六文錢の部屋へようこそ!

心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

納豆の日・7月10日 新聞拾い読み 「朝日新聞」朝刊から

2015-07-11 01:22:59 | 日記
 7月10日は語呂合わせで「納豆の日」だそうだ。ならば8月10日は「ヤット-」で「剣道の日」かと思って調べたがそうではないみたい。
 それはともかく、朝刊の拾い読みから・・・。

「お前の個人票は2%しかない」といわれたけれど

 さる4月の統一地方選挙。愛知県の武豊町現職町議で、創価学会員で公明党の町会議員、集団的自衛権はやはり仏の教えとは異なるという信念のもと、公明党を離党し、「集団的自衛権 断固反対!」のスローガンを掲げ、無所属で立候補。
 学会や公明党から、「お前の個人票は今までの得票数の2%に過ぎない」と鼻であしらわれたという。
 蓋を開けてみると、見事当選。得票数も前回の9割以上とほぼ変わりなし。
 武豊町民は賢明な判断を示したと思う。

寂聴さんと二人の女性作家

        
 文化文芸欄は、瀬戸内寂聴さんの「残された日々」というエッセーの2回目。
 二人の女性作家とは江國香織さんと井上荒野さん。彼女たちの父は、江國滋氏と井上光晴氏。寂聴さんはこの父親たちの時代からの付き合いで、とくに井上光晴氏とは男女の仲で8年を過ごし、そのケリをつけるために出家したというのはよく知られた話。
 それを寂聴さんは、「やがて親密になりすぎた仲になった」とサラリと書いている。93歳にしてのこの表現はサラリとして生臭さはないが、しかし、一方、出家した以降も男っ気があったというから、やはりこの人ただ者ではない。

岐阜空襲の翌日というので

        
 岐阜版では、7月9日の岐阜空襲にちなんだ記事が。
 1945(昭和20)年のその日、私は疎開先の大垣の郊外からそれを見ていた。20キロほどしか離れていないので、東の空が真っ赤に染まり、何かが爆発したのだろうか、炎と一緒にものが吹き上げるような様子も手に取るように見ることができた。
 しかし、その下では大変な非惨劇が展開され、市街の中心部はほぼ全焼、死者は1,000人近くに達した。
 それから20日後、今度は大垣が焼かれた。郊外だから大丈夫と思っていたのが甘く、疎開先の掘立小屋は半焼の憂き目にあった。
 終戦後、どれほど経ったであろうか、母と岐阜の前に住んでいた家を見に行った。そこは奇跡的に、すぐ前まで燃えているにもかかわらず、焼け残っていた。疎開先で焼け出されるんてマヌケな話だが笑うことはできなかった。というのは、岐阜の死者の大半は、防空壕も火勢に押され、危うくなってそこから逃げ出す途中でやられているからだ。
 一面の焼け野原で、岐阜駅から、普段は絶対に見えない2~3キロ離れた長良川の堤防が見えた。

スポーツ欄 夫婦がベンチで敵味方に

        
 続いては高校野球ネタ。
 宮城県予選での石巻西と石巻商の試合では、石巻西の監督が夫で石巻商の部長はその夫人だったという。
 で、結果は夫人の石巻商が5x-4で勝利。試合後、二人は照れながら握手とか。
 セミ・プロ化した有名校では絶対に見られないほほえましい光景。

三船敏郎がハリウッドの映画殿堂に

        
 これまで、日本人で誰が入っているかというと、早川雪洲にマコ・岩松だという。しかし二人共アメリカ国籍をもったれっきとしたアメリカ人だから、日本人ではない。
 しかし、この二人の他に、正真正銘の日本製で殿堂入りしているのがいる。それはゴジラ。
 なお、それを伝える紙面のほかのページに、敏郎の娘さん、美佳さんの高橋ジョージ氏との離婚を巡る泥仕合を報じる女性週刊誌の広告が載っているのは皮肉な話という他はない。
 



 




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする