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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

真夏ダイアリー・71『ティースプーンの存在意義』

2019-11-14 06:42:03 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・71
『ティースプーンの存在意義』
    


 

 だれかが膝枕をしてくれていたような感触が残っている。

「あら、目が覚めたのね」
「ジーナさん……」
「わたし……」
「何度目覚めても、ここの感触には慣れないようね」

 ああ……ここは、ジーナさんの四阿(あずまや)だ。

「今まで、ここにだれかいました?」
「ほら、あそこ……」
 エンジンの音がして、赤い飛行艇が一つ舞い上がっていった。
「……省吾?」
「ええ、たった今まで。あなたの膝枕になっていたけど、いてもたってもいられないみたい……」

 少しずつ記憶がもどってきた。ワシントンでやってきたことを……国務省に行ったところまでは思い出していた。

「ほんとうにお疲れ様。もうあなたにやってもらうことはないわ」
「一つ聞いていいですか?」
 わたしは思い出せないもどかしさを、ジーナさんに質問することで紛らわせた。
「なあに?」
「ジーナさん、若くなりましたよね?」
「これが、わたしの本来の姿……前、そう言ったわよね」
「はい、そんな気が……」

 赤い飛行艇が、空中でデングリガエシをやったかと思うと、四阿の真上をスレスレに飛んでいった。

「うわー!」
「省吾も、だいぶ焦れてる。どうしていいか分からないのね」
「……省吾の顔が思い出せない」
「どっちの、省吾?」
「ワシントンでいっしょだった、高野とかいうオジサンのほう……」
「じゃ、話しておくわ。いずれ全ての記憶が無くなる。でも、なにも知らなくて記憶がなくなるよりも、知ってから無くなったほうが、あなたの心にはいいと思う」

 ジーナさんは紅茶を一口飲んで語り始めた。

「省吾と、省吾のお父さんは、三百年の未来から真夏の時代にきた。これは覚えてるわよね?」
「ええ、2013年に来ることが限界で、それより昔にさかのぼるのに、わたしの力が要ったって……」
「そう、あの戦争で、日本が無条件降伏したところから、歴史が狂いはじめた」
「でも、あの戦争に勝っちゃったら、それはそれでおかしなことに……」
「程よいところで、講和……このスプーンを垂直に立てるほど難しいことだけど……」
 ジーナさんは、見事にスプーンをテーブルの上に垂直に立てた。
「ちょっとしたマジック。見えない力で、スプーンを支えてるの」
「なにも見えませんけど……」
「ハハ、だから言ったじゃない。見えない力だって。ほら、こんなこともできる……」
 なんと、スプーンが、四阿の中で曲芸飛行を始めた。
「すごい!」
 スプーンは、穏やかに、ティーカップの横に収まった。
「真夏、あなたはスプーンが曲芸飛行をするのに必要な力なの」
「わたしが……」
「そうよ。真夏がいなければ、省吾たちは1941年にいけないばかりじゃないわ。2013年に居続けることさえできなかった」
 コトリと音がしてティーカップが消え、スプーンは、お皿のうえを転がった。そして、コトンと音がして、今度はお皿が無くなり、スプーンは、テーブルの上に直接載っているかっこうになった。
「そして……」
「はい……」

 チャリーン……。
 今度は、テーブルそのものが無くなって、スプーンは床に落ちた。
「こういうこと……スプーンは何が自分におこったのか分からないでしょうね」
「このスプーンは、わたしのことですか……?」
「鋭いわね……床の上じゃかわいそうだから……」
 スプーンは、再び宙に浮き、新しいテーブルとティーカップが現れた。それは、さっきまであったのとは少し違っていた。
「……さっきのとは違いますね」
「でも、ティースプーンは気が付かない。少し変だなとは思っているかも……どうぞ、この紅茶は、真夏のために用意したものだから」
「あ、ありがとうございます」
 真夏は、少しの砂糖とミルクを入れてティースプーンで軽くかきまぜた。
「何気ないことだけど、スプーンが無ければミルクティーは飲めない。スプーンはお皿や、カップ、テーブルが無ければ床に落ちているしかない……」
 ジーナさんは、ごく当たり前なことを言っているだけ。でも、とても大事なことを言っているような気がした。紅茶の香りが広がり、省吾の飛行艇の爆音がかすかになっていき、真夏の意識は再びおぼろになっていった……。
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真夏ダイアリー・70『避けられたスネークアタック』

2019-11-13 08:23:51 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・70
『避けられたスネークアタック』
    


 

 高野(省吾)は腕時計のリュウズを押した……。

 とたんに、国務省の中の全てのラジオが鳴りだした。
――NBC、臨時ニュースです。ニューヨーク時間12時50分、国務省において日本政府から我が国政府に対し最後通牒が野村大使からハル国務長官に手渡されました……これを受け、国防省は、ハワイの太平洋艦隊のキンメル司令長官に、警戒電を発するもようで……。
「すごい、もうスクープされている!」
 野村・来栖両大使は驚いた。
――省吾、あなたのしわざね――
――ああ、アメリカの三大ネットに仕掛けをしておいた。このあと、国務長官と大統領との電話のやりとりなんかも、ライブで流れる。この仕掛けに半年かかった――
 四人が国務省を出て公用車にむかうと、ルーズベルト大統領の罵声が、国務省のスピーカーからも流れてきた。
――これじゃ、日本のスネークアタック(だまし討ち)にならんじゃないか、OSSや国防省はなにをやっていたんだ!――
――大統領、この会話は、ラジオで流れています!――
「これで、前のようなもみ消しはできないわね」
「ああ、やつらも我々を無事に帰すつもりもないようだ……大使、急いで車に乗ってください!」
「運転はわたしがやるわ!」
「大丈夫か?」
「まかせて、グランツーリスモ・5で鍛えた腕だから」
「後ろから、OSS、その横の道からはパトカーが通せんぼをしにきてる」
 わたしは、絶妙のタイミングで、シフトチェンジし、後ろのOSSの車を離し、横の道からきたパトカーは、ドリフトさせてかわした。直後、後ろでクラッシュするする様子がバックミラーに写った。交差点に進入してきたパトカーにOSSの車が激突、消火栓にぶつかり、盛大な水柱が吹き上がった。
「あれは、消火栓の老朽化で処理されるはずよ」
 わたしは、前回の経験から、そう踏んだ。
「……いま、我々を捕まえないように指令が出たようだ。ハル長官が叫んでる」
「高野君、軍人なら功一級の金鵄勲章ものだよ」
「ハハ、だいぶ寿命が縮む思いをしましたからね」
「そりゃ、わたしたちも一緒だ。真夏君、もう曲芸運転もいいだろう」
 わたしってば、まだグランツーリスモのノリでハンドルを握っていた……。
 大使館にもどると、大使館員の全員が集まっていた。
「大使、いま真珠湾攻撃成功の放送があったところです!」
「そうか……スネークアタックにならずにすんだ。これで任務終了……じきに日本に送還されるだろう。荷物を整理しておきたまえ。機密書類は、すぐに処分を」
 野村大使はテキパキと指示を出した。来栖大使はネクタイを緩め、ソファーに座り込むと目を押さえた。
「わたしと真夏君は通信室を処理して、独自のルートで姿を消します。祝勝会は貸しということで」
「そうかい……高野君、真夏君、世話になった。日本で会えたら、いずれ……」
「はい」
 わたしたちは二人の大使に挨拶をして、通信室に向かった。

「この資料を、暗号化して日本に送ってくれ」
 それは、現時点でのアメリカ軍の情報のほとんどだった。
「こんな圧縮した情報、受信できるだけの装置が日本にあるんですか?」
「オレが作った。アナログで、解凍に三日はかかるが、この時代じゃ十分な早さだよ。項目別に送ってやらなきゃならないから、一時間近くかかるがね。その間、オレは日本の飛行機を誘導する」
「え、そんなので移動するつもり?」
「ちがうよ。アメリカの空母、エンタープライズ・ヨークタウン・ホーネットを発見させるんだ。空母を叩かなきゃ完全試合にはならないからね」
 そうやって、わたしと省吾は、仕事に熱中した。

「できた!」
「終わった!」
 同時に、最後の任務を終了。わたしは笑顔を省吾に向けたが、省吾の顔は暗かった。
「どうかした?」
「ジョージ・ルインスキが死んだ……」
「え……」
「国務省の角でクラッシュしたパトカーに乗っていた……重症だったけど、いま息を引き取った」
「そんな……」
 
 潤と同じように、どういじろうと、変わらないことがあるんだと胸が痛んだ……。
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真夏ダイアリー・69『今度はうまくいく!?』

2019-11-12 07:09:19 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・69
『今度はうまくいく!?』
    


 

「OSS(CIAの前身)が訓電を傍受し始めた、こちらも急ごう。そっちのモニターに出てる訓電を、記録上のものと照合してくれないか」
「え……すごい、もう十四部全部がそろってる」
「ああ、外務省が暗号化する前のものだよ。外務省の書記官の頭に細工をしてある。彼が筆記した段階で、こっちに届くようになっている」
「わたしが、やったときより進歩している」
「そりゃ、こっちに半年もいるからね。いろいろと細工はしてある」
「……以前の訓電と中味はいっしょよ」
「よかった。単語一つちがっても、アウトだからね。じゃ、それをそのままプリントアウトして、大使に持っていってくれ。おれは、OSSの解読装置にブラフをかける」
「どんなブラフ?」
「解読したら、源氏物語の原文になる。まあ、日本の古典文学の勉強をしてもらうさ」
 コンビニのコピー並の早さで十四部の訓電が正式な書式の平文で出てきた。

「大使、訓電です。もう正式な外交文書の書式になっています」
「すごいね、暗号文を組み直して、文書にするのに、普通でも二時間はかかるよ」
「そのために、わたしと高野さんがいるんです」
「そうだったね。来栖さん、こりゃ祝勝会の準備だね」
「それは、国務長官に渡してからですね、大使館の周囲に怪しげな車が四台停まっています」
 ブラフをかけおえた高野(省吾)がやってきた。
「OSSかね?」
「いえ、もっと下っ端の警察です。大使館から出てくる車は、十二時までは足止めするようにだけ命じられています」
「最後通牒を間に合わなくさせるため……だね?」
「ダミーの公用車を先行させます」
 窓から、大使の専用車が一台出て行った。
「あんなもの、いつの間に用意したんだね!?」
「これが、わたしの仕事ですから。あの車は半日ワシントンDCを走り回ります……二台が付いていきましたね」
 それから、大使二人は本当にポーカーを始めた。どういうわけか、高野まで加わりだした。
「負けたら、祝勝会の費用は機密費から出させてもらいます。それぐらいの流用はいいでしょう」
 海軍出身の野村大使はニヤニヤし、生粋の外交官である来栖特命大使は苦い顔をした。

 真夏も苦い顔になった。大使が出発するまでの間、ダミーの操作と把握は、真夏まかせである。
「高野君、顔色が良くなってきたね」
「ええ、いいカモが二匹もいますからね」
――なによ、わたしが来たから、老化が止まったんじゃない――
「あ、ダミーが検問にかかりました」
「え、国務省には近寄らないようにしてあるのに」
「それが、かえって怪しまれたんじゃないですか」
「あの車には、誰が乗って居るんだね?」
「自分の部下です。真夏君ほど優秀じゃありませんが」
――なによ、ただのアバターじゃないのよ――
――アバターなんて概念は、このお二人には分からないからね。二台目を出して――
 真夏は、PCを使って二台目のダミーを出した。瞬間二台の車が動き出したが、二人が張り込みで残った。
 ポーカーが来栖大使の負けで勝負がついたときに時間がきた。
 前回と同様に、アメリカ人職員の車に大使二人と高野、そして運転は真夏だった。
「あれ、あの張り込みの二人、車に気づかないな」
「きっと週末のデートのことでも考えてるんでしょ」
 ほんとうは、光学的なステルスがかけてある。ツーブロック行って右折してから、ステルスを切った。ステルスのままでは、いつ事故をおこすか分からないからだ。

 そして二十分後には無事国務省に着き、これも前回同様、秘書官を煙に巻いて、時間通りハル国務長官に最後通牒を渡すことが出来た。
――このままだと、もみ消されてしまうわよ――
――そう、これからが勝負――
 
 高野(省吾)は腕時計のリュウズを押した……。
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真夏ダイアリー・68『省吾との再会』

2019-11-11 06:25:54 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・68 
『省吾との再会』    


「ノックはしたんですが、お気づきになられないようなので、失礼しました」
 来栖大使がメガネをずらして、わたしを見た。
 
「君、悪いが席を外してくれたまえ。野村大使と話があるんだ」
「男同士の飲み会だったら、ご遠慮しますが、外務省からの機密訓電だったら同席します」
「君……?」
「東郷さんから、この件については彼女を同席させるように……ほら、これだよ」
 野村大使は、わたしに関する書類を来栖さんに見せた。
「しかし、こんな若い女性を……それに君はポーランドの血が……」
「四分の一。来栖さんの息子さんは、ハーフだけど陸軍の将校でいらっしゃる。一つ教えていただけませんか。外交官の資質って、どんなことですか?」
「明るく誠実な嘘つき」
「明るさ以外は自信ないなあ。三つを一まとめにしたら、なんになりますか?」
「インスピレーション……かな、来栖さん」
「よかった、経験だって言われなくて。わたしは外交官じゃないけど、今度の日米交渉には、くれぐれも役に立つように言われてるんです、東郷外務大臣から」
「と、言うわけさ。来栖さん」
 
 ここまでは前回と同じだった。ジョ-ジとの出会いもそのままだったので違和感はない。しかし、そこからは、新しい展開だった。

「君の言った通りだ、入ってきたまえ高野君」
「失礼します」
 入ってきたのは、四十過ぎの気のよさそうなおじさんだった。少し顔色が悪い。
「高野君の言ったとおりの女性だ。度胸もいいし、機転も利く。あとは、君のようなスキルがあるかどうかだが」
「それは、大丈夫です。日本で十分鍛えておきましたから」
 なんのことだろう、この高野という人物についての情報はインストールされていない……。
「じゃ、さっそく仕事にかかろう」
「真夏君は、いま来たところだ。荷物の整理ぐらい……」
「間もなく訓電が入ってきます、時間がありません。この数時間が勝負です。それが終わったら、祝勝会をやりましょう。大使のおごりで」
「どっちの大使かね、ここにはわたしと、特命大使の来栖君の二人がいるんだがね」
「ポーカーでもやって決めておいてください。なんなら両大使お二人でという、わたし達には嬉しい選択肢もありますがね」
「ハハ、さすが山本さんの甥だ」
 野村大使が笑った。
「かなわんな、高野君にかかっちゃ」
 来栖大使も眉を八の字にした。かなりの信頼を得ているようだ。それにしても、省吾は……。

「分からないか、ボクが省吾だよ」
 通信室に入るなり、高野が言った。
「え……!?」
「もう高校生には、見えないけどね」
「ほんとに、省吾なの……!?」
「ああ、根性で、踏みとどまってるけど、もう二時間ほどが限界だった。ぼくの実年齢は八十に近いんだ」
「高校生にもみえないけど、八十のオジイチャンにも見えないわ」
「加齢は、内蔵に集中させてある。外見は四十前さ。ここでの設定は山本五十六の甥ということにしてある。リベラルな二人の大使の信用を勝ち得るのには最適な設定だ」
「ほんとに……ほんとに省吾なの……?」
「ちょっと残念な姿だけどね」
 真夏の胸に熱いものがこみ上げてきた。
「で……わたしは何を?」
「それはインストールされているだろう。側にいてくれるだけでいい」
「やっぱり……」
「そう、このタイムリープは、かなりの無茶をやっている。真夏が、ぼくのタイムリープのジェネレーターなんだ」
 限界を超えたタイムリ-プをすると急速に歳をとり、やがては死に至る。それを防ぐために必要なのが、ジェネレーターという者の存在。適合者は数千万人に一人。省吾のタイムリープの限界2013年に絞れば、何十億人に一人の割でしかない。頭では理解しているが、心では少し違った感情があった。それを察したのか省吾は、優しくハグしてくれた。
「ただの適合者というだけで、無理ばかりさせて……ごめん。この歴史を変えたら解放してあげられるから、もう少し……」

――解放なんかされなくていい、オジサンになっていてもいい。省吾の側にいられるなら。役に立つなら――

 わたしの心は、省吾への気持ちで溢れそうになった。その時、省吾の体が、一瞬ピクリとした。
「真夏、ヒットした!」
 一瞬、想いを悟られたかと思ったが、省吾は、レトロな無線機に見せかけたCPに飛びついた……。
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真夏ダイアリー・67『再びのワシントンDC』

2019-11-10 06:36:03 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・67 
『再びのワシントンDC』     


 
 気が付いたら、ワシントンD・Cのマサチューセッツアベニューに、ボストンバッグを提げて立っていた。

 西にポトマック川と、川辺の緑地帯が見える。関東大震災救援のお礼に日本から送られた桜が並木道に寒々と並んでいた。急ごう、今度は気後れもない。ぐずぐずしていては、後ろからジョ-ジがやってきて、不審尋問をされる。今度はジョージを巻き込むわけにはいかない。
 そう思って、道を急いでいると、前から警官が歩いてきた。ナニゲに歩いていればいいだろう。そう判断したが、近づいてきて分かった。その警官は、ジョージ・ルインスキだった。
――そうか、ジョージは日本大使館の警戒をしてるんだ。そのために、大使館の前の道を行ったり来たり……どうやら、前回とは、タイミングが五分ほどズレてしまったようだ。懐かしさと緊張感がいっぺんにきた。

「ハイ、お嬢さん。日本大使館にご用?」
「新任の事務官です」
「パスポートを見せてもらっていいかな?」
 あの時と同じ。違う言い方をしようと思ったが、インストールされた言葉が反射的に出てくる。
「荒っぽく扱うと、中からサムライが刀抜いて飛び出してくるわよ」
「優しく扱ったら、芸者ガールが出てくるかい?」
「それ以上のナイスガールが、あなたの前にいるわよ」
 わたしは、帽子を取って、真っ正面からジョージをを見上げてしまった。紅の豚のフィオが空賊のオッサンたちと渡り合っているシーンが頭に浮かんだ。これも前回といっしょだ。
「へえ、キミ二十二歳なのかい!?」
「日本的な勘定じゃ、二十三よ」
「ハイスクールの一年生ぐらいにしか見えないぜ。それもオマセでオチャッピーのな」
「お巡りさんは、まるで生粋の東部出身に見えるわ」
「光栄だが……まるでってのが、ひっかかるな」
「お巡りさん、ポーランド人のクォーターでしょ」
「なんだと……」
「出身は、シカゴあたり」
「おまえ……」
「握手しよ。わたしのお婆ちゃんも、ポーランド系アメリカ人」
「ほんとかよ?」
「モニカ・ルインスキっての」
「え、オレ、ジョ-ジ・ルインスキだぜ!」
「遠い親類かもね? もう、行っていい、ジョ-ジ?」
「ああ、また会えるといいな」
「そうね、楽しみにしてるわ」
「……緊張してんな?」
「だって、ハイスクールの一年生にしか見えない新米なんだもん」
「だれだって、最初はそうさ。オレもシカゴ訛り抜けるのに苦労したもんさ。でも今は……ハハ、マナツには見抜かれちまったがな」
「ううん、なんとなくの感じよ。同じ血が流れてるんだもん」
「そうだな、じゃ、元気にやれよ!」
「うん!」
 ジョージは、明るく握手してくれた。やっぱり気の良い人だ……そう思って大使館の方に向いた。その刹那、イタズラの気配を感じた。
「BANG!」
 ジョージは、おどけて手でピストルを撃つ格好をした。わたしは、すかさず身をかわし反撃。
「BANG!」
「ハハ、オレのは外されたけど、マナツのはまともに当たったぜ!」
「フフ、わたしのハートにヒットさせるのは、なかなかむつかしいわよ」
「マナツの国とは戦争したくないもんだな」
「……ほんとね」

 こないだは、口から出任せだと思っていたが、この対応は、インストールされているマニュアルなんだ。もどかしかった。今度会ったらただではすまないのに……。

 そして、大使館に入り、野村大使に会った。これも前回と同じ。
 ただ、来栖特任大使が来たところから、前回と展開が変わってきた……。
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真夏ダイアリー・66『最後のタイムリープへ』

2019-11-09 07:12:39 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・66
『最後のタイムリープへ』
   


 
「それでは主役二人の発表をいたします……」

 山畑監督の声に並み居るカメラマン達がいっせいにカメラを構えた……。

「真奈子を小野寺潤、加奈子を鈴木真夏といたしま……」
 監督が、最後の言葉を言う前に、フラッシュがいっせいに焚かれた。この世界に入ってからは、慣れたことなんだけど、さすがに映画の制作発表は違うんだなあ……そう思いながら、営業用の笑顔でいると、ひときわ明るいフラッシュが焚かれ、一瞬目をつぶった。

 そして、目を開けると……そこは、ジーナさんの庭だった。

 いつもは、テレビやパソコンの画面に「指令」が現れてからなので、戸惑ったが、納得はできていた。

――いつか、あいつの力になってもらわなきゃならなければならない時が来る。その時は、また力になってやってください――

 省吾のお父さんの言葉が思い出された。多分、その時がきたんだろう……。
「ごめんなさい、急な呼び出しで」
「いいえ、もう慣れちゃったから……ジーナさん、少し若くなってません?」
 いや、若いだけじゃない。感じるオーラはジーナさんだけど、顔は、まるで別人だった。
「ハハ、やっぱ、衣装やメイクだけじゃ、ごまかせないわね……これが、わたしのほんとの姿」
 
 ジーナさんは、ツバ広の帽子を初めてとった。意外なロングの髪がこぼれて、肩にかかった。その顔は、どう見ても真夏と同年配のハイティーンのそれだ。
「もう、アバターを使っている余裕もないの。省吾が、最後のチャレンジをしている。サポートに行ってあげて」
「もう、原子爆弾を落としたりはしないんでしょうね」
「だいじょうぶ、省吾もあれで懲りたみたい。今度は実直にやってるわ。場所は、最初のワシントンDC、状況は、以前行ってもらったときと、ほとんどいっしょ。ただ、今度は、省吾が先に行ってる」
「分かったわ。じゃ、リープするわ」
「ちょっと待って」
「なに、必要な情報はインストールされるんでしょ?」
「もちろん。ただ、インスト-ルしただけじゃ、あなたが混乱する内容があるから、説明しておくわね」
 ジーナさんは、真剣な顔をして、話を続けた。
「今度、あなたが向こうへ行っても、なにもすることはないの」
「え……?」
「ただ、省吾といっしょに居てくれるだけでいい」
「どういうことですか?」
「あなたは、省吾のバッテリーのようなものなの。省吾のタイムリープの限界は、あなたがいる2013年が限界」
「それは、知っています。だから無理に1941年なんかにリープすると老化が早くなるんでしょ」
「そう、こないだ、ニューヨークから戻ってきたときのようにね」
「……むこうで、もう老化が始まってるんですね」
「そう、それを食い止められるのは、あなたの存在だけ。だから、あなたは、省吾のバッテリーのようなものなの。そのためにリープしてもらうの」
「分かったわ」
「じゃ……」
「待って、わたしからも、一つだけ」
「なに?」
「ジーナさんて、いったい……」
「それは……このミッションが終わったら、お話するわ。多分これが最後のタイムリープになるだろうし」

 目の前が真っ白になり、最後のタイムリープが始まった……。
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真夏ダイアリー・64『映画化決定 二本の桜』

2019-11-08 06:26:14 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・64
『映画化決定 二本の桜』
        



 タイムリープによる事件解決のむつかしさを痛感した……。

 スポミチの記者には気の毒だったけど、あんなスクープをやるほうもやるほう。もう放っておくことにした。
 
 でも、一抹の不安が頭をよぎる。

 あの戦争のことは、どうなるんだろう。いままで、いろんなことが試された。わたしも、リープして、日本の最後通牒が間に合うようにして、そのための証拠をいくつも残してきた。でも、やっぱり、真珠湾攻撃は日本のスネークアッタック(だまし討ち)ということにされ、証人のジョージは口封じに消されてしまった。
 省吾が、死を決して、ニューヨークに原爆を落とすというフライングゲットをやろうとしたが、これは、ジェシカが時空の狭間に行方不明になるという結果を生み出しただけ……おかげで、省吾は一気に老けてしまい(彼のタイムリープの能力は、2013年に遡ることが限界で、それ以上過去にリープすると、ひずみで老化が進行する)もう、高校生として、この2013年には戻れなくなってしまった……残ったのは、未来人である省吾への気持ちが、友情というレベルではなかったという、愛しく、悲しい自覚だけ。

 リアルな現実では、嬉しい展開があった。

《二本の桜》が発表以来、ヒットチャートを駆け上り、三週連続のオリコン一位。卒業式に、この歌を歌うことに決めましたという学校が続出。山畑洋二監督が、このプロモーションビデオを観て「映画化させて欲しい」という申し出まで。詳しく言うと、それまで、山畑監督の中にあった「東京大空襲」にまつわるストーリーが、この曲にぴったり。山畑監督は、光会長の古い友だちでもあり、苦笑いしながらOKを出した。
「山畑、どうして、あの曲からインスピレーションなんか受けたんだよ」
「あのプロモには、お前の思いを超えたメッセージがあるよ。仁和さんの監修も見事だった」
「あれって、ただの感傷なんだけどなあ……」
「これからは、映画のイメージで、歌ってもらえるとありがたいんだけどな」
「乗りかかった舟だ。オーイ、黒羽、ちょっと山畑と相談ぶってくれよ」
 黒羽ディレクターが呼ばれ、歌の振りと演出に手が加えられることになった。
「そのかわり、うちの子達にもチャンスくれよ。むろん、ちゃんとオーディションやった上でいいから」

 その日のうちに、簡単な振りの変更が行われた。衣装も、それまでの、桜のイメージのものから、ひざ丈のセーラー服に替わった。

「いやあ、懐かしいわ。それって、あたしたちが女学生だったころの制服じゃない!」
 そう言って、そのオバアチャンは、光会長の肩を叩いた。
「別に、オフクロ喜ばせるためにやったんじゃねえんだから」
「素直じゃないね光は、死んだお父さんに似てきたね」
「よせやい!」
 光会長のお母さんは、メンバー全員の制服の着こなし、お下げや、オカッパというショートヘアの形まで口を出し、メイクやスタイリストさんを困らせた。
「まあ、好きなようにやらせてやって。後先短いバアサンだから」
「なんか言ったかい!?」
「いや、なんにも……」
 会長親子の会話にメンバーのみんなが笑った。気がついたら、楽屋の隅で仁和さんと会長のお母さんが、仲良くお茶をすすっていた。

《二本の桜》
 
 春色の空の下 ぼくたちが植えた桜 二本の桜
 ぼく達の卒業記念
 ぼく達は 涙こらえて植えたんだ その日が最後の日だったから 
 ぼく達の そして思い出が丘の学校の

 あれから 幾つの季節がめぐったことだろう
 
 どれだけ くじけそうになっただろう
 どれだけ 涙を流しただろう 
 
 ぼくがくじけそうになったとき キミが押してくれたぼくの背中
 キミが泣きだしそうになったとき ぎこちなく出したぼくの右手
 キミはつかんだ 遠慮がちに まるで寄り添う二本の桜

 それから何年たっただろう
 訪れた学校は 生徒のいない校舎は抜け殻のよう 校庭は一面の草原のよう 
 それはぼく達が積み重ねた年月のローテーション
 
 校庭の隅 二本の桜は寄り添い支え合い 友情の奇跡 愛の証(あかし)
 二本の桜は 互いにい抱き合い 一本の桜になっていた 咲いていた
 まるで ここにたどり着いたぼく達のよう 一本の桜になっていた

 空を見上げれば あの日と同じ 春色の空 ああ 春色の空 その下に精一杯広げた両手のように
 枝を広げた繋がり桜

 ああ 二本の桜 二本の桜 二本の桜 春色の空の下

 イメチェンの《二本の桜》は、若い人には新鮮に、年輩の方達からは、懐かしさだけじゃなく「力をもらった」というようなコメントが寄せられ、イメチェンの二日後には売り上げを50万枚も増やした。

 それは、習慣歌謡曲の収録のときだった。仁和さんが、スタジオの隅に目をやって呟いた。
「あら、あの子たちが見に来てる」
「あの子たちって?」
「プロモ撮ったときに出てきた、乃木坂女学校の子たち」
「え……幽霊さん!?」
「これは、もうお供養だわね。しっかりお勤めしてらっしゃい!」

 仁和さんに背中を押され、程よい緊張感で歌うことができた……。
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真夏ダイアリー・63『タイムリープ リスク』

2019-11-07 07:10:54 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・63
『タイムリープ リスク』
    


 
 今度は、わたしが正一の家にお泊まりしていたということになってしまった……!

 わたしは、もう一度正一のマンションにタイムリープした。で、今度は正一の議論ににものっからず、さっさと帰ろうとしたら。正一が、リビングで転倒。拍子で、ローテーブルをひっくり返し、テーブルの上に載っていた果物ナイフが正一の手首を切った。で、救急車を呼ぶハメになり、事態はさらに悪くなる。

――真夏、ハーネスの正一とお泊まり! 口論の果てに正一手首を切る! 愛憎の果てか!?

 で、その次は、転びそうになった正一を抱き留めるが、今度は、なぜか裏のビルにカメラマンが張り付いていて、その瞬間を望遠で激写される。

――真夏、ハーネスの正一と熱い抱擁。禁断のアイドル同士の恋!

 で、その次は、もっと早めに行き、カーテンを閉め、転ばないように正一に注意。正一は「オット……!」と転びかけただけで済んだが、ガスストーブのホースを引っかけていた。二人がマンションを出た後、ハンパに抜けかけたゴムホースがガスの圧力でスッポリ抜けてガス漏れ。冷蔵庫のサーモスタットの火花で引火。

――ハーネスの正一のマンションで大爆発。巻き添えで住人三人が重軽傷!

 やるたびに状況は悪くなる。

 最後の手段。わたしは潤のアバターを作り、事務所の前で、タクシーを拾った。
「へえ、君たち、AKRの潤と真夏なんだ。こんな時間まで仕事なんだね。おじさんファンでさ、スマホ撮ってもいいかなあ」
「いいですよ、どうぞ!」
 運ちゃんの期待に応え、狙い通りアリバイができた。明くる日スポミチのスクープが載ったが、運ちゃんがスマホで撮った三十秒の映像が動画サイトに投稿されていた。で、わたしや運ちゃんの証言もあり、スポミチのスクープは画像を加工したガセと言われ(むろん、本物の潤と正一には口裏を合わせてもらった)明くる日の紙面で、お詫びと訂正の記事が出た。

「オーシ、メデタシメデタシ!」
 ベッドにひっくり返ると、エリカがささやいてきた。

――あのスポミチの記者、クビになっちゃって、恋人にもふられちゃったんだよ……。

 わたしは、タイムリープによる事件解決のむつかしさを痛感した……。
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真夏ダイアリー・62『潤のスキャンダル』

2019-11-06 06:36:04 | 真夏ダイアリー
 真夏ダイアリー・62 
『潤のスキャンダル』      


「真夏、たいへんよ!」

 朝、起きるなりお母さんが叫んだ。
「え……」
 
 お母さんの説明を聞くまでもなかった。朝ドバの女子アナウンサーが、スポーツ新聞の切り抜きをフリップに拡大したのを持って解説していた。
――スポミチのスクープです。人気アイドルグループAKR47の選抜メンバーの小野寺潤さんが、先月18日早朝、男性ヴォーカル&ダンス・ユニット「ハーネス」のボーカル鶴野正一さんのマンションから、正一さんといっしょに出てくるところを、スクープされました。潤さんには、同グル-プに姉妹で、容姿がそっくりな、鈴木真夏さんがいるために、特定に時間がかかったようです。しかし、前日の夜から、朝にかけての真夏さんの行動がはっきりしたため、スポミチは潤さんと断定。潤さんのお泊まりが発覚しました……。
「潤……」
「そういや、一昨日、スポミチの記者の人に、真夏のこと聞かれたわ……あれ、真夏のことじゃなく、潤ちゃんのウラをとって……」
 お母さんの話を半分に聞いて、ザックリ着替えて、家を飛び出した。黒羽さんから「いざというときに使え」と、主要選抜メンバーに渡されているカードを初めて使って、タクシーで潤の家に向かった。いざというときに潤のお隣とは仲良しになっている。お隣の裏口から入って、オバチャンに挨拶してから、ネコ道を通って、潤の家の裏庭に。給湯器の陰に隠れて、勝手口をノック。
「だれ?」
「真夏!」
 瞬間開いた勝手口に身を滑り込ませる。

「やらかしちゃったね」
「ちがうんだよ、真夏。前の晩に正一のとこ行ったのは確かだけど、何にもないのよ」
「何も無しで、泊まるか?」
「ほんとだってば、お互いアイドルのあり方について語っているうちに真夜中になっちゃって、少しウツラウツラしてたら朝になっちゃっただけなんだから」
「でも、結果的には、お泊まり。言い訳できないわよ」
「そりゃそうだけど、家の前に集まっちゃってるマスコミが思っているようなことは、断じてないんだから!」
「ほんとに、何にも無かったんでしょうね!?」
「正一んとこには、犬とネコが三匹もいるんだよ。真夏やマスコミが考えてるようなヤラシイことなんかできっこないわよ!」
「……わかった。わたしがなんとかする」
「え、真夏が……?」
「その前に、おトイレ拝借」
 トイレに入って、サイコロを出して、呟いた。
「先月18日、午前0時、正一のマンション」
 
 ピンポ~ン
 
「……だれ!?」
 インタホンを押すと、テンションの高い正一の声がした。
「わたし、真夏なんだけど」
 入ると、三匹のイヌとネコと、潤がいた。潤もテンションが高く、論じ合っていたことは確かなようだ。
「潤、今すぐに家に帰って、ここに入るとこスポミチに見られてる。あいつら朝まで張ってる。今帰ったらスキャンダルにならないから」
「え、ほんと!?」
 潤は、帰り支度を始めた。その間も議論は続いた。
「だからさ……」
「でもね……」
「もう、潤は、とにかく帰る!」
 で、潤は帰った。
 でも、この後がいけなかった。
 うっかり、正一の議論に乗って、気がつけば朝になっていた。
「やばい、わたし帰る」
「じゃ、オレ朝飯買いにコンビニに行く。食べてく?」
「議論が続いて、お互い遅刻するだけだから、このまま帰る」
 で、いっしょにマンションの玄関を出て、右と左に別れ、路地に入った。
「2月6日午前7時、わたしの家」

「ちょっと、真夏たいへんよ!」

 朝、起きるなりお母さんが叫んだ。
「え……」
 
 なんと、今度は、わたしが正一の家にお泊まりしていたということになってしまっていた……!
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真夏ダイアリー・61『エリカの予言』

2019-11-05 07:00:48 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・61
『エリカの予言』    


 
 省吾のいない怖ろしさが、心を占めていった。

 さっきまでは、寂しさだった。省吾のお父さんがモザイクになって消えていき、何事もない公園の風景の中に一人取り残されて、その寂しさは怖さになった。
 この世界は、省吾が居ないこと、それに関わる物や記憶がみんなから無くなっていることを除けば、何一つ変わってはいない。でも、それは全てを失ったことと同じように思えた。

 小学校のころ渋谷に連れて行ってもらったとき、ステキなブローチを見つけた。
 
 親にねだれば買ってもらえそうな金額だったけど、わたしは、自分のお金で買おうと思った。その方が手に入れたときの喜びが何倍も大きいし、欲しい物を手に入れるということは、そういうことだと、子供心にも思った。
 三ヵ月かかって、やっと買えるだけのお金になった。お母さんが渋谷に用事があるというので、いっしょに連れていってもらった。貯めたお金が嬉しくて、途中何度も紙袋に入れたお金を見てはニマニマしていた。
「このお店で買いたいものがあるの!」
 お母さんに、そう言って、お店に入ってブローチを手にした。レジに持っていこうとして、愕然とした。さっきまで、ポシェットに入れていたお金の袋がない!
 わたしは、ポシェットをいっぱいに開けて、中を覗いたけど見つからない。お店の前の道路に出て探したが、雑踏の中に人々の足が見えるだけで、紙袋は見あたらなかった。
「どうしたの、真夏?」
 お母さんが声を掛けてくれ、わたしは涙目で、お母さんに説明した。
「なんだ、じゃ、お母さんが買ってあげる」
 そうして、ブローチは手に入った。
 でも、何かが違っているような気がした。これを買ったお金は、貯めたお金と同額だった。でも、わたしが貯めた、そのお金じゃない。けして貯めたお金が惜しいんじゃなくて、貯めるために努力したり我慢したことが、そのお金には付いていなかった。お金ではない大事な物を無くしてしまった。そんな喪失感。

 省吾が居ない世界は、その喪失感に似ていた。

――分かるわよ、その気持ち。

 びっくりした。エリカが話しかけてきた。このエリカは観葉植物のジャノメエリカ。去年のクリスマス前に買って、ギクシャクしていた、わたしとお母さんに、精一杯の愛情をくれて枯れてしまった。ジーナさんが、同じDNAで作ったクローンのエリカ。でも、記憶はオリジナルのときのままのようだ。
「あなたは、もとのエリカ……?」
――うん、わたしだけ、元の世界からついてきた。
「じゃ、省吾のことも覚えてるのね!?」
――そう。カテゴリーじゃ、真夏の付属物だから、付いてこられたの。
「付属物?」
――真夏の体の一部と同じ。
 急に親近感がこみ上げてきた。そして、ワガママを言った。
「省吾に会いたい!」
――また、会うことになるわよ。ちょっと歳くった省吾だけど、中味は元々の省吾。
「……時間かかるんでしょうね」
――そこまでは分からないけど。もう一回会うのは宿命のようよ。それまで、真夏は、この世界でやらなくっちゃならないことが、いろいろありそう。エリカの予言よ。

 エリカの予言は、次の朝には現実のものになった……。
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真夏ダイアリー・60『あいつのいない世界』

2019-11-04 07:03:33 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・60
『あいつのいない世界』   



 ショックだった。

 学校に行ったら、省吾がいなかった。早く来ていた玉男に聞いてみる。
「省吾は?」
「……だれ、それ?」
 わたしは、あわてて省吾の席をチェックした。机の中にオキッパにしている教科書を見て、息が止まった。

 井上孝之助という名前が書いてあった……。

 教卓の上の座席表もチェック……省吾の席は「井上」になっており、座席表のどこを見ても省吾の苗字である「春夏秋冬(ひととせ)」は無かった。
「どうかした?」
 玉男が、ドギマギしながら声を掛けてきた。
「ううん、なんでも」
 友だち同士でも、これは聞いちゃいけないような気がしてきた。
「な、なにかお手伝いできることがあったら言ってね」
「うん、その時は。友だちだもんね」

 そう返事して、下足室に行ってみた。

 やはり、そこは「井上」に変わっていた。諦めきれずに、学年全部の下足ロッカーを見て回ったが、あの一目で分かる「春夏秋冬」の四文字はなかった。
 そのうち視線を感じた。必死な顔で、下足のロッカーを見て回っているわたしが異様に見えるようで、チラホラ登校し始めた生徒達が変な目で見ている。
――真夏、なにかあったのかな――
――アイドルだから、いろいろあるんじゃない――
 そんな声が、ヒソヒソと聞こえた。
 そうだ、わたしはアイドルグループのAKRの一員なんだ……そう思って、平静を装って教室に戻った。
 玉男からも、変な視線を感じた。友だちなんだから、言いたいことがあれば直接言えばいいのに。そう思っていると、後ろの穂波がコソっと言った。
「真夏、玉男に『友だち』だって言ったの?」
「え……うん」
「どうして、あんな変わり者に……本気にしちゃってるわよ」

――まさか!?

 悪い予感がして、C組に行ってみた。
「うららちゃん、誰かと付き合ってる?」
 由香(中学からの友だち)は妙な顔をした。
「真夏、うららのこと知ってんの?」
「え……なんでもない。人違い」
「気をつけなさいよ。下足でも、あんた変だったって。アイドルなんだから、なに書かれるか分からないわよ」
「う、うん、ありがとう。ちょっと寝不足でボケてんの」
 その日は、自分から人に声をかけることはひかえた。どうも省吾は、この乃木坂高校には進学していないことになっているようだった。そして、もう一つ悪い予感がしたけど、怖くて、共通の友だちである由香にも聞けなかった。

 放課後、省吾の家に行ってみた。用心してニット帽にマフラーを口のあたりまでしておいた。

 で、もう一つの悪い予感が当たった。省吾の家があった場所には似ても似つかぬ家があった。むろん表札も違う。
 省吾は、この世界では、存在していない……。
 
 気がつくと、公園のベンチに座って泣いていた。わたしは、自分の中で、省吾の存在がどんなに大きかったか、初めて気づいた。
 中学からいっしょだったけど、こんな気持ちになったのは初めてだ。どこか心の底で分かっていたのかもしれない。あいつは未来人で、どうにもならない距離があることを。でも、でも……。

「好いていてくれたんだね、省吾のことを」

 背中合わせのベンチから声がした。

「……(省吾の)お父さん!?」
「振り向かないで……今朝の下足室のことを動画サイトに投稿しようとした奴がいるけど、アップロ-ドする前にデータごと消去しときました。省吾は、もう高校生で通用するような年齢ではなくなってしまったので、この世界には存在しないことにしました」
「もう会えないんですか……」
「高校生の省吾にはね……でも、いつか、あいつの力になってもらわなきゃならなければならない時が来る。その時は、また力になってやってください。今度は、あんな無茶はしないはずです。それまで、真夏さんは、ここで、アイドルとして夢を紡いでいてください」
「お父さん……」
「じゃ、わたしは、これで」
 立ち上がる気配がしたので、わたしは振り返った……そこには八十歳ほど、白髪になり、腰の曲がった老人の後ろ姿があった。
「わたしも、省吾のタイムリープのジャンプ台になっているんで影響がね……じゃあ」
 
 後ろ姿はモザイクになり、数秒で消えてしまった……。
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真夏ダイアリー・59『鼻が膨らむ幸せ』

2019-11-03 06:42:37 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・59
『鼻が膨らむ幸せ』
    


 

 ジーナさんは四阿(あずまや)の中で横倒しになっていた。

「おかえり……」
 ジーナさんの声で平衡感覚が戻ってきた。横倒しになっているのは、わたしの方だ。子猫のように丸まって四阿のベンチに戻ってきた……そして、ジェシカのことが思い出された。

 勢いで、最後の一面が見えた。なぜだかジェシカの顔が写った……しまった!

 わたしの記憶は、そこで途切れている。
「ジェシカ、ジェシカは、どうなったんですか!?」
「サイコロは六面。その六面が見えた時にジェシカのことを思ってしまったのね」
「はい、ジェシカのこと助けたかったから……つい」
「サイコロに写ってしまったから、原爆といっしょにネバダ砂漠には行ってはいない」
「じゃ、ジェシカ、助かったんですね……」
「命はね……でも、大きな時空の流れの中に放り出されて、どこにいるのか分からない」
「じゃ……?」
「生きてはいるわ。あとは時間を掛けて探すだけ……ちょっと時間はかかるかもしれないけど」
「わたしってば……」
「奇跡よ。たった三秒で、鎖を切って、原爆を始末。トニーと省吾を分離させ、それぞれ、あるべきところにテレポ。そして、自分も無事にここに戻ってきた。あたりまえなら、ニューヨ-クの上空、原爆の爆発で蒸発していたところよ……」
「でも、ジェシカを……こないだは、ジョージ(ワシントンのお巡りさん)を見殺しにして、そして、なんにも変えることもできない」

「それほど難しいんだよ。歴史を変えるということは……」

 四阿の入り口で、省吾のお父さんの声がした。
「お父さん……白髪がなくなったんですね」
「いや、ボクは省吾だよ」
「え……?」
「お父さんは、帰ってしまわれたのね」
「ええ、ジーナさんにも真夏にも会わせる顔が無いって……ボクは真夏のおかげで、老化はこのレベルで済んだ」
 疲れていたんだろうか、もう怒る気持ちも湧いてこなかった。
「ニューヨークの港で原爆を爆発させる。多少の犠牲者は出るが、広島や長崎の数百分の一で済んだ。そして、その二日後のミッドウエー海戦を日本の勝利にする。ハワイは三ヵ月で占領。そこで講和が成立するはずだった」
「……あの戦争で、日本を勝たせたいの?」
「勝つんじゃない、講和だよ。無条件降伏したんじゃ……」
「それ以上は、真夏さんには言わないで」
 ジーナさんが、きっぱり言った。
「ですね、もう真夏の時代でもひずみが出始めている……じゃ、ボクはこれで」
「また行くの?」
「ご心配なく、もう原爆を持っていったりしませんから……じゃあな、真夏」
 省吾は、後ろ姿で手を振りながら行ってしまった。そして、その姿は海への階段に差しかかったあたりで、モザイクになり、数秒で消えてしまった。
「もう、あなたの世話にならずに済めばいいんだけど……」

 ジーナさんの言葉は、最後までは聞こえなかった。わたし自身、元の世界に戻っていったからだ。

「ブログは、ちゃんと更新してる?」
 潤は、自分の部屋に入るなり、スリープのパソコンをたたき起こして言った。
「ううん、あんまし……ウワー、潤のブログって可愛いじゃん!」
「ベースは事務所の人に作ってもらったの。あとは、その日その日あったことテキトーに書いとくだけ」
「わたしも作ってもらおうかな……」
「そうしなよ、わたしなんか季節ごとに替えてもらってんの。あ、スクロールしたら、前のバージョンなんか分かるわよ」
「ふーん……なるほど」

 以前は、ここでバグって、「司令第二号」が出てきた。

 今度は、何事もなく、潤の可愛くも他愛のないブログが出てくる。
「いま、他愛もないこと書いてると思ったでしょう?」
「そんなこと……」
「あるある。真夏が、そんなこと思う時って、鼻が膨らむんだもん」
「うそ……!」
 そう言いながら、わたしは、しっかり自分の鼻を手で隠していた。
「ほらほら、それってわたし達二人共通のクセ。メンバーの中じゃ評判なんだよ。いい、こういうさりげない内容が……」

 そう熱心に説明してくれる異母姉妹を、とても愛おしく思った……。

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真夏ダイアリー・58『ジーナの庭・3』

2019-11-02 07:04:26 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・58
『ジーナの庭・3』    


 
 姿が見えるやいなや、わたしはジーナさんの胸に飛び込んだ。

「とんでもないことしてしまった!……ジェシカを原爆ごとテレポさせてしまった。なんの関係もないジェシカを!」
 ジーナさんは、わたしをしっかり抱きしめて、しばらくじっとしていた。頬に暖かいものを感じた。ジーナさんが泣いている……ジーナさんも泣いている。
「ごめんなさいね、辛い選択をさせて……」
「どうにかならないんですか……!?」
「テレポした直後、真夏がテレポさせたネバダ砂漠に着く前に、時空の狭間で原子爆弾が爆発した……ジェシカは、時空の狭間で蒸発してしまったわ」
「……そんな」

 そのとき、庭の向こうから、省吾がヨボヨボのおじいさんを車椅子に乗せてやってきた。

「省吾……あんた!」
 わたしは省吾につかみかかり、庭を転げ回った。
「すまん、すまん、こ、この通りだ!」
 省吾は、地面に頭をすりつけるようにして謝った。
「ばか、ばか、ばか……!」
 わたしは、泣きながら、省吾の背中を叩いた。
「その人は、省吾のお父さん。省吾は、その車椅子よ」
「え………」
 車椅子には、ドンヨリと虚ろに濁った目をした、百歳ぐらいの老人が収まっていた……。
「これが……省吾……?」
「無理なタイムリープをしたんで、老化が止まらないの。影響を受けて、お父さんまで老け込んでしまった」
「すまん、真夏さん。この通りだ……省吾は、あと二十分もすれば死んでしまう。どうか勘弁してやってくれ」
「死ぬんですか……」
「限界を超えたタイムリープ。そして……持ってはいけない憎しみを抱いことで、症状が加速してしまったの」
 わたしは、ダグラスの中で正体を明かしたときの省吾の驚きと憎しみを思い出した。空港にテレポしたあとは、トニーの良心と省吾の憎しみがせめぎ合っていた。あれでこんなことに……。
「わたし、もう一度ダグラスの中に戻ります。レーザーで鎖を焼き切って、省吾がショックを受けているすきに、省吾とトニーを分離させ、それぞれテレポさせます」
「たった三秒よ。三秒のうちに二人を分離させ、原爆と省吾とトニーを別々にテレポ……無理よ」
「でも、それしか無いから……!」
「真夏さん、もういい。失敗すれば、君も死ぬし……君の大事な人にも影響が出るんだ……このわたしのように」
 
 一瞬、お母さんの顔が浮かんだ。

「……大丈夫。このラピスラズリのサイコロがあります」
「それは……」
 ジーナさんとお父さんの声が同時にした。その瞬間、わたしの手を離れたサイコロは空中で回転し、閃光を放った!


 ……気づくと、ダグラスの中だった。窓の下には粉雪のようなビラが地上に舞い落ちている。


「同じ内容をラジオの電波でも流している。できるだけ、人の命は損なわないようにしている」
「爆弾はダミー……本体は、そのトランクの中でしょう?」
 機体が一瞬揺れた。トニーにはショックであった。
「ミリー、どうして、そんなことを……」
「わたしは真夏。IDリングはミリーの頭に付けてきたわ」
「真夏……!」
「さあ、そろそろ、戻りましょうか。後ろにグラマンが貼り付いているわ」

 わたしは、ラピスラズリのサイコロを投げた。

 一の面からレーザーが出て鎖を焼き切り、くるくる回る六面体には、驚くトニーの顔――分離!――そう念じると、他の面に省吾の顔、原爆のトランク、わたしの顔が次々に写った。わたしは、その一つ一つにテレポの行き先を念じた。
 そして、勢いで、最後の一面が見えた。なぜだかジェシカの顔が写った。
 
 しまった!

 そう思った瞬間、わたしは再びジーナの庭に戻る自分を感じた……。

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真夏ダイアリー・57『ジェシカ!!』

2019-11-01 06:54:43 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・57
『ジェシカ!!』    



 一瞬光が走り、わたしとトニーは元の空港にテレポした……。

 わたしが、ミリーではなく真夏であったことと、自分の意思ではないテレポをさせられたことで、トニー(省吾のアバター)は気絶していた。

 彼方の空には、アメリカ軍の攻撃によって墜ちていったダグラスの煙が、染みのように残っていた。

「よかった、あの飛行機といっしょに撃墜されたかと思った」
 ジェシカは、親友が無事に帰還したように喜んでくれた。ジェシカは、簡単な説明をしただけで、未来人であるわたしと省吾のことは理解してくれた。そして、この省吾を騙す芝居にも付き合ってくれたのだ。
「で、このトニーは、もう元のトニーなの?」
「いいえ、まだよ。気が付いたら説得する。その前に……」
 わたしは、トランク型の原子爆弾に手を伸ばした。

 うかつだった。トランクとトニーの手はチェ-ンで繋がれていて、トニー、いえ、省吾が目を覚ました。

「触るんじゃない!」
 省吾は、トランクを抱えると、わたしたちから距離を取り始めた。
「省吾、お願い、バカな真似は止めて!」
「真夏、おまえは分かってないんだ。この戦争をやめなければ、真夏にも言えない怖ろしいことがおこるんだ」
「他に方法が……」
「ない。もう、あらゆる手段を尽くしてきた。真夏自身、こないだワシントンで失敗したばかりじゃないか」
「だからって……」
「きみたちには悪いが、ここで原爆を起爆させてもらうよ。予定より遙かに多い人が犠牲になるが、仕方がない……真夏がタイマーを壊したから、ちょっと手間だけどね」
 省吾は、チェ-ンを外し、トランクのロックを解除した。
「省吾……!」
「君たちは、殺したくない。今すぐ車で、ここを離れるんだ。10分待つ。10マイルも離れれば大丈夫だ」
 体の中を熱い血と冷たい血が、同時に流れたような気がした。
「そう……じゃ、さっさと、そうさせてもらうわ。こんな気の狂ったやつと話しても無駄だわ。あんたたちも早く!」
 そう言うと、ジェシカは、銃を投げ捨てて走り出した。
「ねえ、あなたは、元々はトニーなんでしょ。今は省吾に乗っ取られてるけど、トニーは目覚めているんでしょ。そうでなきゃ、たった今、説明なんかしなかったわよ。あっさりボタン押して爆発させているわ。わたしたちに10分の猶予をくれたのは……あなたの中のトニーがさせたことでしょ」
「ミリー、早く逃げるんだ。ぼ、ぼくには……それしかできない」
「トニーが目覚めかけてる……」
「トニー、そんなもの捨てて。こっちに来て!」
「ダメ、省吾の呪縛は、そんなに甘いもんじゃない。それに……」
 言葉を続けようとすると、滑走路を横切って、一台のクーペがヘッドライトを点けたまま走ってきた。省吾は一瞬ヘッドライトのまぶしさにたじろいだ。
 その瞬間、クーペは省吾の真横を通り、運転席から飛び出したジェシカがトランクを奪い取り、滑走路を転げた。

「ジェシカ!!」

 三人の言葉が重なり、わたしは……しかたなく指を動かした。

 同時に、ジェシカの姿は、トランクと共にかき消えてしまった。無人のクーペは、滑走路を横切り、土手に乗り上げ横転していた。
「ジェシカ……」
「テレポさせた」
「どうして、どこに!?」
「あの原子爆弾は、あいつの手を離れると、三秒で爆発する……ああするしか仕方がなかった」

 どこか時空の彼方から、アレが爆発した気配が伝わってきた。
「ミリー、十秒だけ息を止めて」
「え……?」
「早く!」
 直後、弱かったが、時空の閉じきれない裂け目から、放射能を含んだ風が吹いてきた。
「あ、トニー!」
 ジェシカが消えたのと反対の方向。そこに呪縛の解けたトニーと、元の姿に戻った省吾が横たわっていた。
「トニー、トニー!」
 ミリーは、トニーを抱き上げた。
「大丈夫。ショックで気絶してるだけ。すぐに目が覚めるわ」
 わたしは、その横に芋虫のように転がっている省吾から目が離せなかった。
 
 その姿は、まるで、九十歳のおじいさんのようだった。
 ぐっとせき上げてくるものがあったけど、ミリーの気持ちを思うと、表情には出せない。
「まるで、魔法使いのおじいさん!」
 ミリーが吐き捨てるように言った。
「ごめんね、ミリー。ジェシカのこともごめん……とりあえず、こいつを連れて帰る。どうしていいか分からないけど……分からないけど、出来る限りのことはする」
「ジェシカは、親友だったんだから。ジェシカだって、ほんとはトニーのこと好きだったんだから!」
「……分かってる」
 そう言うのが精一杯だった。

 ジーナが、わたし達を呼び戻していた……。
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真夏ダイアリー・56 『ニューヨークへの原爆投下』

2019-10-31 07:13:33 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・56 
『ニューヨークへの原爆投下』    
 
   


「遊覧飛行をやろう」

「何がしたいの……?」
「この飛行機は、ダグラスDC3。日本でライセンス生産しているけど、アメリカ人には見慣れた機体だ。低空でデモンストレーションやっておかないと、日本の飛行機だと分かってもらえない」
 トニーは緩降下すると、ニューヨークのビルの間を縫うように飛び回った。道行く人たちや、ビルの窓から覗く人たちの顔は、一様にびっくりし、やがて恐怖に変わっていく。「ジャップ!」「シット(ちくしょう)!」「オーマイガー!」などと叫んでいるのが分かる。
「空軍がきて、墜とされてしまうわよ」
「その前に、仕事は終わらせる……ミリー、すまないね。こんなことに付き合わせて。大丈夫、撃墜される前にテレポで戻るから。あのミリーにそっくりな奴に邪魔させないためなんだ、しばらく辛抱してくれ。ちょっとイタズラするよ……」
 トニーがボタンを押すと、翼から機関銃が出てきた。 
「何を撃つつもりなの!?」
 トニーは黙って、トリガーを引いた。アイスキャンディーのような光の列が両翼から打ち出され、エンパイアーステイトビルの最上階のアンテナが粉々に吹き飛び、ゆっくりと落ちていった。
「400メートルもあるんだ。下敷きになる人はいないさ」
 それから、トニーはマンハッタンの低空をゆっくり旋回して、機体の下に付けてある三発の爆弾をひけらかした。
 セントラルパークの上空3000メートルまで上昇したところで、二発の爆弾が落とされた。爆弾は「ヒュー」という音を残し、高度2000メートルのところで、小さく爆発し、無数のビラをまき散らした。
「これが、ビラの見本だよ」

 『アメリカ市民に告ぐ』
 
 ただ今より、ニューヨーク湾の真ん中に原子爆弾を投下する。
 この爆弾は、普通の爆弾の数万倍の威力がる。
 けして爆発の瞬間は見ないように。太陽のような閃光がするので、見れば失明する。
 大日本帝国は、貴国との講和を希望する。
 講和のテーブルに着かなければ、以後同じ爆弾を、アメリカの諸都市に落とすであろう。

「同じ内容をラジオの電波でも流している。できるだけ人の命は損なわないようにしている」
「爆弾はダミー……本体は、そのトランクの中でしょう?」
 機体が一瞬揺れた。
「ミリー、どうして、そんなことを……」
「わたしは真夏。IDリングはミリーの頭に付けてきたわ」
「真夏……!」
「さあ、そろそろ、戻りましょうか。後ろにグラマンが貼り付いているわ」

 一瞬光が走り、わたしとトニーは、元の空港にテレポした……。
 
 
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