骨で聴く異世界

耳を使わずに「聴く」世界を旅します。耳をふさいでいても聴こえる世界です。

元麻布氷川神社を骨で聴く

2014-02-28 10:53:19 | 骨で聴く巡礼旅
アニメの「美少女戦士セーラームーン」で、セーラーマーズ・火野レイが巫女をしているという設定となっていた氷川神社は、東京の元麻布にあります。
今回はここへ骨伝導ヘッドセットとともに参拝です。

今でこそ高級なイメージを持つ「麻布」ですが、江戸時代は、農耕地、雑木林、町屋、大名、小名の下屋敷からなる閑散とした地域であったといいます。街が形成されるようになったのは、明治から大正時代にかけてで、太平洋戦争後はすぐ隣の六本木が国際的な盛り場として発展していったことに比例し、また、多くの大使館がこの地に誕生したことも加わり、国際色豊かな都心の高級住宅街へと変貌を遂げていきました。

その麻布村の中心だったのが現在の地名表記では元麻布で、この地域の鎮守が氷川神社です。素盞嗚尊が主祭神で、日本武尊を配祀しています。

歴史のある神社で、創建は天慶5年(942年)といわれています。
源経基が平将門の乱平定のため東征したときに、武蔵国豊島郡谷盛庄浅布冠の松の地に創建されたと伝えられます。しかし別の説もあって、文明年間(15世紀後半)に太田道灌が勧請したという説もあります。



当時は2,000坪以上の社有地を有したといわれるほどの規模を誇っていましたが、創建された場所が増上寺の所領となったため、連座することとなりました。
万治2年(1659年)のことで、現在地へ遷座することとなりました。

現在はまるで借景のような位置に元麻布ヒルズがあり、鎮座する神社を守っているかのような雰囲気を出しいます。
元麻布ヒルズは、森ビルが開発した高級レジデンス群で、六本木ヒルズや愛宕グリーンヒルズとは異なり、複合型ビル施設ではありません。森ビルの『ヒルズ』の中で、唯一レジデンス棟のみで構成されています。

この地域では地上29階という高さと、独特の形をしているせいか、ランドマーク的な存在にもなっています。

周囲で取り上げたことが何度かありますが、やはり元麻布ヒルズの景観と対比されるような位置にあるといえます。

     → 安藤記念教会を骨で聴く
     → 元麻布・龍澤寺を骨で聴く
     → 暗闇坂を骨で聴く
     → 麻布山善福寺を骨で聴く

そんな麻布台で骨伝導ヘッドセットを使って氷川神社周辺の音声を聞いてみます。
閑静な場所だけあって、心地よい雑音が耳だけでなく骨からも脳へ伝えられます。都心にあって、しかも高級な住宅街ではあるものの、庶民の鎮守様として残っている力強さを感じます。

しかし骨伝導ヘッドセットといっても、米軍で採用された特許技術を駆使した製品だからこそのパワーが大きく貢献しているのも事実です。

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六本木から麻布にかけての地域は、こんなスポットと時々出会います。何となくホッとする気分になります。

祟鎮山無量寺を骨で聴く

2014-02-27 10:09:25 | 骨で聴く巡礼旅
東急田園都市線の用賀駅から世田谷ビジネススクエアに沿って北側に歩いていくと、商店街と住宅街が混ざった地域に無量寺の山門が現れます。
米軍採用の特許技術を駆使した骨伝導ヘッドセットとともに、この寺院を訪れることにしました。

無料寺は崇鎮山観音院といい、浄土宗の寺院です。
港区芝にある西応寺の末寺で、組寺として法徳寺、行善寺、大吉寺、森巌寺、浄光寺があります。

開山は光運社明誉寿広和尚で、本堂は42坪の広さを持っています。
本尊は三尊阿弥陀如来坐像で、作者は春日といわれています。



無量寺の名の由来は、浄土三部経の中に阿弥陀経があり、その無量寿仏からとったものといわれています。
本堂の左側には観音堂があり、十一面観世音が安置されています。これは行基の作といわれていますが、これには伝説があります。

天正年間のこと、現在の世田谷区用賀に当たる住人で、名前が高橋六右衛門尉直住という人がいました。彼が品川の浜で漁師の網にあげられた像を譲りうけてきました。最初は自宅にまつっていましたが、ある日、夢枕に観音のお告げがありました。
無量寺に安置してくれと告げられたというのです。

浅草寺の観音も漁師が関係しますから、似たような伝説がこの無量寺にもあることになります。
現在の無量寺は商店街に近いロケーションにも関わらず、境内に入ると清潔で神聖な場所という雰囲気を醸し出しています。気持ちのいい雰囲気です。

近くには週末には大混雑するスーパーがあり、少し喧騒の余韻が境内にまで届いてきそうですが、それでも落ち着いた空間は広がっているといえます。

こんな喧騒と隣同士の寺院で、骨伝導機器を使い、耳だけでなく骨からも音声を聞いてみます。米軍で使われている特許技術の骨伝導ヘッドセットだけあって、その驚くべき性能から、この無量寺の「静」と「煩」とを対比させることができます。

折りしもこの高性能の骨伝導機器が、全額返金保証キャンペーンを実施しています。まだ驚異の骨伝導技術に触れていない方は、この機会をご利用ください。

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そしてぜひ、用賀に来た際は骨伝導ヘッドセットとともに無量寺を訪れてみてください。

八坂神社の富士塚を骨で聴く

2014-02-26 12:17:30 | 骨で聴く巡礼旅
富士塚とは、富士信仰に基づき、富士山に模して造営された人工の山や塚のことですが、世界遺産に指定された富士山に対して、各地で見られる富士塚はあまり知られていないかもしれません。

東京の練馬区では西武池袋線の江古田駅前にある浅間神社の富士塚が気軽に行ける場所ですが、ぜひお勧めしたいのは大泉にある八坂神社の富士塚です。

富士講が盛んだった江戸時代には「江戸八百八町講中八万人」と言われるほどのもので、有名な富士塚はとくに「江戸八富士」とよばれたほどでした。現在では4基の富士塚が重要有形民俗文化財に指定されています。
今回訪れた八坂神社の富士塚は指定されていませんが、なかなかの雰囲気を持った塚です。

もちろん今回も米軍採用・特許技術の骨伝導ヘッドセットを装着しての「登山」です。



まず八坂神社ですが、創建年代不詳で、新編武蔵風土記稿に記載があります。江戸時代には天王社と称され、橋戸村の鎮守だったようです。
祭神は須佐之男命で、京都八坂神社(祇園社)の分霊を勧請して創建されました。祇園社の守護神は牛頭天王です。この辺りの字を当時は「中里」といったので、村人からは「中里の天王様」と親しまれてきたようです。

関越自動車道や東京外かく環状道路(外環道)の大泉インターに近い場所ですが、都内23区の中ではのどかな地域です。埼玉県和光市とも隣接しているエリアです。



中里の富士塚は、神社の右側にあります。
南側の基部からの高さが約12メートル、径が約30メートルあります。これはかなりの規模で、練馬区では最大規模の富士塚です。
明治初期に築造されたといわれていますが、文政5年(1822年)の石碑がありますので、少なくとも江戸時代には、その原型があったと思われます。

富士登山らしく、1合目から山頂まではジグザグの登山道が整備されています。
合目を示す石に沿って登頂すると36基の石造物を見ることができるのが特徴です。その中でも道祖神の碑は練馬区内で唯一のものだそうです。

山開きは毎年8月1日です。

頂上には、富士山から切り出し花崗岩があり、さらにここは山頂らしく景色が開けています。



どこか地方都市のような風景が広がり、何だか旅したような気分を味わえます。
登り終えた達成感がわくほどの高さではありませんが、登山についてはなめてかかると危険かもしれません。
見た目以上に急な坂になってたり、道が狭い場所もあります。ご高齢の方は一人で登るのは避けた方が無難です。

もし耳が遠いようであれば、必ず骨伝導「きくちゃん」を装着して、誰かと一緒に登るのが最適といえます。危険を知らせる声が届かなかった、同行者がいても意味ありません。

     → 今なら全額返金保証の骨伝導「きくちゃん」

山頂から周囲の音声を聞くのにも、やはり骨伝導です。
耳だけでなく、骨から脳へと音声を伝え、この環境を堪能します。やはり旅気分が味わえます。

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身近な場所に知られざる富士塚があり、思い切り堪能できるのは何ともうれしいことです。

練馬白山神社を骨で聴く

2014-02-25 10:21:21 | 骨で聴く巡礼旅
西武池袋線・都営大江戸線の練馬駅から文化センターに沿って半周し、さらに西側に行った先に白山神社が鎮座しています。今回も骨伝導機器とともに参拝に出かけました。

白山神社は練馬宿の氏神で伊邪那美命を祀っています。歴史は古く、平安時代に建てられたと伝えられていますが、明治期に発掘された石碑等から鎌倉時代には周辺に集落があり、勧請されたものと推定されています。



この神社で有名なものといえば、神社拝殿前の階段の上下にある大ケヤキです。
国の天然記念物に指定されています。

樹齢約900年と推定される全国でも屈指の欅(ケヤキ)の巨木です。
石段上の木は、樹高14メートル、幹周り7.2メートルで、都内最大のケヤキです。石段下の木も樹高19メートル、幹周り8メートルあります。

落雷や腐朽の進行による樹幹の空洞化などにより2本とも衰弱していたのを、樹木医が平成3年から平成9年にかけて数回にわたり治療を施したそうです。この治療により、2株の大おおケヤキは徐々に樹勢を回復してきました。
しかし石段の上の巨木は台風の影響で、無残な状態になってしまいました。
また、この季節は緑の葉が茂っていないせいか、何となく寒々しい感じもします。



永保三年(1083年)に、源義家が「後三年の役」で奥州に向かう際、戦勝を祈願してこの社に奉納されたものと伝わるものです。

巨木は人にエネルギーを与えてくれるような気がします。
東京の23区内にこんな樹木のある神社の境内は珍しく、一見の価値があります。豊島園にも近いので、ついでに見学するのも良いかもしれません。

そんな巨木と擬似的に会話をしようと、骨伝導ヘッドセットを使ってみます。
耳だけでは聞こえない樹木の声が、骨から脳へと伝わればよいのですが、むしろ何だか分からないパワーが与えられた気分です。

骨伝導機器については、米軍採用・特許技術の製品でなければ意味がありません。何と、全額返金保証キャンペーンを継続したのですが、予定数量が早くもなくなりそうな勢いです。このチャンスにぜひ、骨伝導も試してください。

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都内には知られざるパワースポットがたくさんあります。
練馬の白山神社もその一つといえるでしょう。緑に包まれた巨木を見に、春にはまた来ようと思わせた場所でした。
もとろんそのときも骨伝導ヘッドセットと一緒に訪れます。

山王稲穂神社を骨で聴く

2014-02-24 10:47:47 | 骨で聴く巡礼旅
2006年の夏の甲子園、兵庫国体ともに日本一に輝いた早稲田実業野球部ナインが、参拝に来て、身に付けていた「幸福守」から、一躍有名となった神社が東京の小金井市にあります。

早稲田の校章は稲穂ですから、それにも関係している神社の名前‥‥、山王稲穂神社です。

江戸城の守護神である江戸麹町の山王宮(現在の赤坂:日枝神社)より、承応3年(1654年)に下小金井の新田開発のため、御分霊を祭ったのが始まりです。
御神祭の大山咋神は開拓の神として古来より新天地への社業繁栄、家運隆昌の御神徳ありと伝えれています。

また山王の紳使(御神猿)は古くから魔が去る「まさる」と呼ばれ、 厄除、魔除の信仰を受け、犬と共に分娩の軽き安産の神とし信仰されています。

街中にある神社のため境内は広いわけではありません。
それでも、昭和8年建立の武蔵小金井駅開設記念碑や、御神木のウバメガシの古木があり、鎮守の森の雰囲気も色濃く残ります。




境内には他に、疱瘡神社、稲荷神社があり、病気平癒、縁結び、商売繁盛の御神徳があるといわれます。

一時のブームは去った「幸福守」の神社ですが、逆に今はひっそりとしていて本来の姿で優しく鎮座しているようです。

周囲の音声を骨伝導を使って聞きながら、癒し効果を体感するのも悪くないでしょう。米軍に採用された世界規模の特許技術を誇る骨伝導製品により、早稲田実業の優勝のときの喧騒を聞き、騒音対策の次に、神社の静寂さも耳だけでなく骨から脳へと伝えることで癒し効果を体感できます。

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小金井市というと、どうしても野川周辺の雰囲気が好きなのですが、この山王稲穂神社は中央線より北側で五日市街道の南側という場所にあります。
この周囲の雰囲気も改めて見直しました。

アキュラNSXを骨で聴く

2014-02-21 11:43:31 | 骨で聴く名車
バブル景気絶頂期の1989年に発表され、販売開始は翌年の1990年9月14日。
以来、2005年12月末までの15年間、フルモデルチェンジを行うことなく製造され、翌年の2006年まで販売していたホンダの2シーター・スポーツカーがNSXです。

北米ではアキュラのブランドで発売されていました。このアキュラ(Acura)とは、本田技研工業が1986年にアメリカ合衆国・カナダで開業した高級車ブランドで、トヨタ自動車のレクサス、日産自動車のインフィニティの開業が1989年でしたから、それに先立つものでした。

NSXのデビュー当時、市販自動車としては類を見ないボディで注目されました。「オールアルミモノコック・ボディ」の採用でした。そのためほとんどを手作業で行うこととなり、他のクルマのように産業用ロボットによる流れ作業製作は不可能でした。

日本車で唯一のスーパーカーとも評されたことは、そんな特殊性が如実に物語っています。

世界的に見てスーパーカーといえばフェラーリやポルシェなどです。NSXの開発もこれらの高級スポーツカーを比較対象することとなりました。
その中でもフェラーリのV8モデルであるフェラーリ・328を徹底検証し、これを上回る走行性能を目指して開発されました。

しかも驚くべきことに、開発段階からアイルトン・セナや中嶋悟などが走行テストに参加していたのです。この時代は、ホンダがF1チームにエンジンを供給していた関係で、実現したことだといえます。

F1ドライバーの彼らからは、ボディー剛性の低さを指摘されたようです。
そこでドイツのニュルブルクリンクなどで8か月にわたる走行テストを繰り返し、世界初のオールアルミ製軽量高剛性ボディーの完成に至ったのです。



心臓部分のエンジンも、レジェンドのエンジンをベースにしたV6 SOHC 4バルブ 3.0L(265PS/6,800rpm)を、当時まだ開発中だったVTECを完成させ、NSXの独自のものにしました。

このNSXを所有することはできませんでしたが、運転席に乗ったことはあります。
そのときの驚きも凄いものでした。運転席からの水平方向の視界が311.8度というデータが示すように、従来のいわゆるスーパーカー、特にフェラーリやランボルギーニと比較して運転席からの視界がきわめて良好なのです。

しかも、運転席に座ると明らかにホンダ車だと感じるのです。
不思議な驚きを感じつつ、そのまま異世界に突入する運転を楽しみたかったのですが、現在までその機会はありません。

日本が誇る技術力はホンダだけでなく、骨伝導機器もあります。
NSXが北米市場でも評価されたように、米軍の無線機アクセサリーとして騒音環境でも通話を可能にする骨伝導ヘッドセットは日本の技術力によります。
その知られざる驚異的な技術を一般向けの商品にも応用したもの、さらには米軍で使われているのと全く同一の製品も手に入れることが可能です。

一般に公開しているのは下記のサイトです。

     → 米軍採用・特許技術の骨伝導機器

NSXから刺激されて、日本の世界に誇る技術力に触れてみるのも良いかと思います。

真竜寺の天狗を骨で聴く

2014-02-20 13:55:01 | 骨で聴く巡礼旅
東京の世田谷区で有名な地名の一つに「下北沢」があります。
しかし現在は「下北沢」という地名は存在せず、世田谷区の北東部に位置する俗称であり、小田急線下北沢駅周辺地域の名になっています。住所表示でいえば、世田谷区区北沢の全域と代沢の一部に相当します。
またよく略して下北(しもきた)と呼ばれることが多くあります。

そんな下北沢は、テレビの情報番組や各種の雑誌などでよく取り上げられる機会が多くあります。よく並列されるのは、同じ世田谷区では三軒茶屋、目黒区では自由が丘、中目黒、渋谷区の代官山、武蔵野市の吉祥寺などで、ステレオタイプ的な表現として、「若者の街・ファッションの街」となっています。
しかし下北沢の場合は、さらに加えて小劇場の求心的な地域としても紹介されます。

意外と知られていないのが、天狗です。
しもきた天狗まつり」は、長年続く下北沢の名物なのです。

ではこの天狗はどこからくるのか?

実はそれが小田原大雄山最乗寺の分院である真竜寺です。
昭和4年に下北沢に建てられた寺院のため、それほど歴史があるわけではありません。それでも街に根付いています。




賑やかな商店街から少しだけ入った場所に境内があります。道路と境内には段差があり、小さな石段を上がっていきます。
境内に入ると、大きな天狗の面が目につきます。まるで場違いな場所に出てきたような感覚さえおぼえます。鮮やかな天狗の出現に何ともいえない気分を味わいます。

節分の日に行われる天狗まつりでは、天狗の面と大天狗、裃姿の年男などが豆をまきながら商売繁昌、家内安全を祈り、商店街を練り歩きます。
残念ながら今年はいけませんでしたが、節分が終わった時期に来ても、何だかご利益がありそうに感じます。

決して大きな寺院ではありません。
また、寺院としては決して目だっていません。
それでも下北沢に欠かせない存在で、この街の繁栄を支えているのは間違いありません。

商店街の喧騒から少し外れた状態でも、賑やかさの余韻が残っています。そこで骨伝導ヘッドセットを使って騒音対策とともに、周囲の音声を耳だけでなく骨でも聞きます。
祭りの賑わいを頭で再現することはできませんが、天狗と対面しながら骨伝導を堪能する気分は悪くありません。気分爽快です。

米軍採用、特許技術の骨伝導製品も好調に「全額返金保証」キャンペーンが進んでいます。天狗とともに、驚異の骨伝導製品を試してみることをお勧めします。

     → 骨伝導「全額返金保証キャンペーン」

また下北沢の隠れたパワースポットともいえる場所ですから、劇場やショッピングに訪れたついでに、ぜひこの元気をくれる天狗に会いにいくのもお勧めです。


万歳山永福寺を骨で聴く

2014-02-19 10:01:39 | 骨で聴く巡礼旅
東京都杉並区には寺院の名を由来とする地名があります。
以前に取り上げたのは善福寺でした。しかし地名の由来となった「善福寺」は廃寺となり、現在ある善福寺との関係は不明というミステリーな展開が待っていました。

     → 福寿山善福寺を骨で聴く

今回は、地名の由来となった寺院が今も残る、杉並区永福の永福寺へと骨伝導機器とともに向かいました。

井ノ頭通りと甲州街道、北側は方南通りに囲まれたエリアで、駅名や旧町名から「永福町」と呼ばれることが多くあります。エリア内を神田川が流れ、商業地は二つの駅の周辺にあります。永福町駅と西永福駅です。

     → 永福町駅を骨で聴く
     → 西永福駅を骨で聴く


地名の由来になっている永福寺は、閑静な住宅街の中にあります。
曹洞宗の寺院で、本尊は十一面観音像です。脇侍の不動・毘沙門両像とともに、鎌倉期の仏師快慶の手になるものと伝えられています。



寺伝によると開創は大永2年(1522年)で、開山は秀天慶実と伝えられています。
史料としては、永禄2年(1559年)に北条氏康が作成した「小田原衆所領役帳」に「島津孫四郎21貫文永福寺」という記述があります。そのため実際の開創も寺伝と近いといえるでしょう。

小田原城が落城したのち、北条氏の家臣・安藤兵部丞が、この寺の住職を頼り、この場所で帰農したといいます。永福寺の檀家となり、この村の開発につとめたようです。

荘厳な雰囲気を持つ寺院ではありませんが、境内は清清しい空気に満ち溢れています。住宅街の中に落ち着いた永福寺の境内が広がっているのは、この地の由来となっただけの存在感があります。

閑静な空間で耳だけでなく骨からも音声を脳に伝え、永福寺の存在感と骨伝導の偉大なパワーを全身で感じることができます。ただし骨伝導機器は米軍採用の特許技術を誇る性能だからこそといえます。

そんな骨伝導機器も、手軽なヘッドセットから業務用、難聴者用と、幅広製品が「全額返金保証」のキャンペーンを継続しています。この機会に永福寺参拝とともにご利用してみてください。数量限定です。

     → 米軍採用・特許技術の骨伝導「全額返金保証」

杉並区の善福寺は環状八号線の先ということもあって、少し郊外の雰囲気がありました。一方、永福寺周辺は多様な顔を見せています。バブル経済以降の敷地分割があったにもかかわらず、永福三丁目などは今なお高級住宅街としての風格を保っています。
寺院のある一丁目は井の頭通りと甲州街道に挟まれ、いかにも都会の住宅街という雰囲気を漂わせています。

ぜひとも骨伝導ヘッドセットとともに参拝してみてください。

イヤマフ型骨伝導ヘッドセットHG82Pを骨で聴く

2014-02-18 11:20:28 | 骨で聴くビジネス
先週末からの大雪の影響は未だ尾を引いています。
観測史上1位の積雪を大幅に塗り替えるほどの積雪となったのは、まさに自然の驚異を感じずにはいられませんでした。

特に山梨県甲府市、群馬県前橋市、埼玉県熊谷市では、過去120年の観測史上最大の積雪になりました。この「歴史的」な大雪に、雪の備えが不十分だった関東各地の弱さが露呈しました。

よく行く長野県飯田市も南信州ということで雪が少ない地域なのですが、81センチの積雪でした。1ヶ月前に葬儀で行っていた場所のため、これがもし、こんな状況だったらと思うと本当に恐ろしく思います。おそらく東京に戻ることができなかったでしょう。

そんな雪の被害が続く中、知られざる骨伝導ヘッドセットの検証を行いました。
インターネットでは掲載していないため、知る人ぞ知る製品です。

イヤマフ型の骨伝導ヘッドセットで、HG82Pシリーズです。
これは世界的に定評のあるPELTOR社の高性能イヤマフH540Aをベースにして、世界的な特許を保有するテムコジャパンが独自の技術を搭載したものです。

マイクは高性能振動ピックアップタイプVSCM(Vibration Sound Conversion Mic)を採用し、スピーカー部に防水型ダイナミックタイプを搭載しています。

ジェットエンジンなどの激しい騒音にも効果を発揮するものです。

ここまでの激しい騒音の案件は、そんなに多くなく、また別の製品で対応したりしていたため、イヤマフ型骨伝導ヘッドセットはそれなりに新鮮です。
しかし、若干、音がこもる部分もあり、また個人差がある印象を受けます。
それでも絶対的に通話が不可能な騒音下の中で発揮する威力を考えれば、まさに驚異的な性能といえるでしょう。

雪の被害に対し、ヘリコプターが活躍したりしますが、そんな場面では絶大な威力を発揮する骨伝導ヘッドセットです。

     → お問い合わせは「骨で聴くドットコム」へ

雪の被害が続く状況ですが、骨伝導製品は軍隊や難聴者だけでなく、こんな場面でも活躍していることを、ぜひ知って頂きたいと思います。
またそれだけの性能ですから、ビジネス的側面も今後ますます無視できません。

三遊亭円朝旧居跡を骨で聴く

2014-02-13 11:04:47 | 骨で聴く癒しの世界
新宿区の区立花園公園・小学校一帯は、明治の東京落語界を代表した三遊亭円朝が、明治21年から28年まで住んだ場所で、公園内にある旧居跡の碑は新宿区指定史跡になっています。

新宿御苑北側、この周辺は、かつて長く在籍していた会社の近くであり、現在では取引先会社が何社かある地域です。今回は改めてこの旧居跡を骨で聴きます。

初代三遊亭円朝は天保10年4月1日(1839年5月13日)生まれで、幕末から明治の時代に活躍しました。本名は出淵 次郎吉です。
なんと言っても円朝による新作落語は名作佳作とされる作品が多く、現代まで継承されているものが多数を占めています。落語の歴史でいえば、円朝が江戸時代以来の落語を大成したといわれます。

この新宿での屋敷地は、およそ1000平方メートルもあったといいます。かなりの広さです。
母屋と廊下続きの別棟の離れが、『円通堂』と呼ばれた円朝の居室で、周囲は孟宗竹の深い藪や野菜畑に囲まれ、田園風景が広がっていたようです。

その時代はまだ、現在の光景とは全く異なる寂しい町だったようで、円朝は周囲の喧噪を避けて、あえてこの地を選んだといわれています。

新宿のこの場所で、新宿や戸塚を舞台とする「怪談乳房榎」や「名人長次」などを書き上げました。円熟期を過ごした場所だったのです。

新宿の喧騒も少し薄れた地域ですが、今では円朝の見ていた光景をここで想像することはできませんが、改めて骨伝導を使って落語を聴いてみたくなります。
そのような企画を考えている最中なので、余計にこの碑の前で足を止めました。

ところで、全額返金保証キャンペーンですが、あまりに好評だったため、対象商品を緊急入荷しました。そのため、もう少しだけ延長することができました。ただ後半の勢いがありますから、ご検討中の方はお早めに!

     → 復活! 特許技術の骨伝導製品「全額返金保証」

新宿御苑にお越しの際は、ここまで足を延ばすことをお勧めします。その際は米軍採用の特許技術を駆使した骨伝導ヘッドセットもお忘れなく。

竜舞駅を骨で聴く

2014-02-12 11:40:21 | 骨で聴く鉄道駅
スカイツリーで脚光浴びた東武鉄道ですが、実はローカルな支線も多くあります。
その中でもかなり地味な小泉線は、群馬県の館林駅と、人口の約1割がブラジルやペルー出身の日系人という大泉町の西小泉駅と東小泉駅、それに太田市の太田駅(太田駅を骨で聴く)を変則的に結んでいます。

館林駅 - 東小泉駅 - 太田駅 - 足利市駅 - 館林駅は、東武鉄道唯一の環状区間なのです。ただし環状線として同一の電車が一周しているわけではありません。
館林駅 - 西小泉駅の12.0kmと、太田駅 - 東小泉駅6.4kmに別れているのが小泉線で、館林駅 - 足利市駅 - 太田駅の区間は、浅草から続く伊勢崎線の本線として機能しています。

そのため、館林 - 太田間を直通利用する場合は、どちらのルートが早いか気になるところですが、実はよく分かりません。小泉線ルートの場合、東小泉駅で乗換になるため、ここでの接続時間によって、メインルートの伊勢崎線経由よりも早く着くこともあるし、逆に遅くなる場合もあるからです。

そんな東武小泉線で、太田駅から一つ館林駅方面へ向かった場所にあるのが竜舞駅です。
今回はここに最先端の骨伝導機器とともに降り立つことにしました。

駅周辺は太田市郊外の住宅街で、特に駅の南側は綺麗に区画された住宅地が広がります。商店街がないので少し寂しい感じですが、区画と街並みは落ち着いていて好感の持てるものです。

しかし駅の南側に出入口はなく、不思議なことに駅前ロータリーのような広場だけがあります。これは土地区画整理事業の際に南口を設置できるようにしたものだそうですが、何とも不自然な印象を受けます。
では、駅舎のある北側にはどうやって行くか、というと、踏切です。この踏切は自転車等の二輪車を除いて、車両通行不可という小さなものです。

PASMO対応簡易改札機が設置されている駅で、乗車券売場はありません。
駅前の工務店で発売しているようです。

駅構内は島式ホーム1面2線の列車交換可能駅で、駅舎とホームとは跨線橋により連絡しています。

自動車王国の北関東の駅は、少子化とともに乗降客が減少する傾向が顕著です。
しかし竜舞駅については珍しく増加しています。これはおそらく周辺の宅地化が進み、絶対的な人口増加になっているからかもしれません。そのため、田舎の簡素な駅という印象も持つ割に、意外な程に勢いのある雰囲気まであります。

そんな竜舞駅に降り立ち、米軍採用の特許技術を駆使した骨伝導を使って周囲の音声を聴いてみます。何だか静寂な中にも活気が漲っているようで、元気をあたえてもらいます。

     → ついに最終日! 全額返金保証の骨伝導機器

ローカルな地味な路線、しかも観光名所もなく、地域の人の足となっている鉄道に触れるのは、時には楽しいものです。しかも乗降客が増加している駅なので、あやかって運気も上昇させていものです。
その上昇音も骨伝導を使って、骨で聴きましょうか!

愛宕山・愛宕神社を骨で聴く

2014-02-11 11:18:00 | 骨で聴く巡礼旅
東京23区内で、天然の山としては標高が最も高い山が愛宕山です。
東京都港区愛宕という一等地に三等三角点があり、下にはトンネル、山頂には愛宕神社とNHK放送博物館のある山です。

天然の山として23区最高峰といっても、標高はわずかに25.7m。
標高だけなら練馬区南西端では約58mあり、愛宕山より高いことになります。武蔵野台地の関係でどうしてもそうなります。また、人造の“山”では、新宿区の箱根山が45mで、やはり愛宕山より高くなっています。

それでも愛宕山は江戸時代から武士たちの信仰を集めるとともに、山頂からの江戸市街の景観の素晴らしさで有名な場所でした。現在では周囲の高いビルが連なっていますから、全く風景が異なっていたことがうかがえます。

都心部にありながらインパクトが強いのが「男坂」です。この急な石段は「出世の石段」と呼ばれています。

山頂にある愛宕神社は、京都の愛宕神社が総本社で、防火・防災に霊験のある神社として知られています。
1603年(慶長8年)に、徳川家康の命により創建されました。
神仏習合の時代でしたから、徳川家康が信仰した勝軍地蔵菩薩を勧請して創建されたものです。



明治の廃仏毀釈により勝軍地蔵菩薩像は近くの真福寺に移され、後に関東大震災で焼失してしまいました。
1934年の弘法大師1100年御遠忌記念として銅製で復元され、現在は、1997年に建設された真福寺・愛宕東洋ビル一階外側に祀られています。

桜田門外の変の慰霊碑もあります。



また児磐水という名水があったということで、この伝説もまた興味深い点です。



伝説に彩られた神秘性と23区最高峰の天然の山ということで、最近ではパワースポットとしても知られるようになりました。
最先端の骨伝導機器とともにこの山と神社を訪れ、そんな雰囲気が音声を骨で聴いてみます。米軍に採用された特許技術を駆使した骨伝導機器と都内のパワースポットが融合し、何ともいえない気分を味わえます。

最先端の骨伝導機器も、「全額返金保証キャンペーン」、いよいよ最終日です。

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有名な山であり、神社でもありますが、意外と訪れる機会に恵まれない場所でもあります。ぜひとも骨伝導ヘッドセットとともに参拝を!

豊玉氷川神社を骨で聴く

2014-02-07 10:07:26 | 骨で聴く巡礼旅
環七通りが世田谷方面からほぼ直進して北に向かっていたのが、右方向へとカーブする場所があります。そこが中野区から練馬区に入った場所に相当します。
カーブしてすぐに右手に鎮守の森が現れます。

そこが今回、骨伝導機器とともに訪れた氷川神社です。
練馬区の豊玉南とう住所で、便宜的に豊玉氷川神社といいますが、通称が「中新井の氷川さま」です。

中新井とは、東京府北豊島郡の時代に存在した村の名で、中荒井や中新居とも表記されます。「新編武蔵風土記稿」では中荒井村とあり、その項に「氷川社、村の鎮守なり。例祭9月18日。正覚院持。末社牛頭天王、天神、稲荷」とあります。

中荒井村の鎮守で、別当正覚院だったのは事実のようですが、創建は不詳とのことです。
主神は、当初は北野神社、次に須賀神社、そして現在の氷川神社へと遷移しています。

氷川神社の旧拝殿は江戸時代後期の建造物で、練馬区登録有形文化財になています。屋根は、母屋を切妻造とし、その四方に庇をふきおろして一つの屋根とした入母屋造です。

そしてこの神社で特筆すべき点は、ビール麦・金子ゴールデン発祥の地ということです。



金子ゴールデン記念碑建立実行委員会による碑が、参道にあります。
知られざる事実なので、その全文を引用させて頂きましょう。

ビール麦「金子ゴールデン」は, 明治三十三年(1900)篤農家 金子丑五郎によって 東京市北豊島郡中新井村の当地で育成されました。翁は 江戸末期の文久元年(1861)十 月二十日に生れ、優れた先見性と旺盛な研究心、地道な努力を積み重ね、米麦をはじめ 野菜の品種改良にも情熱を傾け、近郊農家の経営安定に大きく貢献しました。特に国産 ビールの需要拡大を予見し、輸入品種と国産種の自然交配から「金子ゴールデン」を選抜・育成しました。つくりやすい性質から当地では「矢羽」の愛称で、昭和二十五年(1950) 頃まで盛んに生産されていました。翁が改良した種子は、貴重な遺伝資源として「独立 行政法人 農業生物資源研究所ジーンバンク」に永久保存されています。
練馬区豊玉が生んだ翁の功績を地域文化として伝承し、都市農業の振興のため、平成 十五年翁を慕う農民等が相集い、栽培の復活に取り組みました。努力の甲斐あって、多くの人々が喜びを共有して国産ビール黎明期の味を楽しんだことを、翁の功績と共に後世に伝えるため、碑を建立します。
          平成十八年十月吉日
          金子ゴールデン記念碑建立実行委員会


ビール好きの人は、一度はここに足を運んだほうが良いでしょう。
まだまだ知らない地元のヒーローはいるもので、このビール麦の偉業は、米軍に採用された特許技術を日本が保有している事実と同じように価値があります。
骨伝導の国際的な特許技術も、この環七を南下した場所に本社があります。

そんな偉業の製品を全額返金保証キャンペーンで行うのも、来週の2月12日水曜日までです。お早めにお試しください。

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神社に参拝してビールを思うとは、お祭りのとき以外では始めての経験だったかもしれません。

桝箕稲荷神社を骨で聴く

2014-02-06 10:56:48 | 骨で聴く巡礼旅
新宿区の南東部に位置する坂町は、北が靖国通りに接しています。その先は自衛隊の駐屯地です。地形的には南側が高く、北が低いという高低差があり、坂町の地名の由来も分かるような気がします。

そんな新宿区坂町の住宅街に桝箕稲荷神社が鎮座しています。
今回も骨伝導ヘッドセットともに参拝してきました。

元和年間(1615~1624年)に当地の守護神として奉斎されたといわれています。
最初の頃は真須美稲荷と言われていたようで、祭神の宇迦能御魂大神(別名・倉稲魂大神)から、五穀を司る神社として崇敬されてきました。
江戸時代は、この周囲は御手洗組の屋敷があって、徳川幕府よりこの場所が恩賜米の配分などが行われていました。その影響からか、いつの頃か枡箕の文字を用いられるようになったと伝えられます。

稲荷大神の御神徳は、農村においては五穀豊穣の守り神、町方では商売繁昌の神として崇拝されてきましたから、この地に鎮座している意味と江戸の庶民の感覚はまさに一致しているといえるでしょう。

一緒に祀られているのは猿田彦で、天孫降臨の道案内をされた神様であることから、地鎮・建築・方除・みちがきの神として尊崇されてきました。大宮売名は神人の間を執り持ち給い、和平をはかり給い、家内円満等を司り給う神様として奉斎されています。

昭和20年の空襲により、社殿は焼失してしまいました。しかし戦後になって、氏子崇敬者の献身的な努力によって復興した神社です。

場所柄、鎮守の森があるわけでもなく、境内も参道も狭い都会の神社ですが、靖国通りから少し入っただけで、このような神社にめぐり合うのは何とも感動的です。素朴で小さな神社でありながら、地域をずっと見守ってきたことに感動します。

そんな小さな桝箕稲荷神社の周囲を骨で聴きます。
骨伝導を通して聞こえる音は、建築作業をする物音だけでした。それでもなぜか満足してしまう自分がいました。

     → では、骨伝導の製品とは?

小さな都会の神社は、なぜか魅力を感じます。
東京に住んでいるからというより、環境が大きく変化しても、そこに鎮座し続けるエネルギーを内包していることに魅かれるのかもしれません。

とうきょうスカイツリー駅を骨で聴く

2014-02-05 11:08:26 | 骨で聴く鉄道駅
東武鉄道伊勢崎線は「東武スカイツリーライン」の愛称区間を浸透させると同時に、東京スカイツリー開業直前に業平橋駅を「とうきょうスカイツリー駅」へと改称しました。
それでも改称後も「旧業平橋」の名称も併記しています。

今回はそんなとうきょうスカイツリー駅へと最先端の骨伝導機器とともに降り立ちました。

リニューアル工事により、以前の業平橋駅時代の面影は失われ、コンコースの大幅増床、階段や改札口の増設、エレベーターの移設と大型化、エスカレーターの新設など全く新しい駅になったといえます。
スカイツリーの開業により乗降客も増加し、開業前と比べ8倍強の乗車人数を記録しているといいます。

この駅は駅名を何度か改称されていて、その歴史を見るのも面白といえます。

開業当初は「吾妻橋駅」でした。
駅名の由来は、隅田川に架かる吾妻橋によるもので、実はこの由来は、現在では近くにある都営浅草線の本所吾妻橋駅に残っています。
2代目の駅名は、意外なことに「浅草駅」です。
しかしこれは暫定的なもので、この当時、まだ東武鉄道は現在の浅草駅まで開業してなかったからです。延長して開業した際に、現在の浅草駅が「浅草雷門駅」となり、のちに浅草駅と改称しています。
3代目が「業平橋駅」で、この由来は、大横川に架橋された業平橋によります。

ちなみに浅草駅からとうきょうスカイツリー駅間には、1931年(昭和6年)から1943年(昭和18年)までの期間だけですが、隅田公園駅が存在しました。

またスカイツリーの開業は、この駅を特急停車駅まで格上げしました。
全列車ではありませんが、東武鉄道が誇る有料特急の「けごん」「きぬ」「しもつけ」「きりふり」「りょうもう」の一部が停車するようになりました。

最先端技術の結晶である東京スカイツリーを仰ぎ見て、最先端の特許技術を駆使した骨伝導機器で周囲の音声を骨で聴くのも味わいがあります。

     → 世界最高水準の骨伝導機器とは

東京の新しい観光名所ですが、やはりこの周辺は下町情緒たっぷりで久しぶりに訪れた人には、ある種の違和感を抱くかもしれません。