イスラーム勉強会ブログ

主に勉強会で扱った内容をアップしています。

嘘と正直

2013年04月18日 | 子供向けイスラーム道徳
どうすれば正直者になれる?

●アッラーは嘘つきを嫌い給うことを信じる。
●預言者(祝福と平安あれ)が教えてくださったように、本当のムスリムは嘘をつかないと知る。
●いつも本当のことを言えるように舌を慣らせる。舌は慣れたことを話すから。
●正直でいることで助かり、嘘は壊すことを知る。
●みんなに好かれるために一番良い方法は正直でいることを知る。

嘘は正直の反対

嘘とは、本当とは違うことを言うことです。
嘘つきは、にせものの信仰を持っていることを預言者ムハンマド(祝福と平安あれ)が教えてくださりました:
偽信者のしるしは三つある:何か起こると嘘をつき、約束すると守らず、信頼されると裏切る。

どうやって嘘をつかないようにする?

●嘘をつくのではなく正直でいることに慣れる。
●信仰ある人は嘘つきではないことを信じる。
●嘘をつくような友達から離れる。
●嘘つきの罰は地獄の罰であることを信じる。
コメント

預言者伝44

2013年04月11日 | 預言者伝関連
137.侮辱的和解、それとも明解な勝利?
 信徒たちがマディーナに戻る途中、至高なるアッラーは次の聖句を啓示し給いました:
 「まことに、われらはおまえに明白な勝利を開いた。アッラーがおまえに、おまえの罪のうち先行したものも後回しになったものも赦し、彼のおまえに対する恩寵を全うし、おまえを真っすぐな道に導き給うためである。また、アッラーがおまえを威力ある援助で援け給うためである。」(勝利章1~3節)
 ウマルが言いました:確かに勝利のことなのでしょうか、アッラーの使徒様?
 彼は言われました:そうだとも!

138.おまえたちはなにかを、おまえたちにとって良いことでありながらも嫌うかもしれない:
 アッラーの使徒(祝福と平安あれ)がマディーナに戻ると、クライシュからアブー・バスィール・ウトバ・イブン・ウサイドという男が彼のところへやってきました。それを知ったクライシュはアブー・バスィールを取り戻すために二人の男を使いに出し、預言者ムハンマド(祝福と平安あれ)に言いました:おまえが決めた約束を果たしもらわなければならない。預言者ムハンマド(平安と祝福あれ)へ言われた通りに、アブー・バスィールを彼らに返しました。そしてかの二人は彼を連れて帰ろうと出発しましたが、逃げて、紅海方面のサイフ=ル=バハルというところまで来ました。同時にクライシュに捕らえられていたアブー・ジャンダル・イブン・スハイルも逃げて、アブー・バスィールと合流しました。これ以降、イスラームに新しく帰依してクライシュから逃れたい者は必ずアブー・バスィールを追うようになりました。そのような人たちが集まってギャングが形成されました。このギャングはシリア方面へ貿易に出たクライシュのキャラバンを必ず襲い、彼らの財産を奪いました。困ったクライシュは、この害から解放されるために、預言者ムハンマド(平安と祝福あれ)に、「クライシュからムスリム側へ逃げてきた者はクライシュに返還されなければならない」という条件を削除してほしいと願い出たのでした。そして最終的に、クライシュから逃れて来たムスリムはクライシュに送り返されることなく、安全を得られるようになりました。

139.いかに和解が勝利に転換したか?:
 アッラーの使徒(祝福と平安あれ)がクライシュが強要した全ての事柄を承諾し、自分(クライシュ)たちにとってとても有利だと思い込み、それを信徒たちは強い信仰心と使徒に対する大きな追従態度によって耐えたこのアル=フダイビーヤの協定。最後の方に起きた出来事は以上すべてがイスラーム勝利のための新しいきっかけであり、アラビア半島に今までにない程の速さでイスラームが広がるきっかけとなったことを示しています。またマッカ征服、カイサルやキスラーといった世界の王たちへの呼びかけのきっかけともなりました。偉大なるアッラーは真実を仰せになりました:
 「だがおまえたちはなにかを、おまえたちにとって良いことでありながらも嫌うかもしれない。また、おまえたちはなにかを、おまえたちにとって悪いことでありながらも好むかもしれない。そしてアッラーは知り給うが、おまえたちは知らない。」(雌牛章216節)
 この和解がもたらした利益は、クライシュがムスリムたちの立場を認めたこと、協定を結んだり交渉し合ったりする対象としてのムスリムタチを強力な集団とみなしたことが言えます。そしてこの和解で得られた最も大きな収穫は停戦です。ムスリムたちは始まりも終わりもない戦いから休めることになりました。戦争は彼らを忙しくさせ、彼らの力を奪ってしまいました。そのためこの休戦期間に、平和と安全の下、イスラーム宣教に専念出来るようになりました。
 またこの和解はムスリムたちと多神教徒たち両方に、お互いに交流する機会をもたらしました。多神教徒はイスラームの美しさや多神崇拝と偶像崇拝という穢れからの精神浄化、理性と頭脳の清浄化などを血筋と生活環境と言葉の異ならない、同じ土地の人間であるムスリムより観察します。
 そして彼らの激しい頑固さや否定的態度にもかかわらず、イスラームの教えそのものと預言者ムハンマド(平安と祝福あれ)の追従だけが、ムスリムたちを目立つ存在にさせたことが知らしめられました。その中には、イスラームに対する理解とその影響力の存在を認める強い動機がありました。
 そしてこの和解成立から1年が経たないうちに、またマッカがまだ征服されないうちに、15年の間にイスラームに帰依した数よりも多くのアラブ人がイスラームに帰依したのでした。
 また停戦による恩恵を受けたのはマッカに住む立場の弱いムスリムたちでした。アブー・ジャンダルの手によってマッカのクライシュ子弟の多くの人たちがイスラームに帰依したのです。クライシュはそんなイスラーム宣教師とマッカにイスラームが広がることに為す術を見つけられずにいました。
 帰依した新しいムスリムたちは皆アブー・バスィールを追いましたので、彼はイスラームの宣教の中心となりまた力となりました。クライシュは彼の活躍について囁き合うようになり、ついにはアッラーの使徒(祝福と平安あれ)にかのムスリムたちと引き取ってマディーナに連れて行ってくれるよう懇願したので、彼(祝福と平安あれ)は承諾しました。そのためマッカで屈辱を味わっていた信徒たちは苦しみから解放されたのでした。以上すべてはこの和解と停戦から生まれた利益です。
 アッラーの使徒(祝福と平安あれ)が取った平和主義姿勢と争いを避ける態度、和解の希求、広い心と忍耐より得られた利益は、イスラームにまだ帰依していないアラブ諸族が新しい宗教とその宣教者に注ぐ視線が変わったこと、そして彼らの心の中に今までになかったイスラームに一目置き、評価する気持ちが生まれたことです。以上は、意図されず生まれた、宣教上とても重要な利益となりました。アッラーの使徒(祝福と平安あれ)とムスリムたちが得ようと精進していたものです。

140.ハーリド・イブン・アル=ワリードとアムル・イブン・アル=アースのイスラーム帰依:
 アル=フダイビーヤの協定は心を開くものでもありました。クライシュの騎士たちを指揮し、大きな戦争の主役であったハーリド・イブン・アル=ワリードがイスラームに帰依しました。アッラーの使徒(祝福と平安あれ)は彼を「アッラーの刀」と名付け、イスラームに多大な恩恵をもたらし、彼の手によってシャーム地方が征服されました。
 また有力な指揮者であり後にエジプトを開くことになるアムル・イブン・アル=アースもイスラームに帰依しました。二人は協定制定のあとマディーナに来て改宗しました。

(参考文献:「預言者伝」、アブー・アルハサン・アリー・アルハサニー・アンナダウィー著、ダール・イブン・カスィール出版、P379~283など)
コメント

74章【4】解説

2013年04月04日 | ジュズ・タバーラカ解説
32.否、断じて(不信仰者の考えているとおりではなく)、月にかけて、
33.退き去る時の夜にかけて、
34.明らむ時の朝にかけて、
35.まことにそれ(猛火)は最大のもの(懲罰)の一つである。
36.人間への警告として、
37.(つまり)おまえたちのうち、(善行によって)先に進むか、または、(悪行によって)遅れることを望んだ者への(警告として)。
38.人はみな、己の稼いだことに対する抵当である。
39.ただし、右手の徒は別である。
40.楽園の中で、彼らは尋ね合う、
41.罪人たち(の状況)について。
42.「何がおまえたちを猛火に入れたのか」(とその後、言った)。
43.彼ら(罪人たち)は言った、「われらは礼拝する者たちではなかった」。
44.「そして、貧者たちに食べさせなかった」。
45.「また、われらは(虚言に)耽る者たちと共に耽り、」
46.「また宗教(裁き)の日を否定していた」。
47.「やがて、ついに確かなもの(死)がわれらを訪れた」・
48.そして彼らには執り成す者たちの執り成しも益をなさない。

 「否」は、来世の罰のために嘘つき呼ばわりする者たちを制する言葉です。続いてアッラーは月にかけて誓い給いましたが、至高なる彼による誓いは、その誓いのためにかけられたものが重要であることと、彼の御力の偉大さが示されます。同様に彼は、去りゆく夜と光照らす朝にかけて誓い給いました。夜が去ること、朝が輝き照らすことは、地球の自転が原因の現象です。この自転という動きは、アッラーの御力を示す数々の顕著な諸印の一つです。この自転現象がなければ、夜も昼もなく、地球上の生き物すべてが暑さか寒さで滅んでしまうことでしょう。

 アッラーはこれらの事柄で「猛火」が「最大のものの一つ」であることを誓い給いました。最大のものとはつまり偉大な事項を指します。「人間への警告として」つまり自身に気を付けるようにとの警告であり、罰を恐れるようにとの怖がらせです。続いて彼は仰せになります:「(つまり)おまえたちのうち、(善行によって)先に進むか、または、(悪行によって)遅れることを望んだ者への(警告として)。」つまりアッラーに服従することによって先に進むか、または遅れることで悪と罪に落ちることを指します。「望んだ者へ」特定の道を歩むことを人間は無理強いされないことの証拠です。人間は自身の行為において選択権があるゆえ、導きの道を選ぶか迷いの道を選ぶことが出来ます。

 続いてクルアーンは、人類が理解に迷ってしまったこと、人生に疲労感を与える原因になってしまったある真実について言及します。その真実とは:全ての魂はその稼ぎに対する抵当であり、自身の行為のみの責任を負い、他の罪は負わない。アッラーは仰せになります:
 「人はみな、己の稼いだことに対する抵当である」
 この聖句は、人間の魂はアーダムのミスや祖先の罪に問われないとのアッラーからのはっきりとした知らせです。また先祖の諸行為がどれほど崇高なものであったとしても、罪を犯した魂を益するということもありません。

 続いて、クルアーンはアッラーの罰を招く行為の言及に移ります:
 「ただし、右手の徒は別である。楽園の中で、彼らは尋ね合う、罪人たち(の状況)について。「何がおまえたちを猛火に入れたのか」(とその後、言った)。彼ら(罪人たち)は言った、「われらは礼拝する者たちではなかった」。「そして、貧者たちに食べさせなかった」。「また、われらは(虚言に)耽る者たちと共に耽り、」「また宗教(裁き)の日を否定していた」。「やがて、ついに確かなもの(死)がわれらを訪れた」そして彼らには執り成す者たちの執り成しも益をなさない。」

 右手の徒とは、クルアーンが来世において幸福な者たちに使う名です。左手の徒も同じように、来世において不幸な者たちに使われます。

 ここで右手の徒は、火の中で罪人たちが罰を受けている理由をたずねあっています。その問いに、かの罪人たちと話をし、彼らが受けている罰の原因をたずねたたことのある信仰者たちが答えます:「何がおまえたちを猛火に入れたのか」おまえたちを火に入れたものは何か。4つの事柄が理由だと彼らは答えます:

 1)「彼ら(罪人たち)は言った、「われらは礼拝する者たちではなかった」」礼拝は宗教の柱です。それは、人間の魂とその創造主の間で生まれる関係です。彼おひとりだけが崇められる存在として、くださる恩恵に対しての感謝を捧げるために。そのため礼拝の放棄者は信仰者集団から外され、罪人の列の中に入るのです。創造主に対し忘恩で、義務としての感謝を捧げないためです。

 2)「そして、貧者たちに食べさせなかった」貧者への食事提供は、アッラーからの罰からの救済をもたらします。食事提供の中には、衣服や住居に関する援助も含まれます。そして貧者を軽視することは、醜行と犯罪の泥水に彼らを投げ込むことにつながります。また、略奪や殺人を行うギャンク形成のために貧者が集まることにもつながります。このように、貧者から尊い生活を送る権利を奪う者はイスラームにおいて罪人なのです。

 3)「また、われらは(虚言に)耽る者たちと共に耽り」導きとは逆の話に耽ることです。彼らはクルアーンについて次のように言いました:魔法だ、と。そしてムハンマドを気狂い者などと非難しました。これは今日の、イスラーム教義や信仰儀礼を馬鹿にして遊びと同じ扱いする者たちに当てはまります。

 4)「また宗教(裁き)の日を否定していた」宗教の日:来世の報復と清算の日です。報復の日を信仰することは、人間が自分の魂を覚醒させ、軽い言葉を口にする度に自信を清算させます。なぜなら来世の罰が恐ろしいためです。代わって、その日を嘘だとし、否定することは、自分のどんな行為も気にならなくさせます。そのため自分の欲求を満たすためなら罪を犯し、自分に有益であれば罪に浸り続けます。

 彼ら罪人たちは、次のような状態で日々を送りました:「やがて、ついに確かなもの(死)がわれらを訪れた」つまり死です。死はすべてを終わらせます。後悔や悔悟する余地を残しません。

 死が来た後、各魂はその主に帰ります。クルアーンは以前に述べたことつまり各魂はその行為に対する責任を持つことを解明します。それは次の御言葉です:「そして彼らには執り成す者たちの執り成しも益をなさない。」罪人たちが偶像や聖人たちの執成しを頼りにすることは、間違いです。彼らには執成しの力がないからです。

(参考文献:ルーフ・アル=クルアーン タフスィール ジュズ タバーラカ/アフィーフ・アブドゥ=アル=ファッターフ・タッバーラ薯/ダール・アル=イルム リルマラーイーンP128~130)
コメント