久しぶりに本棚の整理。ず~っと前に買ったまま長いこと積読状態だった小川洋子さんの「妊娠カレンダー」を一気読みしました。
この本は芥川賞受賞の表題作と、「ドミトリイ」「夕暮れの給食室と雨のプール」の三作を収録。
「妊娠カレンダー」は、超神経質な姉の妊娠から出産までを、妹の目線で追っていますが、このお姉ちゃまの神経質っぷりと、胎児への全然主観的じゃない感がなんだか不気味なほど。
ただ、つわりの時に変なものがやたら食べたくなったり出産日が近づくにつれ「痛いのかなあ。。」という恐怖が大きくなっていったのは同じかな。
姉の出産に寄り添う妹が、染色体異常を引き出すかもしれない果物のジャムを作っては姉に食べさせるという表現もちょっとシュールすぎで、この作品の良さがあまりわかりませんでした。
「ドミトリイ」というのは学生寮のこと。かつて自分のいた学生寮にいとこを紹介した女性が遭遇する、入居者失踪の謎。
管理人室の天井のしみが次第に大きくなり、ぽたりぽたりと粘りのある液体が。。。というのも怖い。。。入寮した従弟に一度も会えないというのも、異形の管理人さんも怖い。。。
妊娠カレンダーもこのドミトリイも、結末がはっきりと書かれていないところも想像が膨らんで背筋が寒くなりました。
一番良かったのは「夕暮れの給食室と雨のプール」。
どうも宗教の勧誘くさい身なりの良い父子と、結婚を間近に控える女性の話です。我が家にもそれっぽい勧誘の方がよくインターフォンを押しますが、たいがい「ご奉仕にまいりました」と仰います。お断わりしますけど。この作品では、「あなたは難儀に苦しんでいらっしゃいませんか?」と問いかけられます。気づけばこの父子は聖書もパンフレットも持っていません。最後まで宗教の勧誘ということは語られませんが、後日、女性はこの父子が学校の給食室を眺めている場面に出会い、思わず声をかけます。何故給食室をみているのか。。その問いに答える中で、父らしき男性は、自分が小学校の時に持ったプールと給食に関するトラウマについて語りだします。今は衛生管理が厳しくなっていますが、道路工事に使うようなシャベルでシチューをかき回しているとか、ゴム長靴を履いてポテトを潰してサラダを作っているといったショッキングな場面をみてしまったとか。。。トラウマになりますよね、そりゃあ。。。プールについても、泳げなかった彼の水への恐怖のはかり知れない大きさがずっと心の澱として残っていると。
「つまり、僕自身の問題なんです。誰でも一度は、集団の中に自分をうまく溶け込ませるための、ある種の通過儀礼を経験すると思うけど、僕はたまたまそれに手間どってしまった。(中略)そして、夕暮れの給食室を見ると必ず、あの頃の胸の痛みを思い出すのです。」
という言葉がずんと響きました。私にも、あったかもしれない。そういうこと。この父は、「ふとしたきっかけで乗り越えた」と発言していますが、結局親となった今でも、その「難儀」をず~っとひきずって生きているのだと思いました。
この後、父子は担当地区がかわることになり、女性と再び会うことはなかったようです。
自分自身の問題。乗り越えてないこと、まだまだあります。このトシになってもなお。