次に挙げるのは、やっと読み終えた古田武彦氏への批評文。
こっちは『「邪馬台国」はなかった』を読んで、なるほどと感心、正解、不正解は?ですが、一理あるのかな と。
この方、こっちの手元にある第一作はよんでおらず、その後に書かれた文献からの批評の様です。
長文になるため、その一部を示します。ただ、後に書かれた文献のため、こっちの方がより詳細かも知れません。
「古田武彦氏の代表作は「邪馬臺国はなかった」かな、と古本屋で探したのですが、見つかりません。これで手を打つかと選んだのが「邪馬一国への道標」です。・・・・・・」
こんな出だしで始まっています。
古田氏の書かれた文章から、いろんな例や文献挙げて反論しています。
それらへの賛否、知識がないと当然出来ません。結果、オラッチャそんな事が云えるんだ 的なことしか。
その中での古田氏への批評、こんなところかな?と思う部分を抜粋です。
「自らのアイデアに酔い猪突猛進。漢文データを大量にまぶし、データに忠実なように装いますが、実は使っていない。
自らの情念を語っているだけで、データは、安物ケーキの上の食えないロウ細工の如く、人目をくらますデコレーションとして用いられています。梅原猛氏と同じ臭いを感じました。
真実を探求する歴史書ではなく、知的お遊びとして読めばよろしい。というのが私の評価です。
この人の論法をみれば、資料に基づいて論理的に構成、修正という形は望めず、他の著作も同じようなものでしょう。」
まーこんなところかな?で、批評を締めましょう。
確かに古田氏の第一作、いろんな漢文データ、これだけ読めば正しいかな? の思いあります。
梅原猛氏も同様との意見、そこにも賛同かな、オラッチャとしては。
まー実際の遺跡が発見されない以上は、何を云ってもどちらが正解、云えません。