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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

宇宙戦艦三笠13[小惑星ヘラクレア]

2022-12-06 14:02:45 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

13[小惑星ヘラクレア]   

 

 

 テキサスの修理は大変、いや不可能だった。

 なんせ艦体の1/4を失っている。修理というレベルではなくて、艦尾を新造して接合するという大工事になる。とても備蓄の修理用資材では足りない。

 

 それに、一口で艦尾を新造すると言っても簡単なことじゃない。

 戦前、扶桑級戦艦の速度を上げようとして艦尾を七メートル延長する工事をやった。改装後に公試をやると、速力は上がったものの急制動を掛けると、左に旋回して、停止した時には180度艦体が回ってしまうという事態になって、修正に苦労するということがあった……って、なんで、こんなマニアックな知識が頭にあるんだ? やっぱ、ミカさんにインストールされたんだろうな。ま、いいけどな。

 困うじ果てていると、ヘラクレアという未確認の小惑星から連絡があった。

 ―― よかったら、うちで直せよ ――という内容だった。


 ズゥイーーーン


 警戒してアナライズしようとしたら、なんとヘラクレア自身がワープして三笠の前に現れた。


 ガチャガチャ キュイン トントン コンコン ガガガ グガガガ パチパチ

 長径30キロ短径10キロほど、様々な宇宙船のパーツがめり込むように一体化した変な星だ。なにか工事か建造しているような音をまき散らし、あちこちで溶接やリベット打ちの火花が散って、絶えず星のどこかが姿を変えている。
 
「やあ、ようこそ。わたしが星のオーナーのヘラクレアだ。趣味が高じて気に入った宇宙船のスクラップの引取りやら、修理をやっとる。ああ、みなまで言わんでもいいよ。目的地はピレウスだろ。あれは宇宙でも数少ない希望の星だからね。ここにあるスクラップのほとんども、ピレウスを目指して目的を果たせなかった船たちだ。中にはグリンヘルドやシュトルハーヘンの船もある」

「おじさん、どっちの味方なの!?」

 アメリカ人らしく白黒を付けたそうに、ジェーンが指を立てる。

 俺たちは、ただ、星のグロテスクさに圧倒され、みかさん一人ニコニコしている。

「自分の星を守ろうとするやつの味方……と言えば聞こえはいいが、その気持ちや修理できた時の喜びを糧にして宇宙を漂っている、ケッタイな惑星さ」

「あの、惑星とおっしゃる割には、恒星はないんですね?」

 天音が、素朴な質問をした。

「君らが思うような恒星は無い。だが、ちゃんと恒星の周りを不規則だが周回している。みかさんは分かるようだね?」

「フフ、なんとなくですけど」

「それは全て知っているのと同じことだね」

「なんのことだか、分かんねえよ!」

 トシが子供のようなことを言うが、樟葉も天音も、船霊であるジェーンも聞きたそうな顔をしている。


「ここに、点があるとしよう。仮に座標はX=1 Y=1 Z=1としよう……」


 ヘラクレアのオッサンが耳に挟んだ鉛筆で、虚空をさすと、座標軸とともに、座標が示す点が現れた。

「これが、なにを……」

「この光る点は暗示にすぎない。そうだろ……点というのは面積も体積も無いものだ。目に見えるわけがない。君らは、この暗示を通して、頭の中で点の存在位置を想像しているのに過ぎない。だろう……世の中には、概念でしか分からないものがある。それが答えだ……ひどくやられたねぇテキサスは」

「直る、おじいちゃん?」

 ジェーンが、心配げに答えた。

「直すのは、この三笠の乗組員たちだ。材料は山ほどある。好きなものを使えばいいさ」

「遠慮なく」

「うん……トシと天音くんは、自分のことを分かっているようだが、修一と樟葉は半分も分かっていないようだなあ」

 俺も天音も驚いた。

 こないだ、みんなで自分のことを思い出したとき、二人は肝心なことを思い出していないような気がしていたからだ。

「ヒントだけ見せてあげよう」

 ヘラクレアのオッサンが、鉛筆を一振りすると、0・5秒ほど激しく爆発する振動と閃光が見えた。ハッと閃くものがあったが、それは小さな夢の断片のように、直ぐに意識の底に沈んでしまった。

 気づくとすぐ近くを、定遠と遼寧が先を越して行ってしまった……。

 

☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ  
 テキサスジェーン    戦艦テキサスの船霊

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宇宙戦艦三笠12[ステルスアンカー]

2022-11-28 08:49:42 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

12[ステルスアンカー]   

 

 

 ステルスアンカーとは、巨大な銛(もり)のようなものだ。

 大きさは10メートルほどであろうか、テキサスの艦尾に食い込み、その端には丈夫な鎖が付いていて、鎖の端は虚空に溶けて見えないし、コスモレーダーにも映らない。テキサスは出力一杯にして振り切ろうとしたが、まるで弱った鯨が捕鯨船の銛にかかったように、艦尾を振り回すだけだった。

「修一くん、直ぐに助けてあげて。時間がたつほどあのアンカーは抜けなくなるから!」

 みかさんの声にこたえ、修一は樟葉とトシに命じた。

「テキサスの前方に出る。艦尾のワイヤーを全部使ってテキサスの艦首のキャプスタン(巻き上げ機)やボラート(固定金具)に結束!」

「了解、全ワイヤーをテキサスの艦首に固定!」

 三笠の艦尾から、ありったけのワイヤーが発射され、自動的にテキサスのキャプスタンや、ボラートに絡みついた」

「微速前進いっぱーい!」

「了解、微速前進いっぱーい!」

 トシが復唱し、エンジンテレグラムの針は、いっぱいに振れた。

「三笠は、見かけによらず出力は20万馬力です。必ず引っ張り出します!」

 引きこもりのトシが、こんなに真剣にやる気を見せるのは初めてだった。やがて、テキサスの艦体は軋みだし、軋みは、やがて苦悶の悲鳴に変わっていった。

 ギシギシ……ギギギ……グギギ……グキーン! ゴキーン! ガキゴキン!

「ジェーン、大丈夫か!?」

―― 大丈夫。テキサスは110年も生きてきた丈夫な子だから……! ――

 テキサスの軋みは、やがて言葉になってきた。

―― 公民権運動……ヴェトナム戦争……奴隷制……マンハッタン計画……大統領暗殺……イラク戦争……ポリコレ……TPP……排出権取引……キューバ危機……南北戦争……移民問題…… ――

 アメリカにとって、過去の過ちや、暗礁に乗り上げている問題などが、次々と悲鳴になって出てくる。ステルスアンカーというのは、その船の所属する国が苦悶している過去と現在の問題を引きずるようにして、船の自由を奪うもののようだ。

―― あ、ああーーー(##゜Д゜)!! ――

 ブッチーーーン!!

 ジェーンの声が悲鳴になったかと思うと、テキサスは艦尾1/4をアンカーに食いちぎられて、スクリューや舵を失って、やっとアンカーから離れた……海に浮かぶ船なら、もう沈没状態だ。

「ジェーン、大丈夫!? 大丈夫、ジェーン!?」

 しばらく、テキサスもジェーンも沈黙していた。もう船としては死んだかもしれない。

―― ……なんとか生きてる。しばらく曳航してくれる? そいで、ちょっと……むちゃくちゃになったから、しばらく居候させてくれないかしら…… ――


「いいよ。なんたって、こっちは4人しかいないんだから大歓迎だよ!」

 やってきたジェーンはボロボロだった。髪はあちこち引きむしられたようになり、シャツもジーパンもかぎ裂きや、破れ目だらけになっていた。

「ジェーンを、中央ホールの神棚の下へ。わたしが看病するわ」

 へたりこんだジェーンをみかさんが助けようとすると、ジェーンは、キッパリとその手を払いのけた。

「あのステルスアンカーは、アメリカの矛盾を引き出し、拡大させて自縄自縛にし動けなくする。無理に引っ張ろうとすると艦体がバラバラになる。艦尾だけで済んだのは三笠のお蔭よ。でも、このままじゃ、いずれメリカ艦隊は全滅する……電信室を貸して、今からワクチンを作る」

「わかった。その間に、テキサスの修復工事をやっておくわ」

「ありがとう、日本の技術なら安心だわ」

「でも、とりあえずは、治療を優先!」

 ミカさんがまなじりを上げる。

「ミケメ、おまえたちでジェーンを医務室へ!」

「「「「ラジャー!('◇')ゞ」」」」

 ジェーンは、ネコメイドたちに助けられて電信室に向かった。その間にもジェーンの服は、さらにズタボロになっていき、ほとんど裸と変わらないかっこうになっていた。なんとも痛ましくはあるが、見上げた根性だと思った。

「こら、なに見てたのよ。CICに行ってテキサスの修復工事の段取りよ!」

「あ、そんなヤラシイ意味で見てたわけじゃないから……」

「うそ、二人からはイヤラシオーラが出てるわよ!」

 神さまとは言え、女子高生のナリをされていると、つい口ごたえしてしまう。第一オレに関しては誤解だし。

「トシ、離れて歩け。オレが誤解される」

「そんな、オレのせいにしないでくださいよ!」

「どっちもどっちよ。さあ、CICに急ぐわよ!」

 とりあえずグリンヘルドの脅威からは離れた……ように感じられた。

 

☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ  
 テキサスジェーン    戦艦テキサスの船霊

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宇宙戦艦三笠11[テキサスジェーン・2]

2022-11-26 09:08:29 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

11[テキサスジェーン・2]   

 

 

「えーーーーーーあなたたち人間なの!?」

 歓迎の握手を交わすと、その感触で分かったのか、妙なところで驚くジェーン。

「あなたは違うの?」

 樟葉が、まっとうな質問をした。

「あたしはguardian god of a boat……日本語でなんて言うんだろう?」

「船霊よ」

 ミカさんが、まるで、ずっとそこに居たかのように一番砲塔の脇から声を上げた。

「あ、あなたが三笠のguardian god of a boat?」

「うん、だけど日本の船霊というのは、ちょっと違うの。ジェーンは、テキサスが出来た時に生まれた精霊のようなもんでしょ?」

「そうよ。だから、今年で110歳。ミカさんもそのくらいじゃないの?」

「日本の船霊は、船が出来た時に、縁のある神社から分祀されるの」

「ブンシ?」

「アルターエゴ(alter ego)って言葉が直訳だけど、ちょっと違う。コンピューターで言うダウンロードって感じが近い……かな?」

 みかさんはお下げのまま小首を傾げた。

「なるほど、ダウンロードしたら、どれも本物だもんね……で、ミカサはどこからダウンロードしてきたの?」

「ウフフ……」

 みかさんが笑って答えないもんだから、俺(修一)が代わって答えた。

「天照大神……らしいよ」

「アマテラス……それって、アニメでよく出てくる! 日本で一番のボスゴッドじゃないの!!」

 それにしては、可愛らしいナリだという顔を、ジェーンはしている。

「まあ、その場その場に合うような姿になっちゃう。うちはみんな高校生だから、自然にこういうふうになるの……かな?」

「ちょっとジブリ風ね。アメリカでも人気よ。でもさ、どーして人間といっしょにやるわけ? 人間って酸素も要るし、水も食料も要るし、オナラはするし、夜は寝ちゃうし、寝言は言うし……」

 なんだか、すごい言われようだ。

「あたしたち日本の神さまは、人間といっしょになって初めて十分な力が発揮できるの。guardian god of a boatだけでやるアメリカとは……まあ『有り方の違い』的な?」

「でもさ……」

 言いかけて、ジェーンはみかさんにオイデオイデして、なにやら密談ぽくなった。


「なに……」「話して……」「るんだろ……」


 ちょっと感じ悪い……と思ったら、俺の横にシロメとクロメが立った。

「『でも、なにもかも神さまがやったら、あとで文句出ません?』と、ミカさんがおっしゃってます」

「『アマテラスって、ボス神じゃないの? タカマガハラから上から目線で仕切ってますって感じするけど』ジェーンさんがおっしゃってます」

 二人は、神さまの内緒話を読んで中継してくれるようだ。トシ、天音、樟葉も寄ってきた。

「『う~ん、ボスって言うよりは委員長って感じですかね?』と、ミカさんです」
 
 確かに、あれで眼鏡を掛けたら、委員長キャラだ。

「『なるほど、失敗したら連帯責任か』と、ジェーンさん」

「『ちょっと違います。右手と左手が無きゃ拍手は出来ない的な?』と、ミカさん」

「『片手でも指は鳴らせるよ』と、ジェーンさん」

「『指パッチンは、ちょっと品が無い的かも』と、ミカさん」

「『ちょっと待って』と、ジェーンさん」

「『あら?』っと、ミカさん」


「「気づかれてしまいました!」」

 ピューーー!


 あっと言う間に居なくなった。

 代わりにチャメとミケメがやってきて「「お茶の用意ができました」」と声を揃えた。


 長官室でお茶にして隣の家で寛いだようにリラックスして帰っていった。

 その数分後だった。


―― ステルスアンカーをかまされた! ――


 ジェーンの悲壮な声が届いてきた。

 

☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ  
 テキサスジェーン    戦艦テキサスの船霊

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宇宙戦艦三笠10[テキサスジェーン・1]

2022-11-22 09:06:57 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

10[テキサスジェーン・1]   

 

 

 

 三笠は、俺(修一)、樟葉、天音、トシ四人の思い出をエネルギーに最初のワープを行った。

―― 最初のワープだから、1パーセク(3・26光年)にしておくわね。樟葉さん舵輪へ。トシ君はエンジンテレグラフの前へ ――

 三笠と同体化したみかさんが指示する。アバターの時と違って、艦の全体から声がするので、なんか包み込まれたような安心感がある。

「あ、なんかいいっす(^o^;)」

 トシがデレて、みんなクスリと笑った。

 樟葉とトシが配置につき、俺と天音はシートについた。

―― じゃ、修一君。あとはよろしく ――

「お、おお」

 一瞬たじろいだが、マニュアルが頭に入っているようで、直ぐに指示が口をついて出てくる。

「面舵3度……切れたところで、前進強速、ワープレベル」

「面舵3度、ヨーソロ……」

「前進強速……ワープ!」

 シャーーーーーって音がするわけじゃないんだけど。

 ブリッジから見える星々は、シャワーのように後方へ流れて行った。


「……ワープ完了。冥王星から1パーセク」

「対空警戒。レベル10」

「レベル10……左舷12度、20万キロ方向にグリンヘルドの編隊多数……23万キロで戦闘中の艦あり!」

「どこの船だ!?」

「アメリカのテキサス。苦戦中の模様。モニターに出す」

 天音がメインモニターに切り替える。

 テキサスは、110年前に竣工したアメリカの現存戦艦の中では最古参だ。第一次大戦と第二次大戦の両方を現役として戦い、今はヒューストン・シップ・チャネルに合衆国特定歴史建造物に指定保存されている。三笠程ではないが、クラシックな艦体をくねらせながら、全砲門を開いて寄せくるグリンヘルドの攻撃隊と獅子奮迅の激闘中だ。

「何発か食らってる。あの大編隊の二次攻撃に晒されたら持たないかもしれない。グリンヘルド二次攻撃隊に三式光子弾攻撃。取り舵20。右舷で攻撃する!」

 三笠は、20度左に旋回、右舷の全砲門をグリンヘルドの二次攻撃隊に向けた。

「照準完了!」
「テーッ!」

 シュビビビビーーーン!

 主砲と右舷の砲門が一斉に火を噴き、亜光速の光子弾が連続射撃された。

 遠くでいくつもの閃光、学校の屋上から見た『よこすか開国花火大会』に似ている。30秒余りでグリンヘルドの二次攻撃隊を壊滅させると、三笠はテキサスの救援に向かった。

「テキサスがいるから、光子弾は使えない。フェザーで対応、あたし一人じゃ手におえないから、みんなも意識を集中して!」

 天音が叫んだ。実際グリンヘルドの一次攻撃隊の一部は三笠にも攻撃を仕掛けてきている。

 三笠の機能は、基本的にはそれぞれの持ち場が決まっていたが、危機的な局面では全員が特定の部署に意識を集中させ効率を上げる仕組みになっている。

 光子弾は長距離攻撃には絶大な威力を発揮するが、その威力の大きさから、味方が傍にいる場合は使えない。三笠は30分余りをかけて、グリンヘルドの周囲を繭を紡ぐように周って一次攻撃隊の残りを撃破した。

「各部被害報告!」

 俺の呼びかけに「被害なし」の声が続いた。

「テキサスは!?」

「中破。オートでダメージコントロールに入った模様」

「テキサスから、だれか来るわ……艦長よ。乗艦許可を求めてる」

「乗艦を許可。操艦をオートに切り替え、総員最上甲板へ」


 前部最上甲板の舷梯を上がって、カウボーイ姿の少女が現れた。ブルネットのポニーテールをぶん回すと、ブリッジのみんなと目が合った。

 いやはや……

 激闘の後で、ロデオを幾つもこなしたようにボロボロ。チェックのシャツはあちこち綻びて、右の袖は取れかけ、ジーパンは膝とお尻に穴が開いて、自然すぎるダメージジーンズになっている。ポニーテールも熊手の先を無理やり縛ったみたいで、なんともワイルドな姿。

「アハハ、ちょっとみっともないね(^_^;)」

 そう言って、膝とお尻を撫でると、破れ目が塞がった。それから、ちょっと髪を撫でると熊手の先を括りました状態が、箒の先を括りましたくらいに修復された。

「助けてくれてありがとう。あたし、テキサス・ジェーン! よろしく! あ、三笠への乗艦許可に感謝します!」

 思い出したように、胸を張って敬礼する。

「み、三笠への乗艦を歓迎します」

 ジェーンの胸に目がいって、ちょっとアタフタしてしまった。

 ドジなアタフタは、すぐにバレて、みんなが笑う。

 女子二人の目が尖っていたけど、生き生きとした、ジェーンの姿に、俺たちは好感を持った。

 

☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ  
 テキサスジェーン    戦艦テキサスの船霊

 

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宇宙戦艦三笠9[思い出エナジー・3]

2022-11-20 08:58:46 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

9[思い出エナジー・3]   

 

 


「お兄ちゃーん、待ってー!」

 妹の声は思ったより遠くから聞こえた。


 いっしょに横断歩道を渡り終えていたつもりが、妹の来未(くるみ)は車道の真ん中。信号が点滅しかけて足がすくんで動けなくなっていた。

「来未、動くんじゃない!」

 トシの言葉は正確には妹には届かなかった。妹は、変わりかけている信号を見ることもなく買ってもらったばかりの自転車を一生懸命に漕ぎながら横断歩道を渡ってきた。それまでの幼児用のそれに比べると買ってもらったばかりの自転車は大きくて重い。

 たいがいのドライバーは、この可憐な少女が漕ぐ自転車が歩道を渡り切るのを待ってくれたが、トラックの死角に入っていたバイクがフライングした。

 ガッシャーーン!

 バイクは、自転車ごと妹を跳ね上げてしまった。

 妹は、空中で一回転すると、人形のように車道に叩きつけられた。寝返りの途中のような姿勢で横たわった妹の頭からは、それ自体が生き物のような血が歩道に、じわじわと溢れだした。

 トシは、自分のせいだと思った。

 ついさっきまで乗っていた幼児用の慣れた自転車なら、妹はチョコマカとトシの自転車に見えない紐で繋がったように付いてきただろう。
 だが、ホームセンターで買ってもらったばかりの自転車は、そうはいかなかった。なんとかホームセンターから横断歩道までは付いてきたが、横断歩道でいったん足をつくと、ペダルを漕いで発進するのに時間がかかった。

 むろんトシに罪は無い。一義的には前方不注意でフライングしたバイクが悪い。二義的には、そんな幼い兄妹を後にして、さっさと先に行ってしまった両親にある。

 だが、妹の死を目の前で見たトシには、全責任が自分にあるように思えた。しばらくカウンセラーにかかり、半年余りで、なんとか妹を死なせた罪悪感を眠らせ、それからは普通の小学生、中学生として過ごすことができた。

 高校に入ってからも、ブンケンというマイナーなクラブに入ったことで、少しオタクのように思われたが、まずは普通の生徒のカテゴリーの中に収まっていた。

 一学期の中間テスト空けに転校生が入ってきた。

 それが妹の来未を思わせる小柄で活発な高橋美紀という女生徒だった。

 トシはショックだった。心の中になだめて眠らせていた妹への思いが蘇り、それは美紀への関心という形で現れた。

 周囲が誤解し始めた。

 本当の理由のわからないクラスの何人かには、転校生に露骨な片思いをしているバカに見え、冷やかしの対象、そして、美紀本人が嫌がり始めてからは、ストーカーのように思われだした。

 美紀は親に、親は担任に相談した。そうして、クラスみんなが敵になった。

 もし、トシが本当のことを言えば、あるいは分かってもらえたかもしれない。実際トシは、妹が亡くなる前の日に撮った写真をスマホの中に保存していた。美紀をそのまま幼くしたような姿を見れば、少なくとも美紀や担任には理解してもらえただろう。

 しかし、そうすることは、妹を言い訳の種にするようで、トシにはできなかった。トシは、そのまま不登校になった。

「どうして、こんな話しちまったんだろう!」

 トシは目を真っ赤にして突っ伏した。

「いいんだよ、トシ。この三笠の中じゃ、自分をさらけ出すのが自然みたいだからな」

「それにしちゃ、わたしたちの話はマンガみたいよね。ただの腐れ縁てだけなんだもんね」

 樟葉がぼやいた。

「樟葉さんと東郷君は、まだ奥があると思う。でなきゃ、この三笠が、こんなにスピードが出るわけないわ」

 みかさんが微笑んだ。

 三笠は、冥王星をすっとばしていた。

 太陽が、もう金星ほどにしか見えなくなっていた……。

 

☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 みかさん(神さま)   戦艦三笠の船霊

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宇宙戦艦三笠8[思い出エナジー・2]

2022-11-14 08:26:01 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

8[思い出エナジー・2]   

 

 

 疾風(高機動車)の前方30メートルほどのところに、チャドル姿の女性が倒れこんだ。

 隊長は、すぐ全車両に停止を命じた。

「隊長、自分が見てきます」

 山本准尉は、隊長と目が合ったのを了解と解して疾風を飛び出した。自爆テロの可能性があるので、うかつに大人数で救助に向かうわけには行かなかった。


「きみ、大丈夫か?」


 姿勢を低くし、二メートルほど離れたところから、山本准尉は女に声を掛けた。爆発を警戒してのことでは無かった。そこここに現地住民の目がある。異民族の男が女性の体に触れるのははばかられるのだ。

「ゲリラに捕まって、やっと逃げてきました。日本の兵隊さんですね……助けてください」

 チャドルから、そこだけ見せた顔は、まだ幼さが残っていた。


「……分かった。君の村まで送ってあげよう」


 山本は、優しく、でも決意の籠った声で少女に応えた。

 山本は、いったん疾風に戻ると装具を解いて、隊長に一言二言声を掛け、様子を見ていた現地のオッサンから、ポンコツのトヨタをオッサンの半年分の収入くらいの金を渡して借りた。オッサンは喜んだが、目で「気をつけろ」と言っていた。それには気づかないふりをして、少女に荷台に乗れと言った。座席に座らせるわけにはいかない。イスラムの戒律では、男と女が同じ車に乗ることはできない。荷台に乗せるのが限界である。

「あたし、体の具合が悪い。日本のお医者さんに診てもらえませんか?」

「あいにくだが、男の医者しかいない。あとで国連のキャンプに連れて行ってあげよう。それまで我慢だ」

 山本が目で合図すると、自衛隊の車列は作業現場へと移動し始めた。山本は長い敬礼で車列を見送ると少女に二本ある水筒の一本を渡して、トヨタを発進させた。

「どうして停まるの?」

 少女は、少しこわばった声で山本に聞いた。

「サラート(礼拝)の時間だろ。専用の絨毯はないけど、これで我慢してくれ」

 山本は、毛布を渡してやり、コンパスでメッカの方角を探し、コンパスの針を少女に見せた。少女は毛布に跪きサラートを始めた。山本は異教徒なので、少女の後ろで跪いて畏敬の念を示した。

「どうもありがとう」

 サラートが終わると、少女は毛布を折りたたんで山本に返した。

「信心は大事にしなきゃな……よかったら、そのチャドルの下の物騒な物も渡してもらえるとありがたいんだけど」

 少女の目がこわばった。

「これを渡したら、村のみんなが殺される……」

 少女の手がわずかに動いた。

「ここで、オレを道連れにしても、日本の兵隊を殺したことにはならない。君を送る前に隊長に辞表を出してある。だから、オレを殺しても、ただの日本人のオッサンを一人殺したことにしかならない。後ろを向いているから、その間に外しなさい」

 山本は、無防備に背中を向けた。

 戸惑うような間があって、衣擦れの音と、なにか重いベルトのようなものを外す音がした。

「ありがとう。君も村の人たちも殺させやしないよ」

 それから、山本は少女を村に送り届け、トーブとタギーヤ(イスラムの男性の衣装)を借りた。

 山本は、少女に地図を見せた時、二か所に目をやったことに気づいていた。一か所は自分の村で、もう一か所は、それまで彼女が居たところだろうと見当をつけた。

 案の定、少女が見ていたところは岩場が続く丘の裾野で、声がかかる前に銃弾が飛んできた。ゲリラの前進基地のようだ。車を降りると「手を挙げて、こっちに来い」と言われた。

「隊長、こいつ体に爆弾を巻き付けている!」

 身体検査をした手下が隊長に言った。

「スイッチは、この手の中だ。動くんじゃない! 血を流さずに話し合おうじゃないか」

 そのあと二言三言やり取りがあった後もみ合いになった。

 そして、もつれ合い倒れたショックで、自爆スイッチがオンになり、山本は10人あまりのゲリラを道ずれに死んでしまった。

 日本のメディアは、現地で自衛隊員が除隊したことと、山本が民間人として死んだことを別々に報道した。当然殉職とは認められなかった。


 そして、山本が日本に残した一人娘は、横須賀の海上自衛隊の親友に預けられた。


「だから、あたしの本当の苗字は山本っていうんだ……」

 長い物語を語り終え、天音はため息をついた。

 三笠は速度を上げて遼寧とヴィクトリーを追い越した……。


☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ  

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宇宙戦艦三笠7[思い出エナジー・1]

2022-11-12 08:35:26 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

8[思い出エナジー・2]   

 

 

 疾風(高機動車)の前方30メートルほどのところに、チャドル姿の女性が倒れこんだ。

 隊長は、すぐ全車両に停止を命じた。

「隊長、自分が見てきます」

 山本准尉は、隊長と目が合ったのを了解と介して疾風を飛び出した。自爆テロの可能性があるので、うかつに大人数で救助に向かうわけには行かなかった。


「きみ、大丈夫か?」


 姿勢を低くし、二メートルほど離れたところから、山本准尉は女に声を掛けた。爆発を警戒してのことでは無かった。そこここに現地住民の目がある。異民族の男が女性の体に触れるのははばかられるのだ。

「ゲリラに捕まって、やっと逃げてきました。日本の兵隊さんですね……助けてください」

 チャドルから、そこだけ見せた顔は、まだ幼さが残っていた。


「……分かった。君の村まで送ってあげよう」


 山本は、優しく、でも決意の籠った声で少女に応えた。

 山本は、いったん疾風に戻ると装具を解いて、隊長に一言二言声を掛け、様子を見ていた現地のオッサンから、ポンコツのトヨタをオッサンの収入半年分ほどの金を渡して借りた。オッサンは喜んだが、目で「気をつけろ」と言っていた。それには気づかないふりをして、少女に荷台に乗れと言った。座席に座らせるわけにはいかない。イスラムの戒律では、男と女が同じ車に乗ることはできない。荷台に乗せるのが限界である。

「あたし、体の具合が悪い。日本のお医者さんに診てもらえませんか?」

「あいにくだが、男の医者しかいない。あとで国連のキャンプに連れて行ってあげよう。それまで我慢だ」

 山本が、目で合図すると、自衛隊の車列は作業現場へと移動し始めた。山本は長い敬礼で車列を見送った。少女に二本ある水筒の一本を渡して、トヨタを発進させた。

「どうして停まるの?」

 少女は、少しこわばった声で山本に聞いた。

「サラート(礼拝)の時間だろ。専用の絨毯はないけど、これで我慢してくれ」

 山本は、毛布を渡してやり、コンパスでメッカの方角を探し、コンパスの針を少女に見せた。少女は毛布に跪きサラートを始めた。山本は異教徒なので、少女の後ろで跪いて畏敬の念を示した。

「どうもありがとう」

 サラートが終わると、少女は毛布を折りたたんで山本に返した。

「信心は大事にしなきゃな……よかったら、そのチャドルの下の物騒な物も渡してもらえるとありがたいんだけど」

 少女の目がこわばった。

「これを渡したら、村のみんなが殺される……」

 少女の手がわずかに動いた。

「ここで、オレを道連れにしても、日本の兵隊を殺したことにはならない。君を送る前に隊長に辞表を出してある。だから、オレを殺しても、ただの日本人のオッサンを一人殺したことにしかならない。後ろを向いているから、その間に外しなさい」

 山本は、無防備に背中を向けた。

 戸惑うような間があって、衣擦れの音と、なにか重いベルトのようなものを外す音がした。

「ありがとう。君も村の人たちも殺させやしないよ」

 それから、山本は、少女を村に送り届け、トーブとタギーヤ(イスラムの男性の衣装)を借りた。

 山本は、少女に地図を見せた時、二か所に目をやったことに気づいていた。一か所は自分の村で、もう一か所は、それまで彼女が居たところだろうと見当をつけた。

 案の定、少女が見ていたところは岩場が続く丘の裾野で、声がかかる前に銃弾が飛んできた。ゲリラの前進基地のようだ。車を降りると「手を挙げて、こっちに来い」と言われた。

「隊長、こいつ体に爆弾を巻き付けている!」

 身体検査をした手下が隊長に言った。

「スイッチは、この手の中だ。動くんじゃない! 血を流さずに話し合おうじゃないか」

 そのあと二言三言やり取りがあった後もみ合いになった。

 そして、もつれ合い倒れたショックで、自爆スイッチがオンになり、山本は10人あまりのゲリラを道ずれに死んでしまった。

 日本のメディアは、現地で自衛隊員が除隊したことと、山本が民間人として死んだことを別々に報道した。当然殉職とは認められなかった。


 そして、山本が日本に残した一人娘は、横須賀の海上自衛隊の親友に預けられた。


「だから、あたしの本当の苗字は山本っていうんだ……」

 長い物語を語り終え、天音はため息をついた。

 三笠は速度を上げて遼寧とヴィクトリーを追い越した……。


☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ  

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宇宙戦艦三笠7[思い出エナジー・1]

2022-11-10 06:52:27 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

7[思い出エナジー・1]   

 

 

 メイドさんは四人とも同じメイド服なんだけど色がちがう。白、黒、茶、そして白黒茶の混ざったの。

 

「「「「お早うございます、ご主人さま、お嬢様」」」」

 一瞬驚いたあと、四人のメイドさんは揃って挨拶をしてくれる。

「あ……」「う……」「え……」「お……お早う」

 互いに挨拶を交わして、あとが続かない。

「わたしたち、陰ながらみなさんのお世話をいたします。わたくしがミケメ」

 白黒茶が口火を切った。

「シロメです」「クロメです」「チャメです」

「陰ながらのお世話のはずでしたが、申しわけございません、早々にお目に留まってしまいました」

「あ、いや、それはいいんだけど……」

「三笠はフルオートの自律戦艦ですが、やはり、細々とした気配り目配りはメイドがいなければ叶いません。そのために、わたしどもが乗艦しております。お目に留まった以上は、遠慮なくお世話をさせていただきますが、わたしどもの居場所、キャビンはご詮索なさらないでくださいませ。必要な時は『ミケメ』とお呼びくださいませ」

「シロメとお呼びくださいませ」

「クロメとお呼びくださいませ」

「チャメとお呼びくださいませ」

「「「「よろしくお願いいたします」」」」

 四人そろって挨拶されて、天音がピンときた。

「キミたち、ドブ板のネコだろ!?」

「「「「ニャ!?」」」」

 言い当てられて、四人とも尻尾と猫耳が出てしまう。

「し、失礼いたします!」

 ピューーーー

 ミケメを先頭に四人とも飛んで行ってしまった。

「アハハ……バレちゃいましたね(^_^;)あの子たち」

 呆気に取られていると、神棚からミカさんが現れた。

「ミカさんは知ってたの?」

「はい、三笠が旅に出ると知って手伝ってくれることになったんです。みなさんが横須賀を愛してくださっているのを知って、ぜひお手伝いしたいと。まあ、よろしくお願いしますね」

「それで、今日は何をしたらいいのかしら(^_^;)?」

「まずは、寛いでください、長い旅になりますから、あとはおいおいとね……」

 そう言うと、ミカさんは神棚に戻ってしまった。


 寛げと言われて、自分から仕事を探すような俺たちじゃない。

 サイドテーブルの上には、お茶のセットやポットがあるので、自然とお茶会のようになってしまう。長官室も雰囲気があって居心地もいいしな。


 オレは、保育所の頃、樟葉からおチンチンを取られそうになった……。

 オレと樟葉は、保育所から高校までいっしょという腐れ縁だ。かといって特別な感情があるというわけではない。

 例えれば、毎朝乗る通学電車は、乗る時間帯がいっしょで、気が付けば同じ車両で隣同士で突っ立てっていることとかがあるだろ。       
 互いに名前も知らなければ、通っている先も分からない。サラリーマンやOLだったりすると、まるで接点がなく、春の人事異動なんかで乗る電車が違ってしまうと、それっきり。高校生だと、制服で互いの学校が知れる。ごくたまに、こういうことから関係が深まっていくやつもいるけど、大概そのまま口も利かずに三年間が過ぎていく。基本的に樟葉とはそうだ。ただ保育所のころというのは、ネコや犬の子と同じようなところがあって、その程度には関係があった。

 年少のころだったけど、オレには鮮明な記憶がある。トイレの練習で、一日に二回オマルに跨って、自分でいたす練習をやらされた。

 まだ二歳になるかならないかで、みんな記憶には残っていない。でもオレは鮮明な記憶が残っている。

 オマルに跨って用を足していると、視線を感じた。それが樟葉だった。

「あたちも、おチンチンがほちい……!」

 と、言うやいなや、樟葉はオレに襲い掛かり、オレのおチンチンをひっぱりまわした。樟葉は道具一式を両手でムンズと握って引っ張るものだから、女には分からない激痛が走って、オレは泣きだすどころか悶絶してしまった。すぐに先生が飛んできて樟葉を引き離して事なきを得たが、幼心にも樟葉の顔が悪魔のように見えた。

「だって、テレビのコンシェント抜けるよ」

 涼しい顔で、先生に言っていたのを、オレは覚えている。

「そんなこと知らないもん!」

 樟葉は、真っ赤になり、パーにした両手を振って否定した。

「そう、その手でオレのナニをムンズと握って、ひぱったんだ!」

 天音とトシがケラケラと笑う。引きこもりのトシが笑うのは目出度いことだ。でも、そのあと樟葉が洗面で思いっきり洗剤使って手を洗ったのには、可笑しくも情けなかった。

「修一だってね、年中さんの時に、みんなでお散歩に行ったとき、他の保育所のかわいい子のあとを付いていっちゃって行方不明になっちゃったじゃないよ!」

「あ、あれは、傍で『お手手つないで』って、声がしたからさ」

「あ、覚えてるんだ、確信犯だ!」

「そうじゃなくって……」

「あのあと、その保育所の先生に手を引かれて泣きながら帰ってきたんだよ。保育所も大騒ぎだったんだから」

「ハハハ、二人とも、そんな昔の話を」

 天音が笑うと、はっきり体で分かるくらいに三笠のスピードが上がった。

「なんだ、これは!?」

 トシが、テーブルの端で体を支えながら叫んだ。

「ホホホ、三笠は、みんなの思い出や、熱中みたいな精神的なエネルギーで、力を増幅してるのよ」

 再び、ミカさんが現れて、みんなを見まわして微笑んだ。

「舷窓から、外を見て」

 おお!

 三つある舷窓に群がると、中国の定遠をみるみる追い越していくのが分かった……。
 


☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ     

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宇宙戦艦三笠6[話の続きとスタンウォーク]

2022-11-03 09:21:43 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

6[話の続きとスタンウォーク]   

 

 

 

「で、なんだよ、怖い話って?」

 みんなが、朝食のテーブルから、突っ立ったままのトシに顔を向けた。


「それが……ピレウスを目指しているのはボクらの三笠だけじゃないみたいなんです」

「え、ほんとかよ?」

「世界には、三笠以外に保存されている戦艦は20隻ちかくあって。そのほとんどが三笠と同時にピレウスを目指しているようなんです」

「え、他にも残っているのなんてあるの?」

「そういや、ミズーリがハワイで残ってたな……」

「アメリカは、ミズーリを入れて8隻が記念艦で残ってます。中国はレプリカだけど定遠が。それに、戦艦じゃないけど遼寧が出てきています」


 リョウネイ?


 どうも、樟葉も天音も、こういうことには疎いようだ。オレは説明を加えた。

「ウクライナから買った航空母艦だよ。でも、どうして空母が?」

「現代の戦艦にあたる海軍勢力は空母だって理屈らしいっす」

「そう言いながら、ハリボテの定遠までかよ。なんか矛盾してんな」

「テイエンって?」

「100年以上前の日清戦争で、日本が沈めたドイツ製の中国の戦艦だよ。他にもとんでもないのがありそうだな」

「はい、韓国が独島を、イギリスがヴィクトリーを……」

「ヴィクトリーって、ネルソンが乗ってた帆船か!?」

「一応は、動態保存で、軍籍にも残ってますから。今でも艦長は現役の海軍士官が任命されてます」

「ほかには?」

「なぜだか、ドイツのビスマルクも……?」

「ビスマルク? あれは沈んでるはずだぞ」

「艦体は、わりにしっかりしているようで、海底で原形をとどめていて、船霊がまだ憑りついているんだそうです」

「でも、それだけの船が出てるんなら、心強いじゃないの」

「そうなんですけど……先にピレウスに着いた船の国が、その……新しい地球のヘゲモニーを握りそうなんです」

「え、じゃあ、中国なんかにとられたらたいへんじゃないか」

「で、どうしても三笠が一番にピレウスに着かなきゃならないんです」

「う~ん……そうだ!」

 みんなの視線がオレに集まった。

「とにかく朝飯を食おう。腹が減ってちゃいい考えも浮かばないよ」


 ようやく、本格的に朝食になった。

 朝食は、各自のテーブルの上に、各自の好みに合わせたものが載っていた。おれがガッツリ味噌汁、ごはん、目玉焼きに納豆。樟葉と天音はイングリッシュマフィンとトーストの違いはあったが、パンとスクランブルエッグ、ヨーグルトのセットだった。

「もう一つ夢を見たんですけど……」

 オレが納豆飯をかっ込んでいるときに、トシが小さな声で話し出した。

「なんだ、いい夢か、悪い夢か?」

「……それが、よく覚えていないんです」

「どういうことよ?」

 天音がオッサンみたくシーハーしながら聞いた。

「なんか、とても緊張して……でも楽しい夢でした」

「トシの楽しいは、なんだかマニアックな感じがするな」

「そんなことないっすよ。ごく一般的に緊張して、楽しいことだったです」

 まあ、雲をつかむような話なんで、それっきりになった。

 朝食をすますと、取り立ててやることがない。

「なあ、ここは司令長官室だろ?」
 
 天音が指を立てた。悪戯とかを思いついた時の癖で、俺たちも連動したオートマタみたいに首を向けてしまう。

「ああ、三笠で一番のスィートルームだ」

「なら、そこのドアを開けたところはスタンウォークなんじゃないか?」

「「「ああ」」」

「長官専用の展望デッキ、出られるのかなあ」

 スタンウォークは帆船時代の名残で、艦尾のいちばん偉い人の部屋の外に付けられたベランダみたいなデッキのことだ。
 
「立ち入り禁止じゃないの?」

 真面目な樟葉が注意する。

「それは、記念艦三笠だろ、これは宇宙戦艦三笠だ」

「でも、そこ開けたら宇宙空間なんじゃ……」

 トシも普通にビビってる。

 カチャ

「お、開くぞ」

「あ」「ちょ」「え」

 言葉を継ごうとしたら、もう、天音は開けてしまった!

「「「「うわああ」」」」

 ドアの外は、スタンウォークの手すりがあって、その向こうには広大な海が広がって、長官室は潮の香りでいっぱいになった。

「みんな、来てみろよ!」

 さっさと出てしまった天音が感動の声をあげた。
 
 なんで、海が見えるんだ?

 出てみると、理屈は分からないけど、見た目には分かった。スタンウォークの艦尾方向120度あまりが大海原で、ボンヤリした境目の外は宇宙空間なんだ。

「CGの一種なんですかねえ?」

「トシは、こういうスペースファンタジー系のゲームが好きだったな」

「はい、『スターパシフィック・6』が出てなかったら、学校に来れてたです!」

 トシの不登校はゲームのせいなんかじゃないんだけどな、そう言って気が楽になるなら構わない。

「お、インタフェイスが出てきた」

 天音の前に異世界系アニメに出てきそうな仮想インタフェイスが現れた。

「いろいろ設定が変えられるみたいだな」

 画面にはロケーション設定があって、宇宙空間、大海原、夜景、富士山頂、シアターとかまで選択肢がいっぱい。

「あ、リアルがある。いい?」

 スクロールした末にリアルを発見した樟葉が断りを入れてからタッチした。

 シュラララ~ン

 切り替わると、正面に地球、その斜め向こうに月が見える。

「やっぱり地球は青いな……」

「微妙に小さくなっていく……」

「だんだん離れていくのね……」

「先輩、泣いてるんすか?」

「うっせえ、そういうトシだって」

「あははは……」

「さ、もう中に入ろうか」

「ああ」

 出た時とは逆に俺が先頭で長官室に戻る。


 カチャ


 ドアを開けてビックリした!

 四人の猫耳メイドさんが、朝食の後片付けと掃除をやっていた!

 キャ!

 ビックリしたのはメイドさんたちもいっしょで、目をまん丸にしている。

 その可愛らしさに俺の萌ゲージの針は振りきれてしまいそうになった(#´∀`#)!
 

 

☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 みかさん(神さま)   戦艦三笠の船霊

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宇宙戦艦三笠5[旅立ちの時・3]

2022-11-01 08:30:22 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

5[旅立ちの時・3]   

 

 

 

 みかさんが消えると、オレたちは普段の服装に戻っていた。

 

 オレはジーパンに生成りのシャツ。樟葉はチュニックの下に厚手のタイツ。天音はチノパンにチェックのシャツ。トシは引きこもり定番のジャージ。

「フワ~、とりあえず寝ようか」

 いつもの生活時間では、もう寝る時間なので他の3人も異議が無かった。
 艦内の様子は頭に入っていた。さっきあれだけのチュートリアルをやったので、艦内のことが頭に入っているのはなんの不思議も感じなかった。

 どうやら、オレが艦長らしいのはチュートリアルで分かっていたので迷うことなく艦長室に。他の三人も船の幹部なので、それぞれの部屋に向かっていった。艦長室のクローゼットには、日ごろ俺が着る服がかかっていて、迷うことなくパジャマに着替えるとベッドに潜り込む。が、なかなか寝付けない。ようやくウトウトしかけたころに、みかさんの声がした。

「レム睡眠を利用して説明の続きをさせてもらうわね」

「え、睡眠中に?」

「うん、ただ眠っていてもロクな夢みないから。それに、睡眠中の方が冷静に理解ができる……見て、これが今の地球」

「……きれいだ」

「そして、これが100年後の地球」

「え……」

 それは、表面がほとんど真っ白になった雪の玉のようだった。これじゃ、どんな生物も生きてはいけないだろう。

「あれはUFO……?」

「そうよ。UFOに合わせて画面を切り替えるわね……」

 スライドショーになった。100以上のUFOが入れ替わり立ち代り映し出された。

「タイプは様々だけど、グリンヘルドとシュトルハーヘンの探査船」

「マゼラン星雲の?」

 どうやら、宇宙の事もインストールされているっぽい。

「そう、地球が氷河で覆われ尽くしたら、移民するつもりで監視してるの」

「氷河の地球に?」

「彼らには部分的に氷河を溶かす技術があるの。氷河の1/4も溶かせば、十分に20億人ぐらいは住めるわ」

「で、オレたちが目指すのは……?」

「ピレウス。マゼラン星雲の良心……ここで氷河防止装置を受け取るの……あなたたち4人の力で」

「それって……どこかで聞いたような……」


 そこで、オレはノンレム睡眠に落ちていった……。


 習慣と言うのは恐ろしいもので、朝、目が覚めると制服に着替えてしまう。で、朝食の7時になるとトシを除く3人が士官食堂に集まった。インストールされた情報によるものか、美味そうな朝飯の匂いに釣られたのかは分からない。

「ハハ、やだ、みんな制服着てる!」

 天音がケタケタ笑い、オレと樟葉はなんだか照れた。

「トシは?」

「あいつは、まだ寝てんだろ」

「ああ、引きこもりだものね」

 そして、朝飯を食べながら夕べ見た夢の話をした。三人とも同じ夢を見たようだ。話がたけなわになった時に、そっとドアが開いた。

 なんと、トシが制服を着てドアから半身を覗かせている。

「あ……入っていっすか?」

「ああ、入れよ。トシにしちゃ上出来の早起きじゃんか」

「ま、座れ」

「トシ君も、夢見たんでしょ?」

「はい、おそらく同じ夢……って、みかさんが言ってました」

「やっぱり、ピレウスに氷河防止装置をとりにいくとこまで?」

「ボク眠りが浅いんで、続きがあるんです……ちょっと怖い続きが」

「怖い続き……」

 三人の視線がトシに集中した……。


☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
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 みかさん(神さま)   戦艦三笠の船霊

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宇宙戦艦三笠4[旅立ちの時・2]

2022-10-30 07:57:08 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

4[旅立ちの時・2]   

 

 

「みんなCIC(戦闘指揮所)に集まって!」

 神さまが命じると、オレたちはまるであらかじめ知っていたかのように三笠の中央部にあるCICに走り、それぞれの席に着いた。

「シールドA展開! 砲術長、航海長、現状報告!」

 オレは、当たり前のように天音と樟葉に命じた。なんで、オレ、こんなに偉そうなんだ!?

「右舷3時方向0・04パーセクに敵艦多数。フェザー砲飽和攻撃の感あり! 弾着まで5秒」

「機関長、ミニワープで敵の真ん中に出る。同時に艦載砲すべてでフェーザー攻撃」

「てーっ!」

「ミニワープ!」

 機関長のトシが、今まで聞いたことのない冷静かつしっかりした声で応えた。

 ズゥイン

 掃除機を弱で起動したような音がしたかと思うと、モニターの星々が前方に集中し、後方モニターの星々は消えて真っ暗になった。

 シュイン

 ワープカウンターが05を示すと、掃除機が停止するような音がして、モニターに星空が戻ってゴマ粒のような敵艦隊が映し出された!

「全フェーザー砲射撃オート!」

「てーー!」

 シュビビビビビビ

 俺が命じ砲術長の天音が応えて、弾幕シューティングゲームのような射撃音が続く。

「捻りこみ最大戦速で敵旗艦に並走、一斉射後9時方向0・01パーセクにミニワープ」

 シュビビビビビビ……ズィン

 射撃音の後に掃除機の誤作動のようなミニワープの音が続く。

 ウッ(;'∀')

 瞬間のミニワープが終わると敵直衛艦のどてっ腹が迫って、思わず唸ってしまう。

 シュビビビビビビ

 ワープの寸前から撃ちっぱなしのフェーザー射撃の束が直衛艦の腹を舐めていき、捻り込み運動が完了する寸前に大爆発!

 その爆発エネルギーをも推進力の足しにして0・2秒間敵旗艦と並走。こちらのシールドで、敵艦のシールドを中和、主砲と左舷の全副砲で0距離射撃。敵が爆沈する寸前にミニワープ。9時方向でステルスシールドに切り替えた。

「敵艦123隻中40隻を撃沈23隻撃破」
「残存艦にフェーザー攻撃。初元位置にミニワープ」
「敵残存艦32隻、ワープしつつ逃走しあり……」

「「「「勝った」」」」

「チュートリアルクリア、全員合格よ」

 神さまが静かに微笑んだ。

「どうして、俺たちに、こんなことができるわけ……?」

「これからの航海に必要なアビリティーはダウンロードしてある。インストールが完璧なことも、今のチュートリアルで確認できたわ」

 飛躍した現実に付いていけず長い沈黙になった。

「……どうして、わたしたちなんだ?」

 数分の沈黙を破って天音が口を開いた。

「東郷君の霊波動が、わたしに合うの」

「え、俺が!?」

「それと、あなたたちの喪失感。潜在的な一体感……そういうものが総合的に適合した……で、納得してくれる?」

「……で、できるか! わたしたち、学校やら自分の生活があるんだぞ!」

「ワープ移動がほとんどになるから、遅くとも明日の朝には戻れるわ。上手くいきすぎたら、それよりも前に戻るかも、光速以上で移動すると時間は逆行するから」

「あの……それって、ボクが引きこもる前に戻れる可能性もあるってことですか?」

「そこまでは……でも、この旅で秋山くん(トシの苗字)の引きこもりは完治すると思うわ」

「そ、そうなんだ」

「で、あなたのことは、なんて呼んだらいいのかしら?」

 樟葉が取り持つように続ける。

「アマテラスオオミカミさんじゃ言いにくいかな(^_^;)」

「アマさん……じゃ変?」

「っていうか、あたしが呼ばれてるみたいだぞ」

「「ああ」」

 トシが入部したての頃天音を、そう呼んでたな。声に元気がないもんだからアマネのネが発音しきれなかったんだ。

「ん~と、みかさんでいいわ」

「「「みかさん?」」」

「三笠の船霊だから『三笠さん』でしょ。『みかささん』じゃ舌噛みそうだし『みかさん』。うん、これでいこう。じゃ、今夜は休んで。明日から本格的なミッションに入るから。じゃ、よろしく!」

 みかさんは、エフェクトも無く消えてしまった。オレたちは目的も目的地も敵のなんたるかも知らずじまい、地球の寒冷化と言われても、いま一つピンとこないまま始まってしまった……。


☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 みかさん(神さま)   戦艦三笠の船霊

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宇宙戦艦三笠3[旅立ちの時・1]

2022-10-30 06:42:21 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

3[旅立ちの時・1]   

 

 

「あ、ごめん! そのままの姿で連れてきちゃった!」

 パチン

 お下げの神さまが、そう言って指を鳴らすと、オレたち四人は紺色の軍服姿に変わった。

「わ!」「え!」「お!」「う!」

 四人四様の声をあげて驚いた。

 オレの網膜には天音の白い裸が強烈に焼き付いたので、数秒ダブって見えちまった。で、記憶に間違いがなければ、四人の軍服は戦艦三笠を観に行った時に展示してあった帝国海軍のそれだ。襟元の階級章は天音と樟葉が中佐、トシが少佐。自分のは……見えないので良く分からない。

 周りを見渡すと、立派な応接室のようだけど、部屋全体が三角形で、ところどころの窓が小さくて丸い……記憶に間違いがなければ、これは三笠公園の戦艦三笠の司令長官室にそっくりだ。

「そう、戦艦三笠の司令長官室ですのよ」

 お下げの神さまが、口をωにして言った。

「な……なんで、こんなところに?」

 質問しようとしたら、樟葉に先を越されてしまった。

「言ったでしょ。戦艦三笠に乗ってくださいって」

「いや」「だから」「なんで」

「「「「戦艦三笠に?」」」」


「地球を救ってもらうためです」

「「「「地球を救う( ゜д゜ )!?」」」」


「地球は、氷河期を迎えようとしています。温暖化しているというのは国際的な利権がらみの大嘘です。これを見て……」

 神さまが指差すと、スクリーンが現れ、そこに南極大陸の白い姿が現れた。

「これは去年の冬の姿だけど、観測史上最大の氷面積になっています。で、これが北極。氷は完全に回復しています。そして、世界各国の近年の冬の様子……エジプトで雪が降っています」

「でも……これって、温暖化の前の特異現象……」

「そんなこと、まともに信じているのは、日本と某国営放送ぐらいのもの。二酸化炭素の排出権が利権化していることや、水資源の取り合いのための目くらましにすぎないわ。世界の人々が寒冷化に気づきはじめている、やっとね……そして、寒冷化は人々の予測を超えて進み始めているのです。あと100年もたたずに地球は氷河期に突入して、人類は滅亡する。恐竜が絶滅したように、ごく短時間でね」

「それで、なんで戦艦三笠なの?」

「地球を救うのは、日本の戦艦に決まっています」

「それって、ヤマトの専売特許じゃないの?」

「だって……現物で残っている戦艦は、この三笠だけですから」

 ホワン

 そう言うと、神さまは四人に分身した。

 おそらくこの分身が、ブンケンのメンバーをそれぞれ連れてきたんだろう。

「船には、それぞれ船霊(ふなだま)がいるの」

「戦艦大和には大和神社(おおやまとじんじゃ)の大国魂神(おおくにたまのかみ)」

「戦艦長門には厳島神社」

「戦艦山城には賀茂神社」

「などの、神社の神さまが分祀されていたわ」

「でも、船が沈む前に、船霊は、その船を離れてしまうの」

「で、唯一、わたしだけが三笠に留まっているわけ」

「じゃ、あなたは……」

 ホワン

 樟葉の言葉で、分身していた神さまが一つになった。

 一つになっても、相変わらずお下げのセーラー服。

「一応、天照大神(あまてらすおおみかみ)。でも、大そうに思ってくれなくていいのよ(^_^;)」

「それにしても、アマテラスさんがセーラー服の女子高生じゃなあ」

 と、オレが言うと、トシが初めて口をきいた。

「分かるよ! 日本人の大方が、その程度にしか思ってないから、こんなお姿なんでしょ?」

「あ、それはね、それはみんなに親しみ持ってもらいたいからかな……アハハハ」

 なんだか無理して笑っているような気がした。案外トシの一言は図星なのかもしれない。

「で、なんであたしたちなんですか?」

「それは、まあ、チュートリアルやりながら……」

 ドッカーン!!

 ウワアアア!

 三笠のどこかに弾が当たったような衝撃がした!


☆ 主な登場人物

 修一      横須賀国際高校二年
 樟葉      横須賀国際高校二年
 天音      横須賀国際高校二年
 トシ      横須賀国際高校一年
 神さま     戦艦三笠の船霊

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宇宙戦艦三笠2[黎明の時・2]

2022-10-27 06:44:13 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

2[黎明の時・2]   

 

 なかなか寝付けなかった。

 潰した当事者が言うのもなんだけど、ブンケンは学校での唯一の居場所だった。

 と言っても、ブンケン以外でシカトされたり、学校そのものが嫌になっていたわけじゃない。一年生のトシを除いて樟葉も天音も横須賀国際高校の生徒としてはテキトーに順応して立ち回っている、むろん俺もな。

 でも、なんちゅうか、本音で付き合えたのはブンケンの仲間だけ。でも、そのことをブンケン同士で言うのは気恥ずかしくって言ったことは無い。フランクに生きているようでも、高校生というのはめんどくせえもんだよな。

 ブンケン(横須賀文化研究部)という地味なクラブは元来が横須賀を舞台にしたRPGの聖地巡礼のオタクが集まってできたクラブだけあって、仲間内の結びつきは強かった。

 オレたちが入部したころ、NHKの『坂の上の雲』がネット配信で何度目かのブームになっていた。聖地巡礼みたいに戦艦三笠やロケ地を巡って部活のホームページに上げたり、SNSで動画をアップしたり、イベントなんかは実況したり。広告料やスパチャも少しはあったりして、部活の機材を揃えたり取材費に使えたりして充実していた。

 でも高校生の悲しさ、半年もやると横須賀ネタが途切れてきた。調べると横須賀ネタは『坂の上の雲』の他は『つ〇きす』とかがあるんだけど、R指定なんで取り上げるわけにもいかない。純粋に自衛隊や米軍がらみのネタは歴史にしろリアルにしろ、ブンケンでは及びもつかないオタクや大人の人ばかりで太刀打ちできない。

 それで頭を巡らせると、隣接する横浜や湘南を舞台にした映画やドラマやアニメはいくらでもあることに気付く。それで、放課後や休日に足を伸ばしてネタを仕込むんだけど、やはりニワカがアクセス稼ぎにでっち上げても、そうそうアタリをとれるもんじゃない。

「まあ、資金も少しはできたし、あとは君たちでがんばんなよ」
「うんうん、自分でやってこその部活だからね」

 三年生の広瀬先輩、杉野先輩に励まされて、なんとか頑張ってきたけど。目立った成果もあげられず、部活の最低要件である――部員五人以上――も割ってしまって部室を明け渡すことになってしまった。

 

 トシ

 

 トシは、この春、たった一人の新入部員として入ってきた。

 でも、一学期の終わりごろから不登校になっちまって、二学期になったら……という願いも虚しく、本物の引きこもりになっちまった。何度か家まで行ったけど、会うことさえできなかった。校門前で解散の一本締めをやったとき電柱三つ分先に来れたのはトシにしては上出来。

 三人の結びつきは……正直ただの「同級生」になってしまいそうだな。天音も樟葉もわけもなく群れるのは良しとしないタイプだ。

 寝られないままパソコンを点けた。立ち上がると習慣でブンケンのアイコンをクリックしてしまう。

 あ……そうか。

 削除したので何も出てこない。

「天音と同じことやってどーすんだよ……」

 樟葉か天音とチャットとも思ったけど、午前0時半という時間を考えれば気が引ける。それに、こういう傷の舐めあいみたいなことは樟葉は苦手だし天音は嫌いだしな。

 もう切ろう……そう思った時、画面に『後ろを見て』という文字が浮かび上がった。


 え……なんだろう?


 振り返ると……セーラー服にお下げという古典的な女生徒が、オレのベッドにハニカミながら座っていた。

「ども……」

「だれ……?」

「えー……神さまだったり……します(*´∀`*)」

「か、神さま!?」

「あ、一応って枕詞がつくけどね(^_^;)」

 ハニカミながら、でも、どこか真剣な眼差しは、ジブリの『コクリコ坂から』に出てくるメルに似ている。

 スーーーー

 その子は座った姿勢のままオレの傍に寄ってきた……つまり座ったまま宙に浮いている。

「え……神さまが、なんの用……っすか?」

「宇宙戦艦三笠に乗ってもらえないかしら?」

「……は?」

「うん(^_^;)」 

 とたんに周りのものの存在が希薄になり、すぐに真っ白になったかと思うと急に椅子の存在が無くなり、20センチほど自由落下した。 

 わ!? 

 腹にズンときて落ちたところは、革張りのソフアーの上だった。

 テーブルを挟んで右側に樟葉と天音。左側にはトシが居る。

 で、二秒ほどして気づいた。天音が素っ裸。

 で、次の瞬間天音の悲鳴が、世界中の熟睡者を起こすぐらいに響き渡った……。


 キャーーーーーーーーー!!

 


☆ 主な登場人物

 修一      横須賀国際高校二年
 樟葉      横須賀国際高校二年
 天音      横須賀国際高校二年
 トシ      横須賀国際高校一年

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宇宙戦艦三笠1[黎明の時・1]

2022-10-26 08:03:03 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

1[黎明の時・1]   

 

 

 

 ほんとだってば!

 例年になく早い木枯らしをも吹き飛ばす勢いで天音が叫んだ。窓ガラスのガタピシは天音の叫びで一瞬のフォルテシモになった。

「だれも天音がウソ言ってるなんて……」

 あとの言葉を続ける気力がなかった。天音は、オレがいい加減に聞いているとしか思わないだろう。

「だったら、ちゃんと聞けって!」

 予想通りの反応だ。

 オレとしては樟葉にふってほしかったんだけど、こういう時は樟葉は得だ。投げ出してボンヤリしていると、樟葉は一見クソまじめに見える。樟葉とは保育所の頃からいっしょだからよくわかる。きれいな足を揃えて腕組みした姿は、ひどく冷静に考えているように見える。だから天音は正直にボンヤリしているオレに突っかかってくる。

「だからさぁ、黒猫と白猫が路地から出てきたと思ったら茶色の猫が出てきて、トドメに三毛猫が出てきたって言うんだろ?」

「ちがう! 白猫が先で黒猫は後!」

「ああ、わりー、逆だったっけ。でもさ、そんなのブンケン(横須賀文化研究部)の研究成果として……発表できる?」

「ツカミだツカミ。あとは適当に、この秋に新装開店したお店の開店ご挨拶とかクーポンとかコピペして貼っときゃ分かんないだろ!」

「ああ、もう、そんな段階じゃないんだよ。明日、ここ軽音に明け渡さなきゃなんないんだからさ」

「最後に、ドバってかましてみようぜ。ネットなんて、一晩でヒットするかもしれないんだからさ!」

「宝くじ買うより確率低い……」

「もういい、あたし一人でやる!」

 天音は、一人パソコンに向かってエンターキーを押した。
 カチャカチャカチャカチャ……
 
 で、数十秒後。

「……な、なんで、ブンケンのホームページ出てこんのだ!?」

「閉鎖したんだ。パソコンも初期化しちゃったし。それより、そろそろ時間。ロッカーの資料運ぶ。手伝って」

 樟葉が立ち上がった。手にはスマホ。どうやら兄貴あたりに車を頼んでいたようだ。

 バーン!!

 ヒッ!

 必要以上の力でロッカーを閉める。樟葉も、それなりに頭にはきているようだ。

 ロッカーには、20年分のブンケンのアナログ資料がある。油壷マリンパーク、城ケ崎灯台、城ケ島、海軍カレー名店、ヴェルニー公園、三笠公園……そしてブンケンの発足時代の横須賀ドブ板通りの資料。

 もともとは、前世期の終わりに出た横須賀を舞台にしたRPGにハマった先輩たちが、今で言う聖地巡礼みたいにして始まったのがブンケン。

 だから、初期の資料はハンパじゃない。ゲームが流行っていたころはテレビ局が取材に来たこともあったらしい。このアナログな資料は、きちんと整理すれば、オタクの間ではかなり貴重なお宝もあるとか。それで、これだけは一括して樟葉が保管して、みんなの気力が戻ったら処分して、パーッと一騒ぎしようということになっている。

 だが、ここまで落ち込んじゃ、そんな気力が卒業までに湧くかどうか。


「じゃ、家のガレージに置いとくから、いつでも見に来いよ」

 樟葉の兄貴が、そう言って車を出した。


「……トシ最後まで来なかったな」

「トシなら三本向こうの電柱の陰」

 天音とそろって首を向けると、トシ(昭利)が白い息を盛大に吐きながら、自転車で駆け去った。トシはブンケンの部員だけど、ずっと引きこもりで学校そのものに来ていない。

「学校の傍まで来たんだから、トシくんにしちゃ進歩じゃないかな……ま、ここで解散しよう。わたし部室の鍵返してくるから、先に帰って。このさい連れションみたく列組むのはよそうね。はい、元気に一本締め……いくよ!」

 パン!

 締めだけはきまったけど、たった三人じゃ意気上がらないことおびただしい。ま、今さら意気挙げてどーするってこともある。

 天音は、サッサと駅に向かった。樟葉は――ここで解散――と背中で念を押してカギを返しにいく。オレは木枯らしの空を一瞥してからチンタラ歩きだす。足早に校内に戻った樟葉の気配は消えて、天音の姿はすでに視界の中には無い。

 せめて胸張って歩きたかったけど、朝の暖かさに油断してマフラーを忘れた。
 背中が丸いのは、気の早い木枯らしのせいで、落ち込んでるわけじゃない。
 そう思ってみても、背中を丸めていると、ひどく湿気って落ち込んだ気分になってくる。


 やがて、美奈穂が三匹の猫を見たというドブ板の横丁まで来た。


 すると、黒い猫が道を横切り、続いて白い猫、そして茶色の猫……でもって、次に三毛猫が横断している。

 ニャー

 猫語で挨拶してみる。

『元気出してニャ』

「お、おう」

 え、喋…………った? 猫が?

 ミャー

 今度は猫語で返して、尻尾を一回だけ振って行ってしまった。

 猫が喋るわけねえし……錯覚、錯覚。

 そう思いなおして前を向こうとしたら、路地に入ったばかりの猫たちが戻ってきて、両足で直立したかと思うと、ビシッと敬礼を決め、思わず答礼すると、ニヤッと笑って行ってしまった。

 え?

 ひょっとしたら、このとき、もう、それは始まっていたのかも知れない……。


☆ 主な登場人物

 修一      横須賀国際高校二年
 樟葉      横須賀国際高校二年
 天音      横須賀国際高校二年

 

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クレルモンの風・15『レイア姫と人間オセロ』

2021-08-18 06:53:59 | 真夏ダイアリー

・15

『レイア姫と人間オセロ』         




 運命の日が、レイア姫と共にやってきた(^_^;)!

 これだけじゃ、なんのことか分からない。

 同じ寮の留学生、アラブの富豪の息子ハッサンに求婚され(中略) わたしは、ハッサンとの結婚をかけ、人間をオセロのコマに見立てて勝負することになった。

 え、あたしが、誰かとハッサンの取り合い? 

 ちがう、ちがう! ちがうう(꒪ꇴ꒪|||)⚡!!

 あたしが、ハッサンのプロポーズを断るための、ハッサンとの決闘なの、決闘!

 ハッサンは、親の命令で国に帰ることになった。で、捨て身で、あたしにプロポーズしたわけ。

 でも、あたしはゴメンなの!

 考えてもみてよ。

 ハッサンには、すでに国に国王が認めた許嫁がいて、あたしは第二夫人。でもって、ハッサンの嫁さんは、これからも増える。だいたいハッサンクラスの王族で十人くらいはお嫁さんがいるわけ。ハッサンはいい人だけど(他がひどいということもあるんだけど)そーいう対象じゃないの。

 ハッサンは、苦しみながらも、あたしのキャンセルを受け入れてくれた。

 こないだ、モンジュゼ公園での誘拐事件に巻き込まれたときも、まっさきに、ハッサンは病院に駆けつけてくれた。

 だから、ハッサンの歓送会は盛大にやってやりたい。で、お気軽に『人間オセロ』なんて考え出したんだけど、これが大誤算。

 ハッサンの国では、大々的な賭け事(オセロが賭け事?)は決闘と同じで、大事なものを賭けなければならない。

 ハッサンは、自分の別荘を。あたしは負けたら、ハッサンのお嫁さん(何度も言うけど、第二夫人)にならなきゃならない。

 で、アグネスが秘密兵器をくれた。

 それが、レイア姫のパンツ。ここ一番の勝負の時は、これが一番なんだって。むろん新品よ。
 アグネスのお姉さんのアリスの伝授らしい。
 普段の運気向上の時は、アミダラ女王。ここ一番のときはレイア姫なんだ!

 その新品のおパンツの感触を肌に感じながら、あたしは勝負に臨んだ。

 会場は大学の玄関ホ-ル。床が白黒のチェックになっていて、チェスをやるのにもってこい。
 で、チェスの派生系であるオセロもできる。ルールがチェスより簡単で、学生みんなが楽しめる。
 我ながら、ナイスアイデア……掛け物が無ければね。
 コマは、ミシュランから借りたイベント用の白黒の大きな帽子を被った64人の学生たち。

 オセロは、勝負が早いので、五本勝負。

 最初の二回は、あたしの勝ち。なんたって、日本のゲームだし、子どもの頃からやり慣れている。

 しかし、さすがにアラブの秀才。その二回で、あたしのウチ癖を覚えられてしまい、三回、四回は、ハッサンに取られてしまった。

 そして、運命の五回目!

 一手一手打つ間が長くなった。

 予想はしていたが、ハッサンの学習能力は、すごく高い。感じとしては十手ぐらい先まで読まれている気がする。

「……悪いユウコ、ゆうべオセロのゲームソフト、ダウンロ-ドして練習させちまった」

 シュルツが、こっそりポーカーフェイスで呟く。

 ハッサンの一生懸命さが、あたしへの想いだと思うと、打つのも切ない。

 そして、それは起こった。

 あたしが角をとって、形勢逆転。コマが同数になった!

 あたしは、この一手を打つのに十分もかかった。コマの学生達は、くたびれないように椅子を用意し、中には軽食を用意している者もいる。

 結構広いホールなんだけど、100人近い学生の熱気が籠ってムシムシしてきた。

「風通し悪い……」

「玄関開けよう……」

 誰かが玄関を開けるのとイタリアのアルベルトがハンバーガーを広げるのがいっしょだった。

 ワンワンワン!

 ウワアア! キャアアア! 

 一匹のドーベルマンが飛び込んできて、アルベルトのハンバーガーをふんだくろうとした。アルベルトは逃げる、ドーベルマンは追いかける。会場はハチの巣をつついたような有り様になった。

「ごめん、ごめん、これドゴール、こんなとこで暴れちゃだめでしょ!」

「ちょ、ドゴール!」

「あ、朝ごはんやるの忘れてた!」

 事務のベレニスのオバチャンが掴まえて、やっと騒ぎが収まった。

 ドゴールはドーベルマンにしては大人しいやつなんだけど、ベレニスが朝ごはんあげるの忘れて、腹ペコだったんだ。

「みんなごめんね、今日の勝負にウキウキしちゃって、ドゴールのこと忘れちゃって。さ、ドゴールはこっち!」

 ワンワン

 飼い主のベレニスに引かれ、戦利品のハンバーガーをくわえて行ってしまった。

「勝負は、ここまでだな!」

 副学長のカミーユ先生が宣言した。

「二人とも、うちの大学の名に恥じない名勝負をやってくれた。ドゴールの闖入で、コマもバラバラ、集中力も切れただろう。潮時だな」
「でも、先生……」
 アルベルトが、なにか言いかけた。
「すまん、もうすぐ清掃業者も入ってくるんでな。これにて散会」

 カミーユ先生が、拍手をすると、みんながそれに習い、ギャラリーを含め全員のクラップハンドオベーションになった。

 これは、カミーユ先生を始めとする、大人の仕業だと、みんなは思った。

 でも、わたしとアグネスは密かにレイア姫に感謝。

 で、結論。

 ハッサンは、求婚を取り下げた。

 でも、あたしも、なにもしないわけにはいかない。シュルツとエロイが仲介案を出した。

「ユウコが、一か月ハッサンの別荘でバカンスを楽しむ。その間、良き友だちとして、ハッサンとの友情を深めてくれたまえ」

 この外交折衝で話が決まった。一か月も休めば大学が心配だったが、ハッサンが言った。

「インシャラー(神の御心のままに)!」

 で、アグネスがつづいた。

「うち、ユウコの付属品やから、いっしょについていくわ!」

 二人とも、あたしってか、日本人の弱さをよく知っている……。

 かくして、あたしは、しばしクレルモンの風からは離れることになった……。

 『クレルモンの風・第一部』 完 

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