東京・銀座にある朝日稲荷神社は、都会ならではの特殊な鎮座の仕方をしていることで有名です。
まず他で見かけることがないような、極めてユニークな天は、社殿の構造です。
まず、銀座を散策していて目にするのは、ビルの一角にある神社の姿です。
わずか一坪程度のスペースしかありません。高さは確保されていて、ビルの1と2階の部分を使っています。
ここが朝日稲荷神社の拝殿です。
これだけ見たら、都会でよくある小規模な神社と同じです。
しかし、ここがユニークなのは、本殿がビルの屋上にあるという点です。
拝殿の奥に本殿があるというのは、基本的に本来の神社の形式といえるでしょう。しかし、この本殿に行くためにはビルの屋上にまでお上らなければならないというのは実に珍しいといえます。
拝殿の先に小高い丘や山があるのは珍しくありませんから、ある意味で銀座という大都会ならではの構造といえます。
エレベーターで8階まで行き、右側のドアを開けると外階段になります。
この階段を上った先に本殿があります。
実は1階の拝殿とビルの屋上の本殿はつながっています。
拝殿から水道管で屋上とつながり、水道管の中には土を詰めて地上と同じ扱いということにしているようです。
そのため、拝殿での参拝は、そのまま願いを本殿に届けられるようになっています。しかも拝殿前にマイクが設置され、本殿にあるスピーカーでその声を届けることも可能なのです。
では、この朝日稲荷神社ですが、これだけ現代風にアレンジされていることから新しいのか、というと、実はそうでもありません。
古来よりその地に鎮座し、守護神として厚く奉斎され、遠近の崇敬を集めていたといわれています。
江戸時代、安政の大地震により社殿は倒壊し、三十間掘に幽没したといわれます。このとき以降、社地は荒廃してしまったようです。
ところが大正時代、東京湾で起きた大津波によってその霊体が顕れたといいいます。そのまま奉安されたものの、今度は関東大震災が発生してしまいます。転地を余儀なくされた状態で、次に昭和の太平洋戦争の戦災に見舞われます。
復活したのは戦後です。
社殿を再建し、昭和27年宗教法人朝日稲荷神社となりました。
銀座の特殊な構造を持つ朝日稲荷神社は、運命に翻弄されながらも現代では開運スポットとしても知られるようになってきました。
こんな都会の神社こそ骨で聴きましょう。
喧噪の中でも確実に聞こえる、相手に通話できる、そう、骨伝導スピーカーと骨伝導マイクです。
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