「気象大学校」(大正11年に設置された「中央気象台附属測候技術官養成所」が発展したもの )を卒業し、現在、函館海洋気象台海洋課長である「宮尾 孝」という人がいます。その人が1997年に著した「雨と日本人」(丸善ブックス)という本をいま読んでいます。
※ 気象大学校 … 気象庁の職員の養成を目的に設置されている気象庁の高等教育機関。学生は、気象庁職員として国家公務員の身分を持ち、給与が支給される。
その文章の中に豊富に引用されるのは、和歌、短歌、俳句、漢詩など。まるで文学の本を読んでいるようです。気象予報に長く携わると、文学に造詣が深くなるのでしょうか。ある本がきっかけで「気象予報士」に興味を持ち、勉強を始めたのですが、気象予報士になろうというわけでは当然なく、ただ好奇心のなせるワザなので勉強も脱線が多い。日々の「お天気」の変化に鈍感だった自分を反省し、まずは、風の動き、雲の形、雨の降りに敏感になろうと辿り着いたのがこのジャンルの本を読むこと。
換気のために窓を開けた妻と私の会話。
「雨の匂いがする。もうすぐ降り出すわね。」
「えっ! どの匂いがそうなの? ホントに降ってくるの?」
不思議に思っていてもまもなく雨が降り出してきます。調理師と栄養士の免許を持つ我が妻は、匂いに敏感で自分でも「私、犬の嗅覚があるかもね。」と言っていますが、そこまではないとしても私よりは鋭い。この動物並みの妻の上を行くには知識で勝るしかありません。
「お父さんには、天気予報は無理かもね。10分先の雨もわからないんだから。」
「・・・」
気象予報士の試験に出題された内容を見てみます。
代表的な雲粒は半径約10μm(0.01mm)であり、その質量は代表的な雨粒のおよそ100万分の1(10のマイナス6乗)である。
代表的な雨粒は半径約1mmなので、雲粒と雨粒の半径の比は1:100。半径の比の3乗が体積の比になるので、雲粒と雨粒の体積の比は1:1000000。体積の比は質量の比と等しい。
また、雲粒の落下速度(終端速度)V は、雲粒に働く重力 mg (m :雲粒の質量、g :重力加速度)と雲粒が受ける抵抗力 6πrηV (r :雲粒の半径、η :空気の粘性係数)との釣り合いの式から求められ、雲粒の半径が2倍になると、落下速度(終端速度)は約4倍になる。
終端速度は、雲粒の半径の2乗に比例しますから、雲粒の半径が2倍になると、終端速度は4倍になることになります。
代表的な雲粒の落下速度(終端速度)は、約1cm/s である。
半径0.01mmの雲粒の落下速度は、1.2cm/sと覚えておく必要があるようです。時速にすると43.2m、速いものではないのですね。人の歩行速度は時速4~5kmほどですから、その100分の1程度です。ゆっくりと落ちてくる感じですね。半径1mmの雨粒の落下速度は、680m/s。時速にすると、24.48km、人の歩行速度の4~5倍。半径2mmの雨粒の落下速度は、962m/s。時速にすると、34.632km、人の歩行速度の7~8倍ほど。雨粒は速いですね。
我が国の豊かな降水とその降り方は、人間の住居の様式や生活習慣を規定しており、同時に言葉にも大きな影響を及ぼしている。雨の呼び名の豊富なことにかけては、日本語の右に出る言語はおそらくないだろう。国語辞典から拾い出してみただけでも、小雨・豪雨・にわか雨・通り雨・夕立・雷雨・村雨・しぐれ・長雨・五月雨・梅雨・春雨・秋雨・霧雨・小糠雨・煙雨・細雨・微雨・地雨・淫雨・涼雨・冷雨・氷雨・慈雨・涙雨・天気雨・鉄砲雨・篠突く雨……、数え上げるときりがない。(「雨と日本人」から)
庭草に 村雨降りて 蟋蟀の 鳴く声聞けば 秋づきにけり (「万葉集」から)
「村雨(むらさめ)」は「叢雨」とも書かれ、秋から冬にかけて、急に激しく降る雨を指します。「激しく」とは、雨粒の単位時間あたりの落下数が多く雨粒の落下速度が速いことを言うのでしょう。雨粒の落下速度は雨粒の半径の2分の1乗(平方根)に比例しますから、速い雨粒は粒が大きい。「蟋蟀(コオロギ)」も驚いたことでしょうね。蟋蟀の平均的な体長を2cm(20mm)として、雨粒の直径を4mmとすると、体長の5分の1程の雨粒の爆弾が時速約30kmで上空から襲ってくるのです。水滴の空襲です。草を盾にして右に左にと逃げ回るのでしょうね。
こんな発想をする私は「文学者」には向いていず、故に「気象予報」をするメンタリティーに欠けているのでしょうか。
(この項 健人のパパ)
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