日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

〈70年代の100枚〉№35~70年代が生んだ“音楽界の至宝”サンタナ

2008-08-16 | 洋楽
サンタナはラテン・ロックという独自の路線を築いて、約40年の長きにわたって第一線で活躍しています。その基礎を作ったとも言えるのが初期の3作品。中でも、代表曲「ブラック・マジック・ウーマン」を含むセカンド・アルバムは、全米6週1位の実績をもつ70年代のマスターピースであると思います。

No.35     「天の守護神/サンタナ」

サンタナは、リード・ギターでリーダーのカルロス・サンタナを中心とした大所帯バンドで、69年のウッドストック・フェスティバルでの熱狂的なステージで一躍注目を集めました。セカンド・アルバム「天の守護神」は70年秋のリリースで、メキシコ出身のカルロスが醸し出す独自のリズム感や泣きのギター哀愁感は、ビートルズ解散にはじまった70年代という新しい時代の到来を象徴する音楽でもありました。

このアルバムからは、先のA2「ブラック・マジック・ウーマン」とラテンリズムが心地よいA3「僕のリズムを聞いてくれ」が大ヒット。この2曲は、いまだにステージでは欠かせない、サンタナのテーマ的ナンバーとなっています。実はこの両曲はともにカバー曲で、特に「ブラック…」は、オリジナルはフリートウッド・マックのブルース・ナンバーだったものを、ラテン・フレイバーを加えてより魅力的にアレンジしたものなのです。

他にもこのアルバムには、ロック色の濃い佳曲B4「ホープ・ユー・アー・フィーリング・ベター」、その後の大ヒット作「哀愁のヨーロッパ」の原型とも言えるB3「君に捧げるサンバ」、ジャズとラテンの見事な融合とも言えるA4「ネシャブールの出来事」など、質の高い楽曲がこれでもかといった感じで収められています。すなわち、その後の長きにわたるサンタナの音楽バリエーションの基礎を確立した重要作でもあるのです。

サンタナは、カルロス以外は常に流動的なメンバーたちで構成され、全く同じメンバーで複数のアルバムを制作されることはないという、ある種ユニット的活動のバンドでもあります。70年代から一貫してこのスタイルを続け、90年代に入ってからは、クラプトンやスティーブン・タイラーをはじとした大物ゲストをもユニットに加えることで、より一層様々な音楽に独自のラテンの味付けを施し、現在に至るまで第一線での活躍を続けているのです。99年の「スムーズ」の記録的な大ヒットとグラミー賞の主要部門独占という“大事件”は、まさにこの70年「天の守護神」で完成された独自のラテン・ロック・スタイルでの一貫した活動があってこそ、なし得た快挙だったのです。

余談ではありますが、初期の中心メンバーであった、グレック・グローリー(Key)とニール・ショーン(G)が結成したバンドがあのジャーニーです。ジャーニーは、まったくラテンの匂いがしない、“ダサイ”ぐらい正統派のアメリカン・ロック・バンドです。この事実は、長年変わらぬサンタナ人気の秘密である独自のラテン・フレイバーが、まさにメキシカンであるカルロスその人の個性に違いないことを物語ってもいるのです。

このアルバムで完全に開花したカルロス・サンタナの個性は、70年代に生み落とされ現在に引き継がれた「音楽界の至宝」であると言っていいと思います。

名選手の陰に、名コーチあり!

2008-08-14 | その他あれこれ
時節柄、オリンピックネタが続きますが、ご容赦を。

北島康介選手が200メートル平泳ぎも制して、見事2大会連続2種目金メダルの快挙を成し遂げました。素晴らしい!前回100メートル優勝の際にクローズ・アップされたのは、決して平たんではなかった本人の苦難の4年間の話でしたが、今回200メートル優勝後は盛んに、平井伯昌(45)コーチの存在がクローズ・アップされています。

コーチと言えば常に裏方であり、これまで日本ではスポットがあてられることが少なかったように思います。ところがここ最近、国内でもビジネスの世界における「コーチング」が一般的になってきたこともあってか、「コーチ」という職業そのものが、ようやく少しだけ“市民権”を得てきたような感じがします。実は「コーチ」は選手に負けない、いやある意味選手以上のプロフェッショナルですから、もっともっとスポットがあたってしかるべきであり、平井コーチのような方がマスメディアに取り上げられることは、とても喜ばしいことであると思っています。

さてここで純粋な疑問、「コーチ」って何でしょう?我々日本人はどうも「コーチ」というと「先生」とか、「教える人」の印象が強くあるのですが、本来「コーチ」とは「教える人」ではないようです。語源は、「馬車=コーチ」からきているそうで、「牽引する」といったところがその直訳のようですが、実際に「人が人をコーチする」という状況には、ピタッとはまる日本語訳は存在しないようです。

繰り返しますが、明らかなのは「コーチ」は「ティーチ」=「教える」ではないと言うことのようです。ビジネス・コーチングの専門家に話を聞きますと、「コーチング」は「本人の潜在能力を自発的に上手に引き出す手伝いをすること」だそうで、「教える」のではなく「気づかせる」ことでより大きな力を発揮させるのが、本来あるべき「コーチ」の仕事のようです。

その意味では、知識や技術に秀でた人、過去に名選手であった人が必ずしも名コーチになれる訳ではなく、選手の潜在能力を引き出すことが上手な人であれば、自身が過去に実績を残していない選手でも名コーチになれる訳です。以前当ブログで取り上げた「メンタル・コーチング」の著者で、無名選手軍団をプロ野球の日本一チームに育て上げた前北海道日本ハムファイターズ・ヘッドコーチ白井一幸氏などは、まさにその代表格と言える人物かもしれません。

白井氏は選手時代に大きな実績がなかったことが幸いして、技術的なことはさておき、とにかく選手のメンタルな部分に語りかけることで、本人たちの気づいていなかった能力を自発的に次々開花させることに成功したのでした。まさに、「本人の潜在能力を上手に引き出す役目」を地でいった“名コーチ”であると言えそうです。

話は戻って、北島選手のコーチである平井コーチのお話。テレビでいろいろなエピソードを聞いていると、やはり、押しつけたり、強制したり、教え込んだり、は氏の役目ではなかったようです。徹底的に話しかけ、本人に「気づき」を与えることで、100メートルでも200メートルでも他を寄せ付けない、見事な競泳スタイルを北島選手自身が作り上げるための手伝いをしたそうです。もうひとつ、「泳ぐのはあくまで康介」という言葉に象徴されるように、2人の関係は意外とサバサバしたもののようです。実はその点こそが、名コーチのポイントのようにも思えるのです。

日本では、「一心同体」と言えるような「コーチ」ほど名コーチと思われてきたフシがあります。この手のコーチは選手の調子がいい時はいいのですが、調子が狂い始めたときなど逆にベッタリしすぎることで、同じように悩みすぎてしまったり同じように落ち込んでしまったり、心配事を一緒に抱えてしまったり、それではなかなか「気づき」を与えることはできないという弱点が露呈するようです。肉親がコーチを務めるとこのケースに陥りやすく、ある程度以上の能力開花が難しいように思います。

しかもコーチが「親」ともなれば、ついつい選手に自分を投影させがちになり、「コーチ」ではなく「ティーチ」になってしまうのが必然です。こうなると「気づき」による「潜在能力の引き出し」は、なかなか難しいようです。重量挙げの三宅親娘、レスリングの浜口親娘がこのケースです。三宅親娘は肉親コーチのジンクスどおり、今回は残念な結果に終わりました。前回連続決勝進出に沸いた女子レスリングにあって、唯一決勝進出できず銅メダルに終わった浜口親娘も、この時は同じ「壁」に阻まれたようです。果たして今回どうなるでしょうか。銅メダルでも十分立派ではありますが、肉親コーチの「壁」を乗り越え悲願の決勝進出→「金」獲得なるのか、注目したいと思います。

野口みずき「過度の練習→故障→出場辞退」に思う

2008-08-13 | ニュース雑感
アテネ五輪女子マラソン金メダリストの野口みずき選手が、太ももの肉離れで17日の北京五輪本番を直前にしてリタイヤを表明しました。

日本選手を応援する一国民としては大変残念なことですが、この一件には別の観点からもいろいろ考えさせられる問題点がありそうです。

今回のリタイヤ、不慮事故であるならばまだ納得もいくところですが、明らかな練習過多が原因の故障とあっては、本人さらには監督、コーチの責任と言わざるを得ない問題だと思います。サラリーマンの世界でも、「健康管理も仕事のうち」と言われ、働きすぎで体調を崩すようなことがあれば、褒められるどころか「ビジネスマン失格」の烙印を押されかねません。さらにその管理者は、部下の健康を害するほどの働きすぎを容認したとして、「管理不行届き」で管理責任を問われることでしょう。

一流アスリートの世界は、限界へのチャレンジでもあり常に故障と背中合わせです。ビジネスマンの世界以上に、管理者は先週の体調管理には万全を期すべきであります。その意味では、今回の件では、本人以上に選手の練習プログラムを管理しリードする監督、コーチの管理責任は重大であるはずです。聞けば、野口選手は、ただでさえ“練習の虫”で故障につながりやすい状況であったようです。管理者たる、監督、コーチがなぜもっと細心の注意を払った管理ができなかったか、残念でなりません。

今回の件ではもう一点、オリンピックは一体今何を競っているのか、という純粋な疑問点も生まれてきます。スポーツの祭典として各国がその実力を競い合うことは、世界平和の象徴として素晴らしいことであると思います。ただそれが、“お国のため”とは言いながら、訓練、訓練で極限まで体を酷使して、あるいは体を壊すほどの努力をしてでもより上位を目指す、正しくは体を壊わすギリギリの“寸止め”状態でよりよい記録を出すことを競っている訳で、果たしてそれが本来の「スポーツ倫理」や「オリンピック精神」に沿った考え方であると言えるのでしょうか。

ドーピングが禁止をされている理由は、
・薬物の使用は、人体へ悪影響を与える
・フェアプレイの精神に反する
・イコールコンディションの原則
によるものとされています。

高地トレーニングはじめ過度の負荷がかかる訓練は、薬物こそ使用していないものの、上記「ドーピング禁止の精神」に照らし合わせれば、「人体への悪影響」から、同様に好ましくないと言うことになるのではないのでしょうか。現に、野口選手の故障は、オリンピックで勝つための過度な訓練による悪影響に間違いないのですから。

「競技者の健康を守る 」という観点は正義とはなりえないのだろうか、ドーピング以外なら健康に悪影響があっての何でもOKなのだろうか、さらに言えば本来守るべき「スポーツ倫理」とは何なのかは忘れられてはいないだろうか…。今やそんな疑問ばかりが思われてしかたない、オリンピック選手たちのトレーニングの実情なのです。

いつの時代からこのような事態に陥ったのかと考えるに、80年代以降のスポーツの経済化・ビジネス化の流れと決して無縁ではないと思われます。“経済オリンピック”としてもてはやされその後の五輪の流れを大きく変えたのは84年の米国ロス五輪でしたが、その陰で本来最も大切であるはずのスポーツの「精神」や「倫理」の部分に大きな“歪み”を生んでいたのかもしれません。

「スポーツ」と「政治」の分離は何かにつけ声高に唱えられるところですが、あまり語られることのない「スポーツ」と「経済」の分離も、実は「スポーツ倫理」を守る上でそれ以上に大切なことなのかもしれません。「国際オリンピック委員会」は、次の開催国を決めるためだけにあるのではないはずです。今一度原点に立ち返り、「スポーツ倫理」の観点からこの問題を真剣に議論するべき時にきているのではないかと思います。

北島康介選手、「己に勝利」の素晴らしき金メダルに大拍手!

2008-08-11 | ニュース雑感
水泳平泳ぎの北島康介選手が、100メートル平泳ぎで前回アテネオリンピックに続く2大会連続の金メダルを獲得しました。

本当に素晴らしい金メダルです。彼は、前回のアテネでの金メダル以降、周囲や全国民からのプレッシャーからか、一時期極度の不振に陥りました。06年頃には国内の選手にも勝てないほどの大スランプに(200メートルでは国内大会で4位などという屈辱的なレースも)。「引退」が誠にしやかに語られたのもこの頃のことでした。

しかし彼は不屈の精神で見事に蘇りました。今日の素晴らしい勝利があるのは、誰に勝ったからではなく、己に勝った結果なのだと思います。一時期の大不振からの「復活」のカギを握ったものは、自身が目指すものへの「執着心」と、己の力に対する「自信」を持ち続けること。それが、彼を支え突き動かしてきたのだと思います。それに加え血のにじむような「努力」があってはじめて、今日の栄光にたどり着いたのです。

「執着心」「自信」そして「努力」。この3つこそが、邪心を払い己に勝つための必要条件であると、彼は教えてくれています。

今から36年前、1972年のミュンヘン・オリンピックで、同じ100メートル平泳ぎで田口信教という金メダリストが誕生したことをご記憶でしょうか。その頃私は中学生で、小学生時代に熱心に通っていたスイミングスクールの競技会で、自分も同じ平泳ぎで活躍できた過去の栄光になぞられて彼を熱狂的に応援していました。決勝当日、日本時間早朝(確か5時頃でした)のレースをテレビで応援し、前半7位でのターンから後半一気のごぼう抜きをきめ、ゴールでライバル、ヘンケン選手に競り勝った瞬間、我が事にように嬉しく鳥肌もので喜んだことをよく覚えています。

そして、4年後のモントリオール大会で田口選手は再び同種目でヘンケン選手と対戦します。国民はみな「田口2連覇」に大きな期待を寄せ、レースに注目しました。しかし結果は、準決勝敗退。理由は、極度のプレッシャーから2度のフライイングを犯し、萎縮した結果平凡な記録に終わってしまったのでした。彼はヘンケンと戦う前に己に負け、プレッシャーに押しつぶされてしまったのです。その影響はかなり大きく、前大会銅メダル獲得の200メートル平泳ぎも惨敗に終わりました。

当時高校生の私は、ライバルに勝つ前に己に勝つことの難しさを、生まれて初めて教えられた思いでした。そんな悪い記憶もあって、今回の北島選手にも、その二の舞が襲い掛かりはしないかと、昨日の準決勝を見たときに、少し不安な気持ちになりました。昔の競泳経験から、水泳、特に平泳ぎにうるさい私から見て、昨日の泳ぎはどこか堅い感じがしていたからです。恐らく連覇へのプレッシャーから、ライバルを必要以上に意識した結果のことではないかと思われました。

昨日の時点で彼の頭の中にいたライバルは、予選1位通過のオーエンであり、世界記録保持者ハンセンだったのもしれません。それが今日は明らかに、個々のライバルに関係なく己に勝つことだけに集中した実に見事な、伸び伸びとした泳ぎを見せてくれたのでした。特に後半の素晴らしい泳ぎは、他を全く寄せ付けない印象で、結果、世界新記録での優勝でした。「執着心」「自信」そして「努力」、この3つが見事に調和して結実した瞬間に立ち会えたことを、本当にうれしく思いました。

北島選手、おめでとうございます。そして、ありがとう。実は今少しスランプの私です。己に負けないよう、「執着心」「自信」「努力」を忘れずがんばりたいと思います。

谷亮子選手の「銅メダル」に思う

2008-08-09 | その他あれこれ
ヤワラちゃんこと、谷亮子選手5回目のオリンピックは銅メダルでした。

これに関して思うことを2点ほど。

まずは、柔道の審判裁定の基準のなさに重大な問題を感じました。今回の谷選手の負けは、最終的に相手に技を決められたものではなく、「消極姿勢」「組み手をとらない」といった、審判の主観的判断による“反則ポイント”での「劣性負け」でした。彼女の過去のオリンピックでの敗戦の試合は、明らかに相手側に技をかけられての「劣性負け」であり、見ている側にも確実に「勝負に負けた」という実感があったものです。

しかし今回はなんとも歯切れの悪い負け方でした。ちなみに男子の平岡選手も同様の“反則ポイント”わずか1点の判定負けで、全く同じ納得し難い負け方でした。谷、平岡両選手とも、相手が積極的に攻めていたかと言えば、決してそうではなく、両者に同様の“反則ポイント”があっても、逆に相手方にのみ“反則ポイント”があっても、おかしくはなかったように思います。その意味では、まさにその時々の審判団の“主観”に左右され、勝敗づけられたとの印象を強くしました。

でも、考えてみれば「柔道」は日本発祥の格闘技であり、その意味ではこの実に「あいまい」な判定方法は近年西欧人が作ったルールであるとしても、極めて日本的です。その意味では今回の件は、日本文化が導いた“実力封じ”のあいまいな競技ルールに、日本人が見事にはめられたということなのかもしれないという気がしております。国際競技して今や確固たる地位を築いた「柔道」ですから、判定基準の「見える化」はぜひとも早期に改善をはかってもらいたいと感じる次第です。

今一点はヤワラちゃんの銅メダルの価値についてです。どうも国民の期待が大きすぎて、「金」でなければ満足しないという評価基準と「ママ」という競技とは無縁の評価基準があり、彼女の銅メダルに対する「残念」あるいは「ママとして立派」から始まるマスコミはじめ国民的反応には、少しばかり疑問を感じております。本来オリンピックにおける個々のアスリートが獲得したメダルそのものの価値は、競技や選手のおかれた立場によって異なるものではないはずなのですから…。

実は私がこの種の疑問を感じたのは今回が初めてではなく、92年バルセロナ、94年アトランタ両オリンピックでのヤワラちゃんの連続銀メダルと、マラソン有森裕子選手の銀、銅メダルの、マスコミによる取り上げ方があまりに違った時点で、強く問題意識を感じていたのです。ご記憶の方も多いと思いますが、この時の主流世論はヤワラちゃん=「なんだ期待させて金じゃないのか!」に対して、有森=「本当によくやった、金にも匹敵する価値がある」ぐらいの違いがあったのですから。

これも言ってみれば、メダルに対する明確に見える「評価基準」をもたない日本人的な「あいまいさ」が生んだ論調であると言えるのです。根底にあるのは、先の「柔道の判定評価」と同じ類の“日本的文化”なのかもしれません。そう考えると、谷選手は田村の時代から今回に至るまで、確固たる「評価基準」を持たない「日本的あいまい評価」の一番の犠牲者であると思えてくるのです(今回は逆に「ママ」という日本的あいまいな基準でメダル獲得を誉めたたえられてもいますが、個人がブログ等で思いを伝えるのは別として、メディアが大々的にすべき評価ではないと思います)。

何をおいても、前回までのメダルの色はともかくとして、また「ママ」であるかどうかもとりあえずは傍らに置いて、見事に銅メダルを獲得した事実と16歳から32歳まで16年間にわたって5回のオリンピックでメダルを取り続けた、谷亮子選手の日本人アスリートそしての素晴らしく大きなその功績を改めて認識したいと思うのです。マスコミも世論もその点も含めて、「あいまい評価基準」に流されることなく、今こそ純粋に今回のメダル獲得をもっともっとたくさん称えてあげて欲しいと思うのです。

谷選手、本当にお疲れ様でした。今大会の銅メダルおよび5大会連続のメダル獲得おめでとうございます。

中国“真の先進国”入り「進級テスト」北京五輪で問われるモノ

2008-08-07 | ニュース雑感
北京オリンピックがいよいよ開幕します。

4年に一度のスポーツの祭典、子供心に東京オリンピックを見て以来、実は隠れオリンピックおたくの私なのですが、今回の私の関心事は、個別競技の日本選手の活躍もさることながら、中国がこのオリンピックを契機として本当の国家近代化の仲間入りと先進国入りにつなげられるかにもあります。

64年の日本、88年の韓国がそうであったように、経済的急成長国家はオリンピックへ名乗りをあげることで、先進国への立候補をしてきました。そして、その先進国への仲間入りについての国際的な暗黙の了解を得られるかどうかは、五輪開催に関する国内外でのオリンピック対応を通じて、世界にその近代国家ぶりをアピールできるかどうかにかかっていると言っていいように思えます。

日本、韓国は、国家・国民“一枚岩”となっての見事なオリンピック開催を世界にアピールし、経済成長の勢いそのままに近代国家の階段の駆け上がりと、先進国への“昇格”を見事に果たしたのでした。逆に、五輪前後の反政府暴動で多くの死者を出し、オリンピックを近代化への証にできず先進国への道を閉ざされ、問題国へ転げ落ちていった68年のメキシコのような例もありました。

果たして今回の中国は?中国の場合ポイントは、いくつかの難問の存在でしょう。その最たるものが民族問題と格差問題です。民族問題は、我々他国の人間には十分に理解できるとは言い難いほど複雑を極めています。四川省大地震の陰に隠れてトーンダウンしたもののいつまた火を噴くか分からない「チベット問題」、非難されるべきは政府ではないものの五輪開幕直前に起きたウイグル地区での武装警察を襲ったテロ事件を見るに、中国政府が果たしてこれまでに近代国家にふさわしい民族問題解決策を講じてきているのか、やや疑問視させられる部分も見え隠れしています。

格差問題に関して言うならば、地方出身者には依然“文盲”の者も多くおよそ行きとどいているとは言えない国家的教育環境整備問題、ここにきてまた「餃子問題」が火を噴いた食品衛生上の管理不徹底問題、知的財産権を軽視するコピー天国問題、などの前近代国家的課題がオリンピック期間中に表面化しないとも限りません。

中国政府はそれらを“封印”しつつ、近代国家の“化粧”をして、その“化粧”が期間中剥げ落ちないようにしないといけないのです。五輪という国際舞台で“化粧”が守り通せれば、日本や韓国の例を見ても、その後は自然と国や国民の自信につながり新たな力として蓄えられ、“化粧”がいつしか“地顔”になって、徐々に真の近代国家、真の先進国に生まれ変わっていける流れになるのではないでしょうか。

中国は五輪を機に、今の経済成長を64年の日本や88年の韓国のように、本当の国家近代化や先進国化につなげられるのか、それとも68年のメキシコのように“化けの皮”が剝され、前近代国家に留まる運命になるのでしょうか。国際社会の中国政府の近代化、先進国化“進級テスト”の行方は、テロ、暴動、事件、マナー批判…、すべてにおいて国際的威信を問われる立場の中国を動かす13億国民一人ひとりの、先進国にふさわしい行動の実現にこそかかっている様に思います。

経営のトリセツ37 ~ 「正しい優先順位」という企業文化をつくる

2008-08-06 | 経営
日々の仕事を進めていく上での重要なポイントのひとつに、「JOB(業務)の優先順位をつける」ということがあります。

多くの方は、冒頭のマトリクスのような図を見たことがあるのではないでしょうか。このようなマトリックスは、スティーブン・R・コヴィー の「7つの習慣」はじめいくつかの経営指南本に出てきます。

JOBを図のように「重要性軸」と「緊急性軸」でマトリクス分類すると以下の通りです。

「A」:「重要性」「緊急性」ともに高い    
「B」:「重要性」が高いが「緊急性」は低い 
「C」:「重要性」は低いが「緊急性」は高い 
「D」:「重要性」「緊急性」ともに低い 

「重要性」「緊急性」で区分けした4つのMECEなマトリクスです。

誰が見ても、「A」は「目の前の重要な仕事」であり、最優先で取り組むべき課題であることは、すぐに分かると思います。同様に、「D」は「どうでもよい仕事」で、一番優先度合いの低い課題であることも分かるはずです。まず本マトリクスにおいて、この2点が「分からない」または「意識していない」スタッフが御社に存在するなら、即刻お引き取り願わなくてはいけません。まさに無駄な人件費を垂れ流している状態であります。

一般的にはこれが分からない社員が存在する確率はかなり低いのですが、中には分かっていて「A」を後回しにしている社員、または「A」、「B」、「C」を避けて意図的にこっそり「D」に逃げている社員がいます。「おい!そんな仕事今やらなくたっていいだろ!」って怒られているヤツがそれです。この「逃げ」あるいは「サボり」は、管理者の管理やチェックが甘いと、間々見られるケースです。

また中小企業では稀に、管理者自身が意図的にこのパターンに陥っているケースもありますので、経営者は要注意です。「言ったことをやらない」「期日が守られない」などが、わが社では多いなぁと思ったら、管理者まで含めた「意図的優先順位変更」や「仕事をしているフリ的サボり」が行われている可能性大です。

さて問題は、「B」と「C」の優先順位付けです。意外に、間違えてしまうのがこの「B」と「C」の順位付けです。「緊急性は高い」に惑わされてしまうと、「C」を「B」よりも優先上位に置いてしまいますが、これは間違いです。言葉で考えると「緊急性」は時間軸において“前倒し”を強制するように思われるため、このような間違いが発生します。要は「重要性軸」と「緊急性軸」は、経営にとってどちらがより上位かという問題なのです。

「B」は言いかえれば、「将来のための重要な仕事」、「C」を言いかえれば「目の前のささいな仕事」となります。こう考えると、どちらが優先順位が上か、答えは明白ですね。一生懸命やっているのに仕事のできない人、会社の統制はとれてムードはいいのに成長しない企業、などはこの優先順位に間違った理解をしているケースです。「B」(または「A」)を避けたり後回しにして「C」を優先し、「重要な業務」をしっかりこなしているかのような錯覚に陥っている社員や企業はけっこう多いものです。自分自身がどうか、自社がどうか、ぜひともセルフチェックしてみてください。

管理者(あるいは経営者)が気をつけなくてはいけないことは、「B」(または「A」)の仕事は難易度の高いものが多いということ。すなわち、「B」の取り組み方が分からずに、「サボる」つもりはなくとも、何かしないとまずいと思いやむなくとりあえず「C」から手をつけているケースも多いので、管理者は部下に目配せをしながら「B」のフォローをして、優先順位を逆転させないように方向修正をしなくていはいけないのです。

「仕事の優先順位」を見極めることは、簡単なように思えて間違いやすく、かつものすごく重要なことです。社員一人ひとりもたくさんの仕事を抱えているでしょうし、企業そのものもたくさんの取り組むべき「課題」を持っているはずです。個人も企業もJOBの「優先順位」を意図的であるか結果的であるかと問わず、誤ることは大きなロスにつながることになります。

「優先順位のマトリクス」の考え方に対する正しい理解と徹底を皆で実践し、企業の文化として根付かせることは、確実な発展につながる大きな力となるのです。

これでいいのか? ~ 追悼、赤塚不二夫さん

2008-08-05 | その他あれこれ
天才漫画家の赤塚不二夫さんが亡くなりました。

赤塚不二夫さんと言えば、「おそ松くん」「天才バカボン」などで一世を風靡した天才ギャグ漫画家でありました。私はまさに赤塚世代。「おそ松くん」でギャグ漫画のとりこになり、コミック単行本は全巻持っていましたし、「天才バカボン」連載中の少年マガジンは毎週本屋から宅配をお願いしていたほどの赤塚ファンでした。

「おそ松くん」は、まず主人公が六つ子という設定の斬新さがピカイチでした。さらには、六つ子を喰ってしまうほどの存在感ある“脇役”たちも冴えまくってました。自称おフランス帰りの「イヤミ」、おでん片手の「チビ太」、頭に日の丸を立てた「ハタ坊」、パンツの中に猫を飼う「デカパン」、なんでも食べちゃう「だよーんのおじさん」などなど、子供心に素晴らしく個性的な数々のキャラクターたちは、子供時代の私にギャグや笑いの基本を教えてくれた先生たちでもあったのです。

「天才バカボン」では本人や本人の父をモデルにしたという「バカボンのオヤジ」をはじめ、「ホンカンさん」「レレレのおじさん」「うなぎイヌ」、「もーれつア太郎」でも「デコッぱち」「ケムンパス」「ニャロメ」「ココロのボス」など、氏の作品はどれもみなキャラクター・ギャグ満載の大傑作ばかりでした。「赤塚塾」はまさにこどもたちの“ギャグ道場”だったのです。

大人になってからも私は、銀行の宣伝広告担当時代に、商品ごとにこの素晴らしく個性的なキャラクターたちを使った、より消費者寄りの“脱銀行イメージ”の実現を秘かに計画したりもしていたので、彼らへの思い入れは人一倍なのです。「これでいいのだ!○○銀行」「イヤミの外貨預金おフランスザンス」「ココロのマイカーローンのココロ」「ハジメちゃんの教育ローン」などなど、“下町的”身近かさとキャラクターの“音(=セリフ)”のミクスチュアーが、実に楽しいと思いませんか?残念ながら、実現はしませんでしたが…。

キャラクター・ギャグだけでなく、その絵の素晴らしさも特筆モノでした。10年ほど前に全国を回った「赤塚不二夫展」で初めて見た原画の色使いの美しさは、安藤広重の版画にも通じる日本人的美的感覚にあふれていました。それまで粗雑な色刷りの雑誌でしか見たことのなかった私は、単なる漫画家としては収まりきらない、画家としても賞賛されてしかるべき傑出した才能に驚かされたことをよく覚えています。

98年、ウイスキーグラスを片手にガンを公表して、破天荒な闘病生活が話題になったりもしましたが、02年に脳内出血で倒れてからは反応がほとんどないこん睡状態が続きました。06年に献身的に看病していた妻真知子さんが、くも膜下出血のため急死した時には、この一大事にも目を覚まさない“マヌケさ”に「これでいいのか?バカボンおやじ!寝ている場合じゃないぞ!」と本当に切なく思ったものでした。

手塚治虫とはまた別の意味で、日本を代表する漫画家だった赤塚さん。なんとか意識を戻して、また訳の分からないギャグやキャラクターを創って欲しかった。生きてもっとももっと描いて欲しかった。これでいいのか?バカボンおやじ!私の気分は、「賛成の反対なのだ!」
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

<音楽夜話> 待望の単独来日公演決定!

2008-08-03 | 洋楽
キャロル・キングが、11月に待望の単独来日公演「リビングルーム・コンサート」を見せてくれることが決まりました。

あの悪名高かかった昨年の3者抱き合わせ高額&短時間公演から約1年。私の声が届いたのか、早くも念願のソロ来日決定です。もちろん、すでに御歳66歳ですから3時間とかは望むべくもありませんが、今回は例のDVD「ウェルカム・トゥ・マイ・リビングルーム」並みの2時間弱はたっぷりと聞かせてくれるのではないでしょうか。前回の出番は、わずか45分だったそうですから…、彼女にとっても“復讐戦”ですね。

それと今回は東京フォーラム公演では、「リビングルーム・シート」なるプレミアム・チケットが発売されます。これは、先日私が提唱した「いい席はプレミア価格で別チケット化すべき」との主張にあったもので、歓迎すべき流れであると思います。一番前と後方席が同価格で売られ、良い席が不透明な配布をされている現状を打破する、市場原理に沿ったチケット販売のあり方として今後の手本となることを期待します。

なんでも「リビングシート」は、入口が別でかつワンドリンク付とか。本当にキャロルのリビングにお邪魔する感覚で聞ける特別なシートなのでしょうか?1席21,000円はかなり高価ではありますが、どんな内容なのか興味津々ですね。

熱烈な音楽ファンとしては、良質の音楽を最高の環境で、六本木ビルボードライブをはじめとしたそんな気配りのある大人向けのライブが少しでも増えてくれることを切に希望してやみません。キャロル・キングの来日公演には、当のアーティストにふさわしい大人のライブが期待できそうで、今から大変楽しみです。

★キャロル・キング来日公演(関東)
11月10日(月)11日(火)渋谷Bunkamuraオーチャードホール
11月21日(金)22日(土)有楽町東京国際フォーラムホールA
キョードー東京にて先行予約受付中(http://www.kyodotokyo.com/)

〈70年代の100枚〉№34 ~ ビートルズ伝説からの脱却

2008-08-02 | 洋楽
ポール・マッカートニーです。前にも書いたように、個人的にはこの次の作品「ヴィーナス&マース」がベストなのですが、一般的に最高傑作はこのアルバムということになるのでしょうか。

№34    「バンド・オン・ザ・ラン/ポール・マッカートニー&ウイングス(US盤)」

ビートルズ解散後のポールは、出すアルバム出すアルバム好評とは言い難い状況が続きます。ファンの期待が大きすぎたこともあるのでしょうが、理由のひとつには解散後の彼自身の作り出す作品がどれも、ビートルズの幻影をひきづった状態を漂わせていたということ。それがかえって、ジョンがいない味気なさみたいなものを感じさせることになり、聞き手のフラストレーションを必要以上に掻きたてたのではないでしょうか。「アナザー・ディ」「アンクル・アルバート」などソロ初期の作品は、名曲でありながらそういったものを強く感じさせる不幸な状況であったのかもしれません。

そんな中ポールは、ビートルズのポールではない自己表現を求めてバンドを結成します。それがウイングスです。71年「ウイングス・ワイルド・ライフ」73年「レッドローズ・スピードウェイ」をリリース。徐々にバンドの形を整えながらも、この2作ではまだまだ完全に脱ビートルズを表現しきれていませんでした。ギターのデニー・レイン(元ムーディブルース)以外は無名に近いメンバーで、彼らが元ビートルズと一緒にバンドをやるというイメージから抜け出せずにいたことが、この2作品を中途半端な出来に終わらせていたように思えるのです。

そして、次作の制作に入った段階でアクシデントが発生します。ナイジェリアのラゴスでのレコーディングという突飛な決定や、妻でキーボード担当のリンダの扱いに腹を立てたメンバーのうち2人が、制作開始直前になってバンドを脱退。さらに現地では、いくつものデモテープが武装した一団に盗まれるという最悪の事態も。このような逆境にあってこそ、ポールとデニーの二人が、バンドの基本とも言える新たな何かを生み出すことに成功したのでした。それが、ビートルズとは全く違う「バンド・オン・ザ・ラン」以降のポールの基盤たる「バンド感性」なのです。

収録曲の白眉は、何と言ってもA1のタイトル・ナンバー(全米第1位)。3つの曲が合体したかのようないわば“ミニ組曲”的構成の素晴らしい曲です。この発想自体は、ジョンがビートルズ時代に作った「ハッピネス・イズ・ウォームガン」にヒントを得たことは確実なのですが…。A2「ジェット」は日本で最大のヒット曲(全米では最高位第7位)。イントロのかっこよさ、天性のメロディをよりハードにまとめて「ビートルズではないポールがここに誕生しました!」、そんな感じさえします。

A3「ブルー・バード」は、自身のビートルズ時代の「ブラック・バード」へのセルフ・アンサーソングでしょうか、美しいフォーク・バラッドはビートルズ卒業を主張しているかのようです。A5「レット・ミー・ロール・イット」は、「ジェット」と並んで今だにステージで欠かせない“新生ポール”を象徴するロック・チューンです。

アルバムは見事、全米№1に輝き、ウイングス黄金時代の幕開けとなりました。先に書いたアルバム名の後に(US盤)としたのは、US盤のみB3に先行シングルの「愛しのヘレン」が収録されているからです。この曲自体の良し悪しがポイントではないのですが、B3の位置に入っているかいないかで、アルバムの印象がかなり違うんですね。先にあげた目玉曲はすべてA面収録ですから、「愛しのヘレン」がないとB面はやや華のない4曲という感じで物足りないのです。てな訳で、おすすめはUS盤です。