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板倉光馬~とある少尉候補生のブラックアウト 

2012-09-10 | 海軍人物伝








皆さま、その人生でブラックアウトを経験したことがございますか?
エリス中尉は、三度、あります。

うちは両親ともお酒を嗜みません。
嗜まないどころかどうやら体質に合わない、ということがある時期からどうやら分かってきて、
最近では乾杯にしか口をつけないでいるエリス中尉です。
しかし、ここに至るには平坦でない道のりがあったのです。(←大げさ)

まだそこまでとは思っていなかった学生時代、友人と食事に行ったときのことです。
ワインがサービスに付いてきたのですが、それをいい気持ちでグラス一杯飲んで、
レストランを出てエレベーターに乗ってから記憶が無くなりました。

このブラックアウト、必ずその前兆がありまして、視野狭窄がまず訪れるのですが、
その際冗談抜きで「ちーん」って聴こえる(気がする)のです。
なったことある方、そうですよね?

気がついたのは約3分後。
目を覚ましたら、目の前に大きな観葉植物の鉢があったのでびびりました。
それ以上にびびったであろうのは、一緒にいた彼氏でもなんでもない友人でしたが、
いくらただの友人でも、倒れた人間を植木鉢の横に寝かせるのは、少し薄情すぎないか、
と後から思わないでもなかったわ。
これがきっかけでどうにかなるかもしれなかったのに・・・。

というのは単なる冗談ですが、お酒といっても、ワイン以外では赤くなるだけですし、
三回全てがワインによるものなので、アルコールの度数に関係するものかなあと思います。

二度目はビストロから出るとき、三度目は神戸のワイン城の試飲の後。

いずれも一度目の体験から、視野狭窄の段階で手近の椅子に座りこみ、人前で醜態を
曝すことだけは避けられました。
飲めもしないのになぜ度々このようなことになるかというと、まさかそこまでと思わない連れに
「ちょっとなら大丈夫でしょう」
「せっかくワイン城に来て一口も飲まないなんて」
などと言われると断れないのです。

そして何しろ、わたくし、今まで「飲めない」といったときの相手の反応は100%例外なく
「へえー、全然そんな風にみえませんけどねえ」
ですもので・・・すごく飲めそうに見えるらしいです。(鬱)

とにかく、このマンガでブラックアウトを「ちーん」と表現したのは、
わたくしの実体験に基づくものだということを言いたかったわけです。


長々と前置きをしましたが、本日のブラックアウト軍人の名前は板倉光馬。
この人を有名にしたのは何と言っても
「不沈潜水艦長」の称号の表わす運の強さと、その豪快な指揮官ぶりでしょう。

どんがめ乗りの間では「板倉艦長のフネは絶対に沈まない」と言われていました。

同じ海域に輸送で出撃しても、もう一方は撃沈されたり、あるいはキスカの上陸作戦に先立ち、
潜水艦輸送に携わり、一瞬たりとも生きた思いをしないような危険な海を、無事に生還しています。
あるいは、敵機の来襲から奇抜とも言える方法で免れたりするなど、
運の強さと危険を回避するカンと、判断力に優れたこの艦長は、
部下からは圧倒的な信頼を勝ち得ていました。

しかも移動になると、それまで乗っていた潜水艦が次々やられてしまうのですから、
板倉艦長に転勤の噂が立つと、「一緒に転勤させて下さい」と申し出る下士官兵が
何人もいたということです。

兵学校は61期卒。惜しいところで恩賜の短刀ではありませんでしたが(7番)、
軍務で理研(先日お話した加藤セチ博士のいた理化学研究所です)に行ったところ、
「東大卒でもこれほど頭のいい人はいない」とほめられたほどの秀才でもありました。

優秀で軍人としての腕も度胸も抜群。
人望もあり将器でもある、こんな非の打ちどころの無い板倉少佐に一つの泣き所がありました。

そう、お酒です。

「不沈潜水艦長」「鬼の潜水艦長」「名潜水艦長」
板倉少佐に捧げられたあだ名には、これだけにあらず。
なんと「大酒のみの暴れ者」
うわばみのように飲むだけならともかく、前後不覚になってその時に必ずとんでもないことを
やらかしてしまって、後で本人が自己嫌悪にかられる、といったタイプの酒飲みさんだったのです。

本日マンガの事件は、板倉少佐がまだ少尉候補生時代、軍艦の乗り組み時代の出来事です。

艦長は男爵で、平和時ゆえ、いつも艦にたくさんの客を迎えていました。
この艦長は鮫島具重大佐。
明治の元勲岩倉具視の孫(ということは加山雄三の大叔父?)です。

なにぶんセレブリティーなお方ゆえ、時間にも悠長。
それゆえ時間厳守のはずの艦から降りる人たちを乗せるランチが、30分経っても来ない。
若い板倉候補生、艦長たるものが自ら時間も守れなくてどうする、とアツくなって怒りますが、
横にいたケプガン(キャプテン・オブ・ザ・ガンルームの略で、中尉)はあっさりと、
「艦長のお客が今日は多いので定期便が遅れているのだろう」

その平然とした様子に板倉少尉候補生は、怒りが倍増、酔いも手伝って体が震え、
やっとランチが到着したところで、ブラックアウト。

「ちーん」

わたしのブラックアウトは、たった一人で意識を失うだけで誰の迷惑にも(一緒にいる人以外)
なりませんが、この方のは、ブラックアウト時の記憶がない、何をしたか覚えていない、
という厄介なブラックアウトなのです。

世の中には、こういうお酒のタチの人がいるみたいですね。しばしば聞きます。
しかし、このたびは、よりによって少尉候補生が人前で艦長(大佐)を殴打。
軍隊において上官に(しかも6階級上)暴行。どんな始末になるかは、火を見るより明らか。
海軍を追放は当然のこと、もしかしたら懲罰もあり得ます。

ブラックアウトから戻って自分が何をしでかしたかを知り、
真っ青になって、艦長室に赴いた板倉候補生、
深々と頭を下げてから艦長を見ると、その右頬は腫れて赤黒くなっています。
かれは思わず自分のしたことの重大さと申訳なさに息を飲みました。

しかし、艦長は怒りもせず、ただ静かに

「なぜだ・・・?何か理由があるのではないか」

その寧ろ悲痛な様子に、板倉候補生、悄然としながらも「時間を守っていただきたい」
ということを訴えます。

黙って聞いていた艦長は

「酒は止められないか」
「やめられないと思います」
「量を減らすことはできないのか」
「やめるよりそれは難しいと思います」(←おい・・)

そんな会話の後、首を洗って沙汰を待っていた板倉候補生にきた処置は、以外にも

「重巡洋艦『青葉』乗り組みを命ず」

でした。
厳罰も無く不問に付されただけでなく、この事件後全海軍に対し

「高級士官も帰還時刻を厳守すべし」

という次官通達が出されたのです。
鮫島大佐は自分を殴った少尉候補生に情けをかけ、わざわざ上官のところまで出向いて、
板倉少尉候補生の命乞いと穏便なる措置を取り計らうように頼んだのでした。

「青葉の艦長によく鍛えてもらえ」
それが自分を殴った板倉候補生に向けられた艦長の言葉だったそうです。

板倉少尉候補生は、鮫島大佐の公正さと恩情にいたく感動し、
その感激は、かれをして命を海軍に捧げるという決意ならしめたのでした。

が、騒動の元になったお酒をやめようとは、この際一ミクロンも考えない板倉候補生でした(笑)



板倉光馬のブラックアウトシリーズ、後編に続きます。
どうぞお楽しみに。