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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

真夏ダイアリー・55『人質になる』

2019-10-30 06:41:42 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・55
『人質になる』
    


 わたしたちは、ハドソン川を挟んだ小さな民間航空会社の空港にきていた。

 さすがのアメリカも、この時期、優秀なパイロットを集めていて、この航空会社も、若いパイロットを引き抜かれたばかり、会社も親会社に吸収され、この飛行場は事実上閉鎖されていた。
 もう午後四時をまわっていたけど、夏も近い6月の太陽は、ほとんど真上にあった。

「……どうやって、ここに来られたの?」
 手にした銃が無くなっていることにも気づかずに、ジェシカが呟いた。事前にテレポの説明はしたが、実際やってみると、衝撃であるようだ。ミリーもショックで固まっている。
「で、トニーも、あなたと同じアバターとかいうにせ者なの……?」
「会ってみなければ分からない。コネクションを全部切られてるから、トニーが、ここに居るということしか分からない」
 ここを探り当てることも大変だった。インストールされた能力では探すことができず、教科書の中に隠していたアナライザーを使って、やっと探り当てたのだ。

 目星をつけた格納庫に向かうと、途中で、格納庫のシャッターが開いた。わたしたちは駆け足になった。
 あと三十メートルというところで、エンジンの始動音がした。ダグラスDCー3が動き始めた。

「ストップ!!」

 わたしたちは、三人でダグラスの前に立ちふさがった。やがてトニーの姿をした省吾がタラップを降りてきた。
「あなたはトニーなの? それともトニーに化けたアバターとかいう化け物なの?」
 ジェシカが、銃を構えた。
「引き金は引かないほうがいい。そこのアバターと違って、僕はトニーの体そのものを借りてるからね」
「くそ……」
 悔しそうに、ジェシカは銃を下ろした。
「もう、ここまで来たら後戻りはできない。もうエンジン回しちゃったからね」
「……このダグラス、ミートボール(日の丸)が付いてる!」
「この戦争で唯一、アメリカと日本で使った同じ機種。日本じゃ、ライセンス生産で零式輸送機っていうんだけどね」
「トニー、何をするつもり!?」
「戦争を終わらせる。多少強引なやり方だけど……おっとアバターの真夏君は大人しくしてもらおうか……ミリーおいで。いっしょにニューヨークの空を飛ぼう」
「だめよミリー!」
「だって……」
 意思に反してミリーの体は、トニーに近づき腕の中に絡め取られた。
「やることが終わったら、ミリーもトニーも返すよ。むろんトニー本人としてね」
 そう言うと、トニーはミリーといっしょにダグラスの中に消えた。
 ダグラスは、そのまま速度を上げて、ニューヨークの空に飛び立っていった……。

「……これで、よかったの?」
 ジェシカが、ポツンと呟いた……。
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真夏ダイアリー・54『二人のミリー』

2019-10-29 07:16:13 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・54
『二人のミリー』     


 
 
 
「誰よ、あなた……!?」



 本物がスゴミのある笑顔で詰問した。瞬間の動揺、やつはテレポしてしまった……。

 わたしは一瞬、省吾のあとを追ってテレポートしようと思った。
 しかし、同時にジェシカが壁に掛けてあるライフルを持って銃口を向けてきた。

 選択肢は二つだ。ジェシカと本物のミリーの心臓を止めてしまうこと。これなら秘密を知る人間はいなくなる。でも、あまりにも残酷だ。
 もう一つは、本当のことを話して二人を味方にしてしまうこと。
 テレポ-トして、この場から逃げる手もあったけど、ジェシカの銃の腕から、無事にテレポートできる確率は1/4ほどでしかない。わたしは両手を挙げて、第二の選択肢を選んだ。

「分かった、わけを話すから、銃を降ろしてくれない」
「だめ、わけが分かるまでは、油断はしない……」 
 そう言いながら、ジェシカは、わたしの背後に回った。
「あなた、いったい誰? わたしには双子の姉妹なんかいないわよ」
「わたしは、未来から来たの。この戦争を終わらせるために」
「ウソよ、そんなオーソン・ウェルズの『宇宙戦争』じゃあるまいし」
「じゃ、どうして、わたしはミリーにソックリなのかしら?」
「変装に決まってるじゃない。ハリウッドのテクニックなら、それぐらいのことはやるわよ」
「側まで来てよく見てよ」
 ミリーの足が半歩近づいた。
「だめよミリー、側に寄ったら何をするか分からないわよ!」
 ミリーは、サイドテーブルの上の双眼鏡を手にとって、わたしを眺めた。そして壁の鏡に写る自分の姿と見比べた。
「……信じられない。ソバカスの位置と数までいっしょ……ワンピースのギンガムチェックの柄の縫い合わせも同じ」
「よかったら、わたしの手のひらも見て。指紋もいっしょだから」
「……うそ……信じられない」
 ジェシカは、銃口でわたしの髪をすくい上げた。
「……小学校の時の傷も同じ」
「そう、トニーとミリーが、あんまり仲良くしてるもんだから、ジェシカ、石ころ投げたのよね」
「当てるつもりは無かった……それって、わたしとミリーだけの秘密。トニーだって知らないわよ!?」
 銃を持つミリーの手に力が入った。
「あ、興奮して引き金ひかないでね……で、分かってもらえた?」
「ミリーとそっくりだってことはね。ミリー、ハンカチを自分の手首に巻いて。区別がつかなくなる」
 ミリーが急いでハンカチを巻いた。ジェシカは、わたしのポケットの同じハンカチを取り上げた。



 窓の外でレシプロ飛行機の爆音がした。


 ジェット機の音に慣れたわたしには、ひどくノドカな音に聞こえたが、ガラス越しに見える小さな三機編隊はグラマンF4F。いまが、戦時なのだということが、改めて思い起こされた。
「この戦争で、アメリカは160万の兵隊を出して、40万人の戦死者を出すわ」
「四人に一人が……」
「ジェシカ、あなたのお兄さん……この夏にアナポリスを卒業するのよね」
 わたしは、ジェシカの兄の映像を映してやった。突然暖炉の上に現れたリアルタイムの兄の姿を見て、ジェシカもミリーもビックリしていた。この程度のことは体を動かさずにやれる。これをチャンスにテレポすることもできたが、わたしは二人の信頼を勝ち得ようと思った。
「ショーン……!」
「そして、これが三年後のショーン。海兵隊の中尉になってる。で……」
 わたしは、硫黄島の戦いの映像を出した。気持ちが入りすぎて、映像は3Dになってしまったが、その変化は、ジェシカもミリーも気づかない。

 ショ-ンは、中隊を率いて岩場を前進していた。突然、数発の銃声。スイッチが切れたように倒れ込むショーン。部下達がショーンを岩陰に運ぶ。ショ-ンは頭を打ち抜かれ即死していた。

「ショーン!」
「……どう、こんなバカげた戦争、止めようとは思わない?」
「これ……ほんとうに起こるの?」
「あなたたちには未来だけど、わたしには過去。なにもしなければ、40万人のアメリカの若者が死ぬ。ショーンも、その中の一人になる」
「トニーは。いったいなにを……?」
「いっしょよ。戦争を終わらせようとしている。ただ、やり方が乱暴なの。で、わたしは、それを止めさせるために来たの。急場のことで、ミリーのコピーをアバターにせざるを得なかったけど」

 わたしは、この時、まだ、わたしの本来の任務を理解していなかった。
 ただ戦争を止めさせ、未来を変えることだけだと思っていた。
 未来は、そんなに甘いものではない。それに気づくのには、まだ少し時間が必要だった……。
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真夏ダイアリー・53『禁断のテレポテーション』

2019-10-28 06:57:13 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・53
『禁断のテレポテーション』        




「やあ、ミリー。ま、上がってくれよ」
「思ったより元気そうじゃないの、安心した」
「病気じゃないからね。ただ熱中しちゃうと、もう学校に間に合わない時間になってしまってさ」
「まさか、女の子がいっしょにいたりしないでしょうね?」
「もっとエキサイティングで魅力的なもの」

 フレンドリーだったのは、そこまでだった。

 玄関のドアを閉めると、厳しい顔で、わたしを睨みつけた。
「誰だ、お前は……ミリーは実在の人物だぞ!?」
 
 ウソ……と、わたしは思った。ミリーは、この時代のアメリカに来るために作られたアバターだと思っていた。オペレーターはだれだか分からないけど、実在の人物のアバターを使うなんて、かなり余裕がない証拠。
「ここに来るまでに、誰かに会ったか?」
「ええ、ジェシカに。ついさっき、この家の前で」
「ジェシカは、いまごろ本物のミリーに会っているかもな……ここまでリスクを冒しながらやってくるなんて、相当情報を掴んだ幹部……オソノさんか?」

 省吾は、わたしの正体は分からないらしい。黙っておくことにする。省吾がトニーというアバターでやろうとしていることは、とんでもないこと……らしいことは分かっている。そして、その実行が目前に迫っていることも。ただ、以前ワシントンDCに来たときよりも情報もアバターの設定も不十分だった。ことは急を要するもののようだった。
「わたしが、だれだか明かすことはできない。でも、あなたが、これからやろうとしていることは、どうしても阻止するわ」
 省吾は指を動かしかけた。テレポテーションの前兆だ。わたしは反射的に――やめろ――と思った。
「くそ……テレポテーションを封じる力も持っているのか」
 わたしは、自分にそんな力があるとは知らない。ただ――やめろ――と、思っただけ。
「省吾……いや、ここじゃトニーね。トニーがやろうとしていることはルールから外れてる(具体的には分からないけど)やらせることはできないわ」
「まあ、いいさ。今日はまだ二日だ。時間に余裕はある。アバターといえ人間だ、いつまでも緊張状態で、僕の行動を邪魔できるわけじゃない」
「そう、あなただって同じ……根比べね」
 わたしたちは、外見的にはソファーに座ってリラックスしていた。まるで恋人同士がくつろいでいるように……でも、精神的には、全力で対峙していた。一瞬も息を抜けない。

 そのとき、ドアのノッカーが鳴った。

「わたし、ジェシカ。やっぱ心配でやってきちゃった……トニー、トニー、居るんでしょ。ミリーもいっしょなんでしょ」
「ご指名だ、君が出てやれよ」
「いいわよ。近くに居さえすればテレポブロックは解けないから」
「半径どのくらい?」
「地平線の彼方ぐらい……はい、待って。いま開けるから」
 ドアを開けると、ジェシカの明るい顔があった。
「やっぱ、気になってやってきちゃった……真実が知りたくて」
 ジェシカの、すぐ横に本物のミリーが現れた。ドアの陰に隠れていたようだ。

「誰よ、あなた……!?」
 本物がスゴミのある笑顔で詰問した。

 瞬間の動揺。やつはテレポしてしまった……。
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真夏ダイアリー・52『ニューヨーク郊外・1942』

2019-10-27 07:13:32 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・52
『ニューヨーク郊外・1942』
    


 

 気が付くと、1942年6月2日、ニューヨークの郊外にいた。

 少し違和感を感じた。わたしは視点を三人称モードにして、自分の姿を見た。
 ギンガムチェックのワンピースの上には、ブロンドのポニーテールが載って、脇にブックバンドでまとめた教科書を挟んでいた。前回、ワシントンDCに行ったときよりも、わたしらしくなかった。
 どうやらイングランド系アメリカ人のようで、肌は白く、瞳はブルー。頬に少しソバカスの名残が……頭の上には、02ーMILLIEというIDが付いていた。これは、この時代の人間には見えない。同じ時代に来ている未来人同士が互いに認識しあえるように付けられたIDタグだ。前回は、これが無かった。タイムリープした未来人が、わたし一人だったせいだろう。その他、いろんな情報が新しくインストールされている。

「ハイ、ミリー!」

 声が掛かって、後ろで自転車のブレーキ音がした。
「ハイ、ジェシカ!」
 この子はジェシカで、ハイスクールの同級生(ということになっている)で、ブルネットの髪をヒッツメにして、陽気なパンツルックである。
「トニーのとこ?」
「うん、ここんとこ休みが多いから」
「成績はいいけど、あいつなんか変よね」
「変……?」
「あ、いやゴメン。そういう意味じゃないの……」
 わたしは、そんな気はなかったけど、ジェシカの顔には、なんだかトニーを非難がましく言ったような後ろめたい色が浮かんでいた。
「ミリーには勝てないわ」
「どういう意味よ?」
「わたしも、今日の欠席にかこつけて、トニーに会いに行くつもりだったの……でも、たかが二日休んだだけで、お見舞いってのも、ちょっとフライングだわよね」
「ジェシカ……」
「いいの、これでふっきれた。トニーとは上手くやってね。BALL(ボール=卒業式に付随したパーティー)楽しみにしてる!」
 そういうと、ジェシカは口笛を吹きながら、ゆるい坂道を下っていった。
 
 わたしは、この世界では、卒業間近のハイスクールの最上級生で、トニーとは恋人同士に設定されている。
 分かりやすく言えば、恋愛シュミレーションゲームのようなもので、成り行きによるイベントの発生やら、分岐がいくつもある。ただ、それがゲームと違うのは、これは現実であり、イベントや分岐は楽しむためではなく、予期できないリアルなアクシデントとして起こる。
 つまり、それだけリスクの大きいタイムリープであるということなんだ。
 さっきのジェシカは、外見も心もバランスのとれたいい子。でも、時に自分でコントロールできなくなることがある。トニーへの愛情は、インストールされたわたしの疑似感情よりも強い。早くトニーに会って問題を解決しなければ、とんでもないことになりそうな予感。

 ドアをノックして二呼吸ほどすると、ガレージの方から、トニーが現れた。頭の上には、01-TONYのID。

「ハイ、ショーゴ!」わたしは、明るくフレンドリーに、そして、正確なIDで奴に呼びかけた……。
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真夏ダイアリー・51『再びジーナの庭へ』

2019-10-26 06:42:29 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・51
『再びジーナの庭へ』        




 気が付くとジーナの庭にいた。

 時空と時空の狭間のような、穏やかでバーチャルな空間。
 
 わたしは、ジーナの四阿(あずまや)に足を向けた。

「……お久しぶりです」
「わたしには、ついさっき。ここは時間の流れ方がちがうから」
「すっかり、ジーナさんのナリが身に付いてきましたね」
「バカを待つには、この方がいいかなって……」
「バカって、わたしのことですか?」
「かもね……でも、あなたはフィオの役回り。ポルコ一人じゃ空中戦はできないわ」
「じゃ……」
「そう、省吾のやつ。危ないから一度引き戻したんだけどね」
「あ……図書室で見たのが?」
「ええ、そのあとすぐに向こうに行っちゃったけど」
「え、また行っちゃったんですか!?」
「昭和15年から戻ったばかりだっていうのにね」
「昭和15年……限界を一年超えてる」
「三国同盟を阻止するんだって。あれがなきゃ、アメリカと戦争せずにすんだから……むろん失敗。戻ったところを、あなたに気づかれるようじゃね」
「じゃ、今度は?」
「昭和16年のアメリカ……」
「なにをやってるんですか?」
「さあ……連絡をとれないようにしているから、あの子」
「わたしは、なにを?」
「うん……その決心がつかないまま、あなたを呼んじゃった」
「じゃ……」
「お茶でも飲んで、わたしも考えるから」
「はい……」

 アドリア海は、どこまでも青かった……波音……紅茶のかぐわしい香り……。

 ふと我に返ると、ジーナさんの姿が無かった。
 テーブルの上に手紙があった。

――けっきょく決心がつきません。ラピスラズリのサイコロを振って、出た目に従ってください。

 わたしは、ラピスラズリのサイコロを振った。そんなに力を入れたわけじゃないのに、サイコロは、テーブルの上をコロコロと転げ回った。そして「赤い飛行機」という面で止まりかけて、コロンと転げた。

 サイコロは、1942年6月2日を指して止まった……。
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真夏ダイアリー・50『指令第2号』

2019-10-25 07:18:58 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・50  
『指令第2号』     




 わたしには分かった。
 窓辺に寄った瞬間、省吾はタイムリープしたんだ。
 そして一年近く、向こうにいて、今帰ってきたところ。むろん本人に自覚はないけれど……。

 その夜、潤と二人のテレビの収録があった。

「ねえ、真夏。たまにはうちに遊びにおいでよ。お父さんも会いたがってるし」
 収録を終えた楽屋で、潤が気楽に言った。
「うん……でも、お母さんがね」
「いいじゃん、仕事で遅くなったって言えば。大丈夫、泊まっていけなんて言わないから」
 どうやら潤は、準備万端整えているようだった。お母さんに電話したら「あ、事務所の人からも電話あったから」と言っていた。

「うわー、ほんとにそっくりなんだ!」

 玄関を入るなり、潤のお母さんが叫んだ。おかげで、お父さんに再会する緊張感はふっとんでしまった。
「女の子は、父親に似るっていうけど、ここまでソックリだと、母親のわたしでも区別つかないわよ。ほんと真夏さん。よく来てくれたわね!」
「やだ、わたし潤だよ」
「あ、そかそか、アハハ、とにかく楽しいわよ。ま、手を洗って。食事にしましょう」
 わたしはパーカーを脱いで分かった、潤からもらったパーカーだった。
「そんなパーカー見てやしないわよ。お母さんのボケは天然だから」
 うちのお母さんも暗い方じゃないけど、ときどき言うジョークなんかシニカルだったりする。潤のお母さんは、ちょっとした面影はお母さんに似ていたけど、ラテン系の明るさだった。キッチンへお料理を取りに行く間にも、お父さんのハゲかかった頭を冷やかしながら、先日の大雪についてウンチク。足にまとわりつくトイプードルに「あんたにユキって名前付けたの間違いだったわね」とカマシ、壁の額縁の傾きを直しながら、ガラスに映った自分に「ナイスルックス!」
 キッチンにお料理を取りに行くだけで、うちのお母さんの五倍くらいのカロリーは消費しているように思えた。

 お話を聞くと、学生のころイタリアに留学していて、そのときにイタリアのラテン的な騒がしさが身に付いた……と、本人はおっしゃっていた。

「あれは、留学から帰ってきてから撮った写真ですか?」
 向かいの壁にかかった、ご陽気なサンバダンスのコスで、顔の下半分を口にして太陽のように笑っている写真に目を向けた。
「ああ、あれは、日本で地味だった頃のわたし」
「え……!?」
 あきれたわたしのマヌケ顔に、テーブルは大爆笑になった。

「ブログは、ちゃんと更新してる?」

 潤は、自分の部屋に入るなり、スリープのパソコンをたたき起こして言った。
「ううん、あんまし……ウワー、潤のブログって可愛いじゃん!」
「ベースは事務所の人に作ってもらったの。あとは、その日その日あったことテキトーに書いとくだけ」
「わたしも作ってもらおうかな……」
「そうしなよ、わたしなんか季節ごとに替えてもらってんの。あ、スクロールしたら、前のバージョンなんか分かるわよ」
「ふーん……なるほど」
 感心しながらスクロールしていると、急に潤がバグったように動かなくなった。
「潤……」
 潤だけじゃなかった、エアコンの風にそよいでいたカーテンもモビールも止まっている。半開きのドアのところではトイプードルのユキが固まって……覗いたリビングでは、潤のお母さんも、お父さんもフリ-ズしていた。
 わたしは、予感がして、潤のパソコンに目を向けた。

――指令第2号――

 あの時といっしょだ。そこで意識が跳んだ……。
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真夏ダイアリー・49『アルバムのその子たち』

2019-10-24 06:21:46 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・49 
『アルバムのその子たち』    


 
 
 画像を検索してみると……それがあった。

 福島県のH小学校……と言っても校舎はない。

 ほとんど原っぱになってしまった運動場の片隅に「H小学校跡」という石碑。そして運動場での集合写真。野村信之介さんは、ブログの写真と同じ顔なのですぐに分かった。
 会長が、グラサンを外して写っていた。仕事中や事務所では見せない顔が、そこにはあった。

 そして、小高い丘の運動場の縁は、あらかた津波に削られていた。

 でも、その一角、デベソのように張り出したところに連理の桜があった。削られた崖に根の半分をあらわにして傾き、支え合って二本の桜が重なり、重なった枝がくっついていた。崖にあらわになった根っこも、絡み合い、くっついて一本の桜になろうとしていた。
 
 そのさりげない写真があるだけで、コメントはいっさい無かった。
 
 でも、『二本の桜』のモチーフがこれなのはよく分かった。でも、照れなのか、あざといと思われるのを嫌ってか、会長は乃木坂高校の古い記事から同じ連理の桜を見つけて、それに仮託した。
「会長さんも、やるもんねえ」
 お母さんが、後ろから覗き込んで言った。
「真夏でも発見できたんだ。きっとマスコミが突き止めて、話題にすることを狙ったのよね。さすが、HIKARIプロの会長だわ」
「ちがうよ、そんなのと!」
 わたしは、大切な宝石が泥まみれにされたような気になった。

 そして、気づいた。仁和さんが見せてくれた幻。幻の中の少女たち。仁和さんは「みんな空襲で亡くなった」と言っていた。わたしは、その子達を確かめなくてはならないと思った。

「え、これ全部見るのかよ!?」
「うそでしょ……」
 省吾と玉男がグチった。
「全部じゃないわよ。多分昭和16年の入学生」
「どうして、分かるの?」
 ゆいちゃんが首を傾げる。この子はほんとうに可愛い。省吾にはモッタイナイ……って、ヤキモチなんかじゃないからね!
 わたしは、お仲間に頼んで、図書館にある昔の写真集を漁っていた。

 ヒントはメガネのお下げ……ゲ、こんなにいる。どこのクラスも半分以上はお下げで、そのまた半分以上はメガネをかけている。
 でも、五分ほどで分かった。ピンと来たというか、オーラを感じた。いっしょの列の子たちは、あのとき、いっしょにいた子たちだ。
 
 杉井米子

 写真の下の方に、名前が載っていた。両脇は酒井純子と前田和子とあった。
 三人とも緊張はしているけど、とても期待に満ちた十三歳だ。わたしたちに似たところと、違ったところを同時に感じた。
 どう違うって……う~ん うまく言えない。
「この子達、試合前の運動部員みたいだね」
 由香が、ポツンと言った。そうだ、この子達は、人生の密度が、わたし達と違うんだ……。
「ねえ、こんなのがあるよ」
 玉男が、古い帳簿みたいなのを探してきた。

 乃木坂高等女学校戦争被災者名簿

 帳簿には、そう書かれていた。わたしは胸が詰まりそうになりながら、そのページをめくった。そして見つけた。

 昭和二十年三月十日被災者……そこに、三人の名前があった。

「どうして、真夏、この子達にこだわるの?」
 由香が質問してきた。まさか、この子達が生きていたところを見たとは言えない。
「うん……今度の曲のイメージが欲しくって」
「で、この子達?」
「うん、この子達も三人だし、わたしたちも女子三人じゃない。なんとなく親近感」
「……そういや、この杉井米子って子、なんとなく、ゆいちゃんのイメージだね」
「うそ、わたし、こんなにコチコチじゃないよ」
「フフ、省吾に手紙出してたころ、こんなだったわよ」
「いやだ、玉男!」
「ハハ、ちょっと見せてみ」
 省吾が取り上げて、窓ぎわまで行って写真を見た。
「ほう……なるほど」
「でしょ!?」
「うん」
 そう言って、振り返った省吾の顔は引き締まっていた。
「……省吾くんて、いい男だったのね。わたしがアタックしてもよかったかなあ」
「こらあ、由香!」
「ハハ、冗談、冗談」

 しかし、冗談ではなかった……わたしには分かった。窓辺によった瞬間、省吾はタイムリープしたんだ。
 そして一年近く、向こうにいて、今帰ってきたところ。むろん本人に自覚はないけれど……。
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真夏ダイアリー・48『光会長の秘密』

2019-10-23 07:04:16 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・48 
『光会長の秘密』       


 
 新曲『二本の桜』のリリースといっしょに乃木坂で撮ったPVも発表になった。

 アイドルグループの新曲としては珍しく、中高年の人たちが、たくさん聞いて下さった。
 動画サイトのアクセスは、初日だけで2万件を超えた。

――新曲なのに、とても懐かしい。
 そんな書き込みが多かった。
――子供たちのためにも頑張らなくちゃ……気づいたら、孫がいっしょに聞いていました。
 東北のお年寄りからの、そんな書き込みもあった。

「会長、その辺の狙いもあったんですか?」

 週間歌謡曲で初披露のときは、光会長も付いてきて(珍しいことなんだけど)司会のタムリに聞かれた。
「狙いなんか、ありませんよ。タムリさんの芸と同じく、思いつき。まあ、あんたより歳くってるから、なんか無意識に出たものはあるかもね」
「ああ、あるかも。似たようなギャグやっても、若い奴ならヒンシュクだけど、タムリがやったら笑うしかないって言われますもんね」
「ハハハ、お二人とも、存在そのものが昭和の文化遺産というか、無形文化財ってとこありますもんね」
 MCの局アナのオネエサンがヨイショした。
「そんな見え透いたヨイショしたら、ヨイショ返ししちゃうよ」
「え……」
 目が点になったオネエサンを、会長はタムリといっしょにヨイショした……物理的に。
「キャ、キャ、アハハハ、止めてくださいよ、あ、ど、どこ触ってんですかあ……!」
 セクハラというか、放送事故というか、その手前までやって、わたしたちの『二本の桜』になった。

《二本の桜》
 
 春色の空の下 ぼくたちが植えた桜 二本の桜
 ぼく達の卒業記念
 ぼく達は 涙こらえて植えたんだ その日が最後の日だったから 
 ぼく達の そして思い出が丘の学校の

 あれから 幾つの季節がめぐったことだろう
 
 どれだけ くじけそうになっただろう
 どれだけ 涙を流しただろう 
 
 ぼくがくじけそうになったとき キミが押してくれたぼくの背中
 キミが泣きだしそうになったとき ぎこちなく出したぼくの右手
 キミはつかんだ 遠慮がちに まるで寄り添う二本の桜

 それから何年たっただろう
 訪れた学校は 生徒のいない校舎は抜け殻のよう 校庭は一面の草原のよう 
 それはぼく達が積み重ねた年月のローテーション
 
 校庭の隅 二本の桜は寄り添い支え合い 友情の奇跡 愛の証(あかし)
 二本の桜は 互いにい抱き合い 一本の桜になっていた 咲いていた
 まるで ここにたどり着いたぼく達のよう 一本の桜になっていた

 空を見上げれば あの日と同じ 春色の空 ああ 春色の空 その下に精一杯広げた両手のように
 枝を広げた繋がり桜

 ああ 二本の桜 二本の桜 二本の桜 春色の空の下

 
「今年の卒業ソングのベストになりそうですね」
 ヨイショを警戒しながら、局アナのオネエサンが正直な感想を言った。
「そうなるかなあ……まあ、卒業式の歌は定番てのがあったほうがいいかなあ」
「お、大きく出ましたね。早くも定番ソング狙いですか!?」

「……こんな歌が定番になってたまるか」
 帰りのバスの中で、会長が呟いた。
「ヒットさせちゃいけないんですか?」
 潤が聞き返した。
「バカ、ヒットは当然。お前らは動画サイトで、昔の卒業式でも見てろ」
「あの、仁和さんから聞いたんですけど、光先生は東北のご出身なんですか」
「それは、たまたま。真夏は、乃木坂の古い卒業アルバムでも見てな」

 わたしは気になったんで、ネットで光会長のことを調べた。でも、福島県出身という以上のことは分からない。
 天下のHIKARIプロの会長のブログなので、書き込みや、コメントがたくさんある。わたしは、その中にヒントがあるような気がした。でもたくさん有りすぎて途方に暮れる。
 そのとき閃いた。

――そうだ、ラピスラズリのサイコロだ。

 そう思って、ラピスラズリのサイコロを振ってみた。サイコロは、1から6までしか無いはずなのに、196という数字を浮かばせていた。
「え……?」
 わたしは、196番目のコメントを見た。

――充くん、この間はありがとう。ノムサン

 わたしは閃くものがあって、福島県ノムサンで検索してみた。

「あった」

――ノムサン。野村産業。社長・野村信一……初代・野村信之介によって創始された県下有数の流通企業に……。

 わたしは、会長の野村信之介にひっかかり、検索しなおした。経歴がいっぱい出てきたけど、出身のH小学校にひっかかった。ここに、なにかある……。
 さらに、H小学校で検索。昭和45年、過疎化のために廃校とあった。
 
 さらに画像を検索してみると……それがあった。
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真夏ダイアリー・47『桜の記憶』

2019-10-22 06:38:19 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・47 
『桜の記憶』      



 セーラー服にモンペ姿の女学生の姿が見えてきた……!

「あれは……」

「じっと見ていて……」

 女生徒は、もんぺ姿から、普通のセーラー服に変わり、視野が広がるようにまわりの様子が変わってきた。
 女生徒の仲間が増えた。友だちを待っているんだろうか、弾んだゴムボールのように笑いあって……ハハ、先生に叱れれてる。みんなでペコリと頭を下げたけど、先生が通り過ぎると、またひとしきりの笑い声。
 先生も、仕方ないなあと言う感じで苦笑いしていく。
 やがて、お下げにメガネの小柄な子が「ごめん、ごめん」と言いながらやってきた。で、だれかがなにかおかしな事を言ったんだろう。ひときわ大きな笑いの輪になり、校門に向かった。
 途中に、なにか小さな祠(ほこら)のようなものがあり、ゴムボールたちは、その前までくると弾むことを止め、祠にむかって神妙な顔でお辞儀した。そして、校門を出る頃には、もとのゴムボールに戻って、坂を昇り始めていった。

「あの祠、奉安殿……」
「よく知ってるわね」
「でも、この景色は……」
「あの桜の記憶。乃木坂女学校が、まだ良かったころ……そして、一番愛おしいころの記憶」
「……なぜ、こんなものが見えるんですか」
「あなたに、その力があるから」

 仁和さんが黒板を一拭きするように手を振ると、景色はもとに戻った。

 グラウンドの桜並木を歩きながら、仁和さんは語り続けてくれた。不思議に人が寄ってこない。こういうときの仁和さんには話しかけちゃいけない暗黙のルールでもあるのだろうか。

「そんなものないわよ。わたしが、そう思えば、そうなるの」
「どうして……」心が読めるんだろう……。
「ホホ、わたしの超能力かな……さっき見えた女生徒や先生は、みんな空襲で亡くなったの。あの桜は、その人達が死んでいくとこも記憶してるけど、桜は、あえて良かった時代のを見せてくれた。これは意味のあることよ」
「どういう……」
「それは、真夏という子に託したいものがあるから……」

「仁和さん……ご存じなんですか……あ、なにか、そんなことを」

「ううん。なんとなくね……あなたは、ただのアイドルじゃない。そして、あなたがやろうとしていることは、とても難しいこと……それぐらいしか分からないけど、桜が見せてくれた人たちが死なずにすむように、あなたなら……」

 仁和さん、真夏、お昼の用意ができました!

 潤が、校舎の入り口のところで呼ばわった。
「ホホ、わたしの超能力も腹ぺこには勝てないみたいね」

 昼食後、旧館の校舎の中で屋内の撮影。掃除用具のロッカーを木製のものに変えたり、アルミサッシが写らないようにカメラアングルを工夫したり、仁和さんと黒羽さんのこだわりは徹底していた。

 帰りは、ロケバスと観光バス二台で事務所に帰る。わたしは省吾たちといっしょに帰りたかったけど、そこは我慢。アイドルは団体行動!
 仁和さんが、ニッコリ笑って横の席をうながした。
「仁和さん、タクシーじゃなかったんですか?」
「わたし、こういう方が好きなの。あなたとも、もう少し話したかったし」
「はい……」
 仁和さんは、お昼や、他の休憩時間は、黒羽さんや、他のメンバーとも話していた。でも、わたしと話したがっていることは確か。なんだか緊張する。
「寒そうだけど、見事な青空ね……」
「はい、冬の空って、透き通っていて好きです」
 わたしは、1941年のワシントンDCの青空を思い出していた。
「本当は、もっと違った青空の下で撮りたかったんでしょうね……」
 一瞬、ギクリとした。
「ミツル君、福島の出身なの……覚えとくといいわ」

 会長が口にしない歌の意味が分かったような気がした……。
 
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真夏ダイアリー・46『プロモ撮影の本番』

2019-10-21 06:51:50 | 真夏ダイアリー
 真夏ダイアリー・46 
『プロモ撮影の本番』      



 登校風景からだった。

 事務所で衣装の制服も着てメイクもすましていたので、乃木坂駅から学校の校門に入るまで、まんま。

 事務所からの移動は、地下鉄という凝りよう。日曜の八時なんで、乗客は少ないんだけど、研究生を含め百人近い「女子高生」のナリをして地下鉄に乗っていると、なんだか通学途中の雰囲気になってしまうから不思議だ。
「やだ、わたしって、もう二十歳過ぎてんだよ」
 そう言っていたクララさん達が一番女子高生返りしていたのがおもしろかった。

 駅の改札を出ると、一気に寒さがやってきた。

 設定は二月ごろなんだけど、女子高生らしさを出すために、コートとかは無し。さすがにセーラー服だけじゃ寒いので、ヤエさんの発案で押しくらまんじゅうをしてみた。さすがに全員でやると、真ん中の子が圧死しそうなので二グループに分かれて五分ほどやると、ポカポカと温まってきた。
 マフラーや手袋はOKだったので、なんとか寒さはしのげた。
「女子高生らしくキャピキャピでいきます?」
 クララさんが聞いた。
「まんまでいいんじゃない」
 仁和さんが答えた。

「寒い朝の登校って、あんまり喋らないでしょ。でも、完全なだんまりも変だから、適当にやって。まずグループ分け」

 これは、あっさり決まった。選抜やら、ユニットやら、チーム別にまとまった。
 カメリハで、坂の途中まで下ってNGが出た。
「選抜、喋りすぎ。君らのグループは別れて研究生のグループに入って。で、ちょっとくったくアリゲに黙って歩いてくれる。それから、意外なとこでカメラが回ってるけど、カメラ目線にならないように」
 
 わたしは研究生のBグループに入った。

 なんたって、現役の女子高生、それも自分の学校にいくんだから、まったくのマンマ。
 校門まで行って、少しびっくり。固定と移動のカメラが五台回っていたのはカメリハで分かっていたけど、校門前にドローンカメラが来ているのには、驚いた。でも言われたとおりカメラ目線にもならずOKが出たので嬉しかった。
 学校の看板がマンマだったので少し気になったんだけど、OKが出てから見に行くと、反対側の門柱に「桜ヶ丘女子高校」の看板が貼ってあるのに気が付いた。なるほど、これだと校門前のドローンカメラで登校する生徒たちを撮って、看板を舐めながら自然にクレーンアップして校庭を撮ることができる。

「校庭にカメラ移動するから、その間体冷やさないようにね」
「よし、ジョギングだ!」
 クララさんの提案で、グラウンドを二周走った。体を冷やすこともなく、暖めすぎないようにゆっくり走った。走りながら省吾たちお仲間が、他の生徒や先生達と見学に来ているのが視界に入った。
「AKRってのは体育会系のノリなんだ……」
 玉男の呟きが耳に入った。そう、アイドルってたいへんなのよ!

 カメラは、徹底して校舎を写さないように配置された。仁和さんのこだわりだろう。
 
 ここで演出が入った。

 別々のグループで来ていた選抜メンバーが、連理の桜の前で立ち止まる。やがて選抜メンバーだけのグループになる。そして、潤とわたしのソックリコンビが「あ……」と、声を上げる。
「そう、そこで桜が咲き始める。二三人指差して、ちょいお喋り、桜に注目!」
 黒羽さんがメガホンで指示。
 ここは、テイクスリーでOK。わたしたちの視線の動きにシンクロしてドローンカメラが動くのは、ちょっと感動だった。むろん、この時期に桜なんかは咲かない。あとでCGで合成するらしい。

 あとは、グランドで、曲をかけながら振りの収録。

《二本の桜》
 
 春色の空の下 ぼくたちが植えた桜 二本の桜
 ぼく達の卒業記念
 ぼく達は 涙こらえて植えたんだ その日が最後の日だったから 
 ぼく達の そして思い出が丘の学校の

 あれから 幾つの季節がめぐったことだろう
 
 どれだけ くじけそうになっただろう
 どれだけ 涙を流しただろう 
 
 ぼくがくじけそうになったとき キミが押してくれたぼくの背中
 キミが泣きだしそうになったとき ぎこちなく出したぼくの右手
 キミはつかんだ 遠慮がちに まるで寄り添う二本の桜

 それから何年たっただろう
 訪れた学校は 生徒のいない校舎は抜け殻のよう 校庭は一面の草原のよう 
 それはぼく達が積み重ねた年月のローテーション
 
 校庭の隅 二本の桜は寄り添い支え合い 友情の奇跡 愛の証(あかし)
 二本の桜は 互いにい抱き合い 一本の桜になっていた 咲いていた
 まるで ここにたどり着いたぼく達のよう 一本の桜になっていた

 空を見上げれば あの日と同じ 春色の空 ああ 春色の空 その下に精一杯広げた両手のように
 枝を広げた繋がり桜

 ああ 二本の桜 二本の桜 二本の桜 春色の空の下  
 
 
 さすがに、ここは本編なので、パートで撮ったり、全員で撮ったり、わたしと潤は、途中で桜色の制服に着替えて撮ったり。撮影は昼を回ったころにやっと終わった。

「真夏さん、ちょっと」

 仁和さんの声がかかった。

「はい、なんでしょう?」
 かしこまって聞くと、仁和さんは、こっそり特別な友だちを教えるように言った。
「あの桜の下に、女学生がいるの……分かる?」
「え………」
「ようく見てご覧なさい……」

 うっすらと、セーラー服にモンペ姿の女学生の姿が見えてきた……!
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真夏ダイアリー・45『プロモのロケハン』

2019-10-20 07:12:28 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・45
『プロモのロケハン』     
 


 
 プロモ撮影の初日は十三日の日曜だった。

 ほんとうは土曜からのはずだったんだけど、サッカー部の練習試合が入っているので、一日日延べになった。
 その分、土曜はロケハンに使われた。
 ちなみにロケハンとはロケーションハンティングの略で、あらかじめロケ場所を見ておいて、カメラの撮り方や、撮影のコンテ=カットのイメ-ジ画なんかを決めて、必要な機材の決定もおこなわれる。

 このロケハンから、例の仁和さんが加わった。

 仁和さんは、やっぱし仁和明宏さんだった。黄色のソバージュに大きめのハンチングで、校舎や、グラウンドのあちこちを見て回った。わたしたちは、案内役として側に控えていた。
「ここが、渡り廊下と新館のつなぎ目で、カメラをパンさせるとなかなか良い絵が撮れますよ……この警備員室からだったら、坂の上の景色とグラウンドの平面のコントラストが立体的ですよ」
 知ってるだけの知識を総動員して、自分なりに絵になりそうなところを説明した。
「真夏さんは、立体構成については、良いセンスしてるわね。やっぱり、ここは乃木坂だから、坂の絵からパンして校舎を舐めるのが最初かな……」
「分かりました」
 ディレクターの黒羽さんが答える。どうやら、今度のプロモはかなりのところ、仁和さんの意見が反映されるようだ。これも光会長のご意向のようだと、わたしは思った。

「黒羽さん、校舎はできるだけ写さないようにして、グラウンドと坂を中心にいきましょう」

 校舎の中のあれこれを下調べしておいたわたしは、少し凹んだ。
「ごめんね、真夏さん」
 表情に出したつもりはないんだけど、気持ちはすぐに読まれてしまった。
「いいえ、そんな。わたしは、案内役ですから」
「フフ……あなたたち乃木高生は、坂の上の乃木坂学院に、コンプレックス持ってるようだけど、それって愛校心の裏返し。いいことだと思うわよ。でも……校舎は死んでるわね」

「死んでる!?」

 声がひっくり返ってしまった。
「安出来のリゾートみたい。まだ改築して間がないこともあるけど、まだ学校としての命を宿していないわ……どうしてファサード(建物の正面)を金魚鉢みたいなガラス張りにするんだろ。まだ前の……いいえ、戦争前の女学校の時の校舎の意志が強くて、わたしには、そっちのイメージが強く感じられる。でも、カメラには、そんなもの写らないものね。でもグラウンドは、ほとんど昔のまま……このサッカー部の試合、乃木坂が勝つわよ。黒羽さん掛けようか?」
「乃木坂、押され気味ですけどね」
 ちなみに、乃木高のサッカー部は弱い。今日の相手の麹町高校は格上。わたしの目からも、負けは明らかなように見えた。
「グラウンドが力をくれるわ。乃木高が勝ったら、お昼は、わたし指定のお店。お勘定はそっち持ちってことで」
「ハハ、いいですよ。じゃ、わたしが勝ったら?」
 黒羽さんが、振った。
「そちらが用意してくださった、赤坂のホテルで大人しくいただくわ」

 それから、仁和さんは、校庭の木々をゆっくりと見て回った。そして、何本かの桜にリボンでシルシを付けさせた。

「この桜たちは、この学校が出来る前から、ここにあった桜。撮るんなら、この桜越しに校庭を撮りましょう……これね、連理の桜」
「はい、あたしたちが見つけました!」
 玉男が、顔を赤くして手を上げた。その手を見て、仁和さんが言った。
「あなた、お料理が好きでしょう。手を見れば分かるわ」
「あ、ども、恐縮です!」
「いい時代に生まれたわね。あなたみたいなキャラは、わたしたちの時代じゃ人間扱いしてもらえなかったわよ」
「あ、はい。頑張ります!」
「何を頑張るのよ?」
 由香に混ぜっ返される。
「そ、そりゃ……」
「いろいろよね。そういうとこがはっきりしないのが青春よ……黒羽さん」
「はい」

「この連理の桜……造花でいいから花を付けてあげて。この桜は命があることを誇らしく思っているから……」

「はい、造花で飾ろうというのは会長からも言われています」
「さすがミツル君、そのへんのところはよく分かっているみたいね……それから、当日は、お塩とお酒の用意を」
「なにか憑いていますか?」
「そんなんじゃないけど、ここを頼りにしている人が沢山いるから」
「特別、区の名木にも指定はされておりませんが」
 事務長さんが答えた。
「亡くなった人たち。主に戦争被災者の人たちだけど……玉男君たちには悪いけど、これを見つけたのは、あなたたちじゃなくて、この桜が、あなたたちに見つけさせたのよ」
 妙に納得した。
 省吾の馬鹿力でも、ここまで飛ばすのはむつかしい。それに、ゆいちゃんがたまたまこの桜の前に立っていたのも偶然すぎる。なにより、ほんの十センチほど開いていたゆいちゃんの足の間にボールが落ちたのは奇跡に近い。

「ほうら、わたしの勝ちよ」

 みんなロケハンに熱中して、サッカー部の試合なんか忘れていたけど、サッカー部はPK戦の果てに麹町高校を下していた。

 で、お昼は、乃木坂一つ越えた通りの「玉屋」という大衆食堂を借り切った。ご主人に聞くと、もう五代目のお店で、明治の頃は、行合坂の茶店で通っていて、乃木大将もときおり寄ったことがあるそうだった。
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真夏ダイアリー・44『朝の実況中継』

2019-10-19 06:58:22 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・44
の実況中継』        




 新聞の三面にさっそく出た。

――連理の桜発見――

 学校の許可を得て、AKRのスタッフの面々が、その日のうちにやってきて取材。とりあえず撮ったビデオを、新曲『二本の桜』をBGにして動画サイトに流し、アクセスは一晩で二万件を超えた。
 で、明くる日の新聞の三面に載ったわけ、朝のワイドショ-が、あくる朝には取材。わたしたち五人組は発見者として、朝の六時から中継に付き合わされた。

「いやあ、ぼくの勘が当たったなあ」

 AKRの会長の光ミツル先生も、校長先生と共におでましになった。三連休には、ここで新曲のロケをやることをにこやかに同意の握手。

「真夏っちゃん、あなたも発見者の一人だったの?」
 スタジオの、ものもんたのおじさんが聞いてきた。
「はい、ボールが偶然にここに落ちてきて、これが連理の桜だって分かったんです」
 そのあとを受けて、女性レポーターが、わたしの横で話を続けた。
「ええ、じつは。人気アイドルグループの鈴木真夏(わたし、芸名じゃ、冬野じゃなくて鈴木を使ってる)さんが、会長の光ミツルさんからの指示をうけて、校庭を探して発見したんです。来月発売の『二本の桜』のプロモーションビデオの撮影のため、この乃木坂高校の古い新聞記事から発見されて、真夏さんたちに頼んで探したんだそうです」
「その新曲は、乃木高の桜を、最初からイメージしてつくられたんですか?」
 もんたのおじさんが、会長にふった。
「それは、わたしみたいなオヤジよりも若い子に喋らせます。真夏、説明」
 ムチャブリされて、一瞬オタオタしたけど、ありのまま答えた。
「本当のモチーフは、光先生の個人的な体験にあるそうなんですけど、それはなんだか、まだ内緒みたいなんです。でも、曲の中に繰り返し『ニホンの桜』ってフレーズが出てくるんですけど、どうも二本と日本を掛けた言葉らしくって、ささやかな恋人同士の応援歌にも、日本全体への応援歌にも聞こえるってものなんです。わたしたちも歌っていて、とても元気が出てきます。どうか、新曲リリースされたら、よろしくお願いしま~す」
「真夏っちゃん、デビューして、まだ一カ月ほどなのに、ベシャリうまくなったね。明日から、うちの番組の担当やってよ」
「ほんとですか、本気にしちゃいますよ!」
「「アハハハ……」」
 光会長と、ものもんたのおじさんの高笑いで、中継は終わった。

 始業時間までには間があるので、学校のパンフ用の写真撮りをやることになった。

 光会長は、ダンドリのいい人で、照明機材やら、セット用の桜の木まで用意してくれていた。
 わたしだけの写真を十数枚撮ったあとは、五人組で、いつもの五人野球を始めた。そこを、事務所のカメラマンが、二人がかりで撮っていく。
 省吾も玉男も、由香、うららもうきうきしながら、白球を追った。テレビの中継を見ていた乃木高の生徒達が続々と集まり始めた。
「よーし、みんなで撮ろう!」
 光会長の一言で、百人ほどになった生徒達で集合写真。
 それを何枚か撮っているうちに他の生徒もやってきて、八時過ぎには五百人ほどになり、カメラマンは、急遽屋上に上がり、グラウンドいっぱいになった生徒達を撮りにかかった。
「いつも、これくらいの時間に登校してくれりゃいいんだけどなあ」
 生活指導の先生が、腕を組んで文句を言う。

 さすがはプロで、始業十分前には撤収完了。授業に差し障るようなことはしなかった。

 夕方事務所に行くと、スタッフのみんなが三連休中のプロモ撮影のダンドリを決めていた。
「もう、ユーチューブとニコ動には流してあるよ」
 気づくと、集まったメンバーがモニターを見ていた。写真だけじゃなくてビデオも撮っていたらしい。
「お、真夏。フルスゥイングだね!」
 と、クララさん。
「あ、真夏。パンチラになってるよ!」
「え、ウソ!?」
 ヤエさんが、わざわざ、その瞬間で画面をストップさせた。
「や、やめてくださいよ!」
「かわいいね、花柄じゃん」
 知井子がはしゃぐ。
「どいたどいた……コンマ二秒。カットだな。心配すんな、カットして流し直すから」
「もう……パソコンとかでコピーされてたらどうすんですか!」
「出たものは、仕方ないなあ」
 トホホ……。
 そう思っていたら、会長の声がした。

「撮影のときは、仁和さんにも来てもらえるように」

 え、仁和さんて……?

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真夏ダイアリー・43『連理の桜』

2019-10-18 06:42:50 | 真夏ダイアリー
 真夏ダイアリー・43
『連理の桜』    


 
 
「乃木坂には連理の枝って桜がある」

 光会長は、趣味である鉄道雑誌の間から、古いスクラップブックを出した。

「これだよ」

 そこには、わが乃木坂が新制高校として発足した時の小さな記事が黄ばんで貼り付けてあった。

――新生乃木坂高等学校発足! 言祝ぐ連理の桜――

 この四月一日より、旧制乃木坂高等女学校が新生乃木坂高校として発足。その新時代を言祝ぐように、校庭に連理の桜が発見され……と、記事は続いていた。写真を見ると、なんとなく面影がある校庭の桜が写っていた。
 
 注釈があった。

「天にあっては比翼の鳥となり、地にあっては連理の枝とならん」の故事からきている。中国唐代の詩人白居易(=白楽天、772-846年)の長編叙事詩「長恨歌」の中の有名な一節で、安碌山の乱が起きて都落ちすることになった玄宗皇帝が最愛の楊貴妃に語ったと詠われているものである。

「これ、二本の桜……と、いっしょなんですね」

「ああ、その桜は、戦時中の空襲で片方が焼けて傾いてね。隣の桜と被ったんだ。二本とも枯れかかっていたんだけど、被った枝がくっついて新しい芽が出たんだ。で、男女共学、新制高校の発足にふさわしいと言うんでコラムになったんだ」
「でも、分かりにくいですね……」
 写真は、小さな枝が二本重なり、そこから小さな芽が出ているのがかすかに分かる。いささかショボイ記事だった。
「これが二本の桜のモチーフなんですか?」
「そうじゃないが、もし残ってたら、プロモを撮るには都合がいいと思ったんだ。もし、その桜が残っているんなら、学校でプロモを撮らせてもらえないかと思ってな。真夏は見たことないのかい?」
「桜はいっぱいあるんで……学校に聞いてみましょうか?」
「ああ、それが残っていたら、プロモ撮るついでに、うちのカメラマンに撮らせるよ」
「さっそく、やってみます」

 山本先生に電話してもラチはあかなかった。

 なんたって七十年前の話、それもこの昭和二十三年には沢山の都立高校が発足している。乃木高は、そういう新制高校発足の記事のほんの一部のエピソードとして載っているだけだった。当時の新入生も、もう八十五歳。分からないよな……。

「ねえ、そっちは?」
「だめだなあ」
「ないわ」

 わたしたち、五人組で校庭を探してみた。

 写真の感じだと、校舎と校庭の間に植えられた桜の一本のようだったけど、それだけで五十本ほどある。くっついた桜ならすぐに分かるんだろうけど、どれを見ても一本の桜だ。そこに、技能員さんから話を聞いてきた穂波(同級の山岳部とマン研兼部オンナ)がやってきた。
「ダメ、学校の桜って接ぎ木で増やしたものだから、寿命は七十年ほどだって。だから、当時の桜なら、とうに枯れてるだろうってさ。それに、校舎の改築なんかで、あちこち植え替えたらしいから、残っていても分からないって」
「だよね、そんな名物が残っていたら、きっと記念樹とかになってるよね」
 元気印の由香まで、言い出した。
「おーい、もう諦めて、野球やろうぜ!」
 省吾が、グランドの隅でバットを振り回している。
「やろう、やろう!」
 野郎らしくない玉男がボールを投げた。その緩い球を省吾はフルスィングしてヒットにした。
 球は大きな弧を描いて、ゆいちゃんの足もとに落ちた。
「キャ!」
 ゆいちゃんが、感電したような悲鳴をあげた。
「わりー、ゆいちゃん。玉男の球が緩いもんで。ボール投げてくれる」
「は、はい!」
 恋する省吾の球を、ゆいちゃんはすぐに拾って投げようとした……が、ボールが無かった。
「ゆいちゃんの足もとに落ちたはずなんだけど」
「は、はい!」
 素直なゆいちゃんは、必死で探した。見かねた由香が手伝いにきた……そして数十秒。
「うそ、こんなとこに……」
 ボールは、桜の根方に二十センチほどめりこんでいた。
「省吾って、馬鹿力なんだから……」
 そうボヤキながら、器用にボールを取りだした。
「ね、うまいでしょ」
 ドヤ顔の玉男を無視して、省吾が呟いた。

「この桜じゃねえか……」

「え…………」
 みんなの目が点になった。省吾は、金属バットの先で、根方の穴をつつくと、穴は、ポロリと大きくなった。
「これ、穴じゃなくて、根と根の隙間に土が入り込んで草が生えてるだけだぜ」
 よく見ると、一本の桜のように見えていた老い桜は、根のところで二つに分かれていた。その分かれ目のくぼみが、優しく穿ったように地上三十センチのあたりまで続いていた。
「ビンゴだ……!」

  振り仰いだ桜は、どう見ても一本の桜。でも、よく見ると貫禄が違った……。
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真夏ダイアリー・42『グラサン越しの頬笑み』

2019-10-17 07:17:20 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・42
『グラサン越しの頬笑み』    



 わが都立乃木坂高校は、その前身は東京府立乃木坂高等女学校で、それなりに伝統はあるんだ。
 だけど、なんせ地下鉄の駅を挟んで、私立乃木坂学院高校がある。世間で「乃木坂」と言えば、乃木坂学院のことであり。うちの学校は、乃木坂さえ取れて「坂下」と世間では言われている。

 まあ、生徒のわたし達からみてもパッとしない学校で、中坊相手の学校説明もおざなりで、見学会も二百人ちょっとしか見に来ない。
 方や、乃木坂学院は見学者の桁も違い、見学会は二日に分けて行われ、その数は二千は下らないといわれている。
 それに、なんたって制服がカッコイイ! かつての東京女子校制服図鑑には常連だった。それに学食が美味しいことは、去年文芸部の見学に行ったとき、あらためて実感。

 で、中学校長会が発表した入学志願者の中間結果で、わが乃木坂は定員を割っていた。

 そこで、慌てた先生たちが、受験生獲得のため、学校のホームページとパンフを一新することになり、わたしに白羽の矢が当たったわけ。
 別に、特段成績がいいわけでも、美人だというわけでもない。

 わたしが、まだ一カ月とは言え、アイドルのハシクレだから……。

 改めて解説すると、わたしの異母姉妹が、AKR47の小野寺潤というアイドルで、潤が、去年の秋に選抜メンバーに入った。潤はフェミニンボブのショ-トヘア。わたしは、ごく普通のセミロング……だったのを、ハナミズキって美容院の大谷さんが、いたずら心で、わたしを潤と同じフェミニンボブのショ-トヘアにしてしまった。
 で、たまたま渋谷のジュンプ堂に行ったとき、潤がサイン会やっていて、マネージャーの吉岡さんに間違われた。で、いろいろあって、わたしもAKRのメンバーになってしまった。それから、わたしには不思議なことが次々と起こった。どんなことかって? それは、わたしの『真夏ダイアリー』のバックナンバー読んでください。

「事務所と相談してみます」

 山本先生には、そう答えておいた。
 無理っぽい感じがした。都立高校のパンフレットに、その学校の生徒だとは言え、アイドルのハシクレであるわたしが出ることは。
「うーん……むつかしいだろうなあ」
 担当の吉岡さんが、まず言った。
「学校の集合写真とかだったら、真夏も生徒だから、なんの問題もないんだけどねえ」
 振り付けの春まゆみさんも腕を組んだ。
「真夏が、乃木坂の生徒じゃなきゃ、企画も組めるけどなあ……」
 チーフの黒羽さんも頭を掻いて、向こうに行った。

「やっぱ、ダメですね」

 わたしは、スマホを出した。で、びっくりした。
 山本先生にメールを打とうとしたら、いきなりマナーモードの振動がした!
「はい、真夏です!」
 着信の表示は、光会長だった。
「……はい、すぐに伺います」
 会長の呼び出し。すぐに、わたしは会長室に向かった。

「真夏、その話受けるぞ」
「え……いいんですか!?」
「そのかわり、交換条件がある……」

 グラサン越しにも、会長の目が笑っているのが分かった。

 わたしは、唾を飲み込んだ。会長がグラサン越しに笑うときは、とんでもないことを言い出す前兆であることを吉岡さんから聞いていたから……。

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真夏ダイアリー・41『二本の桜』

2019-10-16 07:11:06 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・41
『二本の桜』        
 
 
 
 まるで夢から覚めたようだった……。
 
 1941年12月7日のアメリカにタイムリ-プして歴史を変えようとした。からっきしダメな英語がペラペラしゃべれ、習ってもいない歴史の知識が頭の中にあった。
 そして、ジョ-ジという若者に出会い、あっと言う間に死なせてしまった。そして、歴史を変えることはできなかった……その全てが夢のようだった。
 
――ジョ-ジなら生きているわ。Face bookで検索してごらんなさい――エリカが、言った。
 
 ジョ-ジ・ルインスキで検索してみた。五人目でヒット。プロフは、まさに、あのジョージであることを証明していた。シカゴ在住の100歳のオジイチャンだった。そうなんだ、この世界では、わたしはジョ-ジとは出会っていないんだ……いちおう納得した。この世界でもやることはいっぱいある。
 
 宿題は……そうか、やり終えた後に指令がきたんだ。
 わたしは、簡単に朝昼兼用の食事をとって、事務所に出かけた。午後からは新曲のレッスンだ。
 
 《二本の桜》
 
 春色の空の下 ぼくたちが植えた桜 二本の桜
 ぼく達の卒業記念
 ぼく達は 涙こらえて植えたんだ その日が最後の日だったから 
 ぼく達の そして思い出が丘の学校の
 
 あれから 幾つの季節がめぐったことだろう
 
 どれだけ くじけそうになっただろう
 どれだけ 涙を流しただろう 
 
 ぼくがくじけそうになったとき キミが押してくれたぼくの背中
 キミが泣きだしそうになったとき ぎこちなく出したぼくの右手
 キミはつかんだ 遠慮がちに まるで寄り添う二本の桜
 
 それから何年たっただろう
 訪れた学校は 生徒のいない校舎は抜け殻のよう 校庭は一面の草原のよう 
 それはぼく達が積み重ねた年月のローテーション
 
 校庭の隅 二本の桜は寄り添い支え合い 友情の奇跡 愛の証(あかし)
 二本の桜は 互いにい抱き合い 一本の桜になっていた 咲いていた
 まるで ここにたどり着いたぼく達のよう 一本の桜になっていた
 
 空を見上げれば あの日と同じ 春色の空 ああ 春色の空 その下に精一杯広げた両手のように
 枝を広げた繋がり桜
 
 ああ 二本の桜 二本の桜 二本の桜 春色の空の下
 
 
 作詞、作曲は、AKRの会長、光ミツル先生だった。なんだか思い入れがあるようで、二本の桜は聞いていると日本の桜にも聞こえてくる。
「これって、言葉を掛けたんですか?」
「二本と日本……」
 クララさんとヤエさんが聞いた。
「ばか、オレが、そんなおやじギャグみたいなことやるもんか。マンマだよマンマ!」
 会長が、珍しく赤い顔をして言った。
「この春のヒットチャートのトップ狙うからな。まゆみちゃん、振り付け頼んだぜ」
 専属の振り付け師、春まゆみさんに、そう言うとスタジオを出て行った。
「会長、こないだ、48年ぶりの同窓会に行って、初恋の彼女に会ったらしいよ」
 黒羽ディレクターが、新曲誕生の裏話をして、スタジオのみんなは明るい笑顔になった。
 
 実は、もう少し重い意味が、この新曲にはあるんだけど、それをわたし達に悟らせないために、光会長は、黒羽さんを通じて、こんなヨタを飛ばしたんだ。
 
 曲を覚えて、大まかの振りが決まり、休憩になってスマホをチェックしたときに、担任の山本先生からメールが入ってきた。
 
――すぐに電話して欲しい――
 
 わたしは、折り返し山本先生に電話した。
 
「もしもし、真夏ですけど……」
「忙しいとこ、すまんなあ」
「いいえ、で、ご用件は?」
「真夏、学校のパンフレットのモデルになってくれないか?」
「え……!?」

 
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