↑ オランダの画家アブラハム・ホンディウス(Abraham Hondius/1625–1691)による作品「羊飼いへの告知」。
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日本キリスト教 富 谷 教 会
週 報
年間標語 『いつも喜び、絶えず祈り、どんなことにも感謝しましょう。』
聖句「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝をこめて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。」(フィリピ4:6)
待降節第4主日(クリスマス礼拝) 2015年12月20日(日) 5時~5時50分
礼 拝 順 序
前 奏 奏楽 辺見トモ子姉
讃美歌(21) 260(いざ歌え、いざ祝え)
交読詩篇 2(なにゆえ、国々は騒ぎ立ち)
主の祈り 93-5、A
使徒信条 93-4、A
聖 書 ルカによる福音書2章1~20節(新p.102)
説 教 「キリストの降誕」 辺見宗邦牧師
祈 祷
讃美歌(21) 268(朝日は昇りて)
聖餐式 78(わが主よ、ここに集い)
献 金
感謝祈祷
頌 栄(21) 24(たたえよ、主の民)
祝 祷
後 奏
愛餐会 礼拝後、別室でクリスマスの愛餐会を開きます。ご参加ください。
次週礼拝 12月27日(日) 年末礼拝
午後5時~5時50分
聖書 マタイによる福音書2章1~12節
説教 「東方の学者たち」
賛美歌(21)260 278 24
本日の聖書 ルカによる福音書2章1~20節
1そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。 2これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。 3人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。 4ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。5身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。 6ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、 7初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。
8その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。 9すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。 10天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。 11今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。 12あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」 13すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。
14「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」
15天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。 16そしてて急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。 17その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。 18聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。 19しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。 20羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。
本日の説教
イエス・キリストが誕生したのは、ローマ帝国の初代の皇帝となったアウグストゥス(B.C.27~A.D.14)の時代です。ローマ帝国は、帝政前の共和政の時代から地中海世界の全域を支配しました。ローマは、B.C.37年にエルサレムを占領し、ヘロデ大王をユダヤの王とし、ユダヤを属領としてシリアに編入しました。
主イエスはユダヤのヘロデ王(B.C.37~B.C.4年)の時代にユダヤのベツレヘムで生まれました(ルカ1・5、マタイ2・1)。
皇帝アウグストゥスの治世中には、彼の統治する世界の住民登録はなかったし、キリニウスがシリアの総督だったのは紀元6~7年のことです。キリニウスがユダヤの住民登録を行ったのは紀元7年のことです。ルカ福音書の記す記録は正確ではありません。
イエスの誕生を、皇帝アウグストゥスの治世の全世界の住民登録と、そしてキリニウスのシリア州の総督だった時として、この政治の世界に取り入れた理由は、イエスはこの現実の歴史の中に生まれたのであり、すべての人のため、全世界のために生まれたということを表現するためであったと思われます。また、皇帝アウグストゥスも住民登録もすべて、神の目的に奉仕するものであることを示しています。
メシア(救世主)はダビデの出生地であるべツレヘムで生まれると、700年も前からイザヤやミカによって預言されていました。
「エフラタのベツレヘムよ、お前はユダの氏族の中でいと小さい者。お前の中から、わたしのためにイスラエルを治める者が出る(ミカ書5・1、イザヤ11・1~5)。
そのベツレヘムにヨセフは住民登録をするために上って行きました。「身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するため」でした。マリアが身ごもったのは聖霊によるものであると、すでにルカ1・35に記されています。生まれてくるイエスとヨセフとの間には、直接親子としての血縁関係がありません。しかし、<ダビデの家系の子>であるヨセフがイエスをわが子として受け入れ、その名を親として命名すると、法的な親権者となり、イエスもダビデの子孫となり、<ダビデの子>として生まれることになるのです。
彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせました。宿屋には彼らの泊まる客室がなかったからです。おそらく、宿屋の付属の横穴の厩(うまや)が仮の宿となり、家畜に餌を与える飼い葉桶が赤子の寝台となりました。イエスはこの世のかたすみで、この世に歓迎されないかのように誕生しました。
その地方の<羊飼いの野>で、羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていました。ベツレヘムには、<羊飼いの野>という所があります。そこが羊飼いたちが天使から御子キリストの誕生を告げられた所だと言われています。
天使が近づき、神の栄光が野原にいる彼らの周りを照らしたので、彼らは非常に驚きました。
天使は、<恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる>、と言いました。<今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった>と言ったのです。
ベツレヘムはエルサレムから10キロほど南西にある小さな町です。このベツレヘムでモアブ族出身のルツはボアズに出会い結婚し、オベデが生まれ、その子エッサイにダビデが生まれました。ダビデはベツレヘムで父の羊を飼っていました。(サムエル記上16・17)。そのためにベツレヘムはダビデの町と呼ばれました。
<この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。>
<布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子>とあります。神はその子を極貧の中で、最も卑しい者として生まれさせました。イエスは生まれたときから、十字架への道を歩むことになるのです。ここに神の恵みが表されています。
天使は、<ダビデの町で生まれた赤子>が、ダビデ家の出であり、救い主であるというのです。そして、<この方こそが主メシアである>というのです。その<しるし>は、なんと<布にくるまって飼い葉桶に寝ている乳飲み子>あるというのです。飼い葉桶で眠る御子は、十字架の上で死なれる御子だということなのです。
すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、<いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ>と神を賛美したのです。天においては神に栄光、地においては人々に平和と歌うこの賛美は、主イエス・キリストによって実現する神様の救いをほめたたえています。
皇帝になる者の誕生に際しては、詩人や託宣者が平和と繁栄を述べることは、ローマ帝国では慣例となっていまました。尊厳者を意味する<アウグストゥス>は、元老院からオクタヴィアヌスに与えられた尊称で、皇帝を神としてあがめる皇帝崇拝が、皇帝アウグストゥスから始まります。平和を帝国内に確立したとされるアウグストゥス皇帝は、当時<救い主>と呼ばれていました。
しかしイエスの誕生は、皇帝の誕生ではなく、救い主キリスト、主と呼ばれる者の誕生でした。ここでは皇帝アウグストゥスとイエスを比較しているのです。それは皇帝アウグストゥスの治世下で生まれたイエスこそが真の平和の救い主であること示すためです。主の天使が、羊飼いたちにダビデの町で生まれた「この方こそ主メシアである」と告げます。武力で支配するローマ皇帝がメシアではなく、イエスこそ真の救い主であり、<平和の君>として誕生した方であると告げているのです。
イエス誕生は旧約の預言の成就です。
「ひとりのみどりごがわたしたちにために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は、『驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君』と唱えられる。…平和は絶えることがない。王国は正義と恵みの業によって、今もそしてとこしえに、立てられ支えられる。万軍の主の熱意がこれを成し遂げる。」(イザヤ9・5~6)この知らせは、宮殿の広間ではなく、野原で、貧しく身分の低い者に対して、一番最初に届けられました。それは、主イエスの救いが、全ての民に与えられるものであることを表しています。
天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合いました。そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てました。その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせました。聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思いました。羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行きました。
預言者イザヤは、「見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエル(神は我々と共におられる)と呼ぶ(イザヤ書7:14)と予言しました。イエスの誕生は、神がわたしたちと共にいてくださることを表しています。独り子の命を与えて下さった神様の愛と赦しによって、私たちは「御心に適う人」とされ、神様との間に平和を与えられているのです。わたしたちに永遠の命を与えるために、死と罪に打ち勝ち、復活され、天に上られたイエスは、聖霊の主として、わたしたちの内に宿り、世の終わりまで共にいてくださいます。
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである、」(ヨハネ3:16)とあります。わたしたちを救うために世に来られ、マリアから生まれたイエス・キリストをほめたたえ、今、父なる神と共に支配している主をほめたたえ、やがて来たりたもう主イエスをほめたえましょう。今、わたしたちの心のうちに、御霊のイエスを迎えることこそが、最大のクリスマスを祝う意義であり、大きな喜びなのです。
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