ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

砂場の思い出

2012-07-27 14:31:00 | 日記

近所にある幼稚園の砂場は、閉園時になるとブルーのシートで覆われている。

砂場って奴は、野良猫などのトイレの場になることが多く、猫の糞尿から寄生虫や病原菌が砂場に拡散することになる。だから、夜間、猫が入り込まないように、ブルーシートをかぶせてある。

隣のスーパーマーケットに行くのは、もっぱら仕事帰りの夜だけに、しばしばそのブルーシートで覆われた砂場を見かける。いつもではないが、それでも年に数回は軽い後悔に襲われることがある。

明確な責任があったわけでもなく、誰からも非難されたこともない。でもその砂場の光景は、私の心の奥底にぼんやりと苦く、物悲しい後悔の泡が浮き立つことを抑えられない。

あれは私がまだ小学生の頃だ。当時、公務員宿舎に住んでいたのだが、敷地内の自転車置き場の隣に小さな砂場が設けてあった。縦横3メートル程度の小さな砂場であり、日陰にあったので地味な遊び場でもあった。

公務員宿舎というやつは、案外出入りが激しくて、引っ越してくる家族、引っ越す家族がけっこうあり、なかなか落ち着かない。学校に通う子供は、それでも引っ越してすぐに友達を作れるが、幼稚園などに入れなかった幼児はいささか寂しい思いをする。

私と友達がその砂場で、ジオラマ遊びをしていた時だった。ちなみにジオラマ遊びとは、プラモデルの戦車や兵隊を並べての戦争ごっこである。いくつもの小山を作り、戦車を並べて歴史上の戦場を再現しているつもりだった。

ふと気が付くと、小さな男の子が興味深げに、こちらを見ていた。近づいてくるでもないが、その小さな眼差しには興味があって仕方がない風情が見て取れた。たしか一階の端の部屋に越してきた家族の子供だと思う。

たしか、幼稚園に空きがなくて困っていると聞いたことがある。だからだろう、一人でポツンと宿舎の広場に立って、ぼんやりと時間を潰していたのだと思う。引っ越したばかりで遊び相手がいない寂しさなら、私は何度も経験しているので、気の毒に思いその子を砂場に誘ってみた。

ちょっと心配げに、でも嬉しさを隠しきれずにその子はやってきた。余っていた戦車のプラモを渡して、遊びに誘い入れた。よほど嬉しかったのだろう。戦車を砂場で一人、走らせながら嬉しそうにニコニコ笑っていたのは今でも覚えている。

その後、その子は年の近い子供たちと遊び仲間に入れたようで、一緒に遊ぶことはなくなったが、朝のラジオ体操の時なんかには、真っ先に私のもとへあいさつに来ていた。私も悪い気はしない。

ところがだ、しばらく見かけない日が続いた。どうも入院しているらしいと聞いた。やがて、自治会の回覧板により、その子供が亡くなったことを知った。少し前に目を赤く腫らしていたが、どうも悪い病原体か寄生虫にやられたらしく、その結果入院することになり、治ることなく幼い命を失ったそうだ。

そんな話を大人たちの立ち話から盗み聞きした私は、自分の顔色が真っ青なのに気が付いていた。もしかして、あの砂場が原因じゃないのか?

私たちは知っていた。あの砂場には猫の糞などが混じっていることを。砂場で転んで傷口が化膿して入院した子供がいたことも。もしかしたら、あの砂場が原因ではないのか。

大人たちに言おうかと思ったが、口が凍って言葉にならない。心の奥底が凍結したかのような重く苦しい気持ちが、私から言葉を奪ってしまった。それでも勇気を振り絞って言おうとした矢先だった。

私の目の前に、憔悴しきった表情のあの子のお母さんが現れて「今まで遊んでくれて、ありがとう」と言ってくれた。動揺した私は何を言っていいのか分からず、ただただ頭を下げることしか出来なかった。

もう、砂場のことは口に出来なかった。

ただ、他の大人たちも砂場の危険性には気が付いていたようで、いつのまにか砂場は誰も立ち入らなくなっていた。私も砂場で遊ぶ年ではなくなり、いつしか忘れてしまうようになっていた。

でも、やっぱり忘れられない。その子の死亡と砂場の因果関係が証明されたわけでもなく、誰からも非難されたわけでもない。でも、もしあの砂場に誘わなかったら、あの子は砂場で遊ぶことはなかったのではないか。

そんな疑念が私の心を苦しめる。杞憂というか、心配しすぎだとは分かっているつもりだ。それでも忘れられない。人間って簡単に死んでしまうものなのだなと、妙に悟ったような態度で誤魔化してきたが、心の奥底の悔恨まで打ち消すことは出来ない。

もう、あの子の名前も表情も思い出せないのに、この後悔だけは忘れ去ることが出来ない。

心って不自由だと思います。

コメント (2)
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