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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

珠玉の『ミレーぜ』 タリス・スコラーズ公演@岐阜

2015-06-23 11:52:41 | 音楽を聴く
関心のない方、文章を読むのは退屈でしょうから、最後に付したアドレスで音楽のみでも聴いてみてください。 

 
 私がこのイギリスのアカペラ合唱団の演奏を最初に聴いたのはもう二十数年前だろうか。ルネッサンス期の宗教曲を始めとする彼らの歌声は、放送という媒体を通じてであったが、いたく私を揺するものがあった。
 それが縁で、それらをエアーチェックして聴いたり、ひとにも「あれはいいよ」と勧めたりしてきた。ただし、何度となく来日している彼らの歌声をライブで聴く機会はなかった。

 それが岐阜で公演するという。この機会を逃してはとチケットを入手した。しかし、申し込んだ日が遅かったのか、二階正面のバルコニー席しかとれず、10人前後の歌を聴くにはやや遠いかなという感があった。
 しかし、これは杞憂で、彼らの歌声をじゅうぶん堪能することができた。
 そればかりか、ある意味でここが最良の席であったかもしれないと思うのだがそれはあとで記す。

          

 媒体を通じてしか聴いたことがない彼らの歌声は素晴らしかった。「混声」という言葉があり、普通、男女が共に歌う場合を「混声合唱」という。
 たしかに彼らも、男女の混合ではあるが、その意味のみではなく、まさに声を混ぜあわせてひとつの異次元の音を生み出すという意味で「混声」といっていいと思う。

 単声の総和や、各パートの集成の次元を超えた音がそこにはあるように思う。それらが荘厳に歌い上げるルネッサンス期の歌は、後世の「俗」を削ぎ落した響きがある。いささかもって回ったいい方をすれば、近代が世界を対象として前に立てる前の、世界が人間にとっての資源や素材に堕する前の、世界と人間とが一体であった時代の音がそこにはある。

          

 ルネッサンス時代の頂点といわれるジョスカン・デ・プレの短いモテットのあと、ローマ楽派の代表的な作曲家パレストリーナのミサ曲で前半は終了。
 第二部の冒頭は、この合唱団のお箱というべきグレゴリオ・アレグリの「ミゼーレ」だったが、これは私が最初に聴いていたく感動した曲であり、聴きどころだとして心待ちにしていたプログラムでもあった。サプライズはここで起こった。

          

 この曲は、5声合唱と4声合唱が交互に応答する二重唱で、この二つが空間的にも離れて歌うということは知っていた。しかしそれはあくまで舞台上で、おそらく左右に分かれて掛け合うのだろうぐらいに思っていた。
 しかし、第二部が始まるや二階バルコニー席で軽いどよめきがあって、なんと4声のほうが私のすぐ後ろに位置しているではないか。舞台正面には5声の歌い手たちが、そして正面上部のパイプオルガンの前にはソロを歌う歌い手が控え、縦系列に三つのパートが位置し、その延長線に私はいたことになる。
 ただし、一階席の人は5声を間近に聴き、4声は天から降るように聴いたであろうが、私は4声をすぐ背後で、そして5声を地から湧くように聴いた。近くで聴くソプラノやバスは、耳にというより、体全体にしみとおった。
 この瞬間、会場がひとつのカテドラルとなった。

          

 正面で響く音と、背後から迫る音との挟み撃ちの中で、私はそれらの音に酔っていた。 
 私の背後での歌が響くと、一階席の人たちが一斉に振り返るのだが、その位置関係からして、4声の発せられる場所を特定できたのは一階席の前方だけだと思う。ライブに行って、どこで誰が歌っているのかを目視できないのはさぞかしもどかしいと思うのだがどうだろう。
 まあ、天から降る声としてはそれでいいのだろうが。

          

 ところで、この「ミゼーレ」、私はほかのエピソードでも関心があった。この曲はもともと、バチカンのシスティーナ礼拝堂でのみ演奏される秘曲で、歌い手たちはそのパート譜を持ち帰ることも許されなかった。
 ところが、1770年、この地を訪れた若干14歳のモーツァルトが、一回(別の説では二回)聴いたのみでそれを暗記し、譜面を書き起こし、それがきっかけで秘曲のベールが剥がれたというのだ。父親のレオポルトの証言もあるから、事実に近いのであろう。

 あとはもう書くまい。一体化した「混声」がホール全体を駆け巡ったというに留めたい。いろいろ曲折があって、同行したのはあまりこの種の音楽に馴染みがない人だったが、「ミゼーレ」にはいたく感動したようであったことはいい添えておこう。


https://www.youtube.com/watch?v=xkfN98XoZow
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コメント (2)
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