日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

ショウビスの観点からXJAPAN を叱る

2008-04-07 | その他あれこれ
もう少し古い話題になってしまいましたが、先日のXJAPANの再結成コンサート、遅刻だ失神だと世間を騒がしておりました。

内容があまりに子供じみていてアホらしく、いちいちコメントを出す気もなかったのですが、“本物”の音楽ライブを聞き倒すことをライフ・ワークとしている我が身を勘案し、正しい今様のショウビズのあり方の観点から、一言言っておくことにしました。

事の顛末は以下のとおり。3月28~30日にかけて東京ドームで企画されたXJAPANの再結成コンサート。その初日の公演のスタートが2時間以上も遅れた上に、最後はドラムのYOSHIKIが“失神”したとかで予定曲の半分強の半端な段階で時間切れエンドになったという事件です。開演遅れはYOSHIKIの遅刻だとか、そうじゃないとか、ネット上でもガヤガヤ騒がれておりましたが、私から言わせれば理由などどうでもよろしい。そもそも大きく待たせて倒れてチョンとは何事かと。会社に例えて言うなら、大幅遅刻した上に勤務中昼寝して挙げ句は早退。普通、「お前はクビだぁ~!」って言われる大失態です。

そもそも欧米でもショウビズが未成熟であった70年代には、アーティストはその名の通り芸術家であり気難しく一筋縄でいかないことも多く、いいパフォーマンスをするためなら多少のワガママは仕方ない、と思われていました。74年のエルトン・ジョンの来日公演が、開演から1時間以上も待たされた挙げ句70分足らずで終了してしまった一件でも、一部騒いだ人間はいたものの一般的には「それも致し方なし」と納得せざるを得ない時代的背景が彼を許したのでした。

ところが80年代以降、ショウビズという概念が一般化し、ショウは芸術である前にビジネスであるべきだという考えが、主導的になったのです。すなわち、ショウビズは芸術とは似て非なるものであり、自身のパフォーマンスを購入する人間がいてはじめて成り立つ、まさにビジネスであるということです。

現在はあらゆるビジネスの世界で、どんなに売り手市場の商品でも、顧客の満足度を無視したビジネスは考えられません。YOSHIKIくん、あなたが演奏の対価を目的としない芸術家であるなら話は別ですが、ショウビズとして音楽活動をしているなら、「観客=顧客」を軽視した行動は、心から反省を求められてしかるべきなのです。あのローリング・ストーンズが、40年以上もの長きに渡ってショウビズの世界で常にトップに君臨していられるのは、顧客が何を求め何に満足感を覚えてくれるのかを、常に第一に考えた行動をしているからに他ならないのです。

XJAPANの開演の遅れは、「遅刻ではなく、HIDEの追悼フィルムを使った演出が満足のいくものでなかった」との釈明も、その後されているようですが、そもそも待たされ十分な演奏に触れることができなくなる観客のことをどう考えていたのか。自己満足的完璧さを求め、観客の満足度を犠牲にする姿勢をどう考えるのか。

お詫びだけではないちゃんとした説明があってはじめて、ショウビズ・パフォーマーとしての責任が果たせるのではないでしょうか。だいたい事実であるかどうかは関係なく、釈明に亡くなった仲間の名前を出して共感を得ようなどという手口は、卑怯極まりないと思いますが、いかがでしょうか?このように翌日開かれた釈明会見でのやりとりを見る限りでは、過去に小泉元首相にファンであると言われたことを、“政府お墨付き”とでも勘違いしているのではないかと思いたくもなるような思い上がった話ぶりに感じられてなりません。

会見の席上、初のワールドツアーの計画をぶちあげたそうですが、顧客第一のビジネスの鉄則を分からない現状では、日本の“周回遅れ”の観客は騙せても、グローバル・スタンダードの海外のショウビズ界では百年かかっても一流の評価もらえないでしょう。日本のショウビズ界の恥さらしになりませんよう、余計なことはお止めになった方がよろしいと老婆心ながら申し上げておきます。

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