元ベース弾きの田舎暮らしは

60歳で田舎にUターン、素人の「米と野菜」作り
音楽が縦軸の人生
就職相談・紹介が「天職」

考課と人事異動

2018年03月31日 | ビジネス
明日から4月、新しい年度です。
以前お世話になったハローワークでも、今の市役所でも人事異動が。
同僚との別れは寂しいものです。

長く務めた最初の民間会社の異動を思い出します。
営業関係では、全国への出先に転勤を伴う人事異動が恒例。
有能な人たちの昇進もあれば、そうでないケースも。

子供の教育や親の介護、持ち家をどうするかなど課題山積の人事異動。
遠く離れた地への転勤は、精神的・経済的負担をもたらします。
でも社命とあれば、仕方ないと思いながらも、言いようのない不安も。

この時、家族の支えがあるかどうかが問題。
幸い私の場合、常に家族が帯同してくれました。
結果、例えば長女の場合、小学校3校・中学校2校・高校2校を経験する羽目に。

「お父さん、中学生になったら単身赴任が普通だよ!」とのブーイングの大合唱。
でも「ミーハー」のかみさんの、「新しい街も面白いかも?」との後押しが。
決して良い父親ではなかったと今は大反省の私。



異動の目的は、組織の活性化。
考課と適性を考えたうえでの判断ながら、受け止め方は様々。
自分の評価が、妥当だと考える人は少ないもの。「なんで、自分が・・?」が通常。
しかし 概ね考課は、客観的に見て「正しい」ことが多いのです。

他人のことはよくわかるものの、自分の異動は内示までわかりません。
思いがけない配属先に戸惑うことが多かったサラリーマン時代。

上司との相性の悪かった時には、「いつまでも、今の上司と一緒とは限らない」
能力の発揮できなかった時には「新天地で、新しい自分を作り上げる」
自分にも言い聞かせ、同僚にもアドバイスします。

「自分が業績に貢献してきた。」「自分がいないと回らない。」
自信と自負は必要だけど、頼りないと感じる後輩が「しっかり受け継ぐ」のが通常。
又 「出世志向」の強い人を「ヒラメ社員」と揶揄した若いころ。

でも昇格すると「自分の仕事の範囲が拡がり、やりたいことができる」こと。
同じ目標を持つ仲間が増えること。
使える経費予算が増え、思い切った企画が打てることに気づきました。
上昇志向は「モチベーション」の継続ツール。




後悔先に立たずの連続だった仕事人生。でも もう「古希」。
働ける時間はあとわずか、「老骨」に鞭打つ毎日です。

画像   本社のあった浜松の駅
     東京勤務の時 娘といった秩父の芝桜
     新見市の城山の桜
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岡山 学生就職戦線

2018年03月21日 | ビジネス
昨日は岡山のイオン5Fの「イオンモール」へ。
コンサートを聴きに行ったのではでなく「仕事」です。

大学生・専門学校生対象の就職相談会。
岡山県西部を南北に流れる「高梁川」流域の企業35社が参加。
その企業が位置する市町村などの自治体が実行委員会。
UIJターンの相談窓口の私も、学生の地元企業のブースへの誘導担当。

初々しい若者が、真剣に企業の採用担当者の説明に耳を傾けます。
自分の仕事人生の「伴侶」となる企業と巡り合えるかどうかの会場。
数社のブースを回る大学生たち。

大半の学生は、事前に参加企業を研究し、意中の企業は決めている様子。
しかし それ以外の業種の企業の説明も聞いてみることを勧めます。
比較することにより、より自分の希望が明確になるから。

昨年に続き、今年も売り手市場の就職戦線。
学生にとっては、ハッピーな卒業のタイミング。「選び放題の企業」の様相。
企業にとっては受難の時代。人手不足が深刻。将来が危ぶまれます。

私の住む町でも有効求人倍率は2倍。求職者の倍の仕事がある勘定。
リーマンショック時は、0.5倍まで落ち込んだのに。

会場で、ユニークな人たちに会いました。
私と同年配の人と東南アジア系の二人の若者。
声をかけ聞いてみると、ベトナム出身の学生とボランティアで学生支援の人。

日本企業への就職希望とのことで、アジアに販路を拡げる企業の社長に紹介。
ベトナム人は頭がよくしっかりしているとか。
逆に隣のラオス人はおっとりしていて、人柄が良いとか。
異なる国民性に詳しい同伴者は、東南アジア担当の元営業マン。



学生たちを見ていて、私の学生時代を思い出しました。
オーケストラ「命」で専攻科に進み、就職に躊躇していた頃のこと。
今と違い就職情報は、厚いガイドブックと新聞の求人広告欄。

数千人の応募者の中から、若干名しか採用されなかった当時の花形の新聞社。
スピーカーから流れる英語のヒアリングが全くできず、当然の不採用。
又 最終面接で、青臭い意見を吐き、カリスマ経営者に圧倒された屈辱の会社。
不採用の続く中、音楽好きが功を奏した大手楽器メーカーの採用通知。

定年退職後、二度目の就職活動もドラマチック。
第一希望だった、厚労省の労働相談員は、地元事情に詳しくない?と「落選」。
温泉組合の事務長職は住み込みが必須条件で辞退。
最後に、仕事を探しに行ったハローワークでここの相談員はどうか?で即決。

三度目は、就職相談と昔の企業訪問の経験を買われ市役所に即採用。
もうすぐ70歳を迎える私には、ありがたい申し出でした。



今思うと苦労したようで、していない私の就職事情。
カッコつけずに「素」の自分が重要と気付いたのは、最晩年。
「日残りて、昏るるに未だ遠し」が信条です。

画像  開場前のブースの一部
    玄関の前の雨の梅
    玄関に続く石段の上の黄色い花(黄梅?)

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「神と仏」と暮らす田舎

2018年03月11日 | ふるさと
春になると田舎は、行事の「オンパレード」。
先週は「荒神祭り」、今日は午前中は「宮掃除」。
午後は、菩提寺の晋山(しんさん)結成式」の役員準備会議。

日常生活においては、あまり感じない「神と仏」の存在。
神仏のイベントのあるたびに、信仰心の薄い自分を少し恥じます。

先週の「荒神祭り」は、農業を営む私には、豊作祈念が主旨。
輪番制で、当番役が、宮司の日程調整や供え物や直会(なおらい)準備。
集落のメンバーの集まりやすい日曜日に開催。

また地元の神社の清掃が年に数回。
8つの集落が毎月交代で午前中に実施。落ち葉や草の少ない早春は楽です。

重要なのが、秋に晋山式(方丈の跡目相続の式典)の準備のための打ち合わせ。
広く近隣の寺から、多くの式典参加者があるらしい。
その経費も莫大かかるらしく、昨年より檀家に寄付要請がありました。

神社の氏子数やお寺の檀家数は減っている様子。
人口減少が拍車をかけているのです。
なにより、若いメンバーが激減。



集落のイベントは、昔は相互扶助と交流のために必須。
しかし今は、人の助けを借りなくても、生きていける時代。
加えて、高齢でも働く時代。自由な時間のある農業メインのころと大きく変化。

義務感で参加する人が大半。たまの休日にはゆっくりしたいのが本音。
なおかつ経費面でも負担もあることも要因。
体力的に厳しいのが、集落の一斉清掃。
側溝の土砂の除去は高齢には辛いもの。箒で掃くレベルとは大違い。
これがなければ、どんなに楽だろうと思います。

しかし 集落でのイベントがなければ、近隣との付き合いはなくなるかも。

働くこともしかり。
「働く喜び」より、西洋的な考え「働かなければならないのは、罰である」が蔓延。
若いころは、特にその感が否めない時代。
しかし 今 私の年齢になると、わかってくることもあります。
「あとわずかの時間しか働けないから、頑張って働く」ことが。

誰かの役に立つことが働く励みでもあります。
(少し かっこ良すぎるかもしれませんが)

画像   荒神祭り
     菩提寺 慈眼寺

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輩(やから)のいない町

2018年03月04日 | 住まい、場所
市内の商工業者を訪問する毎日。
求人とUターン見込み者の情報収取のため。
訪問を始めてからおよそ1年。その数が500社を超えました。

先日 訪問した会社は90年の歴史を持つ老舗の店。
若い三代目に話を聞いたとき思いがけない話がありました。

「この町のいいところもあるよ。」と。
「この町にはその筋の人がいないでしょう。いわゆる「やくざ」が。」
言われてみると、確かにそんな気もします。
新聞沙汰になる事件やトラブルは聞いたことがありません。

人口減少、過疎の典型のわが町。
負の条件は声高に語られても、プラス面は少ない町?
豊かな自然と美味しい食べ物は十分にあるのですが。
毎日の生活で、地元の素晴らしさには気付かないことも。

「輩(やから)」が生きていくには、資金源が必要。
「金になる」との鋭い嗅覚が欠かせない世界。
この町には、それがないのかも。
逆に、発展性や儲かる業種が少ない象徴かもしれませんが。

大企業や飲み屋街がないわが町。
かつては、料亭や飲食店が繁盛したころもあったらしいのですが。
「みかじめ料」が取れるところがないのでしょう。
最も、私の知らないところで、ひっそり行われているのかも?
噂の域を出ませんが、新見出身のその筋の幹部が、進出を防いでいるとかの話も。




以前 勤務していた民間会社で、本社のクレーム対策の窓口の経験も。
出先では解決できない「お客様」の応対に出かけました。

「誠意を見せろ!」金品を要求して恐喝罪にならないように、常套文句を。
「街宣車を工場の前に送ろうか!?」
「ワレは携帯を持った猿か!?」と言葉の暴力。
日本刀の飾ってある部屋に通されたり、10㎝の近さまで顔を近づけ
毒づかれたり、怖い思いもしました。

手打ちのゴルフで、相手より下手なゴルフを念じることも。
(普段下手なのに、こういう時に限って上手く打てて慌てるのです)
キャディーさんのいぶかる顔にこちらも困惑。

暴力対策専門の顧問弁護士からは
「相手が出口側に座ったら、『監禁!と叫んでにげろ!』とアドバイスも。
「特定の人間にだけ便宜を図ったら、あなたは背任罪に問われる」と退路を
断たれる発言も。その場を早く逃げたい気持ちを見透かされます。
この時のことを思い出すと、今でも冷や汗が出ます。

でもこんな人たちのいないふるさとは、幸せなのでしょう。

画像  町の中心の城山付近
    クレーム出張時によく食べた関西のお好み焼きの店
    醤油味のねぎ焼きが美味しかった
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