ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

「ナイロビの蜂」 ジョン・ル・カレ

2007-08-24 13:31:03 | 
親愛を込めた握手という奴が苦手だ。

とりわけ苦手なのが、初対面の人からされる親しげな握手だ。どうも居心地が悪い。そもそもが、親愛さという奴がいきなり生まれる訳が無い。それを握手という表現手段でいきなり示されても、素直に受け入れる気にはなれない。

もちろん、握手の意味を知らないわけではない。武器を持つ手が、その武器を放して、相手に友好の証左として握手を求める意図は、それ自体悪い意味があるわけではない。

相手から投げかけられた友好のサインを無視するほど、不躾な礼儀作法を良しとする気もない。だから握手に応じるも、そこでいきなり親密な友好関係が生まれるわけがない。

最初はやはり疑いの気持ちを隠しつつ、少しずつ信頼関係の構築に努め、実績を積み上げた後にこそ親密な友好関係は育まれるものだと思う。

ところが、欧米の人はいきなり親愛を込めた、力強く暖かい握手をしてくる。とびっきりの笑顔を添えてだ。

これがどうも苦手なのだ。欧米の文化では、交渉は形を変えた戦いの場であり、そこには裏切りや謀略、諜報など様々な手練手管が織り込まれるのは承知の上だ。わかっちゃいるが、その親しみをこめた笑顔と、暖かい握手には戸惑わざる得ない。

その笑顔の裏側にある本心を押し隠す上手さに閉口する。その暖かい握手をする手が、平然と武器を取り人を殺すことを厭わぬこと、いちいち思い返すのが苦痛でもある。

日本人は交渉下手だと言われるのも、分る気がする。分るけれど、あまり反省する気にもなれない。日本人には、日本人なりの親愛の示し方があると思うし、決して情の薄いわけでもない。ただ、それを表に出すのが苦手なだけだ。

だからこそ、表題の本のように、平然と仲間を裏切り、死に追いやり、それでいて心を込めた弔辞を読み上げる神経に驚嘆せざる得ない。あの厚顔無恥ぶりは、そうそう真似できるものではない。この冷酷無比ぶりに比せば、お皿を数えて恨み言を並べる日本のお化けなんざ可愛いものだ。

私には、親しげに笑みを浮かべながら、平然と弱点を探り、隙を見ては奪い去ろうとする欧米のやり口は、どうも好きになれない。まあ、イスラムもシナも似たようなものだから、日本が幼稚なのだと蔑まれても致し方ない。致し方ないけれど、あたしゃ日本人に生まれて良かったと思う。

イギリスの諜報機関出身のスパイ作家であるル・カレだって、心の奥底ではあの「親しげな握手」には、ある種の諦念を持っていると思う。だからこそ、こんな作品を書けるのだと信じたい。

余談だが、この小説も映画化された。けっこうよく出来た映画化だと思う。ハリウッドで撮られたものでないことが良く分る映画だった。たまには良いね、ヨーロッパの映画も。
コメント (6)
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