のんちゃん雲に乗る

平成17年8月に還暦を迎えた記念に、ブログを始める。
私の趣味や日常を記録して、足跡としたい。

松陰神社秋の大祭

2006-10-29 | Weblog
山口県萩市の吉田松陰を祭る松陰神社から秋の大祭の案内が届きました。
夫の曽祖父は小野為八といい、長州藩士(藩医)で、吉田松陰の松下村塾の門下生です。そんな関係で案内いただいたので出席の返信をしたところ、同じ日に行われる松門神社(松陰の門下生を祭る松陰神社の末社)(写真上)の祭典に後裔として玉串奉奠をするようにとの電話を頂きました。
秋の大祭は松陰の命日の10月27日に行われますので、前日に萩入りし、夫と共に参拝しました。
当日は秋晴れの清々しいお天気に恵まれました。早めに神社に着き受付を済ませ、関係者のリボンをつけて、お抹茶の接待などを受けました。

本殿の大祭に先立って10時半から行われた松門神社の祭典には、市長や神社関係者と一緒に後裔として、松陰先生のご母堂のお里の森田氏・門下生の前原一誠氏の曾孫夫人・それと夫が玉串を上げさせていただきました。前原一誠氏のご子孫の前原美代子様とも親しくお話させていただきまして、とても光栄でした。大祭後、前原家へどうぞとお誘いいただきましたが、予定もあり断念いたしました。この様子を先祖たちは、どう見ているだろうか?と遠い百数十年前に思いを馳せました。
松門神社の祭典の後、本殿(写真下)の大祭は各お歴々の参拝があり、厳粛かつ盛大に行われました。身の引き締まるひとときでした。
松陰神社は、来年平成19年に創建100年を、平成21年には松陰没後150年を迎えます。まさに節目の時で、活気に満ちていました。そんな時に参拝できた事は大変有意義な事と嬉しく思います。この先、来年も、再来年もずっと機会あるごとにお参りし、先祖の功績を偲びたいと思いました。


おまけ
松陰の死後その門下生の5人がロンドンへ行った史実を映画化した「長州ファイブ」と言う映画が封切られますが、全国に先駆けてロケ地である萩市や山口市では、10月28日から封切とのことで、関係者がその成功を祈りに松陰神社にご祈祷に来ました。
五十嵐匠監督・伊藤博文役の三浦アキフミ(写真左)・遠藤謹助役の前田倫良(写真右)や関係者が来ていました。この映画には主役に山尾庸三役の松田龍平・野村弥吉役の山下徹大らが出演しますが今回は来ませんでした。丁度境内で、彼らをカメラに収める事が出来ました。


大仏さまの前で

2006-10-22 | Weblog
2006・10・21(土)18:30から東大寺大仏殿前の野外特設ステージで「谷村新司コンサート」があり、夫と行って来ました。
これは、重源上人八百年御忌法要・慶讃奉納コンサートとして『谷村新司 NATURE LIVE~夢人ユメジン~ in東大寺』と題して行われたイベントです。
今年東大寺では、重源上人(ちょうげんじょうにん)が亡くなられてから八百年の年忌に当たるため、その法要を慶讃するイベントが色々行われています。(東大寺はかつて度々兵火に焼失しましたが、その度に民衆が力を尽くして再興し、今日の姿があるのですが、重源上人は鎌倉期の再建に尽力した人です。)
会場へは夫は歩いて、私は自転車で行きました。見渡したところ自転車で来ている人は見かけませんでした。私が自転車に乗っていると、後ろの方で「わぁ!自転車で来てる人がいはるわ」「家が近いのんと違う?」と話す声が聞こえてきて、おかしかったです。開演一時間前の開場の時間になっても、あの広い大仏殿の周りには人人人・・・でごった返しています。普段の拝観とは違い、三箇所から入場できるようにし、大勢のスタッフが誘導していますが裁ききれず、開演が大幅に遅れました。一万人はいるかなと夫と話していましたが、あくる日の新聞の報道では8000人余りとのことでした。
大仏殿前の広場の芝生の上に座って聞きました。昼間は暑かった気温も夕暮れとともに冷えてきます。冷えわたった空気の中に新しい歌や懐かしい歌が流れます。谷村新司の歌も良かったのですが、日本の大阪すみよし少年少女合唱団と中国交響楽団付属少年少女合唱団の100人余りの子供たちの穢れのない澄んだ歌声・千住明氏の音楽・尺八奏者&バンブーシンフォニアのエキゾチックな音・中国から奏者が奏でる笛と二胡の音色・・・などが美しく清らかに世界遺産にこだまして、幻想的で荘厳で、大きな自然の懐に包まれる思いでした。大仏様は始終穏やかな半眼で見ておられ、聞いておられました。お寺で仏様の前で、仏教と現代音楽とのコラボレーションは、劇場では味わえない感動で、日常の雑念が取り払われていくような、気分になりました。

会場は撮影禁止で、写真が載せられないのが残念です。