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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

琉球処分のリアル・ポリティックスについて

2013-12-27 22:22:19 | 社会評論
 「お前ら、ゴチャゴチャ言ったところで所詮は基地のおかげで食ってるんだろう。だったら文句は言うなよ」「ゴチャゴチャ言うのは、ようするに、助成金や振興資金という名目の銭がほしくてそれをつり上げるためだろう。そんなの一種のたかりじゃないか」

 これはしばらく前、私がネットでやりあった人の発言の要旨です。
 ひどいなあと思いました。
 私なりの感想を述べてその人との会話はやめ、縁も切りました。

           

 しかし、これはほんとうに的はずれな言い分なのでしょうか。
 あるリアルな面を言い当てているのではないでしょうか。
 少なくとも、今回の辺野古移転を強要した安部首相の脳裏にはそうした主張が生きているようです。
 沖縄選出の自民党議員を並べて恫喝し、県外移転の公約を放棄させた石破幹事長の本音もそうであるような気がします。

 それに屈服した沖縄選出の自民党議員たちをそれと同列にするのは少し気の毒ですが、どうせ抵抗しても通らないなら振興資金を少しでも多く獲得し、それをもって自分の手柄にしようとする志向に転じたとはいえます。
 仲井真知事についても自民党議員たちと同様にも考えられますが、このひと、けっこう老獪そうですからいろいろ根回しをしてゴーサインを出せるタイミングを見計らっていたような気もします。

           

 知事は、安部総理との会談後こう述べています。
 「総理大臣自らご自身で、我々がお願いした事に対する回答の内容をご説明いただきまして、ありがとうございました。いろいろ驚くべき、立派な内容をご提示いただきました。沖縄県民を代表して、心から御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。」
 その後も、「ありがとうございました」が頻繁に繰り返されるのですが、それは振興資金の大幅増に対してのものと思われます。

 こうして、まだまだ県民の抵抗はあるものの、辺野古への移転は為政者の段階では決定したかのようなのですが、この経緯を見て、冒頭に述べた人はおそらく、「ほらみろ、言ったとおりだろう。やっぱり金じゃないか」とさぞかし溜飲を下げていることでしょう。
 しかし、リアル・ポリティックスの世界ではたしかにそうなるのだと認めてしまう前に、やはりこれらの「現実的解決」と称するものが決して見ようとしない前提のようなものを改めて見ておく必要があるのではないでしょうか。

           

 そのひとつは過ぐる戦争の中で、沖縄のみで激しい地上戦が行われ、多くの民間人が戦闘行為に巻き込まれて命を落としているという事実です。そのなかには、退却する際、住民を生かしておいたら米軍に情報が伝わるからと、日本軍自身が住民を処刑するという悲惨な話もありました。

 戦後、日本の独立は51年のサンフランシスコ条約締結とその翌年のその発効によって回復されましたが、沖縄は冷戦下においての最前線の基地の島として、それから20年間も米軍の支配下にとどまり続けたのでした。
 そして72年、沖縄は一応日本に返還されたのですが、巨大基地群は残ったままで、基地に関わる司法・立法・行政の権限については安保条約とともに締結された地位協定によって厳しく制限され、また、その運用にあたっての秘密事項の存在もつい最近明らかになったばかりです。

 こうした前史を知りながら、なおかつ、冒頭のような発言や、それを裏付けるような安倍内閣の辺野古押し付けを容認することができるとしたら、それは、沖縄の置かれた状況をまるで自然法則による必然性のように受容することにほかなりません。そして、そうした態度こそ沖縄の置かれた状況を半永久的にそのまま縛り付けるものなのです。

           

 確かに県外移転は現実的には困難な面があります。しかし、今回の過程をみた場合、それにチャレンジした痕跡は全く見当たらないのです。ただただ、はじめに辺野古ありで、それをどう根回しよく実現してみせるかの猿芝居が行われたのみだという印象です。

 戦中戦後、そして古くは琉球処分という歴史があったように、いまなおその処分は継続しています。それらを継続させながらの、「ようするに銭だろう」という冒頭の言葉、そしてそれをなぞったような安部首相と仲井真知事との会談とそれによる落とし所の決定、この茶番劇の中で踏みにじられているのは、沖縄を本土と変わらない普通の県とし、そこで平和に暮らしたいという県民の願いなのです。
 
 「日中韓もし戦わば」という見出しが週刊誌等のヨタ記事で踊るなか、集団自衛権の名のもと、万一そんな事態が勃発し、沖縄県と沖縄県人をその盾として再び利用するようなことがあってはならないのです。
 一方では沖縄の基地固めをしながら、一方ではわざわざ中韓を刺激するためにカルト的な好戦神社へ参拝する首相がいるかぎり、その危険性は皆無とはいえないのです。

 

コメント (4)
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