POWERFUL MOMが行く!
多忙な中でも,美味しい物を食べ歩き,料理を工夫し,旅行を楽しむ私の日常を綴ります。
 





 香港初日(2008年4月25日)の朝食は、ホテルで食べるのはやめにしました。地元の人の食べるような朝食を食べてみたいと思って、「蓮香樓(リンヒョンラウ、Lin Heung Tea House)にやってきました。ウェリントン通り(Wellington Street,Central、中環威霊頓街160-164号)にある「蓮香楼」は、1926年に香港に出店された(創業されたのは、1889年に広州において)飲茶の老舗なのだそうです。



 店内は、大勢の地元の人でわいわい、がやがやとごったがえしていました。夫は、「この中で食べるの?」と唖然としていました。私は中国人と間違えられることもあるほど、押しが強い(?)ので、こんな混雑でも何とかなります。順番を守らない(守る習慣がない?)中国人とも充分に対抗できます。だから、いつもの如くさっさと店内に入って行きました。



 忙しく立ち動いている店員さんを捕まえ、メニューを見て注文したのですが、待っても来ない! そこで周囲の人の動きを観察し、真似をしてワゴンがある場所に辿り着きました。混雑の中をテーブルとワゴンを何度も行ったり来たり。おいしそうな物をゲットしては、夫と子供に運びました。まるで、雛鳥を育てている母鳥の気分です。夫は、「飲茶? 特に食べたいものはないから、君が選んでよ。」と言って座っています。美味い、不味いは言うのですが、食べることには関心の薄い夫です。



 最初にゲットしたのがこれ。美味しかった。香港旅行には、慌しく出かけてきましたので、準備する期間があまりありませんでした。だから、下調べが不十分。この肉まんのようなものは、「蓮蓉包」(蓮餡の蒸し饅頭)。「糕酥館」という名の広東料理店だったものが、この「蓮蓉包」が評判になって、店名を「蓮香樓」に改名したと言われています。それほど有名なもの。帰国して調べてみて知りました。これを食べずにこの店を出ていたら、再々度の香港ということになっていました。(それもいいか、、、) 「蓮蓉包」の餡は、栗餡のような食感で、しっとりしていてまろやかで、ほどほどの甘さです。気に入りました。我が子「健人」が肉まんを食べたいと言っていたので、肉まんか餡まんだと思って、手に入れてきたものでした。よかった~



 「魚翅餃」- 餃子の皮が鮮やかな黄色です。でも、どこにでもある味という感想です。これといった特徴はありません。



 「鮮蝦粉粿」- エビがプリプリでした。野菜も入っていました。



 湯葉と鴨肉の蒸した物。これは、この店の名物だとか。珍しいので食べてみました。湯葉に味が滲みていて美味しかった。人気なのか、さっさともらわなければ、なくなってしまいます。



 しかし、シュウマイなどは、どこにでもある味。店員に醤油をたっぷりかけられてしまいました。それに、香港の人はやはり化学調味料が平気なのか、色々食べると舌に嫌な味が残って消えません。最後は飽きてしまいました。



 これだけ食べて、カード会社から来た請求を見ると、1280円。「このタンパク質のコスト・パフォーマンスはいいね。」とか言って、栄養素とコストの面からしか(「しか」は言い過ぎかも)食べ物を見ない夫(でも、迷うことなく高額な本は買います。矛盾?)もこの値段には満足でしょうね。

 このページで、「蓮香楼」の料理の画像がたくさんご覧になれます。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






 清朝(当時の中国王朝)は、1799年、アヘン貿易を禁止する命令を出します。インドからアヘンを積んできた外国商船は、禁制品を直接陸揚げすることはしませんでした。海上に停泊しているアヘン専用の貯蔵船にアヘンを積み降ろし、合法品だけを積んで、入港したといいます。アヘンは中国側のアヘン輸入業者が取りに来ます。アヘン戦争の始まる頃には、海上に20艘ほどの貯蔵船が停泊し、アヘン2万箱ほどが貯蔵されていたようです。

 欽差大臣に任命され広州に着任した林則徐は、1839年2月4日、外国商人に洋上で貯蔵しているアヘンの提出を命じます。4月6日までにおよそ2万箱のアヘンが外国商人から清朝側に引き渡されたと言われます。その3分の1の7000箱がジャーディン・マセスン商会が提出したものだったそうです。

 アヘンは珠江河口の虎門の海岸で処分されることになりました。アヘンの処分を外国人に見せて、アヘン貿易禁絶の断固たる態度を示すためであったろうと思われます。


(中国文化研究院のページにある「虎門銷煙」の記述です。)

 アヘンは海岸近くの高台に作られた一辺が50メートルほどの正方形の池2つで処分されました。大量の塩を溶かし込まれた水の中にアヘンを数時間浸して、その後に石灰を入れて混ぜることでアヘンを変質させて、海に流しました。アヘンの処分に伴う煙は遠くからも見えたと言われています。海上を航行する外国商船からも見えたことでしょう。このアヘン処分は3週間ほど続いたようです。

 香港歴史博物館には、この「虎門銷煙」のミニチュアが置かれています。より具体的にこの作業をお知りになりたいのであれば、「謝晋」監督の「鴉片戦争(1997年公開)」をご覧になることをお勧めします。



 イギリスとの友好関係を維持したいのか、共産党政権にとって清朝期の出来事は大きな意味を持たないのか、香港が「歴史の証拠品」の収集を怠ったのか、どんな理由かはわかりませんが「香港歴史博物館」の「アヘン戦争」に関する展示物の少なさには不満を抱きました。この画面に収まっているのが展示物のすべてです。



(注) 北京の天安門広場にある中国革命の英雄を記念するために建てられた碑、「人民英雄紀念碑」の台座部分には、「虎門銷煙」(林則徐の広東省虎門でのアヘン焼却、1839年)、「金田蜂起」(太平天国の乱の契機、1851年)、「武昌蜂起」(辛亥革命の契機、1911年)、「五四運動」(1919年)、「五・三〇事件」(労働者のデモにイギリス軍が発砲、1925年)、「南昌蜂起」(国共内戦の始まり、1927年)、「日中戦争」(1937年開戦)、「長江渡江戦争」(中国共産党の勝利を決定的にした、1949年)のレリーフが彫られています。

 広東省東莞市虎門鎮解放路には、「鴉片戦争博物館」と「林則徐記念館」があります。アヘン戦争の研究者ならば、必ず訪れる必要のある場所でしょうが、そうではない私が行こうとすると、妻「あみ」に確実に反対されるでしょう。香港歴史博物館が「阿片戦争及び香港の割譲」のコーナーを拡充してくれることを強く望みたいところです。

 香港歴史博物館の詳細は、「香港歴史博物館では-「香港・マカオへ」9 」という記事をご覧下さい。

 本文の記載は、白帝社の中国歴史人物選「林則徐」(奈良女子大学現副学長「井上裕正」著)に基づいています。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






湯木貞一氏(1901年5月26日~1997年4月7日)が創業した日本料理の料亭「吉兆」のグループの一つ「船場吉兆」が5月28日、廃業したと発表した。貞一氏の長男が「本吉兆」、長女の婿が「東京吉兆」、次女の婿が「京都吉兆」、三女の婿が「船場吉兆」、四女の婿が「神戸吉兆」を継承していたが、船場吉兆は、牛肉の産地偽装事件などで経営が悪化し、民事再生手続き中であったが、再建を断念した。偽装事件に加え、料理の使い回しが発覚したことで客離れが進み、経営の立て直しは困難と判断した。貞一氏の三女の湯木佐知子社長は記者会見し、「吉兆というのれんを用いて営業することは社会的にも許されない」と改めて謝罪した。代理人の弁護士によると、1月の営業再開後は客足が回復していたが、使い回しの発覚後、売り上げは半分以下に落ち込んだという。

次から次へと不祥事が発覚する有名料亭の廃業のニュースを見ました。利益の追求に走ったからなのでしょうか?落ちるところまで落ちてしまったブランドの姿は、むなしいです。

私は調理師と栄養士の勉強を若い時にしました。私の恩師たちは、普段は話しやすい人でしたが、いざ「調理」となると別人の如くになり、多くの学生はその厳しさについて行けず、充分な技術や知識、見識を身につけることもなく、資格だけを手にして卒業して行きました。私は調理に対する心構えなどを厳しく教わったと思います。

私は料理人としての道へは進まず、栄養士としての道を選びました。しかし、今では栄養士の仕事もしてはいません。料理や食材に関する知識は奥が深く、生涯かかっても習得出来るものではありません。真摯な姿勢で「料理」と向き合う必要があるのです。料理を使い回すなど、利益を優先した恥ずべき行為です。

神戸市花隈の料亭に生まれましたが、宴会料理には飽き足らず、料理の品格を高めたいという志しから実家を出て独立、「吉兆」を開き、日本文化に対する高い見識を料理に取り入れ、日本料理界の地位向上に貢献した湯木貞一氏は、大きく名を汚されてしまいました。

「船場吉兆」の料理人たちは、営業サイドからの「使い回し」という要求に抵抗をしなかったのでしょうか。高い志しはなかったのでしょうか。調理を厳しく教えてくれた恩師たちは、このニュースをどのような思いで見ていらっしゃるのでしょうか。苦々しさを感じているのだと思います。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






 香港滞在の初日、妻「あみ」と我が子「健人」は「香港科学館」に行かせて、「香港歴史博物館」で見学しました。(香港歴史博物館の詳細は、「香港歴史博物館では-「香港・マカオへ」9 」という記事をご覧下さい。 )



 白帝社の中国歴史人物選「林則徐」(奈良女子大学現副学長「井上裕正」著)に基づき、阿片戦争(鴉片戦争、Opium War、Anglo-Chinese War)について理解したところを書いてみます。阿片戦争を「中英戦争(Anglo-Chinese War)」とも言うようですが、この表現ではイギリスが不道徳な戦争を仕掛けたことが伝わってきません。やはり、「アヘン戦争(Opium War)」というのがいいですね。

 東インド会社(British East India Company)は、1600年に設立された、アジアにおける貿易を独占して行うイギリスの貿易会社です。この独占的地位を与えられている東インド会社からさらにライセンスを得れば、インド在住のイギリス人などはアジア地域内に限定されますが(例えば、中国とインド間)、貿易をすることもできました。この地方貿易商人の一つにジャーディン・マセスン商会(Jardine, Matheson & Co.、1832年設立)があります。

 17世紀の中頃に中国からイギリスに伝えられた喫茶の習慣は、まず上流階級から広がり始め、18世紀の初めには朝食のメニューはバターを塗ったパンとお茶(初めは緑茶だったものがこの頃では紅茶が主流になっていた)という形に定着したといいます。この喫茶の習慣は、一般大衆にも広まり、18世紀の中頃には、日に幾度と飲まれることになったようです。

 イギリスにおけるお茶の消費拡大によって、東インド会社の中国貿易は急成長していきます。しかし、これはイギリスにとって「輸入超過」という貿易不均衡を招きます。イギリスから中国に輸出できるものは殆どなかったのです。17世紀当時、イギリスの基幹産業は毛織物産業で、重商主義をとっていたイギリスは、東インド会社にアジア地域の貿易の独占的地位を与える見返りに毛織物の輸出を義務づけていました。でも、これがあまり売れなかった。でしょうね。インドや中国南部といった気候の暖かい地域に毛織物を売ろうとするのは無理があります。地方貿易商人の扱ったインド産の木綿は売れたそうですから、購買力はあったと思われます。この貿易赤字の状態は続き、その決済は銀で行うことになりました。その結果、銀が大量に中国側に流れていきました。

 アヘンは、ケシが開花したあとに実が熟しない前に(開花後2~3週間)実に切り込みを入れて乳液状の物質を採取し、これを乾燥させて作られる黒い粘土状の固形物です。その粘土状のアヘンを火であぶって蒸気を出しをキセルで吸ったと言われています。アヘンの吸飲者は、主に官僚層の者たち。不正蓄財に長けていた腐敗官僚には、決して安くはなかったアヘンを購入できる財力がありました。

 アヘン吸飲の習慣はオランダの支配下にあったジャワ島で始まったと言われており、17世紀の中頃には中国東南沿海地域に伝わったようです。18世紀中頃までは、ポルトガル商人が、毎年200箱程度を中国に持ち込んでいました。箱には、ソフトボールくらいの大きさのアヘンの塊りが40個程度入っていたそうです。

 この箱、香港歴史博物館にある「林則徐」立像の後ろに積み上げられているのがそうでしょう。イギリス商人の手に渡ったアヘン貿易は、拡大をしていき、アヘン戦争直前には4万箱が中国に持ち込まれていたようです。なんとポルトガル商人の扱った量の200倍になります。



 イギリスでは、紅茶を飲む習慣が定着し、中国では、アヘンを吸飲する者が急拡大したというところまで話しが辿り着きました。では、また。

(参考) 「アヘン戦争と林則徐 1」は、ここ からどうぞ。

      (この項 堅い話をさらに続ける「健人のパパ」)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






 きょう(2008年4月25日)の夕食は、「竹園海鮮飯店(Chuk Yuen Seafood Restaurant)」です。「ぴあ株式会社」発行の「ぴあ Travel MAP 香港 マカオ 2008」にこのお店の記事と広告が載っていました。



 広告には、「ロブスターのバターとチーズ焼き」と「ふかひれスープ」が入っているコースが一人分で368香港ドルとあります。であれば、お安い。そこに魅力を感じて行く事にしました。ところが注文は2人前からしか受け付けないそうで、その広告にはそんなことは書かれてない(そういうことはちゃんと書いておいて欲しいな)。

 入店すると強引そうなおばちゃま店員に「お高い」メニューを見せられ、片言の日本語で、考える暇も与えず、あれやこれや薦めるので「えっ!」と思いました。気の弱い人なら、断れないかも。

 おいしいのであれば、追加すればよし。「セット・メニュー」を指差して、これがいいと言う夫を説き伏せ、味の良し悪しを判断するのに最適な品目を注文することにしました。私の持論ですが、スープのおいしい店は大体ハズレがありません。澄んだスープを作るには、まめにアクをとる必要があります。そうすることで、繊細な材料の味が引き出されます。料理を丁寧に作る気持ちは、他の品目にも現れます。



 私は高級な食材を使用することよりも、調理の基本を守り、素材の持ち味を充分に生かすように心がけています。ですから、外食で気になるのは、濃い味付けをしてしまっていたり、化学調味料で素材の持ち味を殺してしまっていたりすることです。残念なことです。画像左は、「蟹のあんかけスープ」で、スープは澄んでおり、カニは新鮮でした。画像右は、「辛味のある酸っぱいスープですが、あまり辛くなく飲みやすかった。

 香港では、チャーハンをパラッと仕上げる名店が多いと本で読みました。チャーハンは私も作りますが、外食で注文することは普段ありません。「自分で作れる物を外で食べてどうする。」と夫もよく言います。でも、今回は注文してみました。確かにパラッと炒めてあり、調理技術はすばらしい。



 「季節の野菜入りの麺」には、百合根・アスパラガス・ブロッコリーなどの野菜がたっぷり入っていました。麺自体は夫に不評。「麺が細すぎるね。好みの問題なんだろうけど、中華麺は日本のものが美味しいね。」ということなのだそうです。



 「海老入りワンタン麺」に入っていた海老はプリプリでした。「香港では、エビが食べたい。」と言っていた「健人」も満足したようです。



 使われていた素材は確かに良質なものなのですが、味は大いに疑問符です。化学調味料を使っているため、その味が素材の味を邪魔してしまうのです。もったいないですね。この量で総額3,235円で日本で食べるより高い気がしますね。ネットの「口コミ」でも評価は分かれるようですが、化学調味料の味が気にならない人たちは評価するのかも知れません。

 この店は、マスコミ対策が上手で宣伝がうまいのでしょう。周辺を見回すと日本人ばかりでした。

 ところで、お店の人に広告を提示すると辣椒油XO醤がもらえます。もらってきたXO醤を帰国してから、調理の際に使ったのですが、夫には受けませんでした。「味に深みを感じない。」のだそうです。

 やれやれ、グルメをうならせるというのはどうしたのでしょうか。化学調味料の味に敏感で受け付けない私たちは、「グルメ」ではないのかも知れません。普通の健全な味覚を持った市井の人?

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






 「アイランド・パシフィック・ホテル(The Hong Kong Island Pacific Hotel、港島太平洋酒店)」は、152 Connaught Road Westにあり、「コンノート・ロード・ウェスト(Connaught Road West、干諾道西)」、「デボー・ロード・ウェスト(Des Voeux Road West、徳輔道西)」、「センター・ストリート(Center Street、正街)」、「イースタン・ストリート(Eastern Street、東邊街)」の4つの通りに囲まれたブロックにあり、「センター・ストリート」に面しています。

(info) AppleWorldでの「アイランド・パシフィック・ホテル」(ISLAND PACIFIC HOTEL HONG KONG、港島太平洋酒店)の情報。



 正確には、「コンノート・ロード・ウェスト」、「デボー・ロード・ウェスト」、「センター・ストリート」の3つの通りに面していますが、エントランスは「センター・ストリート」にしか面していません。



 「デボー・ロード(Des Voeux Road、徳輔道)」は、バスの路線がある通りで、またトラムも走っています。MTRが香港島西部では「上環(ションワン)」までしか来ていませんから、公共交通機関としては、主にこの2つを利用することになります。そのためか、旅行予約サイトの口コミ情報では、交通の便の評価はかなり低い。(「あみ」の注;私たちが滞在した時は、日本人の女性のスタッフがいて、いろいろな情報を教えていただいて助かりました。価格が良心的なホテルだと思います。)



 でも、「城巴・新巴」のサイトで「港島太平洋酒店」で検索すると、非常にたくさんの路線が表示されます()。バスを乗りこなせるなら、交通の便が悪いとは言えません。実際、私たちはバスとトラム(バスよりトラムの方が運賃は安い。一律2香港ドル=日本円で約30円)を利用して、あちらこちらと移動しました。



 その都市の公共交通機関に乗ってみるのも、旅の楽しみです。トラムは走る広告塔で、いろいろな広告が施されています。これを見るのも面白い。シンプルな塗装のトラムもあれば、ごてごてした広告を施されたものもあります。私が気に入ったのは、このダークグリーンとホワイトのツートンカラーの落ち着いたトラム。



 妻「あみ」のお気に入りのデザインは、「FENDI」のもの。シックなデザインなのだそうです。写真を撮らずにいたら、「撮ってよ。」と言われてしまいました。この悪戯書きのようなデザイン、確かに面白いかも知れません。



 「アイランド・パシフィック」のロケーションで残念なことは、すぐ近くにバスもトラムも停車場はなく、数分程度歩かなくてはならないことです。でも、これくらいは歩かないとね。




    (この項 健人のパパ)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






 私の旅の準備は、その殆どがネットを経由しての「情報収集」、「ホテル予約」。そのほかに、夫にナビになってもらうために、また旅の目的地で情報の確認をするために、地図が詳細なガイド本を2冊ほど購入します(1冊は、「健人」に持たせます。私がホテルなどでガイド本を読んでいると、僕にも読ませてくれとうるさいので、1冊与えてあります。)。今回は、地図が別冊になっていて携帯に便利な「ぴあ株式会社」発行の「ぴあ Travel MAP 香港 マカオ 2008」。本屋の店頭で地図の好きな夫と相談して、どのガイド本にするか決めています。夫は、大きく詳細な別冊の地図が気に入ったようです。

 宿泊ホテルの予約は、すべてネットを通じてのもの。ホテル予約サイトの「アップルワールド」、「ホテルクラブ」、「旅ウェブ」、「楽天トラベル」などでホテル選びです。ロケーションとコストでホテルを絞り込んでいきます。各サイトの口コミ情報が非常に役に立ちます。今回の「香港・マカオ」旅行で最初に宿泊するホテルは、あれこれ迷って、結局「アイランド・パシフィック・ホテル(The Hong Kong Island Pacific Hotel、港島太平洋酒店)」にしました。(このあたりの事情は、「トラムで行こう。-「香港・マカオへ」10」にあります。)

(info) AppleWorldでの「アイランド・パシフィック・ホテル」(ISLAND PACIFIC HOTEL HONG KONG、港島太平洋酒店)の情報。

 帰国して、会社の同僚と旅行について話をしました。

「ツアーで行ったの?」
「いえ、手配旅行。自分で航空券やホテルをとったんですよ。」
「どうやってとるの? 旅行社に頼むの?」
「ネットでとるんですよ。」
「怖くない?」
「「怖い」って?」
「ネットの犯罪って最近よく聞くでしょう。」
「大丈夫ですよ。いつもネットは利用しているし。」
「クレジットカードの情報を入れるんでしょ。個人情報を盗まれない?」
「そんなことは滅多にないと思いますよ。マスコミがオーバーに報道しているだけですよ。」
「そうなの?」
「パソコンにノートンは入っているし、アドレスバーはちゃんと見ているし。ネットは便利ですよ。」

 私の旅のスタイルは、珍しいのでしょうか。私の周辺には、「手配旅行」で海外旅行に出かける人が殆どいません。「ツアー」では、行きたいところに行きたいときに行く、食べたいものを食べたいときに食べる、ということができません。「ツアー」の不自由さは、「ツアー」の便利さを遥かに超していると私には思えるのです。「明日、どこ行こうか。」「次、どこ行こうか。」「お昼、何食べようか。」「晩ご飯、何にする。何か食べたいものある?」「面白いね、もっとここにいようよ。」、、、この自由気ままさが旅を面白くします。

「英語、わかるの?」
「予約サイトの英語は、決まりきった言い回ししかしないんですよ。何度かやってみると慣れますよ。それに日本語でホテルがとれるところもありますから。」
「そうなの?」
「ええ。もし心配であれば、日本語でのサポートのある予約サイトを利用すればいいんですよ。何か不安あったら、電話してアドバイスをもらうと安心できますよね。」
「電話もできるんだ。」
「できるんですよ。」

 今回の「アイランド・パシフィック」は、「アジア・トラベル」で予約しました。(ここは日本語でのサポートはありません。)予約が成立すると、次のようなメールが自動配信されてきます(一部改変してあります)。



Thank you for booking with www.asiatravel.com.(アジア・トラベルでご予約、ありがとうございます。)

Reference Number : HK-532305-52317(予約番号:HK-532305-52317)
Hotel Name : Island Pacific Hotel, Hong Kong(ホテル名:アイランド・パシフィック・ホテル,香港)
Check-in : 24 Apr 2008(チェックイン日:2008年4月24日)
Check-out : 27 Apr 2008(チェックアウト日:2008年4月27日)

Your booking has been confirmed.(お客さまのご予約は確定しました。)
Please click on the link below to access your Hotel Voucher: (下のリンクをクリックして、ホテル・バウチャーをご覧下さい。)
https://hotel.asiatravel.com/reservation/voucher/frmvoucher.aspx?refno=HK-532305-52317
IMPORTANT - You MUST print out and present the Confirmation/Accommodation Hotel Voucher to the hotel reception upon check-in.(重要:このバウチャーをプリント・アウトされて、チェックイン時に、ホテルのレセプションに必ずご提示ください。)

 プリントアウトして持っていかなければならない「バウチャー」は、次のようなものです。宿泊料の支払いには、「前払い」(予約サイトに予約時に支払う方法)と「後払い」(ホテルに宿泊後に支払う方法)の2つがあります。



BOOKING CONFIRMATION (PAY TO HOTEL) (予約確認書(ホテル支払い)
IMPORTANT NOTES TO HOTEL: This booking is under Pax account. Please collect payment directly from Guest. (ホテルへの注意事項:この予約は後払いです。お客さまから直接お支払いを受けてください。)

※ “Pax”とは、“passenger(お客さま)”の意味であり(例えば、“No. of Pax”は、“number of passengers(宿泊者数)”です)、“Pax account”は「お客さまの支払い」という意味になります。“under Pax account”は、「ホテル側への宿泊料金の支払いは宿泊手配業者が宿泊者から徴収して(宿泊者→宿泊手配業者→ホテル)するのではなく宿泊者が直接する」という意味です。

 部屋はトリプルの部屋をもらいました。ツインの部屋で、ベッドを1つ寝相の悪い「健人」に占領されて、夫と2人狭い思いをして1つのベッドを分け合うこともこのホテルでは必要ありません。



 バスは、この価格ではこの程度のものでしょう。



 ウォッシュスタンドは、この価格帯ではこの程度もの(いい値段を出せば2つ並んでいます)ですし、そもそも大差のあるものではありません。利用する時間も短く、手を洗う、歯を磨く、顔を洗うときに使う程度ですから、以前泊まったゲストハウスのウォッシュスタンドに不満を抱いた以外には、文句の出ようがありません。



 アメニティーには、女性の私には関心のあるところ。有名な化粧品メーカーのものだと嬉しいもの。髪に優しいのです。髪は「女の命」と言えば大げさかも知れませんが、「洗えて汚れが落ちればそれでいいんじゃないの。」との夫の言葉のデリカシーのないこと。アメニティーもこの価格では、これで満足しなければなりません。「自分専用のを持ってくれば。」と夫は言いますが、荷物は増えるし、機内預けにしなければ、液体物の「機内持ち込みの制限」に引っかかるし、、、



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






 今回の「香港・マカオ」旅行は、旅行サイトで格安航空券を見つけたことで計画したもの。航空会社の確定を待ち、慌しく香港とマカオの情報を集め、細かい日程を決め、ホテルをネットで予約しました。確定した航空会社は、「ノースウェスト航空」。去年、私が夫のマイレージで利用したのと同じ航空会社の同じ便(NW1)でした。ノースウエスト航空では、E-チケット利用であれば、成田空港や、アジア内の空港で「セルフサービス・チェックイン」が利用できます。セルフサービス・チェックインを利用すると、速やかにチェックインを済ませて、搭乗券を受け取れます。出発予定時刻の60分前までチェックインの手続きができます。

 で、成田空港のノースウェスト航空のチェックイン・カウンターの近くに設置してある「セルフサービス・チェックイン機」でチェックインしてみました。E-チケットをプリントアウトしてきていたのですがそれは不要で、「言語」を日本語で選択し、パスポートを読み取り機にかざして、表示された情報に間違いがないかを確認し、次の画面を開いていくだけ。

 チェックイン・カウンターには非常に長い列ができていたのですが、セルフサービス・チェックイン機の前には殆ど人がいない。背の高い日本語を話す中国人らしい係員がいて、実際の操作はその人がやってくれました。「(表示された情報が)これでいいですか。」と尋ねられたことに、「はい。」と答えるだけでした。まだ利用する人が少なく、操作に慣れていないので、人員を配置しているのでしょう。「自分でやってみたかったなあ。」 夫がボソッと言いました。物珍しいものにはすぐ興味を示す夫らしいです。帰りもあるから、自分でやってみれば、、、



 出てきたチケットは、コンビニのレシートをやや多くした感熱紙。便利になったものです。荷物があるときは、このチェックイン機が利用できないものと思っていて、荷物は機内持ち込みのサイズを2つ持っていきましたが、帰りの香港でもこのセルフサービス・チェックイン機で夫が手続きを済ませ、荷物も機内預けにすることができました。日本と香港では扱いが異なるのでしょうか。



 アジア系の航空会社と異なり、アメリカ系の航空会社の便は、アジアが目的地であると、往路が深夜着、復路が早朝発です。今回の香港も、往路が成田発18時35分、香港着22時40分です。目的地に深夜に着くため、いつも宿泊ホテルへのアクセスに苦労しなくてはいけません。公共交通機関が運行していない時間帯であることが多いのです。しかし、香港ではその心配はありません。空港から市内へバスが24時間運行しているのです。バス以外に、「エアポート・エクスプレス(機場快線)」があります。

 香港国際空港から香港市内に向かう「エアポート・エクスプレス(機場快線)」は、ご覧のように頻発しています。最終は0時48分ですから、22時40分到着のノースウェスト航空NW1便が多少遅れたとしても、充分に余裕があります。問題になるのは、コスト。移動にかける費用をなるべく抑えたい私は、バスで市内に入ることを主張しましたが、鉄ちゃん(2人は否定する)の2人に押し切られました。バス(巴士)ならば、31香港ドル(“N11”という路線の場合。0時50分始発で以後30分おきに出発。“A11”という路線は、やや高い。0時30分に最終。)で(子どもは半額)「上環(ションワン)」まで行くのに比べて、エアポート・エクスプレスは「香港」駅まで、100香港ドルもかかります。ただ、利点は20分で着いてしまうこと。80分もかかるバスに比べて速いこと。この点を夫につかれて、バス案を引っ込めました。(エアポート・エクスプレスに関する記事「香港国際空港から-「香港・マカオへ」5」は、ここ にあります。)



 そこで、購入したのは「エアポート・エクスプレス・ツーリスト・オクトパス(The Airport Express Tourist Octopus、機場快線旅遊票)」、220香港ドル(エアポート・エクスプレスが1回利用できて、最初の利用日から3日間ならばMTRが乗り放題)。3日間、MTR(これは乗り放題)・バス・トラム(この2つはチャージしてオクトパス・カードとして)を利用して縦横に移動するつもりです。余分にかかった費用をできる限り回収です。3日間が過ぎてもチャージすれば、オクトパス・カードとして使えます。このカードでフェリーやピーク・トラムなどにも乗ることができます。デポジット額(カード返却保証金)は50香港ドルで、カードを返却すれば戻ってきます。すると、220-100(エアポート・エクスプレスの運賃)-50(デポジット額)=70香港ドルとなり、70香港ドル以上3日間で使えば、元が取れます。さらに、140香港ドル以上使えば、バスを使わなかったことのコスト増も解消できます。さあ、乗るぞ~ いや、このスタンスは、2人の鉄ちゃんを喜ばせることになるかも。まあ、3人ともそれぞれ満足すれば、円満解決でしょう。

オクトパス(八達通、Octopus)・カード」とは、日本の「Suica、Pasmo、Icoca」のような交通ICカードです。ソニーの非接触ICカード技術FeliCaを利用して、日本より早く(1997年。日本のSuicaは2001年。シンガポールの「EZ-link」もこれ)導入されました。

This is an Octopus Card with either 1 or 2 Airport Express single journey(s) plus 3 consecutive days of unlimited travel on the Kwun Tong, Tsuen Wan, Island, Tung Chung, Tseung Kwan O and Disneyland Resort lines.(八達通卡內附1程或両程機場快線車程及連続3天無限次乗搭観塘、荃灣、港島、東涌、将軍澳及迪士尼線 )

 「エアポート・エクスプレス・ツーリスト・オクトパス」の問題点は、子ども用がないこと。子どもにはワンウェイ・チケットを50香港ドルで購入し、さらに子ども用の「オクトパス・カード」も70香港ドルで手に入れました。これにもデポジット額の50香港ドルが含まれていますから、50香港ドル単位のチャージをしないと、実質20香港ドルしか使えないことになります。実際、あとで50香港ドルのチャージをしました。



 去年(2007年4月)は一人旅だったので、リスクを避け、「エアポート・エクスプレス」に乗りました。今年(2008年4月)は3人なので、バスでもよかったのですが、「私が香港に行った30年前には、エアポート・エクスプレスは走っていなかったし、そもそも空港は啓徳空港で、まさに街中にあったんだ。ビルすれすれに飛行機が着陸する光景が見られたよ。君はエアポート・エクスプレスに乗ったかも知れないが、私と健人は乗ったことがないんだよ。JRの成田エクスプレスのようなものだと言われているけれど、実際に乗ってみないとね。こういうものは少なくとも1度は乗りたいものだよ。旅行の楽しみの一つにこういう乗り物に乗ることがあるんだ、、、」 普段無口だ(これは自分が言っているだけ)という夫が語り始めたので、逆らわず、「じゃあ。それで市内に入ることにしましょう。」ということにしました。



 私は夫が乗ったことがあるという「成田エクスプレス」には乗ったことがありません。コストの面から一人旅で乗るのはいつも京成の「スカイライナー」。私は「鉄子」ではないので、それはそれでいいと思っています。エアポート・エクスプレス、私たちが乗った時間、0時16分は貸し切り状態でした。混雑時はどうか分かりませんが、ゆったりとできて乗り心地に不満はありませんでした。ここで疑問が一つ。空港駅には改札がありません。降りる香港駅には改札があります。「エアポート・エクスプレス・ツーリスト・オクトパス」の3日間乗り放題は、最初の利用日からとなります。降車したときの日付がデータとして記録されるのでしょうか。ならば、日付が変わる0時16分まで待って乗らなくてもよかったですね。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






 香港滞在初日のきょう(2008年4月25日)は、妻「あみ」と我が子「健人」を「香港科学館」に追いやり、ゆっくりと「香港歴史博物館」で見学です。目的は「阿片戦争(鴉片战争)」(1840年6月28日~1842年8月)についての展示物や資料を目にすること。書籍からは得られない臨場感(?)も期待してのことです。(香港歴史博物館の詳細は、「香港歴史博物館では-「香港・マカオへ」9 」という記事をご覧下さい。 )



 入館するにあたって、「博物館週票(Museum Weekly Pass)」を30香港ドルで購入しました。このチケットがあれば、1週間、「香港歷史博物館」、「香港科學館」、「香港太空館(天象廳を除外) 」、「香港藝術館」、「香港海防博物館」、「香港文化博物館」、「孫中山紀念館」に出入り自由になります。



 阿片戦争のきっかけを作った清朝の欽差大臣「林 則徐(Lin Zexu)」に対して中国人がどのような評価を下しているかを見ることに興味があります。私がかなり前に読んだ白帝社の中国歴史人物選「林則徐」(奈良女子大学現副学長「井上裕正」著)によると「阿片戦争」の責任を取らされて、辺境の地、イリ(新疆自治区の伊寧)に流されてもその当時の知識人の間では人気は衰えなかったようです。必要なことは断固として実行する態度はいまの政治家に求めたいものでもあります。



 アヘンの害毒は当時の人たちにも認識されていました。それは当然阿片戦争の一方の当事者であるイギリス人にもです。

 イギリス政府は、中国に軍を派遣することに決定し、それに伴う特別財政支出の議案を議会に提出しました。マスコミはこぞって林則徐のアヘン撲滅運動を歪めて伝え始め、世論が開戦に誘導されます。

 その雰囲気のなか、のちにイギリス首相となる「ウィリアム・グラッドストーン(William Ewart Gladstone)」は次のようなイギリス軍の中国派遣に反対する演説を下院でしたといいます。

軍を派遣する理由がこれほど不正義で、イギリスにこれほど永遠の不名誉を残すことになる戦争を私は知らない。

 この演説にも関わらず、政府案は上下両院の承認を得ることになります。アヘン商人に操られた大衆に迎合することなく、正義を通した政治家グラッドストーンは尊敬すべきです。これを見るに、多くの政治家の定見のなさとマスコミの無責任さは、洋の東西を問わずあるのですね。

 阿片戦争に勝利したイギリスは、アヘン貿易の合法化を清朝に迫り、1858年に合法化されました。このアヘン貿易は、アメリカが強く反対するなか、1907年まで続くことになります。イギリス国内にも、アヘン貿易に対する強い非難があり、イギリスの宗教活動家らの継続的な運動がアヘン貿易を葬り去ることになります。

 1907年まで続いたというのは驚きですね。阿片戦争が終結した1842年から60年以上も続いたことになります。その間、香港において、アヘン商人が不正義にも蓄財を重ねていきました。この不道徳がこれほどまで続いていたとは、、、

 アヘン戦争当時、イギリス最大のアヘン商人であった「ジャーディン・マセスン商会」と「マンダリン・オリエンタル」との関係はいずれまた。

(この項 硬い話題を取り上げる「健人のパパ」)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






 マカオ2泊めは、「ザ・ランドマーク・マカオ(The Landmark Macau、澳門置地廣場酒店)」に宿泊しています。朝食は、レベル1(2階)にある「Veranda」でとることになりました。落ち着いた雰囲気の朝食会場です。インテリアが華やかそうに見えて落ち着いています。

(info) AppleWorldでの「ランドマーク・マカオ」(THE LANDMARK MACAU、澳門置地廣場酒店)の情報。



 ただ、広い会場とは言えません。それでも、朝それほど早く入ったわけではありませんが、比較的空いていました。 夫「おや、人があまりいないね。」 私「遅くまでカジノで遊んでいてまだ起きていないんじゃないの。」 夫「そうなのかな。」 周囲を見回すと、意外にもビジネススーツを身に着けた男性たちが食事をしていました。



 タバコの苦手な私たちには、禁煙席もあり、ゆっくりと夫と2人で朝食を食べることができました。海外で子供を一人、部屋に寝せておくのは心配なのですが、ここのホテルのセキュリティはしっかりしていて、風邪気味の「健人」をゆっくり寝かせることができることがありがたかった。



 豪華とは言えないのですが、標準的なものはすべて置かれています。「飲茶」もあり、それなりに楽しむことはできます。



 夫は朝、サラダがあれば満足する「青虫」で、ドレッシングを殆どかけずに生の野菜を嬉しそうに食べていました。「野菜の上に乗せたサーモンやハムの塩分で、充分味はあるんだよ。」ですって。



 夫は、「朝食はこの程度で充分。できれば街中で朝食を食べるのも面白いけどね。」と言います。でも、朝食で本当に満足を得たいなら、やはり、マカオなら半島地域の「マンダリン・オリエンタル・マカオ」かコロアン地域にある「ウエスティン・リゾート・マカオ」にした方がいいのではないかしらというのが私の感想です。

(info) AppleWorldでの「マンダリン・オリエンタル・マカオ」(MANDARIN ORIENTAL MACAU、澳門文華東方酒店)の情報。

(info) AppleWorldでの「ウエスティン・リゾート・マカオ」(THE WESTIN RESORT MACAU、澳门威斯汀度假酒店)の情報。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )



« 前ページ