ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

海上自衛隊横須賀音楽隊「やまと新春ふれあいコンサート」

2024-01-19 | 音楽

知人に誘われて、横須賀音楽隊の新春コンサートに行ってまいりました。
会場は、昨年のふれあいコンサートが行われたのと同じ、やまと文化会館です。



去年もそうでしたが、今年も主催は海自の第4航空群です。
厚木航空基地に配備されている対艦・対潜航空部隊で、
隷下には硫黄島航空基地隊も含まれています。

2020年のXのポストによると、硫黄島基地は猫天国だそうで。
しかも黒猫多め。

硫黄島は猫カフェ状態

ところで、戦争中は決していなかったはずの猫が、
いつから野生化しているのだろう・・・。

硫黄島の動物

御楯特攻隊慰霊碑の上でくつろぐ七面鳥。
摺鉢山山頂だそうですが、これは米軍が持ち込んだのかも・・。
(ヤギは米軍が持ち込んだのが野生化したらしい)

ところで、第4航空群のマスコット「うさよん」

目が「4」と「A」になってますが、Aは多分エアの意味だろうな。
んでもって、口はきっと「エアウィング」のWに違いない。
耳が片方折れているのも何か意味がありそうですが、
どこを検索してもこのキャラクターが出てこないのでわかりません。



そして左側の大和市キャラクター「ヤマトン」はさらに謎。
戦艦大和とは一切関係ないのはわかるとして、そもそもこれは何?

「大和市にある泉の森で生まれた葉っぱの妖精。
手に市の花「野ぎく」をもって市内外のイベント会場に遊びに行く。
その見た目からは想像できないくらい運動も得意で、
なかでも大なわとびは最高で33回を記録!!」

・・・葉っぱだったか・・・。


■ 「ふれあい」コンサート

この日のコンサートは、大和市長のお言葉によると、

「横須賀音楽隊の皆さんを大和市にお招きし、
地元の中学生とのふれあいを目的にした交流演奏会」(ママ)


という題目のもとに企画されていました。
つまり、厳密にいうと「ふれあう」のは横須賀音楽隊と中学生であり、
我々はその成果としての演奏を鑑賞する、ということになります。

穿ち過ぎか?
と思いましたが、現実にステージの様子を見ていると、
同じパートで隣同士になった中学生に、音楽隊メンバーが話しかけたり、
何か一言助言を与えているような様子が散見されました。

本番でこれですから、おそらくリハの時には、もっと
ふれあいがあったに違いありません。

自衛隊音楽隊の活動の一環に、地域の学校への指導があり、
その成果?として、自衛隊演奏会に学校のブラスバンド部が招待され
合同演奏を行う例があり、わたしも何度かそれを見てきました。

今回は大和市の2中学が集まるというものです。
プロと中学生の部活が同じステージに立つというのは、
オーケストラなどではあり得ないわけですが、
日本の青少年のブラスバンドは裾野が広く大変レベルが高いので、
そういうことも可能であるのだなと改めて思いました。

■ 中学校合同ステージ

第1部は、大和市立光丘中学校と南林間中学校合同演奏でした。

1.プロローグ・ワン/Prologue One/田村修平/Shuhei Tamura
〈浜松日体中・高等学校吹奏楽部〉COMS-85154

コンサートの幕開け専用に作曲された曲だそうで、
作曲者本人によるご指導コメント入り。
指揮者の入場は曲が始まってからというのがオリジナル指定です。

最初、チューニングかな?と思ったらもう曲が始まっていました。
面白いアイデアだと思います。

2、星の船 Star Shipー西邑由記子 Yukiko Nishimura
近畿大学吹奏楽部
 

「星の船」とは、たなばたの織姫と彦星のために、
一年に一度だけ天の川を渡る船のこと。
優しく切ないメロディがとっても素敵な曲。

3、おジャ魔女カーニバル!!
【大阪桐蔭吹奏楽部】
 

動画を見ていただければわかりますが、全員に振り付けがつきます。
演奏しながら回ったりスィングしたり、
あっちでぴょこぴょこ、こっちでぴょこぴょこが最後まで続きます。
曲は「おジャ魔女どれみ」の挿入曲(だと思う)で、
ほとんど女子ばかり(男子もいたけれどごく少数)の中学生軍団が
ぴょこぴょこは微笑ましくも可愛らしいステージです。

自衛隊音楽隊がこれをやるのを一度見てみたい。

4、フライ・ハイ/ 星出尚志/Fly High by Takashi Hoshide 
東京フィルハーモニーウィンドオーケストラ 真島俊夫指揮




エンディングにふさわしいかっこいい系の曲。
1と2を光丘中の顧問の先生が、3と4を南林間中の先生が指揮しました。

■ 第2部 海上自衛隊横須賀音楽隊

音楽隊長北村善弘1等海尉指揮により4曲が演奏されました。

5、ボン・ボヤージュ!/広瀬勇人/ Bon Voyage! 



プログラムには「!」がついていませんでしたが、
広瀬勇人作曲の金管7重奏で間違いないと思います。

海上自衛隊音楽隊は必ず何かしら海に関連する曲を選びますが、
フランス語の「ボン・ボヤージュ」の「ボワイアージュ」は、
もともと船による旅という限定的な意味がありました。

自動車、列車、飛行機ができる前からある言葉で、
当時は「長い旅行」イコール船の旅だったのです。

6、アイノカタチ

ご存知MISIAとGreeeenのHIDEのコラボソング。
この日一曲だけ、中川麻梨子3等海曹(ですよね)が歌で参加しました。

7、うみ〜唱歌によるファンタジー
【YRP オープンイノベーションデー ~光で未来を!~】横須賀 


横須賀音楽隊の演奏がドンピシャで出てきたので貼っておきます。
「我は海の子」に始まり、「海」が緩徐楽章のように挟まれ、
そしてまた再び「我は海の子」に帰っていく構成。

聴いていて、おそらく編曲者の伊藤康英氏は、
「我は海の子」の全歌詞をご存知の上で編曲されたのだと思いました。
特に次の最終段ですね。

いで大船を乗出して我は拾はん海の富。
  いで軍艦に乗組みて我は護らん海の国。 


8、行進曲「軍艦」

本日の演奏会構成上、ここで行進曲「軍艦」が出てきました。
演奏曲最後ではない「軍艦」を聴いたのは初めてです。

■ 海上自衛隊横須賀音楽隊
南林間中学校・光丘中学校合同演奏


ステージいっぱいに3団体のブラスバンドが集結しての演奏です。
全体人数が多いので、横須賀音楽隊はバンドをミニマムにしており、
乗っていないトランペットの方が司会を務めておられました。

9、アルヴァマー序曲

ブラスバンドのスタンダード中のスタンダード。
やっぱりみんなでやるのはこういう共通言語みたいな曲ですね。

指揮は、南林間中の顧問、白石篤先生でした。

10、ジャパニーズグラフィティXII

ジャパニーズグラフィティとはなんぞや?

日本の歌謡曲やアニメソングをメドレーにしたシリーズで、
この日の7はつまり銀河鉄道999と宇宙戦艦ヤマト。

「グループサウンズコレクション」「坂本九メモリアル」
「青島幸男作品集」「弾厚作(加山雄三)作品集」「レコード大賞シリーズ」
「キャンディーズメドレー」「ウルトラ大行進」
「いい日旅立ち(山口百恵作品)シリーズ」「時代劇絵巻」
「刑事ドラマテーマ集」「スポコン漫画シリーズ」「ARASHI(Jポップス)」
「アニメヒロインメドレー」「坂本冬美メドレー」「美空ひばりメドレー」
「アニメヒーロー(鉄腕アトムなど)大集合」「ザ・ドリフターズメドレー」
「小林亜星作品集」「ドクターストーリー(『仁』『ドクターX』など)


などがあるそうです。
そういえば、呉音楽隊で「小林亜星シリーズ」聴いたことがあるな。

[吹奏楽] 銀河鉄道999・宇宙戦艦ヤマト 🚂⚓ 海上自衛隊横須賀音楽隊


乗り物フェスタの時の横須賀音楽隊演奏。
もう13年前の映像なので、メンバーも変わっているんでしょうね。

この指揮は光丘中学校の草葉優先生が受け持ちました。
両顧問の先生は指揮をしない時には自分の専門楽器
(トロンボーンとトランペットだったかな)で演奏をされましたが、
横須賀音楽隊のメンバーにはお二人が大学時代の同窓生もいて、
何十年かぶりの共演となったというこぼれ話があります。

11、宝島
~海上自衛隊東京音楽隊~



最後は誰がやってもいつ聴いても楽しい「宝島」で盛り上がりました。


やまと文化会館は去年のコンサート以来1年ぶりでしたが、
付近店舗の盛況ぶりや人の流れなどを含め、去年とは空気が違うというか、
長らく人々が閉じ込められていた疫病を原因とする閉塞感が
同じ場所に立ってみると一掃といっていいほどなくなったのを感じます。

何より、横須賀音楽隊の皆さんと、中学生たちのふれあいは
客席から見ているだけで未来を、ひいては希望を感じさせるものでした。

ひた向きな若い人の熱い演奏を、しっかりと受け止めて支えるプロの力。
きっと中学生たちには自衛隊の皆さんへの憧れが芽生えたことでしょう。

今回の企画と素敵な演奏に心から拍手を送ります。






海上自衛隊横須賀音楽隊第57回定期演奏会@横浜みなとみらいホール

2023-03-05 | 音楽

先日海上自衛隊第4航空群のニューイヤーコンサートで
大和市芸術文化ホールにおける横須賀音楽隊の演奏を聴いたばかりですが、
あまり間をおかず、今度は定期演奏会にお誘いいただきました。

今回は「関東地方の音楽隊の追っかけ」をするほどの熱烈なファンから
チケットを分けてもらったという方からの、さらにお裾分けです。

会場は横浜のみなとみらいホール。

気がついたら、コロナ騒ぎになってからここにくるのは初めてです。
クィーンズスクエアの様子もすっかり様変わりし、
特に昔は長蛇の列ができていたタピオカドリンク店が潰れていたり、
みなとみらい駅のコンコースにランドセル屋さんができていたり、
何より驚いたのがみなとみらいホールそのものがリニューアルしていたこと。

どこがどう変わったかも記憶にないくらいですが、
とにかく変わったことだけは入った瞬間に気がつきました。

催し物がキャンセルになって会場がただの空間になっていた時期、
このめったにない機会を奇貨として、大々的に
リノベーションを決行した施設は多かったのかもしれません。

プログラムによると、この改修には1年半以上をかけたということでした。

お誘いくださった方と会場前で待ち合わせ、席に着きましたが、
今まで体験したことがない2階からの観覧です。



演奏会に先立ち、横須賀地方総監乾悦久海将の挨拶が行われました。

改めて気がついたのですが、先日のニューイヤーコンサートは主催者、
そして今回も、『主催者』として、直轄部隊の指揮官が挨拶するのが
地方隊の慣例となっています。

東京音楽隊の場合はそれはありませんが、その理由は、
同隊だけが防衛大臣直轄部隊であるからであり、
地方隊は地方総監の指揮監督下にあるという違いによるものです。

地方隊は東京音楽隊とは異なり、防衛事務官は置かれません。

この日の観客はみなとみらいホールの大ホールが大きいせいか、
特に2階席は空席が目立ったように感じました。

■ 第一部 吹奏楽オペラの世界

♪ 喜歌劇「軽騎兵」序曲 フランツ・フォン・スッペ

喜歌劇「軽騎兵」序曲

けいきへい、という言葉をわたしはこの序曲でしか知らないわけですが、
基本的に重装甲を帯びる重騎兵の反対で、(そらそうだ)
最小限の装備で後方撹乱や奇襲を主とした攻撃を行う兵のことです。

しかし、オペラ(オペレッタですが)と言いながら、
この「軽騎兵」という劇が上映されることはまずありません。

なぜかというと、台本が現存していないからです(笑)

というか、もしかしたら序曲の出来の割に、
あまり本編は評判がよくなかったのかもしれません。

さて、この、おそらくは誰もが一度は耳にしたことのある
軽快な序曲で軽やかに幕を開けた第一部。
指揮は前回のニューイヤーコンサートと同じく、
副隊長(自衛隊なのでもしかしたら副長?)の岩田知明一尉が行いました。

この日の司会は音楽隊員ではなく、フリーアナウンサーの石川亜美氏
(自衛隊での講習講師であるとか)が受け持ちました。

残念ながらわたしの座っているところからは
司会者はまったく死角になっていてお姿は見えませんでしたが、
元々軍楽隊に端を発した日本の吹奏楽シーンでは、当時から
オペラ音楽の再現がよく行われた、という前回と同じ解説がありました。

前半はそのオペラを中心としたプログラムです。

♪ 歌劇「椿姫」セレクション
ジュゼッペ・ヴェルディ 

歌劇「椿姫」セレクション  Giuseppe Verdi’s  “La traviata“Serlection

東京音楽隊では、アンコールに「乾杯の歌」を二人の歌手が歌いましたが、
それを含む「椿姫」の有名な曲をメドレーにした吹奏楽アレンジです。

アレンジは、オペラ開始の前奏曲で始まり、
第1幕の幕開けの豪華な夜会のシーンに続き、
続いて第2幕の「闘牛士の合唱」、ヴィオレッタのアリアと
第2幕2場のキャスト、合唱大勢で歌われる音楽を合体させており、
最後は第1幕1場の合唱音楽で盛大なフィナーレを迎えます。

♪ 歌劇「蝶々夫人」より「ある晴れた日に」

やまと芸術文化ホールでのニューイヤーコンサートで、
歌手の中川麻梨子三等海曹が歌ったのと同じプログラムでした。

全く同じ演奏者によるパフォーマンスでしたが、
今回は正直なところ、聴いていた場所の関係で、とくにボーカルは、
上に音が飛んで来ず、ニューイヤーコンサートのときよりも
何か「他人事」感がある、聴いていてもどかしい響きに感じました。

これは横須賀音楽隊にも中川三曹にも全く責任はなく、ただ、
会場の音響の調整があまりうまくできていない結果という気がしました。

気軽に楽しむ自衛隊コンサートなので、小難しいことを言う気もないし、
最終的に受けた満足感からいうと何の文句もありませんが、
せっかく良い演奏なので、どうせならもうすこしいい音響で聞きたかったな。


♪ 歌劇「サムソンとデリラ」より「バッカナール」
カミーユ・サン=サーンス
吹奏楽 歌劇サムソンとデリラ より バッカナール

これを聴くと、MKが高校のオーケストラで演奏していたことを思い出し、
当時の学校のオーディトリウムの独特の匂いまでが蘇ってくるのですが、
そんな個人的すぎる話はともかく。

歌劇の音楽ですが、吹奏楽のレパートリーとしては
それこそ中学生から取り上げるくらいポピュラーな曲です。

アラブ風の旋律と打楽器の奏でるエキゾチシズムが癖になる名曲といえます。



■ 第二部 吹奏楽による「日本の調べ」

この日の構成は第一部オペラ、第二部日本人作曲家による吹奏楽作品、
とはっきりと二分されていました。

そして第二部の多くが、全日本吹奏楽コンクールの課題曲です。

ここで少し司会者がこのコンクールについて説明しましたが、
わたしも驚いたことは、この第一回コンクールは、
朝日新聞社と一般社団法人全日本吹奏楽連盟の主催で、

第1回全日本吹奏楽競演会
紀元二千六百年奉祝 集団音楽大行進並大競演会


というのが正式名称であった由。
しかもこれ、朝日新聞が大阪にあった関係で、奉納演奏は橿原神宮、
大行進は中之島公園から御堂筋を経て道頓堀、千日前、
最後に生國魂神社参拝という流れでした。

後援は陸軍・海軍省、文部省、厚生省。

課題曲は大行進曲「大日本」斎藤丑松。
審査員には海軍軍楽隊長内藤清五、堀内敬三がいたという・・。

大行進曲「大日本」/斉藤丑松(Grand March "Great Japan" : Ushimatsu Saito)

まあ、こんな感じで続いていたわけですが、
3回やったところで戦争のため中断。
戦後再開されたのは1956年、昭和31年のことでした。

そして2020年に新型コロナウィルス感染症の収束が予測できないため、
中止されるまで毎年何らかの規定変更を加えながら継続し、
その間課題曲として吹奏楽の重要なレパートリーが生まれてきました。

ただ、一般公募の課題曲については、専門家から

「間違った音が多すぎる」

「和声的な誤りが多い」

「オーケストレーションに明らかな問題がある」

「旋律から作曲して無理やりリズムと和音を当てはめるので
戦慄との兼ね合いで音が濁る」

「構成がない作品に(参加者が)触れていると、
形式美や様式美という観点の存在すら失せてしまう危険がある」

などの苦言が呈されている模様。
ノリとか雰囲気で選ばれがちな一般曲を、
正規の音楽理論から論じると、こういう意見も出てきがちです。

ただ、音楽の場合は、「理論に外れる」ことは、
一分の例外もなくむしろ「聞いて変」という結果にしかならないので、
わたしは検証するまでもなく赤字の意見を後押しするかな。

聴いていて自然と思われる音楽は必ず音楽理論に則っています。(断言)


♪ 吹奏楽のための「風之舞」福田洋介

第二部からは横須賀音楽隊隊長北村義弘一等海尉がタクトを取りました。

2004年度課題曲(Ⅰ) 吹奏楽のための「風之舞」

聴いたことがあるなあと思ったら、かつてどこかの
(東音か横須賀か呉音楽隊)が取り上げたはずです。

それくらい、レパートリーとして重用されている曲なのでしょう。

第14回朝日作曲賞受賞作品であり、
2003年度全日本吹奏楽コンクール課題曲Ⅰとなった
この作品の作者、福田洋介氏は、作編曲を独学という人で、
海上自衛隊東京音楽隊のためにその名も

海の歌 The song of the sea

を作曲しています。
The song of the sea / Yosuke Fukuda 海の歌/福田洋介

♪ 土蜘蛛伝説〜能「土蜘蛛」の物語による狂詩曲
松下倫士

自衛隊音楽隊の演奏会で、木管八重奏を聴いたのは初めてです。
木管八重奏はピッコロ&フルート、クラリネット、それから
アルト、テナー、バリトンのサキソフォーンという構成でした。

[WW8] 土蜘蛛伝説 ~能「土蜘蛛」の物語による狂詩曲/松下倫士/ Tsuchigumo Legend by Tomohito Matsushita

作曲者自身の内容解説は以下の通り。

病気で臥せる源頼光のもとへ、召使いの胡蝶が、
処方してもらった薬を携えて参上します。
ところが頼光の病は益々重くなっている様子です。
胡蝶が退出し夜も更けた頃、突然雲霧が沸き起こり、
頼光の病室に見知らぬ法師が現れ、病状はどうかと尋ねます。

不審に思った頼光が法師に名を聞くと
「わが背子(せこ)が来(く)べき宵なりささがにの」
と『古今集』の歌を口ずさみつつ近付いてくるのです。
よく見るとその姿は蜘蛛の化け物で、
あっという間もなく千筋の糸を繰り出し、
頼光をがんじがらめにしようとしますが、
頼光は枕元にあった源家相伝の名刀、膝丸を抜き払い、
斬りつけると、法師はたちまち姿を消してしまいました。

騒ぎを聞きつけた頼光の侍臣 独武者は 、大勢の部下を従えて駆けつけます。

頼光は日頃の病もすっかり忘れた様子で、
名刀膝丸を「蜘蛛切」に改めると告げ、斬りつけはしたものの、
一命をとるに至らなかった蜘蛛の化け物を成敗するよう、独武者に命じます。

独武者が土蜘蛛の血をたどっていくと、
化け物の巣とおぼしき古塚が現れます。
これを突き崩すとその中から土蜘蛛の精が現れ、
土蜘蛛は千筋の糸を投げかけて独武者たちをてこずらせますが、
大勢で取り囲み、ついに土蜘蛛を退治します。

これだけの話を5分間の音楽にまとめるのですから大変ですね。

土蜘蛛の不気味さはバリトンサックスのくぐもった低音や、
フルートのブルブル震えるフラッターなどで遺憾無く発揮されています。

♪ 火の伝説 櫛田胅之扶

火の伝説(2018年・平成決定版)/櫛田てつ之扶 Ritual Fire by Tetsunosuke Kushida COMS-85133

この曲はコンクール課題曲ではありませんが、櫛田氏本人は
1981年、1994年の課題曲を作曲しておられ、さらに
陸上自衛隊中部方面音楽隊のために、

「万葉讃歌 〜ソプラノと吹奏楽のための」

を委嘱作品として作曲しておられます。
また、京都の八坂神社、大文字などの四季を通じた
京都における火の神事、祭事を描いたこの曲は、
吹奏楽コンクールでも自由曲としてよく選ばれるようです。

♪ 日本の四季
21世紀に歌い継ぎたい日本の歌メドレー


ここでまた中川麻梨子三等海曹が歌を披露しました。

「朧月夜」〜菜の花畑に入り日薄れ

「夏は来ぬ」〜卯の花の匂う垣根に時鳥早も来鳴きて

「我は海の子」〜我は海の子白波の騒ぐ磯辺の松原に

「里の秋」〜静かな静かな里の秋 

「冬景色」〜さ霧消ゆる湊江の 船にしろし朝の霜

「故郷」〜うさぎ追いしあの山 小鮒釣りしかの川

これらの曲がメドレーで一気に聴けました。

最初の歌詞を書いておいたのは、わたし自身、
「朧月夜」「冬景色」の題名がすぐに出てこなかったからです。



♪ 三つの音詩〜暁の海〜白の海〜蒼の海 
樽屋雅徳

【参考演奏】 吹奏楽 自由曲

海上自衛隊横須賀音楽隊委嘱作品。

作曲者のライナーノーツより。

眺める場所、時、季節により全く違う表情を持つ、
時には恵みをもたらし、時には猛威をふるう海。
この曲では、そんな海の表情を大きく三つの場面に分けて表現しています。

夜明けの静かな海辺に、打ち寄せては引いて行く波を歌った冒頭、暁の海。
時には波がしぶきをあげて荒れる様子を描いた白の海。
そして日が沈み、海は何事もなかったかのように落ち着きを取り戻す。

ピアノから木管楽器そしてクライマックスへ受け継がれていくメロディーが、
すべてを包み込むほど深く壮大な、美しい蒼の海を表現しています。

私達のすむ日本は海に囲まれた国であり、たくさんの人々が、
毎日水平線から昇る朝日や大きな海に希望を感じてきたのではないでしょうか。
そんな想いから、海の表情を和の音色を用いながら詩っています。
(樽屋雅徳)

この平成23年委嘱作品をラストに持ってくるために、
後半は日本人作曲家の「日本の風景」を集めたのかもしれません。


♪ 花 滝廉太郎

この日のアンコールは、中川三曹による滝廉太郎の「花」独唱でした。

アンコールに歌手とピアノだけで楽団員が全員そちらを見ているの図。
これもわたしのこれまでの音楽隊鑑賞歴でも初めてです。

しかしまたしても残念なことに、独唱が響いてこないうえ、
わたしの席からはピアノを誰が弾いているのか全く見えませんでした。

このウィングからは、最前列の人も身を乗り出して
下を覗き込まないとピアノすら目に入らなかったのです。

この日は三月三日、雛の節句だったのですが、
少し早めに「花」が選ばれたのかなと思いました。


最後は海上自衛隊音楽隊恒例の「軍艦」でお開きになりましたが、
同行していた方が、退出しながら

「陸自は『抜刀隊』最後にやらないんですか」

と聴いてこられたので、
先日中央音楽隊行きましたがやらないみたいですねー、というと、

「空自も『空の精鋭』やらないんですか。あれいい曲なのに」

陸空がやらないというより、海自音楽隊は海軍軍楽隊直系で
ヒューマンリソースと伝統がそのままそっくり継承されてきたので、
軍楽隊の慣習も途切ず受け継がれたんじゃないかと思います。

「軍艦」然り、自衛隊旗もある意味然りですよね。

というわけで、春の予感を感じさせるこの宵、横須賀音楽隊の
日頃の研鑽の成果である良質な音を堪能させていただきました。

最後になりましたがチケットの手配をいただきました方々に
心よりお礼を申し上げる次第です。









海上自衛隊東京音楽隊 第62回定期演奏会@すみだトリフォニーホール

2023-02-26 | 音楽


陸自中央音楽隊の定期演奏会からちょうど一週間後の2月24日、
海上自衛隊東京音楽隊の定期演奏会を聴いて参りました。


前回の三階中央からはるか眼下を見下ろす席から一転して、
こんな近くに・・・・と言いたいところですが、
これはわたしの席ではなく、Kさんからいただいた写真となります。

一度でいいからこんなかぶりつきで聴いてみたい。

ちなみにこの日の開場は、混雑を避けるためにチケットに同封された紙に、
18時00から20分の間にご入場ください、とありまして、
わたしはそれをきっちり守り、20分ごろホールに入ったのですが、
その頃にはほとんど全てが着席していたので驚きました。

それもそのはず、わたしはその指定時間からてっきり1900開演と
思い込んでいたのですが、18時30分のだったのです。



新隊長、植田哲生二等海佐のステージは、
横須賀音楽隊長の時期に何度か聞かせていただきましたが、
東京音楽隊長に就任されてからは初めてとなります。

昨年、何度か東京音楽隊の演奏会のお誘いをいただいたにもかかわらず、
不運にも日本にいない時期と重なり、欠席を余儀なくされたためでした。

経歴を見たところ、ご就任は昨年9月ということで、もうすでに5ヶ月近く
「指揮官」として任務に当たっておられることになります。

植田隊長デビューに立ち会えなかったのも残念ですが、
わたしとしては、樋口好雄前隊長の最後の演奏会を
同じ事情で聴けなかったのは痛恨の極みでした。

ちなみに、


今HPを見ていたら、東音のキャラ紹介ページに
樋口前隊長が出演しておられました。

ところで、トオンちゃんの音符のハタは八分音符だからいいとして、
(女の子だからポニーテールという見方もできるし)
カイくんは全音符なんで、ハタ無しでよかったんじゃないか?
(とわかるひとにしかわからないつっこみ)

■ 前半〜東京音楽隊 ソリストの競演!

♪ 歌劇「絹のはしご」序曲 ジョアキーノ・ロッシーニ

有名なオペラの序曲でよく知っている曲ですが、
さすがに吹奏楽で聴いたのは生まれて初めてです。
一応探してみましたが、吹奏楽での演奏例はありませんでした。

ロッシーニ「絹のはしご」序曲(イェジー・マクシミウク)

1:10秒からが有名なフレーズです。
最初にオペラの序曲がくるというのは普通のオケでもよくある構成ですが、
自衛隊の演奏会ではどちらかというと珍しいかもしれません。

これは、前半のプログラム、東京音楽隊の誇るソリストたちの競演の
始まりを予感させる、アペタイザーといった意味合いで選ばれた、
じつに心憎い選曲だと思われました。

この軽やかな調べを最初に聴けば心が自ずと弾み、
これから起こる響宴に期待しない人はまずいないでしょう。

♪ 女心の歌〜リゴレット・ファンタジー ジュゼッペ・ヴェルディ

女心の歌 〜リゴレット・ファンタジー(伊藤康英 編曲)

「女心の歌」というと

風の中の鐘のように いつも変わる女心

という、堀内敬三の日本語の歌詞があり、これが
(何時ごろか知りませんが昭和初期とか?)
大衆に大変流行った時期があったそうです。

この曲を歌った最初のソリストは、男性ボーカル橋本晃作二等海曹。

1年前、東京音楽隊でのデビューを英語の曲で飾ったとき、
一緒に聴いていたMKが、デビューなら日本語で歌うべきじゃない?といい、
わたしも正直そう思ったものですが、今回オペラのアリアを聴いて、
やっぱりこれがこの方の本領だったのねと心から納得させられました。

「リゴレット・ファンタジー」は、動画を見ればわかりますが、
伊藤康英氏が『バンドジャーナル』2022年10月号別冊付録のために
書き下ろした編曲作品のようです。
(すごいなバンドジャーナルって)
東京音楽隊はその譜面を使って早速プログラムに取り入れたようですね。

アレンジは「リゴレット」の曲をミックスしたもので、
前半、橋本二曹は椅子に座って待っており、
動画の2分から「女心の歌」のイントロが始まると立ち上がり、
最後まで朗々とこの有名なアリアを歌い上げました。

♪ 早春賦 中田章

男性歌手が登場すれば、当然次は女性歌手でしょう。
ということで、三宅由佳莉二等海曹が、この
大正時代に作曲され「日本の歌百選」のひとつである曲を歌いました。

春は名のみの 風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず
時にあらずと 声も立てず


橋本二曹が適材適所なら、三宅二曹の「早春賦」も
イメージと声の質、歌い方、全てがぴったりと耳に心地よく響きました。

ちなみに「日本の歌百選」ですが、さだまさしの「秋桜」「翼をください」
「涙そうそう」中島みゆきの「時代」なんかも入ってます。

これらはまあ納得ですが「世界でただ一つの花」これは正直どうかなあ。

♪ ラプソディ・イン・ブルー 
Rhapsody in Blue
ジョージ・ガーシュウィン


全国に自衛隊音楽隊数あれど、
ピアノ協奏曲でもあるこの曲を演奏できるソリストがいて、
この演奏が可能なのはおそらく東京音楽隊だけに違いありません。

コンサートピアニストでもある太田紗和子一等海曹が、
前半のトリとしてこの曲を演奏しました。

ラプソディー・イン・ブルー バーンスタイン 1976

名演は世にたくさんあれど、やはりこの曲はバーンスタイン、
そしてニューヨークフィルってことでこれを貼っておきます。


アメリカの航空会社ユナイテッドエアラインが、
昔からこの曲をテーマにしていますが、何度聞いても、
A●Aの葉〇〇太郎のあの曲と違い(あれもういい加減勘弁して)、
決して飽きないのは、ジャズの作曲家として
卓越したメロディメーカーだったガーシュインの力というものでしょう。

本作は「パリのアメリカ人」とともに、彼の代表作となった曲ですが、
ガーシュインはいろいろ事情があって、二週間で書き上げ、
さらにオーケストレーションが得意ではなかったため、
アメリカを代表する作曲家である
ファーディ・グローフェ(代表作『グランドキャニオン組曲』)
がその仕事を引き受けました。

ガーシュインという人は正統なクラシックの勉強をしておらず、
そのことに大変コンプレックスをもっていたそうですが、
思いあまってフランスでモーリス・ラヴェルに弟子入りを申し出たところ、
ラヴェルが、

「君はもうすでに一流のガーシュインなのに、
なんでわざわざ二流のラヴェルになりたがるんですか」


といってそれを断ったという話がわたしは大好きです。
(聞き覚えなので正確ではないかもしれません)

本作は、ヨーロッパのクラシック音楽とアメリカのジャズを融合させた
シンフォニックジャズとして高く評価されています。

初演が行なわれた「新しい音楽の試み(現代音楽の実験)」には、
ヤッシャ・ハイフェッツ、フリッツ・クライスラー(バイオリニスト)
セルゲイ・ラフマニノフ(作曲家)レオポルド・ストコフスキー(指揮者)
レオポルド・ゴドフスキー(ピアニスト、作曲家)、
そしてイーゴリ・ストラヴィンスキー(作曲家)
らが立ち会ったそうですが、
これらのクラシック界の巨人たちと同席したガーシュインが
このときすでにコンプレックスから脱していたかどうかは謎です。

ちなみに、この曲の「イン・ブルー」というのは、
「ブルーノート」という名前の有名なライブハウスに使われているように、
ブルーはジャズそのものを意味することからきています。

ついでに、ジャズミュージシャンのことを隠語で「キャッツ」といいます。
なぜかはわかりませんが、まあ確かにジャズ屋さんは猫っぽいかな。

伝説のジャズグループ「クレージーキャッツ」もそこから来ています。
彼らは在日米軍のキャンプ回りで実力をつけ、
ある日ステージのおふざけに、米軍兵士から飛んだ
「ユーアークレージー」とキャッツを合わせてこのグループ名になりました。

この日ピアノ協奏曲を大田一曹のためにセレクトすることになり、
東京音楽隊が同作を選んだ理由ですが、わたしは
「イン・ブルー」→海の色
というイメージからではなかったかと勝手に推察しています。

あまりにも有名なクラリネットの怪しげなグリッサンドから始まる
この「ジャズ・ピアノ協奏曲」を、この日の大田一曹は
吹奏楽の大音量サウンドに全く臆する様子もなく、驚くべき集中力で、
むしろバンドを力強く牽引しながら最後まで弾き切りました。

ところでわたしは、「ラプソディ・イン・ブルー」の中間部に現れる、
広大でロマンチックで最も美しいテーマにくると、いつも

「THE AMERICAN」

という言葉を思い浮かべます。
あまたのアメリカ人作曲家の手による有名な楽曲の中でも、
この部分ほどアメリカという国の美しい面を凝縮したような
「アメリカらしい」メロディをわたしは寡聞にして知りません。

わたしの近くには在日米軍の軍人らしき男性の二人連れが座っていましたが、
わたしは、もしアメリカ人の立場でこの曲を当夜の形で聴いたら、どれほど
自国への誇りと忠誠心を呼び覚まされることか、などと考えていました。

果たして曲が終わり、米人男性はほとんどスタンディングせんばかりに
両の手を大きく上に掲げて、この「ザ・アメリカン」を
見事に演奏した演奏家に拍手を惜しみなく送っていました。

余談ですが、前列でご覧になったKさんによると、
「ラプソディ」の演奏のためにピアノを中央に運ぶ隊員の中には
「女心の歌」の橋本二曹がいたそうです。

曲の順番も、橋本二曹、三宅二曹(先任)、大田一曹と
ちゃんと階級を考慮していて、自衛隊の音楽隊という組織は、
あるいみ順序を決定しやすいということに気づかされたものです。

■ 第二部 ザ・ブラスバンド!

第一部は序曲に続きソリストの競演でしたが、
第二部からは東京音楽隊の吹奏楽編成が主役です。

♪ 白鯨と旅路を共に Sailing with Whales ロッサーノ・ガランテ

【世界初演】Sailing with Whales / Rossano Galante 白鯨と旅路をともに /R.ガランテ 光ヶ丘女子高等学校吹奏楽部

光ヶ丘女子校吹奏楽部の委嘱作品で、2021年初演なので、
まだできて2年目ですが、これから吹奏楽シーンの
人気のレパートリーになっていきそうな予感を感じさせる名曲です。

題を知らずに聴いたとしても、その広がりからは

「旅」「海原」「冒険」「航海」

という言葉が自然と浮かんでくるでしょう。

特にわたしは

ソ〜ドラ〜 ソ〜ドシ〜 ソ〜レファ〜ミ〜
ソ〜ドラ〜 ソ〜ドシソ↑ソファミ〜


というメロディに心をぎゅっと掴まれました。
そしてクライマックスは、アメリカ人作家らしい(イタリア系ですが)
アメリカの荒野がよく似合う、西部劇調です。

作者のロッサノ・ガランテは1967年生まれのアメリカの作曲家で
映画やドラマなどの作曲を数多く手掛けた人です。

曲想からはわたしはどうしても2021年逝去された
すぎやまこういち氏のゲーム音楽を彷彿としてしまいました。

すぎやま氏が亡くなられてから横須賀音楽隊は追悼の演奏を
オンラインでアップしましたし、
東京音楽隊も2022年始めの定演でドラゴンクエストを捧げています。

♪ 詩的間奏曲 ジェイムズ・バーンズ

Poetic intermezzo : James Charles Barnes(詩的間奏曲/ジェイムズ・チャールズ・バーンズ)

以前も一度東京音楽隊はこの曲を取り上げた気がします。

もうとにかく最初のゼクエンツのテーマがあざといくらい美しい。
って前も同じことを書いたような気がしますがまあいいや。

バーンズはアメリカの作曲家ですが、大の親日・知日家で、
東京佼成ウィンドオーケストラなどのために作品を書いています。

知日だからこうなのか、こうだから知日になったのかはわかりませんが、
この曲でもおわかりいただけるように、彼のメロディは実に日本人好みです。

あと一つ気づいたのは、バーンズはもともとテューバ奏者で、
新隊長の植田二佐もテューバ奏者として自衛隊に配属されたという偶然です。


♪ エスカペイド Escapade ジョセフ・スパニョーラ

エスカペイド/ジョセフ・スパニョーラ Escapade/Joseph Spaniola MP-99018S



ヒスパニック系アメリカ人らしいスパニョーラは、1963年生まれ。
アメリカ空軍士官学校バンドの作曲&編曲班?チーフで、
この曲も空軍士官学校のバンドのために2001年作曲したものです。

ちょっと007を思わせるミステリアスでエッジの効いた作風で、
言われてみれば空軍的なスマートさも感じさせます。

Escapadeとは「冒険」という意味で、スパニョーラ自身が、
ライナーノーツでこう語っています。

作品のより明確なビジョンを模索していた際に、
「エスカペイド」という言葉に出会いました。
「エスカペイド」とは規範に反した冒険的な行動や旅を指します。
それはしばしば予期しない結果や目的地へ導きます。
「エスカペイド」という言葉が、私の心の中にあった
自由なアプローチの精神を捉え、創作へと駆り立てました。

4つの音から始め、最初の4つに続き、そのあとは導かれるまま綴りました。
その冒険の結果がESCAPADEなのです。



♪ ダンソン・ヌメロ・ドス(第2番)
 アルトゥーロ・マルケス

Gustavo Dudamel - Márquez: Danzón No. 2 (Orquesta Sinfónica Simón Bolívar, BBC Proms)

後半のプログラムはとにかくメロディが美しいだけでなく、
何度でも聴きたくなるような「常習性」のある曲ばかりでした。

ダンスという意味のあるダンソン2番は、一時癖になって
アメリカで散歩をしながら繰り返し聴いたくらいです。

この日の荒木美香さんの解説で、この曲がメキシコの名門大学、
メキシコ国立自治大学の依頼で作られたことを知り驚きました。

同大学はメキシコのトップ大学でかつ最古の創立でもあります。
実はわたくしごとですが、ここを卒業して
メキシコの会社から日本の自動車メーカーに出向していた知人がおり、
コロナの後連絡を取ったら家族皆無事にしているという返事に
胸を撫で下ろしたということがあったのです。

好きで聴いていた曲にそんな因縁があったこと、そして
1994年といいますから、まだ作曲されて30年くらいですが、
メキシコでは「第二の国歌」というくらい人気があることを知りました。

この曲を取り上げてくれたことに感謝です。


♪ 乾杯の歌 ジュゼッペ・ヴェルディ

アンコールは解説なしでいきなり三宅二曹、橋本二曹による
ヴェルディの「椿姫」より「乾杯の歌」でした。

金持ち息子アルフレードと高級娼婦ヴィオレッタの、
この世の美しいものは一瞬で終わるのだから、
せめて今宵は乾杯して楽しみましょう、という内容の
あまりに有名なこの曲を、二人の歌手が歌い上げました。


そして最後に行進曲「軍艦」が演奏され、演奏会は幕を閉じました。

こうしてみると、プログラムの構成に全く無駄がなく、
どんな音楽を提供したいかというビジョンがはっきりしていて、
しかもどの曲にも送り手のメッセージ性が感じられました。

新隊長による新生東京音楽隊のこれからにますます期待です。

最後になりますが、演奏会の参加をお手続きくださった
関係者の方々にも熱くお礼を申し上げます。


終わり







海上自衛隊 第4航空群ニューイヤーコンサート@やまと芸術文化ホール

2023-01-22 | 音楽

「ここ10年で最も強い寒波が来る」

と、アメリカ五大湖沿いやボストンの寒さを肌で知っている人間が聞くと
ついつい鼻でわらってしまうようなニュースが、
あたかも人心の不安を煽るように流された冬のある日のこと。

寒波の襲来など、『すこ〜しも寒くないわ〜』と歌い飛ばすような
そんな(我ながらベタなマクラだな)ハートウォーミングな
海上自衛隊横須賀音楽隊のコンサートを聴いて参りました。

■ 海上自衛隊 第4航空群

我が海上自衛隊には航空群が全国に7つ存在します。
それらは航空集団の隷下に置かれ、航空集団司令部は厚木にあります。

そのナンバーの根拠はわたしにはさっぱりわからないのですが、
番号の若い順に、

第1航空群 鹿屋
第2航空群 八戸
第4航空群 厚木
第5航空群 那覇
第21航空群 館山
第22航空群 大村
第31航空群 岩国


となっております。

この日コンサートを主催したのは、厚木の第4航空群でした。
P-1哨戒機を運用する第3航空隊他、
補給隊、基地隊、硫黄島基地隊、南鳥島派遣隊
を含みます。

厚木海軍飛行場というと、何年か前、
防衛団体の主催でアメリカ海軍基地の見学をした経験があります。

日本が無条件降伏を受け入れ、コーンパイプを咥えたマッカーサーが
「バターン号」から降り立って以来、ここには
アメリカ軍の航空基地がずっと存在しており、
1971年からは海上自衛隊が共用を開始して現在に至ります。

米軍基地見学の際は、海上自衛隊部分に併設された広報資料館で
自衛官の説明付きで見学をさせていただきましたが、
たしか坂井三郎氏の書なんかが展示してあった記憶もあります。

さて、今回は、知人からのご紹介でチケットをいただき、
初めて航空集団主催のコンサートに行くことになりました。


■ やまと芸術文化ホール SiRiUS

大和市の存在すら下手したらよく知らなかったわたしですが、
今回初めて行ってみて、まず文化ホールの素晴らしさに目を見張りました。

シリウスについて

ホール、図書館、会議室、交流フロア、こども図書室、
地域資料室、貸しスタジオ、調理実習室、一階のスターバックス、
おそらく1日座っていても誰にも怒られなさそうな空間。
本は無人で返却でき、一冊づつ殺菌消毒処理が行われます。

しかもそれが大和駅から歩いて数分のところにあるという。
このホールと周りの雰囲気だけで、
大和市民になる価値はありそうに思えました。


■ コンサートに先立ち

コンサートに先立ち、国歌の演奏が行われました。

「ユカ」さんとアナウンスされたところの女性歌手が登場し、
彼女がアカペラで実にスリリングな「君が代」を歌い上げる間、
会場の最上階以外の観客は起立を行いました。

続いて、横須賀音楽隊のメンバーの一部が入場。
この時入場してきた隊員に、以前他所の音楽隊で見た何名かを認めました。
この3年の間に、かなりの移動があったようです。

そして、彼らによって、殉職した自衛官の魂のための儀礼曲、
「国の鎮め」
が奏楽されました。

国の鎮め


以前、映画「戦場にながれる歌」の解説で、この曲について
戦前から陸軍軍楽と海軍儀制曲に共通する儀礼曲である、
と解説したことがあります。

その際、「今日の祭りの賑わいを」などという歌詞からも、
この曲はもともと葬送曲ではなく、元始祭や新嘗祭など、
おめでたい皇室行事に用いられてきた(勿論軍歌ではない)ものであるが、
現在、海上自衛隊では「命を捨てて」とともに
慰霊の式に用いられている、と書きました。

いつからこの曲が慰霊用になったかは調べがついていませんが、
少なくとも大東亜戦争時、真珠湾の九軍神や山本元帥の葬列では
こちらではなく「命を捨てて」が演奏されていました。

「命を捨てて」という題名があまりに直裁すぎるということで、
現代の鎮魂には「国の鎮め」がよいのではと考えられたのかもしれませんね。

余談ですが、安倍元首相の国葬に対しずっと反対を叫び続けていた人たち、
本番でこの「国の鎮め」が演奏されたということでもう大騒ぎ。
「やっぱり(何がやっぱりだ)軍国主義じゃないか〜!」
と怒りマックスになっていたようですが、もう・・・なんかね。

厳密には前述のごとき事情で演奏されるようになった儀礼曲であり、
軍歌でもないし、戦争で命を失った人のための曲でもないのですが、
・・こういう人たちに何を言ってもわかってはもらえないんだろうな。





続いて第4航空群司令、金山哲治海将補(お父上は巨人ファン?)
の挨拶がコンサートに先立ち行われました。

遠目には大変お若く見えましたが、それも
スマートで体型が年相応に見えないせいかと思われました。

会場には厚木基地の米軍関係者らしき姿が多く見受けられましたが、
アナウンスは、彼らに配慮して、挨拶のセンテンスごとに英語訳があり、
挨拶の内容には、米軍関係者に対する日頃の協力のお礼や、
来場している偉い人(厚木基地司令マニング・モンタネット海軍大尉
(航空集団の司令なのに大尉)への特別な感謝の言葉が盛り込まれました。

そして、COVID19が発生してから、このような集まりは初めてであること、
久しぶりの機会に一同喜んでいることなども述べられました。



横須賀音楽隊の隊長もこの間交代していました。
新隊長は昔呉音楽隊におられた北村善弘一等海尉です。

そしてコンサートが始まりましたが、プログラム前半、
第一部の指揮者は副隊長(のはず)岩田知明一尉が務めました。

この日の演目は、一言で言って、難しい曲はひとつもなし。
一般人にとって親しみやすくポピュラーな曲ばかりでした。

おそらく会場にいる人のほとんどが、全部とはいいませんが
そのほとんどの曲を知っているor聞いたことがあったに違いありません。



■ ラデツキー行進曲の「拍手」

1♪ラデツキー行進曲 ヨハン・シュトラウス1世

2♪春の声 ヨハン・シュトラウス2世

プログラムにはどちらも「ヨハン・シュトラウス」とありましたが、
じつは全くの別人(って2世は1世の息子なんですが)です。

おそらくこの日は「ニューイヤーコンサート」ということで、
わたしも行ったことがある(とさりげなく自慢)
ウィーン楽友協会大ホール通称黄金ホールで行われる
本家ウィーンフィルのニューイヤーコンサートに倣い、
こちらの定番であるシュトラウス親子の作品が選ばれたのだろうと思います。

「ラデツキー行進曲」は、北イタリアの独立運動を鎮圧した
ラデツキー将軍を讃えて作曲された作品ですが、
本場のニューイヤーコンサートでは必ずアンコールにこれが演奏されます。

そして、ニューイヤーコンサートファンならご存知だと思いますが、
ラデツキーの時には、必ず指揮者が観客に手拍子での参加を求め、
客席を向いて「大きく」とか「小さく」とか「ここは叩かないで」
などという拍手への指揮を行うのが慣例となっています。

この日の最初のプログラムで、横須賀音楽隊は、
このウィーンフィル方式に則り、「拍手参加」を客席に求めました。

ちなみにウィーンフィルだとこんな感じです。

ラデツキー行進曲 ウィーン・フィル ニューイヤーコンサート


この慣習は、初演の際、客席にいたオーストリア軍の将校たちが、
身内のラデツキー将軍を讃えるという内容の曲に興奮して?
つい全員が手拍子や足踏みで拍子を取ったことから始まりました。

その後指揮者が率先して観客に手を叩かせるようになり、現在に至ります。

横須賀音楽隊、いきなりウィーンフィル方式で観客を巻き込み、
これですっかり会場を「温め」、準備は万端に持っていき、
次のシュトラウス(子)の「春の声」へと音楽は流れていきました。


3♪歌劇「蝶々夫人」より「ある晴れた日に」ジャコモ・プッチーニ

司会が、次の曲の説明として、

『海上自衛隊音楽隊の祖先である海軍軍楽隊は、
(あの変な「君が代」←横須賀音楽隊の演奏?を作曲したこともある)
本国では軍楽隊員、日本ではお雇い外人である
ジョン・ウィリアム・フェントンによって発展した』

というような話をマクラにしたので、ふむふむと思って聞いていたら、
なぜかいきなり軍楽隊がオペラの曲を演奏するようになった、
ときて、いきなり「マダムバタフライ」に話が着地して驚きました。

フェントン関係ねえ。

それはともかく、この曲目を見た時から、わたしは
横須賀音楽隊の歌手、中川麻梨子三等海曹のパフォーマンスを
おそらくこのコンサートで一番楽しみにしていました。

声量といい表現力といい、本当に素晴らしかったです。
特に「L'spetto.」のところ、びりびりーっと鳥肌が立ちました。

プッチーニ 《蝶々夫人》 「ある晴れた日に」 マリア・カラス(1)

ところでね。

もしお時間がありましたら、ぜひマリア・カラスのウン・ベル・ディを
聞きながら歌詞を確認していただきたいと思うのですが、

ある晴れた日
遠い海の彼方に
ひとすじの煙が立ち上り
船が現れる
白い船は港に入り
礼砲を鳴らす


礼砲で迎えられる白い船(アメリカ軍艦)で
蝶々夫人のもとにやってくるはずの人とは、他でもない、
アメリカ海軍の士官、ピンカートンであるわけですよ。

ついでに言えば、彼の勤務するのは戦艦「エイブラハム・リンカーン」

このピンカートンという男、とんでもない野郎で、
蝶々さんと3年も結婚生活をして子まで為しておきながら、
アメリカに帰るなり、アメリカ女性と結婚してしまうのです。

で、のうのうと妻を連れて「リンカーン」で日本に帰ってくるんですわ。
恥知らずか。

蝶々さん、ようやく再会を待ち焦がれていた夫に会える、と
軍艦に行ったら、本人はいなくて、その代わりに
ケイトとかいうピンカートンのアメリカ人妻と対面させられてしまうんだ。

しかもピンカートン、そのことを深く恥入りながらも、
蝶々さんに言い訳もできず、結局逃亡してしまうんですよクズが。

日本の武士道の教えにより、彼女は恥を濯ぐ方法として、
目隠しをした子供に日米の国旗を持たせ、
自らの喉を突いて自害し果てるという、まあ救いようのない話です。

わたしがこれを聞きながら考えたのは、
会場に多数お運びになっているアメリカ海軍軍人の皆さんは、
そんな話だと知ってるんだろうか、知ってるよね?ってことでした。

ピンカートンがアメリカ海軍士官であるから、海軍つながりで
アメリカ海軍からのお客さん多数のこの日のプログラムに選んだとか。

まさかと思いつつ、ちょっと狙ってた?と疑るワタシガイル。


ところで司会のMCなんですが、次の曲を紹介するのに、
またしてもフェントンの名前を出してきたので、ふむふむ、と思っていたら、
なんとフェントンがイギリス人、イギリス人と言えばホルスト、
次はホルストの曲をどうぞ、とまるで連想ゲームのような解説でした。

曲目解説の台本をもう少し練ったがいいと思いました。(苦言)


4♪吹奏楽のための第一組曲 グスタフ・ホルスト

この日のプログラムの中で最も「吹奏楽っぽ」かったのが、
ホルストの吹奏楽のための第一組曲です。

ホルストは「惑星」一曲で有名になった、などと
まるで一発屋よばわりする失礼な人もいますが、
この吹奏楽のための組曲1と2は、はっきり言って名曲です。
吹奏楽界では、古典作品として大変重要なレパートリーとなっています。

吹奏楽のための第1組曲 III- マーチ


「青春吹奏楽」レパートリーとして取り上げられるくらいですから。

当日は三曲続けて演奏されましたが、聴くと必ず
イングランドの荒野がイメージされる、(ちょっとウェスタン風でもある)
わたしも大好きなこのマーチの動画を上げておきます。


5♪ディズニー・クラシックス・レビュー

お子様も多数おられ、さらにはときおり赤さんの泣き声も聴こえるという
この日の観客にはこの選曲が大いに喜ばれたことでしょう。

ここからが第二部の始まりで、指揮者は隊長の北村一尉になりました。

曲の内容は、

ハイ・ホー ~口笛吹いて働こう ~星に願いを ~
ハイ・ディドゥル・ディー・ディー



6♪ 「アナと雪の女王2」より
「Into the unknown〜心のままに」

松たか子が歌う『アナと雪の女王2』より
「イントゥ・ジ・アンノウン~心のままに」 

オリジナルしか見ていないのですが、最初のバージョンの大ヒットを受け、
柳の下のどじょうを狙ってリリースされた「アナ雪2」。
ヒットしたんでしょうか。したんだろうな。

そちらの「レリゴー」に相当するメインの曲がこれだそうで、
中川三曹が日本語でこれを歌いました。

この日のアンコールには「レリゴー」が選ばれたのですが、
そのどちらのバージョンも、原曲が英語にもかかわらず、
日本語バージョンで歌ったのが色んな意味で大成功だと思いました。


7♪ ジャパニーズ・グラフィティXII

ジャパニーズグラフィティ12とはなんぞや。
それはほかでもない、日本の名作アニメ、「銀河鉄道999」と
「宇宙戦艦ヤマト」
のテーマソング三曲のメドレーでした。

生で聴く本チャンの(つまりある意味本家による演奏という意味)
「宇宙戦艦ヤマト」は、感動的ですらありました。
「銀河鉄道999」も、「ヤマト」も、すっかり日本人のスタンダードです。

ところで、なぜ「ヤマト」の曲を選んだのかというと、
この日の演奏会場が大和市だから。

異論は認めない。

8♪ マンボ No.5

ペレス・プラードというとマンボの王様が作曲したマンボの名曲。

なんてことを知っているのはきっとわたしだけにちがいない。
と思いつつ、なぜこの曲が選ばれたのか考えてみました。

今年は令和何年ですかー?
はい、年ですね。
で、マンボNo.5と。

異論は認めない。

この曲はボンゴなどラテンの曲に欠かせない打楽器がリードしますが、
ここでもう一度、会場の拍手による参加が強要されました。

サルサなど、アフロキューバン音楽でテンポを構成するリズムで、
クラーベ「clave」(スペイン語で鍵の意味)というのがあります。


拍手でこのリズムを取らせ、その上で
マンボNo.5の演奏が行われるというわけです。

ボンゴ奏者が途中でリズムを変化させ、頭をたたかせたりして
なかなか楽しいひと時でした。

ちなみに、No.5だけでなく、マンボNo.8、という曲もあります。

ペレス・プラード楽団 9/12 マンボ No.8 ( Mambo No.8 )

他は知りません。

9♪ スィングしなけりゃ意味がない
It Don't Mean a Thing (If it Ain't Got That Swing)

最後は、デューク・エリントンの名曲でした。
なんでもエリントンがシカゴの酒場での演奏の休憩時間に作ったとか。

この歌の歌詞ですが、タイトルをそのまま歌えばいいことになってます。

ちょうど横須賀音楽隊の演奏(@下総基地)が見つかったので
貼っておきます。

スウィングしなけりゃ意味がない /
海上自衛隊横須賀音楽隊 下総航空基地開設63周年記念行事

この曲は各自のアドリブソロが楽しめますが、
特に4:00くらいから始まるドラムのソロを是非ご覧ください。
この日も女性ドラマーが迫力のパフォーマンスで会場を沸かせました。

失礼ながら見た目は楚々としたヤマトナデシコ風の方なのに、
その気迫とのギャップに、つい萌えてしまいそうでした。

自衛隊音楽隊の人材の多彩さにはいつも驚かされます。


というわけで、ポピュラーで親しみやすい曲に包まれて、身も心も温まり、
「少しも寒くないわ」と(くどい?)会場を後にしました。

素晴らしい一夜を演出してくれた横須賀音楽隊の皆様と、
海上自衛隊第四航空群の皆様には、心から感謝を申し上げる次第です。







海上自衛隊東京音楽隊 第63回定例演奏会〜後編

2022-01-16 | 音楽

昨日、海外から渡航してきた帰国者入国者の待機期間が
10日に短縮されるというニュースが流れました。
オミクロン株型の感染者が爆発的に増えているのに如何なることかというと、
この型の潜伏期間が3日程度と短いことがわかったからだそうです。

つまり1ヶ月遅ければ、MKも4日だけとはいえ自粛期間が短かくてすんだのですが、
元々彼はあまり物事に対して文句を言わない性質で、
コンピュータがあってご飯が食べられさえすればそうストレスもないらしく、
14日の待機期間、コンピュータで作曲したり、ゲームをしたり、
ピアノを弾いたりして機嫌よく過ごしていました。

MKは小さい時習わせたピアノは嫌がってやめてしまったのですが、
チェロは性に合ったようで、学校のオーケストラで演奏していただけでなく、
曲を作るようになり、長じてコンピュータミュージックをやるようになってから
マスタリングをプロに講義を受けたり、来年は工学部で授業を取ったりと、
わたしとは全く違う方向からのアプローチで音楽を人生の友としています。


ですので、わたしは今回の海上自衛隊東京音楽隊のコンサートについても、
本人に確認を取らず、二人分の参加を申し込みました。


実にほぼ2年ぶりに行われた海上自衛隊東京音楽隊定例演奏会。

疫病対策で間隔をとった席での緩衝となったため、
平常時の半分以下の観客数で開催されたことになりますが、
それではどんな人たちがいたかということも報告しておきます。

わたしがMKと座ったのは、ステージから通路を挟んで
二番目のブロックだったわけですが、通路の前の席に座っていたのは
察するところ間違いなく自衛隊入隊を希望しているか、検討しているか、
あるいは地本に招待された未来の自衛官のようでした。

音楽隊の任務は演奏を通じて広報を行うことにありますから、
いわば自衛隊入隊を考える若い層は最も招待に値する対象でしょう。

また、ホールの前の広場には、制服を着た高校生の一団が
体育座り(!)して待機していました。

吹奏楽人口の裾野を広げるということと、地域への貢献という意味で
自衛隊音楽隊は近隣の学校の吹奏楽部を指導し、
4年前の瞳記念館の時のように演奏を一緒にすることがありますが、
おそらく彼らもそういう関係で音楽隊から直接招待を受けたのでしょう。
それ以外にも客席には、私服で楽器を持った高校生がちらほら見受けられました。


また、わたしたちの席の近くにいた、アメリカ人らしい母親と子供達。
彼らは在日米軍の関係者として招待されたと思われます。

♩Paradise Has No Border NARGO

さて、それでは東京音楽隊の久しぶりのコンサート、
後半に演奏された曲についてです。

東京スカパラダイス、というバンドの名前をご存知の人も多いと思いますが、
その名前はこのグループが「スカ・バンド」であることからきている、
ということについてはご存知なかったりするかもしれません。

スカ (Ska) は、1950年代にジャマイカで発祥したポピュラー音楽のジャンルです。

一言で言ってリズムの2拍目と4拍目が強いラテン音楽、という感じなのですが、
その頃「イケてる音楽」とされていたニューオーリンズのジャズが好まれた
南米ジャマイカでは、ラジオの感度が悪く、2・4拍目が強調されて聞こえたため、
これが誤ってコピーされてスカになったという眉唾な起源伝説もあるそうです。

スカはレゲエ、メントなどと同じくジャマイカ独特の民族音楽(フォーク)で、
ブラスバンドでこれを行う形式は、イギリス統治下でもたらされました。

1962年といえばジャマイカが独立した年ですが、このムーブメントもあって
アップテンポのスカは、この頃急激にジャマイカの音楽シーンを席巻しはじめます。

また、政府主導でスカを海外に普及させようという動きもありました。

我らが東京スカパラダイスオーケストラの結成は1985年。
2020年には東京オリンピックの閉会式に出演し、
「上を向いて歩こう」などを演奏したのを覚えておられるでしょうか。

東京スカパラダイスオーケストラ 「Paradise Has No Border」
(Live Ver. ゲスト:さかなクン)



この「楽園に国境はない」という意味の曲は、
誰でも一度くらいどこかで耳にしているくらいキャッチーで有名です。
日本人の感覚になぜかピッタリで、とにかくノリがよく気分が上がります。

曲が始まると、早速サックス、トランペット、トロンボーンなどがフロントで
交代でソロを披露して嫌が応にも雰囲気は盛り上がっていくのでした。

ところで、曲の最初から指揮者の樋口好雄二等海佐の姿が見えなくない?
と思ったら、案の定、左の後ろでパーカッションを演奏をしておられました。

樋口隊長は打楽器出身でいらっしゃるので、昔取った杵柄スティックで、
個人所有らしい真っ赤なパーカッションセットを演奏する姿を、
わたしは横須賀音楽隊時代から何度か見てきたような記憶があります。

しかし残念なことに、この日、隊長の「ポジション移動」について
MCからは何の説明もありませんでした。
時節柄あまり目立たないように(?)という配慮だったかもしれませんが、
気づかない人のためにも、これはぜひアナウンスしていただきたかった。


♫三文小説 常田大希

演奏する音楽のジャンルが多岐に渡るので、自衛隊音楽隊の演奏会に行くと
聞いたことがないアーティストについて知ることがでるのも、嬉しいところです。

今回その意味で一番と言っていいほど心に残ったのは、King Gnuという
「トーキョー・ニュー・ミクスチャー・スタイルバンド」の曲でした。

四人のメンバーそれぞれが、多方向から影響を受けた音楽を持ち寄り、あくまでも
日本語の歌詞にこだわるという音楽スタイル。
ミクスチャー・スタイルというのはこの辺からついたスタイル名だそうです。

「三文小説」。
タイトルだけで只者ではない気がするこの楽曲について、
この日のプログラムには常田大希という名前だけが書かれていましたが、
一般的にはKing Gnuというバンドの曲と認識されています。

King Gnu - 三文小説 (King Gnu Live Tour 2020 AW “CEREMONY” Tour Final in Makuhari Messe)


ドラマの主題歌に使われたので、そちらで聞き覚えのある人はともかく、
初めて聴く人は、この美声のボーカル(ベースの井口和輝)が
男性であるのに驚いたかもしれません。

東京音楽隊は今回これを中川麻梨子三曹の歌唱に乗せて聴かせてきました。

音楽的にメロディも転調もとても高度で、次の展開が読めないのに、
一度聞くと心に残りまくる、とにかく不思議な曲です。

King Gnuの基本仕様は、常田大希がチェリストであることから、
オリジナルにはストリングスが必ず入ってくるのですが、
そんな曲を。吹奏楽団である東京音楽隊が取り上げるに至った経緯というのに
わたしは個人的に大変興味を持ちました。

そこでYouTubeを聴いていただくと、最初の方に、ストリングスに絡みつくように
ブルブルっというように響くシンセサイザーの低音が重なり、
それがとても強い印象を残すのがお分かりいただけるでしょう。

この日、このブルブルシンセサイザーの部分は管楽器で代用されました。
ヴォーカルの中川三曹の反対側にソリストのように立った
バストロンボーン(?)が、この効果を請け負っていたと思われます。

とにかく、その効果があまりにも秀逸だったので、わたしは
この曲を選んだ理由は、この管楽器代替によるサステナブル可能なことが
もしかしたら選曲関係者のツボにハマったからかしら、などと考えてしまいました。

この効果ありきの選曲だったのか、
女性歌手がこの男性ボーカルの曲を歌うのが目的だったのか。

そんな「選曲のモチベーション」についていろんな想像を巡らせるのも、
自衛隊音楽隊の演奏会の後の楽しみと言っていいのではないでしょうか。

ただ、この曲についてはMKが、後から

「歌詞が何を言っているのかわからなかった」

と、ボヤいていたとおりで、それはオリジナルも同じです。
前もって歌詞を把握していないと、何を言っているか聞き取ることは
まず不可能なくらい内容が深遠です。

歌詞の理解しやすさまでを演奏者の力量に背負わせるのは酷というものでしょう。

さて、ここで、MCは、思いっきり海上自衛隊の広報を行いました。

自衛隊の防衛任務についての説明、そして(これがおそらく主目的)
会場の若い人たちに向けて、海上自衛隊への勧誘がひとしきり行われたのです。

改めて自衛隊のイベントというのは、
新たな人員確保のための広報活動なのだと感じました。

🎵 ドラゴンクエストによるコンサート・セレクション すぎやまこういち

【音楽】ドラゴンクエスト すぎやまこういち作曲 
横須賀音楽隊オンラインコンサート2021第1弾



YouTubeで、横須賀音楽隊の演奏を見つけました。
実際のコンサートが自粛されていた期間、自衛隊音楽隊はオンラインで
コンサート映像を配信していたようです。

すぎやまこういち氏が亡くなったのは昨年の9月30日。
これを受けて東京音楽隊では氏の代表作品でもあるこの曲を選んだのでしょう。

亡くなるすこし前となる東京オリンピック開会式の選手入場曲に
日本を代表するゲーム音楽の一つとして挿入されています。

Overture / 序曲
Distant Journey introduction part / 遙かなる旅路のイントロ部分
Unknown World / 広野を行く
Holy Shrine /聖なるほこら
Endless World / 果てしなき世界
At Alefgard / アレフガルドにて
Hero's Challenge / 勇者の挑戦
into the Legend /そして伝説へ


「そして伝説へ・・」はドラゴンクエストシリーズのIIIの音楽で、
まさにわたしがドラクエにハマっていた真っ只中でしたから、
どの曲も耳馴染みがありすぎて、当時のことをありありと思い出しました。

♬アンコール A Whole New World

さて、というわけでこの曲でプログラムは全曲終了したわけですが、
指揮者退場、拍手、アンコールという「儀式」もあっさり目に、
樋口隊長が男性の隊員をステージに連れてきて紹介しました。

自衛隊音楽隊史上初の男性歌手、というのが彼の正体でした。

管楽器には歌の上手い人が多いことから、音楽まつりや男声が必要な時には
いつもの楽器を傍に置いた「副業歌手」がそれを務めるのですが、
どういう経緯か、この度東音では、専用の男声歌手を採用したというのです。

ハシモトコウサク二等海曹と紹介された男性歌手は、
このアンコールを顔見せとして初めてその声をステージで披露しました。

曲はディズニーアニメ「アラジン」から「A Whole New World」

言わずと知れたデュエット曲ですが、これを先輩歌手の中川三曹と
(後輩の方が階級が上なのが自衛隊という組織の不思議なところ)歌いました。

最初の公式のステージということでおそらくかなり緊張されたことでしょう。
クラシックの声楽法を勉強してこられたと思われる美声でしたが、
MKの講評は辛辣で、まず、真っ先に出た言葉が

「初めて人前で歌うっていうときに、日本語じゃない曲を選ぶってどうなの」

最後は女性歌手とデュエットをしなければならないと決まっていたなら、
「得意じゃない英語の曲なんかじゃなく」
言葉が聞き取れるものにするべきだというのが彼の意見でした。

うーん・・こういうときにふさわしい日本語のデュエットってあるかなあ?

「銀恋」とか「3年目の浮気」は問題外としても、
例えば「アナ雪」の日本語版からとか・・、あ、それは今はアウトか。

あと、MKによると、男声だけでなく中川三曹の歌も、ブラスバンドの音量に
かき消されて聴こえにくい部分が多々あったけれど、これは
PAのバランスでもう少しなんとかできたはず、ということでした。

ところで2月には東京音楽隊は第61回定期演奏会の開催が予定されています。

今ふと気がつけば、そのプログラムには、
プッチーニの「誰も寝てはならぬ」Nessun dorma(トゥーランドット)
という文字が見えるではないですか。


この日が本格的なハシモト二曹の歌手デビューと見て間違いないでしょう。
彼にとって、この曲こそが歌手としての本領発揮となるはずなので、
ぜひ期待して、この日の「本当の初舞台」を待ちたいと思います。


それにしても専門の男性歌手なんて、もしかしたら世界の軍楽隊にも
例のない、初めての存在かもしれませんね。

一体どういう経緯で男性歌手を採用する流れになったのか、
その辺の裏の事情を無性に知りたいのはわたしだけでしょうか。

というわけで東京音楽隊演奏会についてのご報告はここまでです。

素晴らしい演奏会に参加の機会をいただきました音楽隊の皆様方に、心より
感謝すると共に、これからの演奏会が無事に行われることを祈って止みません。



*おまけ*



この演奏会の後、MKはまたアメリカに戻っていきました。
出発は羽田国際線ターミナルから。
右の方は入国者のPCR検査などを行うコーナーとなっています。

出発時間が1830なのに、空港入りしたのは10時半。
空港で東邦大学のPCR検査を受け(2万円くらい)、結果が出る3時半まで
空港で時間を潰すのにずっと付き合っていました。

ちなみに平常ならこのカウンターはカタール航空の受付が行われるので、
画面奥に「祈祷室」が設けられています。



人っ子一人いない昼間の空港。
2月いっぱいは政府が水際対策のため入国を制限しているので、
電光掲示板の発着予定はほぼ全てが「欠航」となっていました。



東京オリンピックで来日する外国人客を当て込んででしょうか。
空港のブリッジに日本橋が出現していました。
本物の木材を使ってオリジナル通りに建造したものだそうです。

歩いている人が誰もいないのが虚しい・・・・。



検査を受けてから結果が出るまで、チェックインもできないので、
わたしたちはデッキに出てガラガラの空港を眺めたり、
第三ターミナル併設のホテルでご飯を食べたり、伊藤園で抹茶を飲んだり、
それでも時間が余っているので第二ターミナル、第一ターミナルと巡って
カードラウンジでネットをしたりして時間を潰しました。

ようやく3時半にPCR検査の陰性の結果をもらって初めてチェックイン。

しかし、ゲートの中に入ってもラウンジはもちろんお店は空いていません。
仕方がないのでまたもや伊藤園の前でギリギリまで時間を潰しました。

なんと8時間もの間空港でただ待っていただけということになります。
入国も大変でしたが、出国も見送りの人間にとってはそれ以上に大変です。
これでは余程の理由がない限り海外に行こうなどと誰も思わないでしょう。

帰国したMKによると、アメリカの入国後は日本のような自粛はありませんが、
ただ、クリスマス期間各地に散らばって帰ってきた学生が
COVID-19を持ち寄って大学にクラスターが起きないように
学校の授業が2週間はリモートになるそうです。


最後に、蛇足のまた蛇足ながら、MKの「日本で食べたいものリスト」のうち、
目標達成したものを粛々と貼って終わりにします。



銀座のTOなじみの小さな料理屋のマグロ。



刺身のほかは、卵とじとなって出てきました。



ニューオータニの寿司屋。

この日、ジャイアンツの4番丸選手と5番の誰かのトークショーがホテルで行われ、
ロビーはすごい人でしたが、寿司屋のカウンターはわたしたちだけでした。



この時握ってもらったヒカリもの。
ここの握りは一貫ではなく一つずつです。



近所のラーメン屋さんの、幻の(滅多に汁が残っていないらしい)坦々麺。
それほどいうなら、と辛いもの苦手なわたしも死んだ気で食べてみました。
半分が限度で、残りはTOのお腹に収まりましたが、美味しかったです。

終わり。



海上自衛隊 東京音楽隊 第63回定例演奏会 前編

2022-01-14 | 音楽

1月10日、新宿のオペラシティで行われた
海上自衛隊東京音楽隊の第63回定例演奏会に参加してまいりました。

コロナ発生以降、何度も演奏会の開催のお知らせをいただいていましたが、
その直前になると、疫病感染対策の自粛要請を受けて中止になり、
そのお知らせを頂いてガッカリ、ということを繰り返してきました。

実は今回も直前にオミクロン株型の蔓延防止策が囁かれだし、
またもや中止か、とわたしは早々に心の準備までしていたのですが、
今回は、前日になっても、何のお知らせも来ません。

いつもならこんな心配はしないのですが、何もないのが逆に不安になり、
当日音楽隊に電話をかけて聞いてしまいました。

「本日の定例演奏会ですが、予定通り行われるんでしょうか」

「開催される予定です」

「そうですか・・もしやと思ってしまったものですから」

「お気をつけてお越しください」

電話は守衛室のようなところにかかったようでしたが、
それはつまり音楽隊の人は既に現地入りしているということです。
わたしはようやくホッとしました。

ところで、冒頭画像は演奏会と何も関係のない、
銀座三越前のライオン(マスク着用)です。

なぜこんなのを上げているかというと、
いつもなら演奏会参加ご報告のトップ写真は、東京音楽隊のバナーの入る
演奏開始前のステージということにしていたのですが、
この日、いつものように写真を一枚とったところ、
オペラシティの会場係がすうっといつの間にか横に来て、
会場内の写真は禁止されている、と注意されるではありませんか。

疫病対策と写真撮影は何の関係があるのかわかりませんが、
そういうことになって現場の写真を一枚も残せなかったので、代わりに
三越ライオンのマスク姿でもにぎやかしに上げておくことにしたのです。

ちなみにこのマスクは、以前確か「丸に越」の三越マークが入ったものでしたが、
今回写真を撮ったら、ただの普通の白いマスクに代わっていました。
夜中に盗まれでもして代わりを作るのをやめたのかな・・。




ついでと言っては何ですが、お向かいの和光のショーウィンドは、
年明けになってこのような虎の顔が現れました。


立ち止まってしばらく見ていたら、瞬きしたので驚きました。
毎年和光のショーウィンドは工夫があって目を楽しませてくれますが、
今年のようなのは初めてです。

◆ 開場


この日、わたしは東京駅前でランチを済ませて新宿に向かいました。


これも演奏会とは全く関係ありませんが、この日のスケジュールは
演奏会の前に、MKの「日本で食べたいものリスト」に入っていた
「丸の内ホテルの鯛どんぶり」を頂くところから始まったので、
せっかくだから宣伝方々画像をあげておきます。

東京駅近辺で人とちょっと豪華なランチを食べることになった時、
わたしはかなりの確率で、この大志満椿寿の鯛どんぶり(後半茶漬け)を選びます。
以前は2千円台前半だったのに、少し前値上げしてしまい残念なのですが。

予約したところ、板場から、どうせなら朝イチで食べていただくのがおすすめ、
と言われたので、11時からのブランチと相成りました。
とにかく美味しくて大満足間違いなしの鯛どんぶり、おすすめです。

食後は仕事場に向かうというTOと別れ、MKと車で新宿に向かいました。
オペラシティを訪れる人そのものが少ないのか、駐車場はガラガラで、
MKは車で仮眠を取り、わたしはネットを見て開場まで時間を潰しました。

開演30分前に会場入りすると、コロナ対策のおかげで
会場の人の入りは今まで見たことがないほど少なくされていました。

まず、座席は一席ごとに空けて、前後も重ならないようになっており、
前の三列目までは人を座らせず空けてあります。
吹奏楽団なので演奏者はマスクをするわけにいきませんから、
前列はステージからの飛沫防止対策で空けてあるのです。

会場内では、わたし以外にもスマホで写真を撮って、その途端
係員が飛んできて注意されている人がいましたし、
何しろ久しぶりの開催ということで、顔見知りと話し込む人もいましたが、
会場が少し話し声で騒がしくなるや否や、

「会場内での会話はお控えください」

という注意が、撮影禁止と共にアナウンスされるという厳戒態勢です。
それだけでなく、検温と消毒、換気対策、そして時差退出など、
最大限の対策をやれるだけやって、
何とか開催に漕ぎ着けたこの日を守り切ろうとする努力がうかがえました。

◆開演

それでは、この日のプログラムについてお話ししていきます。

開演のブザーが鳴り、ステージ上に東京音楽隊の隊員が現れました。
本当に、久しぶりに彼らがステージに乗っている姿を目にした気がします。

この日も司会をされたハープの荒木美佳二等海曹によると、
東京音楽隊がこういうステージに乗るのは何と2年ぶりだとか。
確か、代々木の体育館での音楽まつりの後、
クリスマスコンサートをしたのが最後ではなかったでしょうか。

ようやくやっとステージに立つことができたという感慨と、
これから人前で演奏する喜びと興奮のせいなのか、ステージは
彼らから立ち昇る空気で陽炎が揺らめいているように見えたものです。

今まで何度プログラムを組み、演奏会の日に合わせて練習を重ね、
音を作り上げて調整してきたその土壇場でそれが中止になり、
その計画を破棄して、また一からやり直すということをしてきたのでしょう。

発表の機会を絶たれた音楽家の挫折感は、我々一般人が
演奏会の中止に対して思うような、残念だ、などという簡単な言葉では
とても表せないものだったに違いありません。


♩この美しき、”蒼”を守るために

そんな東京音楽隊が最初に選んだのは、音楽隊員オリジナルでした。

作曲者はチューバ(?)奏者の藤田翔吾三等海曹が作曲したということで、
かつて披露されてきた音楽隊員の手による楽曲の例に漏れず、
それは海上自衛隊の伝統である喇叭のメロディをモチーフに取り入れたものでした。



♫デビュー・カドリーユ作品2 ヨハン・シュトラウスII

Debut-Quadrille op. 2 - Johann Strauss II


何度か東京音楽隊の演奏を聞かせていただいていますが、
また珍しい傾向の曲を選んだものだ、と感じました。

例年ウィーンフィルは、年始にわたしも行ったことのある楽友協会ホールで、
ウィンナワルツ、ポルカなどのニューイヤーコンサートを行うことが有名で、
今年もダニエル・バレンボイムが棒を振ったようです。

プログラムはシュトラウス親子の作品が取り上げられるのが慣例ですが、
もしかしたら年始のコンサートということでこの曲が選ばれたのかと思いました。

ただし、東音はウィーンフィルと違い吹奏楽団なので、この
シュトラウスの19歳の時のデビュー曲?を、管弦楽曲から編曲してあります。
取り上げられるのも珍しいこの曲が吹奏楽演奏されるのは本邦初とのことで、
この編曲を手掛けたのも藤田三等海曹ということでした。

YouTubeは5分台で収録されておりますが、
短い楽曲が6曲でワンセットとなっています。

♬ 鳳凰が舞うー印象、京都 石庭 金閣寺  真島俊夫


日本吹奏楽界の超大物、真島俊夫が京都をイメージして描いた作品。

「中間部の静かな部分は竜安寺の石庭からインスピレーションを得たもので、
遠く殻鹿脅しや竹林をそよがせる風の音も聞こえます。
そして最後の壮大なクライマックスは華麗な金閣寺とその屋根に、
今にも天に向かって羽ばたこうとしている黄金色の鳥、"鳳凰"の印象です。
"鳳凰"はまた、空ではなく時空を飛ぶ鳥だと言われています。」

と作曲者はこの曲について語っています。

まるで鼓、篳篥、笙、唄鈴の音に聴こえる各楽器の扱いも、拍子木も鳴子も
オリジナルのスコアに表された通りだと思われますが、
途中で観客の目を奪った、そよぐ風を表すために打ち振られた葉のついた枝は、
もしかしたら当音楽隊オリジナルの工夫ではなかったでしょうか。

それからこれを聴きながらふと思ったことは、西洋音楽の理論で書かれた楽曲に
伝統の拍子木が重ねられる時、それは立派なポリリズムとなっているわけで、
和洋のミクスチュアって、それだけで創造された新しい境地だなあ。と。

訳わからないことを言ってますが、思っただけなので気にしないで下さい。

ちなみに、わたしは京都の、しかも金閣寺の隣から帰ってきたばかりだったため、
鷹峰の麓の苔むした岩や高杉がまだ記憶に新しかったこともあり、
この曲の調べは、その時の気持ちに見事な親和性を持って響きました。



♭ オーメンズ・オブ・ラブ


吹奏楽団のコンサートを聴きに行ったら、正直一曲くらいはやってほしいのが
T-SQUAREの「宝島」かこの曲、と言ったら、ミュージシャンに怒られるのかな。
いや、彼らもこの王道吹奏楽ポップスを演奏するのは好きだと信じたい。

というわけで、この日オーメンズ・オブ・ラブが聴けて満足なわたしです。

2017年の人見女子講堂での演奏会でのバージョンが見つかりました。
わたしはこの時の演奏も聴いているはずなのですが、
この映像を見て、今回とはメンバーも随分変わっているのに気がつきました。

ついこの間だった気がしますが、もう4年以上前なので、退団した人あり、
転勤してきた人、していった人で顔が変わっていて当然です。

ところで、この日「Omen」の(って略したらなんか変?)メロディは
クラリネットのバンドマスターによるウィンドシンセサイザー(リリコン)でした。

とにかく持っているだけでかっこいい(気がする)楽器ですが、
この日の演奏もT Squareの伊東たけしさんとは雰囲気の違うかっこよさでした。

09 T Square Omens of Love Live The Legend 2016

メロの後、安藤正容さんのギターソロがそれを受け継ぎますが、
この日もオリジナル通りギターが演奏に加わってくれてT Square好きには大満足。

#宿命 藤原聡
#アイノカタチ feat. HIDE(GReeeeN)


「宿命」という曲に関しては何の知識もなかったため、
そういう曲なのね、という感じでただ聴いてしまいましたが、その次の
「アイノカタチ」では、ヴォーカルの中川麻梨子3等海曹の歌に聴き入りました。

久しぶりに見るステージの中川三曹は以前よりほっそりしたようで、
ただでさえ時間の流れを感じずにはいられませんでしたが、何より
ポップス系の曲の歌い方が随分柔軟になられたなあという感を持ちました。

口幅ったいようですが、この自粛期間中、いろんな音楽を聴いて
表現の引き出しを増やすような研鑽をされたのかもしれません。


さて、この日の演奏会は休憩なしのノンストップで行われたのですが、
それは、幕間に人がロビーに参集することを避ける措置だったと思われます。

当ブログでは、ここで一応前半終了とし、残りのプログラムについて
MKの帰国騒ぎなどを交えながら後編でお話ししようと思います。


続く。




陸上自衛隊中央音楽隊 ビッグバンドジャズコンサート @ さくらホール 後半

2020-02-21 | 音楽

冒頭写真は本日の紅一点、パーカッション奏者ですが、
彼女は一曲目が終わった時からマイクを持ちMCを務めました。

彼女の顔に見覚えがあると思ったら、昨年の音楽まつりで
合同演奏のとき
舞台中央でカホンを演奏していた打楽器奏者、
中間綾美2等陸曹でした。

 

そのときの演奏姿を見ていても彼女の明るい人柄は伝わってきましたが、
この日のコンサートがより一層明るく楽しいものになったのは、
そんな彼女のMCの力が大だったと言っても過言ではありません。

しかも、二曲目に移ろうとしたところ、ギターのアンプにトラブルが発生し、
演奏に入れなくなったのですが、中間二曹は動揺しながらも話でつなぎ、
その場を乗り切って、自衛隊の危機管理力の高さを見せてくれました(笑)

 

さて、前半が終了し、ここで20分の休憩となりました。

ところで、新型コロナウィルスの感染がじわじわと拡大する中、
たくさん人が集まるところには警戒して行かない、という人も
多いかと思ったら、この日のさくらホールはほぼ満席でした。

しかし、バンドマスターの遠藤敬二等陸尉(トロンボーン)によると、
中央音楽隊には本日の演奏会が行われるのかどうか、という
問い合わせが結構たくさんあったそうです。

そしてちょうどこの日、コンサートをご紹介してくださった方から、
東部方面音楽まつりが

「感染拡大防止のために不要不急な集まりをなるべく自粛する動き」

を受けて中止になったというお知らせをいただきました。
また同じ方によると、追浜の海洋研究開発機構(JAMSTEC)での
深海潜水艇公開イベントも中止になりましたし、また、
2月21日現在、翌週に予定されていた横須賀音楽隊の定期公演も、
担当者から中止する旨、直々に電話連絡を受けたばかりです。

目黒の幹部学校で行われる海軍大学セミナーも一般聴講は中止、
セミナーそのものも取りやめになる可能性あり、ということでした。

そういえばこの日コンサート前に、車を停めたセルリアンホテルで
食事をしたのですが、館内が前に来た時と比べ静かすぎて驚きました。

また、昨日は東京駅前を車で通り過ぎ、丸の内を歩きましたが、
なんと近辺にオフィスワーカーらしき人しかいないのです。
広場に原色のパーカーやダウンの集団がいません。
人口密度はまるでフィルムに残る100年前の東京駅みたい。

「うーん・・・・なんて清々しいんだ」

この期に及んでここだけの話、わたしは思わず呟いてしまいました。

そういえば京都も今ガラガラで、地元に住んでいる人はもちろんのこと、
ストーカーやお触りする外国人がいなくなって舞妓さんが喜んでいる、
という噂もありましたが、それどころか日本全体が萎縮していきそうです。
花見までこの状態(感染の拡大ではなく中国人の団体旅行禁止)
が続いてくれれば、ぜひ地元の観光業応援のためにもぜひ行きたい、
なんて思っていましたが、事態はもっと深刻なのかもしれません。

 

 

♫ In The Mood

さて、気を取り直して続きと参りましょう。

後半の始まりも、いわゆるビッグバンドの代名詞的な曲からです。
グレン・ミラーオーケストラの「インザムード」。

ところでみなさん、グレン・ミラー物語って観たことあります?
陸自音楽隊がグレン・ミラーを取り上げるのはある意味ぴったり。

Glen miller.jpg

グレン・ミラーは陸軍軍人として戦没しているのです。

第二次世界大戦の勃発にともない1942年に陸軍航空軍に入隊、
慰問楽団を率いて精力的に慰問演奏を続けていたのですが、
1944年12月、イギリスからフランスへ慰問演奏に飛び立った後、
乗っていた専用機(UC-64)がイギリス海峡上で消息を絶ち、
戦死と認定されたので、昇級して最終階級は少佐となりました。

「ドイツへの爆撃から帰還する途中のイギリス空軍の爆撃機が
上空で投棄した爆弾が乗機に当たり墜落した」

「イギリス軍機の誤射で撃墜された」

「無事にパリに着いてから翌日娼婦と事に及んでいる最中に
心臓発作で亡くなったのを隠蔽するために行方不明にした」

いろんな説がいまだに飛び交っているそうです。

2014年、『シカゴ・トリビューン』は、消息を絶った原因として、
上のどれでもない「乗機のUC-64に特有の故障」という説を挙げました。
それによると彼の搭乗したUC-64は、エンジンキャブレターに欠陥があり、
冬期に凍結し、それが原因で墜落する事例が他にも複数発生していたそうです。

 

♫ Old Devil Moon

あなたの瞳の中に「オールドデビルムーン」が見えて、
引き込まれそうになってしまうのアタシ・・・みたいな曲。

「オールド」は「古い」ではなく、「いつもの」「おなじみの」
という意味でしょうね。

「あなたが空から盗んだOld Devil Moon 」

とあるので、怪しいほど神秘的な光が瞳に輝いてるんでしょう。
目力があるというより、一昔前なら「目千両」な役者というか
杉良太郎とか(どういう人選だ)・・そんな感じ?

Frank Sinatra - Old Devil Moon (High Quality - Remastered) GMB

 

♫  I Love Being Here with you

ペギー・リーというと「センチメンタル・ジャーニー」とセットで
名前を記憶している方もおられるかもしれません。

peggy lee/i love being here with you

「ニューヨークのため息」

とあだ名されたのはヘレン・メリルでしたが、この古き良きスタンダードを
生まれも育ちもニューヨークという歌手のアリシア・キャンセル上級空兵が歌いました。

 

♫ It's Only A Paper Moon

「紙に描かれたお月様も、モスリン布の海も、キャンバスに描かれた空も、
あなたがわたしを信じてくれればみんな本物になる」

という歌詞ですが、長年この曲を熟知していると思ったわたしが
知らなかった蘊蓄をこの日のMCで教えていただきました。

1900年代初頭、写真スタジオには紙の大きな三日月があって、
そこに座って写真を撮るのが庶民の間の流行りだった、というのです。

そしてこんなのを見つけました。

It's Only A Paper Moon - Abbie Gardner

当時の流行に乗っかってお月様と写真を撮った庶民のみなさんです。

 

♫ New York, New York(ニューヨーク、ニューヨーク)

同名の映画はこれを歌ったライザ・ミネリとロバート・デニーロの共演です。
これを、陸自のシナトラとアリシア上級空兵がデュエットしたのですが、
二人ともオリジナルキイで完璧に歌い上げて、思わず鳥肌が立ちました。

New York, New York Official Trailer #1 - Robert De Niro Movie (1977) HD

なんなら映画の予告編をぜひご覧ください。
ミネリの絶唱は何度聞いても文字通りの鳥肌ものです。
デニーロも若くてスマートでイケメンですよね。

 

♫ Samba  Del Gringo

手塚治虫の未完作に「グリンゴ」というのがあったのご存知ですか?
グリンゴというのは南米のスペイン語圏で「よそ者」、つまり
彼らに撮っては白人を差す蔑称だったりするのですが、手塚作品では
異邦で戦う日本人を描こうとしていたようで、この場合は単に
ヒスパニックにとっての「よそ者」という意味だったのでしょう。

で、この曲ですが、そんな暗さは微塵も感じさせないキャッチーなサンバです。

Gordon Goodwin "Samba Del Gringo" - JGSDF Central Band

ご本人たち、サージャントエースの演奏が見つかりました。
10年前の演奏なので、ずいぶんメンバーも変わっているのかもしれませんが。

どうも昔から当バンドのキメ曲となっているようですね。
とにかくサビのメロディがかっこよくて、ソロを取る人は
きっと気持ちも張り切ってしまうことでしょう。

この曲でもジェイコブ・ライト上級空兵は確かフルートに持ち替えて
バリッとしたリフを聴かせてくれました。
MCによると、去年のコンサートではライト上級空兵、
「モーニン」で漢(おとこ)っぷりを見せたということです。

自衛隊音楽隊のジャズでは、時々プレイヤーがアドリブではなく
書いた譜面をそのまま演奏していることがあるのですが、
米軍楽隊の奏者は
まず間違いなく、インプロビゼーションが
最初から人並み以上にできる人しかこういうのには出てきません。

それは、アメリカという国がジャズ発祥の地であり、
ジャズという演奏形態における裾野が広いということでもあるでしょう。

 

ところで腕の見せ所といえば、この曲の功労者はなんといっても
パーカッションの
中間二曹だったとわたしは思います。
パーカッションソロそのものもさることながら、観客を巻き込んでの
楽しい演奏、可愛らしい最後の「いえー」という掛け声、
すっかり彼女のファンになってしまった人も多かったのではないでしょうか。

 

♫ Ya Gotta Try Harder

面白いビデオを見つけました。
コンサートの最後に、メンバー紹介を兼ねて演奏されることもある曲で、
これをなんと陸海空合同バンド、

「自衛隊GMOジャズオーケストラ」

がやっています。

これが大盛り上がりのうちに終わり、アンコールを一曲、
(あ、なんだったか忘れてしまった・・・)
終わった頃にはすっかり会場内の空気が上昇したかのように思われました。

会場にはマスク着用の人も多かったのですが、楽しいコンサートを聴いて
心から楽しむことによって、おそらく免疫力もアップしたことでしょう(笑)

個人的には、わたし自身も喪失の傷みからほぼ立ち直れた気がします。

 

「ああでもねえこうでもねえ」と意見を交わしながら、(MC談)
この日のコンサートを
作り上げたというジャズオーケストラの皆さんには、
心からその労に
ありがとうございましたとお礼を申し上げます。

 

なお、次回のジャズバンドフェスティバルは、6月6日、
すみだトリフォニーホールで予定されているそうなので、
興味をお持ちになった方はぜひ申込なさってはどうでしょうか。

その頃には事態が収束していることを祈るばかりです。

 

 

 


陸上自衛隊中央音楽隊 ビッグバンドジャズコンサート @ さくらホール 前半

2020-02-20 | 音楽

先々週末、先週末と続けて不幸があり、告別式に参列しました。

ピアノの恩師の本葬に出席するために関西に出向き、
日帰りで帰ってきた同じ週に義母が逝き、こちらは嫁として
知らせを受けて直ぐにまた関西に飛ぶことになったわけです。

10年以上無沙汰していた恩師との無言の対面に、わたしは
自分で思っている以上に落ち込んでしまいました。

夜中に目が冴えてそのまま寝られない日があったかと思うと、
目が覚めたらいつもの起床時間を二時間オーバーしていたりの繰り返し。
当ブログのアップやコメント管理にも影響は少なからずあったようで、
自分が思っていたよりずっと「死」に不慣れだと実感したものです。

恩師の死でただでさえ鬱々としていたところに、なんと身内が亡くなり、
一連の死者を送るための儀式あれこれに参加することになると知った時、
メンタルダウンどころか崩壊するのではないかと我ながら危惧したのですが、
意外なことに、救いは、会場のスタッフはもちろん、湯灌師から隠亡まで、
葬祭業界で働く人たちのプロフェッショナルな仕事ぶりでした。

彼らが職業的な慇懃さのうちに実にてきぱきと物事を進めていくのを
茫然と見るうち、人の死もまた世の常というありふれた真実に気付き、
受け入れる心の準備ができていった気がします。


そんなとき、知人からこのコンサートのチケットをいただきました。
なんと、自衛隊音楽隊で初めてのビッグバンドジャズコンサートです。

場所は渋谷区の文化総合センター大和田、さくらホール。

陸上自衛隊中央音楽隊内にジャズバンドが存在すると知ったのは初めてです。
おそらく、選抜されるか志望者によるジャズの素養のある隊員によって結成されて、
「本隊」とは別に活動しているのだと思われます。

プログラムによると、1951年に陸自中央音楽隊が警察予備隊音楽隊として結成されて
間もなく創設されたのがこの

「サージャント・エース・ジャズオーケストラ」

で、なんと65年の歴史を誇っているのだそうです。
サージャントというネーミングが陸自ですね。

その長い歴史において、

サックスのリー・コニッツ、ツゥーツ・シールマンス(ハーモニカ)
森寿男率いるジャズバンド、ブルー・コーツ、世良譲、笈田敏夫、
日野皓正、歌手は大野えり、チャリート、ケイコ・リー

などそうそうたるメンバーとの共演歴もあります。


♫ Take The A Train

ビッグジャズといえばこれ、という「A列車で行こう」。
カウント・ベイシーのおなじみのイントロから始まるあれです。

ニューヨークは地下鉄の路線にABCと名付けていますが、

「Aラインに乗らないとハーレムに行けないよ」

というのが曲の大意で、なぜハーレムに行くかというと、
そこは「heaven」=ジャズの天国だから、というわけです。

ちなみに「ヘブン」を発車時刻の「セブン」と韻を踏んでいます。

 

♫ Seven Steps To Heaven

一曲目が終わってから次に行こうとした時にトラブルが発生。
ギターのアンプの音が出ないというようなことになったようです。
会場のPA担当が出動してきて、トラブルを解決し、ようやく始まった二曲目は、

マイルス・デイビス以外で聴いたことがないこのbebopの名曲でした。

Miles Davis - Seven Steps to Heaven from 'Four and More'

「♫ソ・ド・ミ・レ・ドードード」

というAリフだけが耳に残りあとは全部アドリブというこの曲、
上島珈琲店にいくとよくかかっていますよね。

ジャズバンドの恒例として、各パートが順番にソロを取るのですが、
短いパートでも実力とセンスがあらわになってしまうので
奏者にとっては腕の発揮しどころであると同時に怖い瞬間でもあります。

わたしが最初から「おお!」と注目していたのは、この日
サージャント・エースと合同演奏をしていた、アメリカ空軍の

パシフィック・ショウケースのサックス奏者、ジェイコブ・ライト上級空兵でした。

「オール・オブ・ミー」を歌った歌手が「陸自のシナトラ」と呼ばれている、
と紹介されていましたが、このライト上級空兵は見た目がシナトラの若い頃と
フレッド・アステアを足して2で割った感じの小柄なタイプで、
演奏以外の時も雑事に全く心動かさないマイペースな雰囲気の人でしたが、
もともとジャズ畑の奏者なんだろうなと思わせる練れた巧みさがありました。

自信もたっぷりという感じで、かっこよかったです。

 

♫ エミリー

女性の名前をタイトルにしたバラードでは、わたしの一番好きな曲です。

多くの名曲と同じくブロードウェイのミュージカル挿入歌で、
「ムーン・リバー」「酒とバラの日々」を世に出したマンデルとマーサー、
二人の「ジョニー」によって書かれました。

Bill Evans "Emily"

「エミリー、エミリー、エミリー」

という名前の連呼に

「ミ↑シ↓ソ〜 ミ↑シ↓ソ〜 ミ↑シ↓ソ〜」

というメロディを持つ歌バージョンも素敵です。

中間二曹がメロディを取ったトランペット奏者に

「奥さんの名前を♫なおみ〜なおみ〜なおみ〜と♫心の中で呼びながら
演奏してたんじゃないですか」

と会場を笑わせていました。
昔トリオで仕事をしていたとき、必ずこの曲をリクエストしてくる男性がいて、
みんなでその人のことを

「エミリーおじさん」

と呼んでいたのを思い出した(笑)
みなさん、「常連」のあなたをスタッフは大抵あだ名で呼んでいます。

 

♫ A Flower Is A  lovesome Thing

「花はすてきなもの」とでも訳したらいいでしょうか。
パシフィック・ショウケースからの参加者は全部で6名、
そのうちの一人はなんと女性歌手でした。

アリシア・キャンセル上級空兵は、ニューヨーク出身、
父や兄もエアフォースという空軍一家で、本人は
歌手として空軍に奉職することを志したということです。

"A Flower is a Lovesome Thing" -Ella Fitzgerald

この曲は、「A列車」の作曲者、ビリー・ストレイホーン(P)の手によるもので、
非常に複雑で高度なメロディラインを持っており、
「ラッシュライフ」とか「チュニジアの夜」がそうであるように、
一度聴いただけでは鼻歌で繰り返せるような曲ではないのですが、
歌手はこの曲をドラマティックに、かつメロディアスに歌いこなしていました。

ところでこの曲のときバンドの演奏が混乱して?と思ったのですが、
気のせいでしょうか。



♫ ALL OF ME 

「一度心を奪ったのだから私の全てを奪ってちょうだい!」

と迫る、まるで映画「海軍」の三田佳子が演じた女性のセリフみたいな歌ですが、
シナトラのバージョンが有名です。

ジャズ歌詞で英語学習 01 "All Of Me" フランク・シナトラ 英語日本語訳

和訳付きを見つけました。

この曲を歌ったのが、バンドのトランペット奏者で、この方も見覚えがあると思ったら、

音楽まつりで歌手を務めた右側の方でした。

で、「陸自のシナトラ」と紹介されていたのですが、
メロディにコブシ風ビブラートが効いていて、シナトラというよりは
「ジャズを歌う陸自の五木ひろし」が近いのではないかと思われました。
(ほめてますよ?)

 

♫ Pomp And Circumstance(威風堂々)

これをジャズで一体どうやって、と興味津々です。
と思ったら、同じバージョンの演奏が見つかりました。

威風堂々第1番 武蔵野ビッグバンド・ジャズ・フェスティバル2013~SPJO

なるほどそうきたか、という納得のアレンジ。
各奏者のソロも堪能できて無茶苦茶楽しかったです。

この曲を知ることができたのは今回の大きな収穫でした。

 

♫ JAZZ POLICE(ジャズ・ポリス)

前半にプログラムされていたのですが、「かっこいいから」という理由で
後回しになっていたこの曲、ジャズポリスって聴いたことあります?

アメリカで正しい寿司を出しているかどうかチェックする機関、
「寿司ポリス」を作ろうという話が昔あったじゃないですか。
コリアンやチャイニーズのインチキすし屋が猛反対して立ち消えになりましたが、
こちらのポリスは、

「ジャズはこうあるべき」

という根拠のない(たいていそう)教条というかドグマに基づき、
巷のジャズシーンを「パトロール」して、演奏スタイルにケチをつけたり、
ライブハウスで奏者をいじめたり文句を言ったりする人のことです。

あーいるよねそんな人。

目の前の演奏者に向かって、マイルスはどーの、エバンスはどーの言ったり、
わかったようでわけのわからないジャズ論をぶってみたり、
相手が絶対できないであろうリクエストをして、できないと馬鹿にしたり。

作曲者のゴードン・グッドウィンは、おそらくそんな人たちを皮肉って
こんなタイトルをつけたんだと思います。

The Jazz Police / Gordon Goodwin

この曲が4ビートではなくジャズロックで書かれているあたりに、
その皮肉が現れているとわたしは思うのですが。

 

長いと怒られてしまったので二日に分けます。
後半に続く。

 


波〜令和元年 自衛隊音楽まつり

2019-12-15 | 音楽

自衛隊音楽まつりの第三章が始まりました。
テーマは、

「ジェネレーションー世代を超えてー」

第一章の「インセプション」から「トラディション」「イクスパンション」
ときて、「最後にションの付くシリーズ」ということでこの選択です。

「開始」「伝統」「増大」ときての「世代」ですから、ここだけ状態を表すものではなく、
おそらくこの企画をした人は防大儀仗隊と自衛太鼓のステージに
どんな「ション」が当てはまるのか、少し苦労なさったのではないかと思われます。

自衛太鼓が「世代」というテーマを名付けられたわけはのちに判明しますが、
防大技状態の始まりに、世代を超えて受け継がれているあるものが登場しました。

先ほどのステージで演奏をしていたトランペット奏者が、

♫ドードソードミーミドーミ ソーソミードソーソソー

♫ドードソードミーミドーミ ソーソドーミソーソソー

と「起床ラッパ」のメロディを演奏しました。

「自衛隊の朝を知らせる起床ラッパ。
この起床ラッパは、自衛官と、まだ学生という組織の違いはあれど、
防衛大学校においても、同時刻、同内容にて構内になり渡ります。

そして、自衛官未満である彼ら、彼女らは、次の世代の国防を担うという
重要な使命のもと、幹部自衛官になるための育成期間を過ごしています。

世代を超えて受け継ぎ、発揮される若き力。
防衛大学校技状態によるファンシードリルです!」

なるほど、ジェネレーションと銘打ったので、ラッパを関連づけたのね。

さて、今回、公演と公演の間にも外で練習している様子、そして
最終日の早朝に会場でウォーミングアップしている様子を目撃し、
彼らが寸暇を惜しんで練習を行っていることを知りました。

本番で失敗なく見せる彼らのドリルが、不断の努力の上にあることに
いまさらながら感心させられたものです。

防衛大学校の生活は、防大漫画「あおざくら」に見るまでもなく、
大変ハードなものだということですが、彼らは主人公の近藤くんのように
課業と役職をこなしながら、課外活動でさらにこれほどの研鑽を積んでいるのです。

世の中に楽な道はいくらでもあるというのに、あえてこのような学生生活を選び、
自衛隊指揮官を目指している若い人たちがいるのだと知ることは、
国民のひとりとして感謝に絶えません。

さて、今回場所が従来の武道館より広くなったわけですが、
儀仗隊の人数は20名プラス打楽器隊と従来と同じです。

それではフォーメーションに変化があるのでしょうか。
そんなことも楽しみにしながら観覧しました。

 あまりに動きがシンクロしているせいで遠目にはわかりませんが、
今年もメンバーの中には女性隊員が混じっています。

最初の敬礼した状態から二列に分かれ、それがX字となる。
このフォーメーションは去年と同じではないかと思われます。
演技はいつも同じことをするのではなく、少しずつ変わるようですが、
基本的なやることはだいたい毎年定型にのっとっているようです。

袖に桜のマークが三つ付いているのは最上級生の4年です。
やはり3年4年とやっている者の練度が高いので、音楽まつりには
上級生がほとんどを占めるようですが、1年2年も出ないわけではないそうです。

二軍三軍ができるほどの隊員数もいないってことなんでしょうか。

X字がダイヤモンド型になり、さらにもう一度、と目まぐるしくチェンジします。

手袋をつけるのは素手だと擦れて痛いし手が傷つくから、ということですが、
素手より銃を滑らせて取り落とす確率が増えるとおもいます。
儀仗隊員は最初から手袋着用で、手袋が第二の皮膚のように思えるまで
練習を繰り返すのでしょう。

自衛隊音楽まつりのDVDを作成している会社のカメラマンでしょうか。
今回は会場が広いので、カメラも数台出撃させたかもしれません。

今年出演している学年は4年生が64期で、以下65、66、67期となります。
もっとも自衛官は防大の卒業年次ではなく、幹部候補生学校の卒業年次を公称するようですが。

横から見たら「<<」のようなフォーメーションは、去年はしなかった記憶があります。
これは、くの字の二列隊形が歩み寄ってすれ違う瞬間ですが、
ぶつかる直前に体を横にかわしてまた元の直線状の進路に戻るという、
簡単そうで実は結構難しいんじゃないかと思われる動きをしています。

この交差も新しい技だと思われます。

今年この陣形が加わったのは、会場が代々木になったからでしょう。
儀仗隊の演技は、客席の両側どちらから見ても正面が見えるように
その点を考慮してフォーメーションを組んでいました。

ウェーブのように動きを列の端から時差で行うことを、
儀仗隊ではどうやら「波」と呼んでいることがわかりました。

ちなみに、去年「HPがいつまでも鋭意工事中だった」と書いたのですが、
たった今見に行ったらリニューアルされていました。

防衛大学校儀仗隊HP

隊長の挨拶は音楽まつり以降にアップされたもののようです。

これによると、儀仗隊の創設は1955(昭和30)年。
その頃の儀仗隊員は、今の隊員たちのお爺さん世代にあたります。
親子二代で儀仗隊員、もしかしたら親子三代で、という例も
あったかもしれませんし、これからもあるかもしれません。

これぞ本当の「ジェネレーション」を超えて受け継がれる伝統です。

先日、自衛官の集まり(一佐以上海将補以下)に混じって話をしていたら、
その世代の少なくない自衛官のジュニアが防大やあるいはもう部隊にいて、

「あいつの息子はお父さんより出来がいい」

「わたしの息子もどうやらわたしより出世しそうです」

とかいう話で盛り上がりました。

先日練習艦隊帰国行事でお会いした新幹部の父上も自衛官でしたが、
家業でもないのに父親の働く背中を見て自分もやってみたいと思う例が
思っているより多いのにちょっと驚いたものです。

今回、比較的近かった二日目の貴賓席からの写真です。
本体はブレず、銃だけが動きのある画像が撮れてなかなか嬉しいです。

今回レンズは1日目は28−300mmでしたが、思ったより被写体が遠かったので、
二日目は70−300mm一本で(ニコン1の広角と両持ち)がんばりました。

ハイアマチュアの知人が盛んにレンズ沼に足をひっぱろうと、

「そろそろ400買いませんか」

と囁いてくるのですが、いくらなんでも、ねえ。
(でもそういえば総火演も400があればいいよね、とか考えて
中古の値段を調べてしまったわたしである)

銃を回すとき、完璧に手から銃が離れている瞬間があるんですよね。

防大儀仗隊ホームページによると、音楽まつり後、新体制での休日練習始めは雨だったそうです。
雨が降ったら銃を用いずに歩く練習を重点的に行う模様。

全員が横一列に並びました。

今年のパーカッションにも女性が4名いると思われます。
去年も女性が多かった記憶がありますが、ここまでではなかったかと。

そうそう、女性で思い出しましたが、ついにイージス艦の艦長に
女性が就任しましたね。

女性初のイージス艦長が就任

unknownさんが早々に教えてくれましたし、
先日、ある旧軍軍人の慰霊祭に行ったところ、そこにいた海自OBが、
このことを話題にしていてわたしもそれを聞きました。

「みょうこう」もこんなのにしなくては・・・!

今回、防大儀仗隊の公式ツィッターで、このように横一列で
左から右に、右から左に技を時差で繰り出していくウェーブ状態を
そのものずばりで「波」という技名がつけられていることを知りました。

銃を回す技が左から送られてくると、最右に立っている隊員は、敬礼しながら
左手で銃を回し続け、ぐるりと会場を見回します。

これにはいつも会場はどっと受けるのですが、今回、最終日に
わたしの横の招待席に座っていたアメリカ軍人らしい人が、
これを見ながら目を輝かせて喜んでいるのを目撃しました。

アナポリスやウェストポイントでこんな儀仗隊があるというのは
聞いたことがないので、純粋に珍しいのかもしれません。

ちなみに、防大で「校友活動」(でしたっけ)と呼ばれるところの
課外部活動を、アメリカのウェストポイントでは

「マッカーサータイム」

と呼ぶそうです。
ウェストポイントの見学しかしたことがないので海軍は知りません。

「波」で彼らが順番に銃床を床につけていくとき、その音が
だらららららっ!
と規則正しく聴こえてきてそれがまるでドラムのようです。

「波」のフィニッシュは銃の投げ上げ。
正面から見て左端の隊員が、銃を思いっきり高く投げ上げます。
投げ上げながらその場垂直飛び。

銃が落ちてくるのを待つ間の彼の姿勢をご覧ください。
ちゃんと手をグーに握っています。
さすがは自衛官。

しかもギリギリまで手を出さないという。

ちなみに去年はこの「波」の陣形は馬蹄形となっていました。
今年は広い会場なのでまっすぐ横一列です。

最後は二列に向かい合った隊員が互いに銃を投げ渡す中、
隊長がその中を歩いていく「蹴り渡せ」です。

多少のプログラムの変化はあっても、必ずこれは最後に行われます。

去年までわたしはこれを「銃くぐり」と勝手に名前をつけていましたが、
去年正式な(これが正式なのだとしたら)名称を教えてもらいました。

去年は「蹴り渡せ」の「蹴り」がいまいち理解できなかったのですが、
今年ははっきりとわかりました。
この写真を見ていただければお分かりのように、銃を投げる前に
必ず足を蹴るように前に出しているのです。

つまり「蹴り」、そしてその後「渡せ」です。

列員のなかで便宜的に使われてきた名称で、こんなふうに大々的に
外の人に言われることを想定していなかったのだと思われます。

上手い「渡せ」をする二人の時には、銃がこんなきれいに並びます。

隊長が通る寸前に一回、そして通り過ぎてからもう一回。
これで元の自分の銃になります。

去年コメントにいただいた話によると、この技はやはり決して簡単ではなく、
隊長は一回踏み出すと、戻ることができませんし、(そらそうだ)
たとえば手元が狂ったり隊長が何かでつまづいただけでも3キロ近い銃が
顔を直撃することになり、かなり緊張する技なのだそうです。

最後に行われるだけに一番の見せ場でもあります。

それから、防大HPで知ったことですが、4年生の「退団」は12月1日。
つまり音楽まつり最終日なのです。

隊長はもちろん、出演している最上級生はこの日の演技をもって
防衛大学校で最後の儀仗を終えることになります。

毎年のようにこの瞬間を撮っていますが、彼らの裡は
最後に迫った儀仗隊列員生活に対する感慨とともに、
悔いなく最後までやり遂げようという強い意志で満たされているのでしょう。

今回も完璧に全ての演技をミスなしで終えました。
最後は全員が銃を回しながらの敬礼。
隊長は抜刀して剣の敬礼です。

大太鼓は右手で敬礼。シンバルは右手が空かないので頭中。

隊長とドラムメジャーの二人だけが、鍔飾りのある帽子を着用できます。

指揮は田中優基学生、ドラムメジャーは東瀬滉一学生でした。
四年間お疲れ様でした。

防大儀仗隊のファンシードリル、今年も三回とも素晴らしい出来でした。

さて、「ジェネレーション」の2番目は自衛太鼓です。

 

 

続く。


打ち上げ花火〜令和元年度 自衛隊音楽まつり

2019-12-14 | 音楽

 航空中央音楽隊の演奏をもって、全音楽隊のステージが終了しました。

真っ暗な会場の一隅からドラムの音が響きわたり、会場は
スポットライトに照らされた音のする方を注目します。

バルコニーのようになった部分には陸自中央音楽隊の打楽器陣が
まるで戦いを挑むかのようにドラムを連打していました。

それが終了すると、別の一隅から海自東京音楽隊の打楽器が
呼応するように聴こえてきます。

これは面白い。陸海「ドラム合戦」です。
ドラム合戦といえば思い出すのは「嵐を呼ぶ男」ですね。(わたしだけ?)
石原裕次郎演じる主人公が敵役のチャーリー(笈田敏夫)と、
交互にドラムを叩いてやっておりましたね。ドラム合戦。

左手を怪我していた裕次郎が痛みに顔を歪めるとニヤリと笈田が笑ったり、
苦し紛れに裕次郎がスティックを右だけで持って、

「♬オイラはドラマー ヤクザなドラマー」

と歌うとなぜか試合に勝ててしまうという展開に大いに笑わせてもらったもんです。

というのは余談もいいところですが、このドラム隊、
長方形の会場の対角線上に位置していたため、音は聴こえても

どこにいるのかわからないという人も多かったと思われます。

わたしも予行演習の初日、陸自は後ろから二人が見えただけ、
海自は大きなスクリーンに隠れて全く見えませんでした。

陸海ともに独自性を出していて、陸の叩き方はまるでドラムを叩く人形のような。
いつもスティックが地面と平行になっている感じの奏法です。
ところで今この画像を見て初めて気付いたんですが、後ろには北部方面音楽隊もいます。

海自は頭を深々と下げ、スティックを縦にして。
応酬が一頻り済むと、(位置が遠いので難しかったと思いますが)
両者が同時に演奏を行いました。

さて、またしても唐突にこの日行われていた航空祭の写真です。

わたしの知り合いは、音楽まつり常連ですが、日にちが重なった今回、
百里基地を選んだ理由をこう言っていたそうです。

「ファントムが飛ぶのを見られるのはおそらくこれが最後だから・・」

アメリカの航空博物館に行くとすっかり過去のヴェテラン機として
長いことお疲れ様状態で展示されているところのF-4ですが、
我が航空自衛隊では
アップデートにアップデートを重ね、今日まで現役でした。

随分前からもう最後といわれてきましたが、今回は本当に最後の展示となります。

このシャークペイント、アメリカでよく見るタイプです。
でも明らかにペイントが日本の方が丁寧でキマッています。
向こうのは時々シャークの顔がヘンだったりするんですよね。

空自大サービス、各種ペイントを施してのサヨナラフライトでした。

ファイナルイヤー塗装(赤い鷲)のF-4。
長い間お疲れさまでした!

さて。

暗い会場にスポットライトが浮かび上がらせたのは、
陸自の迷彩服を着た隊員の姿です。

自分が座っている木の箱を打ち鳴らし始めました。

この木の箱は「カホン」という打楽器で、このように座って叩くのが正式です。
跨って演奏するのがペルー式カホンだそうです。

カホンのリズムにピアノのイントロが絡んで始まった曲は
米津玄師の「打ち上げ花火」

DAOKO × 米津玄師『打上花火』MUSIC VIDEO

アニメが素晴らしいですね。
風景の美しさに見入ってしまいました。

出だしのメロディを海自のサックス奏者が取ると、陸自がそれを受け継ぎ、
ワンコーラスだけの演奏が行われます。

と思ったら、アニメ「天気の子」の挿入歌、RADWINPS
「愛にできることはまだあるかい」のメロディをベトナム人民軍が演奏しながら登場。

愛にできることはまだあるかい

RADWINPSといえば、「HINOMARU」という曲で左翼(と自称する日本嫌い)
に非難轟々だったという事件を思い出しますが、彼らはすでに
そんな炎上などなんの瑕疵にもならないくらいの評価を築いています。

反対側からはドイツ連邦軍の女性奏者が吹きながら輪に加わります。

ソロを受け渡しながらカホン奏者を中心に四重の輪ができました。

曲は同じRADWINPSの「グランドエスケープ」にかわりました。

【天気の子】グランドエスケープ(RADWIMPS) / めありーfeat.カタムチ cover

そういう効果を狙ったのかもしれませんが、このステージの三曲は
どれもよく似た曲調で、全く知らない人には違いがわからないかもしれません。

というより、三曲のYouTubeを見ればおわかりのように、本ステージの曲は
全てアニメの挿入歌から選ばれているのです。

いまや日本独特の文化として世界に認知されているアニメの曲を
外国バンドを加えた全員で演奏するということがテーマだったのでしょう。


曲を変えながら人の輪は一つ、二つと増えていき、最終的に7重にまでなりました。

これが入場して輪を形作っている時の楽器の持ち方基本形。
ところで一番後ろのクラリネット奏者のズボンにはなぜラインがないんだろう。

ちなみに彼らの階級は前から伍長(コーポラル)、軍曹(サージャント)、
一等兵(プライヴェート・ファーストクラス)で、真ん中の女性が最先任です。

 「グランドエスケープ」の

♬ 夢に僕らで帆を張って 来るべき日のために夜を超え
いざ期待だけ満タンで あとはどうにかなるさと肩を組んだ

の部分をアカペラで全員で歌うという趣向です。

会場に拍手を求め、歌える人は歌ってね、みたいなひととき。
ただしここの部分、外国招待バンドの隊員さんたちには歌えないと思うのですが、

ほんのたまーにいるんだよ。一緒に歌っている人が。
ドイツ連邦軍のこの人は、偶然口を開けていただけかもしれませんが、
在日米軍の中には真面目に紙を見ながら歌ってる人もいるのでびっくりです。

駐日しているうちに日本語が堪能になったとか?奥さんが日本人とか?
音楽家は耳がいいので歌詞くらいなら覚えて歌えてしまう人もいるのかも。

ついドイツ連邦軍の皆さんはこの場を楽しんでいるかしら?
と、わたしは目で追ってしまうのでした。

謹厳なドイツ人にはこういうのって肌に合わないんじゃないかと・・・。

あ、よかった。問題なく楽しんでおられるようです。

初めての日本での公演、彼らにとって、いい思い出になればいいですね。

あと、ベトナム人民軍参謀部儀礼団軍楽隊の皆さんは、この出演を糧として、
他の軍楽隊のステージパフォーマンスからいい刺激を受け、さらなる発展をして欲しいです。

アメリカ陸軍軍楽隊には何もいうことはございません。
どんなときでもその場の空気を読んで盛り上げてくれます。

というか、彼ら自身が本当に楽しんで音楽をやっているって感じ。

そのあと、一瞬会場が静かになり、「ひゅう〜〜〜〜」と音がしました。
会場の全楽隊が手をかざして上を見上げると、スクリーンでは、
そう、「打ち上げ花火」が。

花火が炸裂したあとは、最初に戻って「打ち上げ花火」を演奏します。

一番外側の列には海自と空自のカラーガード隊も加わっていました。
全部隊出演ということですが、流石に第302保安警務中隊はおりません。

いわゆるスイッチオフの姿は決して人前で見せないのが保安警務中隊なのです。
(でも正直ちょっと見たい気もする。彼らのそういう姿を)

「打ち上げ花火」を全員で演奏しながらフォーメーションを変えていきます。

その間32小節。
曲が終了した時には・・・・

ピースマークの顔が二つ、会場のどちらからも顔がちゃんと見えるように
向きを変えてできていましたとさ。

 ベトナム軍の左側のかたまりがピースくんの右目となります。
こんな大々的な人文字を描けるのも代々木体育館ならでは。

最初の日は音が遠くに聞こえるような気がして、
「やっぱり武道館の方が迫力があっていいなあ」と思ったものですが、
こういうことができる広さは効果の点で替え難いですし、武道館より
「いい席とそうでない席の格差が少ない」という公平さもあります。

なにより、今回人の出入りを管理しやすかった、と自衛隊が判断したら、
もしかしたら来年から会場はここになるかもしれません。

 

さて、このステージで皆がピースマークを作りだしたとき、
ステージには後ろに防衛大学校の儀仗隊が進入してきていました。

防大儀仗隊、ファンシードリルの始まりです。

 

 

続く。

 

 


ヨルク軍団行進曲〜令和元年度 自衛隊音楽まつり

2019-12-11 | 音楽

さて、令和元年度自衛隊音楽まつりに出演する
最後の外国ゲストバンドが入場を始めました。

ピッコロが軽快なメロディを奏でる行進曲に乗って

ドイツ連邦参謀軍軍楽隊

の入場です。

こちらも同じく参謀軍ですが、この参謀軍軍楽隊は
国家儀礼の式典での演奏も担当する、つまりそれだけ
技量があるということなのだろうと思われます。

全体的にガタイのいいおっさん多め、バイキング風髭多め、
制服の色といいこのドラム隊といい、いかにもドイツの楽隊です。

実力も軍楽隊の中ではトップらしく、ベルリンフィルと年次コンサートを
合同で行うほどの実力があるそうです。

昨年、ヨーロッパからの初の参加国となったのはフランスでしたが、
今年はそれに続く2カ国目ということでドイツからの招聘です。

この勢いで来年はぜひイギリスかイタリアから呼んで頂きたいですね。

指揮者は最初の曲「プレゼンティア・マーチ」に合わせて、
ゆったりとした足取りで指揮台に歩みます。
自衛隊音楽まつりでは最初から指揮台に指揮者がいて全員が入場、
というのが通例となっているので、ちょっと珍しいパターンです。

「パンパカパッパ パンパカパッパ パッパッパ!」

でぴたっとゲネラルパウゼ(ドイツ語の全停止)。
そして

「ジャン!」

で恭しく全軍お辞儀(もちろん日本式)。

先ほどのベトナム軍もやっていましたが、この日本式お辞儀、
我々日本人が思っているよりずっと海外の人には特殊な仕草なのです。

だからここは彼らとしてはむしろウケて欲しかったと思うのですが、
観客の日本人たちはお行儀よく拍手を送るのみでした。

きっと彼らは後で、

「あそこで真面目に拍手してくるのがヤパーナーだよな」

と言い合ったに違いありません。

この人は軍楽隊のシンボルである(正式になんというか知りませんが)
重そうなものを持って歩くのがお仕事。

房だけでもかなりの重量がありそうです。
黄色い小旗に描かれた鷲、なんだとおもいます?

これ、実はドイツ連邦の国章で、フィールドは黄色ではなく金色、
黒い鷲は「アドラー」といいます。

鷲はヨーロッパでは強さ、勇気、遠眼、不死の象徴であり、また、
空の王者、最高神の使者と考えられ、キリスト教圏ではよく使われます。

わたしが長らくここでお話ししたオーストリア=ハンガリー帝国や、
ナチスドイツの国章に使われていたことでも有名ですが、現在でも
オーストリア、ポーランド、ルーマニア、チェコ、スペイン、そうそう、
忘れちゃいけないアメリカの国章に鷲があしらわれています。

ドイツの鷲は8世紀なかば、カール大帝のころからも用いられ、
神聖ローマ帝国では「双頭の鷲」が国章と定められました。

ハプスブルグ家の紋章が双頭の鷲なのは、それを引き継いでいるのです。

ベルリンフィルと共演するだけのことはあって、
特に金管セクションの音色は重厚で輝かしく、流石の風格です。

まあただ、言わせて貰えば、うまいのはいいけどゴリゴリの正統派で
しかもドイツドイツした曲ばかりセレクトするものだから、
あれこれと人心の好みに忖度したサービス満点の日米軍と比べると、
初見のとっつきは悪いかなという気はしました。

まあしかし、こう言うのがお好きな方にはたまらないと思います。

二曲目は「ヨルク軍団行進曲」

German Military March - Yorckscher Marsch ヨルク軍団行進曲

 

ヨルクってなんぞや?


というところから始めなければいけませんが、これはドイツ人なら
誰でも知っているプロイセンの将軍で、ヨルク・フォン・ヴァルテンブルク伯爵

冬将軍に負けたナポレオン遠征に多国籍軍として参加していた部隊を
指揮官として早々にロシア側と相談し撤退させた(つまり裏切った)人です。

で、驚くべきことに、この曲を作曲したのは、ベートーヴェン
海上自衛隊東京音楽隊といい、今回はベートーヴェンづいてますね。

しかし、ベートーヴェンがナポレオンに見切りをつけたから、
同じくナポレオンを裏切った将軍を称えてこの曲を作った、
ということでもなく、作曲したときには全く違う題名(ボヘミア守備隊行進曲)
だったのが、いつの間にか演奏されていくうちにこうなったとか。


余談ですが、リンク先でお分かりのように、フォン・ヴァルテンブルグの子孫、
ペーター・ヨルクは、映画「ワルキューレ」でも描かれた1944年の
ヒトラー暗殺計画の首謀者として人民裁判でナチスに処刑されています。

ドイツでは「独裁者を裏切る家系」と言われているに違いない(確信)

お国柄を表すっていうんでしょうか、行進も正確で狂いなく。

演技支援隊が次の曲のためにセッティングをする中、
「ヨルク軍団行進曲」で全体が形作った人文字は・・・

♡日本

でした。
真面目に演奏しながらしっかりサービス、これがドイツ風。

おう、次はイタリア抜きでやろうぜ!(本気にしないでね♡)

「十字軍ファンファーレ」

ドイツの国章をあしらった太鼓とファンファーレトランペットの演奏。
この曲がもうおもいっきりプロイセ〜ン!なんですわ。

「ドイツの瀬戸口藤吉」とでも呼ぶべきドイツ軍楽隊の父、
リヒャルト・ヘンリオンが作曲した行進曲の数々は、ドイツ人にとって
古き良き皇帝のドイツを懐かしむ心の音楽なのだそうです。

そのうちの有名曲、「十字軍ファンファーレ」は、カラヤンも録音を残しています。

ベルリン・フィルハーモニー・ブラスオルケスター
ヘルベルト・フォン・カラヤン

交差したサーベルはドイツ軍の印?
太鼓のカバーの房も赤黄黒のフラッグカラーです。

ファンファーレトランペットは式典用で、信号ラッパと同じく
口の形だけで音を吹き分けます。

使用されている楽器は、1980年代にヤマハがザルツブルグ音楽祭に出演する
ウィーンフィルのために制作したタイプであろうかと思われます。

演奏時は足を前後に開いて左手をベルトに差込み、体を斜めが基本形。

指揮はラインハルト・キアウカ中佐
聴き慣れない名前ですが、ドイツには同名の歌手もいます。

さて、一応演奏は終了をコールされ、隊長が敬礼しましたが、
ここからがちょっとした見ものでした。

退場曲は「ベルリンの風」(ベルリナー・ルフト)

こちらは「ドイツオペレッタの父」と呼ばれるパウル・リンケの作品で、
ベルリンの非公式の「市歌」というくらい人々に馴染みのある曲です。

先ほど貼ったカラヤンの録音にもありますので、興味のある方はどうぞ。
ベルリンでのコンサートでこれをやるととてもウケるようです。

マーチングの技術もさりげにすごいと思わされたのはこれ。
全員で形作った国章の鷲のシルエットが、
行進しながら羽ばたいているように見えるのです。

羽部分を作っている人たちは一拍につき二歩ずつ、
向きを変えて翼の羽ばたきを表現。
頭と胴体、尾の人たちは一拍につき一歩ずつ。

そして途中でまたもやゲネラルパウゼしたかと思ったら、

「アリガトウ、ニッポン!」

全員で叫んで、万場は拍手喝采。🇯🇵🇩🇪日独友好。

いやー、もうこういうの嬉しいですね。
ぜひ次はイタリア抜きで(もうええ)

そして最終日。

どこで調達してきたのか(多分オフの日の観光中)軍楽隊長が
🎌日の丸の扇子🎌を打ち振りながら退場していくではありませんか。

さすがセンスあるう!

 

・・・続きます。

 


ベトナム〜令和元年度 自衛隊音楽まつり

2019-12-10 | 音楽

ところで、読者のあざらしロビさんが、どうやらわたしと同じ日に
音楽まつりに出撃されていた模様です。

矢印のところにおられるのがロビさんと奥様。
(右は夫妻肖像画)

ちょうどその向かい、貴賓席にわたしが座っていたことになります。
この写真で言うと、左側のふたりボックス席の右側がわたしです。

そうそう、後ろに座った人が黒い上着を掛けてきたので
目障りだなあと思っていたりしたんですよね(笑)



さて、音楽まつりの第二章2番目に登場したのは、
ベトナム人民軍参謀部儀礼団軍楽隊でした。

ベトナム社会主義共和国の国防を担当する軍事組織で、事実上、
国の正規軍として機能すると共に、ベトナム共産党が指揮する
「党軍」としての側面も併せ持っているため「人民軍」と称します。

ベトナムでは2年間の徴兵制を布いているので、陸軍だけでも
兵力は(あの小さな国で)46万人、海軍4万5千人、空軍3万人。

かつては総兵力170万あったそうですが、それでも日本の二倍であるのは
やはりベトナム戦争を戦っただけのことはあります。

ご存知とは思いますが、我が自衛隊は陸海空合わせて24万7千人です。

 

 

本日出演の軍楽隊は参謀部儀礼団ということなので、ベトナムとしては
常日頃国際儀礼などに音楽を提供するもっとも権威のある?
軍楽隊を投入してきたのではないかと思われます。

もちろんのこと音楽まつり初参加となります。

最初の曲は「ベトナム」
すごいタイトルですが、もし我が国に「日本」という曲があっても、
こんな感じにはならないんじゃないかという気がしました。

いわゆるアジアンポップス調で、歌詞の最初に「ベトナム」という
言葉が入っているのが聴いていてその場でわかります。

彼女は専属の歌手のようですが、軍服を着用しているので
アメリカ軍のように技術曹として採用されているのかもしれません。

歌が始まって8小説目には全体が星の形になりました。
これはもちろんのこと、ベトナム国旗の星を表しています。

赤い旗に黄色い星、中国と同じく共産党による一党独裁なので、
国旗からもわかるように「ミニ中国」という面もあります。

まあ、親分と違って覇権主義でもないし民族弾圧もしてませんけどね。

おそらくベトナム軍には、会場がこんなに広いことは
伝わっていなかったと思われます。

広い会場の真ん中でマーチングも控えめ、アトラクション?
というのが、この新体操のリボンを綺麗どころがクルクル回すだけ。

ちなみにこの写真は予行演習の時のものです。

こんな広いところで固まらなくても、と初日見ていて思いましたが、
他ならぬ彼ら自身も他のバンドと比べて俺らちょっとしょぼくね?
と気づいたらしく、最終日に向けて少しずつ変化していくさまが見られました。

同軍楽隊はブラスバンドとして見た場合、ステップ一つとっても演奏そのものも、
正直言って「発展途上」という言葉が過ってしまうレベルでしたが、
それを補って余りあったのは、クルクルリボン隊のお嬢さん方の「レベル」でした。

二日目。どうよこれ。

音楽隊とは関係ないところから綺麗な人を選抜して
吹奏楽先進国であるアメリカと日本のステージに対抗しようとしたのか、
それは知りませんが、会場のカメラマンは楽団員には目もくれず(そらそうだ)
このお嬢さん方の写真を撮りまくっていたと思われます。

こちらもなかなかよろしい。
彼女はHoang Thi Dungさんとおっしゃいます。

わたし的に一押しの美女はリー・チー・ドゥンさん。
っていうか皆同じ名前なのはなんでなんだぜ。

全員が全員、完璧な歯並びを惜しげもなく見せるため、
にっこりと微笑みながらお仕事をしています。

まあしかし、望遠レンズを覗いているカメラマン以外には、
あまりにも会場が広すぎてそもそも女性が綺麗かどうかもあまり伝わらず。

しかも予行練習日は、何を思ったか、お嬢さん方、
軍服のパンツスーツという空気の読めなさ。

彼らが儀礼用の全身白の制服で演奏したのはこの日だけでした。

こちらが二日目の同じパートの写真です。
自己反省したのか、どこかからご指導が入ったのか、
楽団は赤いベレーにライン入りの制服に着替え、
タンバリン隊はミニスカートということにしたようです。

まあ普通そうなる罠。

 

二曲目のタイトルは「ライスドラム」

イントロはまるでディキシーランドジャズみたいな出だしなのに、
それに続くのは

「♫と〜れとれ ぴ〜ちぴち かにりょおり〜」

みたいなフレーズで、西洋風音楽理論に拘らない(笑)形式の曲。
ベトナムで有名な民族音楽だと思われます。

ベトナムはフランス領の時代が長かったので、特に料理は
大変洗練されていると聴いたことがありますが、音楽は
古来より伝わる雅楽などもいまだに継承されているそうです。

このバンドの演奏で全てを推し量るわけではありませんが、
音楽については民族色の強い傾向が浸透しているように見えました。

しかし、音楽まつりではむしろこういうのを聴きたいですよね。

最後に全員で円を描き、手を胸にお辞儀をしましたが、
ベトナム軍の赤い帽子で描いた円、そしてこの日本式挨拶は
日本に敬意を表した演出だったと思われます。

指揮は音楽隊長ファン・トゥアン・ロン中佐
袖の二本線は全員がつけているので階級章ではありません。
階級は肩章で表されます。

クルクルリボン隊は中佐が敬礼をしている時もクルクルしていましたが、
そのまま回しながら退場していきました。

さて、3回目の最終日の同隊ステージです。

二日目が終わって、「まだまだいかん」と鳩首会談を行った結果
(たぶん)彼らは演技にさらなる軌道修正を加えることにしたのでしょう。

最終兵器のアオザイを投入してきました。

長いパンツはもちろん、ミニスカートでもまだパワーが足りない!
ここは世界で最も女性をセクシーに見せるといわれるアオザイで一発逆転や!

ということになったのだと思われます。

一応衣装は一式持ってきていたけど、様子見してたんですかね。
それともベトナム同胞の集まりのために用意してきたのを出してきたか。

全てを覆い隠しながらも体の線を際立たせずにいられないデザイン、
切れ込みが脇の下まで入って素肌がチラリズムというのもあざとい、
いや、心憎い。

椰子の木の下でデートをする二人。伝統的な模様なのでしょうか。

三曲目の「勝利の行進曲」は、8×5に並んだ部隊が8小節ごとに
向きを四方に変えて演奏をするという今時珍しいフォーメーションでした。

いや、フォーメーションというものでもないか。

というわけで日程後半にいくほどある意味評価うなぎ上りだった(多分)
ベトナム人民軍参謀儀礼団軍楽隊の演奏でした。

さて、続いての最終外国招待バンドはドイツからの出演となります。

 

続く。


千本桜〜令和元年度 自衛隊音楽まつり

2019-12-09 | 音楽

在日米陸軍軍楽隊と海兵隊音楽隊のステージが終了しました。
ここで「トラディション-伝統と伝承の響き」と銘打った第一章は
フィナーレを迎えることになりました。

トランペットのソロで幕開けです。

「ラーラーソーソーラソソミー レードレドレドミソ〜」

というフレーズ、聴いたことあるようなないような。

二方向あるエンドの片側には今演奏を終えたばかりの海兵隊が。

反対側には米陸軍音楽隊が。
軽快なラテンのリズムに乗って第一楽章に出演した
全音楽隊が演奏を行うようです。

その間海兵隊ボーカルが見かけによらない軽快なダンスをして
わたしの周りのおばさま方に大いにウケていました。

脚の動かし方が実に独特です。

全部隊がステージに上がったところで、躍りまくっていた彼は
中央に全力ダッシュを始めました。

中央で先ほどクィーンメドレーでフレディの歌を熱唱した
陸軍軍楽隊の歌手とガッチリ握手。

抱き合っている時もあり、その時の空気で何をするか決まるようです。

陸軍と海兵隊二人の指揮者が指揮をしています。
同じゲストバンドとしておいでいただくうえ、階級も同じ上級准尉の
指揮者、あちらを立てればこちらが立たずになるため、(たぶん)
自衛隊としては苦し紛れに二人を指揮台に立てることにしたのだと思います。

海兵隊と陸軍が仲が悪いという話は特に聞きませんが、
だからといってこういうことが遺恨になってもいけないからですね。
完璧に想像で言ってますけど、普通に考えて指揮が並んで二人なんて
全く音楽的に無意味だし、そんなこと以外理由がほかに考えられません。

指揮者が二人ならボーカルも公平に二人、ツインボーカルです。

リッキー・マーチンの「The Cup Of Life」が始まりました。

ここでボーカルを二人にした理由もおそらく指揮者のと同じ。(たぶん)

ここでの歌唱は正直二人ともプロレベルとまではいかないものでしたが、
勢いで行ってしまう感じと、ハモっていたのはよかったです。

ボーカルが歌う間にも人が出てきてはハイファイブしたりして、
全軍友好をアピールするのが本パートに課せられたミッションである模様。

ちなみにこれをする役は決まっているらしく、毎回同じ組み合わせでした。

ソロパートも公平に陸自と海自のトランペット一人ずつが出て、
アドリブ対決?のあとやはりハイファイブでお互い健闘を称え合います。

旧軍時代にこんなイベント、せめてアメリカのように士官学校同士の
スポーツ交流(という名の代理戦争)でもあったら、勝てないまでも
本物の戦争の方はう少しいい線いったのではないかと(略)

♫Here we go  Ale, ale, ale

♫Go, go, go  Ale, ale, ale

というサビの部分が一度聴いたら(耳について)忘れられないこの曲ですが、
タイトルの「カップ」というのはコーヒーカップのことではなく、
優勝カップの方の意味のようですね。

つまりタイトルの意味は「人生の優勝杯」ってことです。

 

米陸軍のピッコロ奏者に美人さん発見ー!
アメリカ人って一般に、この人痩せてたらきれいなのにもったいない、
という人がとても多いのですが、軍人は仕事量が多く滅多に太らないので、
きれいな人がきれいなままで保存されやすい職場の一つではないかと思ったり。

アドリブ対決をするとき、周りには人が集まって応援します。
ソロを演奏する人はピンマイクを搭載していますね。

これが本当の音楽まつりです。

出演部隊の正面がどちらからも見えるように、二手に分かれてのエンディングです。

皆、ちゃんと指揮者を見て演奏していますね。

「カップ・オブ・ライフ」は、1998年FIFAワールドカップ
フランス大会の公式曲で、スペイン語の「La Copa de la Vida」
を英訳したものです。

二人の指揮者、と先ほど書きましたが、本ステージには
実はもう一人、東京音楽隊の野沢副隊長も後ろで指揮をしていました。
つまりトリプルコンダクターだったことになります。

しかし野沢副隊長は後方の指揮を受け持っていたため、
音楽進行上必要不可欠な場所にいたと言えるでしょう。

武道館より広いここ代々木競技場では、よくみるといろんなところに指揮がいて
マーチングでどんな方向を向いても棒が見えるようになっており、
ライトに照らされる演奏者のために、小さなライトを振っていました。

容れ物が変わると、こういう工夫にも若干の変化が生じてくるようです。

さて、ここからは第二章に突入します。

イクスパンションー広がりの響きー

と題されたステージのトップは、陸上自衛隊北部方面音楽隊

1952年(昭和27年)、前身となる警察予備隊第二管区音楽隊として
札幌に発足し、札幌オリンピックでは中心的音楽隊として活躍しました。

映画「ベン・ハー」より

Parade of the Charioteers(御者たちのパレード)

 

音楽まつりを見ていない方はぜひ最初のところだけでも聴いて欲しいのですが、
この「御者たちの行進」、まるっきり和風の曲調ですよね?

この曲を演奏しながら同隊が行進を始めたとき、わたしは
(プログラムを見ていなかったので)大河ドラマのテーマかと思いました(笑)

勇壮な「ベン・ハー」の勝利のパレードの曲が終わると、
6名のサクソフォーン奏者によって「千本桜」のサビが演奏されました。

次の瞬間、同隊隊員による超絶ボイスパーカッションが始まり、
会場はそのインパクトに大きくどよめきました。

ボイスパーカッションは実は「ボイパ」(笑)などといわれて
けっこうメジャーなものなのですが、文字通り声のドラム、
「マウスドラムス」、「口三味線」ということもあります。

マイケル・ジャクソンなどもときどきやっていましたが、
今ではボイスパーカッションのやり方などがネット上で出回るなど、

静かな広がり?を見せているこのジャンル。

いやしかし、まさか自衛隊音楽まつりで聴けるとは思ってなかったわ(笑)

「♫ 少年少女 戦国無双」

という全く意味不明の歌詞の部分を演奏するのもサックス6名。

この「千本桜」は、ボーカロイドの初音ミクが歌って
インターネット空間で広がりを見せた曲です。

作曲したのも同人音楽グループだったり、歌詞が意味不明で
内容も耽美主義というより厨二病的なのがいかにもですが、
わたしは、メロディと「和楽器バンド」の演奏をちょっといいなと思ったとき
ふとしたはずみと勢いで携帯の待ち受けにこれを入れてしまいました。

後悔はしていませんが、そろそろ変えるべきと思いながらも
忙しいのと変え方を検索するのが面倒なのでそのままです。

もし巷でこのサビ部分の待ち受けを鳴らしている人がいたら、
それはわたしかもしれません。

なぜ同隊がボイスパーカッションをフィーチャーしたかについて、

「飲み会のカラオケで披露してたら、『お前次これやれよ』とかいわれて
正式に演奏者としてやることになったんじゃないでしょうか」

わたしは同行者とそんな会話をしました。

口だけで千本桜 / Human Orchestra 2

「千本桜」をご存知ない方のために。
この人は何から何まで一人でやってしまっています。

「千本桜」が終わると、お仕事終了ですたすたまっすぐ歩いて行く
「ボイパ」奏者。

どこに行くんだろう、と目で追っていたら、後方ステージに上り
帽子を被って何事もなかったかのようにティンパニを叩きだしました。

うーむ、本業もパーカッションだったか。

ここからラストまで演奏されたのは「ベン・ハー」からの曲で

Fanfare To Prelude

のプレリュードの部分だと思います。(多分プログラムは順番が違う)

 最後に「ベン・ハー」のプレリュードでカンパニーフロント。

指揮は佐藤文俊三等海佐、ドラムメジャーは古舘正夫一等陸曹でした。

 

さて、令和元年度自衛隊音楽まつり、つづいての「イクスパンション」は?

広がりは海外にフィールドを移し、外国からのゲストバンドが登場します。

 

 

続く。

 


ボヘミアン・ラプソディ〜令和元年度 自衛隊音楽まつり

2019-12-06 | 音楽

オープニングに続き陸海自衛隊音楽隊の演奏が終了しました。
第一章のテーマは

トラディションー伝統と継承の響きー

なので、続く外国バンドも日本に長らく駐在している
米海軍軍楽隊もそういう意味ではここにカテゴライズされるでしょう。

ところでわたしは夏前に映画感想エントリをまとめて作成したのですが、
その中に團伊玖磨の自伝を基にした「戦場にながれる歌」という
陸軍軍楽隊ものがあります。

音楽まつりが終わったら関連テーマとしてアップする予定なのですが、
この映画、後半に当時の在日米軍軍楽隊が大活躍?するのです。

映画では終戦直後の外地における捕虜収容所の専属バンドという設定でしたが、
撮影に参加していたのはまさしく1952年からキャンプ座間に展開した
米陸軍軍楽隊のメンバーでした。
(そのため色々と映像とストーリーに矛盾が生じていたのですが、
そのツッコミも含めてどうぞアップをお楽しみに)

わたしはその制作の過程で映画のためにキャプチャした写真を観ながら、

「ここに写っている軍楽隊員のほとんどは下手したら生きていないかも」

という感慨を持ったものですが、つまり在日米陸軍はそれほどに
今日まで長きにわたって根を降ろしてきたということでもあります。

Selections From Queen

海上自衛隊が楽聖ベートーヴェンのメドレーを行った後に、
こちらはロック界のレジェンドであるクィーンのメドレーです。

昨年はなぜかクィーンがフレディ・マーキュリーの自伝映画、

The Untold Story 

リリースとともに大ブレイクし、そのおかげで全世代に彼らの音楽が
懐メロという位置づけではなく浸透しました。

「ボヘミアン・ラプソディ」の冒頭アカペラの導入部分を
トランペット奏者がソロで演奏し、それにトロンボーンが絡みます。

ハイトーンのメロディはトランペットには難しそうですが、
わたしの観た回は3回のうち2回はノーミスでした。

その部分をイントロとして、曲は

「Crazy Little Thing Called Love」
(愛と呼ぶところのクレージーで些末なもの)

に代わり、ボーカルが加わります。

 

東京音楽隊がピアニストありきで今回ベートーヴェンメドレーを選んだように、
米陸軍音楽隊も彼がいるからクィーンをすることにしたのではないかと思いました。

マイケル・ジャクソンやフレディ・マーキュリーなんて、そもそも
似ているとか以前にまともに歌える人そのものが滅多にいない気がします。

白人、東南アジア系、東洋系、アフリカ系。
同音楽隊リズムセクション+キーボードは多様性に富んでいます。

もう一度「ボヘミアン・ラプソディ」に戻り、ラストの4拍3連部分、

「So you think you can love me and leave me to die?」

のところではリズムに合わせて全員で腰をアップダウン。

総じて米陸軍音楽隊のマーチングはラフな部分多めで、
全員でライトスライドでぐるぐる回るけど全く整列しないとか、
ただ上半身揺らしてるだけとかいう状態から、いつのまにか
高速移動してちゃんと整列しているというようなのがお得意です。

アフリカ系の年齢は他民族からはわかりにくい(そう思うのはわたしだけではなく、
アメリカの法廷ドラマ『グッドワイフ』でもそんなセリフがあった)のですが、
彼の場合袖の洗濯板は6本あるので、勤続18〜21年未満のベテランです。

階級は二等軍曹(スタッフサージャント)、自衛隊でいうと普通に二曹となります。

曲は「Somebody Loves Me」

日本語のタイトルはなぜか「愛に全てを」なんだそうですが、どう考えても
「誰かがわたしを愛してる」ですよね。
ジャズのスタンダードに同名タイトルの曲があるのであえてそうしたのかな。

Queen - Somebody To Love (Official Video)

 

実際に映像を見ていただければ、このヴォーカルが持っているマイクのスティック、
フレディのトレードマーク?だったことがおわかりいただけます。

これについてはなんでもフレディがまだ学生の頃、当時のある日のステージで
スタンドマイクを振り回しながら歌っていると継ぎ目のところで半分に折れてしまい、
本人はなぜかスティックだけになったそれをえらく気に入って、
その後自分のトレードマークにしてしまったという伝説があります。

ところでこのスティック、いったいどこで調達してきたんでしょうか。
ネットを検索すると「100均でなりきりスタンドマイクの作り方」
なんてのが出てくるんですが、まあ陸軍なら、いくらでも金属加工くらい
施設科かどこかでやってもらえるかもしれませんね。

ちなみに100均で作ると、ポールはプラスティックになりますので念のため。

「 Find me somebody to love」のリフレイン部分になると、
全員が楽器をお休みし、自分たちも歌いながら客席に向かって

「一緒に歌え」

と手振りで強要してくるのでした。

ボーカルも

「エブリバディ!」(歌え)

とか言ってるし。

だがしかしここはジャパン。
このフレーズをこの場で一緒に歌える人は、おそらくこの代々木競技場の
五千人の観客の中でクィーンのコンサートに通ったレベルのファンとかの
一人か二人、せいぜい三人くらいだったとわたしは断言します。

というわけで皆手拍子はすれども歌は歌わず。
ユーフォニアムのおっさんが

「あ?聴こえねーぞコラ」

ってやってますが、歌えんものは歌えんのだ。わかってくれ。

というわけでクィーンの曲で最後まで押し通した在日米陸軍、
エンディングはもう一度「ボヘミアン・ラプソディ」で締めます。

あくまでもフレディスタイルでフィニーッシュ!

指揮はリチャード・チャップマン上級准尉。
今回米陸軍はドラムメジャーが出演しませんでした。

そういえばアメリカ軍の軍楽隊隊長は必ず上級准尉です。
軍楽隊に士官はいないということなんでしょうか。

米陸軍の退場は王道の「星条旗よ永遠なれ」に乗って行われました。

 

続いては米海兵隊第3海兵機動展開部隊音楽隊の登場です。

「伝統と伝承」といえば、海兵隊音楽隊の歴史は古く、
独立戦争中に創設された海兵隊が1797年に再建されたとき、
歴史上初めて大統領の前で演奏できる軍楽隊として生まれたものです。

彼らの制服が詰襟なのも、大航海時代「首を刃物から守るため」
カラーにレザーを使用していたことからで、一般的に今でも
海兵隊のことを「レザーネック」という慣習は残っています。

音楽まつりに出演する海兵隊部隊は沖縄のフォート・コートニーに駐在し、
アメリカ以外に本拠地を置く唯一の海兵隊音楽隊として活動しています。

演奏タイトルは「Peace Across The Sea」

ブルース風のリズムを持つ曲ですが、検索しても同名の曲は見つかりません。
もしかしたら隊員のオリジナルだったりして・・・・。

ピースマークを全員で描いて、解散したところ。

彼らは海外に展開する唯一の音楽隊として、日本を中心に
アジア全域で活発な演奏活動を行なっており、
年間300くらいのコンサートをこなしているそうです。

ところで音楽まつりのとき彼らはどこに寝泊りしているんでしょうか。

ゆったりしたピースフルな曲がワンコーラス終わると、続いては
海兵隊名物、ドラムセクションの乱れ打ちが始まりました。

ステップしながらの演奏では隣のドラムを叩いたり、
時々スティックをクルクル回してみたり。

映像をご覧になることがあったら、ぜひこのときのシンバルの人の
謎の動きにも
注目してみてください。
この奏者、後半演奏がない時もシンバルを振り回して目立っております。

そして時折このようにニッコリ笑いあったりしているわけですな。

「お、ボブお前やるじゃん」「まあな」

みたいな?

ちなみに彼らは全員三等軍曹です。

ところで大変不甲斐ないことに、わたしはこのパーカッションの後、
前半とは雰囲気をがらりと変えたハンス・ジマーの映画音楽風の曲の題名が
どうしても思い出せず、アメリカにいるMKにSkypeで尋ねたところ、

Two Steps From Hell - High C's 

であるという答えとともに即座にYouTubeを送ってきました。
何度も聴いた覚えがあると思ったらわたしアルバム持ってました。

いやー、便利な息子を持ったものです。

前半のゆるふわなままで終わるわけがないと思ったら、
やはり後半は雰囲気を変えてきました。
構成としては前半がピースで後半が「地獄の戦い」ということになりますが。

それにしてもどうしてプログラムに曲名を載せてないんでしょう。
英語のタイトルが長すぎてスペースに収まらなかったからとか?

海兵隊名物、怖いドラムメジャーは今年も健在です。
軽々と回しているようですが、バトンって重そうですね。

ドラムメジャーはロバート・ブルックス一等軍曹。
これは何人かやってる顔ですわ。

新兵に「サー、イエス、サー!」とか言わせてるんだろうか。
それとも黙って一睨みするだけで泣く子も黙るみたいな?
先ほどの「地獄からの二歩」のミュージックビデオに出てくる人みたいな?

海兵隊は例年「アメリカ海兵隊賛歌(Marines' Hymn)」で退場します。
海自の「軍艦」陸自の「陸軍分列行進曲」みたいなものですね。

 

というわけで、在日米陸軍と米海兵隊、伝統のアメリカ軍楽隊のステージが終わりました。
楽しかった〜!

 

続く。


ピアノソナタ「悲愴」〜令和元年度 自衛隊音楽まつり

2019-12-05 | 音楽

令和元年自衛隊音楽まつり、第一章の一番手である陸自中央音楽隊が
第302保安警務中隊と競演した最初のプログラムが終了しました。

すると、ステージに迷彩服の演技支援隊がアクリル製の
透明なピアノを設置し始めました。

うむ、東音は今回主力武器としてピアノを投入するつもりだな?

わたしは初回だけは何も知らない状態でステージの進行を見守り、
何が起こるか同時進行でワクワクしたいので、前もってプログラムを見ません。
そしてこの光景を見たとき胸が高鳴るのを感じました。

しかもどこから調達してきたのか、カワイのアクリル製透明ピアノ。
昔一度この透明ピアノで演奏の仕事をしたときに、
鍵盤を全く見ずに指を置こうとしたら蓋が閉まっていた
(透明なのでうっかり)という冗談のような体験をしました。

また、この日の同行者に

「音はいいんですか」

と訊かれて、ビジュアル重視なのである意味良いわけがない、
と答えましたが、今日のような用途だときっとマイクを使うはずだし、
そのレベルの音質などまず関係ないとも思われます。


それにしても、このピアノと迷彩の集団というビジュアルのインパクトよ。

演奏部隊がスタンバイを始め、ピアニストが席についてからも
支援隊のセッティングはぎりぎりまで行われています。

場内アナウンスが、

「2世紀半経っても色褪せることのない至高の音楽」

と呼んだのは、そう、楽聖ベートーヴェンの作品のことでした。

Beethoven Collage

と題された作品メドレーをピアノ中心に行うとわかり、この
素敵な企みに対し、わたしは内心快哉を叫びました。

ピアノ協奏曲第5番 作品73「皇帝」第一楽章

の最初の音が響き渡りました。
原曲はもちろんオーケストラですが、ブラスによるこの最初の
変ホ長調の和音は一層輝かしく迫力に満ちて体育館を満たしました。

先日来日したベルリンフィルでついに聴くことが叶った「エロイカ」と、
この「皇帝」は、第5番「運命」と並んでわたしが愛する
ベートーヴェン作品のベスト10には入っています。

「英雄」と違い「皇帝」は作曲者本人が名付けたものではありませんが、
そのタイトルはこの曲のイメージそのものです。

写真をアップにして初めて気づきましたが、弦のところに
マイクロマイクが2基仕込まれていますね。
あまりに小さいので会場にいたほとんどの人には見えなかったはずです。
しかし技術の進歩はこんなことまで可能になったんですね。

一昔前なら、ピアノにスタンドマイクを噛ますしか増幅の方法はなく、
それに必要なコードがマーチングの邪魔になるので、
そもそもこんな計画は最初から不可能とされたでしょう。

さらに、武道館ではグランドピアノを配してその周りで
マーチングをするスペースもここほど十分ではないはずなので、
このチャレンジは代々木競技場ならではだったのではないでしょうか。


東京音楽隊が今回このような企画を打ち出したのは、前述の
条件が満たされたことはむしろ後付けで、最初から

「ピアノ奏者ありき」

であったことは明らかです。

何しろ東音には、コンサートピアニストとしての経験と実力を持った
「技術海曹」が在籍しているのですから。

皆が意表を突かれたとすれば、ホールのステージで行う定演とかではなく、
マーチングと競演する音楽まつりでこれをやってしまったということです。

アレンジによる「皇帝」が盛り上がる中、まず前方に
カラーガード隊とバナー隊、ドラムメジャーが整列。

最初の敬礼(実際に敬礼しているのはドラムメジャーのみ)です。

広報ビデオで海自迷彩を着て練習していたカラーガードは、
自衛艦旗を中心に、東京音楽隊の旗、女性隊の旗(紫)などを掲げます。

 これまでは前方だけ向いていたカラーガード隊も、
ここ代々木競技場では後方を向いて姿を見せてくれます。

交響曲第7番イ長調 作品92第1楽章

あまりにピアノの音とマッチしていたので、

「はて、これピアノ協奏曲だったっけ」

と一瞬勘違いしそうになりました。

上半身正面を向いたまま横(左)に動くレフトスライドという歩き方。

そうして全体がピアノの形になりました。

もちろんこの間も場内スクリーンには音楽に合わせて
海自の広報映像が映し出されています。

ちょうど先日日本から任務に出発したばかりの「しらせ」の姿が。

音楽に合わせて、といえば、音楽と完璧にシンクロさせて魚雷や
P3CのIRチャフフレアが炸裂しているのが凄かったです。

ピアノソナタ第 14番嬰ハ短調 作品27−2
『幻想曲風ソナタ』第3楽章

というより「月光」第3楽章といった方が通りがいいかもしれません。
テンポが速くなるのでステップも超高速です。

このときとても目立っていたのがパーカッションの皆さん。
この曲ににタカタカタカタカ、とスネアドラムを合わせるアイデアは斬新です。

このベートーヴェンコラージュのアレンジをした隊員に心からの賛辞を贈りたい。


「エリーゼのために」

この曲に移行するときにちらっと「運命」が聴こえてきたのですが、
クラシック通というわけではない人もこれには気づいたのではないでしょうか。

ピアノソナタ8番ハ短調作品13「悲愴」

ヴォカリーズの「悲愴」第二楽章が、ピアノの調べに乗って
甘やかに聴こえてきました。

おりしもフォーメーションはハート型。

「悲愴」というタイトルの三楽章からなるソナタの中で、
激しく激情を滾らせるかのような第一楽章に続き、優しく、切なく、
慰めと祈りを思わせる第二楽章のメロディに合わせたのでしょう。

歌うのは現在東京音楽隊所属の歌手、中川麻梨子三等海曹。

去年は三宅由佳莉三曹とのデュエットを行いましたが、
現在
三宅三曹が横須賀音楽隊に転勤になっているため、
今年は
彼女がソロで出演となりました。

今年は中部方面音楽隊の出演がなかったので、同隊所属歌手の
鶫真衣三曹も顔を見せることはありませんでした。


今年の音楽まつりは全体的に歌手の出演ボリュームを減らし、いつもの
「歌姫競演」とはちょっと違う方向性を目指したのではないかと思われます。

三音楽隊で歌手を採用していたのも海自だけでしたし、しかもそれが
器楽的なヴォカリーズ(歌詞なしの旋律)であることからそう思ったのですが。

兼ねてから中川三曹の安定した歌唱力には定評がありましたが、
今回写真に撮ってみて、歌手としてのステージングもビジュアルも
以前と比べて段違いに磨かれてきたように思われました。

やはりセントラルバンドの歌手という重責を経験することによって
研ぎ澄まされてくるものがあるのかもしれません。

彼女の本領であるドラマチックな高音も遺憾無く発揮されました。
難なく響かせたラストのEs音ではまたしても全身に鳥肌が(笑)

 

指揮は東京音楽隊副隊長、野澤健二一等海曹。
呉地方隊隊長から同隊副隊長に転勤するとご本人に伺ったとき、

「それなら音楽まつりで指揮をされることになりますね」

とお声がけしたのを思い出しました。

そして恒例の行進曲「軍艦」(または錨を回せ)です。

今年はピアノがあるので、あれどうするんだろうと思っていたら、
何のことはない、ピアノを中心点に錨が回転しております。

「軍艦」にピアノのパートがあったことにこの日初めて気がつきました。
なぜなら、ピアノコンチェルトモードで音量もそのままになっていたため、
「軍艦」なのにピアノの音が無茶苦茶聴こえてきたのです。

やっぱり海自の音楽隊は最後に「これ」がないと。

そういえばこのステージも、

第一章 トラディションー伝統と伝承の響きー

でした。

前半はどこよりも斬新な企画で、かつ圧倒的な才能ある人材(編曲者含め)
を繰り出し、いつもよりさらに進化したステージを見せてくれた同隊、
最後はやはり伝統墨守に倣い本来の姿で終わり、というこの心憎い対比。

米海兵隊のドラムメジャーは演奏中何もしないことで有名ですが(笑)
自衛隊のドラムメジャーは一般的に大変よくお仕事をします。

時々は指揮者の反対側で裏指揮をしているくらいです。

ドラムメジャーは藤江信也三等海曹。

「軍艦」のエンディングはいつもとちょっと違いました。
ここでもちょっと洒落を効かせてベートーヴェン風に華々しく終了。

ところで皆さん、ステージ左に迷彩服の集団が潜んでいるのに注目!

代々木競技場は広いので、どの音楽隊も、エンディングとは別に
退場の時の
テーマソング的な曲が必要になります。

陸自中央音楽隊の退場は、入場の時に演奏した「陸軍分列行進曲」
中間部に当たる「扶桑歌」が選ばれました。

海自が選んだのは「錨を揚げて」(Anchors Aweigh)です。

これには会場に招待されて来ていた第七艦隊関係者も喜んだのではないでしょうか。

指揮者とピアニストが並んで退場。

音楽まつりでは歌手であっても個人名は紹介されず、
プログラムにも載りませんが、この日太田沙和子一等海曹は
最後に指揮者、ドラムメジャーとともに名前がコールされました。

敬礼をするのかと思ったら、お辞儀したので一瞬?となりましたが、
よく考えたら彼女は正帽を着用していなかったので当然ですね。

演奏中ステージの影で待機していた演技支援隊が飛び出してきて
皆でピアノを移動し始めました。

こんなシュールな光景が見られるのは世界でも自衛隊音楽まつりだけでしょう。

 

続く。