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預言者伝【番外編4】

2015年05月08日 | 預言者伝関連
彼(アッラーの祝福と平安あれ)の子どもたちと孫たち:
  ハディージャ(アッラーの御満悦あれ)なアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)にアル=カースィムを生んだことで彼は「アル=カースィムの父」と呼ばれました。しかしアル=カースィムは2歳を迎えることなく亡くなりました。次にザイナブ、ルカイヤ、ウンム・クルスーム、ファーティマが生まれました。アブドゥッラーとアッ=タイイブとアッ=ターヒルについては意見が相違しています。アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)には3人の男児がいたとする意見がありますが、イブン・アル=カイイムが正しいとする見解はアッ=タイイブとアッ=ターヒルはアブドゥッラーのニックネームであるというものです。彼ら全員はハディージャ(アッラーの御満悦あれ)の子です。

  ファーティマはアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)の娘たちの中でもっとも彼が愛した娘でした。ハディースによると彼女は楽園の女たちのリーダーであると言われます。また彼(アッラーの祝福と平安あれ)は、「ファーティマは私の一部である。彼女を恐れさせるものは私を恐れさせるし、彼女を害するものは私を害する」とも言われました。また彼女は一家の中で第一に彼を追う者でもありました。

  コプト教徒のマリヤはイブラーヒームを生みましたが、幼少時に亡くなりました。彼が天に召された時にアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)は「目は涙でいっぱいになり、心は悲しむ。われわれは主の怒りを買うことは言わないが、イブラーヒームよ、まことにわれわれはおまえのために悲しんでいる」と言われました。彼の亡くなった日に日蝕が起こったため人々がその時に「イブラーヒームの死のために日蝕が起きた」と言いましたが、アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)は説教の中で「まことに太陽と月は至高偉大なるアッラーの御しるしの一つである。しかし誰かの死や生によって食になることはない」と言われました。

  アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)の娘、ザイナブ(アブー・アル=アース・イブン・アッ=ラビーゥというハディージャの姉妹の息子つまりいとこと結婚していた)はアリーと名付けた男児とウマーマという女児を生みました。ウスマーンと結婚したルカイヤはアブドゥッラーを生みましたがアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)がバドルにいらっしゃるときに亡くなりました。ウスマーンは病んでいたルカイヤと一緒に過ごし、彼女の死後、ウスマーンはウンム・クルスームを娶りました。そのためウスマーンは『ズー・アン=ヌーライン(二つの光の主)』と呼ばれました。ウンム・クルスームも同様にアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)の生前に亡くなりました。

  ファーティマはアリー・イブン・アビーターリブというアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)の父方のおじの息子と結婚し、ハサンとフサインを生みました。アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)は二人について言われました:「二人は私の現世での芳香(アッラーからの恵み)である」と言われました。

  アッラーは二人の子孫を祝福し給いました。彼らの子孫はイスラームとムスリム達に益をもたらし、彼らの中から長老や指導者や学問、教え、ジハード、低廉のリーダーが現れました。

  またファーティマはアリーにザイナブとウンム・クルスームを生み、ザイナブはイスラームにおける貴族といえるジャアファル・イブン・アビーターリブの息子アブドゥッラーと結婚しました。ザイナブはアブドゥッラーにアリーとアウンを生みました。ウンム・クルスームはウマル・イブン・アル=ハッターブと結婚し、ザイドを生みましたが、ウンム・クルスームの生前にウマルは亡くなりました。

  アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)のファーティマ以外の子ども全員が彼の生前に亡くなりました。ファーティマは彼の死後6か月に亡くなりました。

(参考文献:①「預言者伝」、アブー・アルハサン・アリー・アルハサニー・アンナダウィー著、ダール・イブン・カスィール出版、P415~417)

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