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【初冬の惜別】先達にして戦争の語り部「お髭の斎藤さん」を送る

2020-11-29 15:44:07 | ひとを弔う

 慶弔というが、この歳になると慶事にはめったにお目にかからない。慶事は孫の世代の出来事であり、自分の孫でもない限りその場に招かれることはない。

        
         初冬の落陽は早い 斎場への道は黄昏れつつあった

 それに反して、弔事は頻繁になってきた。年長の世代、同年輩、そしてやや年下の人の場合もある。ただし近年は、高齢で亡くなられた場合の通夜や葬儀はお身内でひっそり行われる場合が多いので、それに出る機会もあまりない。
 それでもその方が、特殊な分野で独自の活動をされていて、それらの分野で親しかった人々とのお別れの機会が設けられることもある。

             
 今回、亡くなられた齋藤孝さんはそんなひとで、多方面にわたって活躍された方である。現職時代は地方公務員(名古屋市職員)で、この市が革新市長をいただき、さまざまな福祉分野でその実をもたらした折、それを支えたメンバーのひとりでもあった。

 その傍ら、「時計台」という市職員の文芸サークルで活躍され、その文芸への関わりは生涯にわたるものとなった。
 私との関わりもその延長上で、既に亡くなられた斎藤さんの同僚・伊藤幹彦さんの呼びかけで同人誌「遊民」が発刊される折、私もその末席を汚す同人にお誘いいただいたのだが、斎藤さんもまたその中心メンバーであった。ちなみに「遊民」=「Homo-Ludens」という命名は斎藤さんの提唱によるものだった。
 その折がはじめてではなく、それ以前も月イチの会(もくの会)でお目にかかってはいたが、親しく言葉を交わすよになったのはその同人誌時代であった。月一回の編集会議では、編集に関わる話のみならず、斎藤さんの自由闊達な数々のお話を伺うことができた。

             
 ほかに、俳句のサークルを主宰され、宗匠なき句会と言われていたが、Sさんはその宗匠的な立場でいらっしゃったと聞いている。
 その他さまざまな分野で精力的に活動されたが、欠かせないのが、「戦争と平和の資料館・ピースあいち」での語り部としてのご活躍だ。その実体験と、戦時歌謡曲などサブカルへの見識を取り混ぜた斎藤さんの語りは、小学生から大人までを包摂する説得力のあるものだった。
 とくに子どもたちからは、「お髭の斎藤さん」として親しまれていたという。斎藤さんの話を聞いて、戦争や平和への関心をもった子どもたちや既に成人した人たちはかなりの数に至る。斎藤さんの遺志は、そうした若い芽の中に、厳然として生き続けている。

          
               同人誌仲間の岐阜への遠足から
 
 私はよく、ハンナ・アーレントの、「人は必ず死ぬ。ただし、死ぬために生まれてきたのではない」という言葉を引用するが、これは、人は既存の一定の世界へと生み出されるが、それを契機にその世界と有機的に関わり合い、その世界へ何がしかの痕跡を残して去ってゆきたいものだという願望をも含む。まさに、斎藤さんはその足跡をもって「生まれてきた」証を残して去って行かれたと思う。

 お別れの会に出席した私どもが頂いた品に添えられた冊子は、「戦争と平和を詠む」と題したもので、生前の斎藤さんの詠まれた句と短歌、そしてそれに添えられたエッセイ風の解説を掲載したものであった。

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 それらから、若干を引用して斎藤さんへのレクイエムとしたい。

  爆弾が落ちてこぬ空運動会
  赤蜻蛉飛ぶその先にオスプレイ
  秋光や無念を語る無言館
  敗戦日一人ひとりが背負うもの
  戦場や兵士徹宵冬銀河
  消えていく虹老兵も消えていく
  夏草や朽ちし墓石に「上等兵」
  遠花火はるかなる日の砲の音
  苦瓜や戦場の地にいまたわわ
  仰向けの墜死や蝉の敗戦日

  縄文の遺跡の丘に残るもの高射砲置く土台の金具
  またしても工事現場の不発弾立入禁止の街は静寂
  戦争の吾の話を聞きし子らハイタッチしてさよならをする
  広島をヒロシマと書くその日から平和を願う灯がある
  敬礼の肘が下がっているだけで往復びんた受けた遠い日

 なお、この冊子は以下のような言葉をその結びとしている。
 「20世紀は戦争の100年だった。21世紀こそは平和な歳月にしたいと誰しもが思ったであろうが、未だ戦火が絶えない。国同士の戦いはないにしても、内戦があり、自爆事件が絶えない。私の歌は私の命が続く限り、この地球から戦争が亡くならない限り、歌い続けることになるだろう

 斎藤さん亡き後、この歌い続ける行為は、遺された私たちに託されている。

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