東京の中央区新川2丁目、西岸は中央区湊1丁目の間を流れる亀島川にかかる橋が南高橋です。
中央区道第416号線で通称「桜通り」にある橋で、すぐ南側に亀島川水門が隣接しています。名前の由来は単純で、上流側にある高橋の南にあるということだそうです。
橋として貴重である点というのは、全国でも6番目に古い鋼鉄トラス橋である点でしょう。中央区民有形文化財に指定されているほどです。
東京都内でいえば、鋼鉄トラス橋としては、江東区の八幡橋(旧弾正橋)に次ぐ2番目の古さになります。

この南高橋の左岸側、新川2丁目側の橋詰で、新日鐵のビルの入り口の脇に、徳船稲荷神社が鎮座しています。
見るからに新しく、小さな神社です。
もともとは隅田川河畔にあったものを、少し先の中央大橋の架橋工事の際に現在地に移転したといいます。
現在のスタイルになったのは平成3年からのようですが、神社としての歴史はあります。
徳川の時代、現在の中央区新川は、越前松平家の下屋敷が三方堀割に囲われ、広大に構えていました。
その中に小さな稲荷が祀られていたといわれています。その稲荷社の御神体が徳川家の遊船と舳を切って彫られたものと伝えられています。
明暦3年、江戸に大きな事件が起こります。即にいう振袖火事です。
その被害はこの地にも及びましたが、御神体はあわや類焼の寸前難を免れることになりました。
大正11年に至るまで恵比須稲荷に安置され、関東大震災の際にもは再度救出されました。

そして昭和6年、隅田川畔(現在の中央大橋北詰辺り)に社を復活することになり、町の守護神として鎮座しました。
しかし太平洋戦争の被害で全焼してしまいました。
昭和29年には中央大橋架橋工事が行われ、その際に現在地に遷座となりました。
とても小さな神社ですが、南高橋とともに大きな存在感を持っています。
桜通りは極端に交通量が多い道路ではないので、都会の騒音に悩まされることなく、この神社周辺を散策することができます。
騒音対策としての骨伝導ヘッドセットの活用ではなく、周囲の音声を耳だけでなく骨で聴く活用として骨伝導を使うのに適しています。
12月に入り、世間は慌しくなります。
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この南高橋の左岸側、新川2丁目側の橋詰で、新日鐵のビルの入り口の脇に、徳船稲荷神社が鎮座しています。
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徳川の時代、現在の中央区新川は、越前松平家の下屋敷が三方堀割に囲われ、広大に構えていました。
その中に小さな稲荷が祀られていたといわれています。その稲荷社の御神体が徳川家の遊船と舳を切って彫られたものと伝えられています。
明暦3年、江戸に大きな事件が起こります。即にいう振袖火事です。
その被害はこの地にも及びましたが、御神体はあわや類焼の寸前難を免れることになりました。
大正11年に至るまで恵比須稲荷に安置され、関東大震災の際にもは再度救出されました。

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しかし太平洋戦争の被害で全焼してしまいました。
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