から揚げが好きだ。

映画とサウナ。

映画 聲の形 【感想】

2016-09-24 09:00:00 | 映画


人と繋がることは難しくて尊い。音として発せられる「声」は万能ではない分、人はどれだけ聞こえない「声」に向き合えることができるのか。そのテーマをいじめという切り口から描いた原作のアニメ化だ。いやはや、これ以上の映画化は考えられないと思えるほど、素晴らしい作品に仕上がっている。第7巻からなる原作のあらゆる要素を削ぎ落し、主人公の成長ドラマとして描いた脚色が大正解だ。想像を上回る完成度に何度も鳥肌が立ち涙腺が緩んだ。2016年アニメ映画のベストになりそう。監督が弱冠31歳の女性監督という事実に驚愕。。。凄い。

小学生時代、聴覚障害者女子へのいじめに関わった子どもたちが、高校生となり再会し、過去と対峙し未来へ進んでいく様を描いた青春ドラマ。

原作は既読。7巻に及ぶ物語を2時間の映像作品に短縮するのは至難の業だ。原作は過去(回想)と現在に大きく分かれる。映画では、現在に比重を置き、「いじめ」をきっかけに起こった様々な過去のシークエンスは、ダイジェスト程度のボリュームにまとめられている。しかし、これが素晴らしい出来栄え。主人公の退屈だった日々に、ある日現れた「玩具」。無垢なだけにその玩具を傷つけ失い、気付けば孤立し、今度は周りから自分自身が傷つけられる状況に陥る。その不幸は親など周りの人間も巻き込む。「ザ・フー」のパンクな音楽に乗せ(秀逸)、純粋で残酷だった子ども時代をハイスピードなカットで鮮烈に描き出す。この冒頭部分だけで傑作の予感がする。そしてその予感は的中した。

主人公の将也はその小学生時代以降、心を閉ざし、友人関係を断つ。それも無意識のうちだ。彼はその状況を悲観するでもなく、自然な状況として受け入れている。但し、その理由は不自然だ。聴覚障害者の同級生をいじめた自分への当然の「罰」としている。「自分は楽しく生きてはダメだ」「幸せになってはダメだ」と思いこみ、自身の世界に絶望を抱え込む。心底にあったのはいじめた「硝子」への贖罪だったろうか。そして高校生に成長した将也は、硝子と偶然再会することになる。

原作の魅力の1つは複数の主要キャラそれぞれに血の通ったドラマがあり、それぞれに複雑なテーマが見えてくる点にある。その始発点が「いじめ」という普遍的な出来事だ。いじめた子、いじめられた子、いじめを手伝った子、いじめられっ子をかばう子、いじめを傍観した子、。。。学校という閉鎖的な空間で起きるいじめの問題は誰もがいずれかの当事者になる。その大半は子どもゆえの未熟さが原因となっていて、悪意という自覚を持たないまま進行する。成長とともに他人への思いやりが育まれ、その無意味さを知ることになる。本作のキャラクターたちも高校生へと成長し、過去のいじめを「悪かった」ことと自覚しているが、その出来事を受け止める重量は異なる。

硝子と再会した将也は友達になろうとする。それをきっかけに小学校時代の同級生たちと再会、あるいは向き合うようになる。同時期に出会った新たな友人を含め、交流を深めていく。暗い過去に捕らわれることなく、明るく穏やかな「今」をシンプルに楽しもうとする。しかし、思春期真っ只中の多感な彼らだ。友情、恋愛、嫉妬、嫌悪、遺恨といった様々な感情が噴出し衝突する。そして過去のいじめ体験を持ち出すことになる。正直な想いが人を傷つけ、想いを伝えられない言葉が人を傷つける。思うように繋がらないコミュニケーションがもどかしく、切なく、胸を締め付ける。本作は各キャラクターの溢れる感情の吐露を綺麗に片付けようとしない。否定も肯定もしない視点が本作をリアルな青春劇に昇華させる。まるで実写のような質感だ。

繊細で、ときに激しいキャラクターたちの感情の機微を丁寧にすくい取った演出が見事だ。空間の余白にキャラクターの感情の行き場を作ったフレーミング。手話というコミュニケーションに乗せた繊細な所作表現。キャラクターの心象風景、鼓動に同化した驚くような映像表現と音楽。その世界で生きるキャラクターに命を吹き込んだ声優陣の豊かな感情表現。原作漫画のアニメ化は視覚的聴覚的効果によって、より深くに感動を浸透させることができる。本作でアニメの進化系を目撃した感じだ。

知っている原作の映画化だからというだけで観たが、とんでもなく良くできた映画だった。監督を調べたら山田尚子という女性監督で年齢がまだ31歳とのこと。「けいおん」や「たまご~」を含め、長編3作目というがその演出力を見る限り、実写映画を撮っても一流の作品ができてしまう気がする。日本のアニメ映画の将来はまだまだ明るい。

将也と硝子の2人は互いを思いやるあまりにすれ違う。美しい花火をバックに絶望を繋ぎ止めるシーンに全身が震え涙腺が決壊する。大きな苦難を経て、過去の過ちを初めて語る硝子への将也の告白にすべての想いが集約する。将也が自ら突き放した友人との繋がりも実はとても頑丈だった。信じることができる世界があったのだ。その失われた世界が取り戻される瞬間を、鮮やかに切り取ったラストの大団円が素晴らしい。大きな高揚感と勇気をもらう。

【85点】
コメント
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