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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

クレルモンの風・14『優子とアミダラ女王の危機一髪!』

2021-08-17 06:16:38 | 真夏ダイアリー

・14

『優子とアミダラ女王の危機一髪!』         




 メグさんちからの帰り道、モンジュゼ公園のあたりはお巡りさんで一杯だった。

 すぐに女の子の捜索隊だと分かった。

『きみ、こんな女の子を知らないかい?』

 ビックリした!
 すぐ側で、若いお巡りさんが視野の外から声をかけてきた。

『あたしも、さっき事件を知ったばかりで、この子はわかりません』
『どうもありがとう。セレナ・アバックって言うんだ。気の付いたことがあったら警察まで』

 そう言って、写真入りのビラをくれた。さっきメグさんに見せられたのといっしょだ。

 帰り道は、さすがに走らなかった。普段の運動不足のところへ、メグさんちまで走ってきたので、気がついたら、足がパンパン。
 

 こりゃ、ゆっくり歩いてほぐしておかないと、明日あたり痛むなあ……そう思って歩くことに決めた。

 百メートルも歩くと、ブツッと音がしてスニーカーのヒモが切れた。

 あたしは道ばたの消火栓にもたれるようにして、しゃがむ。

 スニーカーのヒモはハンパなところで切れていて、残ったヒモを穴に通して結ぶのが大変だった。いや、結ぶ前に切れてささくれ立ったヒモの先を穴に通すことそのものが大変だった。

 気づくと頭上で声がした。

 正確には、横に停まっていたセダンの窓が少し開いていたので、そこから声が漏れてくる。

『みんなモンジュゼ公園のあたりだと思ってる』
『これだけ、ビラを撒けばね』
『セレナの始末は』
『古い方の納屋の冷蔵庫……』

 ギョッとして立ち上がってしまった。

 で、運転席のオッサンと目が合ってしまった。

 背を向けて逃げ出そうとすると、運転席からバスケット選手みたいにでかいオッサンが出てきて、簡単に掴まってしまった。

 慌てる風もなく簡単にボンネットに押さえ込まれ、降りてきたオバハンといっしょになって、猿ぐつわを噛まされ、後ろ手に縛り上げられトランクに放り込まれた。

 オバハンは、あたしを放り込みながらジーパンを足首まで脱がせ、ベルトを二重巻きにして足かせにした。この間、わずか五秒ほど。

 ほんの百メートル先にはお巡りさんがいるんだけど、前のトラックが障害になって死角になっている。

『こいつの始末も考えなきゃな』

 オッサンの一声がして、車が憎ったらしいほどゆっくりと動き出した。

 とっさに思ったのは、暴れたらすぐに殺されるだろうってこと。そして、行くところまで行けば、これも殺されるという予感。

 カーブを曲がって、車は少し加速した。警察の目が届かないだろうと判断したようだ。

 トランクの中は、真っ暗。なんだか酔いそう……でも、酔わなかった。やっぱ必死の緊張感なんだ。

 足許に触れるものがあった。スマホだ!

 うんしょうんしょ……あたしは、ゆっくりと、縛められた手許までたぐり寄せた。

 でも、画面が見えないんじゃ、まともに操作ができない。

――そうだ、海ちゃんだ!――

 アドレスを交換したばかりだから、アドレス一覧のトップにある。なんとか後ろ手のまま、スマホを通話にして、勘で画面にタッチした。

「もしもし、もしもし……」

 かすかに海ちゃんの声がする。

 スマホの灯りで、トランクの中が少し明るくなった。

「どうしたのユウコ?」

 あたしのスマホにはナビ機能がついている。海ちゃんのにもナビが付いていてシンクロできたら、場所が分かる。あたしは冷静になって、ビデチャモードにした。

「え……ええ!」

 という声が聞こえた。事態は飲み込めてもらえたようだ。

 どこを走っているんだろう。感じとしては南の方なんだけど。

 時間の感覚がマヒしている。三十分にも一時間にも感じた。でもスマホの灯りが点いているのだから二時間にはならない。バッテリーの残量が、そんなものだから……。

 グィン

 と、急に車が急ハンドルを切った。すごい加速……と思ったら、また急ハンドル!

 もう、なにがなんだか分からないようになって、衝撃! 車が停まった。

 何やらフランス語の罵声が続いたあと、気を失った。直前トランクが開く気配がした。

――いま、ハズイ格好……――

 気がついたら、病院のベッドだった。目の前に海とメグさん。

『先生、意識が……』

 メグさんの声が遠のいていく。海の顔がアップになった。

「最初、アミダラ女王のアップなんで、ワケ分かんなくて。で、ユウコのお尻が、縛られた手といっしょに写って、ただ事じゃないと思って警察に連絡したの。ナビが付いていたんで、先の方で検問かけてもらって。大変よ、大立ち回りのあげくに犯人逮捕(;'∀')!」
「どのあたりだったの?」
「リベラシオン通りの南の方」
「で、あたし……どんな格好で」
「あ、事情は分かってたから、トランク開けたのは女性警官の人。直ぐに毛布でぐるぐる巻きにしたから見られてないわよ」
「よかった……」
「しかし、いまじぶんにアミダラ女王のおパンツなんて珍しいいわね」
「あれはね……で、女の子、セレナ・アバックは!?」

 海は、悲しそうに首を振った。

 で、悲しみに浸る間もなく、アグネスを先頭に寮の仲間達が入ってきた。

「ムチャクチャ心配してんで!」

 というアグネスから始まり、最後が涙でグチャグチャのハッサンだった。

「よかった!よかった!よかったよおおお! (#१д१#)」

 そうだ、こいつとの結婚を賭けて、人間オセロが待っているんだ……!

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クレルモンの風・13『メグさん再び』

2021-08-16 05:48:11 | 真夏ダイアリー

・13

『メグさん再び』         




 藁にもすがる思いでメグさんに相談することにした。

『溺れる者は藁をもつかんで……沈んでいくよ(;゚Д゚)!』

 と、電話ではシニカルなユーモアで返してきたけど、真剣に話を聞いてやろうという感じ満々だった。

 元気がないんで路面電車で行こうと思ったけど、運転手のオッチャンが乗客のオバチャンと話し込んで、停留所を十メートルもオーバーランした。

 ゲンが悪いので、思い切って走っていくことにした。

 電車が時間通りに来なかったり、運ちゃんが乗客と喋っていたりは当たり前なんだけど。今日のあたしはナーバス。そして若い。で、結論は二キロの道のりを走ることにした。

 パルク・ド・モンジュゼ通りに入った頃は上り坂なので、ジャケットもシャツも脱いで、タンクトップ一枚になって走った。走っている間だけは問題を忘れることができた。

 ノアム通りに入ると青臭い臭いが満ちてきた。

 どの家も草花を大事に丹精しているのだけど、このゼラニウムの臭いだけは慣れない。植物オンチのあたしが、ゼラニウムを覚えたのは、ひとえに、この臭いによるものだ。

「まさに青春の真っ盛りを走ってますって、感じね」

 メグさんの第一声が、これだった。
 庭で(メグさんちは、ゼラニウムがない)涼んでいると、突然メグさんが若返って現れた!

「あ、娘の海です」

 そう言って、ヒエヒエの麦茶をくれた。数か月ぶりの日本の麦茶に、思わず涙が出そうになった。

「あたし、あなたと同い年なのよ」
「ほんと!?」
「うん、あなたが行ってる大学も、あたしの受験候補の一つだったから」
「え、そうなんだ!?」

 それから、キッチンに行って簡単な和食を二人で作った。ほんと簡単。ニューメンと冷や奴。

 この簡単だけど、思いっきり日本を思い出させてくれるメニューに、またあたしはウルウルしかけた。

「しかけたって言えば、元々は、ハッサンて子の片思いなんでしょ?」
「うん、嬉しいんだけど、あたし的にはね……」
「お友だちなだけなんでしょ?」
「うん……」

 で、気がついたら全部喋らされていた。

 オカンのメグさんといい、娘の海ちゃんといい。この家の女は油断がならない。

 で、気づいた。オカンのメグさんの姿がない。

「あ、町内会の寄り合い。で、あたしが代理……悪かったかな?」
「ううん。同世代の日本の子と話ができてうれしかった。ルームメイトが日本語バリバリのアメリカの子なんだけど……」
「アグネスでしょ?」
「え、なんで知ってんの!?」
「ユウコちゃんの大学は、リセでいっしょだった子もいるから、ちょっと詳しいの。アグネスの日本語は、一昔前の大阪弁だから、あの子が来た頃、日本語の先生は、自分の日本語がおかしくなりそうだったって。ユウコちゃんが来たんで、だいぶニュートラルに戻れたって」

 少しは、自分も役にたっているようで嬉しくなった。

「こっちの学生は、事件を大きくしたり大ゴトにするの好きだから、あんまり心配することないよ。目的はお楽しみなんだから」
「そうなの?」
「うん。だから、ユウコちゃんも、楽しむぐらいの気持ちでいたほうがうまくいくと思う」

 メグさんジュニアは名前の通り「海」みたいで、同い年とは思えない懐の深さがあるようだった。この子に大丈夫と言われると、本当に大丈夫のような気がしてくる。

 そこにメグさんが憂い顔で戻ってきた。

「なにかあったの、お母さん?」
「うん、モンジュゼ公園で、女の子が行方不明になったんだって」
「大きい子?」
「ううん、まだ十歳。父親といっしょにモンジュゼに来て、行方が分からなくなったって。この子」

 メグさんは、女の子の写真がアップになったビラを見せてくれた。とってもカワイイ子で、親御さんの心配な顔が思い浮かぶよう。海ちゃんに慰められた気持ちはそのままで、心の別なところが痛んだ。

「今日は、ありがとうございました。海ちゃんに聞いてもらったら、ケセラセラになりました。ほんと久しぶりに日本の同い年の子と喋れて良かったです」
「あ、この子、半分はフランス製だから」
「今日の、あたしは全部日本製。明日は全部フランス製になって、試験だわ~」

 と、フランス人の顔になって嘆いた。

「あ、メアド交換しとこ。お互い力になれそうだから。いい?」

 このメアド交換が後に大きな威力を発揮することになるのだった……。
 

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クレルモンの風・12『人間オセロ』

2021-08-15 06:27:09 | 真夏ダイアリー

・12

『人間オセロ』         


 

 それでもハッサンは、礼儀正しくリムジンで寮まで送ってくれた。

 逆説の接続詞「それでも」で分かるとおり、あたしはハッサンの申し出を断った。

 申し出って……あれよ、お嫁さんになってくれって、突然の告白。

 あたしは、ハッサンは嫌いじゃない。ノリの良すぎるアルベルトやエロイなんかよりは、側にいて疲れない。最初想像していたより、すごく相手の気持ちを大事にする人だ。

 でも、それは、ハッサンが同じ寮生だからだ。寮生として気の置けない友だち。それ以下でも、以上でもない。

『人間はやって失敗する後悔よりも、やらないで、諦める後悔の方が大きい。だからダメモトでも当たってみようって、それだけだから、気にしないでユウコ』

 ハッサンは、これを正確な日本語にしてあたしに伝えるようにアグネスに言った。

「ユウコがクレルモンに来て、フランス語が出来ないなら入学でけへん言われて、粘り倒して入学したときと同じ気持ちや。ユウコ、あのまんま日本に帰ったらムチャクチャ後悔したやろ。ハッサンは、あの時のユウコと同じ気持ちや」

 めちゃくちゃ意訳だったけども、気持ちは120%伝わった。

 理由を口にすれば、いくらでも出てくる。

 第一に、あたしが『ウイ』と答えても、あたしは第二夫人だ。

 ハッサンは、まだ未婚だけども、第一夫人になる許嫁がいる。親が決めたモノなので、変更はできない。ハッサンは、普段は地味にしているけども王族の一人である。この許嫁は国王も了解しているので、もう、これは絶対。

 こうも言った。ボクは分け隔て無く二人を愛する。平等に妻達を愛し、面倒を見る。イスラムの男に科せられた義務だし、それを履行する自信がある。

 日本にも、むかし側室制度があったことや、今でも二号さんいることを彼は知っていた。そして、イスラムの一夫多妻は違うことを力説した。

 結婚しても日本に住んでいてもいいとまで言った。年に二三度国に来てくれればいいからとも……どこまでも強引だけど、根っこのところで優しい。

 一番の問題は、あたしに、その気が無いこと。

 お父さんのオハコの『神田川』の歌詞の意味がリアルに分かった。

―― ただ あなたの優しさが 怖かった ――

「ユウコ、気にせんとき。あれがアラブやねん。アラブのやり方やねん。持ち上げて、すかして、押したり引いたりしながら、要求を通してきよんねん!」

 あたしは、アグネスが、初めてアメリカ人に見えた。

「ハッサンは、そんなんじゃないわよ!」
「もう、あんたの気持ちをシャッキリさせよ思て言うてんのに!」
「……ありがとう、アグネス」

 そうなんだ、アグネスは、あたしにディベートを仕掛けてるんだ。あたしのグジグジをシャキッとさせるために。あたしが、この大学に入るときも、これでがんばってくれたんだ……。

 ハッサンの申し出を受けるわけにはいかなかったけど、なにかしないではいられなかった。

 そこで思いついた。アラブ人のわりにシャイなハッサンに賑々しい送別会は迷惑だ。その代わり、彼が熱中できて、みんなも参加出来ることを考えた。

 『人間オセロ』をやろう!

 学長の許可を得て、大学の玄関を使う。白黒のチェックで、チェスにうってつけだけどオセロもできる。

 ハッサンに分からないように、64枚の駒になってくれる学生を集めた。アグネスやキャサリンが面白がって、二日で集めてくれた。カミーユ副学長先生が、ミシュランがイベントで白黒の大きな帽子をコンパニオンに被らせていたことを思い出し、ミシュランに掛け合って借りてきてくださった。

『ハッサン歓送、人間オセロ!』のポスターを、あちこちに貼りだした。

 むろん対決は、あたしとハッサン。あたしはハッサンを送り出すのに一番ふさわしいイベントだと思った。
 ポスターを見たハッサンが、ガチ真面目な顔で、あたしに言った。

『あれじゃ、決闘と同じだ。決闘には掛け物がいる……』
『か、掛け物?』
『昔のアラブなら、互いの命だった。そこまでは言わないが、互いに大事なものを掛けなきゃならない。それが、ぼくの国の習慣……オキテだ』
『そ、そんな……』
『ぼくが負けたら、ぼくの第一別荘をユウコにあげよう……』
『あたしが負けたら……』
『……ぼくの第二夫人になれ!』

 それだけ言うと、ハッサンは早足で行ってしまった……。

 ああ、藪蛇だあ(;゚Д゚)!

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クレルモンの風・11『ルコック庭園にて』

2021-08-14 06:13:51 | 真夏ダイアリー

・11

『ルコック庭園にて』 





 二月だというのに小春日和のうららかさだった。

 ルコック庭園というのは、クレルモンの街の真ん中ちょっと南側。ノートルダム・デュ・ポール聖堂「Basilique romane Notre-Dame-du-Port」から一キロ南、モンジュゼ公園の南南東三キロ、うちの大学からは二キロほどのところにある、代々木公園をちょっと小さくしたような公園。パスカルで有名なアンリ・ルコック自然博物館「Muséum Henri-Lecoq」のすぐ南。行くのは初めてだけど、お手軽な街中の緑の庭園として解放されている。オープンな付き合いとしてはふさわしい。ハッサンの気配りが感じられる。

『お早う、ミナコ』

 気軽にスマホで挨拶。寮の前に行ってタマゲタ。

 白いリムジンがドデンと、そう広くもない寮の前の道を独占していた。

『お嬢様方、こちらへどうぞ』

 アラブ系の白いスーツに身を固めたオニイサンが、うやうやしく後ろのドアを開けてくれた。

『さあ、君たちはこっち側へ』
 
 ハッサンは、向かい合った後部座席の後ろのシートを示した。運転席は壁で仕切られている。

『これ、ハッサンちのリムジン?』
『うん、普段はミシュランに預かってもらってるんだけどね。今日は特別なんだ』
『ルコック庭園なら歩いてでも行けたのに』

 アグネスの反応は素直だった。でも、TPOを考えて欲しかった、両方とも……。

『一度乗ってみたかったの、「プリティープリンセス」で、アン・ハサウェイがこんなのに乗ってるじゃん。なんだか王女さまになったみたい!』

 と、間を取り持つ。なんで、あたしが気を遣わなきゃなんないのよさ!

 ルコック庭園につくと、さすがにリムジンはどこかに行った。きっと迎えには来るんだろうけど。

『初めて来たけど、いいとこね』
『クレルモンって、周りは自然に囲まれてるけど、ちょっとした公園てのが無いのよね』
『ぼくの国じゃ、こういう緑は、とても贅沢なことなんだ。土を入れ替えて……というか、砂だらけだからね。保水性のある土をいれざるをえない。そして育つのは暑さに強い椰子とかね。あんまりきれいな花の咲くものは、温室がいる』
『砂漠で温室?』
『うん。強すぎる日の光から花を守るためにね。ブラインドが付いてるんだ』
『そうなんだ』

 ハッサンは、植物の話から温室の話、水の話、日本の淡水化プラントがいかに優れてるか、そんな話ばかりだ。

『ちっとは、通訳の要る話をしなさいよ』

 アグネスが業を煮やす。

『そうだよね、ぼくね……来週国に帰るんだ』
『お家の都合?』
『うん……』
『で、いつ帰ってくるの』
「ユウコ、お土産おねだりするとええよ。アラブのお土産て、ごっついよ(* ´艸`)

「ああ……お土産はないよ」
「ハッサン、日本語できるの?」
『ユウコが、ここに来て一カ月目のフランス語程度』
『お土産ないって……』
『コーランにでも書いてあるの?』
『もう、ここには戻ってこられない』

「「ええ……!」」

 アグネスとあたしの日本語のビックリがハモった。

『どうして?』
『お祖父ちゃんが勉強しちゃったんだ』
『え……お祖父ちゃんが勉強すると、なんでハッサンが辞めなきゃなんないのよ?』
『知っちゃったんだ、クレルモンが十字軍発祥の地だって』

 あたしは「?」だったけど、アグネスは理解したようだった。

『ああ……ウルバヌス二世、1095年、クレルモンの公会議か』
『いや、別に世界が終わるほど重い話じゃないんだけどね』
『そりゃそうだ、お祖父ちゃんの気持ちさえ変わればいい話なんだから』
『それが一番の難問なんだけど。ま、気楽に話したいからチェスでもやりながら、話そうよ』

 ハッサンは、デイバッグから、チェス盤と駒を取りだした。

『このチェス変わってるね?』
『ああ、シャトランジって言って、チェスの原形。アラブじゃ、これなんだ。ルールはチェスといっしょ』
『あたし、チェスのルール知らないから』

『『え、マジ!?』』

 今度は、ハッサンとアグネスがハモった。

「ほんなら、ウチがやってみるさかい、ユウコは、横で見て勉強し」

 で、あたしは見学になってしまった。

『チェックメイト!』

『くそ!』

 アグネスが一時間ほどやって、勝負がついた。

『いやあ、アグネスもなかなかやるね!』
『お姉ちゃんとよくやってたからね。ハッサンは誰の手ほどき?』
『ああ、お祖父ちゃん……思い出してしまった』
『ハッサン、チェス無しで話しできないの? あたし、この一時間無言で勝負見てただけなんだけど』
「あ、かんにん。ユウコのこと忘れてた」
『チェスがないと、また淡水化プラントの話ししそうだ』
「それも、困るわなあ」
『じゃ、オセロやろ。これならルール簡単だから』

 あたしは、こういう時のために持ってきたオセロ盤を広げた。

「ああ、これリバーシやんか!?」
『アグネス知ってんの?』

 ハッサンは、初めてのようだったけど、すぐにルールを覚え熱中しだした。

『……で、話しってなんなの』
『うん、ボクの嫁さんになってくれないか?』
『なーんだ……え、今、なんてった!?』

 あたしは、危うく息をするのを忘れかけた……休日のルコック庭園だった。

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クレルモンの風・10『ハッサンのお誘い』

2021-08-13 06:27:50 | 真夏ダイアリー

・10
『ハッサンのお誘い』
         

 

 

 Bribri Brier(ブリブリ・ブリエ)先生に呼び出された。

 覚えてる? あたしたち留学生のフランス語の先生。

 呼び出しの見当はついていた。

『ユコ、あなたは、最初の頃は、とても上達が早かったわ。感心していたのよ』
『ありがとうございます』
『でも、夏からこっちは、ちょっとね……』
『はい……』
『はっきり言うわ。あなたアニエス(アグネス)に頼りすぎ。いまだに講義中はアニエスについてもらってるのよね』
『はい……』

 言わんとするところは分かっているので、自分から言った。

『今日から、自分だけで講義に出ます』
『ウイ、さすがにユコ、飲み込みが早い。がんばってね(^▽^)』
 
 ブリエ先生は、膝に置いたあたしの手を握った。きっと言い出したくなかったんだろう。

 

「なんで、うちに相談もなしに!」

 案の定、アグネスは怒った。

「ユウコのフランス語は、まだ小学生並みや。ウチがついてなら、講義なんか分からへんで!」

 あたしは、理由を言った「このままじゃ、あたしは自立できない」って。

 ガバ!

 アグネスは涙をいっぱい溜めて、ウルウルとあたしに抱きついてきた。

「せやね、ユウコの言う通りやわ。ユウコのためにならへんもんな(৹˃ᗝ˂৹)
「よしてよ、アグネス。ルームメイトに変わりはないし、三度の食事もいっしょじゃん」
「うん、半年もいっしょにおったら、なんか姉妹みたいな気になってしもて」
「ハハ、そのわりにゃ、アネキのアリスの話は、あんまりしないよね」
「そら、アリスとは死ぬまで姉妹やしな」
「あたし、アグネスは、一生の友だちだって思ってるよ……」

「ユウコォ(#˃ᗝ˂#)!!」

 アグネスの目が、またまた涙で溢れてきた。

 正直、アグネス抜きの講義は辛かった。1/3程は意味が分からない。質問されても、言葉がぎこちなく、クスクス笑われることもあった。ほんとうにアグネスのありがたみが辛さといっしょに分かった。

 でも、あたしより辛い人間が現れた。

 それがハッサンだ……。

『ユウコ、こんどの休みつきあってくれないか?』

 いつものようにニコニコのひげ面で話しかけてきた。でも、個人的に話しかけられるのは初めてだった。

『ルコック庭園なんかどう。ボクまだ行ったことがないんだ』
『あたしもまだだけど』
『じゃ、ちょうどいい。あ、サラート(お祈り)の時間だ。時間とかは、また教えるから』

 言うだけ言ってしまうと、いなくなってしまった。
 
「ハッサンがなあ……」

 半日分溜まっていた大阪弁のお喋りしたあとで、ようやくアグネスは話を聞いてくれた。

「あんまり話したこともない人でしょ」
「せやけど、ハッサンは行く気満々やねんやろ」
「うん、さっきこんなメモもらった」
「ハッサンらしいなあ、きれいなフランス語で書いたある」
「ハッサン、ニッコリしてたけど、なんか目がマジなんだよね……」

 ハッサンの佇まいは好きだった。

 サロンにいても控えめに人の話を聞き。笑うときや喜ぶときには、腹の底から楽しそう。そして、サラートの時間や、自分で決めた就寝時間になると、みんなが白けないようにサラリといなくなる。穏やかだけど日本の男が失ったものを持っているなあ……という印象。

 でも、こんどの「お誘い」は、それを超えるモノを予感させた。

 アグネスがお風呂している間にYou tubeでイスラムのお祈りを聞いた。とても旋律や節回しがきれい。とても、こんなきれいなお祈りをする人たちが戦争をするなんて信じられなかった。たった二分足らずだったけど、発見があった。「アラー アクバル」じゃなくて「アッラー アキュバル」て言う。思っていたより繊細で、ハッサンとイメージが重なる。

「ユウコ、ええこと考えたわ!」

 髪をバスタオルでターバンのように巻き、歯ブラシをくわえたままアグネスが出てきた。

「ユウコのフランス語は小学生並みやさかいに、通訳にウチが付いていく!」
「え、アグネスが!?」
「うん。『大事な話やったら、しっかり聞いときたいさかい』とか言うたらええねん!」

 失望、困惑、沈思、閃き、ハッサンの目は目まぐるしく色を変えて、口をして、こう言わしめた。

『うちの王様とアメリカの大統領が話すときも通訳がつくからね。そう元首級の話ができそうだ』
『まあ、肩張らずにお気楽に……』

 あたしは、日本のオッサンのように手をヒラヒラさせるばかりであった……。

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クレルモンの風・9『今度はイタリア抜きでやろうぜ』

2021-08-12 06:11:22 | 真夏ダイアリー

・9

『今度はイタリア抜きでやろうぜ』       


 

『Für nächstes mal ohne Italien』

 サロンでくつろいでいたら、シュルツが、こんな一言を残して自分の部屋に行った。

「え………?」

 あっけにとられてポカンとしていると、キャサリンが笑いながら言ってくれた。

『今度は、イタリア抜きでやろうぜって、ジョーク』

 やっと意味が分かった。イタリア人のアルベルトは、さっきからちょっと調子の外れた自作の歌を、ギター弾きながら歌っている。

 あたしは、最近やっと幼稚園程度の日常会話がフランス語で。英会話は小学生程度にできるようになり、英語とフランス語、それぞれの言葉が美しいと思えるようになってきた。

 なんちゅうか、小さな子どもが、ようやく喋れるようになって嬉しくて仕方がない……に似ている。

 そこに今日、アルベルトがギターを持ってきて、映画のワンシーンのように叫んだ。

『オレ、イタリア語で恋の歌を作ったんだ、ちょっと聞いてくれよ!』 

 で、みんなが囃し立てた。

 で、まさか五曲もあるとは思わなかった!

 三曲目でアグネスが消えて、四曲目でハッサンが消え、全曲終わった段階でシュルツが、さっきの言葉を残して消えた。
 それぞれ理由はある。家族とパソコンで話す時間。お祈りの時間。レポートの準備。

 あたしは、普段から巻き舌早口フランス語のアルベルトは苦手だったけど、さすが母国語で歌う彼の声も言葉も好きになった。なにより、フランス語や英語の時には使わない顔の筋肉を使っていて、ちょっといけてるようにも思えたし、イタリア人は歌うのに日本人の三倍ぐらいカロリーを消費していると思った。それがかわいいってか、同じ人類かと思うほど衝撃だった。

 よく考えると、彼の苗字はモンタギュー。そう、あのロミオと同じ苗字なのだ!

 メイリンは、一見無表情だけど、熱心に聴いているのはよく分かった。目が合うと気まずそうに、あさっての方角を向く。

 名前の割にはエロくないスペイン人のエロイはご陽気に調子を合わせ、ときどきスペイン語でヤジとも声援ともつかない声を上げている。

 キャサリンは、そういうみんなの反応を楽しんでいるようだった。

『どう、今の中で、どれが一番良かった?』

 アルベルトは、ちょっと上気した顔で聞いてきた。

『少し調子は外れてたけど、どれもよかったと思う』
『だめだよ、そういう日本的なあいまいさは』

 あたしは、アルベルトの情熱をかったので、そういう返事になったんだ。それをフランス語にするほどの力は、あたしには無い。

『その歌、誰かにプレゼントするつもり?』

 キャサリンが、思い切りよく聞いた。アルベルトの反応は素直だった。

『ああ、オレのジュリエットの誕生日にね』

 その臆面の無さに、普段仲の良くないメイリンとあたしは目が合った。瞬間的日中友好!

『一つヒントをあげるわ』

 キャサリンがニタニタしながら言った。

『え、なになに!?』

 アルベルトは、テーブルを飛び越え、そのままキャサリンの前に座った。隣のあたしはのけ反ったけど、キャサリンは平気。で、とんでもないことを言った。

『シュルツがね、ユウコに言ったの。今度はイタリア抜きでやろうって』

 メイリンとあたしは凍り付いた。

『ああ「Für nächstes mal ohne Italien」だろ』

 アルベルトはケロっとして言った。

『イタリア人が知ってる数少ないドイツの格言だよ。お返しの言葉はこうだ「ケツの穴から帚突っこんで突っ立ってるドイツ野郎め!」もっとも発明したのはフランス人だけど』
『そんな風に言われて気にならないの、アルベルト?』

 メイリンが真顔で聞いた。

『だって、イタリア人てのは戦争に向いていない。ドイツ人の屈折した誉め言葉だと思ってる』
『ばかね、シュルツは、もっと別の意味で言ったのよ』

 え……?

 日中伊の反応が揃った。

『歌を送る相手がイタリアの子だったら、どれ聞いてもブーだってことよ』

 アルベルトは、瞬間でしょげかえった。日本の男はこんなに分かり易くはない。

『アルベルト、この楽譜で歌ってみてよ』

 アグネスが戻ってきて、楽譜を放ってよこした。

『……これか!』

 アルベルトは静かに歌いだした。

 その曲は、わたしでも知ってる。

 ジョン・レノンの『イマジン』だった。

 やがて、自分の部屋に帰っていたシュルツもハッサンも戻ってきて、曲の終わりでは一同の拍手になった。

「やったやろ、ウチ!」

 アグネスはニコニコだった。

「ほんなら、先にシャワー浴びてるから!」
 
 サロンは、あたしとシュルツだけになった。

『ドイツは、まともな潜水艦を作れない。日本は飛行機を作ることを禁じられてる。ユウコ、覚えといた方がいい、ほとんどカタチだけだけど、国連にはまだ旧敵国条項が残っているんだぜ』

 シュルツは、イマジンをちょっと崩して口ずさみながら行ってしまった。

 あたしは、久々に「とんでもないとこ」に来てしまったと思った。 

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クレルモンの風・8『宿題からの展開』

2021-08-11 05:49:25 | 真夏ダイアリー

・8

『宿題からの展開』          

 




 早くも、日本文学概論の宿題の日がやってきた。

 フセイン君の「アラブと、日本の武士道に共通点が多い」というのはサンプルの羅列だった。名誉を重んずるということを、日本語の「名こそ惜しけれ」という古い慣用句を持ち出して熱烈にプレゼンテーションしたのは、中身はともかく、その熱意は高く評価されたようだ。

 すると、トルコのケマルって学生が、手を上げた。

『トルコと日本は、先祖が一緒なんです』

 みんなは唖然とし、コクトー先生はニヤニヤ。あたしは面食らった。

『その昔、アジアの真ん中に馬に乗る勇敢な民族がいました。それが、いつの時代か西と東に別れ、西へ行った者達がトルコ人になり、東に行った者達が日本人になったんです』
『根拠は? 熱意だけじゃフセインと同じ点数しか出ないよ』

 先生が意地悪く言う。

『言語が同じアルタイ語です、単語を置き換えるだけで、双方の文章は読めます。て・に・を・はに当たる助詞もトルコ語にはありあます。言語学用語では膠着語といいます。それになんと言っても、日本は、あのロシアをやっつけてくれました!』
『ロシア人の学生もいるから、表現には気を付けて』

 すると、ロシア人学生のアーニャが手を上げた。

『いいんです。歴史的な事実ですし、今のロシアとは体制が違います。それに、正確には、あの戦争はロシアの負けではありません。停戦です。その証拠に賠償金は1ルーブルも払ってません』
『しかし、領土を割譲したんじゃなかったっけ?』

 ケマル君が発言し、フセイン君たち数人が拍手した。

『あ、それ誤解です。居住地を原則にして国境をはっきりさせただけです』

「今がチャンスや、ユウコ!?」
「え、なにが?」

 あきれた顔をして、アグネスが発言した。

『つまり、正しい国境線にしたってことよね、アーニャ?』
『そうよ、だから露日戦争で、ロシアが負けたということじゃないの。あくまで停戦』
『じゃあ、今は、なぜ、その正しい国境線になっていないのでしょうか?』

 フランス語を喋っているアグネスは、別人のようにカッコイイ。

『それは……』
『それは、デリケートな問題だから、深入りはよそう。日本人自身からの発言も無いようだし』

 あたしのスイッチが入った。

『すみません。国後、択捉、歯舞、色丹は日本領です』

 この程度のフランス語は喋れるようになった。アグネスがガッツポーズをした。

『この講座は、文学と、それに伴う文化についてまでだ。ユウコにも宿題があったはずだが』
『あ、はい……』

 答はしたものの、気乗りがしない。調べてみたら、あまりいい答えが出てこなかったのだ。

「1942年に南洋庁という南太平洋の植民地を統括する役所が文部省に申し入れしました。それまでの日本語は、左書き、右書きが混在していました。日本の植民地になるまではドイツやオランダの植民地で、現地の人たちは、横書きの場合、左から読むクセがついていました。で、植民地の人たちが困らないように、左書きの要望を出しました。で、戦後内閣から1952年「公用文作成の要領」が出され、今に至っています」

 アグネスがフランス語に訳したあと、少し付け加えた。

『一部誤りがあります。当時南洋の島々は日本の植民地ではなく、多くは国際連盟からの委任統治領でした。だから、そこでの日本の施政権は正当なものだったのです。日本人は第二次大戦に過剰すぎる贖罪意識を持っています。そこのところを受け止めて理解してあげてください』
『でも、日本が日本の文化を強制したことには違いないわ』

 と、お隣の国の留学生が言った。

『当時は世界中がそうだったんです。現に旧フランス領から来た学生はフランス語に不自由しないでしょ』
『だけど、日本がやった事はね……!』
『あたしは昔の話しをしてるの。なんなら今でもやってるアジアの国について論じましょうか!?』
『アニエス、ここは文学の講座だからね』

 コクトー先生がたしなめる。

『残念、いつでもお相手したのにね』

 アグネスは、勝ち誇った笑顔で、あたしを連れて席に戻った。

「ユウコ、もっとディベートの勉強せんとあかんな……」

 アグネスは、放課後マルシェ(市場)の買い物にあたしを連れて行き、フルーツの見分け方や、値切り方を教えてくれた。

 で、気がついた。アグネスの買い物は、一人で持ち帰るのには量が多く、どうやら要領よく荷物運びの要員に使われた……ちょっと気の回しすぎだろうか?

 ま、いいや。持ちつ持たれつ。

 クレルモンを吹く風は今日も爽やかだしね(^▽^)/。

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クレルモンの風・7『メグさんとの再会』

2021-08-10 06:06:18 | 真夏ダイアリー

・7

『メグさんとの再会』           


 

「あら、ユウコちゃん!?」

 アランのカップルが行ったあと、窓にいきなり知った顔が飛び込んできた……。

「メグさん!?」

 

 そう、パリからクレルモンへの飛行機の中で、フランス語が全く出来ないのに留学しようというあたしを、空港でアグネスに引き渡すまで付き合ってくださったオバサンだ。

「あなた、アグネスチャンだったわね?」

「あ、どうも嬉しいわあ、きちんと『ちゃん付け』で呼んでくれはって」

 これは、あとでアグネスを『アグネス・チャン』という大昔のアイドルの名前と結びつけて覚えたからであることが分かる。

「よかったら、うちにおいでよ。旦那もいないし……」

 と、そこにメグさんを呼ばわる声がもう一つ。

「もう、メグ。さきさき行かんとってよ!」

「おお、大阪弁!」

 アグネスが、瞬間で感動してしまった。

「あ、この人山城登志子さん。うちの居候」
「ハハ、日本ではメグのこと居候させてた山城です。呼び名はトコでええからね」
「あたし……」
「うち、アグネス・バレンタイン。アメリカのシカゴから来てます。このユウコとは、寮で同室ですねん」
「あんた、完ぺきな大阪弁やね!?」
「それは、シカゴの実家の……」

 タナカさんのオバアチャンの話しになってきたので、続きはメグさんちということになった。

 パルク・ド・モンジュゼ通りから、ノアム通りに下って、ちょっと行った一軒家がメグさんちだった。

 100坪ほどの敷地に、手入れの行き届いた庭を通ってアプローチ。荒い白壁に薄い朱色の屋根瓦。このあたりの平均のお家より適度に広く、手入れが行き届いているようだ。

 あたしの名前や簡単な略歴紹介は、メグさんちに行くまでに済ませておいた。公園の出口まではたっぷりあったし、四人とも自転車だったので、喋りっぱなしだった。

「あ~、久しぶりだね、女四人で喋りまくりってのは」

 そう言いながらメグさんは、台所に向かった。

「なにか手伝いましょうか?」
「台所は、あたしのお城。できたら声かけるから、とりに来てくれる?」
 
 ということで、トコさんと三人のお喋りになった。

「やっぱ、ご家族の写真が多いですね。うわー、これお子さんたちですか?」
「ほんま、かいらしいわあ!」
「フフフ、なんか変や思えへん?」 

 トコさんがナゾをかけてくる。

「あ……あ!?」

 アグネスが、なにかに気づいたように、台所のメグさんと写真の三人の子供たちを見比べた。

「なにか分かった?」
「これ、お子さんらの小さいころの写真でしょ?」
「大当たり、裏返してごらん」

 トコさんが言う。素直に従う。

「うわー、ええ男はん!」

 メグさんの子どもさんたちの写真は、みんな表が子どもの頃、裏が今の写真になっているようだった。

「どうして、こんな風になってるんですか?」
「それはやね……」
「あたり!」

 トコさんがよろこんで、あたし一人が分からない。

「子どものころて、みんなカイラシイやんか。せやから、いつもはカイラシかったころの子ども見て、なんか、子どもがニクタラシなったら、今の姿のんにするんとちゃう?」
「惜しい、その反対やわ」
「……ちゅうことは?」
「うん、ここに来て宿代代わりに、毎日グチ聞かされてんのん」

 メグさんの子は、フランス人の旦那との間に三人。上から「空」「陸」「海」と、大らかなのか、横着なのか分からない名前。

「あ……これて、宮崎アニメの『コクリコ坂から』の小松坂家の子どもらの名前といっしょですやん!」
「え、じゃあ、あの映画のモデルって、メグさんち?」

 あたしは、尊敬の眼差しで、台所を見てしまった。うしろで日米のネエチャンとオバチャンが笑っている。

「コクリコ坂って、そんなに昔の映画とちゃうよ」
「ユウコて、インスピレーションの子やけど、外れるときは大きいなあ……え、ちょっと待ってや」

 アグネスがスマホを出して、なにやら検索し始めた。

「ひょっとして、原作の『なかよし』に連載されてたころに目えつけてたんちゃいます? 原作は1980年代やさかい……」

 アグネスが、わたしよりも目をお星様だらけにして、台所を見つめた。

「できたよ~、取りにきてね!」

 メグさんの声がして、三人でお料理を取りにいった。

「ハハ、ちがうちがう。ミシェル(旦那)といっしょに、子ども三人作って、世界を表現しよって……」
「せやけど、まさに天地創造ですね!」

 アグネスが真顔で言うので、オバサン二人は大笑い。

「子どもって、思うようにならんもんでね。空は日本で就職しよったし、下の娘の海はフランスの大学やけどね……」
「陸くんがね……」

 トコさんが引き受ける。陸クンというのは、自我の強い人らしく、ジジババや親の反対を押し切って、自衛隊に入ったらしい。フランスはNATOの一員で、実際戦争に行くことも、たまにはある。でも、自衛隊なら、海外で戦争することはあり得ない。そう言うと……。

「これからの日本は分からんよ……」

 と、トコさん。

「頭ではね、そういう日本もありやと思うねんけどね。いざ、自分の息子となるとね。ほんま、あのリクデナシが……」

 メグさんが高等なギャグを言ったのを気づくのに三秒ほどかかってしまった。

「どうも、ごちそうさまでした」

 メグさんトコさんに門まで送ってもらい、お礼を言いつつ寮にもどった。

「あ、えらいこと忘れてる!」
「え、なに?」
「晩ご飯いらんて、寮に電話すんのん忘れてた」
「忘れると、どうなるの……?」
「もっかい、晩ご飯食べなあかん」

 帰りに、トイレットペーパーと胃薬を買って帰った二人でありました……。

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クレルモンの風・6『モンジュゼ公園』

2021-08-09 06:18:00 | 真夏ダイアリー

・6

『モンジュゼ公園』         


 

 あたしは、植物の名前を覚えるのが苦手だ。

 パッと見て名前が言えるのは、二十あるかないか。だからアグネスが言ってくれる草花はきれいなんだけど、名前はさっぱり。でも、きれいなモノは素直にきれい。

「わー、かわいい!」「オー、いけてる!」と感嘆の声をあげても、アグネスは容易には信じない。
「それだけ感動したら、覚えそうなもんやのになあ」
「でも、いいじゃん。ステキな公園だし、見晴らしはいいし!」
「まあ、犬は名前覚えんでも、好きなもんには正直に尻尾振りよるけどな」
「あたしは、犬か!?」
「正直に感動するユウコのこと誉めたつもりやけど(^_^;)」

 ボケとツッコミができるほど、アグネスとは仲が良くなった。

 このモンジュゼの丘(正式には山らしい)から見えるクレルモンの街は絶景だった。

 実家がある荒川区の4倍も広いのに、人口は2/3でしかない。真ん中あたりに大聖堂ノートル=ダム=ド=ラサンプシオン(被昇天聖母大聖堂)このクレルモン最大のランドマークがあり、その周りはビルは少なく、伝統的な淡い朱色の屋根がずっと続いている。

「なんていうか、景色は共有財産って意識が浸透してるって感じだね」
「ユウコて、なんか、ときどきすごいことサラって言うね」
「ハハ、多分なにかテレビか本の受け売り」
「昼の講義もそうやったけど、ハッタリでも、あそこまで言えたらたいしたもんやと思う。それ、才能ちゃうか?」

 アグネスの小鼻がヒクヒクしている。これは気持ちの半分以上にオチョクリが有る証拠。

「アグネスも正直だね」
「あ、それ、タナカさんのオバアチャンにも言われたわ。そう言うたら、ユウコてうちの姉ちゃんに似てるかもな」
「あ、アリス?」
「うん、あいつもたいがいやったからな……」

 放っておくと、お姉ちゃんのアリスへの、溢れるようなニクソサ半分の屈折したグチを聞くハメになるので話題を変える。

 不自然な変え方をすると、つっこまれるので、サラリと目に見える景色に目を移す。

「家族連れが多いね。ほら、あの子、お父さんに振り回されて喜んでる。かわいいなあ!」
「ゆうこは、『かわいい』と『いけてる』しか、感動の言葉知らんねんなあ」

 痛いところを突かれた。ボキャ貧は、あたしだけでなく、今の日本の若者共通の問題だという自覚はある。アグネスは、シカゴの隣のバアチャンに日本語を習ったので表現が多様だ。

 でもって古い。

「ゆうこ、今朝は冷えるよって、オイド温うしていかならあかんで」
「オイド?」
「お尻、オケツ!」

 と言うアンバイ。

 このモンジュゼに来るにあたっても、チノパンの下にアンダーを一枚重ね着してきた。そうそう、オイドというのは、今では死に絶えた関西の「お尻」の上品な表現であることをウィキペディアで確認した。

 機嫌のいいとき、アグネスの二人称は「おうち」になる。なんとなくの感じで二人称であることは分かっているけど、語源はまだ未確認。

 お姉ちゃんのアリスは「不思議の国のアリス」と言われるほどの天然らしいけど、アグネスもたいがいである。

「あ、あのモニュメント、日本のオッチャンが作ってんで!」
 
 ワッサカ茂った薮の端っこに、石の団子を積み上げ、縦長のドーナツみたくした大きなモニュメントがあった。

 近づくとドーナツの穴はヨウカンのように縦長の窓のようになっていることが分かった。

「へー、不思議だね。石造りなのに、なんだか暖かい」
「初めてまともな感想言うたな。これは『楢葉たかし』いう日本のオッチャンが作った名物やねんで。タイトルは『窓』 よう分かるやろ」

 なるほど、近づく距離によって、景色がずいぶん違う。こんなところで、日本人の芸術が見られるとは思わなかった。

「あ、あれ、事務所のアランじゃ、ないの!」

 窓を通して見えた、確かにアラン。

「オー フグ!」

 声を掛けようとして、アグネスに口を封じられた。

「なに、すんのよ!?」
「声掛けたら、あかん……」

 やがて、アランの後ろにブルネットのかわいい(また、アグネスに怒られそう)女の子が付いてきているのが分かった。

「なるほど、邪魔しちゃダメだよね」

 このカップルに、深刻な問題があることは、アグネスは言ってくれなかった。もう少し、あたしには知識が不足しているようだった。

「あら、ユウコちゃんじゃないの!?」

 アランのカップルが多り過ぎたあと、窓にいきなり知った顔が飛び込んできた……。

※『不思議の国のアリス』は本作の姉妹作です「不思議の国のアリス 大橋むつお」で検索してください。

https://ncode.syosetu.com/n6611ek/

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クレルモンの風・5『いきなりの質問』

2021-08-08 06:09:58 | 真夏ダイアリー

・5

『いきなりの質問』        


 

 アグネスの翻訳を聞きながら必死で「日本文学概論」の講義をノートしていた。

 アグネスが大阪弁の日本語に訳し、それを標準語に変換してノートに写す。単語や短い文章はなるべくフランス語で書く。

「それ、なおす!」
「え……」

 疑問に思いつつも、ノートを閉じて、机の下にしまった。

「なにしてんねんな!?」
「だって、なおせって……」
「アホかいな。スペル間違うてるさかいに、なおせ言うてんねん」
「あ、そういう意味!」

 フランスの中南部クレルモンに来て、大阪弁の不思議に戸惑うとは思いもしなかった。

「アニエス。横のお嬢さんは、日本人かい?」

 やぶ蛇だ(;'∀')。

 日本語のやりとりを、先生のムッシュコクトーに聞きとがめられた。

 で、今の会話の解説をさせられた。

 先生は知っていたようで、「なおす」の意味が、日本の中西部では意味が違うことを、わたしの失敗を例に説明した。実演までさせられて教室は爆笑。もうクレルモンに来て何度目か忘れたぐらいの赤っ恥。

「じゃ、ユコ シュヌーシ。正確な発音はゆうこ・すのうち」

 コクトー先生は、きれいな平仮名で黒板に書き、発音記号まで添えた。

「ここに来て、漢字で書いてくれるかい?」

 慇懃に教壇に招かれ、ピンクのチョークを渡された。須之内優子と縦書きにした。あちこちで「かっこいい」という意味のフランス語がささやかれた。

「これが、カッコイイのは、縦書きだからだよ、ヨーコ。じゃ横書きにして」

 で、今度は横書きにした。

「ぼくが書くと、こうなる……」

 子優内之須と先生が書いた。軽いどよめきが起こった。

「昔は、こう書いたんだ。なぜ逆になったか、ユウコ説明できるかい?」
「あ……戦後、こうなったんだと思います」
「ぼくは、なぜって聞いたんだ。時期を聞いたんじゃない」
「あ……分かりません」
「じゃ、次の時間までに調べておくこと。ユウコ以外の人でもいいよ」

 一人の濃い顔つきのニイチャンが立って言った。

『アラブ語と関係あるんじゃないかな。アラブ文字も横書きで、右から書くし。それにアラブの精神と日本の武士道は似ているような気がします』
『フセイン、じゃ、次回それを説明してもらおう』
『はい先生』
「ヨウコ、挽回の機会を与えよう。5分で、日本文化について語ってくれるかい。ぼくが翻訳する」

 ええ……!? だった。頭をフル回転させた。

 で、黒板に「倭」と書いた。

「これは『WA』と発音します。大昔の日本のことです。ただし、日本人が名乗ったのではありません。当時の中国が付けて、定着したものです。直接の意味は『チビ』です」

 笑いと、それを非難する声が同時に起こった。

「まあ、わたしも倭人の特徴そのものですが」

 笑いと「カワイイ」という日本語が飛んできた。

「中国というのは、中華思想というのがあって、他の民族を低く見る風潮があって、国や民族に好ましくない字をあてていました。例えばヨーロッパ人は、中国の南部の人間と一括りに『南蛮』と書かれました。『蛮』の下は虫って意味です。その中で『倭』の左側は人偏と言って人間を現します。まあ、かろうじて人間扱いはされたようです。で『倭』には、もう一つ意味があります。『従順』という意味です。これは中国に従順という意味ではありません。自分たちのリーダーに従順で、よく指示に従い、秩序を重んじるという意味があります」
 
 ほー、っという感じが教室を包んだ。

「皇室の歴史は、今年で2680年ぐらいになりますが、少しハッタリが入っていて、まあ1800年、ザックリ2000年かな……その中で、日本は概ね権威と権力は別れていました。天皇は権力を持たず、ひたすら国民と国家の平和を祈る存在……えと……権威で有り続けました。だから日本には、過去に分裂の危機が全くと言っていいほどありませんでした。多分、これからも」

 喋り終えると、拍手が来た。後ろの席でアグネスが目を丸くしていた……。

「ハハ、受け売りでも、あそこまで言えたら、大したもんや」

 アグネスがペダルを漕ぎながら言った。あたしのスピーチは好評だったけど、実のところ関西ローカルの『たかじんの そこまで言って委員会』の受け売り。あたしは、どうも自分の力を超えて前に出てしまう傾向がある。一言で言えばオッチョコチョイである。

 で、ヒートダウンとクレルモンの案内を兼ねて、クレルモンの北西にある早稲田の森じゃないけど、小高い丘の緑のモンジュゼ公園に案内してもらった……。

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クレルモンの風・4『un marché sympa 感じの良い市場』

2021-08-07 05:56:18 | 真夏ダイアリー

・4
『un marché sympa 感じの良い市場』
       


 

 いきなり日常が始まった。まるで、あたしなんか存在しないみたいに!

「……あと5分、寝かせてえや」

 アグネスの半分寝言みたいな返事が正確には最初だった。

 あたしは、緊張のあまり日の出ごろには目が覚めて、6時になると起き出した。顔を洗って身繕いをすると、アグネスが、まだ寝ている。廊下では、もう人の気配「初日から遅れてはいけない」そう思って、アグネスを起こし、今の返事になった。

 でも、5分きっかりで起きると、アグネスは、2分ほどで用意を済ませた。

「ほな、行こか!」

 アグネスは、ダイビングするようにドアノブに手を掛けると、勢いよくドアを開けてダイニングに向かった。
 どこかで見たシーンだと思ったら『ローマの休日』で、グレゴリーペックの記者が遅刻して出勤し、編集長の部屋に入るときのそれに似ていた。

 夕べ、あんなにフレンドリーだった寮のみんなが、あたしなんか居ないみたいに歩いたり、喋ったり。かろうじて、イタリア人のアルベルトが「チャオ!」って言ってくれたぐらいのもの。

「今日は、新学年の最初のテストがあるねん。それでちょっとなあ……」

 アグネスは、学生によっては国費で留学していたり、奨学金をとっている者がかなり居て、成績によっては、学年途中で自国に送還や奨学金の停止なんかもあるみたい。で、あたしは空気みたいになっている。

「心配せんでも、ユウコは、今日はテスト無し。朝2時間語学。ほんでから、日本文学概論。午後は、マルシェに連れていったるわ」

 朝ご飯を食べながら、アグネスがザックリ説明してくれた。

 語学は、教室に入るなり、どうしようかと思った。同じ寮の学生は(たぶん)誰も居なくて、語学留学かと思われるような多国籍の若者が20人ほど居た。

 先生が入ってきてあたしを紹介してくれた。先生はマダム・ブリブリ・ブリエ。最初は『にんじん』のお母さんを連想するような冷たい感じだったけど、授業に入ると、スイッチが入ったみたいに表情が豊かになった。

 ああ、語学というのは基本コミュニケーションの技術なんだと言うことと、コミュニケーションの半分は身振りや表情であることが分かった。

 ブリエ先生は、英語でわたしに聞いた。

『ユコ、日本では。靴を脱いで家に入りますね?』
『はいそうです。ブリエ先生』

 そして、先生はアジア系の髪のきれいな女の子に聞いた。

『レィファン、あなたの国は?』
『靴を脱いで入ります』

 名前と答えで、多分韓国の女学生だと思った。瓜実顔の一重まぶたがきれいで、舞妓さんの衣装が似合いそうな気がした。

『じゃ、人の家に行ったつもりでやってみせて』

 ブリエ先生は、新聞紙を広げて上がりがまちに見立てた。

 あたしは、靴を揃え、つま先を外に向けて行儀良く並べた。

『じゃ、レイファンやってみて』

 レイファンは靴を揃えるところまではいっしょだったが、つま先は家の中を向いたままである。

『どう、違いが分かった?』

 一目瞭然なので、みんな頷いた。

『日本のは不作法です』

 レイファンが、遠慮無く言った。

『どうして?』

 ブリエ先生が、笑顔で聞いた。

『だって、つま先を外に向けるなんて、早く、この家から帰りたいみたいで失礼です』

 むつかしい英語だったけど、なんとか意味は分かった。

『ユコは、どうして?』

『えと……不作法だからです。それに、つま先を家の中に向けると、必要以上に、その……心理的なんですけど、踏み込むような印象がします』

 つま先を外に向ける意味なんて考えたことも無かった、とりあえず答えたけど、ちょっと外れてるかな?

『みんなは、どうかしら?』

 英語と、かたことのフランス語が飛び交った。で、答は7:3で日本の勝利。レイファンは面白くない顔をした。

『これに正解はありません。ただの習慣の違いです。これは、ごく特殊な例を除いて、互いに尊重すべきです。Do as Romans doですね』

『特殊な例とは?』

 ドイツ系かと思われるニイチャンが聞いた。

『それは、また別の機会に。今日は買い物の練習』
 
 そして、楽しく買い物の練習を、売る側と買う側に交互に別れて練習した。

 語学が終わると、日本文学概論。ここは大人数なので、わたしの紹介なんかなく、淡々と古事記についての講義があった。

 昼から、大学の近所のマルシェに行った。ごった返すというほどではないけど賑わって、感じの良いマルシェだった。

 アグネスは、一件の露店に向かった。

『いやあ、アニエス。今日は友だちといっしょかい?』

 80は越しているだろうというオバアチャンが明るく話しかけてきた。言葉は分からないけど、やっぱ、意味は通じるんだなと思った。

「さあ、ユウコ、実習や。フランスパンとブドウ買うてみい」

 さっそく語学の実習が役に立った……。

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クレルモンの風・3『あまくないぞ、クレルモン』

2021-08-06 06:00:36 | 真夏ダイアリー

・3

『あまくないぞ、クレルモン』   




 クレルモンの風は爽やかだ、しかし甘くはない……。

 アランが、その喜びを伝えにきたとき、思わずバンザイ。スカートが落ちて、アミダラ女王のおパンツが知られてしまった。アグネスが、一瞬でスカートを引き上げてくれたが、アランの顔つきで、アミダラ女王の頬笑みが伝わったことが分かった。

 オトコの感覚はインターナショナルであることを学習した。

 フランス語も、こういう具合に学習できるならいいんだけど(^_^;)

 希望通り、仏文には行けなかった。言葉の壁である。アグネスが日本文学なので、そっちに回された。条件の一つが、アグネスが面倒を見るという一項があったから。

『神に誓って』

 アグネスは、アランを神父さんに見立てて、本気で誓ってくれた(あとで、分かったけど、アグネスが本気らしいときはジョ-クであることが多い)
 それから、当分講義の半分近くは、付属の語学学校で、みっちり絞られること。週に一回の交流会では、必ず三分以上のスピーチをすること。それもフランス語で(カンペ可) 

 頭痛いよ~(+д+)!

 あとはアランの個人的な注意事項だった。

『留学生はいろんな国からきているので、相手の文化は尊重。とくにアラブの学生に日本人は無頓着だから、気を付けて。食べ物とかラマダンとか。人と話すときは、相手の顔を見て話すこと。いいかげんに頷かないこと。笑顔は大事だけど、イエス・ノーは、ハッキリ伝えること。それからハグと唇以外のキスは挨拶だから慣れて。こういうふうに』
 アランは、ハグして、ホッペにキスした。

 え( ̄□ ̄;)!?

「こういう具合に、オトコは近寄ってきよるから、気いつけなあ」
『なんて、言ったの?』
『あとは、あたしが言っとくという意味のことを言ったの』
『ああ、ルームメイトだからね。アニエスで分からないことがあったら、いつでもどうぞ。あ、晩ご飯の時、簡単に自己紹介して。今日は日本語でいいよ。アニエスが訳してくれるから』

 やっと、アランが出て行った。

 で、シャワーを浴びると、アグネスと打ち合わせの間もなく晩ご飯になった。まさか全員揃っているとは思わなかった……というのが、アグネスの感想だった。

 三十人近い学生が、てんでバラバラにしゃべり出す。

『まずは、新入生の話を聞くのが礼儀よ。まだ、フランス語に慣れてないんで、今夜は、あたしが訳します』

「えと……ユウコ・スノウチって言います。フランス語ではユコ・シュヌーシって発音になるそうです。日本の近代文化は、フランスとドイツが基礎になって、その上にアメリカ文化が乗っかっています。この百五十年ずっとメートル法使ってるし、そいで源流の一つになっているフランスで勉強することになりました。どうぞよろしく」

 アグネスが訳すと、暖かい拍手や口笛が、聞こえてきた。他の学生の簡単な自己紹介に入ろうとすると、突然日本語で抗議が入った。

「同学の者として歓迎します。ただ須之内さんの不足分を補足します。日本文化の最底辺にあるのは中国文化です。あなたのお名前。こう書きますよね」

 その、わたしが見てもチョー美人が、スケッチブックを広げた。鮮やかな書体で「須之内優子」と書かれていた。

「失礼、わたし中国の上海から来てる宋美麗。よろしく」

 美麗はすぐに、それを流ちょうなフランス語で訳すと、さっさと座り、一瞬場が凍り付いた。

『ぼく、イタリアから来てるアルベルト・モンタギュー。よろしくヨコ!』

 いかにもイタリア人らしいアルベルトが、雲間を押し分けて顔を覗かせた太陽のように言った。
 すると、たちまち雰囲気を変えて、みんなが次々に名乗っていった。みんな、とってもフレンドリーだった。美麗でさえ……。

 なんと、みんなが、わたしの食事が終わるのを待っていてくれた。
 
 そうして、あたしとアグネスが席を立つと、一斉にあたしに挨拶をしてダイニングを出て行った。

 挨拶といってもさまざま。美麗はニッコリ口だけ微笑んで。握手だけの人、ハグしてくる人、ホッペをすり寄せてくる人。アランのように軽くキスする人。イタリア人のアルベルトは、もっとも唇に近いホッペにキスされた!

 部屋に帰ると、お世話になったメグさんにFBでお礼と、今日の様子。そして素敵な大学の玄関のシャメを付けて送った。

 追伸 メグさんへ

 この大学の寮のトイレットペーパー、とても幅が狭いんです。使いにくいったらありゃしない!

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クレルモンの風・2『え、フランス語!?』

2021-08-05 06:04:51 | 真夏ダイアリー

・2
『え、フランス語!?』   

 


 ミッションコンプリートの直前でゲームオーバーになった気分!

 オセロゲームのエントランスを少し行くと、事務所があった。オバチャンが一人残っていて、あたしを待っていてくれた。

 で……。
 
『Bonjour』しか分からなかった!

 オバチャンは、とても優しくにこやかな人だったが、言葉がフランス語(あたりまえ)なので、チンプンカンプン。やがて、気まずい沈黙が流れた……。

「ユウコ、ひょっとして、フランス語分からへんのん……?」
「Bonjourぐらいしか……」
「え、ほんまかいな!?」
『アニエス、この子、なんて言ってるの?』
『ええ……ちょっと待っててね』

 アグネスは、あたしを廊下に連れだした。

「あんた、ほんまの、ほんまに、フランス語でけへんの……?」
「うん、英語もかたことだけ……」
「あんなあ、フランスの大学に留学するのんは、フランス語できんのが最低条件やねんで!?」
「そんなの聞いてないよ。大学が訳してくれた説明書読んで、それ見て大学が書類こさえたから」
「ええ!?」

 大騒ぎになった。

 その大騒ぎの中で、オバチャンの名前がベレニスってことと、慌てて駆けつけた学務課のイケメンがアランということだけは分かった。

 フランスと日本の時差は八時間。で、日本の大学は、もう動いているだろうということで、遣り取りになった。

『ユコ・シュヌーシ……えと、ユウコ・スノウチはフランス語ができると、書類には書いてあるが』
『ああ、できますよ。本人が、そう申告してます』
 日本の学務課がいいかげんなことを言う。
『だって、本人はBonjourしか分かってない。あ、それと、僕の名前と』
『わたしの名前もよ、アラン』
 ベレニスのオバチャンが、なんとなく味方っぽく言って、ウィンクした。

『ちょっと、本人と替わってもらえますか』
「ユウコ、直接話がしたいって」

 アグネスがパソコンを指差した。

 結果、分かったこと。

 宗教のところを、あたしは(仏)教と書き入れた。それを流すように見た日本の学務課のオッサンが、
 喋れる言語の( )の中に(仏)語と書き入れた。そして、そのままフランス語に訳して送っちゃった。

『須之内君ね、フランスに留学すんのに、フランス語できるのは、外へ出るときにズボン穿くのといっしょ!』
「あ、あたしスカートなんですけど」
 これをアグネスが、フランス語で実況。いつのまにか来ていた副学長のムッシュ・カミーユ先生も聞いていて大笑い。
『わが大学の恥だ。明日の便で、すぐに帰ってきなさい!』
 こういう自分のミスを棚に上げた命令口調は大嫌い!
「いいえ、そっちのミスなんだから、あたしはクレルモンに残ります!」

 で、結局は、あたしの責任でないことははっきりし、クレルモン大のカミーユ先生も認めてくれた。しかし、クレルモンの大学にも規則がある。カミーユ先生の一存ではどうにもならない。それで、急遽主だった先生や理事と相談し、今夜中には答を出すことになり、わたしはひとまずアグネスと寮にいくことになった。

「バカだと思ってるでしょ、アグネス……
(╥﹏╥)
「そんなことあれへんよ。間違うたんは日本の大学やねんから、ユウコが自分責めることなんかあれへんよ」
「だって、常識では、学務課のオッサンの方が正しいでしょ?」
「まあ、あのズボン、スカートの行き違いは面白かったけど……」

 アグネスは、あたしに寄り添うように、ベッドに腰掛けて並んだ。

「大事なことは、ユウコのやる気やと思うよ!」
「うん……」
「疲れてるでしょ。シャワーでも浴びて着替えたら?」
「うん……」
「ほんまは、ヒノキ風呂がええねんやろけど、ユニットバスでかんにんな」
「ありがとう、アグネス」

 ドンドンドン

 あたしがバスに入ったときに、ドアが元気よくノックされた。

『はい、ただいま』
 アグネスがドアを開けた。学務課のアランが入ってきた。
『OK出たよ。ユウコの責任じゃないから、入学はさせようって、たった今決まった! ユウコは?』
 あたし、言葉は分からなかったけど、同じ人類。アランの言葉の調子で分かった。
「あたし、大学に残ってもいいんだね!?」
『ウイ!』
「やったー!(৹˃ᗝ˂৹)!」

 ストン

 思わずバンザイしたら、スカートがアランの目の前で落ちてしまった……。

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クレルモンの風・1『知らないことばっか!』

2021-08-04 06:20:56 | 真夏ダイアリー

クレルモンの風・1
『知らないことばっか!』
     



 クレルモンと言っても、なにもクレルわけじゃない。フランスの中南部の街。それだけ。

 それだけの知識で、あたしはここに来た。正式にはクレルモンフェランということも、こないだ知ったばかり。
 大学で、交換留学生の募集があったので、あんまり良く読みもしないで申し込んだら、当たってしまった。

「須之内くん、これ一年は帰って来れないの知って応募した?」

 決まってから、学務課留学係りに行くと、担当のオジサンに開口一番に言われた。正直オッタマゲタが、元来の負けず嫌いで、こう言ってしまった。

「もちろん、承知の上です!」

「じゃ、これ必要書類。フランス語は訳しといたけど、英文は自分で読んで。手続きは今月中。九月の第一週には向こうに行って、すてきな留学生活送ってください」

 で、我ながらアホなんだけど、パスポートも持っていなかった。でもって、向こうの学科なんて、日本語に訳してもらってもチンプンカンプン。
 その結果、出発が十日プラス連休分遅れてしまった。なにかペナルティーがあるかと思ったが、ノープロブレム。ただし、勉強の遅れは自己責任で自分でやらなきゃならないらしい。

 そんなあたしを憐れんでか、寄宿舎のルームメイトには日本語が堪能なアグネスって、アメリカの女子学生をつけてくれることになった。

 アグネス……どんな子だろう?

 アグネス・チャン アグネス・ラム ちょっと昔のアイドル 

 アグネスタキオン 検索したら競走馬 でも『ウマ娘』で見てみると擬人化されてて可愛い!

 アグネス・チョウ 香港の民主化活動家 でも写真見るとロン毛の似合う可愛い女の子なのでびっくり!

 大学から連絡があって、スカイプで話せるとのことでパソコンを操作すると「ハロー、ディスイズ ユウコ・スノウチ スピーキング」と初めてみたんだけど、彼女は日本語で応えてくれてラッキー(^▽^)/

 どんな子だったかは、もうちょっと後でね。

 飛行機に乗ってから、日本のありがたさが、身にしみてよく分かる。エールフランスだったけど、日本人のCAさんもいて、苦労はなかった。パリの空港で乗り換えなんだけど、ちゃんと日本語の案内がある。まあ、知らない日本の街に行ったと思えば肩も凝らない……と思えたのは。クレルモンに着くまでだった。

 パリの空港までは日本人もウジャウジャいたけど、クレルモン行きのローカル便は、フランス人ばっか。

 たぶん、心細そうな顔(めったにしません)をしていたんだろう。
「エクスキューゼモア……」って、感じでアジア系のオバサンが、隣のカンペキフランスのオッサン押しのけて、あたしに声をかけてくれた。
「あなた、ひょっとして日本人?」
「はい、そーです(;゚Д゚)!」

 あたしは、地獄でホトケというような顔になった。

「ハハ、あなたって分かり易い性格ね」 
 オバサンは、本格的に横のオッサンと話をつけて、あたしの横に来てくれた。で、聞かれもしないのに、今までのいきさつを言うと、コロコロと笑って気を楽にしてくれ、あたしに、取りあえずどんな援助が必要か考えてくれた。
「じゃあ、空港の出口までエスコートしてあげる」
「みしゅらん土地で、助かりました( ノД`)シクシク…」
 あたしは、感謝の気持ちでいっぱいになり、半べそでお礼を言った。
「アハ、今の立派なオヤジギャグ!」
「え、なんで?」
「クレルモンは、ミシュランでもってる街だから」
「え、そーなんですか?」
 と言いながら、ミシュランが有名なタイヤメーカーであることを知るのは、もうちょっとあと。

「ま、とりあえずFBで、お友だちになっておこうか」
 そのオバサンは、空港で荷物を受け取ったあと、わたしに提案してくれた。
「あたし、須之内優子っていいます。送りますね……」
「はい、これでお友だち!」
「メグ マルタンさん……ですか?」
「そう、正式なメアドは、いずれってことにして……」
「はい、日本でも、簡単にメアド教えるなって言われてきました」
「うん、いいこころがけ。あ、あの子じゃない、お迎えは!?」

 ブロンドのポニーテールがキョロキョロしていた。

「はーい、アグネス……だよね?」
「うん、ユウコよね?」
「うわー、会いたかった!」
「うちもや!」
 スカイプなんかでは、顔も声も知っていたけど、現物は迫力が違う。ハグしたときの感触……とくに胸。
「てっきり、一人で来る思うてたから、わからへんかった!」
 と、大阪弁丸出しのアメリカネエチャンが言った。
「あなたの日本語って、完ぺきな大阪弁やね!」
 と、メグさんも大阪弁で返してきた。

 アグネスは、隣のバアチャンが大阪の人だったので、日本語が大阪弁でインストールされてしまって、標準語だと言葉が出にくいらしい。スカイプでは苦労して、標準語を喋っていたらしい。
 メグさんは、神戸あたりの出身であることが分かった。

 アグネスの運転で大学に向かった。荷物は車に残し、学校の事務所が開いているうちに手続きをしてしまおうということになっているのだ。

「ウワー、かわいい、不思議の国のアリスみたい!」

 入った玄関ホールは、まるでアリスそのもの、学生も4、50人ほどで、こぢんまりしている。螺旋階段がすてきだし、床のチェック柄もすてき。これなら、大きなオセロゲームができると思った。

 で、それは、意外に、意外な問題を解決するのに役に立つのであった……。

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真夏ダイアリー・72『ダイアリー最終章』

2019-11-15 06:40:15 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・72
『ダイアリー最終章』
   


 気が付くとベッドの中だった。

 天井が……違う。
 部屋の中を見渡す……。
 まだ夢を見て居るんだろう、もう一度目をつぶって開けてみる。
「……なに、これ!?」
 雰囲気は自分の部屋だが、自分の部屋ではなかった。つまり、部屋の家具や、いろんな小物たちは自分の趣味なんだけど。見覚えがない。いや、見覚えのあるものはいくつかあったが、それは雑誌やウェブで欲しいと思ったが、諦めたものたち。PS4の最新バージョン。お気に入りのグランツーリスモのハンドルコントローラーもロジクールの最高級品。クローゼットを開けると、ポップティーンなんか見て、ため息ついておしまいになっていた服たちが並んでいた。
 壁にかかっている制服は、都立乃木坂高校ではなく、グレードの高い、坂の上の乃木坂学院高校のそれだった。
 ドアの向こうで気配がするので、ドアを開けて、恐る恐る廊下を進んだ。
「あら、早起きなのね。今日は学校休みなのに」
「休み?」
「そう、入試の発表で休み……うん、休み」
 お母さんは、リビングのカレンダーを見て確認した。
「ここ、わたしの家……?」
「どこかで、頭うった?」
 わたしは、頭のあちこちを触ってみた。とくにタンコブなんかはできていない。
「留美子、そろそろ行くよ」

 え……お父さんが、スーツ姿で現れた!

「なんだ真夏、親の顔がそんなに珍しいか?」
「な、なんでいっしょに居るの……?」
「え、あてつけか。このごろ帰りが遅いから」
「だって、二人は離婚して……」
「おいおい、かってに親を離婚させるなよ。じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
 お母さんは、そのままキッチンへ行ったが、わたしはお父さんの後をついていった。
「なんだ、真夏。パジャマのままで」
 わたしは、自分がパジャマにカーディガンを羽織っているだけなのに気づいた。玄関のドアを開けても寒いとも思わなかった。わたしは事態が飲み込めない。
「お父さん……潤は?」
「潤……だれだ、それ?」
 わたしは、お父さんの袖を引いた。
「お父さんの娘、わたしの腹違いの姉妹!」
「真夏、ほんとに可笑しいぞ。おれの娘は真夏一人だ。だから、多少の贅沢もさせてやれるんだぞ」
「う、うん……」
 納得はしなかったけど、勢いで返事をしてしまった。お父さんは、そのまま歩いて行ってしまった。
 そこで、初めて寒さを感じて身震い一つ。そして門扉の表札を見て驚いた。
 そこには鈴木と大きく書いてあり、その脇に真一、留美子、真夏と親子の名前が書かれていた。
 わたしは、慌てて自分の部屋に戻り、カバンからスマホを取りだした。今まで使っていたのとは違う高級機種だったけど、もうこの程度では驚かない。潤のアドレスを探した……無かった。
 記憶を頼りにかけてみた。
―― お客様のお掛けになった、電話番号は現在使用されて…… ――
 最後まで聞かずに切った。AKRの事務所や、マネージャーの吉岡さんのアドレスも消えていた。事務所の電話番号……急には出てこなかった。悪い予感がして、PCを点けてAKR47を検索してみた。事務所の電話番号はすぐに分かったけど、少しためらわれ、メンバーを確認した。
 リーダーの服部八重さんも、仲良しだった矢頭萌ちゃんの名前、他のメンバーの名前もあったけど。小野寺潤と鈴木真夏の名前は無かった。

 わたし……ちがう世界にリープしたんだ。そう思った。

「真夏、朝ご飯!」
「あとで……!」
 わたしは思いついて、第二次大戦を検索してみた。

――電撃的な真珠湾攻撃に成功した日本は、湾内の戦艦群のみならず、運良く発見した空母4隻も撃沈。主導権を握り、翌1942年(昭和17年)6月ハワイ諸島を占領。アメリカ側から講和の申し出を受けるが、これを拒否……――
 そこまで、読んだところでスマホの着メロがした。
「はい、真夏」
「わたし……」
「ジーナさん!」
「ビックリしてるでしょうね……」
「はい、しっかりビックリしてます」
「あなたと省吾がやったことは成功したわ。パソコンの画面にも出ているでしょう。講和の話にもなったんだけど、国民が納得しなくて講和は決裂。そしてやっぱり日本は戦争に負けて、歴史は変わらなかった。で、このプロジェクトに関わったものは、それぞれの時代にもどったわ。だから、真夏、あなたも本来あなたの居るべき世界に戻ったの」
「でも、でも、潤が居ないの、存在しないの!」
「ティースプーンの存在意義よ」
「ティースプーン……」
「さっき、四阿(あずまや)で話したでしょ。紅茶を飲むためにはティースプーンが必要で、そのためにはカップやお皿、さらにそれを置くテーブルが必要だって。真夏、あなたというティースプーンが存在するために、潤という子は、テーブルのように必要な子だった。だから、プロジェクトそのものが無くなった今、潤も、その存在の前提になった真一さんと留美子の離婚もなかった」
「そんな……そんな都合のために」
「ごめんなさいね、真夏」

 最後の言葉はステレオになった。振り返ると、そこに居た……。
「お婆ちゃん……!?」
「少し馴染みはじめたようね」
「どうして、ジーナさんのこと、お婆ちゃんだなんて……でも、お婆ちゃん。ああ、分かんない!」
「最初は、わたしが適合者だった。でも力が不十分なんで、孫の真夏が大きくなるのを待ったのよ」
「……思い出した。お婆ちゃんは十八歳でお母さんを産んで、そのあと行方不明になったのよね」
「真夏が、以前いた世界ではね」
「潤にも、省吾にも……もう会えないんだね」
「もう少しすれば、真夏の記憶からも消えるわ。わたしも真夏に事実を伝えるために、時間を限ってインスト-ルされたことを話しているの」
「イヤだ。潤のことも省吾のことも、他のことも、みんな忘れたくない!」
「忘れるわ、だって存在しない世界のことなんだもん」
「どうして、こんなことにわたしを巻き込んだのよ!」
「このプロジェクトが失敗したから、三百年後、日本という国が無くなるのよ……それを知って、わたしは協力することにしたの」
「そんな……」
「最後に、省吾のお父さんが言ってた。過去をいじるんじゃない。未来を変えていくんだって……」

―― 真夏も、お母さんも、朝ご飯。片づかないわ! ――

「はーい、いま行くわ!」
 お婆ちゃんが、見かけより大きな声で返事して、わたしとお婆ちゃんはダイニングキッチンに急いだ。
「お母さん、今夜も泊まっていくんでしょ?」
「ううん、今夜は高校の同窓会」
「ハハ、お母さんは人気者だものね」
「そうよ、あなたをお腹に入れたまま卒業式に出たんだもん」
「それを、わざわざ卒業式の日に、クラスで告白するんだもんね。わたし、お腹の中で恥ずかしかったわよ」
 そのとき、テレビで『ニホンのサクラ』の制作発表をやっていた。主要メンバーはAKRだけど、主役の一人をオーディションで公募すると出ていた。

 わたしは、瞬間で応募することに決めた……。

 真夏ダイアリー 完
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