながらゆっくりと……」
 目の前のテーブルに、ティーセットが現れた。
「ごめんなさいね、急ごしらえのバーチャルだから、細かいとこまで手が回らなくて」
「……でも、お茶は本物ですね、おいしい」
「嬉しいわ、そう言ってもらえて。視覚や触覚はともかく、味覚を作るのって難しいの」
「じゃ……これも?」
「あ、自分でばらしちゃった……こういうとこ、抜けてんのよね、わたし」
「ハハハ……」
 オソノさんの情け無さそうな顔に、思わず笑ってしまった。
「よかった、リラックスしてくれているようで。こういう雰囲気の中で、仕事の内容を伝えるのが、わたしの仕事だから……ああ、ボキャ貧ね。こんな短いフレーズの中に『仕事』って、言葉を二回も使ってしまった」
「今ので、三回」
「あら、ほんと。もっと気の利いた言葉で伝えられなくっちゃね」
 オソノさんの困った顔に、無機質な感じがいっぺんになくなり、あとの話は、お気楽に聞くことができた。

 もっとも、その中味は、ちっともお気楽ではなかったけど……。
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真夏ダイアリー・32『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』

2019-10-07 06:47:40 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・32
『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』      
 
 
 
  新年会の「夢物語」のあとで、玉男が「現実的なこと」を言った。
 
「ねえ、みんな、冬休みの宿題やった?」
 
 一瞬、シーンとなり、お互いの顔をうかがった……。
――やりました……という顔は一つもなかった。
「みんなで、ワークシェアリングしようぜ!」
 省吾のアイデアに、みんなが飛びついた。
 
 で、ジャンケンの結果、わたしには読書感想が回ってきた。
 
 由香が、読書感想用の本を持っていた『のぼうの城』と『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』という本だ。このダイアリーを見ても分かると思うんだけど、本を読んだり、文章を書いたりというのは、わたしの得意技。
『のぼうの城』は、わたしも読んでいたので、これは楽勝。
『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』こんな本は知らない。
「これ、AMAZONでプレミアが付いて、8000円もするんだよ!」
「いいの、そんな貴重本借りて?」
「ハハ、他のネット書店じゃ、定価の1260円。版元の青雲書房で買えば、送料無料の定価よ。わたしは、渋谷のジュンプ堂で、たまたま見つけたときに買ったんだけどね。なんたって、お隣の学院が舞台なんだもんね」
「我が乃木坂は出てこないの?」
「カケラも。それを除けば、けっこう面白い本。まあ、二時間もあれば読めるわ」
 
 本当に二時間で読めてしまった。
 
 まどかって子が、演劇部を再建していく青春ドラマ。  
 
 展開が面白く、主役も同い年なんで、「ああ、こういうことってあるよなあ」と入り込めた。学校近辺の描写もリアルで、親近感が持てた。ただ、ラストで、主人公のまどかが、カレの忠友クンとうまくいっちゃうのは、ラノベとはいえ、羨ましかった。しかし、由香が言っていたとおり、半年の長さで物語が書かれているのに、我が都立乃木坂高校には一言も触れられていないことが、寂しいというか、不自然だった。
 
――大規模演劇部が、事故や顧問の退職で部員が激減した乃木坂学院高校演劇部が小規模演劇部に落ち込みながら、主人公まどか達の努力で再生するまでを、まどかの恋物語や、幽霊部員(本物の幽霊!)の活躍をからめ、下町の荒川周辺、乃木坂界隈を舞台に展開。女子高生の恋物語と演劇部の再生を縦糸に、時代を超えた友情を横糸に繰り広げられる青春コメディー。アハハと笑い、ホンワカと温もり、ちょっぴり涙するうちに、気が付けば、演劇部の有りようが分かるマネジメント本でもある。現役高校生から大人まで楽しめる物語。主人公のまどかは、こんな子が友だちに、妹に、娘にいたら、とても人生が楽しく、ハラハラドキドキさせられる。人生って、若いって、お芝居って楽しいと思えました――
 
 と、要約すれば、そういう内容になる読書感想を書いた。
 
『のぼうの城』は、こんなふうに書いた。
 
――“のぼう”ってのはデクノボウの事、時は戦国の再末期 秀吉の北条攻めが舞台。北条方の一枝城「忍城(おしじょう)」守兵500人対秀吉方 石田三成・大谷吉継以下20,000人。この忍城守護のトップが“のぼう様”こと成田長親(なりたながちか)。
 デカい身体をしているが武術・体術からっきし、城代の倅ながら 城下の村をうろつき百姓仕事を手伝いたがる。それがまともに出来るならまだしも、麦踏み程度の作業にも失敗する。 百姓にしてみれば有り難迷惑も良いところで 本人にメンと向かって「のぼう様は手を出さんで下され」と言い放つ。言われた長親、悲しそうではあるが一向に怒る気配なし。
 さて、この話 れっきとした史実であり、成田側、石田側はたまた公式の戦記にもはっきり記載されている。江戸期の書物には 公方に逆らった者として、必要以上に石田三成を貶めた書き方がされているが、戦闘があった当時のリアルタイム資料が五万と残っている。 本作の面白さは、合戦のスペクタクルと、“のぼう様”が本当に馬鹿者なのか稀代の将器かトコトン最後まで解らないというこの二点。時にハラハラ、時に爆笑(こっちの方が多い)しながら最後まで一気に読ませる。作中 長親が内心を吐露する部分は一切ない。その場に一緒にいる人間の評価が示されるだけで、読者にも全く判断が付かない形になっている。一読、隆慶一郎の何作かが浮かんだが…隆さんの作品にも この小田原攻めを扱った部分は多くあるのだが、また違った趣の小説である――
 
 これでも要約なんだけど、まあ、本の中味が『のぼう』の方が倍ほどあるので、こんなもの。これを、お仲間に一斉送信。あとは、適当に言葉を足してもらって、それぞれのオリジナルにしていただく。
 
 今日5日は、午後からシアター公演がある。相棒の潤に迷惑かけるわけにもいかないので、早めに家を出る。もう一度読み直そうと『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』をカバンに入れていく。地下鉄で上手く座れたので、パラパラとページをめくり、後書きを読む。
 
――この物語に出てくる、団体、人物は架空のものです――
 
 その一言が、ひっかかった……架空じゃないじゃん。乃木坂学院って、実在するし……。
「そう、この世界じゃね。この作品を書いた作者の世界では、実在しないんだよ」
 いつのまにか、隣りに、省吾のお父さんが座っていた。
「分かったかい、パラレルワールドが存在することが……」
「おじさん……」
「まもなく指令がとどく、よろしく頼むよ。真夏クン」
 
 そう言い残し、おじさんは、次の駅で降りていってしまった……。
 
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真夏ダイアリー・31『新年会の夢物語』

2019-10-06 07:14:21 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・31
『新年会の夢物語』        



 白いネコが路地から駆けてきた。
 続いて黒いネコ。
 そのあと白黒のネコが来たら面白いだろうなと思った。

 思ったことが、本当になるのは面白くて楽しいものだけど、ちょっと不気味だった。

 黒いネコのあとには、本当に白黒のブチが、そして、まさかと思ったら三毛猫までもが、そのあとに続いた。
 三毛猫というのは、そんなにはいない。だから、こうやって、パソコンでダイアリーをつけていても、黒いネコはネコと片仮名で出てくるけど、三毛猫は、あっぱれ漢字三文字だ。
 正月から、縁起が良いというか、不気味というか……最後に、三毛猫が道を渡りきるところで、こちらをみてニャオーと鳴いた。「どんなもんだい」と言われたような気がした。
 
 今日は、クリスマスと違って、昼からの集合ということになった。あまり省吾のうちに面倒かけちゃいけないという気持ちもあったけど、みんなお正月の不摂生がたたっている。頭と体が本調子になるのは午後からだろうという予想が先にたったというべきだろう。

「今日は、親父は出勤で、なんにも出来ないけど、まあ、スナックとソフトドリンクは揃えといたから」

 テーブルの上には、スナックが体裁良く、お皿の上に並べられて、リッツクラッカーの上には、おせちの残りだろうか、チーズや、ハムなんかが乗っかってカナッペになっている。
「ちょっと。いじらせてもらっちゃった」
 玉男がエプロンを外しながら言った。やっぱ玉男は、ただのオネエではない。

 みんなが揃うまで、みんゴル・6の体感モードで遊んだ。ちゅら海リゾートのハーフだったけど、この手のモノはわたしの得意。そのうち、由香とうららも集まったけど、みんゴルは続いた。省吾が案外ダメで、10オーバー。優勝は言うまでもなく、わたしの3アンダー。
 罰ゲームになんかやろうよ。由香が提案。
「初夢の発表会やろうよ!」
「あの、わたし、グッスリ続きで夢見てない」
 うららの発言で却下になりかけたけど、将来の夢でもOKということになって、始まった。

「おれ、なんだか金太郎になって、熊にまたがって鬼退治する夢」
 省吾の初夢にみんなが笑った。
「でもさ、鬼退治してるうちに、熊がナイスバディーのオネエチャンになってんの、それも裸のスッポンポン」
「わ、省吾ってリビドー高すぎ。鼻血出さないでよね」
 わたしは、タイムリープの暗示が夢になっているのかと思った。
「わたしはね、夢じゃないけど、感動したお話」
 由香が続けた。
「テレビで観たんだけど、映画監督の黒澤明が号泣した映画って、なんだか分かる?」
「スターウォーズかな。あれ、ダースベーダーの出演依頼断ったって、話だから、悔し泣き!」
 玉男が、かき混ぜる。
「それは、三船敏郎でしょ」
「それがね、『となりのトトロ』なのよ。偉大な作家って、やっぱ感受性が違うのよね」
「なるほど……」
 由香の話し方には説得力があり、みんな感心した。
「そういや、今月は『ハウルの動く城』と『コクリコ坂』テレビでやるんだよな」
「あ、『ハウル』今日よ。録画しとかなきゃ」
 玉男が、スマホを取りだし、自分ちの録画機の予約をやりだした。玉男は、意外に最先端なので驚いた。
「あたしはね、こういう映画とか、音楽がいっぱいの、お気楽な飲み屋さんやりたいなあ」
「新宿とか赤坂?」
 と、茶化してみる。
「そんなスノッブなとこじゃ、やんないわよ。渋谷か、高齢化社会ねらって巣鴨とかいいかもね」
 意外と堅実。
「わたしはね……」
 うららが始めた。てっきりダレかさんのお嫁さんになりたいとかじゃないかと思った。
「わたしは、うちの野球部を甲子園につれていくこと!」
「お見それしました……」
 玉男が、一同を代表して感動する。
「でも、その前に、部員を二人は増やさなきゃ。七人じゃ、野球はできないわよ」
 由香が、ヤンワリ釘を刺す。
「あ、なんか勘違いしてない。わたしは、甲子園に連れて行くって言ったのよ」
「それって……」
「まずは、直に観て感動するところからだと思うの。今年はみんなで甲子園の決勝戦を観にいく!」
 で、みんなは大笑いになった。

 わたしの番になった。

 なんで優勝者が罰ゲームなのか分からなかったけど、なんだかのっちゃって、雰囲気になってしまった。わたしは、昨日の『桃子の大冒険』の話をした。桃太郎が腐りかけて桃子になったところは大いに受けた。
 わたしは、密かに省吾の反応をうかがったが、アハハと口を開けて笑っているだけ、やっぱ、タイムリープしたときの記憶はないのだろうか、それとも、わたしが、まだ夢を見ているのだろうか……。

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真夏ダイアリー・30『初夢・桃子の大冒険』

2019-10-05 07:24:24 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・30  
『初夢・桃子の大冒険』       



 風邪をひいてしまった。

 昨日の一日ゴロゴロが悪かったのか、それとも、この三十日間の無理がたたったのか、少し熱がある。
 そもそも初夢が悪かった。初夢って、正確には元日の夜から二日にかけて見た夢のことをいうんだろうけど、わたしは夢を見なかった。だから、わたし的には、これが初夢。

 気が付くと(夢の中で)狭いところに閉じこめられていた。

 不思議なもので、それが大きな桃であることが分かった。なぜ分かったかというと、カメラの切り替えが効いて視点の変更ができる。まあ、アクションRPGとかによくある機能。で、カメラを切り替えると、わたしは大きな桃の実の中に入って川をドンブラコ、ドンブラコと流されている。

――わたしってば、桃太郎になってるじゃん!

 そう、わたしは元気な男の赤ちゃんになって、桃の中。なんで男の子かっていうと、こういうシュチュエーションて、桃太郎だし、股ぐらを見ると、立派な男の子のシンボルが付いていた。
 しばらく行くと、川辺でオバアサンが洗濯をしていた。

 このオバアサンが拾ってくれるんだ!

 しかし、オバアサンは、洗濯に夢中なのか、目が悪いのか、それとも桃が嫌いなのか、ひどく都会的な無関心さで、わたしのことを無視していく。
――おーい、おーい、と、わたしは叫ぶんだけど、とうとう目の前に来ても、オバアサンは気づかない(フリかもしれない)声を限りに叫ぶんだけど、オバアサンは気づかない……完全なシカトだ……。

 わたしは、さらに流されていく。時々川辺に人の姿も見かけたけど、だれも、わたしに気づこうともしない。群衆の中の孤独というものを初めて感じた。

 数日がたった。

 桃は、熟してきた……ってか、腐る一歩手前。

 中のわたしはクサっていた。そういう投げやりな気持ちがよくないのだろう。股ぐらの男の子のシンボルは、すっかり萎びて無くなってしまった。

「あ……桃太郎じゃなくて、桃子になっちゃった」
 そう思ったとき、わたしは桃ごと川から引き上げられる感じがした。
「こんなモノが流れていちゃ、世間の迷惑だわ……でも、この桃は食べ頃ね」
 そう言ってオバアサンが拾ってくれた(最初のとは別人)
「あなた、今オバアサンって言った?」
 オバアサンがカランできた。
――いいえ、オバサンです。
「そうよ、いまどきオバアサンてのは、七十過ぎなきゃ言わないのよ」
 オバアサン……オバサンは、そう言って、ログハウスに連れていってくれた。
 やがて、おじいさん……いえ、オジサンが帰ってきて、めでたく入刀式の運びとなった。
「わ、女の子が入ってるじゃないか!」
「え、てっきり桃が喋ってるんじゃないかと思った……」
「……ふつう桃が喋るか?」と、オジサン。
「だって、AKBなんか、お野菜のかっこうして歌ってたりするじゃん……」
「そうだ、可愛く育てて、AKBみたいなアイドルにしよう!」
「そうよ鈴木桃子って、かわいいじゃん!」

 よく見ると、そのオバサンとオジサンは、お母さんとお父さんに、そっくりだった……。

 わたしは、大きくなり、それなりに可愛く育ち、あちこちのオーディションを受けまくった。

「……こんどもダメだったわね」
「次ぎがダメなら、ハローワークにいきます」
 冗談のつもりで、そう言った。
「そうしてくれる。わたし、もう疲れちゃった……」
 予想に反して、マジな反応が返ってきたのでうろたえた。

――ももクロウ・Z オーディション――の看板が突然目に入ってきた。

「これだ!」 わたしとオバサンは、同時に声をあげた。

 オーディションは、なぜか、握力、五十メートル走みたいな体力測定を中心に行われた。わたしは平均的な成績だったが、最後のテストでダントツの好成績だった。
 それは、「桃太郎のお話のあらすじを書きなさい」というものだった。こんなの楽勝。他の子は、連れてく家来が何だったか、やったスィーツがなんだったかで、苦労していた。
 で、まあ、アイドルとしての最低の国語能力のテストぐらいに思っていた。
 最後の最後が、コスの審査。水着とかだったらやだったんだけど、その心配は無かった。大型冷蔵庫みたいな小部屋に入ると、一瞬でコスになる。反対側のドアを開けると、審査員が並んでいる。
 他の子達は戸惑っていた。だって、そのコスは、桃太郎のそれだったから……。

「おめでとう、キミがももクロウ・Zの最終合格者だよ!」

 審査委員長のおじさんが、賞状をくれた。その審査委員長の顔は……省吾のお父さんの顔だった。

 いやな初夢だった……風邪の症状はあいかわらず。グズグズの正月の三日目だ……。

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真夏ダイアリー・28『アイドルは大変だ……』

2019-10-03 06:47:08 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・28
『アイドルは大変だ……』       





「急性虫垂炎だと思う……」

 医務室のドクターが、クララさんを診察して、そう告げた。
「……なんとか……なりませんか?」
 クララさんは、苦しい息の中、やっと、その一言を発した。
「救急車を呼ぼう、残念だけど……」
 ドクターは、スタッフに指示した。
「クララ……」
「クララさん……」
 医務室に入りきれないメンバーが、気配に気づき、泣き始めた。
 サブの服部八重さんが、一人冷静なので、医務室に呼ばれた。
「クララに、大丈夫だって言ってやれ」
 黒羽さんがうながしたようだ。
「クララ、残念だろうけど、チームは大丈夫。みんなでがんばってたどり着いた念願の紅白、ちゃんと勤め上げるからね」
「頼むよ……ヤエ」
 そんなやりとりが成されているうちに救急隊の人たちがやってきて、クララさんはストレッチャーに乗せられて廊下に出てきた。メンバーのみんなは、口々に何か言っているが、クララさんには届かない。あまりの痛さに意識が無くなったようだ。
 ストレッチャーが前を通るとき、わたしは、一瞬クララさんの手に触れた。

 クララさんの悔しさが、どっと伝わってきた。それが、自分の感情になってしまい、それまでの冷静さが吹っ飛んで、涙が溢れてきた。
 そして、反射的に、こう祈った。

――良くなれ!

 黒羽さんは吉岡さんをうながして、わたしたちを楽屋に集合させた。
「クララのセンターはヤエが代わりに入る。ヤエのポジションは、一人ずつ詰めて処理。いいね」
「……はい」
「しっかりしろ、クララのためにも、ここは乗り越えなきゃいけないんだ。いいな!」
「はい!」
 やっと、みんなの声が揃った。
 わたしは賭けていた。わたしの力がほんものであることを……。

 そして、わたしは、自分の力を確信した。

 昼過ぎに、クララさんは、タクシーで、もどってきたのだ!



「ご心配かけました。盲腸じゃなくて、神経性の腸炎だったみたいです!」
「そんな……いや、わたしの誤診だったようです。ご迷惑かけました」
 医務室の先生を、ちょっと自信喪失にしてしまったが、わたしの力は本物だ。
 急性の虫垂炎を、あっと言う間に治してしまった……。

 メンバーの感激はハンパじゃなかった。喜びのあまり泣き出す子が半分。あとの半分は、初めてサンタクロースを見た子どものようにはしゃぎ、ヤエさんなんかクララさんにヘッドロックをかましていた。
「心配かけんじゃねーよ、死ぬかと思ったじゃねーか!」

 本番は順調だった。

 自分たちの出番だけじゃなく、男性グル-プのバックに入ってバックダンサーも務めた。
 大ラスは、スナップのみなさんたちだ。朝の連ドラのテーマミュージックにもなった曲で大団円。終わりよければ全てよし。赤組は負けちゃったけど。

 帰りのバスの中で、省吾のお父さんの思念が入ってきた。



――「紅白歌合戦」「FNS歌謡祭」「ベストヒット歌謡祭」の年末3大歌謡祭が、今年は外国歌手の出場をこぞって見送った。これも歪みの現れか……真夏さんに、いつ、どのように飛んでもらうか研究中です。
 
 来年はえらい年になりそうな予感がした。

 元日は昼まで寝てしまった。
「真夏、年賀状来てるわよ」
 お母さんの声で目が覚めた。
「なに、その段ボール?」
「だから、年賀状……どうすんのよ、こんなに来ちゃって」
 どう見ても、千通はありそうだった。

 アイドルは、たいへんだ……。

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真夏ダイアリー・27『紅白歌合戦』

2019-10-02 07:15:45 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・27  
『紅白歌合戦』    






 東都放送のスタジオで大変な体験をしてしまった。
 時間を止めてしまったのだ。

 おかげで、ライトが落下して大事故になることを止めることができた。しかし、それはわたし(真夏)の運命が変わっていく、ほんの入り口にすぎなかった。


 省吾のお父さんは、わたしに一杯の情報をダウンロードしていった。わたしは、まず根本的なことから解凍していった。根本的? どうして根本的って分かるんだ?
 
 解凍の順番もプログラムされているようだ。

 省吾のお父さんは、300年ほど先の未来からやってきた。どうも未来はうまくいっていないようで、過去の世界を変えることで克服しようとしている。
 歴史というのは、例えば、一本の大きな木のようなもので、枝の数だけ違う歴史があるパラレルワールドらしい。だから、一つの枝がだめなら、その枝を切って別の枝が生えるようにしてする。その枝の分岐点に働きかけ、新しい芽を出させることが、省吾のお父さんの任務。  
 ところが、省吾のお父さんは300年遡ることが限界で、それ以前の歴史を変えないと、正しい歴史としての枝は芽を出さないようだ。
 そのために、タイムリープの力が優れた省吾に300年以上の過去にリープさせて歴史を変えようとしたが、省吾一人の力では限界に達し、同様な能力を持ったわたしに白羽の矢を立てのだ。
 わたしの力を伸ばすアイテムが、ハチ公前でもらったラピスラズリのサイコロ……ここまでが解凍できた答え。

 夕べは、ぐったり疲れて、家に帰るとすぐに眠ってしまった。

 夢の中で、わたしはラピスラズリのサイコロを振ってみた、五六回やると思い通りの数字が出せるようになった。ま、夢の中なんだからと、開き直っている自分がおかしかった。
 十回やって納得すると気配を感じた。
 梅と葉ボタンの気配……お母さんが買ってきたんだろう。しかし気配はするけど、エリカのように強いオーラは感じられず、人の姿になって現れることもなかった。

「やっぱ、力が付いたんだ……」

 朝起きて、机の上でサイコロを転がした。全部思った数字が出た。
 今日は、紅白歌合戦だ。去年までは観る側だったけど、今年は、なんと出演者。AKRとしても初出場なので、一度事務所に集まって気合いを入れてから行くことになっている。 「昨日のレコード大賞は、AKBに持って行かれたけど、わたしたちもやるだけやって、『コスモストルネード』で優秀作品賞をいただけました。三つ葉の潤ちゃんたちは、東都放送ご苦労様でした。で、今日は、全員で紅白がんばります。みんなよろしく!」  リーダーの大石クララさんが檄を飛ばした。  そして、バス二台に分乗して、会場のNHKホールに向かった。

 なんせ、初出場。

 プロディユーサーの黒羽さん、吉岡さん、リーダーのクララさんたちが、あちこちの楽屋に挨拶回り。それだけで、一時間近くかかってしまった。わたしたちは、服部八重さんが中心になって、振りと立ち位置の最終チェック。
 挨拶回りから帰ってきたメンバーは、もう、それだけで疲れた様子だったけど、クララさんの顔色が一番悪いような気がした。 「さあ、三十分後に、わたしたちのリハ。立ち位置大丈夫ね。知井子、先週の歌謡フェスみたいに間違えないでね」 「は、はい~」 「じゃ、いくぞ!」  クララさんは、直ぐ元気な顔になって、円陣を組んで、最後の気合いを入れた。

 そして、それはリハの最後の決めポーズの直後に起こった。



「ウウ……」


 絞るようなうなり声をあげて、クララさんが倒れた。お腹を押さえて、エビのように丸くなって脂汗を流している。
「クララ!」 「クララさん!」
 クララさんは苦悶の表情で、気を失いかけていた……。
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真夏ダイアリー・25『代役の年末特番』

2019-09-30 06:49:01 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・25
『代役の年末特番』      



 その夜、夢の中にエリカが現れた。そっと手を開くと、鉢植え用の栄養剤が載っていた……。

「もう、これも効かないの」

 エリカが、こんなにまとまった言葉を話すのは初めてだ。
「わたし、真夏と、お母さんが仲良くなれるようにがんばった……」
「知ってる……何度も夢に出てきて励ましてくれたものね」
「最初は自信があったの。あなたたち母子の仲は必ずわたしが取り戻してあげられるって。夕べは、最後の大勝負をかけてみた。二人ともグッスリ眠れたでしょ」
「うん……あれ、エリカのおかげ?」
「大浴場で、お母さんのスキンシップ、すごかったでしょう……」
「うん、背中流してくれたり、オッパイつかまれたり、ちょっとヘンタイみたいだったけど」
「あれ、お母さんの愛情なんだよ」
「分かってる……でも、どう絡んだら、どう受け止めたらいいか分からなくて……」
「真夏には、なんだか他の力が働きかけているみたい。その力が強くて、わたしの力が及ばない」
「他の力……?」
「うん。わたしにも分からない力……その力が無くなったら、また、わたしが力になれるかもしれないわ」
「……エリカ」
「わたしは、もうダメ。でも、わたしと同じDNAを持った妹たちがいるわ。わたし達は株分けで増やされたクロ-ンだから。これから、真夏に何が待ち受けているか分からないけど、くじけずにね……」



 そこで、夢の意識が切れてしまった。

 その朝、エリカは花を全て落として枯れていた。

「やっぱ、長続きしないね……ようし、今日は、お母さんが買ってくるね」
「エリカは……しばらくやめてね」
「もち、お正月に相応しいの見つくろってくるわよ」
 語尾のところでは、もう、お母さんはキッチンに向かい、吸った息を鼻歌にして朝ご飯の用意にかかった。

 わたしは、さっさと朝ご飯を済ますと、出かけることにした。

「あら、早いのね」
「うん、ちょっと寄っていきたいとこもあるし」
 
 事務所に行く前に渋谷に寄ってみた。むろん例のハチ公前。
 予想はしていたけど、なにも起こらなかった。ポケットの中のラピスラズリのサイコロにお願いしても、変化はなかった。


――やっぱ、気まぐれなんだな。


 そう思いながら、道玄坂まで行ってみたけど、なにも変わらない年末の賑わいだった。Ⅳ号戦車なんか影も形もない、当たり前だけど。わたしは、そうやっているうちにウィンドウショッピングをしている自分に気が付いた。
 わたしってば、この三週間あまり起こった身の回りの変化に、なんだか超常現象めいたことを思いこんでいただけなんだ。潤とそっくりなのは、娘は父親に似るってことで説明が付くし、美容師の大谷さんが、それに気づいて、いたずら心で潤そっくりな髪型にしたことで、吉岡さんが見間違え、あとは、知らず知らずのうちに自分にかけた自己暗示。エリカと話ができたのも夢の中だけ。ラピスラズリのサイコロは路上販売のオジサンに乗せられただけ、あとのいくつかの不思議も、わたしの思いこみ。

「おはようございま~す!」

 おきまりの挨拶を何度かして、わたしはスタジオに入った。
「神楽坂24の子達が移動中に事故ってしまって、急遽うちにお鉢が回ってきたんだ。テレビ東都には義理があるんでね、三つ葉クロ-バーにお願いなんだ」
 吉岡さんが手を合わせた。AKR47は年末のスケジュールはいっぱいいっぱいだった。選抜メンバーでもある、三つ葉が抜けるのは痛いようだけど、神楽坂とは共存共栄。会長の一声で決まったようだ。
 他の選抜の子たちが出かけたあと、スタジオいっぱいに使って、知井子、萌、潤、わたしの四人で、その日の振りと、立ち位置を確認し、台本は移動の車の中で目を通した。
 さすがに、年末のやっつけ番組、簡単な打ち合わせの後、カメリハ。お弁当の休憩を挟んで、すぐに本番になった。お弁当を食べながら必死で進行台本に目を通したけど、本番はADさんたちがQをくれるし、カンペだらけだし、歌と振りだけミスらなければOKというものだった。神楽坂の持ちネタである『居残りグミ』の歌と振りでは、ちょっとキンチョーしたけど、自分たちの『ハッピークローバー』はリラックスしてやれた。

 ……それは歌のサビの部分でおこった。

 ハッピー ハッピークローバー、奇跡のクローバー♪

 そこで、バーチャルアイドルの拓美が現れる寸前、頭の上がムズムズすると思ったら……なんとライトが落ちてきた!

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真夏ダイアリー・24『大洗母子旅行・2』

2019-09-29 06:34:00 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・24
『大洗母子旅行・2』       


 
 
「なぜ、結婚しようと思ったの?」
「したいと思ったから」
「じゃ、なぜ離婚しようと思ったの?」
「別れたいと思ったから」
「もう……!」

 案の定コンニャク問答になった。

「とりあえず、食べようよ。グズグズになったお鍋って、おいしくないから」
 で、ひとしきり食べた。
「親の結婚と離婚の理由なんか聞いても、なんの足しにもならないわよ……」
「そうやってごまかす」
「じゃ、聞くけどさ。真夏は、どうして、そんなこと聞きたいのよ?」
「納得いかなからよ」
「ハハハハ……」
「なにが可笑しいのよ。ひとが真剣に聞いてるのに!」
「ごめんごめん。お母さんの答えも同じだからよ」
「結婚して、離婚したことに納得してないってこと?」
「逆だなあ。納得できないから、結婚して。納得できないから離婚したの……まあ、その結果として真夏が生まれて、その真夏に迷惑かけちゃったけどね。ゴメンで済めば簡単なんだろうけど、真夏の心の中は、そんなに簡単じゃないでしょ」
「そういう分かったような物言いでごまかさないでよね」
「分かってなんかいないわよ。言ったでしょ、納得できないからだって……すごく無責任に聞こえるかもしれないけど、もう、離婚してしまったわたしがいて、その娘の真夏がいる。で、いま心臓マヒにでもならないかぎり、お互いに、まだ人生の先がある。そっちのを考える方が生産的だと思う。真夏が芸名を鈴木にしたのは、いいことだと思うわよ。冬野でもなく小野寺でもなく……ね、いっしょにお風呂入ろうか!?」
「さっき入ったわよ」
「いいじゃん、もっかい暖まって寝ることにしようよ」

 半ば、強引に大浴場に連れて行かれた。

 連れて行かれながら思った。お母さんといっしょにお風呂に入るなんて十年ぶりぐらいだ。
 わが母親ながら、驚くほど体の線は崩れていなかった。知らない人がみたら姉妹に見えたかもしれない。この人は人生の納得いかない苦悩をどこにしまい込んでいるのか不思議なくらい若やいでいる。



「背中流してあげよう」
「いいよ、さっき洗ったから」
「いいから、いいから」
 そう言って、お母さんは、わたしの背中にまわって洗い始めた。
「……い、痛いよ」
「ちゃんと洗ったの、こんなに垢が出る」
「垢じゃないわよ。それ、皮膚を削ってんのよ……痛いよう!」
 お湯を流されると、背中がヒリヒリした。そして、あろうことか……。
「ん……!」
 お母さんは、後ろから手を回し、わたしのオッパイをムンズと掴んだ。
「カタチはイッチョマエだけど、まだまだ固いわね」
「お母さん、ちょっとヘンタイだよ……」
 そのあと、湯船に漬かったとき逆襲してやろうとしたけど、ヘンタイ母は少女のような嬌声をあげてかわしてしまう。

 部屋にもどって、布団にもぐると、削られた背中がホコホコと暖かかった。
「お母さん……」
 ヘンタイ母は、歯ぎしりもイビキもかくことなく、静かな寝息をたてていた。

 朝は、久々にパチッと目が覚めた。いつもなら、泥沼の底から浮き上がるように、夢のカケラや昨日やり残したことなんかの思いがまとわりついて、まるでゴキブリホイホイにへばりついた体を寝床から引きはがすようにして起きる。こんな目覚めは久しぶりだった。

 昼からは、本格的にお天気が崩れる予報だったので、水族館だけ見て家に帰ることにした。夕べ、あれだけ寝たのに、帰りの電車の中ではウツラウツラだった。時折意識が戻ると、向かいの席で、お母さんはスマホで記事をまとめ、ビデオを編集していた。やっぱ、ダテにシングルマザーをやっていない。やるときゃ、きちんと仕事に集中しているのはアッパレと感心しつつ、ウツラウツラ……。

 家に帰って、ショックだった。昨日まで満開だったエリカが花を散らして萎びかけていた。あらかじめ用意しておいた鉢植え用の栄養剤を、グサリと注入。なんとか生き延びて欲しい。
 スマホをチェック。
 事務所から、明日のテレビ番組の打ち合わせと練習をしたいので、すぐに来いとメールが入っていた……。
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