ラーメンツーリング

神奈川のラーメン屋をバイクで走りまわり、色々なお店のラーメンを紹介します。
時には温泉やバイクや旅のグルメ話なども。

女番長「SI坊」

2000-03-25 | あの人この人あの時の人
「SI坊」は高知で言えば八金、それはそれは豪快無比。
その行動性生活力も凄いけど、それよりも凄いのは義理と人情の侠客気質、
女にしておくのがもったいない正に現代版幡随院長兵衛の女版の町奴。

その一方では女性らしい優しさと男性に尽くす心を併せ持つ凄い人、
その慈愛に包まれ夫達は次々と自立して行く。
彼女と居るとドンドン尻を叩かれ働かさせられる。
小気味良いテンポで叩かれるとホイホイ働いてしまうが、其れが又気持いい。
只今、現役主婦なれど四番目の亭主になるチャンスの気配あり(?)、
揺籃希望者は履歴書送付の準備を!

(SI坊:寸又峡にて)

1999 5・1-4 金沢・高山( ARA第六回)

2000-03-24 | ツーリング グルメ
去年のGW(1999 5・1-4)は6回目の金沢だったがいつ来てもいい街だ。
不思議なことに、毎回風景が違う。
金沢は毎回来る度にメンバーが違うから微妙にコースも違うし都度風景も違うので毎回違う街に見えるのかも。

金沢を初めて知ったのは芥川龍之介の『金沢にて』だと思うが、その印象と重なったことは一度も無い。
龍之介ですら著せなかった程、金沢は多面的な顔を持った街の様だ。

今回は直線の女王が「女王を取り巻く7人の僕達」を伴ってその権力を姐に見せつけようという魂胆の企画。
女王としては何時も姐のその親分パワーを見せ付けられていたらしく、今日こそは我が力を姐に誇示しようというわけだ。

東京から来た女王以下僕達とその噂の姐と金沢で合流したのだが、女王の姐がまた凄いパワーの女性で
、今夜金沢に泊まって、明日は下道で青森まで走ると言う。
金沢の街はそんな人間模様のシナリオでも受け入れる多面的で寛大な街である気がする。

今年のARAのGWは東北の予定、従って7回目の金沢は又別の人と新しい風情を発見することだろう。

CHANCE LOSS 「京都グランビアホテル」

2000-03-22 | 旅と宿坊と温泉お話
丁度一年前のこと。

幼友達のアコが京都へ遊びに行くから逢いたいと言う。
「友達のマキコと一緒だけれど、京都では全く別行動だから問題ない」という。
何ぬ! 若しかして今度こそチャンス到来、人間諦めてはいけないものだ。
前回のチャンス、いい線まで行ったのだけど「亭主、いるもん」の一言でガチョン! 「はい其れまでよ♪」。
今回は向こうからのお誘い、ホテルは京都グランビア、条件は悪くない。
早速泊まりの予約を入れて、期待に胸膨らませていざ出陣!

グランビアはいいホテルだが、バーは案外早い時間で閉まってしまう。
積もる話に花を咲かせて、どんどん飲んでいる内に閉店時間。
こんな絶好の機会は二度とないのに何でこんなに早く閉まるのだ!
1999・3・20-22

雪国の宿「湯沢温泉」

2000-03-19 | 旅と宿坊と温泉お話
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。」

康成じゃないけれど三国峠を越えると雪が俄然と多くなり、しかも結構踏まれていて
広い道とは言え下りカーブはかなりドリフトする。
久しぶりにお京のドリフト走行を楽しませてもらった。

宿は湯沢では結構大きなホテル、ところが湯の国湯沢なのユニットバスは温泉では無いらしい。
そもそもメインはスキー、どうせ湯沢にスキーに行くなら康成の「高半旅館」にということだった。

康成は相当の性豪、どうやら島村は康成自身だったらしい。
そこで、執筆中毎晩の様に女を呼んだという「高半旅館」の部屋を見に行こうという話になったのだけど
「高半旅館」には露天風呂が無いと聞いて断念した。
湯沢で露天ないんじゃつまらないと思ったけれど、
結果的に温泉でないユニットバスに入る事になる位なら駒子と同じの宿の方がよかったか。

保土ヶ谷のラーメン「天華」

2000-03-15 | 東海道を上るラーメン
保土ヶ谷のお気に入り3店の一つの紹介です

この店は保土ヶ谷の昔のオバサマ方に”美味しい”と定評がある店。
どうという事は無い普通の中華食堂で、どうという事の無い普通のラーメンであるが希代と美味い。
拘りの無いシンプルで造作も無いラーメンだから構えて食べるラーメンじゃないし、
食べに走るラーメンじゃないが、定食代わり夜食代わりのラーメンというのもいいものです。

心に残る店 城崎「はしもと」のラーメン

2000-03-13 | 越境するラーメン
二年前の今頃、営業所の連中を集めて所内の和平調停を兼ねて城崎に遊びに行った。

「何気なく見た小川の石の上にイモリがいた。
驚かそうと投げた石がそのいもりに当って死んでしまう。
哀れみを感じると同時に生き物の淋しさを感じている「自分」
・・・そして命拾いした「自分」を省みる」で有名なあの城崎だ。

城崎は平和な街だ。
結局酒と温泉と静かな街に一泊しただけで争いは止まった。
営業と運営の対立は攻撃と守備の対決、どの道永久に解決しない宿命の争い、
アクセルとブレーキの関係だからバランスをとって上手く乗るしかない。

飲んだ後、ラーメン屋に行った。
不味い!! 本日唯一の合致した意見、これがきっかけで双方が仲直り。
共通の見解が和平には欠かせない材料となった思い出の一杯だ。
兵庫のラーメンは不味いが、其れにしてもここのラーメンは”元祖不味いラーメン”という感じ。
然し、”共通の敵は見方”というが、此処のラーメンは当に価値ある一杯だった。
(1998 3・13-14)

魔法使いの「エセキリスト」

2000-03-05 | あの人この人あの時の人
ブラックマジシャンです。

本人は手品師だと云うと怒ります。
本人は救世主の末裔でテンプル騎士団に追われて隠れている魔法使いだと言っていますが、当然信用できません。

本職は化学系の技術屋ですが彼のマジックは中々のモノで、目の前で酒を作ったり、
瓶を空気で割ったり、缶コーヒーを手のひらで開けたり、驚きの連続です。

極めつけは亡霊の呼び出し、此ればかりは確かにタネは無かったから本当に魔法使いなのかも知れません。
(エセキリスト:磐木にて)

ラーメンの私的定義 「東京ラーメン」

2000-03-04 | マイ ラーメン あれこれ
東京ラーメンとは胡椒を掛けて食べると美味いラーメンの事。

胡椒を掛けると上手いラーメンなら何でも東京ラーメンと言う訳では無いが、
胡椒を掛けて食べると美味いラーメンには醤油味スープに細めの縮れ麺、トッピングは
チャーシュー、ナルト、ネギ、メンマが入ったあっさり味(鶏がら、カツオ節、昆布)ラーメンと決まっている。
そういう醤油ラーメンをを東京ラーメンという。

明治の末期に「来々軒」が日本人向けに作った支那蕎麦(シナソバ)が、今日でも
「東京ラーメン」として昔から伝統が守られているのだそうだ。

My sweet [三段のお京」

2000-03-01 | あの人この人あの時の人
三段のお京は車とスキーの我が恩師、元々は山友達だけど途中からMy sweetに転籍。
けんっちゃんにとっては筆卸弁天にあたる人。

スリムに見えるけどスタミナは抜群、山では30kg背負って雪山登ってもへこたれた事は一度も無い。
持久力なら無敵、車なら24時間寝ないで運転し続けても平気、ベッドでのパワーに至ってはまるでエイリアン、
8耐・ルマンどころか、下手したら100耐でも・・とても人類とは思えない。
特に凄いのは必殺三段俵締、その壮絶パワーたるやパラコンダ。
テクニカル面でもトルネード級のディープスロートなんかは号泣もの。
登頂後がコレまた凄く、第二、第三と連続して押し寄せる環太平洋級の大津波。
しかもその間、本人的には全く無酸素、ヒマラヤを無酸素登頂したメスナーもびっくり。

技術の相互交換で、彼女に習ったスキーや車は師匠の彼女より上手くなれたけれど、
彼女に教えた岩登りはまだしも、ベッドは完全に弟子には歯が立たない。
師匠相手では軽い脚馴らし、練習にもならないとばかりに外戦を歴戦、
そしてその技は遂に神々の技の領域、最早身技ともに人類の範囲を超えてた人。
(お京:三俣高原にて)