ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



いやあ、ヒマでひまでしょうがないんだよね。時間が掃いて捨てるほどあるんだよね。どうすりゃいいのかね? なーんて悩みもってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『人生の王道を語る』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 幸福の科学では、「人生の目的と使命」というものを教えています。人生の目的とは、この地上に魂が生まれ変わることによって、さまざまな学習経験をすることです。そして、地上を去った世界にまた還っていきます。こういうプロセス、このような転生輪廻を繰り返しています。そして、人生の使命とは、その魂を輝かし、地上にユートピアを創っていくことなのだ、という話をしています。(中略)
 ものごとは何でもそうですが、目標、目的があって、どういうふうにしていけばいいのかという筋道が立っている人にとっては、仕事というものは、いとも簡単に片づいていきますが、先が見えない人、どうしたらいいかがわからない人、自分がどっちに向かって行ったらいいかわからない人にとっては、試行錯誤の連続です。そして無駄な時間がたくさんできてきます。
 ですから、人生の目的と使命をはっきり知っている人から見ると、そういう無駄な時間が出ないことになるのです。(中略)早いうちにその事実を知った人には、時間の無駄が少なくなります。つまり、自分の時間を管理することができます。(中略)
 時間というものはお金以上のものなのです。お金を使うときには、予算を立てて使うでしょう。ですから、時間も予算化しなければいけないのです。(中略)一日は二十四時間ですし、一生は八十年ぐらいのものです。それを無駄にしないで予算化していくこと、大事なところに使っていって、そして大きな時間を生み出していくこと――これがひじょうに大事なことなのです。(中略)
 私たちは、あの世に生きているのではなくて、現にこの世に生きている存在です。(中略)霊的世界に興味を持ったとしても、出発点は、あくまでもこの世の自分の生命を、時間を、燃焼させるということです。それは一日一日から成り立っているのです。一日一日を黄金の時間に変えていくことこそ、私たちの人生の目的なのです。(中略)
 仏法真理を知った人は、知れば知るほどに、時間を大切にしていただきたいのです。毎日毎日を大切にしていただきたいのです。一日を一生として生きていただきたいのです。それが肝要なことなのです。
(156~163ページ)

幸福の科学で教えている「人生の目的と使命」をはっきり知っている人、あの世があるということを知っている人には、人生に無駄な時間が出ない。

時間はお金以上に大切なものなので、時間も予算化しなければいけない。

仏法真理を知った人は、知れば知るほどに、時間を大切にし、一日を一生として生きていただきたい──。

今日は、時間の大切さ、その管理の大切さについて説かれた部分をご紹介してみました。

人生には目的があり、使命があるって。

「人生の目的」とは、この地上に生まれ変わることによって、さまざまな学習経験をすること、「人生の使命」とは、その魂を輝かし、地上にユートピアを創っていくことだって。

とするならば、私たち一人ひとりは、まずは自分や自分のまわりから、やるべきことがたくさん出てきます。

日々の反省だって必要だし、家族や友人たちを愛してあげたくなる。

それも「与える愛」を実践するところから始めたくなる。

知ってしまった仏法真理を、一人でも多くの人に伝えたくなる、などなど。

つまりは、幸福の科学で「仏法真理」をしっかりと学んでいれば、ヒマでひまでしょうがないなんてあり得ないことだと、改めて私は思っているのです。

『人生の王道を語る』

 大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!) 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




恋愛に敗れた人。受験に落ちた人。仕事で失敗して降格になってしまった人・・・。人生の戦いに敗れてしまって、どうしたらいいのか分からない人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『大悟の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 知恵を尽くしても勝てず、敗れ去ったとき、次に必要なものは何でしょうか。それは勇気です。どのような勇気であるかといえば、自分を許す勇気です。
 「自分はだめなのだ。こんな人間はだめなのだ」と、自分を責める思いもあるでしょうが、自分を許す勇気も必要です。「自分なりによくがんばった。力の限りを尽くした。しかし、力及ばなかった。これについては、しかたがない」と、自分を許す力、自分を許す勇気が必要なのです。
(114~115ページ)

そう、自分を許す勇気を持とう。

自分を許す力を持とう。

そして、他人をも許す勇気を持とう。

人生は一冊の問題集」。

失敗したのも、今世の大事な問題の一つ。

そして、これを解いてみたのは、今世の大事な経験の一つなんだから。 

大川隆法先生は、そう教えて下さっているのだと、私は思っているのです。
 

大悟の法: 常に仏陀と共に歩め 『大悟の法』

  大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!) 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ

 



コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )




神様にしっかり祈りさえすれば、願いは必ずかなうものなのかな? そして、自分の願いが実現すれば、それで本当に幸せなのかな? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『黄金の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 正しい自己実現の基準とは、次に挙げる三カ条を満たしたものです。

一 その自己実現によって、自分だけでなく、周りの人々、世の人々をも幸せにできるか。
二 その自己実現が達成されることによって、他人を不幸にすることはないか。
三 その自己実現達成によって、自らの人格を高めることができるか。

 以上の三点を満たすとき、その願いは正しい願いであり、その祈りは正しい祈りだと言うことができます。
 強い念願、祈願に対しては、その種類、内容を間わず、四次元以降の実在界で、必ず感応する霊たちがおります。しかし、他人の不幸をかえりみず、自我我欲のままに祈りぱかりをやっていると、やがて、その祈りは、地獄の亡者たちに通じてしまうのです。ですから、一時期、運が好転したかに見えても、必ず地獄霊の憑依によって、なすがままの状態におかれ、病気、事業の失敗、人生のゆきづまりなどの不幸に追い込まれてしまいます。
 祈りには、病気回復の祈りなどもあるでしょう。しかし、これとても、自らの過去の過ちを仏に詫び、十分に反省をし、お世話になった自分の周りの人々に感謝をしながら祈らないと、肉体さえ治れば、自分は幸せになるんだという執着となり、ますます地獄霊に憑依されて、どんどん病気が重くなっていってしまうでしょう。こういうことは、実際に、よくあることなのです。
(38~39ページ)

三カ条からなる、正しい自己実現の基準がある。

強い祈願に対しては、その種類、内容を間わず、四次元以降の実在界で感応する霊たちが必ずいる。

そして、正しくない祈りぱかりやっていると、その祈りは地獄の亡者たちに通じてしまい、不幸に追い込まれてしまう──。

どれだけ神仏を信じてるつもりであっても、だからといって、なんでもかんでも自我我欲のままに祈ってばかりではいけないってことなんだと思います。

“あるべき信仰心”とかいう話は、むずかしく感じる人も多いと思います。

でも、「正しい祈りのしかた」。

これだったら、むずかしいこと考えなくても、誰もが自分の問題として捉えて実践できる気がします。

そう考えてみると、今日ご紹介したのは、じつはちょっと凄いお教えなんじゃないかと、私は思っているのです。

黄金の法―エル・カンターレの歴史観 (OR books) 『黄金の法』

  大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!) 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




学校なんてつまんない。なんで学校なんて行かなきゃいけないの。勉強なんてしたくないぞ。テストで成績つけられるなんて、いやだなあ・・・なーんて、悩んでる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『繁栄の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 子供たちは、十年、二十年と勉強に追われ、成績の上がり下がりによって悲喜劇をくり返しています。そのため、非常に大変で、かわいそうにも見えます。しかし、社会人になってから振り返ってみると、「公平な、ありがたい世界に生きていた」と思えるのではないでしょうか。
 大人になって仕事をするようになると、「これだけの仕事をしたら、これだけの結果がでる」ということを、明確に測ることはできなくなります。「どれだけの努力によって、どのような結果が出るか」ということが、なかなか分からないのです。(中略)
 このように、実社会は非常に不公平な世界であり、努力に応じた結果がストレートには出ないものなのです。
 これに対して、学生時代というのは、勉強すれば勉強しただけの結果が出るという意味で、非常に公平な世界です。
 英語の勉強をすれば英語の成績が上がり、数学の勉強をすれば数学の成績が上がります。勉強をすれば、それだけ成績が上がるのです。中間テストや期末テストに向けて頑張れば、その分だけ点数が上がります。受験は厳しいといっても、二年か三年、一生懸命に努力すれば、それなりの結果が出ます。
 もちろん、努力したにもかかわらず、よい結果が出ない場合もあります。しかし、それも努力の世界の範囲内にあることは事実です。
(28~30ページ)

子供たちは勉強に追われてかわいそうにも見えるが、じつは公平な、ありがたい世界に生きている。

実社会は、不公平で、努力に応じた結果がストレートには出ない世界であるが、学生時代は、勉強すれば勉強しただけの結果が出るという意味で、非常に公平な世界である。

努力したにもかかわらず、よい結果が出ない場合もあるが、それも努力の世界の範囲内にある──。

こんなふうに教えていただくと、学生生徒の時代というのは、一生のうち最も努力が報われる時代なんだと気がつきます。

そんな時代に、一生懸命、努力する経験って、年をとればとるほど、そのありがたさの実感がわいてくるんだと思います。

そして、もっと勉強しておけばよかったなあって、後悔するものなんだろうとも思います。

さて、もうすぐ新学期がやってきます。

一人でも多くの学生・生徒のみなさんが、いま置かれた環境のありがたさに気がついて下さいますように。

また元気に、学業に部活に趣味にとがんばって行けますように。

私は強く願っているのです。
 

繁栄の法: 未来をつくる新パラダイム 『繁栄の法』

  大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!) 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ



コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )




守護霊ってほんとにいるの。そうだったら、そのアドバイスをガンガン受けたいんだけど、どうしたらいいのよ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『常勝の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 各人には、守護霊という存在が必ず付いています。さらに、職業が専門分化してくると、その職業にふさわしい、いちだんと格の高い指導霊が付くこともあります。天上界には数限りない指導霊たちがいて、地上の人が、それなりの立場に立つようになると、その人に合った霊人たちの指導が始まるのです。やはり、こうした指導を受けるべきです。そうすると、非常に素晴らしい結果が出てきます。
 これについては、努力していくと、「援助を受けている」ということが、ある程度、自覚的に分かるようになってきます。
 この守護・指導霊の力を受けるためには、いつも虚心坦懐でなければいけません。私心というものをなくし、謙虚に、「仏神の力をこの世において体現しよう」という気持ちを持っていれば、しだいに、あの世からの指導のパワーが倍加していきます。
(41~42ページ)

各人には守護霊が必ず付いているし、その職業にふさわしい、いちだんと格の高い指導霊が付くこともある。

この守護・指導霊の力を受けるためには、いつも虚心坦懐でなければいけない。

私心をなくし、謙虚に、仏神の力をこの世において体現しようという気持ちを持っていること──。

天上界って、要は「あの世」ですよね。

そんな世界が実際にあって、守護霊が必ず私たち一人ひとりに付いてくれてる。

場合によっては指導霊まで付いてくれて、アドバイスをくれたり、応援してくれてるって。

それがホントなんだとしたら。

どう考えてみても、死んだらすべて終わりなんて考え方よりも、絶対、そっちの方がいいと思うのが普通なんじゃないでしょうか。

そして、それは間違いなく真実の世界であるのだと、私は強く信じているのです。
 

常勝の法: 人生の勝負に勝つ成功法則 『常勝の法』

  大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!) 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ



コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )




スランプなんだ。何やってもうまく行かなくて、気持ちも浮上できないんだ。どうすりゃいいの? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『幸福への道標』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 私が、まず第一にみなさんに考えてほしいことは、自己の内部には無限のエネルギーが埋蔵されているということを忘れてはならないということなのです。(中略)
 私たちの魂の構造というものは、タマネギ状になっており、そしてそのタマネギ型の構造の中心部分には、大宇宙の神へと通じていく部分があるのです。それゆえに、この大宇宙の神に通じていく中心部分は、無限の光をみなさんにもたらすものなのです。(中略)この無限の光は、じつは神と同じ力であるわけですから、神と同じ属性をもっていると言ってもよいでしょう。(中略)それはひじょうに知恵に満ちたものであり、また正義に満ちたものであり、勇気に満ちたものであり、慈悲に満ちたもの、愛に満ちたものであり、調和に満ちたものであり、限りなく繁栄していくものであるはずなのです。
 それゆえに、苦境に陥ったときには、まず自己の本来の存在とはいったい何であるかを知る必要があります。自己の本来の存在は、そうした無限者なのだ、無限力をもっている者だと気づくことです。そして、この気づきが、無限の力を引き出すための原動力となってゆくのです。(中略)
 そして、第二に考えてほしいこと、それはまず蓄積という姿勢をつくるということです。スランプの時期は、結局エネルギーを放出しすぎて、そして内部にエネルギーがたまっていないということを意味するわけですから、この時期に大いに蓄積に励むという努力をすることです。(中略)長い人生のなか、悩みなき人はいないのです。ですから、スランプの時期には自己の充電に努めるのが、いちばん賢明な方法と言えるのです。この時期にできるだけの蓄えをすることです。スランプはやがて去ってゆくものですから、去ってゆく前にできるだけの蓄えをしよう、と努力することがだいじだと思います。
 第三番めには、このときにゆっくりと他の人びとの幸福のことを考えてみましょう。スランプの時期は自分のことを考えすぎているのです。そして他の人のことを忘れていることが多いのです。努力して、自分の意識を転換し、そして他の人びとのことを考えてみましょう。他の人びとがどうすれば喜ぶか、ということを考えてみましょう。
 スランプ克服の一番の方法は、他の多くの人びとを喜ばすなかにある、と言っても過言ではありません。(中略)自分が苦しいからこそ、他の人びとを喜ばすような生き方をしてみようではないですか。自分の心の内が苦渋に満ちているからこそ、他の人びとに笑顔を与えようではありませんか。少なくとも他の人びとを幸福にするような生き方はできるはずです。自分は現在の環境がそれほどうれしくないとしても、他の人びともまた幸福になりたいと願っているのですから、この時期にこそ、幸福への技法というものを発見して、他の人びとを喜ばせようではありませんか。他の人びとを喜ばせて歩くなかに、かならずスランプは克服されるものなのです。
(167~171ページ)

まず第一に、自己の内部には無限のエネルギーが埋蔵されていると気づくこと。

第二に、蓄積の姿勢をつくること。

第三に、他の人びとの幸福のことを考えてみること──。

本書は、1989年という、幸福の科学の最初期に出された経典です。

刊行直後に、この大川隆法先生のこのお教えに触れてからは、何度も何度も助けられてきました。

その結果の実感として、率直にお伝えしたいと思います。

もうこれは、「スランプ克服法の決定版」とも言えるお教えであると、私は強く確信しているのです。

幸福への道標: 魅力ある人生のための処方箋 (SUPER CONTACT) 『幸福への道標』

 大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!) 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




自民党の二階俊博・元幹事長って、次の衆院選に出ないんだってね。ほんとのところ何を考えてる人なのか、よく分からないんだけど、霊言集って出てないの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、2016年に刊行された『二階俊博自民党幹事長の守護霊霊言』(幸福実現党)のまえがきで、次のように述べておられます。

 いやはや、何と言うべきか、日本の政治家というものはこんなものか、とため息をつかせる内容であった。
 この国は危うい。マスコミは提灯持ちばかり。
 衆愚政の池の中を、ウナギやナマズのようにヌメリながらひたすら延命を図る。これがこの国の政治屋たちの実態だろう。(中略)
 日本国民は忍耐強い。世界から“感動”を呼ぶことだろう。「これでも幸福実現党は不要ですか。」と国民各位にお聞きしたいぐらいだ。
(1~2ページ)

衆愚政の池の中を、ウナギやナマズのようにヌメリながらひたすら延命を図る。

日本の政治家というものはこんなものか、とため息をつかせる内容だった──。

いやはや、直接的ではありませんが、かなり厳しいまえがきです。

内容を読むまでもなく、これを見るだけで、自民党の二階幹事長(当時)の守護霊の霊言は、かなりのものだったことが分かります。

しかも、そもそも本書の帯には、「安倍政権は、この国を“安楽死”させるつもりか。」と大書されていました。

本書を開く前から、その内容が推定できるというのも、半端な話ではありません。

こんなときしか話題にならない陰の実力者は、いったいぜんたい何を考えている人なのか、そして、何をやってきたのか。

今回の“引退宣言”を機に、もっともっと公の批判にさらされるべきではないかと、改めて深く私は感じているのです。
 

『二階俊博自民党幹事長の守護霊霊言』

 大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!) 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




お金持ちが神の国に入るのは、らくだが針の穴を通るよりも難しい、なんて言葉を聞いて、「そうだそうだ、だから私は貧乏なのよね」、なーんて考えてる人、いませんか? 心が清いと、貧乏じゃなきゃいけないんでしょうか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『人を愛し、人を生かし、人を許せ。』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 宗教的なものを求める人には、この経済的感覚でつまずく人が多いのです。
 精神的に貧乏性になっていると、現実にも貧乏になっていきます。心の世界で貧乏になっていると、それが現実になるのです。(中略)
 「真理経済学」においては、「人の役に立つことをすれば評価される」ということになっています。お金は交換価値を持っており、人の役に立つことをすれば、その対価として与えられるようになっているのです。
 お金があまり入ってこない場合には、役に立たないことをやっているか、自分の“趣味”でやっていることになるので、真に人の役に立つことを考えればよいのです。お金もうけではなく、世の中の役に立つことを考えるのです。
 役に立つ仕事やサービスを提供していれば、お金は自然に集まってくるようになっています。お金が集まらないのは、たぶん人の役に立っていないのです。
(111~115ページ)

心の世界で貧乏になっていると、それが現実になる。

「真理経済学」においては、人の役に立つことをすれば、その対価として与えられるようになっている。

お金が集まらないのは、人の役に立っていないのである──。

なるほど、なるほど、です。

あの松下幸之助には、電器製品で世の中のお役にたとうという「水道哲学」なんて考え方があって、松下電器は大発展したんだと、改めて気がつきます。

会社創業とか起業なんて大きな話じゃなくても、私たちも、今いる場所で、役に立つ仕事やサービスを提供していれば、だんだんうまく行くはずだって。

今日のお教えは、そんな大切なことを、とても簡潔に教えて下さっていたのだと、改めて私は思っているのです。
 

人を愛し、人を生かし、人を許せ。―豊かな人生のために (OR books) 『人を愛し、人を生かし、人を許せ。』

 大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!) 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ

 

 



コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )




安倍元首相って、あれだけの大宰相だったんだから、ファンが多いんだよね。もちろん、死後はいいところに還ってるんだよね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『地獄の法』(幸福の科学出版)のあとがきで、次のように説いておられます。

「今どき、閻魔大王だ、赤鬼だ、バカも休み休み言え。」そう思われる方も多かろう。「それは『日本昔話』の時代だ」と。教科書にも書いてないし、入試にも出ない。釈尊は縄文式時代人だし、イエスは大工のドラ息子。ソクラテスは、神の名を偽った、多数決の敵。
 天御祖神が、日本民族を創るために、三万年前に、アンドロメダ銀河から富士山に飛来したって?
 「男女が好きにセックスして何が悪い。犬と同じよ。」
 「宗教なんて全部洗脳で、霊感商法さ。」
 そう言っているジャーナリストに天使もいないし、弁護士だって地獄に堕ちる。「国葬」になっても閻魔様に舌を引っこ抜かれる奴もいる。
 この世で「大」なる者は「小」となり、この世で「小」なる者が「大」となる。心の善悪も判らなければ、学歴、職歴、勲章歴にかかわりなく、あなたは地獄行きだ。
(320~321ページ)

「今どき、閻魔大王だ、赤鬼だ、バカも休み休み言え。」そう思われる方も多かろう。

しかし、この世で「大」なる者は「小」となり、この世で「小」なる者が「大」となる。

「国葬」になっても閻魔様に舌を引っこ抜かれる奴もいる──。

え? ちょっと待ってください。

戦後に「国葬」になった人って、吉田茂元首相と安倍元首相だけですよね。

吉田茂って人も、戦後の日本を作った大宰相だったでしょ。

じゃ、この「閻魔様に舌を引っこ抜かれた」はいったい誰のことなの?

・・・うーん、その答えは、またの機会に!

地獄の法 ―あなたの死後を決める「心の善悪」― (OR BOOKS)

『地獄の法』

  大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!) 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




なんで他人と比べられなきゃいけないの。なんで他人にいろいろ言われなきゃいけないの。人間関係って、どうしたらいいんだろう? なーんて悩みもってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『愛の原点』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 他の人が存在することのありがたさを、みなさんは考えてみたことがあるでしょうか。(中略)
 他人の存在は、それ自体が、幸福を生むための一つの源泉となっているのです。人間は、自分一人のみがロビンソン・クルーソーのように生きていたとしても、そこに真なる幸福を感じ取ることはできないのです。
 他の人々の言葉、他の人々の視線、他の人々の態度、そうしたものがあるということが、自分の生きがいに、自分の幸福に、どれほど貢献しているか、どれほど影響を与えているかということを、みなさんは知らなくてはならないのです。
(45~46ページ)

ロビンソン・クルーソーというのは、無人島で、天涯孤独で、ただ一人だけ。

話そうと思えばいくらでも話せる「都会の孤独」と違って、ほんとに人は誰もいなくって(あ、でも正確には、従僕になった現地住民が出てきましたっけ)。

もちろん、ケータイとかスマホなんてのも、なんにもなくって。

そんな生活なんて、考えただけで、勘弁してほしいですよね。

つまり、他の人がいてくれることのありがたさって、人生のありがたさを考えることでもあるんだろうなって思えます。

今日のお教えをきっかけにして、自分でも考え直してみようと、改めて私は思っているのです。

 

愛の原点 ―優しさの美学とは何か― (OR books) 『愛の原点』

 大川隆法著

 

(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!) 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ



コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )




昨日は、あの地下鉄サリン事件の日だったんだよね。犯人だったオウム教の教祖って、じつは悟ったりしてなかったの? なーんて疑問をいまだにもってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『麻原彰晃の霊言──オウム事件の「本当の動機」と「宗教的けじめ」』(幸福の科学出版)のあとがきで、次のように説いておられます。

 私ともう一人のチャネラーに入れて霊言させてみて、麻原が、何らの悟りも得ておらず、「オウム事件」に対しても何ら反省していないことが明らかになった。この後、彼は地獄の最深部にある「無間地獄」という、絶対隔離の世界に赴くことになるだろう。
 「オウム事件」が、日本の宗教界に激震を走らせて、日本人の宗教嫌いに拍車をかけた事実は否めない。結果的には、日本という国を、中国のような無神論・唯物論の宗教弾圧国家に近づけたことは残念である。
 私たちが「オウム」批判の声を上げ、行動をしたことは本文に書かれている通りだが、正当に評価されたことはほぼ皆無であったろう。私たちの力不足もあって、「オウム」の暴走を止めきれなかったことは残念である。
(254~255ページ)

麻原は、じつは何の悟りも得ていなかった。

また、「オウム事件」についても何ら反省していなかった。

地獄の最深部にある「無間地獄」に赴くことになるだろう──。

本書は、2018年7月の死刑執行当日に公開収録された霊言が、活字起こしされ、霊言集として刊行されたものでした。

いまだに、真の宗教・幸福の科学と、犯罪集団・オウム教の区別さえつかない人が、いい加減なことを言うのを見聞きしたりすると、ほんとうに残念でなりません。

本書で麻原の霊は、地下鉄サリン事件をはじめとする「オウム事件」の本当の動機を、赤裸々に語っています。

また、弁護士のアドバイスで、死刑を免れるために、正常な精神状態でないように演技していたことまで告白しています(106ページ)。

いずれにしても、本書は、1995年にこの教祖によって引き起こされた地下鉄サリン事件の真相をはじめとして、オウム関連の真実を知りたい方すべてにとって、まさに必読文献であると、改めて私は確信しているのです。

麻原彰晃の霊言 ―オウム事件の「本当の動機」と「宗教的けじめ」― 『麻原彰晃の霊言』

  大川隆法著

 

(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!) 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




私って、こんなにきれいにかわいくしてるのに、なんで彼氏はほめてくれないの? こんなにがんばって働いて、家事も万端やってるのに、なんでうちの旦那はぜんぜん認めてくれないの? なーんて悩んでる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『幸福の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

「足りないところだけを見て、それを求めつづけた場合、幸福になれる人間はいないのだ」ということを、まず悟らなくてはいけません。(中略)
 人間関係を良好にし、幸福な方向に導くには、一円のお金も要らないし、汗水垂らして努力する必要もないのです。必要なのは、心の態度を変えること、そして、具体的な、ささやかな好意を示してあげることです。それが大事です。
(153~159ページ

足りないところを求めつづけた場合、幸福になれる人間はいない。

必要なのは、心の態度を変えること.

そして、ささやかな好意を示してあげること──。

こちらから彼氏に、ちょっとだけ、いいところを見つけてほめてあげたらどうでしょう。

旦那さまが会社で頑張ってることを、ちょっとだけほめてみたら、どうでしょう。

「なんとかデー」なんてのと関係なく、ささやかなプレゼントなんて、選んでみませんか?

気がつくと、雑誌の星占いなんて気にしなくてもに、幸福な毎日が、簡単にやってくる。

大川隆法先生が教えられる「心の法則」を知って実践してみれば、魔法のような効果がやってくるのは間違いないことを、私は確信しているのです。
 

幸福の法: 人間を幸福にする四つの原理 『幸福の法』

  大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!) 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




ね、神木隆之介って俳優さん、アカデミー賞を取ったゴジラの映画にも出てたけど、ほんとのところ、どうなのかね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『孤独な天才俳優か!? 神木隆之介の守護霊インタビュー』(幸福の科学出版)のまえがきで、次のように説いておられます。

 若手、天才俳優の一人と目される神木隆之介さんの魅力の、一端なりとも知りたいという、数多くのファンの皆様方にかわって、守護霊インタビューを試みてみた。
 私としては、子役として彼が主役を張った「妖怪大戦争」の延長上の不思議の世界が出てくるものと思っていたが、出てきた内容は、真剣に仕事と対決している、現実に近い彼の姿だった。
 芸歴が二十一年もある二十三歳の彼が、「天才子役」という評判の重みに耐えつつ、二十代、そして三十代を考え続けている様子は、ロダンの「考える人」のようでもあった。
 「孤独」というよりも「孤高」ともいえる若者の、実存的な姿がうかがえた。本書が、壁を突破し、未来を拓く力となることを祈るばかりである。
(1~2ページ)

守護霊インタビューで出てきたのは、真剣に仕事と対決している、現実に近い彼の姿だった。

ロダンの「考える人」のようでもあり、「孤独」というよりも「孤高」ともいえる若者の、実存的な姿がうかがえた。

本書が、壁を突破し、未来を拓く力となることを──。

2017年に発刊されていた、神木隆之介の守護霊の霊言集です。

大川隆法先生は、ここで、神木隆之介を、とても高く評価しておられるのではないでしょうか。

さて、7年後のいまの彼は、このときの“壁を突破”しておられるんでしょうか。

神木隆之介ファンの方はもちろんのこと、ゴジラファンの方にも、強くお勧めできる霊言集であると、私は思っているのです。

 

孤独な天才俳優か!? 神木隆之介の守護霊インタビュー

『孤独な天才俳優か!? 神木隆之介の守護霊インタビュー』

  大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!) 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ

 



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




わたしが言ったこと、なんだか勝手に違うふうにとられてケンカしちゃったんだけど、わたし、ぜんぜん悪くないのに、ほんとにひどいよね? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『真説・八正道-自己変革のすすめ-』(幸福の科学出版)で、次のように教えておられます。

 自分にとって長年の苦しみだと思っていることというのは、実はプライドで引っ掛かっているだけのことがあります。(中略)自分のプライドであり、「自分がかわいい」と思う心なのです。
 しかし、本当に自分がかわいいのであれば、自分を救うことをこそ考えなければなりません。自分を苦しみから救出しなければならないのです。
 そのためには、間違ったと思ったら、素直に「ごめんなさい」という気持ちを出さなければならないのです。これだけのことで、どれほど幸福になるか分かりません(中略)
 他人の感情を害したと思ったら、もし、それが誤解によるものであったとしても、自分を縁として起きたことであるならば、「それは自分の表現の仕方が悪かった」と素直に認めるぐらいの度量は要るでしょう。
 コミュニケーションというものは、百パーセントは行かないものです。たとえ、「自分の真意はそうでなかった。そうではなかったけれども、みんなに誤解されている」と思い、真意とは違っていることがあったとしても、誤解されたのであれば、そのコミュニケーションの仕方に間違いがあったということですから、その部分は認めなければいけません。
 それは自分の表現が悪かったのです。その部分については、やはり自分に間違いがあったのです。(中略)
 したがって、コミュニケーションが悪かった部分についても、自分の責任として受け止めるべきです。相手が誤解をしたのであるならば、誤解をさせるような言い方をし、行動をしたのは自分の責任です。最低限、その部分については反省しなければなりません。
 もちろん、それでも分かってくれない人はいるでしょう。しかし、そこまで言っておけば、少なくとも自分自身としては、いちおう眠れるようになります。これだけは確実なことです。
(146~150ページ)

長年の苦しみには、実は自分のプライド、自分がかわいいと思う心が引っかかっていることがあるが、本当に自分がかわいいのであれば、自分を苦しみから救出しなければならない。

そのためには、間違ったと思ったら、素直に「ごめんなさい」という気持ちを出さなければならない。他人の感情を害したら、それが誤解だとしても、そのコミュニケーションの仕方に間違いがあったのだから、その部分は認めなければいけない。

それでも分かってくれない人はいるだろうが、自分としては少なくとも夜は眠れるようになる──。

言葉の間違いで長年、苦しんでいる人へ、反省法の具体的な考え方を教えてくださっている一節です。

「八正道」とか「正語」とか言われる、なんだか難しくって、自分と関係ない話だと思ってしまいがちです。

でも、こういった形でやさしく具体的に教えていただくと、なるほど、実際にやってみようと思うこともできるのではないでしょうか。

「仏陀」(釈尊の生まれ変わりの方)であるからこそ説くことができる、初歩からの反省法の書籍、心を正すことに少しでも興味がある方に、お勧めです!

 

真説・八正道 ー自己変革のすすめー (OR BOOKS) 『真説・八正道』

  大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!) 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




神様がいるなら、どうして地獄なんかあるの。全知全能なんだから、地獄なんてなくしてしまえばいいんじゃないの。天国だけにしちゃえば、あの世で苦しむ人もなくなるじゃないの? なーんて考えたりしたこと、ありませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『永遠の法』(幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

 地上の人びとにしっかりと知っておいてもらわなければいけないのは、「地獄は天国と二分されるものではない」ということです。これだけは、はっきりと言っておかねばなりません。
 地獄というところは、地上世界を三次元とするならば、四次元以降の世界、九次元、十次元、あるいは、それ以上の高次元もふくむ世界のなかの、ほんの一部なのです。すなわち、「地獄は、四次元といわれる部分のなかに巣くった、悪想念の巣窟にしかすぎず、天国と二分されるものではない」ということを、どうか頭に入れておいていただきたいのです。
 地上にはいろいろな人間がいますけれども、病人という種族はいません。病気をしている人が一定の割合でいて、そのために病院があるわけですが、それと同じように、あの世の霊のなかで心を病んだ人たちが、地獄というところで修行をし、リハビリテーションを受けているのです。
 どうか、そうした見方を大切にしていただきたいと思います。心、精神が病んでいる病人ではあるけれども、彼らは彼らなりに地獄で何かをつかもうとしているのです。
(35~37ページ)

地獄は天国と二分されるものではない。

地獄というところは、あの世(四次元以降の世界、九次元、十次元、それ以上の高次元もふくむ世界)のなかの、ほんの一部にすぎない。

あの世の霊のなかで心を病んだ人たちが、地獄というところで修行をし、リハビリテーションを受けている──。

なるほど、なるほど、地獄というのは、じつは「あの世の病院」だったわけです。

ちまたの霊能者が、地獄を天国とならぶ広大な世界のように言うのは、そう人たちには地獄の方はよくわかっても、広大な天国の方は、次元が高くてよくわからないからだと気がつきます。

2006年に公開されて大ヒットした映画『永遠の法』では、地獄の世界はもちろん、広大でまばゆく光に満ちた天国の世界が、とてもリアルに描かれてました。

その原作では、地獄の意味が、こんなふうに分かりやすく、説明されてたんだと改めて気がついた気が私はしているのです。
 

永遠の法―エル・カンターレの世界観 (OR books) 『永遠の法』

  大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!) 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ



コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )


« 前ページ