骨で聴く異世界

耳を使わずに「聴く」世界を旅します。耳をふさいでいても聴こえる世界です。

陸前高田市郊外の被災地を骨で聴く

2011-06-20 11:26:50 | 骨で聴く復興支援

 東日本大震災で被災し、大津波によって甚大な被害を受けた陸前海岸北部の中核を成す陸前高田市は、隣の大船渡市とともに旧・陸前国気仙郡になります。
 東日本大震災による大津波は、市中心部を完全に壊滅させました。市庁舎も含め市の全世帯中の7割以上が被害を受けたほどの規模です。市内のJR東日本の5駅のうち4駅までもが駅舎の流失を招いたほどでした。当然、線路も大きな被害を受けました。具体的にはJR大船渡線の竹駒駅・陸前高田駅・脇ノ沢駅・小友駅です。

 GPSによる国土地理院の調査が行われ、この震災により岩手県・宮城県・福島県の広範な沿岸地域において、著しい地盤沈下があったことが明らかとなりました。最大は牡鹿半島の-120cmでしたが、陸前高田市も小友町西の坊が-84cmという驚くべき数値が出ています。

 リアス式海岸が続く三陸海岸南部に位置する陸前高田市は、西の唐桑半島と東の広田半島に挟まれた広田湾の北奥に小さな平野が広がっています。この広田湾に気仙川が流れ込み、川が運ぶ土砂で形成された砂浜は高田松原と呼ばれていました。テレビでも松原が消失し、1本だけ残ったことが報道されています。この高田松原の北側が市の中心部で、リアス式海岸が続く沿岸部の中では広い平野部といえます。
 それがこの大津波で災いしてしまいました。平野部が広いということは他の町のように、すぐに山が迫っているわけではなく、避難場所までの道のりが長いことを意味します。

 市街地は重機が入り、瓦礫の撤去が続いています。そのせいか広大な遺跡のような光景となっています。ここに都市があったことが想像できないような状態です。
 しかし少し内陸部に入ると、まだまだ瓦礫の山で、斜面に沿って、被災した家と免れた家との境界線があらわれます。その見えない境界線に瓦礫が堆積しているのです。ボランティアの方がやれることも限度があり、まだまだ復興の光は射していない印象です。

 この壊滅的被害の陸前高田市には、骨伝導の特許保有メーカーである株式会社テムコジャパンが、国内の販売企画を担当する株式会社ピーエムコーポレーションと訪れ、骨伝導音声増幅器のきくちゃんを10セット寄贈しました。
 避難所で生活される高齢の方のために、社会福祉協議会・ボランティアセンターを経由して贈られました。





          ⇒ 陸前高田ボランティアセンターを骨で聴く
          ⇒ 被災地に「聞え」のプレゼント

 ここまでの悲劇を経験した陸前高田市が今後、どのように復興していくのか、骨伝導が果たす役割は何のか、改めて考えたいと思います。

          ⇒ 復興に協力する特許技術の骨伝導

被災したクルマを骨で聴く

2011-06-17 14:43:40 | 骨で聴く復興支援

 今年、2011年(平成23年)3月11日(金)に発生した東北地方太平洋沖地震は、単独で終結せず、地震に伴って発生した津波、さらにはその後の余震により被害が拡大されました。この大規模地震災害の地域は東日本全体に及び、東日本大震災といわれるようになりました。津波の被害は福島原発にも及び、現在でも大きな問題点が解決されずに推移しています。

 2011年3月11日14時46分18秒のことでした。
 日本の観測史上最大のマグニチュード(Mw)9.0を記録した地震は、宮城県牡鹿半島沖を震源として、岩手県沖から茨城県沖までの南北約500km、東西約200kmの広範囲に及ぶ驚異的な震源域でした。この地震は続いて、波高10メートル以上、最大遡上高40.5mにものぼる大津波を発生させました。東北地方の太平洋沿岸部は地獄絵図と化す光景を展開し、壊滅的な被害をもたらしました。

 地震と津波は、東京電力福島第一原子力発電所にも襲いかかり、原子炉を冷却できない状態が今でも続いています。大量の放射性物質の放出がはじまり、日本建国史上最大の危機を迎えたともいえます。

 太平洋沿岸部の町は津波の被害により瓦礫の山と化し、未だ復興の絵は描けていない状況が続いています。当時の生々しいほどの被害は、被災したクルマの残骸からも見ることができます。



 軽自動車だけでなくダンプもトラックも当然のように壊れています。
 骨伝導でいつも重低音の騒音を排除していたものが、全くそこからは聞こえません。

 被災地は、わずかに陸前高田市、大船渡市、仙台市だけしか見ていませんが、どの都市にも被災したクルマの残骸はありました。廃車の台数が過去最高の数値となるのは、この痛々しい姿を見ればうなずけます。

 米軍で採用された特許技術の骨伝導は、クルマの騒音対策に有効でしたが、被災したクルマからは骨伝導を通じて、まるで涙声が聞こえてくるようです。

          ⇒ 米軍採用の特許技術・骨伝導

 被災したクルマだけの問題ではありませんが、それだけに焦点をあてて「骨で聴く」ことが被災地からのひとつのメッセージになればと思います。

猊鼻渓を骨で聴く

2011-06-02 11:48:32 | 骨で聴く復興支援

 東日本大震災で被災した東北地方は、被害の少なかった内陸部にも影を落としています。観光客の激減です。東北経済の疲弊した状態は、「モノ」の流通だけでなく、「ヒト」「カネ」の動きが減少することで、さらに拍車がかかっています。
 観光に行くのなら、今こそ東北です。これは復興支援にもなります。

 そこで骨伝導とともに岩手県の猊鼻渓に向かい、ここを紹介することにしました。



 猊鼻渓は一関市の郊外ある砂鉄川沿いの渓谷です。1923年、岩手県では最初に、国の名勝に指定された場所です。

          ⇒ 一ノ関駅を骨で聴く

 全長2km、高さ50mを超える石灰岩が渓谷を両側から囲み、この巨大な岸壁が連続しています。中には奇岩や鍾乳洞もあります。雨が降った日には流れ落ちる滝が多く点在します。ここを舟で下るのは、日本の風景というより大陸的な光景といえます。船頭が謡う猊鼻追分は、両側の岩に反響し、実に見事な音響設備となっています。この舟下りを理屈抜きに楽しめることでしょう。


 
 骨伝導を使って、岩に反響する自然の音楽スタジオの音を聴くことができます。耳で聞くのとは微妙に異なるでしょうが、脳波がシーター波になりやすい骨伝導と、この猊鼻渓の環境は、見事にマッチングするといえます。癒し効果を骨伝導がより助長できることは間違いありません。

           ⇒ 特許技術の骨伝導製品

猊鼻渓の名称の由来は、峡谷出口近くに位置する鍾乳石が獅子の鼻に似ていることから名付けられたようです。猊鼻渓の「猊」とは獅子のことを表すようです。



 猊鼻渓を語る上で佐藤猊巌という人物を外すことはできません。
 当時、辺境の地にあってほとんど知られていなかった猊鼻渓を佐藤猊巌は優れた漢詩をもって世に紹介したにです。そのために投じた私財は、計り知れないものだったといいます。国の名勝指定を受けた最大の功労者こそが、洞潭・猊厳父子だったといえます。

 個性的船頭さんとともに、この猊鼻渓を堪能してください。骨伝導と一緒の旅がお勧めです。それが東北復興に、わずかですが繋がります。

仙台港を骨で聴く

2011-05-27 10:52:23 | 骨で聴く復興支援

 東日本大震災で被害の大きかった東北地方の中で、震度7という揺れに見舞われた仙台市は、宮城県の、というより東北の中心都市です。揺れの強さを表す指標「加速度」も、阪神淡路大震災の2倍以上の数値を出したといわれます。

 仙台市の東側は海に面していて、そこに仙台港があります。骨伝導とともに震災後2ヶ月以上経過した港へ向かいました。

 仙台港は、宮城野区と隣の多賀城市、七ヶ浜町にまたがっています。静かな仙台湾に面して位置しています。正式名称は「仙台塩釜港仙台区」だそうです。

 ここも震災の津波の影響で港湾施設周辺は瓦礫がまだ散乱していました。



 旅客・貨物の関連施設が多く、太平洋フェリーによる就航と、貿易港としての役割が目立ちますが、津波によって多くの施設が被災しました。海へと向かう道路には瓦礫があふれていて、広いはずの道路が狭くなっているほどです。
 大型のトラックなども悲惨な姿を見せている場所もあり、被害の大きさを物語っています。



 瓦礫の撤去は徐々に進められているようですが、機能的な港が本来の姿を取り戻すのはいつなのか、想像ができません。民家がある地域ではないせいか、大型の建物が整然と並んでいますが、遠くから見る姿と、近くから見る光景では全く異なります。近づくと、1階部分は破壊され、瓦礫が散乱している姿がよく分かります。

 骨伝導ヘッドセットを通して、船や港湾周辺の活気ある音を聴くことは現在できない状況です。むしろ騒音対策としての骨伝導の役割も、今はまだその機能を活かしきれない状況です。米軍で採用された特許技術の骨伝導の驚異的な性能は、仙台港の完全復活を待たなければならないでしょう。

          ⇒ 特許技術の骨伝導製品

 仙台港中央航路の突き当たりには、仙台港中央公園があり、 野球場とテニスコートなどのスポーツ施設が併設されていたり、その北側には「夢メッセみやぎ」というコンベションセンター、仙台港国際ビジネスサポートセンター「アクセル」があります。
 ここも津波の影響を受けたようで、現在ではひっそりとしています。

 骨伝導の本来の性能を活かす仙台港に、早く復活できるよう、出来る限りのサポートをしたいと考えます。

志戸平温泉を骨で聴く

2011-05-25 11:16:52 | 骨で聴く復興支援

 東日本大震災で多大なる被害を出した東北地方。観光客の激減により、被災した地域だけでなく経済的な打撃も受けています。内陸部にある温泉地では、地震からの復活を成したものの、観光客の宿泊ではなく、復興支援で訪れる人々の宿泊地となっている所もあります。これでは通常の営業活動と異なり、経済的な問題から雇用の問題まで、地場産業全体にも影響を与えかねない状況といえます。

 そこで岩手県の内陸部にある花巻温泉郷・志戸平温泉へと骨伝導とともに行ってみました。花巻温泉郷の中でも南部に位置する花巻南温泉峡で、東北自動車道からは2番目に位置する温泉です。

 平安時代から「陸奥のいで湯」として知られた花巻温泉郷ですが、南側の豊沢川流域は名湯・秘湯が多いといわれます。志戸平温泉はその入口に位置する温泉地となりますが、豊沢川の清流を眼下に見下ろす渓谷は、道路沿いからでは想像できないほどの温泉ムードが漂います。
 大型ホテル、割烹旅館、湯治宿というように、それぞれ全く正確の異なる湯宿が建ち並んでいます。温泉街があるわけではありませんが、元来が山あいの閑静な湯治場だったことを考えると、むしろ現代的な総合温泉リゾート地へと変貌を遂げつつある状況は、経済活動を推進していく真っ最中という印象です。それが東日本大震災で、少し足踏みしているところでしょうか。

 地元・花巻出身の童話作家・宮沢賢治が愛したみちのくの山々は、この温泉地にも迫っています。そんな山々に抱かれた場所に湧く温泉は、約1300年前、坂上田村麻呂が東征の際に発見されたという伝説が残っています。

 源泉はいくつかあるようで、ナトリウム-硫酸塩・塩化物泉や単純温泉となっています。格段に特徴がある湯ではないせいか、変なクセがないので誰でも温泉を堪能できるでしょう。ゆったりと湯浴みし、清流の流れを堪能しつつ、渓谷美とともに宮沢賢治の愛した雄大な山々がパノラマのように広がる光景を楽しめます。

 骨伝導を使って清流の音を聴くのも良いでしょう。身も心もリラックスし、日常から離れた瞬間に安らぎを与えてくれます。山と清流に抱かれた温泉地としては、ある意味で平凡ながら、東北復興の出発点としては悪くないでしょう。

 米軍で採用された国際的な特許技術を持つ骨伝導製品ですが、こんな温泉ホテルに高齢者のためのサービスで置かれていたら‥‥と、考えてしまいました。清流の音を耳の遠い方にも聴いて頂きたいと、単純に思えるからです。

          ⇒ 特許技術の骨伝導製品

 陸前高田市には特許保有メーカーより骨伝導きくちゃんが10セット贈呈されましたが、復興の温泉地にも骨伝導による「聴こえ」のサービスがあっても良いかもしれません。補聴器を嫌がる人が多い日本、高齢化社会を迎えた日本、このキーワードが骨伝導で解決できないかと考えてしまいます。

          ⇒ 陸前高田ボランティアセンターを骨で聴く
          ⇒ 被災地に「聞え」のプレゼント

 悲惨な震災を乗り越えるためには、骨伝導も大きな役割を提供したいと思っています。

御所湖を骨で聴く

2011-05-24 12:28:17 | 骨で聴く復興支援

 東日本大震災で疲弊した東北の復興支援として、観光産業を盛り上げるための場所を骨伝導とともに訪れていますが、今回は御所湖を取り上げます。

 岩手県盛岡市の郊外で、北上川水系雫石川に建設された特定多目的ダムです。堤高52.5m、型式は重力式コンクリートダムとロックフィルダムが複合したコンバインダムで、ダム湖は御所湖と呼ばれています。盛岡市の中心部からも近く、手軽な観光地となっています。しかし全国規模での知名度は低いようで、東京在住者にはなじみがあまりありません。

 数値で見ると、国土交通省・水資源機構所管のダム湖の中で年間湖面利用者が第1位となったという事実があることから、観光名所であるのは紛れもない事実です。これは単独でというより、すぐ近くに盛岡屈指の温泉である繋温泉、さらに北側には小岩井農場、さらにはリゾート施設やスキー場といった観光施設が多いことが影響しているものと思われます。
 盛岡市内からの距離は約10km程度です。適度な距離で、東北自動車道盛岡IC等からの交通アクセスも悪くありません。

 湖周囲はレジャーだけでなく、スポーツも華やかに行われます。さらに湖上ではウインドサーフィンやボートセイリングも盛んに行われていたりします。もちろん釣りなどもでき、総合レジャースポットとなっています。

 これからの季節は紫外線も多いことから、御所湖でのレジャーやスポーツには骨伝導サングラスがお勧めです。特許技術の骨伝導サングラスなら、好きなBGMを聴きながらも楽しめるし、震災関連の情報を聴きながらも対応できます。耳をふさがないので自由度は多く、しかも安全性の確かです。

         ⇒ 骨伝導サングラス

 骨伝導サングラスは、Bluetooth機能を搭載している携帯電話と接続すれば、サングラスをかけたままハンズフリー通話も可能になります。御所湖周辺でのサイクリング、釣りなどのアウトドアスポーツはもちろん有効です。
 さらに、騒音の中でも通話ができ、しかも耳をふさぎませんから車の運転や、工事現場などあらゆるシーンで快適な通信ができます。

 疲弊した東北経済を復興するためにも、ここでのレジャーは意味あることだと思います。骨伝導とともに行きましょう!



宮守川橋梁「めがね橋」を骨で聴く

2011-05-23 11:11:49 | 骨で聴く復興支援

 疲弊する東北観光を支援するため、骨伝導とともに向かったのは、宮守川橋梁です。JR釜石線の橋梁で、「めがね橋」と呼ばれています。宮沢賢治の名作「銀河鉄道の夜」のモチーフとなった橋梁といわれ、現在の宮守川橋梁に並んで岩手軽便鉄道時代に使われていた3基の石造橋脚も残っています。

 場所は遠野市の郊外で、花巻よりです。大震災で多大な影響を受けたJR釜石線の宮守駅から南に約300mほど行った位置です。国道283号線と宮守川をまたいでいます。1943年の建造で、土木学会推奨の土木遺産に指定されているほどのものです。
 延長105m、5連アーチという堂々としたものです。

 平成21年には恋人の聖地として認定され、モニュメントも設置されました。民話の里である遠野市の隠れた新スポットといえるかもしれません。東日本大震災の影響もなく、今でも宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」をイメージできます。

 ここから沿岸部へは震災関連のボランティアや全国の警察のパトカーなどが通ります。それでもめがね橋は、昔のままで見守り続けています。骨伝導を通して、喧騒の音を排除しながら、そんな橋を見ているだけで癒されるようです。
 米軍の爆音に負けない骨伝導システムですが、銀河鉄道をイメージすることに、骨伝導の威力が加わることは少し驚きのシーンかもしれません。

          ⇒ 特許技術の骨伝導製品

 被災していない観光スポットは東北にはたくさんあります。
 ぜひとも訪れてみてください。骨伝導とともに!
 

岩手山を骨で聴く

2011-05-20 16:21:11 | 骨で聴く復興支援

 東北復興支援としての観光情報第二弾は、小岩井農場から望んだ岩手山を八幡平から見た光景です。骨伝導とともに八幡平を登りました。

          ⇒ 小岩井農場の一本桜を骨で聴く

 奥羽山脈の北部に位置する岩手山は、岩手県最高峰の標高2,038mです。日本百名山に選定されている複成火山です。東側の盛岡市方面から見る岩手山を「表岩手」、南の雫石町や北の八幡平市松尾方面から見る岩手山を「裏岩手」と呼んでいます。表岩手では、富士山のように長い裾野が広がっている姿は、静岡県側から見た富士山に似ています。しかしその片側が削げているように見えることから「南部片富士」とも呼ばれるそうです。一方。裏岩手では、外輪山の連なりが凹凸をなしているのがよく見えます。

 岩手県ではもっとも存在感のある山ですから、古来より信仰の山としての側面も持っています。山頂外輪を取り囲むように石仏が奉られ、山麓には岩手山神社が祀られています。

 骨伝導とともに訪れた八幡平ではまだ雪が多く残り、まるで別世界でした。冷たい空気の中、岩手山はその偉大な姿を現していました。風の音だけが耳に届き、骨伝導でも同様になっています。静寂ではなく、山が発する声が冷たい風に乗って伝わってくるかのようです。

 特許技術の骨伝導も、この岩手山の光景に圧倒されているのかもしれません。信仰の対象でもある山は、言葉にできないパワーを秘めています。

          ⇒ 特許技術の骨伝導

 東日本大震災によって壊滅的な被害を受けた岩手県の海岸部と異なり、内陸部の山々は地震があったことさえ歴史の中に包み込んでいるかのようでした。悲劇や復興も、この大地の先にありますが、岩手山が動じていないことが、これからの未来を物語るのかもしれません。
 骨伝導の最先端技術もそれに近づけるようにしたいものです。

陸前高田ボランティアセンターを骨で聴く

2011-05-17 11:35:47 | 骨で聴く復興支援

 東日本大震災で壊滅的被害を受けた岩手県陸前高田市のボランティアセンターに骨伝導きくちゃんが届けられました。最初にスタッフの方に骨伝導を体験して頂き、その驚異の技術が確認されました。



 陸前高田市福祉協議会から市役所を経由して、被災している方々の中で、「聞こえ」の問題に悩まされている方、またその周囲の方、医療関係者などに骨伝導きくちゃん10セットが無償で渡されることになります。

          ⇒ 骨伝導きくちゃん



 未だ仮設住宅の数が圧倒的に少なく、体育館の避難所での生活を余儀なくされている高齢者とその家族には、難聴で大声で話をしなければならない苦痛が緩和されることでしょう。補聴器と異なり、耳に装着する必要がなく、聴診器のように額などにあてるだけで「聞こえ」が蘇るのは、画期的といえます。
 また、医療関係者に使って頂くことで、被災した高齢者との会話がスムースに実現することになります。

 これは骨伝導の国際特許を保有するメーカーの株式会社テムコジャパンが骨伝導きくちゃんを提供し、国内販売と企画を担当する骨で聴くドットコム(株式会社ピーエムコーポレーション)が参加する東日本大震災支援の財団法人設立準備室により実現できたものです。

          ⇒ 骨伝導メーカー ㈱テムコジャパン
          ⇒ 骨で聴くドットコム ㈱ピーエムコーポレーション

 陸前高田の市街地は壊滅状態となっています。避難生活の長期化が懸念されます。ストレスの多い避難生活に「聞こえ」のプレゼントをすることで、補聴器を今まで使用してこなかった人にも役立てられれば幸いです。


小岩井農場の一本桜を骨で聴く

2011-05-16 11:03:36 | 骨で聴く復興支援

 2011年3月11日に発生した巨大地震は、東日本一帯、特に東北地方を甚大な被害を齎しました。津波の被害による沿岸部の悲惨さは、連日報道されるとおりです。一方、内陸部では、インフラの復旧が行われ、大動脈である東北新幹線や東北自動車道も既に再開されています。常磐線や常磐自動車道は原発の問題で、未だ全線復旧の目処はたちませんが、東北は新しい展開を迎えたといえます。
 そこで単にボランティアだけでなく、経済的に困窮しつつある内陸部への観光資源を活かすため、知られざる東北の魅力を発信し、人の流れを新たに形成することで、復興支援をしたいと思います。骨伝導と旅する地域として、今まで東北地方はそれほど取り上げられえませんでしたが、この機会に骨伝導とともに東北の経済復興支援を行うことは、十分い意義あることだと考えます。

 最初に紹介するのが、小岩井農場の一本桜です。

 NHKの朝ドラマ「どんど晴れ」の場面にも取り入れられたことで、今まで知られざる桜スポットがメジャーな存在へとなりました。東京では桜の時期は、1ヶ月以上も前に終わっていますが、ここでは昨日の5月15日現在で、まさに見ごろでした。ゴールデンウィークの時には駐車場が順番待ちになったと言います。

 まだ雪化粧のままの雄大な岩手山を背景にして、麓の牧草地には菜の花の黄色い絨毯がひかれています。そこに絢爛たる桜の花をつけた樹木が、どっしりと立っている姿は、まさにお見事としかいいようがありません。
 一本桜はエドヒガンサクラで、この色のコントラストと雄大さを目にすると、それだけで癒しの効果が得られそうです。

 樹齢は不明とのことですが、おそら100年くらい前の明治40年代に植えられたのではないかと推定されています。周囲の草地は、小岩井農場の牧草を収穫する畑です。かつては牛の放牧地だったため、牛の暑さ対策として「日陰樹」の役目を担う樹木だったと考えられます。

 この見事な光景に見入り、骨伝導ヘッドセットによって雄大な音を脳へと伝えます。これは感動的です。特許技術の最先端骨伝導技術が、岩手の名画的風景に溶け込んでいくのを実感します。

          ⇒ 特許技術の骨伝導製品

 岩手県でもこの地域は地震による「揺れ」の被害はありましたが、大きな被害に至っていません。沿岸部と異なり津波とは無縁です。全国の方がこのエリアを旅するにの、何の問題もありません。桜の花が散ったとしても、このスポットは絶対にお勧めですので、ぜひ骨伝導とともに訪れてみてください。