骨で聴く異世界

耳を使わずに「聴く」世界を旅します。耳をふさいでいても聴こえる世界です。

UBZ-LM20&HG21CP-K1を骨で聴く

2013-07-25 19:21:54 | 骨で聴くビジネス
免許不要のトランシーバーとして人気の高いケンウッドのUBZ-LM20は、工場や現場だけでなく店舗にも多く導入されています。店舗でもカラフルな色が選べるUBZ-LM20は、女性にも受けが良いのかもしれません。

トランシーバーの導入は、店舗では店員の情報共有に繋がり、顧客へのサービス向上にも繋がります。万引き防止効果もあります。ガードマン、工場、現場作業での活用は言わずもがなです。

しかし、欠点があります。

店舗でも工場でも騒がしい環境だったらどうでしょうか?

代表例は居酒屋でしょう。
陽気に騒ぐお客さんの声が響く店内で、トランシーバーに接続したイヤホンやヘッドセットでは、どうしても通信相手の声が聞きにくいといえます。

静かな店舗の場合、騒音対策に気をつかう必要はありませんが、耳をふさぐイヤホンやヘッドセットを装着していると、目の前のお客さんの声をキャッチしにくくなります。

ケンウッドのUBZ-LM20のオプションで選べるアクセサリーだけでは、残念ながらこれらの問題を解決することができません。

そこで、登場するのが骨伝導ヘッドセットです。

しかもケンウッドのUBZ-LM20専用です。
特許技術の骨伝導スピーカーを使ったHG21シリーズでケンウッド専用ヘッドセットがあります。
これを使えば、

   騒音の中でも聞こえる!
   耳をふさがない!


これで問題が解決できますから、まさに夢のような商品です。実は、隠れた人気ヘッドセットなのです。

ただ一般の骨伝導通販サイトでは絶対に扱っていません。
唯一「骨で聴くドットコム」だけが取り扱っています。

導入実績も多彩で、大手自動車メーカー、原発関連施設、大手製造メーカー、市役所等だけでなく、小さな工務店、研究所、町の一般店舗まで幅広く支持されていました。
しかもケンウッドのUBZ-LM20とのセットでも購入できることから、無線機をこれから導入しようという施設にも対応できます。

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目黒・大鳥神社を骨で聴く

2013-07-24 11:25:41 | 骨で聴く巡礼旅
ゲリラ豪雨の激しかった東京の目黒区で、最古の神社が大鳥神社です。

11月に行われる酉の市が有名で、「目黒のお酉さん」と呼ばれ親しまれています。これは、日本武尊を祭神とする鳥明神の特殊神事で、熊襲や蝦夷を平定した戦勝記念や、日本武尊が火難を防いだことに由来する火難除けの神事であったと伝えられるものです。

日本武尊というと、以前に骨伝導機器とともに参拝した横須賀の走水神社を思い出します。隠れたパワースポットといわれるだけあって、とても気持ちのよい神社でした。何より海と山とが癒合した素晴らしい環境だったのが印象的でした。

     ⇒ 横須賀・走水神社を骨で聴く

一方、大鳥神社は目黒通りと山手通りが交差する地点にあります。
環境は全く異なります。クルマで移動する人には目印にもなる場所です。その分、境内にまで騒音が響いてしまうのは、致し方ない環境と言えます。

神社の由来としては、日本武尊が東征の途中に立ち寄ったことによるもので、走水神社と共通します。景行天皇の時代にこの地には、国常立尊を祀った社があったようです。
日本武尊が東夷平定と、部下の眼病平癒を祈願しました。
霊験が現れ、日本武尊は感謝し、十握剣を社に奉納したといいます。

また、その後、日本武尊の霊が白鳥としてこの地に舞い降り、鳥明神として祀られたともいわれます。
大同元年(806年)には社殿が完成したという言い伝えがあります。ちなみに現在の社殿は昭和37年に完成したものです。

神社の名になっている「大鳥」の由来については、「日本書紀」で、「尊みことの亡骸を、伊勢国の能褒野のぼのに葬しましたところ、尊みことの御霊は白鳥となり陵みささぎより出て、倭国を指して飛ばれ……」という白鳥伝説が語られていますので、白鳥が「大鳥」と呼ばれるいわれかもしれません。

江戸時代には、江戸九社のひとつとして知られていたようです。江戸名所図会では「大鳥大明神社」として描かれてもいます。

騒音激しい都会の神社ですが、骨伝導ヘッドセットを使えば雑音だけでなく古代からの「音声」を骨で聴くことができるのかもしれません。
米軍採用の特許技術を誇る骨伝導スピーカーだからこそ実現できるのかもしれません。

     ⇒ 骨伝導機器・特許製品

骨伝導ヘッドセットともに参拝を続ける旅も、7回目の夏を迎えています。なんだか今年はシェルショッカーのnewバージョンが出たり、きくテルの生産中止が決まったり、激動の夏の気がします。

杉並谷中稲荷神社を骨で聴く

2013-07-22 18:16:42 | 骨で聴く巡礼旅
米軍で採用された特許技術を駆使した骨伝導スピーカーを製造するテムコジャパンは、工場は中国にありますが、本社は東京都杉並区の方南町にあります。

   ⇒ 特許技術の骨伝導製品はこちら

一般的には住宅街として知られる街で、世界に誇る技術を有するメーカーのある街という印象はないでしょう。

駅名は方南町ですが、住所の表示は「方南」です。
この地名の地域は結構広く、北は善福寺川を境にし、西は環七通り、東は中野区南台に接し、南は渋谷区の笹塚に接しています。そのため南端は甲州街道に接することになり、地下鉄の方南町駅エリアではなく完全に京王線エリアになります。

東西方向に方南通りが通り、新宿と直結する道路になっています。神田川も流れていて、善福寺川と合流します。

   ⇒ 神田川・善福寺川合流地点を骨で聴く

駅周辺は商店街が形成され、その先は完全な住宅街です。
古来より人々が居住してきたエリアで、遺跡もあります。

   ⇒ 釜寺東遺跡を骨で聴く
   ⇒ 方南峰遺跡を骨で聴く

そんな方南町の住宅街に台東区ではないのに「谷中稲荷神社」があります。意外な発見で、思わず足を止め、骨伝導ヘッドセットともに参拝しました。

小さな神社です。
それでもよく目立ちます。

伊勢神宮の太々講に行った人が、京都伏見稲荷神社のご分霊を遷したという説と、誰かのの屋敷神であったともいわれています。
しかし現在は大宮八幡宮の境外摂社だそうです。

   ⇒ 大宮八幡宮を骨で聴く

谷中稲荷初午祭では、大宮八幡宮の宮司による祝詞奏上や、巫女による「かぐら豊栄の舞」もあるそうです。

小さな小さな神社ですが、米軍採用の最先端・特許技術を持つメーカーと同一エリアにある聖域ですから、やはりきちんとしたお参りはしておいて正解でしょう。

BUHEL D01 ヘルメット通信システムを骨で聴く

2013-07-21 16:01:46 | 骨で聴くビジネス
バイク用のハンズフリーによる通信システムは、意外に多く市場に出ています。

しかし、どれもヘルメットの中にイヤホンやヘッドホンを入れなければならず、ある種の違和感があるのも事実です。特にずれ落ちてくるのは、決して感心しないことです。

あるいはヘルメットを改造してスピーカを埋め込むしかありません。これだと複数のヘルメットで共有することができず、しかもメンドー!

そこでヘルメットそのものを一瞬にしてスピーカーに変えてしまうという大胆な発想のもと、以前より好評を得ていたのが「シェルショッカー」という製品です。

ただ、残念ながら基本設計の古さやコード類に若干の弱点がありました。
どうにかならないか、という声をたくさん頂いていました。

そこで、ついに、

Bluetoothを利用した第三弾でもあり、新しいシェルショッカーでもある「BUHEL D01」が国内で正式発売されました。

※ちなみにBluetooth第三弾なのは、

 1.骨伝導ヘッドセットHG40SAN-TBT
 2.骨伝導サングラスGL42 (完売)

 上記二つに続くという意味です。念のため

携帯電話ならば自動着信ですから、無線のようなPTTスイッチは必要ありません。
バイク便のライダーにも大きな武器となります。

そんな新しいヘルメット通信システム。
スピーカーに変身したヘルメットから伝わる音声を、骨で聞いてみてください!

          ⇒ 今なら20%OFF newシェルショッカー

随分と久しぶりに宣伝記事を作成してしまいました。大変失礼しました。

幸徳稲荷神社を骨で聴く

2013-07-17 16:40:33 | 骨で聴く巡礼旅
 都会の中で出会う神社は、規模の大小に関係なく絶えず新鮮さを生じさせてくれます。東京の街と一体化し、存在感も希薄なほど地味な存在になっていたとしても、その空間に一歩を足を踏み入れれば、周囲に漂う歴史の重さと清涼感という相反する空気に触れます。

 そんな都会の神社の一つ、幸徳稲荷神社へ骨伝導機器とともに参拝です。

 靖国通りと本郷通りが交差する小川町交差点の近くにあり、ビルと一体化していて、神社があると知らずに通りすすぎてもおかしくないほどです。
 それでも歴史のある神域で、時代は徳川幕府の時代にまで遡ります。

 山城の国淀の城主(現在の京都府伏見区淀町)である稲葉丹後之守の江戸小石川中屋敷に祀られてあったものが起源です。稲葉丹後之守は、徳川幕府・三代将軍・家光の乳母である春日の局の後裔といわれています。
 この時代は鍛冶屋稲荷と称していたようです。五穀豊穣武運長久を祈願されていたようで、由緒ある社と伝えられています。

 明治維新後は、神田小川町周辺に商人が移り住んできました。小川町1番地を守る守護神として、京都の伏見稲荷神社より霊を勧進したそうです。近隣の氏子によって新しく社殿を建立することになり、毎年5月14日15日の両日には修祓式を行うようになりました。

 時代が昭和に入ると、氏子の数・500世帯で幸徳稲荷神社奉信会を結成しました。新しい町会の発足とともに相互の連絡、親睦と、幸徳稲荷神社へのより一層の崇敬を深めることになりました。

 太平洋戦争のときは東京は大打撃を受けましたが、幸徳稲荷神社は奇跡的に社殿は戦災をまぬがれました。戦後の町の復興再建に大きな役割を果たす存在ともなりました。戦災にあった方々を勇気づけ、励ます存在として、現在まで続いてきています。

 都会の神社ですから周囲は騒音に満ち溢れています。
 ノイズを消すのではなく、骨伝導ヘッドセットを使って参拝することで、この町の復興を支えてきた神社に崇敬の念を抱くことができます。皮肉なことに町を破壊した米軍で採用された最先端の特許技術を駆使した骨伝導機器が、この神社の参拝に大きな威力を発揮しています。
 しかしこれも平和利用のこと。さらにいえば日本の骨伝導技術が米軍の兵士の命を守っているともいえるかもしれません。

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芦花公園駅を骨で聴く

2013-07-16 12:22:56 | 骨で聴く巡礼旅

 杉並区と世田谷区の境界線のすぐ近くにあり、ホームが曲線上に位置する京王線の駅が芦花公園駅です。急行や快速が停車しないので少し地味な印象を持つかもしれません。また、東隣の八幡山駅とは環状八号線の通りを挟んで700mの距離しかありません。

 そんな芦花公園駅に骨伝導機器とともに降り立ちました。
 
 駅名の由来となったのが蘆花恒春園の最寄駅ということですが、徒歩では15分程度かかり、環八側では八幡山駅のほうが近いといえます。
 蘆花恒春園は周辺の広場まで含めて芦花公園といわれ、これは明治期から大正にかけて活躍した文豪・徳富蘆花の旧宅がに寄贈されたことでできたものです。
 徳富蘆花の旧宅は現在でも見ることができます。

 ちなみに駅の駅開設当時は「上高井戸駅」でした。
 駅は世田谷区にありますが、すぐ隣の区域が豊多摩郡高井戸村上高井戸だったことに由来しています。

 駅南西側には団地が広がっています。UR都市機構の団地で、以前の団地風景を知っている者には見違えるほどの再開発による建て替えだと分かります。

 そんな芦花公園駅で通過電車の騒音を骨伝導で防御したり、周辺の音声を骨で聴いたりしました。夏の太陽も少しは雲に隠れ、のだかな京王線の駅を堪能しました。

 米軍採用の特許技術を誇る骨伝導製品でなければ実現できない快適さです。

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最初のイギリス公使宿館跡を骨で聴く

2013-07-11 19:02:29 | 骨で聴く体験記

 以前に訪れた「最初のフランス公使宿館跡」に続いて、今度は最初のイギリス公使宿館跡へ骨伝導とともに出かけてきました。

 2010年に国の史跡に指定された最初のイギリス公使宿館跡は、高輪の閑静な場所で緑に囲まれた東禅寺にあります。品川駅からもそれほど離れているわけではありませんが、袋小路の突き当りにある関係で、交通量も極端に少ない場所です。

 安政6年にイギリス公使宿館となり、初代公使はルザフォード・オールコックでした。
 これは前年の安政5年(1858年)に締結された日英通商条約によるもので、わが国最初のイギリス公使宿館となりました。

 ここはまた、大きな事件の舞台ともなりました。



 文久元年5月28日の夜、水戸浪士の襲撃事件です。有賀半弥等14人が東禅寺の公使館を襲撃しました。公使のオールコックは難を逃れましたが、書記官オリファントと長崎駐在領事モリソンが負傷しました。襲撃した浪士も3名が討死し、1名がその場で捕縛されました。

 翌年の文久2年5月29日にも事件は勃発しました。幕命により松本藩がイギリス公使館を警備していましたが、これを憂慮した松本藩士の伊藤軍兵衛が公使館に侵入したのです。その結果、イギリス兵クリンプスとスウィートの2名が殺害され、自らは自刃しました。
 この事件により松本藩は警備の任を解かれ、藩主である戸田光則が差控を命じられるなどの処罰を受けるに至りました。

 そんな事件がおきた舞台でしたが、ここは明治6年(1873)ごろまで使用されていたようです。
 
 現在は本当に閑静で、血なまぐさい事件のあった場所とは思えない雰囲気を出しています。夏の太陽の下、骨伝導ヘッドセットを通して当時の悲劇に思いをはせます。耳では聞こえない音を「聴く」ような気分に浸ります。
 米軍で採用された特許技術の骨伝導スピーカーとともに、幕末の歴史を少し考えてみました。

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榛名神社を骨で聴く

2013-07-03 12:36:52 | 骨で聴く巡礼旅

 関東屈指のパワースポットとして名高い榛名神社へ、骨伝導機器とともに参拝です。

 榛名山は群馬県にあり、筑波山、鹿野山と並び関東三大修験道名山の1つです。また群馬県内では、妙義山、赤城山とともに上毛三山の1つにも数えられています。
 山麓には関東の奥座敷・伊香保温泉もありますが、榛名神社が鎮座する場所は伊香保温泉とは別の方向になります。

 太祖山が掃部ヶ岳、祖山が榛名富士で、この2つの山を線で結び、さらに榛名神社とを結んだ三角形のエリアに気が生じているといわれています。また、榛名富士から榛名湖を経て榛名神社へと通じるラインにエネルギーの気脈が通じているともいわれています。
 
 参道に沿って流れる榛名川にも水のパワーが宿っていることから、元気をチャージしてくれるほどの効果があるともいわれています。

 それほどまでに強力なパワーを秘めた環境に加え、本殿は御姿岩という巨岩の窪みにすっぽりはまっていて、ここでも岩から地球のパワーを直接もらっているといいます。

 主祭神は火の神・火産霊神と土の神・埴山姫神で、水分神・高靇神・闇靇神・大山祇神・大物主神・木花開耶姫神を合せ祀られています。

 歴史は古く、綏靖天皇の時代に鎮座し、用明天皇元年(586年)に社殿が造営されたと伝えられているほどです。中世以降は「満行権現」と称され、「元湯彦命」が祭神とされていました。しかし、南北朝の動乱に連動した榛名山座主職をめぐる抗争が生じ、戦国時代になると座主職も置かれず、衰微の一途をたどっていたようです。

 近世に入ってから復興を遂げました。天海僧正の手によります。
 慶長19年(1614年)「上野国天台宗榛名山巌殿寺法度之事」が出され、上野の寛永寺の支配を受けるようになりました。

 慶応4年(1868年)に神仏分離令が出され、明治3年(1870年)には、神仏分離取締に任命された新居守村が赴任して、榛名神社から仏教色は一掃されたといわれています。このとき三重塔も壊す予定だったようでしたが、現存しているのは、奇跡的なことかもしれません。

 明治5年(1872年)には修験宗廃止令により、呪術、祈祷が禁止されました。

 古き良き時代の神仏習合の名残とともに、強大なパワーで漲る聖域は、耳を使わない骨伝導ヘッドセットを使うことで秘密のエネルギーまで骨から脳へと届くような気になります。
 これも米軍で採用された特許技術の骨伝導製品だからこそ感じられることかもしれません。

          ⇒ 米軍採用の骨伝導製品

江古田駅を骨で聴く

2013-07-02 11:30:55 | 骨で聴く鉄道駅

 武蔵大学、日本大学藝術学部、武蔵野音楽大学からのアイデアがデザインの一部に採用された駅舎を持つ江古田駅。西武池袋線で池袋からわずかに3駅という近距離にあり、学生の多い活気ある街の中心駅です。

 新しい駅舎は、橋上駅舎になり、南北自由通路が設置され、エレベーター・エスカレーターも設置されました。最大の変更点は、島式ホーム2面4線から相対式ホーム2面2線に変更されたことでしょう。以前は急行や準急などの優等列車の待避が行われる駅でしたが、その役割が隣の東長崎駅に変更となりました。

 駅の住所は、東京都練馬区旭丘一丁目で、駅名の「江古田」は中野区の地名で、この駅からは少し距離があります。
 ではなぜこの駅名になったのか?
 それは、現在の江古田駅周辺の地名・練馬区栄町や旭丘が住居表示法施行まで「江古田町」であったことに由来します。江戸時代に多摩郡江古田村の新田として開発された地域でした。
 ちなみに駅名は「えこだ」と読みますが、現在の中野区江古田は「えごた」が正式な読み方です。なぜ異なるのか、その理由は諸説あり、不明のようです。

 学生の喧騒で賑わう駅には、携帯電話を使う人が多くいます。
 騒音対策としての骨伝導ヘッドセットが大いに役立ちます。そんな駅です。