偶然、人からチケットをいただきまして、
陸自中央音楽隊の定期演奏会を初めて聞かせていただきました。
場所はすみだトリフォニーホールです。
席は三階の通路後ろで、まるですり鉢の底を覗き込むような状態。
指揮者を見ようと思ったら、思いっきり背中を伸ばさないといけませんが、
ブラスバンドなので音楽を楽しむのには何の問題もありません。
むしろ、音響的には前方より良かったのではなかったかと思います。
オペラグラスを忘れてしまったのだけは残念でしたが。
ところで、冒頭に貼ったこの日のプログラムですが、
かわいくないですか〜〜〜〜?
何でうさぎさんなんだろう?と思ったら、プログラム1ページ目に
音楽隊長樋口孝博一等陸佐直々の説明がありました。
「私が常に隊員たちに要求している
『三兎を追え!』
をモチーフした『兎のバンド』です」
おお、それではもしかしたらこれを描いたのは樋口一佐なんですね。
Chase Three Rabbits
「これらの兎は別の方向に進むのではなく、全て
『人のため、国のため、世界のため』
というゴールにつながっている。
演奏家として(ステージコスチューム)、
防衛のプロとして(迷彩服)、
人作り、人付き合いのプロとして(背広)、
という三色を常に描き、前向きに進んでもらいたい。
そしてそれらの兎を追い続けることが、自衛隊、
ひいては国民に対する貢献へとつながるのである」
そんな想いからこのデザインも描かせていただきました。
音楽職種の隊旗色である「ソメイヨシノの桜色」
共々お楽しみください。」
■第1部「華麗なるミリタリーバンドの世界」
すり鉢の底に椅子が全くないので開演前不思議に思っていたら、
中央音楽隊、ドラムメジャーに率いられてまさかの行進入場してきました。
おおお、とテンションが爆上がりするのを感じました。
そして、スタンディングでの第1部の演奏が始まりました。
ステージの上で足を60度?にきっちりと開いたまま、
もちろん誰一人微動だにせず直立して前半全曲を演奏したわけですが、
もうそれだけで、凡人には全員同じ人間だとは思えませんでした。
何しろ陸自の定演は初めてであるわたし、
さすが陸上自衛隊、これが恒例となっているのかと思っていたのですが、
その日チケットをいただいた方からのメールで
ホールでスタンディング演奏は初めてだった、と聞きました。
実はこの演出、このときドラムメジャーを務めた自衛官が
退官することから企画された特別バージョンだったことを、
演奏会の一番最後に観客は知ることになります。
♪ 国歌「君が代」
国歌演奏に起立が要請されましたが、まだマスク着用が義務付けられており、
斉唱はしないでください、と注意がありました。
国歌独唱は中央音楽隊歌手である鶫真衣三等陸曹が行いました。
♪冬の光のファンファーレ 湯浅譲治
長野オリンピックのファンファーレとなったこの作品は、
25年前、中央音楽隊が陸自師団音楽隊などから結成したファンファーレ隊が
同じこのすみだトリフォニーホールで、オリンピックの音楽監督だった
小澤征爾指揮による録音をおこなったという縁から選ばれたようです。
湯浅譲治という作曲家を知っている方にはさもありなんという感じ。
♪ 大空 須磨洋朔〜ウルトラ警備隊の歌 冬木透
「大空」というのは、陸自の観閲式などでもお馴染みの行進曲ですが、
これにウルトラ警備隊の歌がピッタリと繋がりました。
ちなみに須磨洋朔(1907-2000)は陸軍戸山学校を卒業し、
トロンボーン奏者として陸軍軍楽隊で活動(フィリピンで戦傷を負う)
戦後、現N響の首席奏者を務めたあと、
警察予備隊音楽隊、保安隊音楽隊、そして
陸上自衛隊中央音楽隊の創設を手掛け初代隊長となった人物です。
車両行進などに用いられる「祝典ギャロップ」、
全自衛隊で巡閲の際用いられる「巡閲の譜」、
各種らっぱ譜面などもこの人の手によるものです。
"Theme of the Ultra Guard (ウルトラ警備隊のうた)" (English and Japanese Lyrics) Toru Fuyuki - Ultraseven 1967
とワクワクしながら聞いたのですが、それイングリッシュちゃうローマ字や。
♪ アメリカン・サリュート モートン・グールド
東京ドームがオープンしたとき、世界のミリタリーバンドなどが一堂に集う、
「マーチングページェント」記念に開催されたそうですが、
そのときに出演したアメリカ陸軍が、この曲を演奏して
日本のマーチングバンドシーンに大いに感動と刺激を与えたそうです。
American Salute
聞いていただければわかりますが、曲の主題は、
あの「When Johnny Comes Marching Home」です。
聞き覚えの或るメロディが形を変えて何度か出てきます。
アンドレア・ボッチェリと夏川りみ、あるいは
セリーヌ・ディオンとジョシュ・グローバンのバージョンで
わたしが聞き慣れているこの曲を、この日は鶫三曹と、
林克成一等陸曹がデュエットで聴かせてくれました。
YouTubeバージョンと同じく、英語とイタリア語による歌詞です。
鶫三曹はもちろん、林一曹の声がとにかく素敵でした。
「どうか私達の目になって 行く先々で私達をお守りください
そして迷った時に 賢い決断ができるように助けてください
道を見失ったとき この祈りを聞いてください
あなたのお慈悲で 私たちを 安全なところへとお導きください」
♪ 行進曲「威風堂々」第1番作品39 エドワード・エルガー
いろんなところで、いろんなバージョンで耳にする曲ですが、
こういう曲を前半ラストに持ってくるのが陸自らしい、と思いました。
そしてやはり生の吹奏楽で聴くこの曲は感動的です。
エルガー本人が「うまく書けた」と自賛していただけのことはあります。
そして、最後のコーラスになった時、オルガン前のステージに
両側から先ほどの鶫三曹と林一曹が歩み出て、
力強く英語の歌詞を歌い上げ、感動はいや増しました。
威風堂々のメロディに歌詞をつけたバージョンは、
イギリス愛国歌の一つ、
「希望と栄光の国 Land of Hope and Glory」
として知られています。
■ 第二部 交響曲第2番「江戸の情景」
I. 増上寺塔赤羽根
II .市中繁栄七夕祭
III. 日暮里寺院の林泉
IV. 玉川堤の花
V. 千住の大はし
これだけ見れば日本人の手による作曲と誰もが信じるでしょうが、
実はスイス生まれのイタリア人作曲家?
フランコ・チェザリーニ(1961〜)が作曲したものです。
上にあげたプログラムには、チェザリーニが着想を得たとされる
歌川広重の木版画が曲の紹介と共に掲載されています。
初めて聴く作品でしたが、特に第3楽章のメロディには
懐かしさと切なさが混在した日本的なロマンティシズムが溢れ、
個人的にすごく好きな曲だと思いました。
最後のステージとなったわけですが、奇しくも隊長就任後、
最初の定期演奏会では、同じチェザリーニの
交響曲第1番「アーク・エンジェルス」
を取り上げたそうです。
もちろん選曲は隊長ご自身によるものですが、これは偶然ではなく、
「洒落た演出」としての意図されたリフレインでしょう。
さて、というわけで、プログラムを終了したわけですが、
アンコールの前に、樋口隊長がマイクをとり、
アンコール曲の「凱旋」について説明を行いました。
行進曲「凱旋」 陸上自衛隊 第6音楽隊
皆様も陸自の観閲式やその他イベントで一度は耳にしたことがあるでしょう。
しかし、樋口隊長の説明は我々を驚かせるものでした。
作曲者の堀滝比呂陸曹長は、長年ステージマネージャーであり、
ドラムメジャーとして音楽まつりにも出演した経験があり、
本日オープニングのドラムメジャーを務めた人物ですが、
この日が堀陸曹長の自衛官人生を締めくくる退官日でした。
そこで、この日のスペシャルバージョン「凱旋」を、
その堀陸曹長の自衛官退官記念にアンコールとして演奏するというのです。
どういう天の配剤かは分かりかねますが、退官の日に何百人もの暖かい拍手と
ステージでの花束に送られる自衛官が果たしてどれくらいいるでしょうか。
この陸曹長、前世でよほど徳を積まれたに違いありません。
「まさに陸曹長冥利。
羨ましい退官セレモニーでした」
とメールに書いてきましたが、その通りです。
退官といえば、堀陸曹長の退官を紹介した樋口隊長ご自身も、
退官間近であったはずですが、それについては
歴代音楽隊長の例に倣われたのか、何もコメントはありませんでした。
しかし、プログラムにはちゃんと樋口一佐の来歴と
自衛隊における活動歴が紹介されていました。
・・・なに?
ニコニコ超会議で「ムスカ大佐」になっている・・・だと?
NHKのど自慢チャンピオン大会に出た・・・だと?
プログラムのイラストといい、これらの活動から窺い知るに、
多彩な才能を溢れるほどお持ちの方だったんですね。
感動的な退官イベントと相まって、忘れられない印象を残した一夜でした。