ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

潜水艦「おうりゅう」進水式祝賀会

2018-10-08 | 軍艦

さて、「日本三大がっかりの一つ」と言われる(by潜水艦出身自衛官)
注水進水式も無事(失敗する確率はほぼゼロだと思うけど)終わりました。

しかしながら、がっかりとかつまらないとかいうのは、あくまでも
船体をすべり落とす
船台進水と比べてのことであって、
注水式の「ドック進水」も素人には十分珍しく興味深いものです。

それに、今では大掛かりでリスクのある船台進水よりも、
安全なドック進水の方が世界的にも主流になっているそうですね。

船台進水の技術は絶やさず後世に残して欲しいですが、
これも世界の趨勢なのかもしれません。

 

進水式は造船関係者にとって大変重要なもので、
たとえ量産型の船であっても必ず形式に法って行われます。

「シャンパン瓶が割れないと縁起が悪い」

というように、その船の一生を占うような意味も込められているため、
決して疎かにはできない儀式なのです。

今回の「おうりゅう」の進水式もわずか10分のために艦体を旗で飾り付け、
モールをあしらった三菱や旭日のマークをあしらい、
大掛かりな紅白幕の観覧台を設けて執り行われました。

こちら命名進水式に伴う祝賀会場です。
この祝賀会はいつも建造を請け負った船舶会社が、
顧客である防衛省側を招待する形で行われます。

「おうりゅう」が白波を立てて航行中、という予想図を
描いた
絵の部分は切り離してハガキとして使用できます。

これらの絵をラベルにあしらった進水記念酒は紅白で用意されました。
赤いお酒は初めて見ましたが、赤米で作るとこうなるらしいですね。
お酒の製造は櫻酒造だと隣の人が言っていましたが確かめてません。

ここで三菱重工業社長ののスピーチが始まりました。

「おうりゅう」は初めてリチウムイオン電池を搭載した最新鋭の潜水艦でございます。
平成14年度の防衛省による新型新築電池に関する研究試作開始以来、
各種試験や委託作業を経て、平成27年度艦への採用が決定いたしました。

本年8月のGS湯浅テクノロジー様からのファーストロット入荷と入荷と
9月の本艦への搭載が無事に完了し、本日こうして進水式を迎えるに至りました。

この間の防衛省殿によるきめ細かいご指導とご支援はもとより、
関係された皆様方のご尽力に、この場を借りて敬意と感謝を申し上げます。

今後は再来年3月の引き渡しに向けて、艦内各種の艤装工事、調整試験、
海上試験等に鋭意取り組み、皆様方のご期待にそう立派な艦とすべく、
関係者一同全力を尽くして取り組んで参る所存です。

今後ともご指導ご支援を賜りますようよろしくおねがいたします。

さて、本年は弊社が潜水艦の建造を開始してちょうど100周年の節目に当たります。
少しの間当時の状況に触れさせていただきます。

大正初期、当時海軍殿は世界的な開発競争にあった
潜水艦技術の本格投入を進めておりました。

弊社はそうした国の意向を踏まえ、第一次世界大戦の最中、
英国、他に技術調査団を派遣いたしました。

その際の縁から、英国・ヴィッカーズ社のライセンスを取得し、
大正7年、1918年8月10日、

弊社1番艦、呂号第51潜水艦を起工いたしました。

その後、昭和20年の第二次世界大戦終了までに58隻建造いたしました。

そして戦後間もなく、昭和30年には建造を再開し、今回進水いたしました
「おうりゅう」は28隻目になります。

合わせて96隻でございます。

大正7年の1番艦以降、関西地区を中心とするメーカーの皆様方とともに、
戦前は旧海軍殿、戦後は防衛省殿海上自衛隊殿のご指導を賜りながら、
一貫して国産潜水艦の設計、建造技術の研鑽に努めてまいりました。

関係各位の長年にわたるご尽力により関西地区に現造所を中心とした
現在の強固な生産、製造基盤が出来上がったものと感謝しております。

一方、我が国を取り巻く防衛環境は日増しに厳しさを増しております。
今や、領土の防衛の要として、海上自衛隊殿に対する国民の期待は
ますます大きくなっております。

海上自衛隊殿がその実力を遺憾なく発揮されるためには弊社を始め、
国内防衛商品メーカーが、継続して質の高い製品を作り続けるとともに、
しっかりと運用をサポートしていくことが
これまで以上に重要になってくるとなってくると強く感じております。

現在私どもは本艦に続き、時期新型潜水艦となる
平成29年度潜水艦の建造に取り組むとともに、潜水艦増勢への対応、
将来潜水艦への標準化技術改革等にも鋭意取り組んでおります。
今後とも潜水艦の建造・開発の拠点として拠点として、
ますますお役に立てることを専心努力して参る所存ですので、
末長いご指導を賜りますようよろしくお願い申し上げます。


少し長くなりましたが、ところどころに初めて聞く情報もあったので
省略せず全部掲載させていただきました。

こういう時、製造会社は顧客である防衛省海上自衛隊にはもちろん、
旧海軍にも、ちゃんと「殿」を付けて呼ぶらしいことを知りました。

「世界で初めてリチウムイオン電池を搭載した潜水艦」

というのが「おうりゅう」のキャッチフレーズになるわけですが、
もともとリチウムイオン電池は「そうりゅう」型5番艦の
「ずいりゅう」から搭載される予定だったそうです。

 

リチウム蓄電池は艦の巡航速度を改善し、高速航行可能な時間を増大させ、
さらに従来の鉛蓄電池と比べて、水素ガス発生の危険がなく、
充電時間が短く、放電による電気容量の低下を抑えられるなどいいことずくめ。

弱点があるとしたら、それは一度に取り出せる電流が少ないため、
水中最大速力がわずかに劣ることだそうですが、その代わり、
スターリングAIPシステムと鉛蓄電池の双方を廃止し、

リチウム電池に置き換える方法によって、
より高速での水中持続力等は向上しました。

こんなに優秀なリチウム電池の搭載がなぜこんなに遅くなったかというと、
案の定「ご予算の関係」でした。

 

続いて村川海幕長の挨拶です。

(前略)

「おうりゅう」は「そうりゅう」型潜水艦として初めて
リチウムイオン電池を搭載し、我が国周辺の海上防衛を担うべく、
就役が待ち望まれているところであります。

我が国を取り巻く安全保障環境は依然として厳しい状況にあります。
米朝首脳会談、南北首脳会談を踏まえ、今後も北朝鮮による核ミサイルの
廃棄に向けた具体的な行動をしっかりと見極めていく必要がある一方、
我が国のほぼ全域を射程に収めるノドンミサイルを数百発、
実勢を配備している状況に全く変わりはありません。

また、中国は透明性を欠いたまま継続的に高い水準で国防費を増加させ、
軍事力を広範かつ急速に拡大させ周辺海域等における活動を
拡大、活発化させております。
このような厳しい環境の中にあって、防衛省自衛隊としては
いかなる事態にあっても我が国の平和と独立を守り、
国の安全を保つべく、万全の体制をとる必要があります。

このためには四海に囲まれた我が国にとり、海上防衛力の中核となる
優れた艦を保有することが必要不可欠であります。
またこのように優れた艦を、安定的かつ長期的に整備できるよう、
艦船の建造・修理基盤をしっかり保持することも、極めて重要であります。

我が国の艦船建造技術は国際的にも注目されており、
三菱重工業株式会社殿におかれましても、これ以上に
生産・技術基盤の強化や国際協力に向けて、
さらにその向上を追求していただければ幸いでございます。

乾杯を待つ間、在日米軍の軍人さんの背中に注目してみました。

日米の海軍の白いインディア・ユニフォームは一見同じように見えますが、
米海軍の背中のカッティングは海自と全く違うことが判明。

後ろ型から腰にかけてカーブをつけた裁断をしているので、
肩幅が広く、腰の締まったシルエットになってるんですね。

テーブルの上にさりげなく「三つの菱」が・・・・。

ちなみにこの手前の中華風魚の揚げ物はなかなかいけました。
今回口に入れたのは刺身とこれだけだったので他は知りませんが、
前回の三菱での祝賀会も、食べ物が美味しかった印象があります。

会場の前の方に移動してみました。
なんと、511の艦番号をつけた「おうりゅう」の模型があるではないですか。

潜水艦の形の違いについて全く知識がないので思ったのですが、
これって外側が変わらないうちはずっと使い回ししているのでしょうか。
三菱の倉庫にあって、2年ごとに引っ張り出して番号を書き換えてるとか。

X舵に黄色いシールが貼られているのは「突起物注意」の意味かな?
あと、やっぱりスクリューはないことに?なっているのにちょっとウケました。

左側の潜水艦艦長連は和気藹々で仲間同士実に楽しそうですが、
海幕長は宴会の間中挨拶に来る人に囲まれっぱなしです。

わたしも自衛隊が韓国の観艦式で自衛艦旗を揚げるなと言われた件について
海幕長自ら承服できないという声明を出されたばかりだったので、
ちょっとこの件について伺ってみようかと思ったのですが、
お忙しくてそれどころではない感じだったので遠慮しておきました。

お忙しいといえば執行者の呉地方総監もずっとこんな感じ。
右側でも名刺交換の真っ最中です。

潜水艦の模型の反対側に、将官の帽子台発見。
左前は海幕長と副官の帽子と見た。

そして右側のガラスケースは・・・。

先ほど支鋼切断を行なった斧がガラスケースに納められています。
祝賀会席上、三菱側から切断を行なった海幕長に贈呈されたばかりのものです。

進水斧は必ず命名者にこのように贈呈されるのが慣習ですが、
過去、時の海幕長がこれを行った例は寡聞にして知りません。
村川海将にとってもおそらく初めてもらう斧のはずです。

メア・アイランド造船に行くと、「キール・レイド」の記念として
最初にそれを置いた工具が飾られていることがありますが、
通常進水の支綱切断は鑿と槌が使われ、斧を使うのは日本独特の慣習です。

日本の軍艦の進水式には西洋式の槌とのみではなく、
日本古来の長柄武器である「まさかり」様の器具を支綱切断に用いるべきとして、
銀の斧を使うようになったのは1908年、「利根」の進水式からだそうです。

 

この祝賀会で何人かの方にご挨拶させていただきましたが、
その中には「おうりゅう」の艤装艦長もおられました。

紹介してくださった基地司令が副長の時初めて潜水艦乗組になった新人が、
今潜水艦艦長になる世代となっているのです。

潜水艦の場合、進水式が終わった段階では決まっているのは
艦長以外には経理、補給、機関の三役で、副長すらまだ
影も形もない状態から2年間かけて人集めをしていくのだとか。
しかし、

「人がいないので大変です」

ただでさえ自衛官不足なのに、三自衛隊の中でもキツイといわれている、
海自のその中でもさらに厳しいという潜水艦なので宜なるかなです。
ただ、いったん潜水艦の「一家」になってしまえば、
潜水艦でなくてはダメ、という自衛官も決して少なくはないと聞きます。

また、人員を集めるには他の職種から拉致?してくるということは
普通に行われるそうですが、それは潜水艦に限ったことではないそうです。

ちなみに艦長に、最初から潜水艦を志望していたのかと尋ねると、

「それどころか志望は空自でした」

当時は今より眼鏡をかけていると航空は難しい時代だったので
それで断念したとおっしゃるのですが、

「海自で航空に行こうとは思われなかったんですか」

「戦闘機に乗りたかったんです。トップガン世代ですので」

一度話題になりましたが、トップガンに憧れてパイロットを目指す、
という人って、どうも日本でも結構たくさんいたみたいですね。

会もお開きに近づき、わたしは上座付近で
装備の元海将(退官前、市ヶ谷に職場訪問させていただいた)
とお話をしていると、万歳三唱が始まりました。


従来型でもその技術力で世界に高く評価されてきた日本の潜水艦。
先日、南シナ海で行なった訓練を公表したことについて、メディアは

「中国に対する牽制か?」

などと騒いだのですが、続いての首相声明、

「ここ15年毎年訓練はここでやってきた」

で騒いでいた人たちが色を失った感がありましたね。
これを聞いた中国側は唖然としたかもしれません。
そして、その後何か声明を出すことをしませんでした。
だって何か言えば、15年の間、全く自分たちが海自の訓練に
気づいてなかったってことを表明することになりますからね。


そんな頼もしい海自潜水艦隊に、さらなる新鋭艦が加わった歴史的な瞬間。
新鋭艦「おうりゅう」の誕生に立ち会えたことを光栄に思った命名進水式でした。

 

終わり


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スキッパー(艦長)は眠らない〜空母「ミッドウェイ」博物館

2018-09-24 | 軍艦

前回、伝説の艦長ラリー・チェンバースについて話をしましたが、
今日はその艦長室からご案内します。


ブルーを基調というのは全世界の海軍の標準仕様。
ベッドの枠が真鍮なのと、サイズがクィーンという豪華なものです。
(微妙に艦隊司令室のより小さいところが海軍的年功序列)

足元のマットには燦然とマークがありますが、
自衛隊でも隊のマークをあしらったマットを見たことがあるので、
海軍的にはマークを踏むことはあまり問題にはならないようです。

壁には艦長とその家族の写真がいまだに飾られています。
どの艦長の写真かはわかりませんが、女性の服装と髪型から
1980年代ではないかと想像されます。

 

艦長のベッド、いかにも寝心地が良さそうですが、
実は空母にはこんな伝説?というか神話があるのです。

「艦長は寝ない」

いつ寝ているかわからない、ではなく艦長は本当に寝ないのだそうです。

我が海上自衛隊潜水艦の現役艦長とお話しした時、この
「艦長は寝ない」
という噂について伺ってみたところ、

「寝ないというより寝ていられません」

とおっしゃっていました。
一つの艦、総員の命を預かる責任者ともなると、
乗艦中は
気が張って一瞬たりとも緊張が解けないのに違いありません。

たとえ仮眠を取っても夢の中で艦を指揮しているのかもしれません。


ちなみに、空母におけるフライト・オペレーションの責任者で、
艦長と同位の
エアボスも、「寝ない」そうです。

特権階級の艦長室といえどもシャワー室しかないのがアメリカ式。
かろうじて洗面台はデコラの大理石風だったりしますが、
あとはパイプむき出しで艦位を示すペイントがあって何だか殺伐としています。

黄色いペイントはここが艦のどこに当たるのかを示す「地図」ですが、
これについてはまた後ほど詳しくお話しするとして、注目して欲しいのは
この最後に「HEAD104」とあることです。

なんども申し上げているようにヘッドとは海軍用語のトイレ。
このトイレの番号は104番です、と書いてあるのです。

えたことはなかったですが、空母にトイレはいくつくらいあるんでしょうね。


ところで、これもなんども書いていますが、日本人ほどお風呂フリークで
かつ「お湯に浸かる」ことを重視する国民はいないでしょう。

アメリカのバスはお湯を溜めてもほとんど真横に寝なければ全身が浸からず、
非常にフラストレーションのたまるものなのですが、そもそも
アメリカ人はお湯に浸かるということを基本しない民族なので、
一流ホテルでも普通にシャワーブースしかなかったり、
バスタブの栓がなくお湯が貯められなかったりはしょっちゅうです。

ちなみに今サンディエゴに滞在していますが、今の部屋
(去年来たと言ったらフロントの人がアップグレードしてくれた)
にも当たり前のようにシャワーしかありません。

ただ、こちらのお風呂には洗い場というものがないので、
結局お湯を落としてしまわなければ体を洗うことができず、
そんなのなら別に無くてもいいや、とわたしは割り切っています。


我が海上自衛隊自衛艦の特権階級である艦長室にも、特権として
艦長だけが使える一人用のバスタブが備えられているのですが、

「ゆっくり湯船につかったことなど一度もない」

と現役護衛艦艦長が証言しておられました。

世界で最も民主的な海軍である海上自衛隊には、従兵などいないので、
艦長もお風呂に入りたければ自分でお湯を入れるようですね。

艦長の「ポートキャビン」と書かれ、その説明として、

「ミッドウェイの艦長は、艦内でも
最も居心地のいい
艦上生活をエンジョイしていました。
独立したバス、書斎、そして特別応接室での食事は、
彼自身のためだけのギャレーで専用シェフが調理しました」

とあります。

まあ、その「エンジョイ」と差し引きしても決してお釣りが来ないほど
重い責任と重圧が、艦長一人の肩にのしかかっているわけですが。

ところでこの部分、ドアがまんま和風の引き戸なんですよ。

温泉旅館によくある外側の引き戸とか、うどん屋ののれんの内側とか・・・。
まさにあれと同じものがなぜか「ミッドウェイ」の艦長室の入り口に!

なんかここだけが人んちの玄関ぽくて、和むわー。

日本に配備されていた時代に現地施工者にやってもらったのかもしれません。

革張りのソファーに高い腰板をあしらったオーセンティックな応接室。
ソファの後ろの絵は・・・えーと、えふはちえふ?(小声で)

ホワイトドレスがガラスケース入りで飾ってありました。
おそらく大佐職である艦長かXO(副長)のものだと思われます。

XOはもちろん、空母艦長は航空出身なのでウィングマークをつけています。

ソファを挟んで反対側には対のようにブルードレスも飾ってありました。
おや、カウンターの向こうに誰か偉そうな人がいるぞ。

テーブルの向こうまで行くと急におじさん、喋り始めました。
どうも人が近づくとスイッチが入るセンサーが仕掛けてあるようです。

このカウンターの中にいる偉そうな人はラリー・エルンスト艦長。

若き日はトップガンで、なぜかハーバード大学にも行っており、
92年から3年の4月まで「ミッドウェイ」艦長を務めた・・・
ということは「ミッドウェイ」の最後の艦長ということになります。

Captain Larry L. Ernst of The USS Midway - The USS Midway Museum sits proudly in San Diego Bay

右向きに何か書いていたかと思うといきなりこちらを振り向いて「ミッドウェイ」の
艦長職について一言で言うと過酷な仕事である、というようなことを言っております。

これがなんかものすごくリアル。
どれくらいリアルかというと・・・、

シワとか産毛とか、首のイボまで再現されているんです。(襟の上)
これは本人的にどうなんだろうという気がしないでもありません。

とはいえラリー、若い時はなかなかかっこいいので、ぜひ見てあげてください。
その割にあだ名が「パピー」(子犬)って、可愛らしいじゃないですか。

Captain Larry L. Ernst 

このページの奥さんと娘たちの写真から、寝室の家族写真はエルンスト艦長のだとわかりました。

毎日の艦長の食事を作るギャレー。
たった一人のためのキッチンって、いくら空母でもすごいですね。

もちろん艦長がゲストを呼ぶときにはその分もここで賄うのでしょう。


ただし、艦長という職は決して「孤高の人」でばかりいるわけにいきません。
たまに天上界から下界、つまり兵員のギャレーにふらっと降りていき、
下々の連中と一緒に食事を取ることがあるのも前に書いた通り。

これは、シーマンの士気を高めるため、相互理解を深めるため、
そして彼らの食事の状況を自ら体験して把握するという目的で行われます。

もちろん前もって予告などないので(多分艦長がその気になれば行われる)
ふと見たら隣に艦長が!
みたいなことになるのですね。

しかしそこはアメリカ、こういうときにはどちらも弁えていて、
基本無礼講で話に花が咲いたりするそうです。

この「下々の連中との交流タイム」は初級士官にも半ば強制されていて、
時々彼らは報告も兼ねて水兵たちの食堂で食事を取るのですが、
若い士官はあくまでも「ノルマ」としてしろと言われているからしているので、
水兵たちと会話をするでもなく、報告のシートにあれこれとコメントを書いて
はい終わり、という事務的に終わらせることが多いそうです。

士官の方も、自分よりベテランの下士官に話しかけるのは気が重いでしょうし、
話しかけられた方の水兵の煩わしさを思うと遠慮してしまうのでしょう。

アメリカ海軍の(心理的)階級差というのは、もしかしたら
我が海上自衛隊より大きいものなのかもしれません。

食器棚の扉がガラスのスライド式で、お皿を留めるための
ストッパーらしいものもありませんが、こんなのであの
伝説の傾斜角(Tシャツができたという)を体験したとき
一枚も割れることはなかったのでしょうか。

お皿にはミックズベジタブルとポテトが乗せられ、今
調理員が料理しているメインを乗せれば出来上がりです。

ステーキソースが載っているので、多分お肉ですね。

と思ったらその近くにいきなり艦内監獄?のような扉が。

独房に収監されるための条件?は

脱柵」「上官への不敬罪」「窃盗」「暴行」(体罰含む)
そして

「AWOL」(Absent Without Official Leave )
公的な理由のない欠席、つまり船に乗り遅れる

となります。
収監されたらもれなく階級はBUST(バスト)、降格となります。

士官はブリッグスに入れられることはありませんが、その代わり監督者の元、
一挙一投足を監視されて区画から出られないという罰を受けます。

しかし、「ミッドウェイ」の本当のブリッグスはもっと下の方にありましたし、
これはもしかしたら高官待遇の収監者ってことは・・・。ないか(笑)

この写真があったのは、赤で矢印がある部分の甲板下になります。

実は「ミッドウェイ」の艦体は黄色い線の部分で連結されているのです。
この繋げている部分は「エクスパンション・ジョイント」というのですが、
このボードの左右には、ジョイントが走っているのが確認できます。

右側。床のラインがそのジョイント部分です。

左にも。
万が一の時にはここで艦体がポッキリと・・・となるわけですかい。


最後に余談ですが、「ミッドウェイ」艦長の仕事でもっとも粋だと思ったのは、
ペルシャ湾への任務で度々、

「今日は気象条件がいいからGreen Flashが見えるぞ。
手の空いているものはフライトデッキから観察することを勧める」

などと艦長自らアナウンスしたという話です。

Green Flashとは、太陽が水平線に沈む瞬間、ほんの一瞬
ピカーっと緑色を放つ現象で、よく見ていないとわかりませんが、
この時の航海では合計38回、これが観測できたそうです。

我が自衛隊の艦乗りの皆さんはGreen Flash、ご覧になったことはありますか?



続く。

 

 

 

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チェンバース艦長の決断〜空母「ミッドウェイ」博物館

2018-09-23 | 軍艦

 

空母「ミッドウェイ」の艦橋の真下に当たるデッキには、
「フラッグオフィサー」、つまり自分自身の指揮官旗を持つ
偉い人たちの居住区があります。

この指揮官旗というもの、海軍に入って艦隊勤務になれば、
自分一人のために揚げてもらえる訳で、最初にその配置になり、
自分のためにはためく旗を見ることは、軍人として

「俺もついにここまで来たか・・・」

としみじみするものらしいですね。
自衛隊でも同じことで、配置が変わり、旗が揚がったのを見て
感激した、という話をわたしは当の自衛官から聞いたことがあります。


あと「俺もついに」の感慨を起こさせるイベントというのは何でしょう。

自分のためにサイドパイプが「ホヒーホ〜〜」と吹かれたとき?

自分のために副官が配置されることになったとき?

艦内で一人部屋がもらえ、自分のためのお風呂があるのを見たとき?

色々ありましょうが、何と言っても海軍軍人がもっとも感慨深いのは
「艦長」(発音は艦↑長↓ではなく、艦→長→で)と呼ばれた日ではないでしょうか。

アメリカではご存知のように艦長は「キャプテン」あるいは「スキッパー」です。
いうまでもなくその船で絶対の最高権力者であり、
航海で起こり得るすべての責任者となります。

アメリカ海軍では「コマンディング・オフィサー」とかCOと言われることもあります。

艦長室も近いこの一角には、海兵隊員に守られるように、
歴代艦長の実に立派な写真コーナーが設置されています。

上段中央には、ここでもお話しした、ベトナムからの脱出劇、
歴史的に言うところの

「頻繁な風作戦」(オペレーション・フリークェント・ウィンド)

で「ミッドウェイ」上空に飛来したセスナに着艦許可を出した

「ローレンス・”ラリー”・チェンバース」艦長

がいます。

今回サンディエゴに行って「ミッドウェイ」を再訪し、
前回見残したところと、疑問だった部分などを
現地の説明も聞いて確認して来ましたので、今日はもう一度、
このベトナム戦争時に行われた民間人脱出作戦について、お話ししておきます。

脱出までの経緯については、当ブログですでにお話ししておりますので、
ご存知ない方はぜひそちらをお読みください。

四月のホワイトクリスマス〜空母ミッドウェイと「頻繁な風」作戦


当時「ミッドウェイ」にサイゴンから往復40分のフライトで
ヘリが次々に難民を輸送していました。
定員12名のヘリコプターから80名の難民が降りて来たこともあったそうです。

そのうち「ミッドウェイ」甲板には、ベトナム軍の飛行機が無許可で降り始めました。
救出劇が始まって、収容された難民の数は3000名を超えたそうです。

「ミッドウェイ」の艦長が救出の命令を受けたのは、
脱出が始まった4月29日の2:30のことでした。
空軍の飛行機はすでにサイゴンと「ミッドウェイ」を往復して、
脱出するアメリカ人とベトナム人をシャトル飛行で運んでいました。

もちろん「ミッドウェイ」の艦載機もこの搬送に加わり、
1000人以上の脱出者たちを運んで来ています。
不眠不休で働いていながら、水兵たちは自分の寝床を子供達に提供しましたし、
6000食が脱出して来た人たちに振舞われ、その時には
「ミッドウェイ」の医療施設は難民のためにフル稼働しました。

最初の日に甲板に降り立った人々に対し、乗員たちは簡単な審査を行い、
「ミッドウェイ」のゲストとしてできるだけ心地よくいられるよう心を砕きました。

特に、同じ年頃の子供を祖国に残しているクルーは、
ベトナム難民の子供たちに大変シンパシーを感じ、
心を動かされた様子だったといいます。

翌日4月30日。

難民たちを他の艦に移す前に、「ミッドウェイ」は新たな任務のために
その航路を西に向けました。

タイの沿岸沖に52名のベトナム人兵士を乗せたジェット機が
サイゴンから脱出する途中で海面に不時着していると知らせを受けたのです。

この任務に向かう途中にも、「ミッドウェイ」は漁船から84名を
救出してもう人員はオーバーもいいところでした。

しかし、「ミッドウェイ」はベトナム人たちを全員を掬い上げたのみならず、
彼らをグアムまで送り届けています。

こんな「思わぬ和解」もありました。

脱出が始まる前、左上の写真のように、
空母に着艦したことがない空軍のヘリパイロットなどは、
前もって着艦の練習をしてそれに備えました。

右下の写真は「ミッドウェイ」艦上でかつての呉越同舟、しかし
同じ困難に立ち向かう仲間として和気藹々の空軍&海軍のパイロットたち。

いうまでもありませんが、空軍と海軍航空隊は平和な時には犬猿の仲です。

 

かくのごとく難民とアメリカ国民が「ミッドウェイ」に運ばれ、
アメリカ大使館を守っていた海兵隊員が最後に「ミッドウェイ」に着艦した
その1時間後、大使館は北ベトナム軍によって占拠されました。

そこに現れたのがベトナム軍人ブワン軍曹と妻、六人の子供を乗せたセスナだったのです。

上空に飛来したセスナからは

「着陸許可をくれ。飛行機のガソリンはもう少ししか持たない」

と書かれた紙が落とされました。

南ベトナム空軍の士官は、ブワン軍曹のように自分の家族を
航空機で脱出させようとしましたが、侵攻してきた北ベトナム陸軍兵士に
殺害されるということもあったのです。

直ちにこれを許可した「ミッドウェイ」ではセスナを着陸させるための準備に入りました。
飛行機の進路に対し艦体を順行させ、艦上のヘリなどを海に投棄する大決断が行われたのです。

WestPac 1975 with Operation Frequent Wind

17:30くらいから、ヒューイを投棄するためにパイロットが海に飛び込み、
その直後機体がその真横に墜落するシーンが見られます。

パイロットですから自分の落下水面にヘリが落ちてこないように
ある程度コントロールしてから飛び込んだのだと思いますが、
ローターの長さもありますし、見ているだけで背筋が寒くなります。

 

セスナに着艦許可をためらいなく出し、甲板から何機ものヘリを捨てることを命じ、
そしてテールフックのついていない機体のために、艦首を風上に向けて
全速力で「ミッドウェイ」を航行させることを選んだのが、
チェンバース艦長と当時のエア・ボスでした。

歴史的な脱出作戦について語るチェンバース元艦長。

この容姿からは日本人にはあまりわかりませんが、チェンバースは
アフリカ系アメリカ人です。
海軍兵学校を卒業したアフリカ系アメリカ人は彼が二番目で、
のみならず、アフリカ系としては

● 初めて海軍空母部隊(VA-67)を指揮

● 初めて空母の艦長となる(ミッドウェイ)

● 初めて搭乗員出身の中将となる

● 初めて艦隊指揮官となる(第三艦隊)

という初めてづくしのレジェンド軍人でした。

そして当時の「ミッドウェイ」エアボス、ヴェーン・ジャンパー氏。

ビデオでは、二日目の脱出作戦の日に起きたセスナの着陸について
「ミッドウェイ」艦上で語っている映像が流れていました。

着艦を成功させた「ミッドウェイ」乗員の何人かは涙ぐんでいたそうです。

「アメリカン・ドリームが叶う」

というタイトルで、こう書いてあります。

避難民はその後グアムに移送され、それからカリフォルニア、アーカンサス、
ペンシルバニア、フロリダに設置されたキャンプにまず移住しました。

そこで彼らは英語を学習し、仕事ができるように技術を学び、
アメリカ合衆国の国民になるための準備を行いました。

最終的には13万人以上のベトナム人がアメリカ人となっています。

この写真は、難民としてアメリカに来たある大家族の現在。
白黒の写真は、アメリカに来てすぐ、キャンプで撮られた写真です。

今は全員がアメリカ市民となっています。

ちなみにこの家族の孫は、アメリカ空軍士官になりました。


最後にこの写真をご覧ください。

VIETNAM WAR HERO’S FLIGHT TO FREEDOM REMEMBERED

後ろのアロハがチェンバース、飛行機のコクピットにいるのが

家族を乗せてセスナを操縦していたブワン・リー軍曹、
二人の間にいるのはリーの妻で、あとは娘、息子と孫という写真。

リー氏ももちろんのこと、「フリークェント・ウィンド」のあと
アメリカに移住し、その家族はアメリカで根を生やしているのです。


「ミッドウェイ」の「オペレーション・フリークェント・ウィンド」の
展示コーナーでオーディオによる解説を聞くと、音声では
この時にセスナで「ミッドウェイ」に降り立った六人の子供のうちの一人、
アメリカ名「ステファニー」さんが、このセスナと再会した時のことを
こう語っています。

「わたしは飛行機の前から4時間、動くことができませんでした」

彼女は今、「ミッドウェイ」のボランティアとして、自分の経験を
見学者に語ることもあるそうです。


歴史的な決断が守った命、そして未来に繋がっていく命。

ブワンの子孫に囲まれたチェンバースは実に満足そうです。

チェンバースは英雄ですが、エアボスのジャンパー中佐や、エアクルーたち、
身を粉にして難民たちのために働いた水兵たち・・・。

「ミッドウェイ」乗員全員の力と意思があってこそ、あの歴史的な偉業を
成し遂げることができたことは、チェンバース自身が一番よく知っていたでしょう。


続く。


 

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海軍の街・サンディエゴを歩く その2

2018-09-21 | 軍艦

東海岸から西に移動し、サンディエゴの街を一人で楽しんでいます。

このホテルを選んだのは、ホテルグループのメンバーであるからけでなく
ウォーターフロントにあって「ミッドウェイ」まで歩いて行ける距離にあるから。

向かいの敷地は去年工事中でしたが、今年はもうホテルが完成して営業しています。

去年家族で夜、「ミッドウェイ」の電飾を眺めながらアイスクリームを食べた場所には
大きなソファと、炎のでるテーブルが新しく設置されていました。

table fire で検索すると、いろんな商品が出てきます。
前のホテルにもあったし、この一年で流行しているようですね。

さて、沿岸警備隊基地で折り返し、帰り道でこんなものを見てしまいました。

サンディエゴの海沿いには、携帯を持っていればスキャンして使える方式の
自転車や脚蹴り式スクーターが普通に置いてあります。
使用していないのでわかりませんが、時間が決まっていて、
それを過ぎたら動かなくなるとか言う仕組みなのでしょう。

まあ、自分のものにできないので盗っても意味がないのです。

ただ、押して動かすことだけはできるらしく、一度自分の荷物を載せて
自転車を押しているホームレスを見ましたし、こんな風に
重たいのをわざわざ持ち上げて使えなくしてしまう人も存在します。

こんな風に、ステーションでないところに放置する人もいるし・・。

ところで、控えめに写真を撮ったのでわかりにくいですが、
赤いシャツの人はベンチに座ったホームレスになにやらお説教してます。
横を通りかかったとき、

「That's the reason I told you so.」

と聴こえてきたのでそう思ったのですが、もう少し歩くと、
別のホームレスとこの人の連れらしい人が話しているのを見ました。

おそらく彼らはボランティア団体で、ホームレスの人たちに
シェルターに戻るように説得しにきたのではないかと思われました。

ところで、わたしがサンディエゴに滞在することにした理由は
「ミッドウェイ」だけでなく、ここから1時間ほど行ったところに
アメリカに住んでいた時代からの友人と会うためです。

彼女とその夫がサンクレメンテに2年前買ったという、
「海の見える丘の家」に始めてお邪魔してきました。

眺めを遮らないようにベランダの柵は透明です。

リタイアメントした人がこういうところに住みたがるらしく、
隣人のほとんどは老人で、前の住人も奥さんに先立たれ、
ホームに入ったため空きになったということでした。

「近所に、若いときNASAにいて、アポロ13の打ち上げに関わった、
っていうお爺さんがいるんだけど、とてもそんな風に見えない」

羨ましいと思うのはこういう家が普通の人にも買えること。

彼女とは夏アメリカに行くたびに会い、お互いの娘息子の話に始まって、
アメリカや日本の現状や政治問題にも話がおよび、いつも話題がつきませんが、
今回先ほどのホームレスが話題になりました。

「いくらシェルターを用意しても、出てきてしまう人が多いんだって」

「ドロップアウトした人には人間関係がわずらわしかったりするのかな」

彼女によるとサンフランシスコではホームレスが激増していて、
学校の通学路でドラッグをしていたりするそうです。
とはいえわたしも、そういう光景を17年前に都市部で見ましたけどね。

どうやって充電しているのか、携帯を持っている人もいるし、
彼女の妹はホームレスにコーヒーを買ってやったところ、

「人工甘味料じゃなくて砂糖にしてくれ、不味いから」

と言われて呆れた、という話をしていました。

ホームレスを「好きでやっている」人が増えたという感じです。

帰ろうとしたら、彼女の夫が会社から帰ってきました。

「すごい!ポルシェ買ったの?」

「うん・・休みの日は4時間くらいかけて洗車してる」

彼女の夫は日本でも有名なゲームを出している会社の
ビジュアルアーティストをしています。

理想の家に念願の車、22歳の時に移民してきたという彼の
夢(ドリーム)が今にして叶った、というところでしょうか。

さて、サンディエゴの散歩に戻ります。
前には気づかなかったフィギュアヘッドに注目してみました。
さすが映画でイギリス海軍の軍艦を演じただけあって、
女神は剣を持ち兜を身につけています。

こちら「スター・オブ・インディア」のフィギュアヘッド。
この女神もアラスカに行ったのでしょうか。

さて、埠頭の散歩はもう一日、今度は前回と逆に行くことにしました。

ホテルを出て左側、「ミッドウェイ」の方向に歩いていくと、
なんといきなり陸軍の迷彩服姿を目撃!

風景を撮るふりして写真を撮っていると、なおも二人登場。
これは・・・この辺りに軍施設があって出勤してきたんだな。

と思って彼らが歩いて行った方向を探してみると、ありました。
しかし陸軍じゃなくて海軍のオフィスが。

やっぱり海軍で連絡係をしたりする陸軍の人かしら。

「ミッドウェイ」を右手に見ながら歩いていきます。
向こうに見えているのは「セオドア・ルーズベルト」。

「ミッドウェイ」を通り過ぎてすぐ、左手にモニュメントが現れました。

十万にも及ぶ水兵たちが第二次世界大戦で海での戦いに赴いた

おそらくアメリカ合衆国がもっとも一丸となった出来事だったといえよう

これらの若きアメリカ国民は、それぞれの希望や願望を顧みず
家族も、故郷も、仕事も全て投げ捨てて彼らの祖国を守り、
彼らの信じるもののために自らを犠牲として戦った

USS「サンディエゴ」(CL53)の乗員は 
歴史的な困難において勝利を納めるために戦った
全ての人々をここに記憶する

モニュメントそのものは「サンディエゴ」の碑、となっています。

何枚かのパネルのように建てられた石碑には、そのうち1枚に
軽巡「サンディエゴ」のスペックと艦歴が記されています。

壁の4面には戦いに斃れた若い水兵たちの名前が刻まれていました。

地面には第二次世界大戦で戦場となった太平洋の戦場名が記されています。

コロナド側の対岸の眺め。
一番右は「カール・ヴィンソン」で、これはホテルからも見えましたが・・、

こちらまで歩いてきて初めて見えてきた給油艦は、
「ヘンリー・J・カイザー」級の14番艦、「グアタルーペ」

給油専門艦というのがさすがアメリカ海軍です。

あまり見たことがない給油パイプの配列なので拡大してみました。
なんでこんなにたくさんホースがあるんだろう。

「グアタルーペ」に艦尾を向けて繋留してあるのも給油艦で、
T-AO-202の「ユーコン」です。

ロック・バランシングというのはそれだけでアートになっています。
ここにあるのは素人のお遊びですが、プロになると
ものすごいバランスで石を積んでしまいます。

マイケル・グラブのロック・バランシング

海で亡くなった民間船船員たちの慰霊のために建てられた碑。

・・・・なんですが、なぜ部分的に濡れているのか。

「セオドア」の艦首がこんなに見えてくるところまで歩いてきました。

前方には朝もやでかすかに曇るコロナド・ブリッジが。
到着時飛行機から見た工廠はここをまっすぐ行ったところにあります。

 

遠目からもそのクリーム色の艦体で民間船だとわかります。
Dole atlantic という名前の通り、
バナナやパイナップルを作って売っている会社の所有コンテナ船ですね。

写真を撮ってから三日後の今、船の位置を調べてみると、
サンディエゴを出航してメキシコ沖を南下していました。

ドール・アトランティックはバハマ船籍です。

C-Tractor というのはタグボートだそうです。
日本の民間や海自のタグより大きいので調べるまでタグだと思いませんでした。

わーい!海軍の哨戒ヘリだ!
全く朝早くから(7時すぎ)ご苦労様なことであるのう。

我が海上自衛隊でも運用しているSH-60の米軍型「シーホーク」だと思われます。

今度は海軍の哨戒艇が現れました。
沿岸のパトロールは一人で行うようです。
どうでもいいけどものすごくラフな格好で任務を行うものですね。

沿岸でダイバー二人を使って何かしている船に近づいて
臨検・・・までいきませんが、チェックをしているようです。

特に問題はなかったようで、哨戒艇はすぐに離れていきました。
この後も観察していると、哨戒艇の乗員は時々虫網みたいなので
海面からしょっちゅう何かを拾い上げているのが見えました。

ゴミ拾いしているんじゃないとしたら、不審物検査かな。

ドールの船の手前で折り返し、帰ってくると
「ミッドウェイ」がこんな風に見えます。

水兵さんの頭に鳩が止まっていてなんかお間抜け(笑)
タイムズスクエアのキスの像は、正確には

「UNCONDITIONAL SURRENDER STATUE」(無条件降伏の像)

っていうんですよ。
誰か知らんがセンスのない名前をつけるものだと思いました。

「ミッドウェイ」の艦尾側は、できるだけ近くから見られるように
木製のデッキを後から増設したようです。
ここを歩いていて、朝日に照らされた「ミッドウェイ」の艦体が
激しくデコボコしているのに気がつきました。

まるで障子みたいですね。
補修していない部分は経年劣化でこうなってしまっているのでしょう。

さて、というわけでサンディエゴの海沿いを二日にわたって歩き、
海軍の街の眺めを堪能しました。

部屋に帰ってテレビを見ていたら、なんとあのトニー・ベネット大先生が、
ダイアナ・クラールと「Nice Work If You Can Get It」(上手くやれたら)を歌っていました。

トニー・ベネットってそういえばまだ生きてたのね。

最近はレディ・ガガやマイケル・ブーブレなど、実力派とデュエットすることで
いうてはなんですが年齢による声の衰えをカバーしてきた感があるベネット御大、
今回もダイアナとアルバムを出したのでテレビ出演となったようです。

正直この時のスタジオ生演奏も、声の質の残念な感じはぬぐえませんでした。
もちろん92歳と思えば立って歌ってるだけですごいんですけどね。

最後に。

「ジャパニーズ・ビリオネアが付き旅行を計画」というニュース。

ジャパニーズビリオネア、Maezawaとしか言わないので、
あとでネットのニュースを見るまでZOZOタウンの社長だとわかりませんでした。
実はZOZOタウンが何かもわたしはこの時まで知らなかったんですが。

スタジオでは

「どうですか?この話」

「いやー、夢があっていいですねー」

などと話し合っていましたが、かすかに呆れているような、
揶揄するような・・・・、何で稼いだか知らんがなんで今月旅行なのよ?
みたいな調子がが含まれているような気がしたのは
きっとわたしだけではないと思います。

 

 

 

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ラジオ受信解析センター〜空母「ミッドウェイ」博物館

2018-09-15 | 軍艦

 

それまでのCICに、防空を目的にコンピュータによる情報処理能力を
搭載したのが、この頃「ミッドウェイ」に導入された

「ネイビー・タクティカル・データ・システム」

でした。

艦隊司令部が配置されていた艦橋真下のハンガーデッキ階には、
このNTDSを始め、(艦ではなく)艦隊の頭脳部分となる施設が
集まっているというわけです。

冒頭写真にも赤で「制限区域」という札が見えますが、
乗員であっても関係者以外立ち入りを禁止されているのがこの区域。

まずこの画面右側の前面にインストールされているのは

NAVMACS 
Naval Modular Automated Communications System

海軍モジュール式自動通信システムです。

船舶同士、または船舶と陸の間の通信を処理します。
また、船舶内のさまざまな場所にあるターミナルやワークステーションと
やりとりすることができます。

最初にNTDSが導入されることになった時、試作品として、あの
シーモア・クレイが発明したコンピュータの使用が検討されました。

最初に搭載されたコンピュータシステム、

AN/USQ-20(UNIVAC CP-642)

は、「たかつき」「たちかぜ」型、「しらね」型にも搭載されています。

ここに搭載されているのはその何世代か後になる

AN/UYK-20 Data Processor

で、1970年代に普及した小型タイプとなります。
技術者たちはこれを「Yuck=ヤック20」と呼んでいたとか。

気持ち悪いものなどを見たとき、アメリカ人は頻繁に

” Yuck! "(おえー、とかゲー、とかうえー、とか)

と言いますが、UYKを無理やりそう読ませる何かがあったのでしょうか。

部屋のこちら側にあった非常ベルのようなもの。
各ベルからパイプがあちらこちらに伸びていて、伝声管のようになっているのかな。

右側から

AN/USQ-60 データ中継セット

AN/USH-26 録音再生セット

AN/USQ-61 データ中継セット

といったコンソールの並びとなっています。

今となってはレトロな当時の最新鋭コンピュータ機器の数々。

ひな壇のようなコンソールからは紙に印刷されたデータが
随時プリントアウトされて出てくる仕組みになっています。

ロール紙が黄ばんでまだ残っている部分もありますが、
最後にここから情報が取られたのはいつのことだったのでしょうか。

各ロールをちぎる部分には、

CLEANED UP TO AND INCLUDING TOP SECRET

トップシークレットを含め、情報を残さないように、
としつこくしつこく何枚もテプラが貼ってあります。

一番右のコンソールは

TT-192C/UG

で、(こんな型番日本にいながら瞬時に調べられる時代・・・)
アメリカン・テレフォン・アンド・カンパニー(今のAT&T)製の

Reperforator, Teletypewriter

「レペーフォネーター」というのはテレタイプ伝送のための
受信穿孔(せんこう)機のことです。

と言われても何のことですか?という人が(わたし含め)多いと思いますが
この頃コンピュータの情報を記録するためには、自動パンチ機で

テープに穴をあけて情報を打ち込んでいたのです。

ここには「テレタイプライター」とあるので、コンピュータ以前の
テレタイプ受信穿孔機のことだと思われます。

1970年代のSFアニメなどでコンピュータが作動している場面には
オープンリールデータレコーダと共にテープが描かれていたものです。

ちなみに、穴あきのテープを見るだけで当時のコンピュータ技師は
だいたい何が書かれているかわかったそうです。

現在紙テープは規格のものが販売されていますが、記録媒体としては
使われませんし、これからも使われることもないでしょう。

テレタイプでしゃオペレータがタイプしたメッセージは
紙テープに格納され、その紙テープを使って送信されます。

通信速度は75WPMで、一般に1つの75WPMの回線に対して、
3人かそれ以上のオペレータがオフラインで作業していたと言います。

また、受信局で受信したメッセージも紙テープに鑽孔されるので、
それを使って別の局に中継することも可能。

読み取るのもコンピュータで、コンピュータは最高で
毎秒1000文字の速度で紙テープを読み取ることができました。

ただし、この媒体が「紙」であるということは結構な問題で、
テープの巻き戻しの際引き裂いてしまう危険がありましたし、
データが大きすぎると物理的にテープには記録が不可能です。

紙なのでちぎれたり擦り切れたりすれば全て、
あるいは一部が読み取れなくなる可能性もありました。

ただし、同時期の磁気テープは磁気に影響を受けやすく、
確実に経年劣化し、そうなるとデータは取り出せなくなるので、
紙の質によっては紙テープの方が耐久性はあったのです。

逆に紙は廃棄しやすいことも、暗号などに使われた理由でした。

先ほどの向かい側の壁にはほぼ同じコンソールが並びます。
一番左にある

TT-333A/UG

もテレタイプの機器でした。

ちなみに、当時の乗員の証言によれば、これらの機器のある部屋は
人間様より機械を大事にする観点から、夏場に冷房が入っていて、
そうでないところで働く者たちの羨望の的だったそうです。

CY-4516 A/S CABINET ELECTRONIC EQUIPMENT

が壁のように立ち並んでおります。
ここ全体を

「ラジオ・メッセージング・プロセッシング・センター」と言います。

海軍は大変広範囲の通信を無線ネットワークに頼って行います。
この部屋ではそのメッセージを受け取り、処理して各部署に伝達します。

メッセージの派出はラジオ・テレタイプを使って行われ、
受け取る方はそれを穿孔機で記録していました。

 ところで、MARS (Military Auxiliary Radio System)
補助軍用無線システム、というものがアメリカにはあります。

軍の活動に理解のあるアマチュア無線の資格を保持する民間人が
艦船や沿岸などで非常時、緊急時に通信を協力して行うシステムで、
ここミッドウェイには現在も MARSのステーションがあるのだそうです。

ミッドウェイのモールス信号デモンストレーターです。

ここには「MORSE CODE」とあるので、一瞬それが
「モールス」ということに気づかず『?』となってしまいました。

サミュエル・フェンレイ・ブリース・モールスはアメリカ人なので、
「モース」と英語圏では発音しているわけですが、当時の日本人が
律儀に「R」を発音することにしたので、こうなってしまったのです。

ここでは体験型展示として、コンポーネントを解放し、実際に
モールス信号を打たせてくれる企画なども
あるようですが、
この時は人手がないせいか、ケースで覆われたままでした。

皆が勝手に触ると壊してしまうからかもしれません。

ある通信士の思い出から。

「しばらく航海していると、通信を傍受しただけで、
誰が打電しているかわかってくるんだよ。
なぜかって、通信士には打電の癖みたいなのがあって、
コードを送るのにも一人一人違うスタイルだからさ」

こちらはテレタイプのオペレーター。

「現役時代、僕はモールス信号は覚えなかったね。
なぜって、テレタイプライターはモールス信号のトンツー
(dits and dahs)
をテキストに替えて
プリントアウトされたものを受け取っていたから」

トンツーのことを英語でdits and dahsというんですね。

モールス信号は "dots=・" と "dashes=ー"を使うのですが、
ドッツよりディッツアンダースの方が言い易いのでこうなったのかな。

日本で「ドッツ」がトン、「ダッシュ」がツーで「トンツー」です。

 「私たちはまるで電話会社のそれのようなスィッチボードを使って、
メッセージの送受信を行っていました」

「1日に何百ものメッセージを受け取るために、我々は
艦の周波数がその時々に応じて正しくチューニンングされているかどうかを
いつも確かめることが必要でした」

テレタイプライターを打っている皆さん。

「コードをタイプするより早く読むことが僕は得意だったんだ。
ただし時々夢の中でもコードが出てきたよ」

今では全く必要のなくなった技術であり、彼らの努力も今では
コンピュータの発展によって過去のものになりました。

しかし、この時にはこれが確かに「最先端の通信技術」であり
これ以上ない最善の方法でもあったのです。

 

 

続く。


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NTDS (海軍戦略情報システム)〜空母「ミッドウェイ」博物館

2018-09-07 | 軍艦

 

艦載機を見ながらフライトデッキを時計回りに周り、
艦橋までやって来たのでそこから中に入ったら、ハンガーデッキの階に
フラッグ・オフィサー(将官)アイランドがありました。

さらに進んでいきます。

説明がないのでわかりませんが、「制限区域」として
許可された者以外の立ち入りを厳しく禁じている部屋がありました。

中にはタイプを打っている人が一人だけ。

艦隊司令の執務室が近いことから、情報処理室ではないかと思われます。

艦隊司令部の執務室の一つではないかと思われます。
後ろの壁全面に地図が貼られていますが・・・、

 

左はバグダッドの市街図、右はペルシャ湾の地図です。
向こう岸がイラン、こちらの上に突き出した半島がカタールとなります。

ところで、MKが卒業してすぐ、音楽を選択していた生徒のグループで
音楽ツァーと称してウィーンに行ったのですが、
飛行機代を安く上げるために、なんとカタール航空を使ってドーハまで行き、
そこで乗り換えをしました。

まさにこの地図の半島の先っちょでトランジットしたわけですが、
わたしなどいつまでもこのころのイメージが抜けないので、
カタール航空?ドーハ?大丈夫なの?とつい心配になったものです。

ちなみに帰ってきた息子に聞くと、

「空港は全然普通、とにかくカタール航空最高!」

でした。
全席が丁重に扱われるらしく、異常にサービスが良かったそうです。

 
誰か偉い人のフライトジャケットが永久展示してありました。
キャップを見る限り艦隊司令官の(少将)もののようです。
ワッペンを見て行くと、胸に
 
第7艦隊 第70ー77機動部隊
 
「砂漠の嵐」航行記念
 
ちなみに現在のCTF70は司令部を「ロナルド・レーガン」に置きます。
「砂漠の嵐」とは、空母「ミッドウェイ」「アメリカ」「ルーズベルト」
そして「レンジャー」の4隻で示威行動として行った作戦をいいます。
 
そして左腕には、
 
 
下は、「ミッドウェイ」が横須賀を去るときの記念じゃないですか?!

「LAST MAGIC」
1973−1991 SAYONARA GOOD BYE
 
とあります。(ちゃんと撮っておけば良かった)

 
艦隊司令部のコマンドルームはここにありました。
窓がない部屋にステイタスを表す機器がずらりと並びます。
 
 
この頃の実際のステイタスが残されています。
空母「ミッドウェイ」「レンジャー」、原子力空母である
CVN「ルーズベルト」。
 
ミサイル巡洋艦であるCG(guided-missile cruiser)「バンカーヒル」、
「レイテ・ガルフ」「プリンストン」「フォード」
強襲揚陸艦にはLPH 「オキナワ」というのがありますが、これは
「イオージマ」級の2番艦で、3番艦は「ガダルカナル」です。
(どうも『日本と戦った戦地シリーズ』らしいですね)
 
そしてLCC「ブルーリッジ」の下を見てください。
あるでしょ?
 
戦艦 BB「ミズーリ」
 
が。
いやー、この当時ミズーリを知っている人はびっくりだったんだろうなあ。
 
「ミズーリ」は朝鮮戦争の後予備役入りをして展示艦になっていたのですが、
先日もお話しした海軍の「600隻艦隊構想」によって
 
33年ぶりに現役に復帰
 
し、ここに名前があるというわけです。
いくら「数のうち」とはいえ、下手したら一つの艦が進水してから
退役するまでと同じ時間現役を離れている船を引っ張り出してくるとは。
 
前回も言いましたが、この600隻艦隊構想でモスボールから復活したのは
 
「アイオワ」「ウィスコンシン」「ミズーリ」「ニュージャージー」
 
の4隻。
そのうち「アイオワ」はその功績を称えるため(だと思います)、
ソ連が崩壊してその必要がなくなり今度こそ現役引退した際、
ロスアンジェルスで博物館展示されることになり、今もそこにいます。
 
実はですね。

わたくし、今回しっかりと「アイオワ」も見学してまいりましたので、
「ミッドウェイ」シリーズ終了後にまたお話ししたいと思います。
 
このボードには「ウィスコンシン」の名前も見えます。
 
 
このコンソールの説明がありました。
 
NTDS (NAVAL TACTICAL DATA SYSTEM )
 
海軍戦略データシステムは、コンピュータ化した情報処理システム。
1900年代においては、初めて軍艦や航空機に搭載されたものです。
 

その開発のきっかけはなんと、日本軍が戦争末期に行った特別攻撃でした。

特攻がアメリカ海軍にもたらしたものは精神的な破綻だけではありません。
空からの攻撃に対する軍艦の対処能力はレシプロエンジン機に対しても
ギリギリ限界であり、より高速のジェット機が同様の攻撃をかけてきた場合、
システムの破綻は不可避であることを何より思い知ったのです。

 

そこでアメリカ海軍は艦対空ミサイル、ターター、テリア、タロス
「3Tファミリー」を開発し、その一方、攻撃手段に対して指令をあたえる
「頭」の情報処理能力の向上を追及していきます。

特攻機の迎撃にあたっても、問題となったのは攻撃能力というよりむしろ
情報処理能力だったのです。

前にも書いたことがありますが、情報を統合処理する戦闘情報センター (CIC)
をもってしても、「紙と人と声」に頼っている限り、同時に処理できる目標は
せいぜい12機程度が限界で、20機の目標に対しては、完全に破綻することが
イギリス海軍の実験によってわかってしまったのです。

 

そこで情報の処理を自動化することにしました。
まずアナログコンピュータによる

武器管制システム (WDS)

続いてデジタルコンピュータ使用による

半自動式防空管制組織 (SAGE)

続いて

海軍戦術情報処理システム (NTDS)

各艦が同様の情報処理システムをもち、これらをデータリンクによって連接することで、
艦隊全体の防空を統合することができるようになりました。

モックアップで運用の訓練を行なっているところ。
上で見張っている人の机が事務机なのと電話の形が和みますね。

NTDSというのは一言で言うと、

「コンピュータを本格的にCICに持ち込む」

と言う時代の先端をいくという革新的なものでした。
しかし、探知情報の入力や目標割り当てはマニュアル式で、
自動化といっても案外人の手が必要だったので
現場での評判は必ずしもよくなかったということです。

しかし、大東亜戦争の日本軍の攻撃から生まれたNTDSは
ベトナム戦争における北爆で大きな進展を遂げることになります。

E-2の空中戦術情報システム (Airborne Tactical Data System, ATDS)
連接されたNTDSは、攻撃機の管制において多大な効果が得られたのです。

この実戦経験からソフトウェアの開発も進められ、対空戦のみならず
のちには対潜戦、対水上戦にも対応するようにシステムは発展します。

コンソールの上には「IFF」敵味方判別のためのアイコンがあります。

洋上目標 NTDS ship blue.PNG NTDS ship red.PNG NTDS ship yellow.PNG NTDS ship green.PNG
航空目標 NTDS air blue.PNG NTDS air red.PNG NTDS air yellow.PNG NTDS air green.PNG
ミサイル NTDS msl blue.PNG NTDS msl red.PNG    
ヘリコプター NTDS helo blue.PNG NTDS helo red.PNG   NTDS helo green.PNG
潜水艦 NTDS sub blue.PNG NTDS sub red.PNG NTDS sub yellow.PNG  
魚雷 NTDS torp blue.PNG NTDS torp red.PNG    
地上目標 NTDS grnd blue.PNG NTDS grnd red.PNG   NTDS grnd green.PNG

自動化されたといってもこういうのを書き込むのも人だし・・・。

CV61 の「レンジャー」とCV41「ミッドウェイ」の
艦載部隊とそのコールサインが書かれています。

なになに、 VA185のイントルーダー部隊「ナイトホークス」は
コールサインが「Maverick」(一匹狼)だって?

「ミッドウェイ」と「ミズーリ」「ウィスコンシン」は同じユニットでした。

さて、コンピュータ付きのCIC、NTDCを通り過ぎると、
次に表れたのは通信関係の施設です。

 

 

続く。

 
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フラッグ・オフィサーズ・アイランド〜空母「ミッドウェイ」博物館

2018-09-05 | 軍艦

空母「ミッドウェイ」のフライトデッキを時計回りに艦載機を
見学してきて、ちょうど艦橋の根元にたどり着きました。

甲板と同じレベルにはフライト・デッキ・コントロールがあります。
海軍で「ウィジャボード」(コックリさん)と呼ばれている
ボードでデッキの機体のステイタスを把握するところです。

そこから見学路が下に続いていたので階段を降りていきました。

おお、ブルードレスも凛々しい海兵隊員がお出迎えだ。

海兵隊というのはつまり水陸両用部隊で、乱暴な言い方をすれば
文字通り「殴り込み部隊」だと思ってください。

海軍と海兵隊は独立した別組織ですが、案外皆が知らないことは
どちらもが海軍省の隷下にあるということです。
海軍の艦艇に海兵隊が乗っている、というのは、例えば海上から
小型ボートや水陸両用車などで輸送されて、敵地に上陸のは海兵隊の役割です。

先日ご紹介した映画「マスター・アンド・コマンダー」には
制服の違う「マリーンズ」が乗り組んでいるのが描かれていましたが、
帆船時代からこの分業は行われてきたのです。

海軍は水上艦同士で砲撃戦が行うのが仕事ですが、戦争には
敵の陸地に上陸して陸上戦を行うという必要性が出てきます。

しかし敵地に上陸後自軍陣地を構築したり、
敵地に侵攻するということは全くの専門外。

そこで艦船に搭載して敵地に送り込む専門の部隊が生まれました。
これが後の海兵隊の始まりです。

しかし、「ミッドウェイ」に揚陸部隊が乗っているって変じゃない?

と思った方、現代の海兵隊と海軍の関係は昔とは違います。
大型艦艇に乗り込んでいる海兵隊員の役割は「警備」なのです。

皆さんはホワイトハウスの警備を海兵隊員が行なっているのをご存知でしょうか。

ホワイトハウスの内側:海兵隊歩哨

日本語字幕がついているのでぜひご覧いただきたいですが、
ホワイトハウスには4人の海兵隊員が30分交代で歩哨に立ち警備を行います。

海兵隊全員の中からたった4人しか選ばれない大変名誉な仕事で、
おそらく厳しい審査があるのだと思われます。
歩哨に立っている間は、たとえ「鼻が痒くても掻くことはできない」し、
ビデオにもあるように強風でクリスマスツリーが近くで倒れるような
アクシデントがあっても微動だにしないのが歩哨の任務です。

在外公館の警備も海兵隊がいわゆる在外公館警備対策官として
本国から派遣されて行います。

それでは「ミッドウェイ」艦内の海兵隊員は何を警備するのでしょうか。

空母の艦内には、特殊兵器の貯蔵庫や極秘文書など、24時間体制で
警備をしなければならないポイントがあります。
海兵隊が警備を任されているのはそういった重要なものが収納されている
部屋そのものだったりします。

そういった部屋はたとえ「ミッドウェイ」の乗員に対しても
厳に秘匿されているのが普通で、下士官兵、もしかしたら士官も
一部を除き何が中にあるのか全くわからない部屋、というのがあり、
外からは覗きこむこともできないように窓を黒塗りにしてあったりするのです。

結構大きな窓なので、好奇心の旺盛な水兵などが、

「中に何があるんだろう」

などとガラスにおでこをくっつけて中を見ようとすると、
たちまち中からガラスがドーンと叩かれ、

「こらあっ!すぐにそこをどけえっ!」

とものすごい勢いで怒鳴りつけられるのです。
大きなガラスは警察の面通しで使うワンウェイミラーになっていて、
ガラスの内側では海兵隊員が外を見張っているからです。

彼らは警備に当たるときがっつりと武装しています。

空母では航海中何らかの緊急事態が起こった時には
「セキュリティ・アラート」が発令され、対処します。

理由は様々で、秘密文書が紛失したとか、入港中に
不審者が侵入していたのがわかったとかですが、そうなると、
乗組の海兵隊員は全員がM-16自動小銃やガバメント45拳銃を持ち
艦内を走り回ることになります。

セキュリティ・アラートが発令されると、艦内の一切の作業は一旦停止。
しかし、何があったのかこそこそ話し合ったり、走り回っている海兵隊に
何があったの?とか聞くことは断じて禁止されています。

そんな時に何の関心も持つなという方が酷な気もしますが、とにかく
セキュリティ・アラートの放送があり、対象になった周辺では、
好奇心どころか全員床にうつ伏せに体を横たえなくてはなりません。

作業をしていた場所がどこかは全く関係ありません。
シャワーを浴びていれば裸でシャワーブースの床に、
トイレに入っていればズボンを下ろしたままでトイレの床に、
発令が解除されるまで長い時には數十分もの間、ずっと
「死んだふり」をしなくてはいけないのです。

それも大変ですが、セキュリティ・アラートが発令になる、つまり
緊急事態でもあるので、海兵隊員も全員がそれまでやっていたことを
一切切り上げて任務に当たらなくてはなりません。

ですので、必ずといっていいほどパンツ一丁にブーツだけ履いて、
武器を持って走り回っている海兵隊員が出てくるのだそうです。

空母に転勤してきたばかりで、そんな光景が珍しく、寝ているときに
つい頭をもたげて見てしまったり、最悪笑ったりするとさあ大変。
殺気立った海兵隊員にまたしても物凄い勢いで怒鳴りつけられてしまいます。

ちなみにセキュリティ・アラートの時の「ダイ・インの掟」
全ての人に平等に適応され、将官であろうがチーフであろうが、
大人しく床にうつ伏せになってこれをやり過ごさなければなりません。

ホワイトハウスほど厳密ではありませんが、海兵隊員は
艦隊の中でも「要人警護」を任務とすることがあります。

また海兵隊員は「オーダリーズ」と呼ばれ、例えばアドミラルに
伝令を行うなどという任務を行うこともあります。

この海兵隊員が警備しているのは、ここ「アドミラルズ・カントリー」

「ミッドウェイ」の中でも、将官が生活する区画です。
右に入っていくと、そこは「フラッグ・オフィサー」のキャビン

冒頭写真の光景が広がっております。

”Flag Officer”というのはアメリカ海軍と海兵隊においては

「少将以上」

のランクで、これらの位を「フラッグ・ランク」と呼ぶこともあります。
関係ないですが日本だと袖の金線が太くなるので「ベタ金」とか言いますよね。

つまり、その人が乗艦したらその階級を表す旗が揚げられる位が、
「フラッグランク」というわけ。

部屋には入れないようになっています。
軍艦の中なのにベッドはキングサイズ。
蚕棚みたいなところで寝ている人もいれば、一人で
枕を二つ並べてどんな場所でも寝放題な人もいるのが軍艦。

洗面所は流石にリッツ並みとはいきませんが、(むしろしょぼい)
ホテルの部屋のようにベッド両脇にはベッドチェストまで。

ベッドの上部に飾っている細い旗は、

「コミッション・ペナント」「マストヘッド」「ロングナロー」

などと呼ばれるものです。
あえて日本語に訳すと「就役旗」という感じでしょうか。
自衛隊では単に「長旗」といっているようです。
長旗がどうしてこんな形をしているかというと、英蘭戦争の時に
確か英国軍の艦長が、相手を「鞭で打ってやる」みたいな挑発をするため、
わざわざ作らせたとか理由があるそうですが、本当のところはわかりません。

司令官が乗艦しているときにそれを表すために揚げられ、
例えば司令官が戦死した場合には航海中この旗が半旗で掲揚され、
その遺体を運ぶボートでも、棺の葬列にもこれを用いなくてはなりません。

公式にではありませんが、この旗は実質その司令官専用のものとして、
任務が終われば個人に与えられるという慣習があるようです。

この額入りのコミッション・ペナントは、(近くで見られないので想像ですが)
おそらくかつてこの部屋の住人だった「ミッドウェイ」の司令官個人所有のもので、
博物艦となるにあたって寄贈されたものと思われます。

ペナントの星の数は、長いものだと13個あったりした時代もあったようですが、
この写真のものは7つ星で、1800年代にボート用にコンパクトになったものだそうです。

戸棚の中にテレビとラジオがセットされているというのが軍艦ですね。
壁収納で実に部屋がすっきりしております。
これだけ引き出しがあれば、どんな衣装持ちさんでも大丈夫。

クローゼットの中にある制服から、この部屋の主がリア・アドミラル、
少将であったらしいことがわかります。

コーヒーメーカーがあったり、現役のゴミ箱もあるので、
今でもよく使われている部屋みたいですね。

「ミッドウェイ」では他の展示軍艦のように一人っきりになれることは
滅多になく、いつも見学者がどこにいってもウロウロしています。

アメリカにも上座という概念があるのかどうかは知りませんが、
部屋の奥中央に偉い人が座ることになっているようです。

星二つのカバーのかかった椅子は、少将専用・・・?

それから近くで写真を撮るのを忘れましたが、後ろの絵は一体・・・?
シルエットはなんとなく輸送機のC-130っぽいですが・・・。

ところでこの部屋は何かと言うと、CTF77、つまり
(キャリア)タスクフォース77、第77任務隊の司令部です。

現在は「第7艦隊隷下の機雷戦部隊であり常設ではないようですが、
創設以来、第二次世界大戦、朝鮮戦争、冷戦、ベトナム戦争、
湾岸戦争、イラク、アフガニスタンと任務を行ってきました。

第77任務隊が「ミッドウェイ」を旗艦としていたのは、ベトナム戦争後、
1973年10月以来、FPS(Forward Deployed Naval Force)として
日本に展開した頃です。

湾岸戦争では第77任務隊は「砂漠の盾」「砂漠の嵐」作戦に参加しました。

1990年、イラク侵攻から再び「ミッドウェイ」を旗艦とした第77任務隊は、
「ミッドウェイ」の他、「レンジャー」「セオドア・ルーズベルト」
「ジョン・F ・ケネディ」「サラトガ」「アメリカ」などでペルシャ湾に展開しています。

大佐の制服があるので、艦長かエアボスの部屋ではないかと思われます。

エアボスは艦長と同等の位で、フライトオペレーションの全責任者。
フライトオペレーションの開始とともに空母全体が彼の指揮下に入るのです。

ちなみに、艦長とエア・ボスは共に「寝ない」のだとか。
エア・ボスの子分?に当たる役職は「ミニ・ボス」といい、
中佐の配置で、ミニ・ボスはエア・ボスが不在の時、その権限を
任されることになっているのですが、エア・ボスが寝ないので
滅多に出番がないのだそうです。

じゃミニボスはいつも何をしてるんだ、って話ですが、おそらく、
エア・ボスがいなくなるのを待っているのではないでしょうか。

この部屋のソファーはどうやらベッドになるタイプのようですが、
果たして寝ない艦長あるいはエアボスの部屋であれば、
このソファーが使われることはあまりなかったのでは・・・。

ちなみにソファーの上に黒いカバンが置いてありますが、これリアル。

自衛隊でも、これと全く同じようなカバンを副官が持ってますよね。
いつも中に何が入っているんだろうと思いながら見ています。

偉い人たちの食事を用意するキッチンがありました。
後ろ向きの従兵?が、左腕にナプキンをかけて
何やらサーブの用意をしているようです。

分厚いビーフステーキにポテト丸々一個、バター乗せ。
司令部はそんなにたくさん乗っているわけではないので、
小さなキッチンで食事を皆用意できるのだろうと思われます。

初級士官ですら食事の時にはサーブが付くくらいですから、
フラッグ・オフィサーともなると大変な格式で食事をするのでしょう。

余談ですが、アメリカ海軍では階級による待遇の違いが大きいせいか、
士官と下士官兵の雰囲気というのは歴然としていて、

「風貌が我々下々の者とはちょっと違っていて、
たとえジョギングウェアでもなんとなくそれとわかる。
肌が綺麗で髪が整い、無意識のうちに気取っているのか・・・・。
きっとそのように訓練されているのだろう」
(『空母ミッドウェイ』 )

だそうです。

 

続く。

 

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シューターと「ウィジャボード(コックリさん)」〜空母「ミッドウェイ」博物館

2018-08-22 | 軍艦

自衛隊の練習艦隊遠洋航海は、必ずアメリカ西海岸でサンディエゴに寄港します。
ここには西海岸最大の海軍基地があり、米海軍との交流が行われるからですが、
現地で我が練習艦隊の皆さんはサンディエゴ埠頭にある海洋博物館や、この
「ミッドウェイ」を見学するのが定番の観光となっているようです。

そんな訓練幹部たちは街に繰り出す時も制服着用だったりするわけですが、
白い制服の幹部が「ミッドウェイ」艦上で、この有名な「シューター」と
同じポーズで撮った写真を見たことがあります。

ミスターシューターのポーズは、この通り。
左手を後ろに組み、右手で二本指をまっすぐ甲板と平行に伸ばす。

カタパルトから艦載機を「シュート」するときの定番ポーズです。

Shooting Ted's boots

テッドって誰だよ、って感じですが、転勤が決まったので、
恒例の「ブーツシューティング」が行われています。

このユーチューブで注目していただきたのが、ブーツをシュートするときの
黄色いベストの人のポーズ。
一瞬ですが、ちゃんとこれと同じことをやっていますね。

Shooter Stu

ついでにこちらも。
途中からいちいち吹き出しで状況を説明してくれているのが超親切です。
1:00からはなぜか凸凹コンビ二人でやっています。
タイトルからしてメンターと新人かな?

轟音の中の作業なので身振り手振りでのサインが共通言語となっていて、
吹き出しを読みながら見ると大変新鮮ですので是非ご覧ください。

例えばシュートの前に左手をひらひらと振るポーズですが、

「Takes control, signals for military.」

それに呼応してパイロットは離艦の許可を得るための敬礼をします。
シューターは最終のチェックのための動作を行い、それからしゃがんで
ランチシグナル(発艦)をパイロットに与えるのです。

このサインが出なくてはそもそもカタパルトも動きません。

いやー、こんなの見るとシューターやってみたい!って思ってしまいますよね。
だってかっこいいもん。

というわけで、フライトデッキの「シューター」は同じポーズを決めて写真を撮る人で大人気。

大人も子供も、一緒にシュート。

わたくし、我が自衛隊の訓練幹部がシュートくんと撮った写真を
家族の方から携帯で受けとったことがあるのですが、

てっきり人形ではなく本物だと思い込んでいました。

ちょうどアメリカで「ミッドウェイ」を見て帰ってきたばかりだったのですが、
その時の見学は
推定年齢68歳の老人と一緒だったのでフライトデッキまでたどり着けず、
甲板にはこんなコスチュームのボランティアがいたんだと勘違いして、

「きっと海自の制服だったので、
”ヘイ、そこのエンスン、やってみなYO!”
と誘われたのでは・・・」

などと返事に書いてしまたたものです。

それくらいリアルに見えたのですが、この角度で見ると
どうも左足がねじれすぎて不自然な気がするの。

とにかくこのシュートくん、「ミッドウェイ」のシンボル化していて、
あちこちの写真に登場する人気者です。

シューターが黄色いシャツを着ているということを広報するのに
こんな効果的なマネキンはないのではないでしょうか。

ちなみにこのシューター、階級でいうと大尉が中心だそうです。

艦載機の発艦準備完了を確認し、キャット
(CAT=キャタポルト=カタパルト)を作動担当者に
このポーズで
スタートの合図を送るのが彼の任務。

シューターの合図を受けると、キャット担当者がボタンを押すことで
初めて発艦!となります。

どこの空母でも甲板でフライト・オペレーション行う色シャツの
役割と名前を説明しているのですが、ここのはパネルが用意され、
大変わかりやすい展示となっています。

黄色シャツが可愛い女性のモデルだったりしてサービスも。
と思ったら、このパネルの皆さん、「ニミッツ」の本物の乗員なんだとか。
こりゃびっくり、「美しすぎる海軍軍人」だ。
よく見たら結婚指輪をしています。

黄色ジャージは「ボースン」と呼ばれていて、エアボス
(フライトオペレーションの最高責任者。艦長と同階級の大佐の職で
『寝ない』と言われるすごい人)やハンドラー(フライトデッキとハンガーベイの
責任者で中佐)の歩兵というか、手足というか、手先。

日夜フライトデッキを走り回ってオペレーション全体に目を光らせる
現場監督のようなもので、中尉や少尉が務め、

LDO(リミテッド・デューティ・オフィサー)

と呼ばれています。
この女性は違うと思いますが、下士官のチーフ出身が多く、
兵学校出身の士官よりベテランである分知識も多いけれど
大体が恐ろしい存在なんだとか。

 

紫ジャージはそのものズバリで「グレープスと呼ばれており、
ジェット燃料の補給係です。
E−3からE-6までがいて、艦載機に補給できるのは彼らだけです。

茶色ジャージはプレーン・キャプテン

それぞれの艦載機部隊に大体10人が配属されます。
機体の検査、オイルや油圧駅の補給を行う係で、重労働だとか。

だれでもできる仕事ではないので、優秀な人が配置されるそうです。

白色ジャージはセーフティ

安全=白というイメージは世界共通。
艦載機部隊に所属し、昼間、夜間一人ずつフライトデッキに上がって
安全面のチェックに目を光らせる役目です。

またはLSO(ランディング・シグナル・マン・オフィサー)

フライトデッキ左舷後方に設置されているLSOプラットホームに立ち、
着艦するためアプローチしてくる艦載機の体勢(高度、スピードなど)
をパイロットに無線で指示する係。

この白色ジャージもヘルメットを脱いでいますが、実際にも
LSOはフライトデッキで唯一ヘルメットを付けず、

「それがかっこいいと思っている節がある」

ということです。
大尉中心のパイロットが、艦載機部隊から順番に任務に就きます。

赤色ジャージ、レッドシャツは武器取り扱いスペシャリスト

緑ジャージはLSE(ランディング・シグナルマン・エンリステッド)

ヘリが着艦するとき、ハンドシグナルを行い着艦点を指示する係。
発艦の時もヘリコプターのパイロットはLSEの指示に従う。
LSEのほとんどはヘリ部隊から出され、優秀な人が多いとのこと。

キャットウォークにグリーンシャツの人がいましたが、
本当にこんなところでヘリ着艦の指示をしていたの?

またはトラブルシューター

艦載機部隊の整備員も緑のジャージを着ています。
このパネルの人はLSEだと思いますが。
トラブルシューターはフライトオペレーションが始まると
部隊から一人ずつデッキに待機して、機体にトラブルが起きると
文字通りそれを解決する役目です。

臨機応変にやらなくてはいけないので、経験豊富な
ベテラン整備員がトラブルシューターに充てられます。

青色ジャージは「ブルーシャツ」。牽引車の運転手です。

イエローシャツの指示に従って艦載機を移動する牽引車を運転する、
という役目ですが、モタモタしていると、イエローシャツという人たちは
直接牽引車に乗って仕事を奪っていくので要注意です。

艦載機用のエレベーターを操作するのもブルーシャツ。
場合によってはメッセンジャーのお仕事もします。

一番右の「レッドシャツ」は「ファイアーファイター
消防士です。
火を消すだけでなく、ダメージコントロールのスペシャリストです。
この配置に就くためには大変厳しい訓練を受けなくてはなりません。

 

ブリッジの甲板階、つまりフライトデッキと同じ階に、
ハンドラーが陣取るフライトコントロールルームがあります。

ハンドラーとは先ほども書いたように、フライトデッキと
ハンガーベイの責任者で中佐の職となります。

黄色いシャツの「ボースン」たちを駒のように使い、
艦載機用エレベーターもハンドラーの許可がなくては作動しません。

時間がなくて細部を撮りませんでしたが、ここにはご覧のような
上下デッキ(上はフライトデッキ、下はハンガーデッキ)を表す
二段のテーブルがハンドラーのために設置してあります。

コントロールルームで現在状況を聴きながら模型を動かしています。
奥にいる人がハンドラーで、模型を動かすのは若い衆にやらせます。(中佐ですし)

各艦載機の形をした模型を配置して、それぞれの機の現在地、
整備、燃料、給油、移動の状況などを表すボードです。

模型の上にはナットやネジなどを置いて表示することもあるそうです。

このボードを「OUIJA Board」(ウィジャボード)と呼ぶそうですが、
これはもともと降霊術もしくは心霊術を崩した娯楽のために用いる文字盤のこと。

ウイジャ(Ouija)とは、フランス語で「はい」を意味する Oui と、
ドイツ語で「はい」を意味する Ja から作られた造語です。
(どうりで変な言葉だと思った・・・・)

ところでこのウィジャボード、複数人で文字盤を囲み、参加者全員が
文字盤の上に置かれた「プランシェット」に
手や指を添え、
誰かが質問をすると、プランシェットが勝手に?動き出し、
回答を文字で指し示すという・・・・そう、まさにこれは西洋版

コックリさん。

あちらでもプランシェットが動く科学的な理由は解明されていないそうですが、
洋の東西で全く同じことが行われているというのは興味深いですね。

アメリカ海軍では、このボードや机上演習盤(スポッティングボード)のことを
「ウィジャボード」と呼んだりするそうです。

ある日・・艦載機の上に皆で手を置いたら模型がひとりでに動き出し、
それと共に誰も乗っていない艦載機が

「勝手に動き出した」

という話が・・・・((((;゚Д゚)))))))(嘘)

 

 

続く。

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「シタデル・イン」〜ドック型強襲揚陸艦「アルビオン」

2018-08-15 | 軍艦

英国からやってきた強襲揚陸艦「アルビオン」見学記、最終回です。

舷側を左回りに歩いていくと、左舷に銃が装備されていました。
強襲揚陸艦ですから、機銃があるのは当然ですが、これも見学者は触り放題。
驚くことに、周りには海兵隊どころか乗員は誰もいません。

海兵隊のHPによると、この銃はMk44ミニガンということでした。

一般的に艦上に搭載される電動式の6砲身の武器で、
最高6000/rpmの高速度で7.62mm x 51mmの砲弾が発射されます。

写真を撮っていると、あっという間に男性の手が伸びてきました(笑)
こんなところに置いてあって触り放題、誰でもちょっとのぞいてみたくなります。

wikiによると「アルビオン」は12.7mm機銃を4基備えているということです。
12.7mmということは、ブローニングM2重機関銃だと思いますが、
これはブローニングM2の典型的なタイプだと思います。

右下の袋で薬莢を受けるんですね。

救命艇は「サバイバルスーツ」と称するようです。
非常用なので一回ごとの使い捨て。

というか、これを使う場面になったらもう終わりです。

左舷側のドア、ここに書いてある

CITADEL IN

という言葉に注目してみましょう。
「シタデル」というのは普通は「城塞」などを意味する言葉です。

企業名にもよく使われるようですが、海事用語で「シタデル」というと、
軍艦など、特に戦艦の司令塔や、砲塔、機関部などのような重要な部分だけに
集中的に装甲を施す防禦形式のことを指していいます。

強固に内部を守る城塞になぞらえているんですね。
つまり、このドアの部分は特に装甲を厚くしてあるはずです。

装甲を分厚くすることは、艦の生存性をあげることにつながりますが、
部分的に重要な部分だけに装甲を施すことで、排水量を抑えることができます。

このアイデアは、主に排水量が大きくなかった前弩級戦艦に用いられました。

旧海軍ではこれを弩級戦艦や超弩級戦艦に用いた場合

「集中防御方式」

と称していましたが、海外ではこの区別はなく、一律「シタデル」とします。

「シタデル」は軍艦だけに存在するわけではありません。
例えば民間の船舶でも海賊などの襲撃を受けた場合に備えて
避難・籠城を目的とした強固な防壁を施した部屋を持っていることがあり、
この部屋や区画を「シタデル」と呼部こともあるということです。

日本の護衛艦とか、例えば今日横に泊まっている「うらが」もそうですが、
上部構造物の舷側はここまで広くありません。

「アルビオン」の舷側甲板がここまで広いのは、集団が舟艇に
ここから一気に乗り込んでいく
場合に備えているからだと思われます。

その広い通路に、地面に何やら置いて展示しているコーナーあり。
海兵隊員ではなくネイビーが見張りに説明のため立っています。

舟艇に乗り込む場合に装着する救命ベストとヘルメットですね。
ヘルメットは軽量に見えます。

RIB (Rigid-hulled Inflatable Boat)

は複合艇のことで、海上保安庁でもこのように称しています。

先日、海保の観閲式で海賊退治?の模擬展示をご紹介しましたが、
あれで海の上をボンボン跳ねながら海賊船を追いかけ、周りを回って
追い詰めていた「トッケイ」の硬化ゴムボート、あれが「RIB」です。

救命ベストに書かれた

Rib's only Manual

という意味がいまいちわからないのですが、
複合艇でのみ使用される、ということかしら。

 

大変写真が撮りにくかったのですが、これが複合艇のようです。
今調べたら、イギリス海兵隊のRIBを製造しているのは

BAE Systems Halmatic

という会社であることがわかりました。
実は昨日までわたくし、ワシントンDCにいたのですが(理由はわかるね?)
ファランクスを作っているレイセオンの近くに、この
「BAE」の巨大なビルを見つけ、

「あれ、これなんだっけ、最近ブログで扱ったな」

と考えたところでした。
「BAE systems」はイギリスの国防・情報セキュリティ・航空宇宙関連企業、
「Halmatic」は同社のボートを作っている部門なのです。

RIBに乗り込むチキはこのようなオレンジのスーツに先ほどのジャケット、
ヘルメットを身につけます。
ボートの操縦をする席は馬にまたがるようになっていますね。

揚陸を支援するための銃が装備されたこちらのボートは?

こんな大型の舟艇が吊ってありました。

これは

LCVP(Landing Craft, Vehicle, Personnel)

という上陸用舟艇です。
最初にこのタイプをRMが採用したのは1962年で、
「アルビオン」搭載はそのMk5、第五世代となります。

1隻あたりの収容人員は海兵隊35人、操作する海軍が3人。
1隻38名、4隻で一個中隊140名を揚陸させることができます。

無理やり中を覗き込んでみる。
搬送される海兵隊員はここにぎっちりと座るわけです。
複合艇のように海上を高速航走するわけではないのでベルトはありません。

ボートには可動式の屋根があり、天候に対応化。
船の周囲には物を入れる棚付です。
中で糧食を取ったり仮眠をするというような場面もあるのかもしれません。

ここがLCVPの操舵室。
ここは全部が「シタデル」状、装甲はかなり強固に施されているはずです。

本日の展示には珍しく、装備のスペックを紙で貼り出してくれていました。

舷側から撮ったLCVPの上部。
一体何がどうなっているのかわけがわかりません。

ちなみにこれがwikiのLCVP全体像。
甲板にカプセルを積んでいるように見えますね。

というわけで前甲板を回って元のところに戻ってきました。
同じ海兵隊員が見学者の写真サービスに勤しんでいます。

いやー、しかしいい笑顔だ。

見学を終わり、先ほど上ってきた傾斜を下って行きます。

この見学では一切階段を上り下りすることがありませんでした。

だからなのか、見学者の列の中には車椅子の方もいましたが、
流石にこの坂を車椅子では無理なので、屈強の隊員が椅子を抱え、
軽々と持ち上げて甲板に連れていってくれたのではないでしょうか。

それにしてこのキャタピラ付きの巨大な車、用途はなんでしょうか。

海兵隊員のバックパックが手すりに鈴なりに吊ってある眺めは圧巻です。
もちろん日常の荷物ではなく、戦地に展開する際に必要な物が入っているのでしょう。

甲板のどこかにこの背嚢が置いてあったので、ふと手をかけてみましたが、
片手ではぴくりとも動かなかったので多分10キロ以上はあると思います。
きっと鍋釜一式とかも入っているんじゃないかしら。

筒のように見えるのは簡易寝具だと思います。

しかし、この収納場所、確かに場所を取らずにいいかもしれないけど、
ここに吊ったり外したりなんて、人の力でできるんでしょうか。

まあでも。
こういう人を見るとできるかもしれないという気もしますね。

今回初めてロイヤルマリーン、ロイヤルネイビーの兵士たちを間近見ましたが、
人種が様々なアメリカ人より平均して背が高いように思います。

それと、制服の階級章がなぜか体の真ん中にあることも大きな違いです。

 

一体このヴァイキング、何台搭載できるのでしょうか。

ちなみに搭載できる海兵隊員は最大で710名です。
今回は非常時ではないのでその半分くらいかもしれませんが、
300人以上も海兵隊員がいるってことなんですね。

これだけいれば何人かは酒癖悪い人もいるはずなので、
前回ご紹介した佐世保の事件みたいなのが起きてしまうわけです。

「そういうことするのは絶対海兵隊」というコメントがありましたが、
わたしも海兵隊には悪いけどすごく納得してしまいました。

今まで見聞きしたニュースでも、台風の日とか、増水している川で泳いで
行方不明になるのは必ず海兵隊員だったという記憶です。

なんて言うんでしょうか、ネイビーより「脳筋」の多そうな感じ?

この部分に、もう一つウォータークーラーがあり、しかもそれは
信じられないくらい冷たくて、汗を大量にかいた身体に染み渡るほど美味しく、
わたしはつい夢中で2杯立て続けに飲み干し、暫し息をつきました。

現場に待機している「アルビオン」の乗員は皆が水筒を持参していましたが、
そういえば先日の阪神基地隊での「サマーフェスタ」で、あの猛暑の中
自衛官の皆さんはウォーターボトルなんて持ってなかったよなあ、と思い出し、
改めて色んな意味で彼らの立ち居振る舞いに頭が下がる思いがしました。

この日はテントでカバンと金属チェックをしていましたが、いつもは
舷門でこのようなプレートを掲げてチェックを行うようです。

わたしたちが出口になっている舷門から降りる時の光景。
まだまだ列は解消しそうにありません。

舷梯の下にはいつも自衛隊の艦艇公開でおなじみのネットがありますが、
このネット、実は一般公開と関係なく、主に
酔っ払って帰ってきて脚を踏み外す乗員のために張ってるんですって。

わたしがこのことを聞いたのは元自衛官ですが、この方の場合、
現役時代に最低数回は海に落ちた乗員を拾ったことがあるそうです。

自衛隊は規律がしっかりしてるからそんなことは絶対に起こらない!

と思っていた、そんな時代がわたしにもありましたが・・・。

まあとにかく自衛隊でもあるんだから、アメリカやイギリスの海兵隊なら、
一晩に一人ペースで海に落っこちてそうです。

この二人は舫を杭に巻きつけて浮き台を岸壁に近づけていました。
なぜこんな時間にこの作業をしていたのかはわかりません。

朝ここを通りかかった時にはその珍しさに目を輝かせて写真を撮りまくった
水陸両用車「ヴァイキング」ですが、一通り見終わって出てきてみれば、
「アルビオン」の中ではそれこそスズメ並みに珍しくありませんでした。

「うらが」の見学する人はいないわけではありませんが、
1時過ぎで数えるくらいしか甲板に人影がありません。

乗員にとっては稀に見る楽ちんな一般公開だったんじゃないでしょうか。

というわけで女王陛下の海軍艦「アルビオン」見学を終わりました。

われわれが日頃目にする機会のないアメリカ以外の艦というだけでも
暑さの中出かける価値は大いにありましたし、何と言っても、
ロイヤルネイビー&ロイヤルマリーンの佇まいとか立ち居振る舞いは、
「装備より人」に興味のあるわたしにとっては眼福というべきもので、
この日、心から満足し、一種の達成感すら感じながら帰途についたのでした。

 

終わり。

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ロイヤルネイビーの「グロッギー」騒動始末〜強襲揚陸艦「アルビオン」

2018-08-14 | 軍艦

強襲揚陸艦「アルビオン」見学、テントを一度抜けて、後甲板から
右舷舷側に出て来ますと・・・・、

びっちりと並ぶ2両連結の「ヴァイキング」。
見学者はその横をほとんど監視なしで通り抜けていきます。

その気になれば、車両を素手で触り放題。
もちろんお行儀の良い日本人は誰一人そんな暴挙に及んだりしません。

地面に鎖で車体を固定する装備が甲板に設置されているので、
そこに停めていくというわけです。

ちなみにその気になればですが、車両の間をすり抜けて向こうに出られます。
もちろんお行儀の良い日本人は誰一人として以下略。

車両の固定の仕方をよく観察してみましょう。

固着装置は甲板側に装備されており、そこから伸張された鎖を、
車体の前部にあるフック掛けにバッテン状に引っ掛けて固定します。

一つの固定場所からは二本鎖が出ていて、別々の車を固定します。

このキッチリ感がたまらないですね(個人的に)

「ヴァイキング」は水陸両用車ですが、基本ウィンド部分までは沈まないので、
運転席とその横の席の窓は普通にガラスです。(強化ガラスだと思いますが)
ただし、車体の割にとんでもなく窓が小さくて外が見にくそう。

窓に車両情報が内側から貼ってありました。
いや・・・ただのサンシェードがわりかな?

車体は、特に喫水線にあたる部分は傷だらけです。
もっとも傷がついても修理するという考えは一切なさそう。

ところでこのシェイプ、窓ガラスから前部にノーズが伸びていますが、
これ、運転者の「脚を収納する部分」であることがわかりました。

中を覗き込んだ連れが、

「信じられないくらい中狭いですよ!」

というのでわかりにくいのは承知で写真を撮ってみました。
確かに・・・・狭い。

「しかし、イギリス人って、体のでかい人が多いのに、ミニクーパーといい、
ヴァイキングといい、どうしてこう運転席の小さな車を作りますかね」

「狭いところが落ち着くというタイプが多いんじゃないでしょうか」

偽装網が掛けてありますが、適当なので、通路に偽装網が落ちて、
歩く人がそれを避けて通るということになっていました。

もちろん自衛隊ではこんな不精な展示の仕方はしませんが、
これもまたお国柄の違い、ということで皆楽しんでいます。

一周してもう一度テントに戻って来ました。
スコープなどを中心に装備を展示しています。

向こうにあるのはもちろんスコープ付きの銃。
これを構えてスコープを覗かせてもらえるのです。

手前にあったのはナイトビジョン付きのヘルメット。

ODカラーのユニオンジャックの真ん中に剣があしらわれていますが、
これが王立海兵隊「アルビオン」乗組部隊のトレードマークだと思われます。

ヘルメットにナイトビジョンを付け、それで視界を確保しながら
闇の中を移動したりするというわけです。

なぜここにあるのかわかりませんが、マシンガン銃撃の基本を記した
マニュアルのような小冊子がありました。
もし突っ込んで質問すれば、これをもとに説明してくれそうな勢いです。

わたしと連れがナイトビジョンスコープを見ながら話し合っていると、
向こうにいた若い海兵隊員が

「こうやって使うんだよー」

と被って見せてくれました。
そして、この後、わたしにほいっと渡し、

「被ってみて(Try it.)」

日頃こういうのには参加しない主義ですが、直接言われれば仕方ない。
受け取って被ってみましたが、重いのにびっくり。

「ちょっと・・・これ重いんですけど」

「重いすか」

「こんなんで匍匐前進とかしたら絶対脊椎損傷すると思う」

「そんな大げさな・・・」

これもロイヤルマリーンの説明によると、暗視装置。
わたしも覗かせてもらいました。

自衛隊も暗視装置くらいなら手にとって覗くことはできますよね?

さっきこの甲板に到着した時に前列で武器を持たせてもらっていた人が、
一周回って帰って来たこの時にも最前列にいることに気がついてしまいました。

気持ちはわからないでもありませんが。

ジャベリンと呼ばれる無反動砲も担ぎ放題。
軽々と持っているように見えるんですが、案外見た目より軽いのかな。

それを知ることができるだけで、貴重な機会であることは間違いありません。

ところで、女王陛下の艦では天蓋に紅白のストライプを使っているので、
この写真などまるで旭日旗があしらわれているように見えます。

さて、後甲板の見学をこれで一通り終わったわたしたちは、右舷沿いに
艦首までを歩いて舷側を見学していくことにしました。

時鐘は風で揺れて強打されないように二箇所で固定してあります。

エア・インテークですから、空気を吸い込む場所なのですが、
前方から歩いて来た人が手をかざしているのにはわけがあります。

右舷の艦首寄りに、同じような装置があり、こちらは排気、
つまりここからは冷たい風が吹き出していたのです。

この部分を冷房しているわけではなく、全艦内の冷房された空気が
排気管を通ってここから出て来ただけなのだと思いますが、この猛暑の中、
ひとときの涼を求めて、前にしばらく張り付いている人もいました。

構造物の様子も、自衛隊とも米軍とも違う佇まい。
ここは・・・「ボトルストア?」

上半分が紙で隠れているので暫く悩みましたが、
「ヘリウム」らしいことが判明しました。

ヘリウムガスを大量に必要とする軍艦の設備となると、
やっぱり偵察気球に詰めるか、非破壊検査用か、潜水のボンベ用か・・・。

少なくともドナルドダック効果で遊ぶ為ではないと思います。

こちらはクレンジングステーションだそうですが、何を洗うんでしょうか。

Ras Winchというのは、

Replenishment-at-sea systems (RAS)

つまり洋上補給の時に使用されるシステムを動かす
ウィンチのことで、給油装置はFuellingのFをとって
「FAS」と呼称することになっています。

画面左にある赤いのが RASのウィンチ関係だと思うのですが、
とにかく、訓練を受けて資格を取った者しかこれを扱わないこと、
とわざわざここに書いてあるのです。

エア・エスケープはわかるとして、DIESO filling tankって何かしら。

DAISOなら最近アメリカにも進出してあちらこちらで見ますけど、
こちらは検索しても何もひっかかってきませんでした。

熟練していなくても最悪の事態にはならないように壁に操作法が書いてあるのは
一見親切ですが、基本人間の能力を信用していないことから来るのかもしれません。

赤い字は、弾薬などの運搬を行うためのホイストの使用法で、
EDUCTORは「浚渫する」という意味らしいです。

海に落ちると自動的にサバイバルキットが積まれたボートが展開し、
遭難時の乗組員をインディアナポリス状態から救うラフト。

何かの弾みで落ちないようにロープでつないでありますが、
もちろん非常時には切り離されるんだと思います。

この時で時計は12時13分、公開が始まってから2時間経っていますが、
乗艦を待つ列は全くと言っていいほど解消しておりません。

何重にも折りたたまれた列が焼け付くような正午の太陽の下、
辛抱強く乗艦を待つ人たちの姿。

「アルビオン」の乗員のみなさんも、ここまでして我が女王陛下の船を
一目観ようと詰めかける日本人たちの熱心さに感動してくれたのではないかしら。

というわけで艦首にたどり着きました。
ウィンドラス(揚錨機)は危険なのでここから先は立ち入り禁止。
艦首でタイタニックごっことかやられても困りますし・・・

だって、艦首旗竿の真下には巨大な穴が空いているんですもの。
乗員にとっても危険なので赤でマーキングしてありますね。

時にみなさん、今回の来日で、「アルビオン級強襲揚陸艦」のページに
こんな輝かしい?記事が付け加えられてしまったことをご存知でしょうか。

佐世保に寄港中の5月には乗組員の男が酒に酔い、雑居ビルのガラスドアを
蹴破った他、男性の手を傘で刺したとして逮捕・送検されたが、
長崎地検佐世保支部は不起訴処分として乗組員の男は釈放された。

あーらら・・・。

ちなみに、案の定佐世保地元の西日本新聞ではこのことを

英艦アルビオンが長崎県の佐世保港に入港した11~24日には、
佐世保市内の繁華街で酒に酔った英国海軍の軍人が騒ぎを起こす様子が目立った。
常駐して「綱紀粛正」を打ち出している米軍とは異なり、
英国などの国連軍が一時的に佐世保を訪れる際、トラブルを起こすケースが多いという。

英語のネオンサインが並ぶ外国人バー街。
米兵が酒を飲むのは日常的な光景だが英艦の入港期間は様子が違った。

外国人バーの店員(20)はその振る舞いについて

「店のライトと窓を殴って割られた。
トイレットペーパーをトイレの中に詰め込む人もいて、むちゃくちゃだった」。

明け方、店の周辺にはビール瓶などが散乱していたという。

別のバーの店主(36)は

「アメリカ兵は門限もあり、ルールを守って飲んでくれる。
初めて訪れる他国の兵士が暴れることが多い」

と打ち明ける。今回、けがを負った男性(43)は

「外国人によって佐世保に根付いた文化もあり、外国人が来ることに反対はしない。
ただ今後もこのような騒ぎが続くと怖い」

と話した。

在日米軍の動向を監視する市民団体「リムピース」の篠崎正人編集委員は

「軍隊が絡むと窃盗や傷害、器物損壊などの事件の起訴率がほぼゼロになる」

と指摘。

「示談で手打ちではいけない。
犯罪をちゃんと処罰しないと犯罪抑止につながらない。
日本の検察は明らかに外国の軍隊の犯罪に及び腰だ」

と訴えた。

 

と報じています。

最後の市民活動家、どさくさに紛れて余計なこと言ってね?
だからアメリカ軍はお行儀がいいってみんな言ってるだろうが!(怒)


ところで、今回「アルビオン」のおかげで知ったのですが、日本語の
「グロッキー」は、
大航海時代、酒の持ち込みに寛容だったイギリス海軍で
飲まれていた
"Grog"と呼ばれるラムの飲み物を飲みすぎて酩酊状態に陥った者、
という意味の「グロッギー(groggy)」が転化したものなのだそうです。

(今、疲れていることをグロッキーという人は滅多にいない気がしますが)

戦後アメリカ海軍は不祥事を恐れて艦にお酒を搭載しないことにしてしまい、
それに追随した海上自衛隊に向かって、当のアメリカ軍人が

「君ら、実につまらんことを真似したもんだなあ」

と言い放ったという話は有名ですが、船乗りとお酒、この組み合わせは
軍隊という組織にとって全くの鬼門であることが、また証明されてしまいました。

王立海軍でも艦内の飲酒は禁止されているはず、と言いたいところですが、
さっき見たメニューには赤白ポートと各種ワインもしっかり載っていたしなあ・・。

今回、「グロッギーな」水兵のご乱行を不起訴にするために、艦長と駐日英大使が
日本政府と掛け合って奔走したに違いないことは想像に難くありません。
そして、おそらく東京でのさらなる不祥事を防ぐため、王立海軍としては
厳しく乗員の綱紀粛正をはかり満を持して晴海に入港したはず・・・

だといいですね。

それにしても、ロイヤルネイビー、お酒が入るとみなさん結構お行儀悪いんだ。
女王陛下の名前を冠した海軍軍人たるもの、他国ではもう少し
身を慎もうとかいう自覚を持つべきだと思いますが、羽目を外しすぎたかな。

 

続く。

 

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ホワイト・エンサインとロイヤルディナー〜強襲揚陸艦「アルビオン」

2018-08-12 | 軍艦

強襲揚陸艦「アルビオン」の見学が続いています。

甲板に展示されている演説台には「アルビオン」の木彫の徽章が。

もう一度舷門のところにあったトレードマークを。
海の上にそびえる岩にライオン?が怖い顔をして吼えてます。
王冠のような帆と木造の船のモチーフはいかにも伝統的なロイヤルネイビーの感じ。

甲板に展示されているのは武器装備だけではありません。
例えばこのテーブルでは、戦闘糧食の紹介をしていました。

チューブに入った何か(歯磨き粉じゃないと思う)をスプーンに乗せて
試食させてくれるロイヤルマリーン。

見ていると、口にしたものの「うーん」と言ったきり、そのあとに
美味しい、とテイストグッド、とか言う人はほぼ皆無。

きっと微妙な味だったのではないかと察せられました。

お皿に出してあるのはほぼ皆シリアルとかナッツとかの類で、
こんなの美味しいも不味いもないのでは、と言う気がしましたが。

この画像のお皿に乗っているのなんか、どう見てもオートミールなんですが、
これは煮て食べるのが正しい食べ方のはず・・・・え、このまま食べるの?

食べ物が美味しくない、と言う風評だけは立ってしまっている大英帝国の、
しかもどの国でもハンブルがスタンダードの軍隊糧食が、
美味しいわけがあろうか、いやない、と皆が考えているらしいことはわかりました。

この糧食についてはわたしは食べてみたわけではないので論評は控えますが、
イギリスでわたしはとんでもなく美味しい料理を食べたこともあるので、
風評は風評に過ぎない、とイギリス人の名誉のためにここに言明しておきます。

糧食コーナーは怖いもの見たさというのか(失礼)どれだけイギリス軍の食事が
ほにゃららなのか試してみたい人たちで賑わっておりましたが、
この日ここに詰めかけた人々の興味からは全く対象外だったらしいのがここ。

そう、女王陛下の軍艦での正式なディナーを紹介するコーナーでございます。

白いテーブルリネンにいまいち雑とはいえアレンジしたナプキンがあしらわれ、
よくまあ割れずに焼き上げることができたものだと感心するクッキー地で作った
オーナメント(たぶん)が誇らしげに飾ってあります。

どういう場面にあしらうのかわかりませんが、またこの巨大なオーナメント、
よくよく見るとリスさんがいたりしてこれが可愛いんだ。

わたしが眺めていると、やっと見学者が来た!とばかりに

「これは艦長とオフィサーのためのメニューです」

などと張り切って説明してくれました。
あとは、自衛隊の幹部を招いてのレセプションなどでもこういうメニューだそうです。
ちなみにそのメニュー内容ですが、

ワイン 白ワイン リンデマンズ シャルドネ65年

    赤ワイン リンデマンズ シラーズ50年

Maitre d'hotel kalowekamo(メートル・ドテル カロウェカモ)

メニュー

前菜 帆立貝 カリカリパルメザン乗せ オランデーズソース添え

   ソースとコナッセトマト

主菜 パンフライドステーキ、自家製チップス乗せ

   サイドサラダとコールスロー

デザート レモンチーズケーキ

コーヒー

シェフ・ド・キュイジーヌ LCh リンチ

ヘッドウェイターの名前はカロウェカモ・・・どこの人だろう。
また、シェフのタイトルLChはランゲルハンス島細胞組織球症・・
ではなくてランス・コープラル・ヘッド(適当)

ちなみに、こういうメニュー付きのコースは毎日ではなく、
特別なオケージョンの場合に限られるとのことでした。

「自衛隊の幹部を招いてのお食事」などもこれに入るそうです。

 

そんなキュイジーヌの一例として写真がありました。
うーん・・・・・肉いかにも硬そうじゃね?

実は今、ワシントンDCにおりまして、さっき、ミシュランの
星を取った「ワシントン一のイタリアン」を食べて来たばかりなのですが、
雰囲気と接客はいいけど、肝心のお味が・・・・。

「これなら東京フォーシーズンズのコースの方がずっとリーズナブル」

「なんで食後のチョコレートの中に本当のフォアグラ入れるかな」

「アメリカンチェリーに金箔まぶす意味ってある?」

「アメリカン・ワギュウって・・・和牛の意味知ってるのかな」

家族も文句の言いっ放し。
結論としては、日本、特に東京の食のレベルの高さを
改めて確認することになりました。
みなさん、日本に住んでるだけではっきり言って食事に関しては
世界の勝ち組だとわたしは太鼓判を押します。

ここにはジェネラル・メス、つまり兵隊さんたちの食事メニューが展示されています。
こんなのも熱心に写真を撮ったりしているのはわたしだけでした。

こんな感じ。
ちなみに、今年の6月26日、海上における1日の食事は・・?

朝食 シリアル グリルドベーコン ソーセージ スクランブルエッグ  

   ベークドビーンズ 焼いたトマト トーストとジャム デニッシュペストリー

昼食 今日のスープ BBQプルドポーク チキンとマッシュルームパスタの焼いたの

  ベジタブルナゲットとガーリックマヨネーズ(ベジタリアンメニュー)
  V字型チーズ ベークドビーンズ

  お好みのバゲット お好みのサラダ フレッシュフルーツ

夕食 ビーフシチュー チキンとブロッコリのラザニア モロッコ風ラム

  マッシュルーム・ストロガノフとライス(ベジタリアンメニュー)

  マッシュド&ボイルドポテト 焼き野菜 キャベツソース

  ミックスフルーツのクランブルカスタード添え

見ると、毎食必ずベジタリアン用のメニューも用意されているのがわかります。

しかし・・・どうなんでしょう。
みなさん、このメニューだけで「美味しそう!食べてみたい」って思う?

説明してくれたこの彼は尋ねるとシェフであるということでした。
ということはこの人がリンチさんかしら。

シェフが髭を生やす傾向はイギリスにもあるようです。

靴まで一体型?
消火活動用、耐火スーツがぶら下がっていました。

さてこちら。どうもダメコン、ダメージコントロール部門の道具展示です。

見本用?あるいは訓練用?
亀裂を入れた金属ブロックに、信じられないくらいぴったりと、
応急に木材片がぎうぎう詰め込んで穴を塞いであります。
穴に木材を突っ込む時にはトンカチでガンガンやるようです。

「床に穴が空いてしまった時にも木材突っ込むんですね」

「こんなんで水が防げるもんでしょうか」

などと見ながら話していると、テーブルの向こうにいた人が
急ぎ足でこちらにやって来ました(足が写ってます)

もちろん木材片だけではダメで、その上に金属製のボウルのようなものを被せ、
さらにその上に平らな木材の板を乗せるのだ、と実演してくれました。

なぜ平らな板を最後に乗せるのかというと・・・・・、

その板の上に、このテーブルの一番向こうにある伸張式の鉄の棒を乗せて、
天井まで伸ばしてテンションをかけ、浸水を防ぐのだそうです。
これが横壁に入った亀裂なら、壁に突っ張った棒をかまして抑えるのだとか。

初めて知りました。
自衛隊でも艦艇の公開の時にはダメコンの展示もしてはどうでしょうか。

こちらも完全に暇そうにしていた、天測の係。
白いボールは天測用気球だと思います。

甲板での展示は、基本このような艦上レセプションに使うような
天幕を張ってその下で行われました。
暑いことに変わりはありませんが、直射日光がないだけ過ごしやすかったです。

「ヴァイキング」が一台(というか2両連結)だけテントの下にありました。
ペイントでなく、黒いテープで車両番号を書いているので、
「82B」などはこのようになってしまいます。

せめてデジタル文字風にすればいいのに・・・。

後甲板のこの「ヴァイキング」は医療用らしきマーク入り。

柵がないのでその気になればですが、キャットウォークに飛び降りることも可能。
甲板にはそこここにいろんなマークが描かれており、見ていて楽しいです。

ちなみに「DEMIN」とは

Disaster and Emergency Management Information Network

=災害・緊急時管理情報ネットワーク

のことです。

キャットウォークに備えてあるサバイバルキットのバレルは、
「一度だけ使い切り」とマークされています。

すぐそこにいるのは湾岸クルーズのボート。
屋根も何もない座席だけのクルーズ、大丈夫か?という気もしますが。
なぜここにいるかというと、船の漕ぎ手が「アルビオン」を見に来た模様。

「アルビオン」の後甲板にもファランクスCIWSが装備されています。
冒頭写真は艦尾の海軍旗ですが、わたしは今回ロイヤルネイビーの旗を
初めてちゃんと認識しました。

この海軍旗を正確には「ホワイト・エンサイン 」と称します。

イギリス海軍には、海軍旗とシップス・バッジズの使用に関して、
正式な習慣と伝統が存在しています。

航海中、そして港では、海軍艦艇は海軍旗を掲揚させ、艦艇と潜水艦は、
日中ホワイト・エンサインを艦尾に、航海中はメインマストに掲揚します。

艦首に掲揚してあるのは厳密には国籍旗なので、国旗を意味する
「ユニオン・フラッグ」ではなく「ユニオン・ジャック」と称します。

これはまたロード・ハイ・アドミラル(海軍司令長官)を含む
司令官が乗艦している、
という意味でもあります。

 

このデザインのベースになっている白地に赤い十字の旗は、
もともとイングランドの旗であったもので、その一隅に、

グレートブリテン及び北アイルランド連合王国

通称イギリスの国旗があしらわれているというわけですね。

 

続く。

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体験型装備展示の意味するもの〜ドック型強襲揚陸艦「アルビオン」

2018-08-11 | 軍艦

さて、晴海で一般公開された強襲揚陸艦「アルビオン」に乗艦し、
車路になっている傾斜を昇って甲板にたどり着きました。

車輌が展示してあり、その上には海兵隊のいかつい兵士が。
太い腕に筋肉隆々な体躯、炯炯たる鋭い目つき。

・・これは何人か殺してる顔ですわ(比喩表現)

こちらにも。

予想通り甲板のうえは黒山の人だかりです。
それにしてもこの人の動かなさ、ただ珍しい装備を見ているだけではなさそう・・。
よくよく見ると、装備の周りに列ができてるじゃありませんか。

ええっ、もしかしたら車輌の上の銃の前に座らせてもらえるの?
まさか・・・・と思ったら、本当でした。

一度でいいから本物の銃の前に座って写真を撮りたい、
と願う少年と元少年、時々女性が甲板に長い列を作っていたのです。

車上の海兵隊員は一人ずつ銃の前に座らせ、カメラなりスマホを受け取って、
写真撮影をするために動員されていたのでした。

こちらはヴァイキング。
今緑の帽子の人が銃を構えています。
しかし、手間も時間もかかるこんなサービスをこの炎天下によく・・。

素晴らしい。王立海兵隊、なんて太っ腹なんだ!

こちら「コヨーテ」車上のロイヤルマリーンも、時々このように
誰に向かってかはわかりませんが、ポーズを取りながら、
にこやかに、というのではありませんが、実にフレンドリーな感じで
次々とやってくる日本人の相手をしています。

そうそう、車上のマリーンだけでなく「コヨーテ」も撮っておかなくては。
さっき艦内の壁にたくさん吊り下がっていたベルトのようなものは、
このように使われる(もしかして牽引用?)らしいことがわかりました。

ライトや信号灯が海中で浮遊物に当たって破損しないように、
車の前部にはガードが装着されています。

「コヨーテ」の武器は前部座席と後部上段に搭載されており、
今回皆が乗せてもらえるのはその後ろ側です。

ライフル銃を真横から撮ってみました。
銃座が車体に固定され、車両に座ったまま安定した姿勢で撃つことができます。
男子なら一度くらいこれで実際に撃ってみたいかも・・。

こちらも順番にのぞいて見ることができます。
この海兵隊のお兄ちゃんも、肘から先は(おそらく腕の根元まで)
倶利伽羅モンモンを入れています。

これはミニガンというやつでしょうか。

皆無茶苦茶楽しそう。

銃の型番とかはわかりませんでした。

それにしてもこの人の背中、汗でびっしょり濡れてますね。
とにかく甲板の暑さは大変なものでしたが、皆暑さもなんのその、
目を輝かせて銃を覗き込み、照準を合わせて引き金を弾いています。

甲板の上にはウォータークーラーが3台運び込まれて、
水分補給をすることができました。
わたしが手前のクーラーから水を注ごうとすると、
そこに座っていたおじさんが親切にも、

「こっちのが冷たいよ」

と教えてくれました。
わたしがこの日日焼けから肌を守るために掛けていたストールが
肩から落ちていたのを目ざとく見つけて、

「おネエさん引きずってる、引きずってる」

と教えてくれた人もいますし、全体的に雰囲気も和やかというか、
観艦式のあの殺伐とした雰囲気とは全く違うこの日の艦上でした。

おかげで人混みのなかで不快な思いをすることも全くなく、
心から楽しく過ごせたことをご報告しておきます。

女性なのにこんな巨大な無反動砲?を担いでる?

ということはありません。
三脚で固定した

NLAW(次世代型軽対戦車ロケット弾)

Javelin(対戦車ロケット弾)

(のどちらか)の下に潜り込んでスコープを覗かせてもらえるのです。
画像を検索すると、これ、実戦では普通に肩に乗せて撃ってます。
ということは、そんなに重くないのかな・・・。

指導しているマリーンの肩には「ロイヤルマリーン・コマンド」とあります。
この写真で気がついたのですが、この対戦車砲は練習用らしいですね。
砲身の上に「 DRILL」と書いており、砲口はダミーです。

アロハの人が担いでいるのがジャベリンだと思うのですが・・。
ちなみに「ジャベリン」とは槍投げ、または槍投げの槍を意味します。

それにしてもこの熱気を観よ。

東京ビックサイトでサバゲーに使うモデルに目を輝かせているのと
ほぼ同じ層の男たちが、嬉々として本物の銃に触るために
我慢強く順番を待っている様子は、なかなか微笑ましいものがありました。

つい夢中になって後ろに人がいるのにいつまでもブツを離さない人もあり。

わたしはこの光景からも日本の歪んだ現状を思わずにはいられませんでした。

一般公開で装備の銃を持たせたところ、たちまちパヨラーが発狂して大騒ぎ、
その後市民が銃火器に手を触れる機会は全くなくなったというのは一例です。

「武器を見せるな、持たすな、人目から隠せ、ないことにしろ。
つまり武器を持ったら戦争になる!っていう考えですよね」

「武装しなければどの国も戦争を仕掛けてこないって理屈に繋がりますね」

「そういうのを『ダチョウの平和』っていうんですよ」

こんな呆れた「常識」に屈しざるを得ない自衛隊の皆さんに対し、
国民の一人として隔靴掻痒のようなもどかしさと共に慚愧の念に絶えません。

自衛隊にこんな忖度をさせている責任は、実はわたしたち一人一人にあります。

海上自衛隊でもおなじみ、防火や救助のためのグッズ展示。
防火服の上にある測距儀みたいなのは何でしょうか。

Warfare、というのは交戦状態を意味する言葉で、

「The Warfare Department はHMSアルビオンを軍艦たらしめるものです」

というタイトルの元に、搭載できる最大の車両が

チャレンジャー2戦車

であることや、

LCUs(Landing Craft Utility)汎用揚陸艇

LCVPs(Landing Craft,Vhiecle, Personel)上陸用舟艇

4隻などを搭載している、という説明、さらに
2機の汎用ヘリコプター、ファランクスCIWS、

GPMGs(General Purpose Machine Guns)20mm汎用機関銃

Mk 44 6-barrelled Mini-gunsミニガン

を舷側に備えていることが書かれています。

それにしても皆さん、この景色を見て何か変だと思われませんか?

そう、女王陛下の強襲揚陸艦、一般見学というのに

柵がないのです。

もちろんこの向こうは海、と言ってもキャットウォークがあるので、
万が一端っこから落っこちたとしても大したことにはなりませんが。

自衛隊ならキャットウォークがあっても柵を張って、しかも
見学者にはもたれないようにとかいう注意が入るはずです。

「かが」の事故のように、自分で勝手にふらふらと歩き回り、
その結果穴に落ちたとしてもそれは自己責任。
軍艦の艦長がそんなことに責任を取らされることはありません。

日本以外の国ではだいたいそうなっております。

こちらでは匍匐姿勢による銃撃のエア体験ができます。
各銃に一人説明のマリーンが付いてくれるのが嬉しい。

ここは野営セットでしょうか。
テントも寝るだけのスペースにはこんなに低く建てるんですね。

つい先日海自のサマーフェスタでもお目にかかったばかりの
AED(自動体外式除細動器)人形にロイヤルネイビーの艦で再会しました。
救急医療セットの展示台になっているのは簡易式折りたたみベッド。

このコーナーでは防弾チョッキを(多分)試着できるぞ。
二人掛かりで装着してくれ、仕上げにはヘルメットも被せてくれるというサービスの良さ。

この甲板で見た光景は全くのカルチャーショックでした。

イギリス海軍は、おそらく自国でも一般公開の際には同じように
見学者に老若男女を問わず、装備を公開して、触ってもらい、
自国の防衛の実態を余すことなく知ってもらうということを
常日頃から普通にやっていて、ここでも同じことをしているのでしょう。

当然です。それが「普通の国」の軍隊というものです。

今、アメリカのニューアーク空港で飛行機を待っているのですが、
テーブルに備え付けのアイパッド(これで食べ物を注文する)では、
ゲームの待ち時間にすかさず海軍のそれはそれはかっこいいCMを入れてきます。


一方日本では、自衛隊に入隊を志望する人員が最近減少しているので、
年齢制限を引き上げるというニュースを最近耳にしました。

自衛隊がもしこの日の「アルビオン」艦上のような展示をやったら、
というか、もしここまでできるような組織であったら、おそらくですが、
ここまで募集に苦労するようなことにはなっていないはずです。

 

ついでに、この際真面目にいいますが、自衛隊の志願者を増やすためには、
まず大前提としてもっと国民が軍人にリスペクトを持たなくてはダメだと思います。

大災害の時には自衛隊の力をちゃっかりあてにする癖に、
学校や
自治体で募集をさせてくれないとかは論外です。

また、一見味方のようでも、自衛隊員の労働環境をやれブラックだの
日常必需品にも困窮してるだの、殊更論って可哀想だ気の毒だと叫ぶ人を、
当の自衛隊員たちは決して
自分たちの代弁者であるとは見なしていない、
むしろ自衛隊反対と叫ぶより
「タチが悪いと思っている」とわたしは最近
「中の人」から伺ったので、
ここにこっそりと書いておきます。

 

続く。

 

 

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艦底のウェルドック〜ドック型強襲揚陸艦「アルビオン」

2018-08-10 | 軍艦

晴海埠頭に来襲した女王陛下のドック型揚陸艦、「アルビオン」。
いよいよその中に入っていくことになりました。

揚陸艦の中に足を一歩踏み入れた途端、なぜ見学の列が
硬直したように遅々として進まないのかその理由が氷解しました。

入って直ぐのところにいきなりミリヲタならずとも目を輝かせて
興味津々で食い入るように見てしまう珍しい装備があるではないですか。
しかもムード満点、偽装網までデコレーションしてあります。

「こりゃー動きませんわ」

わたしと連れは頷きあったのでした。

乗艦した入り口の直ぐ右には、こんな車両が。
現地には説明が全くないので、何かわかりませんでした。

車両置き場で見張りをしている若い人、眠そう(笑)

ここに展示してあるのも岸壁にあった「ヴァイキング」ですが、
通信車両らしく、機器が展示されていました
左下は簡易アンテナでしょう。

直撃弾を受けても壊れない(たぶん)ハードユースのパソコン。
左はパナソニック製です。

ヴァイキングはドアを開けて展示してありました。

全員が写真を撮りながらなので、当然先に進みません。

ギザギザのブレードを備えたローラー、「ロードレイヤー」

見学者の質問に、

「イエス、こんな風に地面を均すものだよー」

とアクションしながら説明しているロイヤルネイビー。
彼の階級はNATOコードのORー2、一等兵です。

ローラーを真横から見るとこんなになってます。
このページを見ると、このロードレイヤーの使い方がわかります。

ローラーに巻かれているのはブレードではなく金属の板で、
これを地面に押し付け、
自分で板を踏みつけながら均していくわけです。

ロードレイヤー車を横から。
ローラーに巻かれた金属板をタイヤが踏んでいることに注意。

移動の時にローラーはどういう状態になるんでしょうか。

ローラーの向こうには冗談抜きで息を呑むような光景が展開してました。
ウェルドックと呼ばれるデッキ状の格納庫です。

岸壁の舷梯から乗艦した水陸両用車両は、ここに見える傾斜を降りて、
艦尾部分にあるハッチから展開し、揚収されます。

「ヴァイキング」以外にも舟艇や車両が格納されています。
右側の車両はとてもそうは見えませんが、ここにあるということは
水陸両用車で海に浮くことができるはず。

艦体はちょうど縦に半分で仕切られており、こちらは
ご覧のように下まで降りて見学ができるようになっていました。

何を見ているのかわかりませんが、とにかく人がいっぱいです。
わたしも連れも午後から用事が入っていたのでここはパスしました。

ところで、わたしはこの部分を見学しながら、ある「臭い」に気がつきました。
よく海岸近くで嗅ぐことのある、魚介類や海藻の腐ったような匂い。

それがここに立つと、どこからともなく立ち昇ってくるのです。

「なんか・・・磯臭いですね」

「まあしょっちゅう船や車を降ろしたりあげたりするわけですし」

ただ、もし運用しているのが海上自衛隊なら、毎日清潔にして
こんな匂いがするまで放置しておかないのではないかという気もしました。

この後、見学コースは甲板に続きます。
壁に掛かっているのは舟艇の取り外し式モーターのようです。

ベルトのようなものは舟艇に乗る際に使う安全ベルトだと思われます。

普通の陸用車両はこの階(岸壁と同じ高さ)に格納されています。

展示されている(というか普通に格納されている)車輌を見ながら歩いていくと
見学路が傾斜の車路が甲板までつながっていくという流れ。

現地の説明が一切ないので苦労しましたが、画像を検索していると
英語のオークションページにこの車が出品されているのを見つけました。

ROYAL MARINES WINTER/WATER LAND ROVER WOLF
110 HARD TOP

なんとイギリス陸軍ではランドローバーを標準採用していることが判明。

「ウィンター/ウォーター」というのは防寒装備と水密性を備えた、という意味です。
シュノーケル(車の右側についている煙突のようなもの)の装備で、
フロントガラスまでの水深でも走行が可能ですし、また
エンジンを予熱させる流体エンジンヒーターの装備などの改修点により、
車両や乗員は極限状態においても活動することができます。

海兵隊で運用されているのは強襲上陸作戦用の特殊深度走行型で、
潜望鏡付きのシュノーケルのほかは防水加工された電子システムおよび機器を装備し、
必要時にはヴァイキングのような完全防水装備の車両と一緒に行動できます。

また後部ドアはストラトにより支えられており、水の流入を許すことで
車両が漂流されるのを妨げ、着岸直後には急速な排水をすることができ、
車両による上陸演習時においても、乗員の身体が濡れることもありません。


ちなみにオークションでいくらの値がついて売れたのかどうかはわかりませんでした。

HMT600装甲車 コヨーテ(SUPA CAT社製)

Coyote Training

映像は冗長ですがお時間のある方はどうぞ。
究極のオフロード車っぷりがよくわかります。

別バージョンの名称は「ジャッカル」。
「コヨーテ」の先発でこちらは少し小さなタイプになります。

そして、今回最も驚きだったことの一つ。

見学者は艦内で一切階段を使わず、この車輌運搬用のスロープで
甲板まで上り、同じ車路を降りて退艦します。

この写真でもお判りかと思いますが、傾斜角はかなりのもので、
この坂を車輌に乗って移動するなんて信じられないほどです。

 

ところで、ロイヤルネイビーのHPから活動記録を調べてみると、
「アルビオン」は少なくとも7月8日(一般公開のほぼ1ヶ月前)には
日本に寄港していて、この日に保土ヶ谷にある英連邦兵士の墓地に
公式に弔問していることがわかりました。

HMS Albion proves big in Japan on landmark visit to Tokyo

文中、「東京の横浜墓地」とありますが、これはもちろん間違いです。

英連邦戦死者墓地は横浜にある「もう一つの外人墓地」です。
第二次世界大戦における捕虜の死者や戦後のイギリス連邦占領軍の任務中の
病死・事故死者も含む約1,800名が埋葬されています。

なお、このページによると、「アルビオン」は来日してすぐに
横須賀のアメリカ海軍第7艦隊で1ヶ月に亘り修理を受けたそうです。

やっぱり日本では憲法の関係で修理も頼めないので、ということでしょうか。


艦長のティム・ニルド大佐は今回の訪問について、

我々は東京の訪問者として目を見張るような素晴らしい週末を楽しみました。
六千人を超える人々にご支援を頂き、また体験を共有することで
偉大な二つの国の間に強固な友情を築くことができたと思います」

そして

「われわれの訪問は、グローバルな英国海軍の活動をを証明するものであり、
当然のことながら、日本との緊密な関係を築くことが目標でありました」

と語っています。

この日の多くの見学者にとっても、「アルビオン」を通して
イギリスという国への理解が若干なりとも深められたことでしょう。


続く。


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乗艦〜王立海軍ドック型強襲揚陸艦「アルビオン」

2018-08-09 | 軍艦

ところでイギリス海軍の強襲揚陸艦がどうして日本にいるのでしょう。

現地で聞いた話によると、陸自の水陸両用部隊との合同訓練のためでしたが、
英語wikiによると、

In April 2018, Albion was dispatched to the Asia-Pacific
to assist in enforcing sanctions against North Korea.

北朝鮮への制裁措置の一環としての派出であると言い切ってますが、
入港行事での挨拶で艦長のティム・ニールド海軍大佐は

「『アルビオン』の寄港はイギリス海軍がアジア太平洋地域の
安全保障に、グローバルに関与する姿勢を示したものです」

とし、

「海上自衛隊との連携し、お互いに学び合いたい」

「東京港で多くの方と交流して日英の友好を深め、
日本文化に触れることを楽しみにしています」

と述べるなど、非常にソフトな印象です。
まあ、実態はそうであったとしても、

「日英同盟で今度はロシアじゃなくて黒電話をビビらせてやろうぜ!」

とは言いませんわね。

晴海埠頭に翩翻と翻るユニオンジャックの美しいことよ。

ところで自衛隊の旭日旗にいちゃもんつけているお隣の国の人たちは、
ユニオンジャックも、トリコロールも、スターアンドストライプスも、
その全てが彼ら基準で言うところの「血塗られた旗」であることを
こっちに文句を言う前に少し思い出していただけると幸いです。

「アルビオン」の艦番号はL14。
L1は「ローリー級ドック型揚陸艦」の1番艦「ローリー」で、
こちらは1962年の就役です。

Lは「Landing」、上陸のL、厳密にいうと

 landing platform dock (LPD)

となります。
定義は揚陸艦のうち、艦内に持つウェルドックに収容した
上陸用舟艇を用いた揚陸を主体として行う軍艦です。

舟艇はウェルドックから直接海上に出て、揚陸を行います。

「スラスターすね」

連れが白黒のマークを指さしました。
サイドスラスターの設置位置喫水線上に記されるマークです。

そりゃ強襲揚陸艦がタグボートに頼るわけはないでしょう。
と思ったのですが、「アルビオン」晴海入港の写真を見ると、
どうもタグボートが入港作業を支援してるんですよね。

乗り物ニュース

岸壁との間には浮き台(ポンツーン)をかましていますが、
盛大に艦体から水が噴き出していて浮き台を洗っていました。

今日は日曜日なので、休暇を取って東京見物に繰り出す乗員の姿も。
どこへ行きますか?
浅草雷門、それとも秋葉原かな?

艦長の挨拶ではないですが、ぜひ日本文化を楽しんでくださいね。

乗艦を待つ列はじわじわと進んで、ようやく「バイキング」のところまでやってきました。
途端にカメラを構えて激写する(というか暇だし)人々。

こうして見ると陸自の装甲車みたいですが、どっこいここれは
王立海兵隊の誇る水陸両用艇(車?)だったりするんだな。

こんなキャタピラ(商品名)履かせているのによく浮くなあ。

浮いているところを見たいと思って探したのですが、この画像しかありませんでした。
確かに浮いてますが、限りなく不安な感じです。

調べてみると陸上では65キロ、水上での時速は5キロ。
一般に人間の歩行速度と同じくらいということになります。

こういう部分も海水に浸かることを前提に作られているわけだが・・。
お弁当箱みたいなのは「可燃液体」で、取り扱いを間違うと、
木が枯れてお魚が干上がっちゃうとシールで警告してあります。

こんな不安定なものをどうして2両連結するのかという気もしますが、
後ろの車両には運転席がなく、その分人員が8名乗り込むことができます。

主武装は車上の重機関銃なので、シールドが標準装備されています。
てことは、天井は開くということですかね。

またウィンドウのところに筒がありますが、これはどうやら
グレネードランチャーではないかと思われます。

個々の車体には番号が基本手描きでペイントされてます。
それにしてももう少しちゃんと描くという考えはないのか。

「RF」のRは多分「ロイヤルマリーン」だと思うのですが、
Fは・・・フォ、フォース?

ちなみに、ロイヤルマリーンのモットーはラテン語で

"Per Mare, Per Terram" 

英語で"By Sea, By Land"、海に陸に、という感じですか。

並んだ列が時々全く動かなくなるのは、持ち物検査の列を4つに分け、
それぞれ違うテントに誘導して、かつ検査を行うのはそのうち一つだけ、
と決めていたためであることがここまできて判明しました。

わたしの荷物を点検した若いマリーンは、黙々とカバンを覗き込んでおりましたが、
どんな過酷な現場でも微笑みを絶やさない自衛隊のみなさんと違い、
この時点で既に魂が幽体離脱しているのか、目が死んでいました(笑)

きっとその晩は次々と日本人の荷物を調べる夢(やってもやっても終わらない)
を見たんじゃないでしょうか。

メイソンさんの水筒はグレネード型(笑)

荷物のチェックを終えても、列は一向に進みません。
こちらは出口となりますが、まだここは始まったばかりでガラガラです。

乗艦はここから、一列になって行います。
入り口の警備をしていたこの二人、かっこいいので何人にも
写真の撮影を求められていました。

この日の見学者。99パーセントが男性です。

たまに女性もいましたが、子供連れのお母さんがほとんど。
写真を撮らせて、といったらマリーンの兄ちゃん、屈んでくれました。

「アルビオン」艦体につけられたトレードマークは、かつて

「COMBINED OPERATIONS」水陸作戦司令部

第二次世界大戦時、ドイツに対抗する連合国間で結成された同盟の
司令部(戦争省管轄)のものでした。

今では機能していませんが、徽章は「第3コマンド」という
「アルビオン」の強襲揚陸部隊を含む旅団が引き継いでいます。

艦尾側舷側には舟艇とそのデリックが見えます。

このボートは両舷に1隻ずつ装備されていました。
色がどす黒くて、なんだか凄みがあります。

まあこれなら、多少汚れてもほったらかしておいて大丈夫?

浮き台が「タツミ」という港湾業者のものであることが判明。
(株式会社辰巳商會)

こういう大型艦の時には防眩物ではなく浮き台を挟むようです。

「うらが」の甲板にも既に見学の人の姿が見えます。

というわけで、ようやく舷門までたどり着きました。
舷門では物々しい銃を携えた警衛係の乗員(海軍)がお出迎え。
通り過ぎるほとんど全員が彼らを写真で撮りまくっていて、
若いロイヤルネイビー君は少し恥らう様子で、カメラを向けると
真面目にポーズを取ってくれました(冒頭)

そんなによく知るわけではありませんが、イギリス人というのは
一般的にアメリカ人ほど初対面の愛想は良くなく、
人見知りの傾向が実に日本人と似ていて、それを乗り越えると
アメリカ人よりも親身にに付き合ってくれるという印象です。

彼のこの時の様子から、ああやっぱりアメリカ人とは違うなあ、
とイギリス滞在で感じたことを思い出しました。

 

続く。

 

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「ガンダムは搭載してません」〜強襲揚陸艦「アルビオン」来航

2018-08-07 | 軍艦

今ボストンです。

息子が留学を始めるので、生活の立ち上げ支援を口実にくっついてきました。
今年は恒例のアメリカ滞在を後ろ倒しで行うことになったため、
いつもならサンフランシスコにいる時期に渡米して
1ヶ月の東海岸での生活をスタートさせることになったものです。

出国の日の暑さは相変わらず地獄の釜のようでした。
今日を限りにこの暑さともおさらばだわ!ホーッホッホッホ!
と内心高笑いしながら迎車に乗り込んだわたしでしたが、
ローガン空港を一歩出るなり、強烈な日差し、蒸し暑い空気に愕然。
なんのことはない、これじゃ日本と全く一緒です。

ボストンの夏ってこんなだったっけ。

そう、ベストシーズンといわれる6月しか暫く知らなかったため、
8月には日本並に蒸し暑い天気であることをすっかり忘れていたのでした。


ともあれ今回の出発までにしなければならない用事が多く、
特にコメントへのお返事ができなかったことをお詫びします。

 

さて本題、晴海埠頭にイギリスの揚陸艦「アルビオン」が来るので
見に行きませんか、とお誘いを受けたのは明日が出発という日でした。

他の艦ならそんな忙しいときに、わざわざこの暑い中晴海まで行くものか、
というところですが、どっこい今回やってくるのは女王陛下のHMSです。

これを逃したらロイヤルネイビーの艦などいつ見られるかわかりません。

午後からも用事が入っていたので、朝一で見学することにして、
駐車場に停めるために、なんと公開時間の2時間前に現地に到着です。

案外車で来る人は少ないらしく、駐車場はこの時間にはガラガラでした。

まず、デッキに出ていつもお馴染みの東京湾の光景を写真に撮ります。

8時なのに太陽がギラギラと照りつけ、ものすごい湿度。

「開洋丸」は水産庁の保有する漁業調査船で、もちろん現役です。
海保の観閲式で紹介した漁業取締船の「照洋丸」も昔は調査船でしたが、
今では「開洋丸」が現在水産庁が保有する唯一の大型漁業調査船です。

デッキに上ってみました。
「アルビオン」と一緒に公開されているのは掃海母艦「うらが」。

外国の軍艦が公開されるときには、必ず海自の艦がエスコートして、
このように仲良く並んで停泊しているのがいつものパターンです。

エスコート艦は横須賀地方総監部から派出されるようですが、
日本は強襲揚陸艦を持ちませんので、カウンターパート?として
大型の掃海母艦が選ばれたのかもしれません。

昨夜は夜間の電飾も行われたようです。
もしかしたら両艦の交流パーティなどもあったかもしれません。

甲板では早くも見学用の展示の用意が始まっています。

デッキの上から「うらが」の展示魚雷を撮っておきました。
阪神基地隊の「アイドルと学ぶ日本の海上防衛」のパネルディスカッションで、
基地隊司令がホワイトボードに描いていた機雷の絵を思い出してしまいました。

MN103機雷、「マンタ」の模型も展示していました。

「うらが」には去る5月の掃海隊殉職者追悼式の前夜、
高松港で行われた艦上レセプションでお世話になったばかり。

しかし、高松港で見るより艦隊が小さい気がする・・・。
これは、高松港と晴海埠頭の大きさの違いもありますが、
何と言っても・・・・・、

どおお〜〜〜〜ん。

と大きな強襲揚陸艦「アルビオン」が横にいるせいです。
この巨大な艦体と比べれば掃海母艦ですらスマートに見えてきます。

ほらね。

自家用艇が「アルビオン」の写真を撮りに近くに寄ってきていました。

デッキから見ていると、おお、女王陛下の海兵隊員の姿確認。
やっぱり強襲揚陸艦といえば海兵隊なんですね。

今調べたところ、揚陸要員は通常で310名、最大で710名搭載できるとか。
何しろ彼らはかつてあのノルマンジー上陸作戦にも参加してますからね。

ノルマンジーといえばあのオマハ・ビーチの死傷率があまりにも高く、
プライベートライアンなんかで戦後有名になりすぎて、英国とカナダは
参戦したことすらあまり語られない傾向にありますが。

それにしても、遠目にもさすがいいカラダしてるねえ君たち。

艦首側にはグレーのCIWS付き。

イギリスは近接戦闘用の兵器を国産していないので、
アメリカのレイセオン社製ファランクスを採用しています。

レドームが灰色なので、これは同社の最新型

Block1B BaseLine2

です。
砲身の右側には赤外線センサ(FLIR)を装備しています。

「アルビオン」艦首と艦橋。
艦首はバルバス・バウですが、海面から上のラインは直線的です。

見学者を受け入れる舷梯の前には見たことないオフロード車が!
これは

BVS 10 バイキング

という水陸両用車だそうで・・・こんなものが水に浮かぶのね。

遠くから見てもロイヤルマリーンの皆さんのガタイの良さとともに
肘から先にびっしりと刺青しているのがわかります。
袖を捲り上げることが多いので、ファッションで入れるみたいですね。

ところで自衛隊って、刺青入れてたらどうなるんですか?

海軍の艦艇のカラーは国によって全く違います。
日米は少し似ていますが、イギリスのグレーは日米より
若干明るくて薄く、少し青を加えたような色味です。

ところで模型界隈の常識ですが、昔は日本海軍も工廠によって
グレーの色合いが少しずつ違っていたそうですね。
こだわる人は、その色味の微妙な違いですら正確に再現するのだとか。

舷側にオフィサーの人影発見!

続いてブルーの作業服にベレーをかぶった乗員の姿も。
若いので水兵かと思ったら、階級章は大尉でした。

しかし、体のど真ん中に階級章とは・・・。

やっぱりあれかしら、遠くから階級章を見分けて、
敬礼されるのかするのか判断しやすいようにってこと?

ちなみにイギリスでは中尉の事を「サブ・ルテナント」というようです。

艦体にはライトアップするためらしいライトがたくさん突き出しています。
どうも標準装備みたいなんですが、なぜライトアップ?

この照明器具、航行中は畳んで艦体に添わせて置くことができるようです。

日本は揚陸艦を持たないので、この日のほとんどの見学者たちにとって、
「アルビオン」が生まれて初めて見るドック型揚陸艦になったことでしょう。

わたしはアメリカで「元揚陸艦でノルマンジーにも参加しました」
というフェリーにロングアイランドから乗ったことがありますが、
それもほとんど原型がわからないくらい改装されていましたし。

後ろのアンテナはイギリス国産製品で(BAE)

997型レーダーARTISAN 3D
Advanded Radar Target Indication Situational Awareness and Navigation)

といい、最近996型から換装されたそうです。
メーカーは

「900以上の標的を追尾可能な他、マッハ3で移動するゴルフボール大の標的も識別可能」

と豪語しているとか。

こちら、キッチン勤務の調理係らしい男女が乗艦していきます。

こちらは下士官かな?

さて、ここまでは朝現地に車を停めてデッキの上から撮った写真です。
この後、一階に降りてみたら、すでに何十人単位の列ができていました。

今から並んだら早く乗艦できるんだろうなー、と思いつつも、
あまりの気温の高さにその気力をすっかり無くし、車の中で
ギリギリまでクーラーをかけて時間をつぶしました。

誘ってくださった方が到着したのも待ち合わせ予定より10分遅く、
揚陸艦なんて大きいんだし、早く並んだって一緒だろう、と思ったのです。

が、その時には長蛇の列はこんなことに(笑)

列は早く進み、岸壁で待つことになりましたが、カバンの中をチェックするのに
各列一人しか人員を手配していないので、遅々として進みません。

太陽にジリジリとあぶられながら、

「こんなに待つのなら来てすぐ並んだ方がましだったかな」

と思うも、後の祭りです。
ただ、話し相手がいるのといないのでは全く時間の感じ方も違いました。

ふと上を見ると、海軍と海兵隊の比較的偉そうな軍人さんたちが
黒山の人だかりを上から眺めています。

この表情・・・ドン引きしてる?それか呆れてる?


ちなみに、「アルビオン」の一般公開にあたり、産経新聞は

英海軍のドック型揚陸艦「アルビオン」が3日、
東京・晴海埠頭に入港するにあたって、
在日英国大使館は
「ガンダムは搭載していません」と粋なツイートをした。

アルビオンは、人気アニメ「機動戦士ガンダム」シリーズに登場する
宇宙世紀0083年の宇宙・大気圏内両用強襲揚陸艦と同じ名前。

英国大使館のツイッターは1日、
「ガンダム0083は搭載していませんが、
たくさんの皆さんのお越しをお待ちしています」
とつぶやいた。

と報道しています。
このことは早速wikiの「アルビオン」のページにも掲載されていますが、

「ブリティッシュジョークを披露した」

って・・・。
確かにユーモアではあるけど、厳密には反体制的で皮肉、人種ネタを含む
いわゆるブリティッシュジョークではないような気がします。

英国大使館が我々を喜ばせるためにリップサービスしてくれたのは確かですが。

さあ、揚陸艦「アルビオン」の艦内で何を見るのかわたし?

続く。



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