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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

ケータイが小説する時代?

2008-01-11 00:31:18 | よしなしごと
 
 
 昨年の小説の売れ行きのベストスリーがすべて携帯小説だそうで、その第一位の『恋空』は200万部を売ったとのことです。
 そこで、この作者、美嘉という人のブログへ行ってみました。ここで作品も読めるのですが、そのアクセス数を見て驚きました。なんと延べ2,600万の人たちがここを訪れているのです。

 その小説の方は、携帯の画面の性格上、短いセンテンスのチャット状のものです。
 例えば、そのプロローグはこんな具合です。

もしもあの日君に出会っていなければ
こんなに苦しくて
こんなに悲しくて
こんなに切なくて
こんなに涙が溢れるような想いはしなかったと思う。

けれど君に出会っていなければ
こんなに嬉しくて
こんなに優しくて
こんなに愛しくて
こんなに温かくて
こんなに幸せ気持ちを知ることもできなかったよ…。

涙こらえて私は今日も空を見上げる。

空を見上げる。

(実際には、行間はもっと空けて書かれています)

 

 こんなことを調べていたら、下のような文章に出会いました。もちろん、私の文章ではなく、「小説の面白さ」についてある小説家が書いたものです。
 この作家独特の諧謔に満ちた逆説的なもの言いもあるようですが、上に述べた状況と少しばかりひねったところでどこか呼応しているようには思いませんか。
 
 なお、謎解きの面白さで、作家の名前は予めお読みにならないで最後にされることをお勧め致します。

 

小説の面白さ 

 小説と云うものは、本来、女子供の読むもので、いわゆる利口な大人が目の色を変えて読み、しかもその読後感を卓を叩いて論じ合うと云うような性質のものではないのであります。小説を読んで、襟(えり)を正しただの、頭を下げただのと云っている人は、それが冗談ならばまた面白い話柄でもありましょうが、事実そのような振舞いを致したならば、それは狂人の仕草と申さなければなりますまい。たとえば家庭に於いても女房が小説を読み、亭主が仕事に出掛ける前に鏡に向ってネクタイを結びながら、この頃どんな小説が面白いんだいと聞き、女房答えて、ヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」が面白かったわ。亭主、チョッキのボタンをはめながら、どんな筋だいと、馬鹿にしきったような口調で訊(たず)ねる。女房、俄(にわ)かに上気し、その筋書を縷々(るる)と述べ、自らの説明に感激しむせび泣く。亭主、上衣を着て、ふむ、それは面白そうだ。そうして、その働きのある亭主は仕事に出掛け、夜は或るサロンに出席し、曰(いわ)く、この頃の小説ではやはり、ヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」に限るようですな。
 
 小説と云うものは、そのように情無いもので、実は、婦女子をだませばそれで大成功。その婦女子をだます手も、色々ありまして、或(ある)いは謹厳を装い、或いは美貌をほのめかし、あるいは名門の出だと偽り、或いはろくでもない学識を総ざらいにひけらかし、或いは我が家の不幸を恥も外聞も無く発表し、以て婦人のシンパシーを買わんとする意図明々白々なるにかかわらず、評論家と云う馬鹿者がありまして、それを捧げ奉り、また自分の飯の種にしているようですから、呆れるじゃありませんか。
 
 最後に云って置きますが、むかし、滝沢馬琴と云う人がありまして、この人の書いたものは余り面白く無かったけれど、でも、その人のライフ・ワークらしい里見八犬伝の序文に、婦女子のねむけ醒(ざま)しともなれば幸なりと書いてありました。そうして、その婦女子のねむけ醒しのために、あの人は目を潰(つぶ)してしまいまして、それでも、口述筆記で続けたってんですから、馬鹿なもんじゃありませんか。
 
 余談のようになりますが、私はいつだか藤村と云う人の夜明け前と云う作品を、眠られない夜に朝までかかって全部読み尽し、そうしたら眠くなってきましたので、その部厚の本を枕元に投げ出し、うとうと眠りましたら、夢を見ました。それが、ちっとも、何にも、ぜんぜん、その作品と関係の無い夢でした。あとで聞いたら、その人が、その作品の完成のために十年間かかったと云うことでした。


 

 以上がその引用です。
 いかが思われますか?

 さて、私はというと、昨年末、『ロリータ』と『透明な対象』というナボコフのものを二冊読みました。
 今は、『新潮』二月号の巻頭を飾った黒川 創氏の「かもめの日」(330枚)を読んでいます。氏とは、昨年、縁あって同じ会に列席させていただき、ひと言二言、言葉を交わしたご縁があります。読了したらまた、感想など載せましょう。

 さて、上に引用した作家の名を明かしましょう。以下です。
   出典:ちくま文庫「太宰治全集10」より



コメント
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