イスラーム勉強会ブログ

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預言者伝76

2014年10月31日 | 預言者伝関連
別れの巡礼
ヒジュラ暦10年

231.別れの巡礼とその時期:
  イスラーム共同体の人々の心が偶像崇拝から浄化され、そして無明時代の悪しき習慣から浄化されて信仰の光が灯され、愛情と慈愛で共同体の火鉢に火が点いたことで、アッラーが御望み給うたことが完遂された時、また彼の館である聖マスジドが穢れと偶像から清まり、館への巡礼から長らく離れていた信徒たちが巡礼を渇望するあまりに愛と慈愛の杯が溢れれてこぼれ、別れの時期が近づき、共同体への別れが圧迫してくると、アッラーはその使徒に巡礼を許可し給いました。なお預言者(アッラーの祝福と平安あれ)はイスラームが訪れてから一度もイスラームにおける巡礼を行ったことがありませんでした。

232.別れの巡礼の修辞的価値と教育的価値:
  アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)は館への巡礼と、信徒たちに会って彼らに彼らの宗教と儀礼を教え、自らの義務を完遂したと証言し、信託されたものを述べ伝え、最後の忠告を遺言し、信徒たちと誓約と盟約を結び、無明時代の名残を払拭してその両足の下に封印するためにマディーナを出発しました。この巡礼は、千の説教と千の講話に匹敵しました。またこの巡礼は移動式の学校、動き回るマスジド、移動式の兵舎で、そこで無知者は学び、無頓着な者は注意し、怠け者は活発になり、弱者は強くなりました。またこの巡礼は、信徒たちが留まっている時も移動している時も彼らを覆う慈悲の雲でした。またそれは、預言者(アッラーの祝福と平安あれ)の同道、愛、教育、監督の雲でもありました。

233.事細かに記録された預言者(アッラーの祝福と平安あれ)の巡礼:
  教友たちの中の公正な伝承者たちはこの旅で起きた大小の出来ごとの詳細を確実に書き記しました。過去のどの王や偉人や学者の旅についての記録にも見られないくらいに細かい記録です。

234.概した彼(アッラーの祝福と平安あれ)の巡礼の過程で:
  ここでは、『別れの巡礼』、『通告の巡礼』、『完全な巡礼』と呼ばれるこの巡礼を要約します。なおこの巡礼を10万人以上の人が共にしたと言われています。

235.預言者(アッラーの祝福と平安あれ)はどのように巡礼したか?
  アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)は巡礼の遂行を決意すると、人々にその旨を知らせ、皆、彼との出発の準備に取り掛かりました。ヒジュラ暦10年のズ・ル・カアダ月のことでした。

  この知らせを聞いたマディーナ周辺の住民は、アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)との巡礼を求めてやって来たり、道中で合流したりしたのですが、その数は数え切れないほどでした。彼らはアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)の前方、後方、右方、左方、彼の視界の中にいました。人々はズ・ル・カアダ月25日土曜日にマディーナを出発しました。出発前のゾホルの礼拝の前にアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)は説教し、イフラームについてやイフラームの義務、イフラームのスンナについて指導しました。

(続く)

(参考文献:①「預言者伝」、アブー・アルハサン・アリー・アルハサニー・アンナダウィー著、ダール・イブン・カスィール出版、P385~386)
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67章解説【2】

2014年10月23日 | ジュズ・タバーラカ解説
6.また、己の主への信仰を拒んだ者たちには火獄の懲罰がある。またなんと悪い行き着く先であることよ。
7.彼らがそこ(火獄)に投げ込まれた時、彼らは、煮えたぎるその咆哮(ほうこう)を聞いた。
8.それは激怒から破裂せんばかりである。そこに一団が投げ込まれる度、門番たちが彼らに尋ねた。「おまえたちに警告者は来なかったのか」。
9.彼らは言った。「いや、その通り。確かにわれらには警告者が来たが、われらは嘘と否定し、そして言った、『アッラーはなにも下し給わない。おまえたちは大きな迷誤のうちにあるにほかならない』」。
10.また彼らは言った。「もしわれらが聞き、悟っていたなら、烈火の輩の中にはいなかったものを」。
11.そうして彼らは己の罪を認めた。それゆえ、烈火の輩は(アッラーの慈悲から)遠ざけられよ。
12.まことに己の主を見えないところで懼れる者たち、彼らには御赦しと大きな報酬がある。

続いてクルアーンは、アッラーが不信仰者たちに準備し給うた来世での懲罰を解明します:
「また、己の主への信仰を拒んだ者たちには火獄の懲罰がある。またなんと悪い行き着く先であることよ。彼らがそこ(火獄)に投げ込まれた時、彼らは、煮えたぎるその咆哮(ほうこう)を聞いた。それは激怒から破裂せんばかりである。そこに一団が投げ込まれる度、門番たちが彼らに尋ねた。「おまえたちに警告者は来なかったのか」。」

不信仰者には火獄の懲罰と悪い行き着き先があります。彼らが火獄に投げ込まれる時、火獄は彼らを憤激と重度の苦しみで彼らを受け入れます。また彼らは火獄から「咆哮(ほうこう)」を聞きますが、それは、火獄が燃えたぎるあまりに出ている醜い音です。「煮えたぎる」火獄はそこに入る者たちによって煮えたぎりますが、ちょうど鍋に入っているものが煮えるように。「それは激怒から破裂せんばかりである」火獄がそこに入る人たちに対する激しい怒りが原因で破裂して方々に散らばってしまいそうな様子です。「そこに一団が投げ込まれる度」火の中に不信仰者の集団が投げ込まれるたびに。「門番たちが彼らに尋ねた」懲罰の天使が叱責と非難をもって質問します。「おまえたちに警告者は来なかったのか」つまりアッラーの許からおまえたちに使徒が来て、彼の懲罰があると警告し、脅さなかったのか、と。その時、クルアーンが言及しているように、不信仰者たちが答えます:

「彼らは言った。「いや、その通り。確かにわれらには警告者が来たが、われらは嘘と否定し、そして言った、『アッラーはなにも下し給わない。おまえたちは大きな迷誤のうちにあるにほかならない』」。」

不信仰者たちは自分たちがアッラーの使徒たちを嘘つき呼ばわりして、彼らに啓示があったことを認めませんでした。それだけでなく、使徒たちは真理と正道から遠く離れていると非難したのです。

この彼らの自白は、アッラーの正義の証明です。アッラーは使徒を送るまで、民を罰することは絶対ないのです。クルアーンには次のようにも述べられています:「そしてわれらは、使徒を遣わすまで懲罰を下す者ではない」。(夜行章15節)

そして不信仰者たちは、自分たちを火獄の懲罰に導いた原因を言いながら、自白を続けます:
「また彼らは言った。「もしわれらが聞き、悟っていたなら、烈火の輩の中にはいなかったものを」」

不信仰者たちは火獄を任されている天使たちに言います:もしわれらが、真実を求めてそれに従う者のように従い、導きと迷いの区別を悟る者のように悟っていれば、信じ、火獄の民として数えられる存在になることはなかっただろう。彼らはこのように話すことで自分たちの罪を認めたのです。「それゆえ、烈火の輩は(アッラーの慈悲から)遠ざけられよ」つまり火獄の民はアッラーの慈悲から遠ざけられよ。

もしこの不信仰者たちが自分たちの理性をコントロールしていれば、このような不幸な結末を迎えることはなかったでしょう。これはクルアーンによる理性の賛辞であるのですが、イスラーム法の責任を課す対象が理性であり、健全な理性は人をアッラーへの信仰と、彼の定め給うた法の上を歩くことへと導いてくれるためです。

続いて信仰者が来世で行きつくところについての解明がなされます:
「まことに己の主を見えないところで懼れる者たち、彼らには御赦しと大きな報酬がある。」

懼れとは、称賛と称揚が混ざった恐れの気持ちです。それは、見えないアッラーを見ることなく信仰して彼に仕えようとすること、または罰が見えないにもかかわらずアッラーの懲罰を恐れること、または人々の視線から隠れている独りでいる時にアッラーを恐れること、です。クルアーンは以上全ての意味合いを含んでいます。彼らには彼らの罪の赦しと楽園である大きな報酬があります。彼らの秘密も公然も御存知である御方をなぜ恐れないというのでしょう?

参考文献:ルーフ・アル=クルアーン タフスィール ジュズ タバーラカ/アフィーフ・アブドゥ=アル=ファッターフ・タッバーラ薯/ダール・アル=イルム リルマラーイーンP13~14)
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預言者伝75

2014年10月10日 | 預言者伝関連

228.の続き:
  またアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)はムアーズ・イブン・ジャバルとアブー・ムーサーをイスラームへの誘いのためにイエメンへ派遣しました。そして二人に、「容易にし、難しくしてはならない。そして吉報を与え、驚かせてはならない」と忠言しました。

  またファルワ・イブン・アムル・アル=ジュザーミーは自身のイスラームへの帰依のことで一人の使いをアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)に送りました。ファルワはシャーム地方のマアン(地名)に置かれていた人物でした。

  アル=ハーリス・イブン・カアブ一族はナジュラーン(地名)でハーリド・イブン・アル=ワリードの手によってイスラームに帰依しました。ハーリドは彼らの中に留まってイスラームを彼らに教えました。そしてハーリドは彼らの訪問団と共に戻ってきた後、彼らは自分たちの土地に帰っていきました。そこにアムル・イブン・ハザムが宗教の諸事項、スンナ、イスラームの諸知識を教える者として、そして彼らからザカーを集める者として派遣されました。そしてハムダーンの訪問団も現れました。

  またアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)はアル=ムギーラ・イブン・シュウバを派遣して、彼は「アッ=ラート(偶像神)」を破壊しました。次に男たちと壁の上方登って、地面が平らになるまで一つ一つ破壊していきました。すると同日中にある訪問団がアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)のところに現れて、彼を褒め称えました。

  イエメンの民の訪問団がアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)を訪れた後、アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)はイスラームを教えるためにハーリド・イブン・アル=ワリードをはじめ、数名の信徒たちをイエメンに派遣しました。彼らはイエメンに6カ月滞在し、ハーリドは現地の人たちをイスラームに誘いましたが誰も応答しませんでした。次にアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)はアリー・イブン・アビーターリブを派遣しました。アリーはアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)の書簡を読みあげると、イエメンの部族のひとつ、ハムダーンの全員がイスラームに帰依ました。そこでアリーはアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)にハムダーンの帰依について手紙を送りました。それを読んだアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)はすぐに跪拝し、頭をあげて、言われました:ハムダーンに平安あれ、ハムダーンに平安あれ。

  またムザイナから400名から成る訪問団が、ナジュラーンのキリスト教徒から60名の騎士から成る訪問団がやってきました。後者のうち、24名は同族の名士で、彼らのリーダー的存在であるアブーハーリサがいました。かつてローマ帝国の諸王は彼に爵位を授け、金品と奴隷を与え、彼に教会を建てました。また彼らに関するたくさんの聖句が啓示されました。

  アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)はナジュラーンの民をイスラームへ誘う書簡を彼らに送りました。それを読んだ人たちは訪問団を送って、いろいろと質問しました。そこで彼らに対する回答として、イムラーン家章の中の多くの聖句が啓示されたのです。またアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)は彼らと真実を宣言のし合いをしようとしたのですが、シャルハビールは拒否し、恐れました(イムラーン家章61節及びその解説を参照)。すると次の日に訪問団が再びアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)のもとにやってきました。アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)は彼らに証書を作り、地租を課しました。そして彼らと共にアブーウバイダ・イブン・アル=ジャッラーフを派遣して彼について言われました:この者はこの共同体の信頼おける者である。

  またトゥジャイブの訪問団もやってきたことでアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)は喜び、彼らを大いに歓迎しました。訪問団がクルアーンやスンナについて質問をし出したので、アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)も彼らに対する欲が出てきたので、ビラールに命じて、彼らを心を尽くして歓待するよう命じました。訪問団は数日間に渡って滞在し、それ以上は長居しようとしませんでした。何が君たちを急がせているのか?と尋ねられて、地元に戻って、われわれのアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)との会合、われわれが彼に向けた質問、それに対する彼の回答を人々に知らせるのだ、と答えて、出発しました。その後、ヒジュラ暦10年のハッジシーズンのミナーでアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)のところに到着しました。

  またたくさん来た訪問団の中に、ファザーラ族、アサド族、バハラーゥ族、ウズラ族の訪問団も含まれていました。彼らは皆、イスラームに帰依し、アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)はシャーム地方陥落を吉報として伝え、占い師に占ってもらうことや犠牲用の動物を屠ることを禁止しました。彼らにはイスラームにおける(イードなど、アッラーにお近づきになるための)犠牲しか課されないことを伝えました。またバリー、ズー・ムッラ、ハウラーンの訪問団も来ました。そこでアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)は彼らにハウラーンの偶像について尋ねました。彼らは答えました:われわれのうちには偶像にしがみついている年老いた男女がおりますが、戻った折には、アッラーが御望みになれば、必ずやそれを壊しましょう。またムハーリブ、ガッサーン、ガーミド、アン=ナハウの訪問団も来ました。

  これら訪問団はイスラームを学び、宗教儀礼の知識を深め、アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)のモラルや教友たちとの深い交友を目の当たりにしました。預言者マスジドの広場には訪問者たちのためにテントが張られ、彼らはクルアーンに耳を傾け、信徒たちが礼拝するのを見、思い浮かんでくることをシンプルかつはっきりとアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)に質問しました。アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)は彼らの疑問に雄弁かつ叡智をもって答え、クルアーンを引用することもあって、人々は信仰し、安堵するのでした。

229.無知の偶像崇拝者と教師でもある預言者とのやり取り:
  以下の会話は、キナーナ・イブン・アブドゥ・ヤーリルとアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)の間で交わされたものです:

  キナーナ:姦通をどう思うか。われわれは独身者であるので、姦通は必須なのだが?

  アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ):おまえたちには禁じられるものだ。まことにアッラーは次のように仰せである:「また姦通に近付いてはならない。まことにそれは醜行であり、そのなんと道として悪いことか。」(夜行章32節)

  キナーナ:利息をどう思うか。利息すべてがわれわれの財産なのだが?

  アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ):頭金がおまえたちのものである。まことにアッラーは次のように仰せである:「信仰する者たちよ、アッラーを畏れ身を守り、利子の残りを放棄せよ、おまえたちが信仰者であるならば。」(雌牛章278節)

  キナーナ:酒をどう思うか。酒はわれわれの土地で取れるもので必須なのだが?

  アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ):まことにアッラーはそれを禁じ給うた:「信仰する者たちよ、酒と掛け矢と石像と占い矢は不浄であり悪魔の行いにほかならない。それゆえ、これを避けよ。きっとおまえたちは成功するであろう。」(食卓章90節)

  キナーナ:石像をどう思うか。われわれはそれをどうしたら良いのか?

  アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ):壊しなさい。

  キナーナとその仲間:あなたが偶像を壊そうとするなら、偶像は(それを崇める)人々を殺すだろう。そこにウマル・イブン・アル=ハッターブが割り入って来て言いました:おいイブン・アブドゥ・ヤーリル、おまえはなんと無知であるのか!偶像は単に石じゃないか。

  キナーナとその仲間:イブン・アル=ハッターブよ、われわれはおまえのところに来たのではない、と言って、アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)には次のように言いました:あなたが壊せば良いでしょう。われわれは絶対に壊さない。

  アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ):偶像を壊すに適した者をおまえたちのところに送ろう。
  彼(アッラーの祝福と平安あれ)はそのように言って、彼らが故郷に戻ることをお許しになりました。

  彼らは言いました:アッラーの使徒さま、われわれを故郷の人たちから守ってくれる人物を付けてください。アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)はウスマーン・イブン・アビー・アル=アースを任命しました。彼は人々の中で最も若かったのですが、アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)は彼のイスラームに対する熱心さを知っていました。ウスマーンはマディーナを出発する前にクルアーンからいくつかの章を学んでいました。

  使節団の年は、偶像崇拝の終了とアラブ半島からの偶像信仰の浄化が完了した年でもありました。

230.ザカーの義務化:
  ヒジュラ暦9年に、アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)は各長や知事たちをイスラーム化した土地に派遣してザカーを徴収させました。(※正しくは、ザカーが制定されたのはヒジュラ暦5年※であることがあるハディースで分かっている。9年に起きたことはザカー徴収を任された者たちの派遣である。)

※参考文献にはヒジュラ歴5年がザカー制定年とありますが、正しくはヒジュラ歴2年が制定年です。典拠:http://shamela.ws/browse.php/book-384#page-1727

(参考文献:①「預言者伝」、アブー・アルハサン・アリー・アルハサニー・アンナダウィー著、ダール・イブン・カスィール出版、P379~384)

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67章解説【1】

2014年10月02日 | ハッジ関連
1.祝福あれ、その御手に王権がある御方に。そして彼はすべてのものに対して全能なる御方。
2.(つまり)死と生を創り給う御方。おまえたちのうち誰が行いにおいて最も優れているかを試み給うために。そして彼は威力比類なく、よく赦し給う御方。
3.重層に七つの天を創り給う御方。おまえは慈悲あまねき御方の創造になんの不調和も見出さない。それから(天に)視線を戻してみよ、おまえはなにか裂け目を見出すか。
4.それから視線を2度戻してみよ。疲れた視線は伏し目に、おまえの許に引き返す。
5.またまこにわれらは最下天を灯明(星々)で飾り、それ(灯明)を悪魔たちへの投石とし、彼らには烈火の懲罰を用意した。
6.また、己の主への信仰を拒んだ者たちには火獄の懲罰がある。またなんと悪い行き着く先であることよ。
7.彼らがそこ(火獄)に投げ込まれた時、彼らは、煮えたぎるその咆哮(ほうこう)を聞いた。
8.それは激怒から破裂せんばかりである。そこに一団が投げ込まれる度、門番たちが彼らに尋ねた。「おまえたちに警告者は来なかったのか」。
9.彼らは言った。「いや、その通り。確かにわれらには警告者が来たが、われらは嘘と否定し、そして言った、『アッラーはなにも下し給わない。おまえたちは大きな迷誤のうちにあるにほかならない』」。
10.また彼らは言った。「もしわれらが聞き、悟っていたなら、烈火の輩の中にはいなかったものを」。
11.そうして彼らは己の罪を認めた。それゆえ、烈火の輩は(アッラーの慈悲から)遠ざけられよ。

この章は、死と生の目的を説明します。また、アッラーと最終の日への信仰を確実にするための天地に存在する偉大なアッラーの御力の諸しるしにも視線を向けさせます。そしてアッラーに背く者たちには審判の日に火獄の罰があることを警告します。

まずアッラーの御力とアッラーの御力が地球全体に及んでいることの解説から始まります:
「祝福あれ、その御手に王権がある御方に。そして彼はすべてのものに対して全能なる御方」

「祝福あれ(タバーラカ)」は、至高なるアッラーに属する諸性質の一つです。その意味は、聖なる存在であられる、至高であられる、偉大であられる、です。または、タバーラカは、バラカ(善きことが多いこと)から来ているとか、彼の善が増大し、彼の恩恵が増加した、とも言われます。

「その御手に王権がある御方」は、この世界における完全な実行権と所有権を意味します。「全能なる御方」は、桁外れの能力を指します。アッラーおひとりのみが、彼の御望みに応じてすべてのことを行うことが可能です。

次に、アッラーの御力の諸外観が述べられます:
「(つまり)死と生を創り給う御方。おまえたちのうち誰が行いにおいて最も優れているかを試み給うために。そして彼は威力比類なく、よく赦し給う御方」

クルアーンはまず死を述べました。なぜなら存在する全ての生き物はかつて無の状態にあり、その次に命が入り込んできたからです。そしてまた死が訪れ、その次に来世の命が訪れます。至高なるアッラーは仰せです:「どうしておまえたちにアッラーを否定できようか。死んでいたおまえたちを生かし給うた御方であり、それからおまえたちを死なせ、それから生かし給い、それからおまえたちは彼の許に戻されるというのに。」 (雌牛章28節)

人間が地球上に創られた目的は、あらゆる種類の悪と善で人間を試みることで、誰が行いにおいてもっとも優れ、誠実であるかを判明させるためです。「おまえたちのうち誰が行いにおいて最も優れているかを試み給うために。」もし人々がこの意味を理解したなら、善行における競争に走るようになり、悪を引き起こす諸事を避けたことでしょう。

次にクルアーンは、天の創造におけるアッラーの御力の解明に移ります:
「重層に七つの天を創り給う御方。おまえは慈悲あまねき御方の創造になんの不調和も見出さない。それから(天に)視線を戻してみよ、おまえはなにか裂け目を見出すか」

至高なるアッラーは七つの天を「重層に」、つまり一つの天の上にさらに天を重ねることで創造し給いました。

この七つの天の真相は私たちには不可視のものですが、私たちはその存在を信じ、その真相における知識を至高なるアッラーにお任せすることが求められます。もしかすると、時間の経過とともに、宇宙の秘密を人間が発見しているように、天の秘密が発見されるかもしれません。また、クルアーンが諸天と大地について述べるのは、その存在に関する知識のためではなく、それらの創造について熟考することへ私たちを誘うためであると言っておかなければなりません。それは人間が創造主への信仰にたどり着くためです。以上はクルアーン中のほかの場所で述べられたとおりです。「まことに、諸天と地の中には信仰する者たちへの諸々の印がある。」(45章3節)

「おまえは慈悲あまねき御方の創造になんの不調和も見出さない」の意味:アッラーの創造の中に差異や混乱を見出さない。生物学者たちと物質学者たちの研究は、この聖句に同意するものをもたらしました。彼らは、世界のすべての最小の原子から、普通の視覚では見えないDNAという、そして天空の最大級の惑星まですべてがある規則にとても正確に従っており、そこには何の欠陥も見られない、と言います。また、「それから(天に)視線を戻してみよ、おまえはなにか裂け目を見出すか」:つまりお前の視線を天に戻して、そこに欠陥があるか考えなさい、という意味です。

クルアーンは続けて述べます:
「それから視線を2度戻してみよ。疲れた視線は伏し目に、おまえの許に引き返す」

二度、と述べられているのは、その動作を何度も行えとの指示か、または、二度だけを意味すると言われます。何とか欠陥を見つけ出そうとじっくり見ても、おまえの視線は「伏し目に」つまり卑しく何の欠陥も見つけられない。「疲れた」欠陥を見つけ出そうと必死に目を酷使するために疲労した、の意味。

クルアーンが示したアッラーの創造の完璧さは、現代の科学の進歩を介して現れたようには当時現れませんでした。人間は、90万倍に拡大する電子顕微鏡や遠くのものを近づけて見せる望遠鏡を開発し、学者たちはそれらを通して自分らを驚愕させるものを見、創造主に対する信仰心を篤くしました。つまり当時の人たちはどれだけ凝視しても何の欠陥も見つけられないどころか、疲労を増大させるだけだったのです。

続いてクルアーンは天の美しさや創造主への信仰を掻き立てるものたちについて述べます:
「またまこにわれらは最下天を灯明(星々)で飾り、それ(灯明)を悪魔たちへの投石とし、彼らには烈火の懲罰を用意した」

夜の暗い天上における星々の光景には、魅力と恐怖と美が混在します。その光景は郊外や砂漠の住民、船乗りたちには晴れているときにはさらに鮮明に見えます。アッラーはこの天を悪魔を石打つ星の場所となし給いました。かつてアラブの占い師たちは、悪魔を介して最天上とつながっていると主張していました。悪魔は占い師たちに最天上で記録されるさまざまな情報を運んでいたというのですが、クルアーンはそれを否定しつつ次のことを解明ます:悪魔は石を投げつけられることなく最天上にたどり着くことはできなかった。これが彼らに対する現世での罰であるなら、至高なるアッラーは来世ではか火獄の罰を彼らのために準備し給うている。

参考文献:ルーフ・アル=クルアーン タフスィール ジュズ タバーラカ/アフィーフ・アブドゥ=アル=ファッターフ・タッバーラ薯/ダール・アル=イルム リルマラーイーンP10~13)
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