ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



流産したことあるんだよね。どうしてこんな悲しいことが起きるの。なにか霊的な原因があったりするのかなあ? なーんて疑問抱えている人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『幸福のつかみ方』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 流産の原因にはいくつかあります。
 まず一番目には、母体の肉体的な条件によって起きる場合です。すなわち母親の子宮のなかで育っていた赤ちゃんが、肉体的な条件があまりよくないために、残念ながら運ったなく流産してしまうことがあります。(中略)
 さらに、精神的なものの影響も大きいと言ってよいでしょう。お産の頃というのは、女性はひじょうにナイーブで、かつナーバスになっておりますから、ひじょうに大きな精神的ショックを受けますと、それが原因で流産してしまうことがあります。(中略)
 三番目に言えることは、「霊的な原因」と言ってもよいものです。この霊的な原因には二通りがあります。
 ひとつには、魂のカルマ(=業)とでも言うべきものがあります。前世において子供に関わるカルマを負っている女性というのも、やはりたまにはいるものです。たとえば、なんらかの手違いで前世において自分の赤ちゃんを死なせてしまった、そうしたことが深い魂の傷になって残っていた場合に、今度は自分は健全な赤ちゃんを産みたいという気持ちがあったのに、その気持ちに反して流産をしてしまうという体験をして、カルマの刈り取りをする場合もあります。(中略)
 もうひとつの霊的原因は、いま流行りの「水子霊」というものです。成仏していない子供の霊たちが障りとなって流産を引き起こすということがあるかどうか、という問題になります。これも、まったくないといえば嘘になってしまいます。
 私は、世に流行っている水子供養のようなものには、(中略)金もうけのために商売としてやっているものがあまりにも多いので、あまり賛成ではありませんが、現実にはそうした子供の霊たちでも、迷っている者がいることは事実で、そうしたものの障りによって流産などが引き起こされることもあります。(中略)
 あなたの場合、いったいどれが原因かわかりませんが、いずれにしても過去は過去です。もう過ぎ去ったことは過ぎ去ったことです。そればかりにとらわれていますと、これからプラスの人生を生きていくことができません。
 ですから、以上すべてのことを考えあわせた上で、まず立派な子供が産めるような身体づくりをすること。そして身体づくりの次には精神づくりです。明るく、温かで、豊かな精神をつくっていくこと。そして子供を産み育てることができるような、そうした、安定した家庭環境をつくっていくこと。経済的にも十分な基盤をつくっていくこと。そうした、自分の心の不安をなくしていく状況を、みずからの力によってつくっていくことが大事です。
 それと、こうした不安に心揺れている人に、どうしても言っておきたいのが、信仰ということです。あなたは自分ひとりで闘おうとしているけれど、じつはあなたには味方がいるのです。強い強い味方がいるのです。それが神仏といわれている存在です。(中略)
 神や仏といわれる偉大な存在があなたを支えているのですから、あなたは怖がる必要はありません。あなたは、そうした霊の障りなどに恐れおののく必要はまったくないと言ってよいのです。
 ですから、まずみずからの心を明るく照らし、そして、神仏への信仰に目覚めることです。そうすれば、かならずや希望の道が拓けてくるものだと、私は考えております。
(109~115ページ)

流産には、母体の肉体的な条件や精神的なものの影響で起きる場合、そして霊的な原因(子供に関わるカルマ、水子霊の障り)がある。

しかし、過ぎ去った過去にとらわれていては、プラスの人生を生きていくことができないので、まず自らの力で、立派な子供が産める身体、精神、安定した家庭環境をつくり、心の不安をなくしていくことが大事である。

さらに、神仏への信仰に目覚めることで、かならずや希望の道が拓けてくる──。

うーん、なるほど。大川隆法先生の教えは、この世的な知恵とあの世の世界までを見通した、まさに人生の叡知とも言うべきアドバイスなんだってこと、なんですよね! 



『幸福のつかみ方』

 大川隆法著


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イラク戦争って、結局、どうなってるのかな。ブッシュ大統領が戦争始めたときに言ってた、大量破壊兵器なんて、なかったんでしょ。その後、勝利宣言とかしてたのはテレビで見たけど、なんだかイラクって、全然平和になってない感じなんじゃないの。どう考えたらいいのかな? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『日本の繁栄は、絶対に揺るがない』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 本年一月、オバマ氏が大統領に就任し、演説を行いました。(中略)大統領就任演説のなかで、私が感じ取ったものは、大きく言って二つあります。
 一つは、「オバマ大統領は、アメリカの“金融敗戦”を認めた」ということです。「自分たちは、金融においては世界最高の水準にあり、トップを走っている」と、アメリカの人々は自負しているはずですが、私は、就任演説のなかで、「オバマ大統領は、アメリカが金融敗戦をしたことを率直に認めた」という印象を持ちました。
 もう一つの印象は、「オバマ大統領は、アメリカがイラク戦争に、実質上、敗戦したことを認めた」ということです。(中略)
 報道管制によって、明らかにされていないため、理解している人はほとんどいませんが、オバマ大統領が、イラク戦争の実質上の敗戦を認めた背景にあるのは、この戦争による死者の数です。
 イラク戦争の発端となったのは、二機の旅客機がワールドトレードセンターを襲い、一機がペンタゴンを襲った、二〇〇一年の同時多発テロです。そのときに亡くなったアメリカ人の数は、三千人を少し上回るぐらいでした。
 この同時多発テロのあと、ブッシュ前大統領は、アフガニスタンでの戦争を始め、二〇〇三年からはイラク戦争を始めました。イラク戦争におけるアメリカ人兵士の死者数は、公式には四千数百人と発表されています。
 しかし、この人数は、戦闘やテロ等によって、現場で死亡した兵士の人数です。病院に運ばれて亡くなったり、救急車のなかで亡くなったりした人は、そのなかには含まれていません。
 厳重な報道管制が敷かれているので、真実を知ることは容易ではありませんが、イラク戦争で亡くなったアメリカ人兵士の数は約七万人に上り、イラク人の死者は少なくとも百万人に上ると推定されています。(中略)
 かつてのベトナム戦争では、亡くなったアメリカ人兵士は約五万人と発表されています。そして、アメリカが介入した南ベトナム側の死者は約百万人、ラオス、カンボジアを含む北ベトナム側の死者は約二百万人とも言われています。すなわち、「イラク戦争は、結果的にベトナム戦争に匹敵するぐらいの大きな戦争になった」ということです。
 そのため、オバマ大統領は、イラクからの撤収を決めたのでしょう。「パキスタンとアフガニスタンの国境のあたりで、限定的にミサイルを撃ち込んだりしながら、全体的には撤退戦をしている状態である」というのが、私の分析です。
 アメリカは、世界最高を誇っている「金融と軍事」の二つの面において、“敗戦”を経験したのです。そして、この“敗戦”の内容をうっすらと感じ取っているアメリカ国民に対し、オバマ大統領は、「新しい希望の下に立ち上がろう」ということを、本当は言いたかったのです。(中略)これが厳粛な事実です。
 こうした背景もあって、これからの世界の舵取りは非常に難しいものとなるでしょう。
(93~99ページ)

オバマ大統領は、就任演説で、アメリカの“金融敗戦”を率直に認め、さらに、イラク戦争の、実質上の敗戦を認めた。その背景には、イラク戦争の死者数が、公式発表よりはるかに多く、じつはベトナム戦争に匹敵するものとなった事実がある──。

うーん、驚きの分析ですよね。この認識を持つか持たないかで、イラクが今後どうなっていくかの見通しは、大きく変わると思えます。

今後のイラクの動き、しっかりと注目しておきたいと思います!



『日本の繁栄は、絶対に揺るがない』

大川隆法著


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本を読むのが大事って教えられるんだけど、本ってたくさんありすぎるし、ほかにもやらなきゃいけないことが多くって、読む時間なんてないんだよね。どうしたらいいの? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊の『知的青春のすすめ』(幸福の科学出版)のあとがきで、こう教えておられます。

 今年(二〇〇九年)になってから、もう百二十冊は読んでいると思うんですけれども(一月二十五日時点)、読むのは非常に速いんです。
 なぜ速いかというと、一種の“見切り”を設けているからです。「この本に付き合う時間は、どの程度か」ということを見切るわけです。
 本を手に取って、本の題と著者名、著者略歴、まえがき、あとがき、目次等を見れば、だいたい、その本の“格”やレベルが分かるので、「この著者の、この本に付き合うために、私が割いてよい時間は、いったい、どのくらいであるか」ということを、読む前に考えるんです。
 そして、「自分が、この本に付き合っていい時間は一時間」とか、「三十分」とか、「十分」とか、「五分」とかいうことを見切るんです。私は、速いときには一冊を五分で読んでしまいます。あるいは、重要な内容であれば、「一週間かけるべき本である」とか、「五時間ぐらいかける本である」とか考えます。
 つまり、「この本を読むのに、どのくらい時間がかかるか」と考えるのではなくて、「この本を、どのくらいの時間で読むか」ということを自分で見積もらないといけないんです。そして、「今日は何冊ぐらい読む」、あるいは、「今週は何冊ぐらい読む」と決めていきます。
 誰しも、本を読むために使える時間は限られているので、自分が読むべき本の重要度を見て、「この本に、このくらいの時間をかけ、この本には、このくらいの時間をかける」ということを決め、その時間内に読み終えるように努力することです。(中略)
 本を読むときには、最初のほうは少しゆっくりめに読むんです。一章あたりは、そんなに飛ばし読みをしないで、ある程度、内容をよく読んでいきます。
 そして、本のレベルと著者の言いたいことをだいたい読み取ってきたら、「こんな本だな」ということは読み間違わなくなるので、あとは、だんだん速度を上げていくわけです。
 そうして、だいたい予定の時間で一冊を読み終えることが大事です。もし、繰り返し読むに足る本であったら、その本に、「いずれ、また、繰り返して読むべきである」という意味の印を何か付けておけばいいんです。
 本はたくさん読まなくてはいけないんですが、全部を繰り返し読むことは無理なので、たくさんの本を速く読み、そのなかで、繰り返し精読すべき本を探すことが大事であると思われます。(中略)
 「本を全部読み尽くす。隅から隅まで読む」という考え方もありますけれども、見方を変え、「繰り返し読んで自分の宝物にすべき本を選別している」と思って読むといいと思います。それ以外の本については、何か仕事上のヒントになるようなことや、一般教養になることなどを手に入れることができたら、それでも満足とするのです。そういう読み方をしないと、現代においては、やや無理があるかと思うんです。
(226~232ページ)

まず「今日は何冊ぐらい、今週は何冊ぐらい読む」と読書計画をたてること。

そして読む前に、本の題と著者名、著者略歴、まえがき、あとがき、目次等でその本の重要度を判断して、「この本に付き合う時間は、どの程度か」を見積もって、見切ること。

最初のほうは少しゆっくりめに読んで、本のレベルと著者の言いたいことをだいたい読み取れたら、あとは速度を上げていくことで、予定の時間で一冊を読み終えるように努力すること。

この方法で、たくさんの本を読むなかで、繰り返し精読すべき本を探すことが大事である。あとの本は、何か少しでも役に立つ情報を得られたら、それでよいと思うこと──。

そうかあ。目からウロコです。まさに私は、本は隅から隅まで読むものという固定概念を持ってたんですけど、書籍があふれた現代社会においては、もう根本的に発想を換えなきゃいけないってこと、なんですよね! 



『知的青春のすすめ』

大川隆法著


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あーあ、私って、いま一つ仕事できるように、ならないんだよねー。どうしたらいいの? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『幸福の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 仕事ができるようになるためには、自己鍛錬を欠かしてはなりません。(中略)何であろうと、鍛錬をすれば、その人に許された能力の範囲内で、現在持っている以上の実力になります。
 自分より能力の優れた人と自分とを比較して嘆くのは個人の勝手ですが、その優れた人も、人知れず、どのような努力をしているかは分からないものです。
 したがって、まず、自分自身との戦いなのです。
 自己鍛錬をしても伸びないものなど、まずありません。頭脳にかかわることであろうと、肉体にかかわることであろうと、心にかかわることであろうと、あるいは宗教的な悟りにかかわることであろうと、自分自身との戦いにおいて、自己鍛錬によって発展しないものなど、まずないのです。(中略)
 仕事全般を念頭に置いて述べると、最もオーソドックスな自己鍛錬の一つは「読む」ということです。読むことのなかでは、本を読むことがかなりの割合を占めますが、新聞を読むことも含まれます。
 「読む」ということは、情報を手に入れること、素材を仕入れることです。
 料理においても、まずは食材集めから始まります。いくら腕のよい料理人であっても、食材がなければ料理はつくれません。料理をつくる段階では、当然、料理人の腕のよし悪しによる違いは出るでしょうが、食材がなければ、そもそも料理はつくれないのです。
 仕事も同じです。仕事においては、自動車などの製品をつくったり、書類をつくったり、さまざまなことをしますが、これは、仕事というかたちで、毎日の“料理”をつくっているのと同じなのです。そのため、素材集めは非常に大事な仕事になるわけです。
 この素材集めの一つが「読む」ということです。本や新聞を読んで、考える材料、あるいは仕事の材料を得るのです。毎日、新しい仕事が発生するので、それにうまく対応するためには、新しい素材を常に集めていく必要があります。
 読むことは仕事の基本です。一般的には、よく読んでいる人は仕事もよくできる場合が多く、読むことと仕事には、七、八割ぐらいの相関関係があります。本や新聞をよく読んでいる人たちの七、八割ぐらいは仕事がよくできるのです。素材集めを熱心にやっていると、頭の回転も速くなってくるため、仕事はよくできるようになるのが普通です。
(90~94ページ)

仕事ができるようになるためには、自己鍛錬を欠かさないこと。それはまず、自分自身との戦いである。

そして、最もオーソドックスな自己鍛錬の一つは「読む」こと。読むことは仕事の基本であって、読むことと仕事には、七、八割ぐらいの相関関係がある──。

でも、その続きがあるわけで、それはまた次の機会にご紹介したいと思います! 



『幸福の法』

大川隆法著


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愛してるんだけど、そんなこと、こっぱずかしくて言えないよね。しょうがないじゃん、言えないんだからさ。・・・なーんて、シャイなこと考えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊の書籍『ハウ・アバウト・ユー?』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

けんか別れして、
相手を愛していたことに、
初めて気づく人がいる。

離婚して、
夫のいない空虚さに、驚く夫がいる。
さんざん、ののしって、
ホッとした後、
夫の偉大さに気づく妻もいる。

子供を亡くしてから、
ほめてやらなかった自分を、
責め続ける親がいる。

みんな、よく聴きなさい。
失ってからでは遅すぎるのだ。
愛しているなら、
今すぐ、
愛しているといいなさい。
好きなら、
好きであるということを、
今すぐ、
行動で示しなさい。

永遠の後悔を残すなかれ。
生命あるうちに、
愛しているということを、
心から愛しているということを、
伝えなさい。
伝え切りなさい。
(78~81ページ)

愛してるって、真正面から伝えること。それが後悔しない愛の姿──。

思い切って言ってみると、ちょっとすがすがしくて、あったかい気分。これは「与える愛」の一つの実践の姿なんだってこと、なんですよね! 



『ハウ・アバウト・ユー?』

大川隆法著


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幸福の科学って、宗教なんでしょ。でもセミナーがあって、終了試験があったりさ、検定試験なんてのもあるんでしょ。宗教なのに、なんでそんなことしてるの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、書籍『幸福への道標』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 幸福の科学という団体において、主宰者をしている私自身がいちばん残念なことは、できうるならば、みなさん各自の悩みにお答えし、問題があれば即座に解答を出してあげて、その人生の悩みの途次においていつも的確なアドバイスをしてあげたいという気持ちがあるのですが、いかんせん数の問題があって、どうしてもそこまでいかないということです。
 それゆえに、模範解答としての参考テキストをつくったわけです。みなさんはこれらの書を読まれて、もし自分のなかに似たような部分があるならば、解決の方法がどこかに出ているはずでありますから、それを見事に取り出して、自分の問題解決に使っていってほしいということなのです。(中略)
 ただ、私は思うのですが、やはり心が病んでいる人というのは、ほんとうは一人ひとりが対話を求め、一人ひとりがアドバイスを求めているわけであります。したがって、じっさいは十把一からげに教えられるものでもないし、理論だけで解決できるものでもないと思います。
 それゆえに、いま要請され、欲されているものは何であるかというと、「心の医者」の出現であります。いま日本では、医者というステータスがたいへん重要なものであって、医者になりたがる人もたくさんいますし、全国各地で、次第しだいにお医者さんがあふれ出さんばかりの状況になってきつつあります。しかし、それは肉体の医者のことです。ほんとうに、肉体の病気以上に需要があるのは心の病気です。(中略)私はこの現状を見るにつけても、この心の医者を早くしかも数多くつくらねばならないと思います。(中略)
 いま、セミナーという形をとって、みなさんに勉強していただいて、その結果について一定の資格をお与えしていますが、これは試みとしては有資格者の心の医者を数多くつくりたいという願いであるのです。
 本来、私自身がまず率先して行ないたいところの各人の悩みの相談を、そうした知識と能力を持った人を育て、そして全国各地にそうした心の医者を置くことによって、多くの人びとの心の病を治していきたいというのが私の本音であります。
 それゆえに、こうしたセミナーには学習特有のむずかしさや厳しさが伴ってはおりますが、それはお医者さんの場合を考えてみれば、そのむずかしさの理由をみなさんおわかりになるだろうと思います。お医者さんにはしっかりと勉強していただかないと、私たちは病気になったときに安心してかかる気がしませんし、治るような気もしません。(中略)あらゆる病気に、あらゆる症状に的確な診断を下し、そして病気を治せるようなお医者さんであふれるようになってほしい。そうしたお医者さんがいくら優秀であっても、それで困るということはないと思えるのであります。
 ですから心の医者も同じで、いくら優秀であっても困ることはないのです。(中略)
みなさんがいくら勉強されても、いくらわかってもそれで結構ということはありませんということです。そのあたりをよくよく肝に銘じていただきたいと思います。
(16~20ページ)

本来は大川総裁自身が、全国の多くの人々の悩み相談を率先して受けたいところだが、それは現実には無理なので、知識と能力を持った心の医者を数多く育てることで、多くの人々の心の病を治していきたい。

その心の医者には、人々が安心して治療を委ねることができるようになってほしい。そのために、幸福の科学の試験やセミナーなどには、学習特有のむずかしさや厳しさが伴うことを了承してほしい。そして、頑張って多くの人が、優秀な心の医者になってほしい──。

この大川総裁の願いが根本にあるからこそ、幸福の科学では仏法真理を学ぶためのセミナーや試験などが熱心に行なわれているし、その成果も着々と上がって、全国に優秀な心の医者が数多く誕生してきているってこと、なんですよね! 



『幸福への道標』

 大川隆法著


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あーあ、毎日家に帰ったら、午前さま。もう風呂に入って寝るしかないんだよね。朝は、早くから起きないと、会社に間に合わないし。休日だって、付き合いがあったりいろいろで、自分のこと、なんにもできないよね。どうしたらいいの? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『「幸福になれない」症候群』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 時間をつくり出すための最もよい方法は、やはり仕事の能率アップ以外にありません。できるだけ能率を上げて、仕事の時間を短縮することが大事です。
 原則として、残業しなくても仕事が片づくようにするのです。残業のうちの約八〇パーセントは習慣によるものです。(中略)
 対策としては、「どのように速く仕事を処理するか。どのように仕事の段取りをつけるか」ということをよく考え、努力するしかないと思います。
 少なくとも、有能な人ほど仕事の処理が速いことは事実です。ある人が夜の八時までかかる仕事を、他の人が午後三時には終えているのであれば、後者には、帰るまでのあいだにゆったりとした時間があります。その時間を、もっと高度な仕事に向けることもできれば、新規のプロジェクトに向けることもできます。しかし、能力のない人は、いつも遅くまで仕事にかかりっきりなのです。
 したがって、時間管理において最も肝要なことは、肝心要の仕事そのものの能率アップによる時間の創出です。仕事を速く集中的にやってしまい、よい成果をあげることが大事になります。それによって、夜の睡眠時間も取れるし、自分自身の自由な時間も取れるようになるのです。
 また、第二の考え方は、仕事ができない部分を、残業や土日のゴルフで補おうとはしないことです。
 あまり仕事ができないので、からだを使って挽回しようとして、毎晩遅くまで机の前に座っていたり、酒や土日のゴルフにつきあったりする人も多いようですが、それだけで出世できるほど、現代のサラリーマン社会は甘くありません。
 「つきあいがよい」ということは、あくまでも参考条件です。こうした不況の時代にあっては、どの会社でも、「仕事そのものができるかどうか。実績があるかどうか」ということが第一の判定基準になるのです。(中略)
 あとは、残った時間をどう使うかです。
 もちろん、その自由な時間のうちには、どうしても義理で使わなければならない時間もあると思います。しかし、それを二割程度に抑えるのがコツではないでしょうか。すなわち、月から金までの五日間のうち、一日ぐらいはつきあいのために費やすとしても、残りの四日間は自分のために使うようにすることが大事だと思います。
 その四日間の使い方については、あなた自身の将来のビジョンや人生観も関係してくるでしょう。「豊かな人生を送りたい」と願うのであれば、趣味を広げることも必要です。また、「仕事以外の何かで自己実現をしたい」と思っている人ならば、自分が興味や関心のある分野について勉強を続けることが大事です。
 会社を離れたあとに何も残らない人間とならないように、少しずつ自分の時間を取りながら、そのなかで、人間としての基礎の部分を自分なりにしっかりとつくる努力をすることが、これからのサラリーマンにとって必要なことだと言えます。
(208~212ページ)

時間をつくり出すためには、仕事の能率アップ以外にない。どのように速く仕事を処理するか、どのように仕事の段取りをつけるかを、よく考え、努力するしかない。

また、仕事ができない部分を、残業や土日のゴルフで補おうとはしてはならない。

さらに、創り出した時間をどう使うか。義理で使う時間は2割に押さえ、8割は自分のために、人間としての基礎の部分をしっかりとつくる努力をすることが大事である──。

別のところでは、「人が時間をいちばん無駄に使うのは、無益なことにおいてではなく、自分が有益だと信じていることにおいてです」、という教えもありました。

繰り返しになりますが、ここでも、本当の人生の達人による叡知の言葉を教えていただいたんだってこと、なんですよね! 



『「幸福になれない」症候群』

 大川隆法著


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オレって、こんなに仕事できるのにさ、会社じゃぜんぜん評価してくれないんだよね。それどころか、なんだか煙たがれてるみたいな感じがしてさ。こんな小さい会社って、やっぱオレのいる場所じゃないんだよね? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『常勝思考』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 優秀な人は、仕事を習い始めのころには、いかに自分ができるかを証明することに血道をあげるものです。これは、幸福の科学で教えている「与える愛」とは逆であり、まさしく「奪う愛」、称讚を求める愛であると思います。
 いかに自分が認められるかということに夢中になって、人の評価が低いと、「これでもか、これでもか」と、もっとがんばるわけですが、がんばればがんばるほど、周りの人は、なぜか知らないけれども、しらけた目で見はじめるのです。これがなかなかわかりません。みなさんも経験があるのではないかと思います。がんばればがんばるほど、なぜか知らないけれども、周りの評価は逆になってくるということがあるのです。
 それは、後のち考えてみると、結局は愛を奪っていたのだということに気づくでしょう。多くの人からのほめ言葉や称讚を得ようとしてがんばっていると、他の人から見てみれば、それを認めることによって、何か自分から持ち出しが出るような感じ、小遣いが減っていくような感じがするのです。いかにも認めてほしそうに動いている人を見ると、その人をほめたりすれば損をするような気がするのです。(中略)
 実際は、「人から認められよう、認められよう」と思ってがんばっているあいだというのは、他の人がよく見えることはありません。自分が認められることを中心に考えているときというのは、他の人がよく見えることはなく、他の人は自分を支えるための神輿(みこし)を担いでいる人だ、というような錯覚に陥っているのです。
 すなわち、自分が舞い上がることばかりを考えている人は、決して他の人を幸福にすることはできないのです。人というものは非常に敏感なものです。その人とつきあって、決して自分が幸福になれないのであれば、遠ざかっていきます。「そういう人とは、なんとか一線を画したい」と思いはじめます。(中略)
 ほんとうは、自分ひとりの力で仕事をしているのではなく、多くの人たちのチームワークによって、仕事が成り立っているのです。つまり、自分が自己発揮できる前提には、他の人びとの力があるのです。それを忘れてはいけません。
 したがって、この本を読んでいるさなかにおいて、挫折や逆境の真っただなかにいると思っている人がいたならば、どうか、過去の何年間、あるいは何十年間の自分の生き方を振り返ってみて、バランスを崩していなかったかどうか、また、自分の評価ばかりを考えて、他の人びとを評価することを忘れてきたのではないか、そうしたことを考えていただきたいと思います。
 こうした見方ができるようになるということは、非常に大きなことなのです。人間が成長していくためのきっかけは幾つかありますが、ほんとうに底光りをしてくる人を見ると、やはり何らかの試練は通り越してきているように思います。(中略)
 試練というものは、そう長く続くものではありませんから、要は、その間にどれだけのものを学べるかということが課題であって、学べるだけのものを学び尽くしてしまうということが大事だと思います。
(29~34ページ)

「人から認められよう」と思ってがんばるというのは、「与える愛」の逆、つまり典型的な「奪う愛」。決して他の人を幸福にすることはできないから、敏感に人は自分から遠ざかっていく。

挫折や逆境の真っただなかにいる人は、原因がそこにないかを反省してみて、それを一つの学びとしていくこと──。

つまりは、「常勝思考」を身につけることができれば、挫折や逆境も、大事な魂の学びの糧になるんだってこと、なんですよね! 



『常勝思考』

大川隆法著


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事業はじめたんだ。で、この事業が真に成功したっていえるのは、どういう状態なんだろう。ゴールのイメージが欲しいんだけどな。幸福の科学では、「発展・繁栄」とかいうでしょ。この繁栄というのに、なにかヒントがないのかな? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『成功の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 私は、真の繁栄と言えるためには四つの条件が備わらなければならないと考えます。
 一番目の条件は、「世間の人が、その人を成功したと認める」ということです。自分で、「自分は成功した。繁栄した」と言っているだけではなく、それが、客観的指標によって、多くの人たちにも認められる必要があると思います。人の目は正確です。多くの人たちに、「やはり、それだけのものである」と認められるようなものであってほしいのです。それが真の繁栄であると思います。(中略)
 真の繁栄の二番目の条件は、主観的な立場として、「その人に人格的な成長がある」ということです。繁栄をしつづけるということは、そこに、「人格的にも発展しつづけている」という前提があるということです。
 会社の規模だけは大きくなっても、社長が、いつまでたっても零細企業のような発想や考え方でやっているとしたら、やがて、その会社には、どこかで曲がり角が来るでしょう。経済規模の発展相応に、その中心にいる人たちが、人物としても大きくなっていくことが必要です。
 真の繁栄と言えるための三番目の条件は、「その人が社会的に影響力を持っている」ということだと思います。
 繁栄ということが、単に、「お金を大判小判として金庫のなかに蓄えている」ということだけであってはいけないのです。その富なり、あるいは社会的名声なり、業界の知名度なり、いろいろなものを生かして、世の人々に対する影響力を増していくということが、真の繁栄であると思います。(中略)
 真の繁栄と言えるための四番目の条件は、「それが、その人にとって、後悔のない人生の支えとなっている」ということです。
 いくら利潤を手にすることができたとしても、そのなかに真に生きがいを感じられないならば、それは真の繁栄とは言えないのではないかと思います。もし、人が気づかないような仕事を見いだして、そこに経済的飛躍のチャンスがあったとしても、残念ながら、その人の魂の傾向が、その方面に向いていないのであるならば、やがて、それは繁栄ではないものになっていくでしょう。
 たとえば、極度に精神的な価値を求めている人が、投機的な仕事のみにおいて利益を追求していくということは、やがて、その人の人生を虚しくしていくことになるでしょう。(中略)
 やはり、「自分の本来の持ち味に合った方向で成功する」ということが、後悔しない人生のための前提になると思います。(中略)積極的に魂の進化につながるような仕事であることが必要だと私は思います。
 もし、そうでなければ、やがて、自分に向いた方向に転換していく必要があると思います。経済的成功を基盤として、次なるステップを踏み出していくほうが賢明でしょう。
(182~187ページ)

幸福の科学で言うところの「繁栄」とは、売上高がいくらかとか、資本金の規模がいくらかというような話ではない。

真の繁栄とは、第一に、世間の人が、その人を成功したと認めること。第二に、その人に人格的な成長があること。第三に、その人が社会的に影響力を持っていること。第四に、その人にとって、それが後悔のない人生の支えとなっていること。つまり、自分の本来の持ち味に合った方向での成功であり、積極的に魂の進化につながるような仕事であることである──。

というわけで、本当の意味で、真に繁栄した事業にしたいものだってこと、なんですよね! 



『成功の法』

大川隆法著


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オレって、ぜったいに最優秀のセールスマンだからね。営業力で、オレの右に出るやつなんか、社内にいないんだからね。この線で、出世街道ばく進だよね。なにも間違ってないよね? なーんてこと考えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『仕事と愛』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 個人としては非常に優秀であっても、結果的に成功を収めることができない人は、他の人を通じて仕事をすることができない人であることが多いのです。セールスマンのような仕事をさせれば、人目を驚かすような結果を出す人でも、部下を使えばうまくいかないことは、いくらでもあります。
 それは、自分ひとりでできる仕事というのは、その人がいかに器用であるかを証明しているかもしれないけれども、手先の器用さは人使いの器用さには通じないということなのです。
 たとえ日曜大工としてよい腕を持っている人でも、巨大なビルディングを建てることができるわけではありません。日曜大工で犬小屋を作ったり、あるいは、ペンキを塗ったり、屋根を修理したりすることができる人でも、それほど器用な人だから大ビルディングが建てられるかといえば、建てられません。
 大ビルディングを建てるためには、チームを組み、設計図を作り、計画をし、資金を集め、そして大勢の人を使わなければなりません。そうすると、人を使える能力が必要になってきます。
 つまり、出世の条件として三番目に明確に言えるのは、自分ひとりでできる能力と、他の人を使う能力の二つの能力を知って、それを使い分けるということです。そして、自分個人でできるという能力から、他の人を使ってできるという能力に、次第しだいに比重を移していくことが大事なのです。
 大ナポレオンがいかに優れた人であったとしても、彼が軍刀を持って百人の兵士と戦ったならば、おそらく負けるでしょう。十人の兵士と戦っても負けるでしょう。彼ひとりの力で戦うには、相手が一人か二人、あるいは三人ぐらいでなければ無理です。それ以上では勝てません。ところが、彼が一万の兵、あるいは十万の兵を率いたならば、無敵の大将軍になることができるのです。
 この違いが分からない人は、出世には緑の遠い人だと思わなければなりません。こうした違いが分からずに、手先の器用さがすべてだと思う人は、専門職にとどまって、職人かたぎの人生を送ることになります。(中略)
 すなわち、真に出世をしていこうとするならば、スタートラインでは自分個人の力量に依存することが多いけれども、個人の能力でやっているあいだに、次第しだいに人心の掌握力を増していき、どうすれば人を使って仕事ができるかということを考えていく必要があるのです。これを管理能力といいます。
 管理能力の基礎は人が見えるということです。それは、その人の長所と短所が見えるということです。また、その人を適材適所として使っていくためには、どういうところに配置すれば能力を発揮し、どういうところに配置すれば能力が発揮できないかということを知ることです。当の本人が分からないことを、本人の素質を見抜いて、いち早く判断することです。この能力が不可欠です。
(91~94ページ)

自分ひとりでできる能力と、他の人を使う能力の二つの能力を知って、使い分けること。そして、最初は、自分ひとりでできるという能力からスタートしても、しだいに、他の人を使う能力のほうに、比重を移していくことが、出世の条件である──。

人を使って仕事ができる能力こそが、管理能力。そのためには、人が見える必要がある。では、その能力をどうやって身につけていけばいいのでしょうか? 

というわけで、なかなか一度に紹介しきれない貴重な教えです。この続きは、また次の機会に! 



『仕事と愛』

大川隆法著


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独立して小さな会社をはじめたんだけど、資金足りないんだよね。お金関係は経理担当にまかせてるんだけど、資金繰りなんて言われても、勉強したことないしさ? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『幸福へのヒント』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 会社の社長のなかで数が多いのは、やはり技術者でしょう。技術者が会社を起こし、社長をやっている場合が多いのです。ところが、そういう人は、資金繰りについて、あまり分かっていません。学校では教わっていないし、社長になってからも、それについて、人に頭を下げて教えてもらったりはしていないのです。
 そういう人のなかには、「部下に経理担当者がいるから、それでよいだろう」と思っている人もいますが、経理で経営はできないのです。経理と経営は違います。経営は、全体を見なければならないので、社長自身がお金についての勉強をしないかぎり、上手にできるようにはならないのです。(中略)
 資金繰りについては、追い詰められる前に勉強しなくてはいけないのです。
 書店へ行くと、資金繰りに関する本はたくさん出ています。「大学で学んでいないから、読んでも、よく分からない」と思うかもしれませんが、難しい学問的な本でなくてよいのです。簡単なハウツーもので、二、三時間もあれば読めるような軽い本も多く出ているので、そういうものを五冊十冊と買って、一カ月ぐらいかけて読めば、多少は分かるようになります。(中略)
 そこに書いてあることは、私が前述したことと基本的には同じです。入るお金と出るお金についてです。そして、資金ショート(不足)を出さないことです。
 そういう本を勉強すれば、資金繰りのやり方が少しは分かるようになります。「苦手だ」と思って避けてきていた人は、これをやることです。
(28~30ページ)

経理で経営はできない。社長自身が資金繰りについて勉強しないかぎり、上手にできるようにはならない。簡単なハウツーものの軽い本でもよいので、五冊十冊と買って読んでみるだけでも、多少は分かるようになるので、そこからやってみること──。

この世的な知識が多少あるだけで、避けられる困難やトラブルというのは、いくらでもある。その知識を入れる方法の基本は、やはり書物である。それも、1冊だけでなく、5冊、10冊と読んでみることで、一つの分野に関する必要最低限の知識というのは、なんとか入れることができるものだってこと。

つまりは、幸福の科学で教えられる「知の原理」というのは、こういう風に実践するものでもあるってこと、なんですよね!



『幸福へのヒント』

 大川隆法著


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「スピリチュアリズム」(心霊主義)については、これまで二度にわたってお伝えしてきました。この天上界の計画は、当初、唯物論運動に対するものとして始められたという話でしたけど、でも天上界の意図はそれだけだったんでしょうか? 今日はその第三弾になります。

幸福の科学の大川隆法先生は、『神秘の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 特に、科学万能主義と唯物主義という敵もありましたが、もう一つ、宗教のなかにも敵があったのです。それは、キリスト教のなかの、「イエスの時代で、もう霊現象というものは止まっている」という考えです。
 その背景には、「教会の歴代の代表者たちが霊能力を持っていなかった」ということがあることは事実です。彼らは霊能力を持っていなかったので、しかたがなかった面もありますが、教会においては、「二千年前のイエスの時代で、もう霊現象は止まっている」と考え、「その後に起きた霊現象については、原則、否定する」というスタイルなのです。
 キリスト教のなかにも、霊現象を使う宗派も出てきましたが、ほとんど、「異端」ということで弾圧されています。
 近代になり、スピリチュアリズム(心霊主義)が出てきたときも、それに対して真っ向から反対し、敵視したのがキリスト教会なのです。(中略)宗教の内部に「内なる敵」が出てきたため、それで、かなり苦労しています。
 いまも、教会は、心霊主義をほんとうは認めていないのかもしれません。「うすうすは認めているけれども、認めたくない」というのが、ほんとうのところでしょう。
 そこには同業者としての嫉妬もあるかと思います。スピリチュアリズムは、日本で言えば新宗教のようなものでしょうから、「流行っているものに対する、旧いものの防衛」という意味もあるのかもしれません。
 キリスト教の『聖書』自体から、霊現象的な部分がかなりカットされていることも、大きく影響していると思います。『聖書』に明確に書かれていれば、受け入れられたはずなのに、霊現象的な部分が、『聖書』の編集の過程でかなり削られてしまったために、後世の人たちは霊的なことが分からなくなったのです。
 それから、仏教のなかにも、やはり唯物主義は流れています。その流れは、釈尊の没後数百年たったインドにおいて、すでに始まっていました。
 インドは、もともと哲学的な国なのですが、仏教が哲学になってしまったのです。宗教であれば、霊的なものは当然あることなのにもかかわらず、それが分からない人たちの時代になると、哲学的に解釈するようになったのです。(中略)
 現代の日本では、仏教の大学にも、「仏教は霊魂を認めない」などと言うプロが数多くいて、ほんとうに困ります。仏教が霊魂を認めなかったら、大変なことです。(中略)肉体を去ったあとの精神エネルギーが残らないとしたら、仏教は、もう、ただの抜け殻にしかすぎません。(中略)
 したがって、数々の心霊現象を起こしてきた過程には、「科学や唯物論との戦い」と同時に、「宗教のなかにおける形骸化や化石化、姿かたちにとらわれて内容がなくなってきたものとの戦い」もあったのです。
(180~184ページ)

スピリチュアリズムが流行った国では、まず形骸化したキリスト教会と真正面からぶつかることになった。そしてその思想は、形骸化した仏教ともぶつかることとなっている。

そして、この150年にわたるスピリチュアリズムの運動によって、人々の霊的なものに対する精神的土壌が耕されてきた、その先にある現代の幸福の科学の運動。その意味は、「天上界の計画」という大きな観点から、どのように説明されるんでしょうか。

興味は尽きませんが、それはまた次の機会にご紹介したいと思います!   



『神秘の法』

大川隆法著


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商売を広げていくには、まずはたくさんの店舗の仕事を平準化していかなきゃね。そのためには、マニュアルを整備するのが絶対だよね? なーんてこと考えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『経営入門』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 マニュアル主義で、どんな場合でも社内マニュアルに書いてあるとおりのことを、従業員が繰り返す会社は、感動を伝えることはできません。
 例えば、喫茶店であれば、夏に、客が汗を拭きながら入ってきて飲み物を注文しょうとしたとき、マニュアルどおりに、「ホットにいたしましょうか。アイスにいたしましょうか。ホットは、コーヒーと紅茶とこれとこれがございます」などという説明を店員がしたならば、客のほうは、あきれてしまいます。
 そういう場合は、客の気持ちを考え、「冷たいお飲み物はこちらです」と勧めるべきでしょう。
 マニュアルどおりの対応は、「当社の都合」でしかなく、感動はまず与えられません。(中略)
 マニュアルを超えて一歩を踏み出せば、パートで雇われている人であっても、人に感動を与えることはできます。感動を与える方法は、相手の気持ちや考えていることを察し、「相手にとって、今、必要なものは何か」ということを読むことです。
 そこにかけるエネルギーや智慧、あるいは言葉を惜しんではいけないのです。(中略) マニュアルというのは、標準的な人をつくるためのものであり、実際に、マニュアル主義で仕事をすることも多いのですが、それだけでは、もう一歩を踏み出し、顧客に感動を与えるサービスは出てきません。もう一歩を踏み出したサービスは、やはり、個人の心から出てくるものなのです。
 たった一言でも、ちょっとした態度でもよいので、もう一歩を踏み出し、相手に感動を与える仕事をすることが大事です。とにかく、「お客様のことを考えているのだ」という気持ちを、言葉や態度で伝えることです。そうすれば、どんな業種の会社であっても伸びていくはずです。
 その点に気をつけないと、顧客から離れて単なる合理主義的な考え方をしたり、業績の数字だけを見て考えたりしがちになります。こういう間違いは、どんな会社でも起きることであり、会社の規模が十人ぐらいになるあたりから起きてきます。
 「自分たちは、このように考え、このように行動している。業績はこうであった」と、会社の内部の人間だけで、自分たちの仕事を評価し、完結することが多いわけです。そのように内部だけの論理が働いて、顧客や現場など、外のことが分からなくなることがあるのです。
 基本的には、最初に組織を立ち上げたり、小さな会社を大きくしたりするためには、ものの考え方や道理をつくり、マニュアルにして社員に勉強させることが大事ではありますが、それだけでは、やはり仕事やサービスが標準レベルを超えることができず、同業他社が多数ある場合には勝ち残れません。「感動を与える」というところまで、踏み込まなければいけないのです。その感動は、やはり、個人の気持ちから出てくるものです。
(20~24、28~30ページ)

もちろん、全体の仕事の最低限の部分を底上げすることが基本ではあっても、それだけでは厳しい競争に勝ち残れない。

勝ち残るためには、顧客へ感動を与えることがとても大切なんだってことを前提にして、大川隆法先生は、マニュアル主義の弊害をも説かれているってこと、なんですよね!



『経営入門』

大川隆法著


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うちの会社って、中小企業の典型。規模が小さいし、社員の能力もそう高いわけじゃないしね。そんなので、こんな厳しい時代に生き残っていくなんて、ちょっと無理なんじゃないかって思えるんだ。どうすればいいの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『希望の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 大企業には、動きが大きすぎ、長蛇の陣のように伸びきっていて、細かい部分で作戦が立たない面があります。そのため、「ここを襲えば勝てる」というコア(中核)の部分を攻められると、崩れてしまうことがあります。(中略)
 大手のスーパーなどでは売り上げが落ちているのに、ユニクロなどは何倍もの成長をしました。なぜなら、リスクは大きいのですが、中国で最初から最後まで一貫して生産を行い、それによって、ものすごく安い値段で勝負したからです。それで、消費者はサーッとそちらに走っていきました。不況期で、ほかのところの売り上げが落ちていても、ユニクロなどの売り上げはグーッと増えたのです。
 安売りのスーパーが安売りで負けたわけですが、なぜ負けたかというと、多角化しすぎていたことが原因です。長蛇の陣を敷いていると、経営者は、個別のところについて、それほど絞り込んで見ることはできません。そのため、狭い範囲を一気に攻めてこられると、そこを破られてしまうのです。
 やはり、戦略を持たない者は勝てません。しかし、成功していると、どうしても、「このやり方でよいのだ」と思って、その戦略が固まってきてしまい、やがて、新しい者に敗れていきます。
 これは、大きくなったこと自体が致命傷になっているのです。「大きくなっても隙がない」ということは、まずありません。図体が大きくて動きの鈍いところを見ていけば、どこかに攻撃材料があるものです。それで、衣料品なら衣料品、食品なら食品に特化して攻撃すれば、大手のスーパーであっても破ることができるのです。
 そのように、一部の大手のスーパーやデパートが傾いたりしていますが、そういうところを捉えているのはどこかというと、コンビニなど、小さな駆逐艦のような戦い方をしているところです。そういうところが、ある程度、流行っています。
 ところが、この駆逐艦のようなところは、品揃えが何百種類もあるため、それに対して、今度は、ハンバーガーの単品や丼物の単品などで安売り攻撃をかけ、お弁当マーケットを攻めてくるところが出てきます。そういう狭い範囲に絞って攻めていくと勝てるのです。
 力が大きくなったときには、大きくなったなりの戦い方があるのですが、大きくなるまでの戦い方としては、やはり、絞り込んで戦力を集中しなければいけません。そうしないと勝てないのです。
 いかに相手が大きくても、すべての部分で同じように強いわけではないので、相手の弱いところに戦力を集中し、特化すれば、そこを撃破することができます。(中略)
 市場では、こういうことが繰り返されています。
 いずれにせよ、力が充分でない場合には、いつも「戦力の集中」ということを考えておかないと駄目になるわけです。
(255~258ページ)

少ない戦力(能力)しかない段階では、自分の置かれた場面で、「戦力の集中」をどのように図るかに智慧を絞ること。そうすれば、相手がいかに巨大でも、必ず勝利への道が開けていく──。

今日は、桶狭間の戦いや三国志を例にとって、「兵法」の観点から「常勝の理論」を説かれた教えの中から、これを現代にどう応用すればよいかを解説された部分を、引用してみました。

大川隆法先生が現代日本の「国師」として法を説いておられる、と言われる理由がここにあるってこと、なんですよね! 



『希望の法』

大川隆法著


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強く思えば実現するんでしょ。でも、足ることを知るのも大事だって、教えられてるんじゃないかと思うんだ。じゃ、どの辺までなら願ってもいいけど、どの辺から過ぎた欲望になるのかって、そのあたりをどうやって考えていけばいいの? なーんて鋭い疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『感化力』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 「自分は欲が過ぎていないか」ということを点検するためには、まず、自分の健康状態を見てください。健康面で、いろいろと問題が出るようであれば、仕事など、自己実現において、欲が過ぎている可能性は高いのです。
 体調は、表面意識ではない部分、すなわち潜在意識が管理している面もあり、度を超すと肉体の調子が悪くなります。
 最初は風邪あたりから始まるでしょうが、(中略)それは、「少し休みなさい」という信号なのです。生命の、もっと根源的なところから、「あなたの肉体は、休みを取らないと、もちませんよ」という信号が出ているわけです。
 このように、風邪をひいて体調が悪くなることには、「休んで肉体の調整をする」という面があります。それは、車で言えば修理をしているようなものでしょう。病気には、そのような面もあるのです。
 したがって、体調に異変が生じたときには、やはり、自己反省をしていただきたいと思います。(中略)
 それから、「仕事でクレームが増えていないか」という点を点検することも大切です。営業などの仕事で、目標が高く、無理をしている場合には、外部からクレームがたくさん来るはずです。仕事において、間違ったり、やりすぎたりしていると、クレームが増えてくるのです。
 クレームの処理は非常に大事なことです。クレームに対して聴く耳を持たない会社は潰れます。クレームの処理は、丁寧に行わなくてはなりません。
 よくない商品を、よい商品のように言って押しつけても、結局、クレームが来ます。その後始末をしているうちに商品は売れなくなってきます。それは、仕事において中道を超えたことに原因があるのです。(中略)
 また、仕事で度が過ぎていると、家族が病気になるなど、家庭がおかしくなってきます。その状況を感知できなければ、次は離婚問題が起きてきます。その結果、仕事のほうに、もっと大きなダメージが来ることもあります。(中略)
 会社など外では成功していても、家庭でつまずくことがあるので、問題が起こる前に、いち早く兆候に気づくことが大事です。自己中心的であると、それが分からないので、人の気持ちなどを、まめに観察することです。(中略)
 そういうときには、奥さんが苦情を言うなど、兆候は必ず出てくるので、それを見る目があれば、あるいは聴く耳があれば、反省が働きます。
 幸福の科学では「発展の原理」が説かれていますが、それは、「たくさん突っ走ったら、それでよいのだ」ということではありません。
 幸福の科学の教えには「反省の原理」も入っていて、「調子が悪くなってきたと思ったときには、きちんと反省をしていくことが大事である」と説かれています。そういう、バランスの取れた考え方になっているのです。
(181~190ページ)

過ぎた欲望のチェックポイントは、第一に、自分の健康状態、第二に、仕事でのクレームの増加、第三に、家族の病気などの異変。

幸福の科学では、「発展の原理」とともに、「反省の原理」も説かれていて、バランスの取れた考え方のもとで人生を生きていくことが勧められている──。

発展・繁栄(「発展の原理」)と、それが行き過ぎたときの調整(「反省の原理」)と、教えの構造自体、とてもバランスがとれた教えになっている。その調整のチェックポイントまで、これほどクリアに説かれている。

これほど救済力に満ちた教えが、現代日本で説き続けられているって驚きと神秘を、一人でも多くの人と共有したいものだって、今日は改めて考えてしまいました。みなさんはいかがですか?



『感化力』

大川隆法著


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