私が向かうフィレンツェの玄関「アメリゴ・ヴェスプッチ空港(ペレトーラ空港、Peretola Airport, Florence Airport、Aeroporto di Firenze、Amerigo Vespucci Airport)」へは日本からの直行便はなく、イタリアのローマまたはミラノで国内線に乗り継ぐ必要があります。しかし、私はオランダのアムステルダム、スキポール空港でイタリアの航空会社「メリディアナ(Meridiana)」に乗り換えて、1時間50分でフィレンツェです。日本からは乗り継ぎ時間を含めて、14時間50分です。長いなぁ~
空港から市内へ入るには、タクシーという手段とシャトルバスという手段があります。到着ホール出口を出て、建物に沿って右手に歩いていくと、タクシー、シャトルバスの乗り場があります。シャトルバスの乗り場は、タクシー乗り場より、建物から少し離れているようです。Vola In Busと書かれた青色のバスの運賃は片道4.5ユーロで、切符は車内で購入できるそうです。この空港からフィレンツェの中心までは、バスで約30分、タクシーで約20分ほどです。空港からは近いなぁ~
(健人のパパの注) via Uffici del Vicario, 40 Romaにある“Giolitti(ジョリッティ)”は、コロンナ広場より西に徒歩3分ほど、パンテオン宮殿からは北に徒歩3分ほどのところにある「ジェラテリア(gelateria、ジェラート店)」の老舗で、ローマで最も古く(1900年創業)、最も有名なお店の一つです。ロンドン、パリ、アムステルダムなどのヨーロッパの都市で食べた(安価な)アイスクリームについて個人的な感想を言えば、たしかに甘すぎます。1つ食べ切る前に飽きてしまいます。甘さが控えめな日本のアイスクリームの味に慣れてしまっているせいでしょうか。これはバンコク、シンガポール、クアラルンプールなどのアジアの都市でも同じで、甘過ぎます。日本人の舌が世界標準ではないのです。(注の終わり)
(健人のパパの注) 「サン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会(La chiesa di San Luigi dei Francesi、The Church of St. Louis of the French)」にあるカラヴァッジオ(Caravaggio、カラヴァッジョ)の作品は、「聖マタイの召命(Vocazione di san Matteo、The Calling of St. Matthew)」、「聖マタイと天使(San Matteo e l'angelo、The Inspiration of St. Matthew)」、「 聖マタイの殉教(Martirio di San Matteo、The Martyrdom of St. Matthew)」です。
教会内の「コンタレッリ礼拝堂」には聖マタイ連作画があります。そのひとつが「聖マタイと天使」。突然に出現した天使に、筆ペンを持ったマタイは驚愕しています。天使は福音書に書かれるべき事柄を指示しているのでしょうか。マタイ(San Matteo apostolo ed evangelista、Matthew the Evangelist)は、新約聖書の福音書に登場する人物で、イエスの十二使徒の1人でした。「マタイによる福音書」によればローマ帝国の徴税人でしたが、イエスの召命に応えて弟子の1人になったとされます。「マタイによる福音書」を記したと伝えられ、老衰により亡くなったとも、9月21日に殉教した(ローマ・カトリック教会、11月10日とするのは東方正教会)とも言われています。(注の終わり)
イタリア語“maniera”(マニエラ)は、「手法、様式」を意味します。それに由来する言葉に「マニエリスム (Manierismo、Mannerism) 」があります。ミケランジェロ(Michelangelo di Lodovico Buonarroti Simoni、1475年~1564年)の壁画「最後の審判」(バチカン市国のシスティーナ礼拝堂、Cappella Sistina)に見られるような、曲がりくねり、引き伸ばされた人体表現を用いる絵画表現です。美術史の区分としては、盛期ルネサンス→マニエリスム→バロックという順になります。
盛期ルネッサンスをミケランジェロに代表させると、16世紀中頃になり、マニエリスムをエル・グレコ(El Greco、1541年~1614年)に代表させると、17世紀初めに、バロックをベラスケス(Diego Rodríguez de Silva y Velázquez、1599年~1660年)に代表させると、17世紀中頃になります。絵画表現は連続的に変化するもので、同じ画家の作品でもマニエリスム的表現であったり、バロック的表現であったりします。
カラヴァッジョ(Michelangelo Merisi da Caravaggio、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ、1571年9~1610年)は、その生き方でも演劇的でした。幼くして当時流行したペスト(黒死病)で父と祖父を亡くします。絵に才能のあったカラヴァッジョは、画家として生計を立てるためにミラノからローマへと出てきます。やがて、その実力が認められ絵画制作の注文が殺到するようになります。しかし、生来の無軌道ぶりで数々の事件を起こし、ローマから逃げ出します。
1608年、シチリア島のシラクサに逃れてきたカラヴァッジョは、マリオ・ミンニーティの紹介で、シラクサのサンタ・ルチア聖堂の祭壇画「サンタ・ルチアの埋葬(聖ルチアの埋葬、Seppellimento di santa Lucia)」の仕事を依頼されます。
イタリア半島は長靴の形をしており、そのつま先の西に浮かぶシチリア島をまさに蹴ろうとしています。蹴られそうになっているシチリア島は地中海最大の島で、イタリア共和国の特別自治州、シチリア州(Regione Siciliana)の島です。その東岸部南寄りに、シラクーザ県 (Provincia di Siracusa) があり、県都はシラクーザ(Siracusa、シラクサ)です。カラヴァッジョの描く「サンタ・ルチアの埋葬」は、現在、サンタ・ルチア・アッラ・バディア教会(Chiesa di Santa Lucia alla Badia)の中央祭壇の上に飾られています。
ルッセカットは、毎年12月13日にスウェーデンでおこなわれる「聖ルチア祭(feast of St. Lucy、feast of St. Lucia、Saint Lucy's Day、Saint Lucia's Day、Lucias festdag(スウェーデン語))」の食べものの一つです。ルッセカット(Lussekatt)は、スウェーデン語で「ルチアさんのねこ(katt)」という響きがあり(“Lussekatter” meaning “Lucia cats” in Swedish)、S字状をしているパンの丸まった部分が猫の尻尾のように見えるという意見もあれば、パンにのせられた2つの干しブドウやアカスグリの実が猫の目に見えるなどの意見もあります(shape of cat with currant eyes)。
聖ルチア祭(聖女ルシアの祭り)はスウェーデンでは、「光の女王」に選ばれた美しい少女が光の王冠を付けて白い服を着て先頭に立ち、それに他の少女たちが従って行進をする、ということが行われます。ルシア(ルチア)という語は、ラテン語の光を意味する“lux”(ルクス)に由来するのだそうです(Ordet‘lucia' kommer från latinets lux, vilket betyder ljus.)。(参考の終わり)