宇宙戦艦三笠
―― 国境の長いトンネルを過ぎると、雪国だった。宇宙の底が白くなった ――
変なフレーズを口づさんで苦笑してしまった。
「なんだ?」
艦長席の修一が目だけ向けて聞いてきた。
「ううん、こんな穏やかな宙域に出て、思わず出た感想。でも川端康成の借り物なんで、笑っちゃった」
「雪国か……おれ読んだことないよ」
「わたしは……」「ボクは……」「わっきゃ……」
星団を抜けてホッとしたのか、わたしの独り言に応えてくれるんだけど、ほとんど同じ。
元ボイジャーのクレアは、タイトルだけは知っていた。ボイジャーとして打ち上げられたときに、世界文学の中で、ただ一つ入っていた日本小説が、この『雪国』だったんだって。
「素敵な書き出しですね。雪国の前に『そこは』なんて、余計な言葉を入れてないところがいいですね」
「うん、模試で出た問題が、その『そこは』の有り無しの二択だった。たいていの人は『そこは』って無駄な言葉を付けて覚えてる。文章にぜい肉が付いちゃうし、直ぐ後に『夜の底』で同じ音が出てくるからありえない」
「すごいなあ、文学への愛を感じるぞ」
天音が素直に感心した。
「修一よりはね。あたしんちブルジョアじゃないから、奨学金で進学すんだ。ある程度の成績でなきゃ奨学金取れないからね」
「オレんちも似たり寄ったりだけど、勉強はしてねえ」
「修一は、それでいい。あんまり先のことを心配してると、人生小さくまとまってしまうからな……」
「なんだか、妙に優しいんだな、樟葉」
「この宙域のせいかな……ピーススペースって、まんまだけど、ほんとに穏やかなとこだな、レイマ」
「ピレウスが付げだのよ。暗黒星団の者はめったに星団の外には出でいがね。出だっきゃ秘密の暗黒星雲でなぐなってまるはんでね。こぃがらの宙域は、みんなピレウス付げだ名前だよ……まだ、グリンヘルドもシュトルハーヘンも大人すくてあったごろのね」
しばらく穏やかな沈黙が続いた。
そう……暗黒星団を抜けると、ピースペ-スだったのさ。
ウレシコワが自分で作ったサモワールで、お茶を配っているときに思わず呟いてしまった。
その時、コスモレーダーに微かな反応。
「前方0・5パーセクに三隻のクルーザー……エネルギー反応微弱。遭難船の可能性大」
「ぼくも、捉えた。グリンヘルドの哨戒艦の様子」
トシが、穏やかにつづけた。ナンノ・ヨーダの訓練の賜物か、みんな、普段の任務もテキパキこなせて、艦内生活も穏やかになってきた。
「レーダーを映像に切り替え、拡大」
「ラジャー」
修一の指示で1000倍の映像にする。
おお……
グリンヘルドの三隻は立体としては全く無駄のない球体をしていた。
なんだか作りかけの雪だるまが放置されているようにも見えた。
解析すると、意外にも新鋭艦。二隻はロボット艦で、残り一隻に生命反応がある。
―― 危害は加えない。遭難しているのなら救助に向かう。乗船してよろしいか ――
そう通信を送ると「救助を要請する」と穏やかな女性の声で返ってきた。
グリンヘルドのクルーザーには、修一とわたしだけで乗り込む。ロボット艦への警戒も緩められないからだ。
全き球体のどこに入り口があるのか戸惑ったけど、近づくと一点が仄かに光り、近づくと、円形に口が開いた。
二重の隔壁を通ると、ホログラムの艦内案内図が点滅してブリッジへのルートを示してくれる。
そして……。
金魚鉢のようなブリッジに入るとシートをほとんど水平にして、女性のクルーは眠っているように見えた……。
☆ 主な登場人物
修一(東郷修一) 横須賀国際高校二年 艦長
樟葉(秋野樟葉) 横須賀国際高校二年 航海長
天音(山本天音) 横須賀国際高校二年 砲術長
トシ(秋山昭利) 横須賀国際高校一年 機関長
ミカさん(神さま) 戦艦三笠の船霊
メイドさんたち シロメ クロメ チャメ ミケメ
テキサスジェーン 戦艦テキサスの船霊
クレア ボイジャーが擬人化したもの
ウレシコワ 遼寧=ワリヤーグの船霊
こうちゃん ろんりねすの星霊
レイマ姫 暗黒星団の王女 主計長