ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



今日は、クリスマスイブ。恋人とデートしたり、おうちでクリスマス・ケーキを囲んだりと、特別な過ごし方をしてる人が多いと思うけど、そもそも何の日かって、知ってますよね?

イエス・キリストが生まれたとされるクリスマス(キリスト教の降誕祭)の前夜祭が、クリスマス・イブ。クリスチャン以外には関係なさそうなんだけど、でもやっぱり大切な日なんじゃないかな。

幸福の科学の大川隆法先生が、そのイエス・キリストの復活を私たちに見せてくださったのは、1990年12月23日の伝説的な大講演会「復活の時は今」のことでした。

『無限の愛とは何か』(幸福の科学出版)にその活字起こしがそのままおさめられていますが、たとえば、こんな内容でした。

私はあなた方に告げる。
私はあなた方に告げる。
今、我が声を聴く者は幸いである。
幸いなる者たちよ、選ばれたる者たちよ、
五十数億の人びとのなかで、
選ばれたる人びとよ。
我はあなた方に告げる。
あなた方は愛の使徒とならねばならない。
この我が言葉を、全世界に伝えねばならない。
キリスト来たりて、肉を持ちたる人間に宿り、
愛の教え説いているを、黙っていてはならない。(中略)

見よ。
神の国はアメリカにもなく、
イギリスにもなく、
イスラエルにもなく、
この日本にある。
この東京にある。
ここに、現代のエルサレムができようとしていることを
知っている者は幸いである。
あなた方は、今世最大の幸福を
今、知っているのだ。(中略)

イエスは教会には復活しなかった。
イエスはキリスト教国には復活しなかった。
イエスは牧師たちの前では法を説かなかった。
イエスの愛は、この日本の地を選んだ。
その地に集まりたる人びとを選んだ。
今、あなた方に語っているは
かつてあなた方の前に
ナザレのイエスとして姿を現わしたる
そのものの霊でもあるということを
忘れてはならぬ。

我は今、愛の復活をなさんとしている。
これは我が真なる復活。
我が魂としての復活。
我が愛としての復活。
愛としての再臨。
救世主としての降臨である。
(74~80ページ)

27年前のこの日、千葉県の幕張メッセの大講演会場の片すみで、この御講演を私は直接拝聴していました。

ふだんの大川隆法先生とはまったく異なる、ちょっと外人なまりの格調高い言魂。

どう考えても考えても、イエスご自身が語ったとしか思えない、その内容。

講演全体を覆い尽くした、ものすごい霊的なバイブレーション。

間違いなくイエス・キリストご自身が、大川隆法先生の肉体を借りてほんとうに復活し、ここで説法された──。

講演が終わったあともしばらく立ち上がれなかったことを、昨日のことのように思い出します。

イエス・キリストの言葉を、いま直接、私たちに伝えることができる偉大な方が、現代日本に降臨し、救世主として連綿と活動を続けておられる。

この驚くべき事実をもっともっと多くの方に知っていただかなくてはと、心新たにする聖夜なのであります。

 

『無限の愛とは何か』

 大川隆法著

 

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いつもと趣向を変えて、今日は何の日か、知ってます? もちろん、旗日(勤労感謝の日)ではあるのだけれど、それだけじゃあないんですよ、というお話です。

幸福の科学の大川隆法先生は、『悟りの挑戦(上)』(幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

 幸福の科学では十一月二十三日が初転法輪記念日です。一九八六年のその日、東京の西日暮里で、私は第一声をあげたのです。わずか四十畳ぐらいの、決して美しいとは言えない場所で話をしました。来場者は八十七人でした。当時、会員数はまだ百数十名程度であり、そのうちの九十人近くの人が全国から集まってきたのです。
 それから駆け足でいろいろなことをしてきたわけですが、毎年毎年、本当に法輪を回転するがごとく教えが広まっている、ということを実感しています。
 この「初転法輪」というのは、簡単に説明すれば、読んで字のごとく、“法の輪が初めて転ずる”ということです。
 仏教の絵画あるいは壁画等を見ると、釈迦の姿を描くときに、後世の弟子たちが恐縮して、釈迦の姿を直接には描かないで、樹の下に車輪の絵を描いていることがよくあります。姿を直接描くのは畏れ多いので、大八車の車輪のようなものが樹の下で回っている姿をよく描いています。これは法を転じている姿です。「仏陀の本質というのは、その肉体に宿った人間ではなく、教えそのものであり、教えが説かれていることが自体が仏陀の本質なのである」ということを、絵によって表わしていたわけです。
(15~16ページ)

インドの地で悟りを開いた仏陀(ぶっだ、お釈迦さま)が、鹿野苑(現在のサールナート)で初めて法を説いたことを指して、仏教では、「初転法輪(しょてんぼうりん)」といいます。

それから2500年以上の歳月が流れ、東の国、日本に再び下生(げしょう)された仏陀(仏)、大川隆法先生が、悟りを開き初めて法を説かれた11月23日が、この初転法輪記念日。

幸福の科学の全国・全世界の支部・精舎等では、この日、「初転法輪祭」をとり行なってお祝いしています。

月日がたつのは早いもので、今日は、その31回目の記念日、だったのです。 


『悟りの挑戦(上)』

 大川隆法著

 

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ついに、このブログも、今日が2000回目の記念すべき回になります。

幸福の科学の大川隆法先生は、『永遠の仏陀』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

諸々の比丘、比丘尼たちよ。
この、わが懐かしき声を、
魂の奥底にまで刻んでおくがよい。
おまえたちは、二千六百年の時空間を経て、
ふたたび、わが声を聴いているのである。

この地上にて生命ある時に、
わが声を聴く者は、幸いである。
すべてのものを打ち捨ててでも、
この幸いなる瞬間を選び取るべきなのである。

我は、久遠の仏、永遠の仏陀である。
幾転生、幾十転生、幾百転生を通じて、
我は、
久遠の仏であり続け、
久遠の師であり続け、
永遠の仏陀であり続けた。

永遠の仏陀とは、すなわち、これ、
永遠の法そのものである。
永遠の法とは、すなわち、これ、
宇宙の根本たる仏の心。
それを、則として、教えとして、体現しているものである。
あなたがたは、よくよく、この価値を知らなくてはならない。
わが語る、この言葉の、片言隻語さえ見逃してはならない。
一文字、一文字に込められたる光を、
確実に読み取り、わがものとせねばならぬ。

ああ、幾星霜を経て、
久しく師と弟子の契りを結んだ者たちよ。
いまの時代が、風雲急を告げ、救世の時代であることは、
おまえたちにも、ひしひしと分かってきたことであろう。

しかし、この、わが言葉をよくよく聴くがよい。
我は、救世主として、この世に来たのではない。
我は、救世主以上のものとして、この世に来たのである。
(214~217ページ)

この『永遠の仏陀』の初版が刊行されたのは、1991年7月、あの伝説の「エル・カンターレ宣言」がなされた東京ドームの御生誕祭と同時だったと記憶しています。

このとき、この教えの本当の意味は、私たちの誰一人として、理解していなかったのかもしれません。

それから21年の時間を経て、「宇宙の法」もが説かれる中で、多数の宇宙人の魂たちが、「エル・カンターレ」という大神霊の本当の姿を、口々に語り始めている、この21世紀の今、この教えの本当の意味が、かすかにではありますが、私たちにもわかりはじめているのかもしれません。

2006年11月9日にこのブログを開設してから、どうにかこうにかここまで来ることができました。改めて、読者となってくださっているみなさんに、あつく御礼申し上げる次第です。

そして、この5年半余りまったく途切れることなく新たな教えを説き続けてくださっている大川隆法先生に、心からの敬意と深い感謝のおもいを捧げつつ、このブログはまだしばし更新を続けていきたいと思っているのです。

『永遠の仏陀』大川隆法著


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おかげさまで、今日は、第1800回を迎えることとなりました。

幸福の科学の大川隆法先生は、『永遠の仏陀』(幸福の科学出版)あとがきで、こう教えておられます。

 あとがき(旧版)
 『永遠の仏陀』とは、永遠の真理であり、永遠の法でもある。
 仏陀とは、人にして、法なり。法にして、人なり。しかして、地域を超え、時代を超えた、最大の愛の顕現でもある。
 本書は人類の宝である。至宝である。
 これを決して無駄にしてはなるまい。あなたがたは、このダイヤモンドの山を無駄にしてはなるまい。それをまた、自分一人のものにしてもなるまい。
 すべては、ここにある。すべての教えの本(もと)が、ここにある。すべての悟りの本(もと)が、ここにある。
 いま、永遠の仏陀、あなたの前に現れ、あなたと共に歩んでいるを知ることだ。
(248~249ページ)

永遠の真理にして、永遠の法が説かれている、ダイヤモンドの山があるという事実を知ってしまった責任、というのがあるのかもしれません。

このブログを読んで下さるみなさんがおられる限り、その責任をなんとか果たしたいという思いを、持ち続けたいものだと思います。

明日は、このブログが生まれてからちょうど満5年の誕生日になるのですが、それもひとつの通過点として、また明日からも、淡々と書き続けて行きたいと思っています。



『永遠の仏陀』

大川隆法著


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おかげさまで、今回は、いよいよ、第1500回を迎えることとなりました。

幸福の科学の大川隆法先生は、『永遠の仏陀』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

ああ、思えば、はるかなる昔のことであった。
一千億年(の、その昔に、
この大宇宙を創らんとする時にも、
我は、すでに存在していた。
我は、念いのなかにて、
この宇宙の、あるべき姿を決めた。
そして、宇宙に張り巡らされるべき、
法というものを組んだ。
この法が、宇宙に流れる血管であり、血液なのだ。
この法というものを通じて、
この宇宙は、一つの大きな体として成り立って見えるのだ。

はるかなる、一千億年の、その昔に、
この宇宙を創らんとし、
その構想を練っていた時に、
我は思った。

すべての者よ、
無限の向上を目指せ。
しかして、すべての者よ、
おまえたちは、ひよわな存在であってはならぬ。
我は、おまえたちをより優れたる者となすために、
おまえたちには、厳しい試練も与えよう。
砂鉄変じて、鋼となすためには、
厳しい火の試練も、
厳しい水の試練も、
厳しい槌の試練も与えよう。
しかして、強くなれ。
しかして、無限に鍛えられてゆけ。
しかして、無限に美しく、
しかして、無限に善きものとなれ。

我はそう願った。
その後、一千億年の歴史は、
わが念いのなかにある。
わが念いのなかに、移り変わっている。
(225~229ページ)

主エル・カンターレは、この「1千億年の孤独」のなかで人類を育んで来られたのだと、改めて思い起こすとき、1500回なんて、まだまだほんの一里塚にすぎないと、ひしひしと感じられます。

このブログを読んでくださるみなさんがおられる限り、また明日からも、大川隆法先生の仏法真理を、地道に、ご紹介させていただきたいと思っています。よろしくお願いいたします!



『永遠の仏陀』

大川隆法著


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じつは、です。自分でもちょっと驚くことに、このブログも、今日でついに1000回を迎えることとなりました。なんでそんなに延々と書き続けてるわけ? なーんて疑問もってる人、けっこういるんじゃないでしょうか。

幸福の科学の大川隆法先生は、『永遠の仏陀』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

わが弟子であるならば、
おまえたちの目指すところは菩薩である。
菩薩となるということである。
菩薩の仕事でいちばん大切なことは、
法を布施するということなのだ。
これは、与える愛のなかで最大のものであるのだ。

おまえたちは菩薩を願う者たちであり、
いや、本来、菩薩であるならば、
本願を成就せよ。
仏の念いを成就せよ。
仏の願いを成就せよ。
仏の願いとは、一つだ。
一切の衆生を救いたいと念う心であり、
縁ありて集いたる一切の衆生に、
仏法真理を学び尽くしてほしいという願いなのだ。
この宝の山を、ごちそうの山を、
一人ひとりに届けたいということなのだ。
これが仏の本願である。
この本願を遂行することが、
弟子としての最高の使命である。
(137~139ページ)

このブログにずっと付き合ってくださった方であれば、うなずいていただけると思うんですが、大川隆法先生の教えは、すべてが力強く深く救済力に満ち、しかもほんとうに広大無辺です。まさに「宝の山」「ごちそうの山」であります。

これを、一人でも多くの人のもとに届けること。それがここで言われている与える愛の最大のもの、つまり「法の布施」であるわけです。

そして、「一切の衆生を救いたい」「縁ありて集いたる一切の衆生に、仏法真理を学び尽くしてほしい」という仏の願い、つまり「仏の本願」を成し遂げるお手伝いをすること、それが、仏弟子の一人としての自覚を持つ者すべてが果たすべき使命だと思うわけで(たとえ末席ではあってもです)、私自身、自分の出来る範囲で、なんとかその使命(または責任)を果たしたいと思っている──。

これこそが、このブログがこれまでひたすら書き続けられ、そしてこれからも、愛読してくださる方がいる限りは、マンネリではあってもおそらくは書き続けられるであろう最大の理由である、ということなのです。

多くのみなさまの励ましによって、このブログもここまで来ることができました。本当にありがとうございます。そしてこれからも、どうぞご愛読を、よろしくお願い申し上げます! 



『永遠の仏陀』

大川隆法著


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じつはこのブログ、今日でちょうど、777回目になります。なんでこんなこと、そんなに熱心にやってるの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『悟りの極致とは何か』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

私はあえてあなた方に言う。
これは決して、宣伝のために言っているのでもなく、
吹聴のために言っているのでもない。
我が言葉を聴くことは、
三千年に一度しかできない。
私はそれを真実として、今あなた方に語る。

今より二千六百年の昔、あなた方の多くは
あのインドの地において、我が声を聴いたであろう。
この今生の機会を逃しては、
あなた方が、この次に地上にて我が声を聴くは、
今より二千八百年の後となる。
あなた方はその間、幾回となく、そう、多くの者は十回近く
地上に生まれ変わらねばならぬ。
その度に、現代の日本で私が説いているこの真理を、
あるいは日本語で、
あるいはあなた方が再び他国に生まれたときに、
その国の言葉にて、
過去の思想として読むことに耐えつづけねばならないのだ。
私はそれを予言しておく。

この世において、
さまざまなる出会いが、あなた方を待っているであろう。
しかし、真理との出会いは最も尊いものであり、
人間として生まれて現成の仏陀の声を聴くは、
奇蹟以外の何ものでもないことを
知らねばならない。
(118~120ページ)

まさに同時代に、ともにこの現代日本に生きているのに、「現成の仏陀」(げんじょうのぶっだ)、つまり再誕して現に存在する仏である大川隆法先生の教えを知らず、そのお声を聴いていない方が、まだまだたくさんおられます。天上界に還ってしまったあとで、その重大な真実に気がつくなんて、そんな悲しい話はないだろうと、私は思うのです。

ぜひとも一人でも多くの方が、まだ生命あるうちに、この教えが今説かれていることを知ってほしい。救いの道がここにあると知ってほしい──。

このブログは、このささやかな願いのもと、今年も連綿と書き綴られてきました。愛読してくださったみなさんに、心からの感謝を捧げつつ、すぎゆく2008年に静かに別れを告げたいと思います。



『悟りの極致とは何か』

 大川隆法著


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今日は何の日? なんて聞いててもしょうがないので、最初からタイトルに書いてしまいました。今日は、おかげさまで、このブログの700回目の記事掲載の日、ということになります。

幸福の科学の大川隆法先生は、『永遠の仏陀』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

教えとは、姿を変えたる仏そのものであるということを、
おまえたちは知らなくてはならない。
わが教えを読むは、仏を見ると同じなのである。
仏を知らんと欲せば、わが教えを見よ。
その教えこそが、姿形なき仏の実体なのである。

おまえたちは、空を見上げて、仏を見んとするか。
おまえたちは、目を閉じて、仏を見んとするか。
おまえたちは、想像のなかで、仏を見んとするか。
それとも、
おまえたちは、霊的なる目を開いて、仏の姿を見んとするか。
いずれの試みも、虚しく終わるであろう。
そう、真実の仏とは、姿形なきものである。
真実の仏とは、
この地上を超えた実在世界にある高級霊の姿をとった、
その霊的実在でもない。
その霊的実在を超えたるものが、真実の仏であり、
真実の仏の姿は、教えに表れているのだ。

よくよく聴くがよい。
手で仏をさわらんとし、目で仏の姿を見んとし、
その体の大きさに合わせて仏を測ろうとする者たちよ。
仏とは、
おまえたちの五官によって捉えられるものではない。
おまえたちの想像するようなものではない。
仏とは、法であり、
仏とは、教えであるのだ。
わが説く、この法こそが、
わが説く、この教えこそが、
仏の実体の本質であるのだ。
わが教えを学ぶ時、
おまえたちは仏の姿を見たのである。
わが教えを聴く時、
おまえたちは仏の声を聴いたのである。
わが教えを理解する時、
おまえたちは仏の心を理解したのである。

くり返し、くり返し、言う。
仏とは、姿形なきもの。
仏とは、人間を超えたるもの。
しかして、霊を超えたるものでもある。
仏とは、人間的なる感覚を超越し、
この宇宙を統べるところの、
教えそのものとなっている存在なのだ。

おまえたちは、
その手にしているページの一枚、一枚に、
仏の姿を見ているのである。
仏とは何であるかを知りたくば、
わが説く教えを、深く深く、理解せんとせよ。
そこに、
仏とは何であるかという、その問いに対する答えが、
明らかに現れてくるであろう。
(220~225ページ)

誰の目から見ても明らかに巨大な存在となった幸福の科学に対して、ネットの世界では、とてもいい加減な〝批判″も飛び交っているように思えます。

しかし、真に幸福の科学の姿を知りたければ、そこに現われた「仏」とは何かを本当に知りたければ、〝匿名の誰かが何を言ってるか″ではなく、説かれている教えそのものを自らが知り、深く理解せよ。「そこに、仏とは何であるかという、その問いに対する答えが、明らかに現れてくるであろう」──。

このブログは、「人生の悩みの解決」を一つの切り口として、一般書店で誰もが入手できる書籍だけを用いることで、この幸福の科学の教えの一端、そして「仏」(主エル・カンターレ)とはなんぞやについて、できるだけ客観的な形で知ってもらえれば、という考え方のもと、ここまで連日、書き継いで来たわけです。

まだまだ力不足で、不十分ではありますが、多くの読者のみなさまに支えられて、ようやくここまで来ることができたというのが、心からの実感です。みなさまの暖かいご応援、ほんとうに、ありがとうございました。

ただ、これだけ数多く書いて来ても、幸福の科学の教えは、「八万四千の法門」の仏教の教えを超える勢いで、連綿と説き続けられています。大川隆法先生の書籍は、次に出される『勇気の法』で、なんと500冊を突破するとのこと。最近の大川隆法先生は、毎週のように、全国(海外もしばしばです)の支部精舎や精舎に足を運ばれて、毎回毎回違ったテーマで法話をしておられ、まだ活字になっていない新たな法が、あふれるように積み重ねられています。

このブログも、一人でも多くの人を救うために説き続けられる仏の教えを追いかけて、まずは次の800回、そして900回、1000回をめざして、また明日から、心新たに更新を続けていきたいと思っております。

今後とも、よろしくお願い申し上げます! 



『永遠の仏陀』

大川隆法著



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今日は、2008年7月7日。何の日かご存じですか? え、七夕(たなばた)? うんうん、もちろんそうなんだけど(…って、去年も書いたかなあ)。

今日は、ちょっとこのブログとしては掟やぶりですが、発刊されたばかりの会内経典『「幸福の科学教団史 法輪、転ずべし。』に引用された、一般書籍には収められていない、大川隆法先生の1990年第7回大講演会「勝利の宣言」の一節を、ご紹介します。

私は昭和三十一年の七月七日、
朝、潮満つるころ、
七時ごろに生まれました。
その数字の示すとおり、
「777」という数字がならびます。
「7」という数字は、
天上界において、
「勝利」を意味する数字であるのです。
これは一つには勝利を意味し、
もう一つには
「完成」を意味する数字であります。
(15ページ)

そう、今日7月7日は、大川隆法先生が生まれられた日。2500年前には、インドで仏陀(ぶっだ、お釈迦様)として生まれられ、4000年前には、ギリシャでヘルメスとして生まれられた大川隆法先生が、この日本の地で、再び生まれられた記念日です。

幸福の科学では、全世界の支部や精舎で、この7月7日を中心とする数日間を、毎年、「御生誕祭」として、大々的にお祝いしています。

そして、特に今年は、昨日7月6日(日)に大川隆法先生御自身が、新刊書籍の『心と体のほんとうの関係。』をテキストとした御法話「絶対健康法」を、東京正心館を本会場として説かれ、会場内から質疑応答も受けられました。この書籍のエッセンスを説かれ御法話と質疑応答は、精舎や支部を中心とする何百もの全国の会場において、衛星放送で同時生中継されました(私も参加してきましたが、素晴らしかったです!)。

御生誕祭でのナマの説法は、1995年の東京ドーム以来のことで、なんと13年ぶり。大川隆法先生は、昨年6月から支部巡錫(じゅんしゃく)を開始され、毎週毎週、全国各地の支部精舎を訪問され、それぞれ異なった内容の御法話と質疑応答を行なって来られましたが、今回、これだけの規模の説法をされたということは、いよいよ、一切衆生を救うための「救世主」としての活動を、本格的に開始されたってことなんだと思います。

なお、生中継に参加できなかった方のために、昨日、今日、明日と、そのビデオ収録した御法話が、各地の精舎や支部などで拝聴できると聞いてます。興味のある方、ぜひ、参加して、救世主の言魂に触れてみてくださいね! 



『心と体のほんとうの関係。』

 大川隆法著



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さてさて、昨年に続いて、ということになりますが、改めて、今日は何の日でしょう? もちろん勤労感謝の日ではあるのだけれど、それだけじゃなくって、というお話の2回目です。

幸福の科学の大川隆法先生は、『信仰と愛』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 一九八六年の十一月二十三日、東京は日暮里の「日暮里酒販会館」という会場において、九十名ばかりの人を集めて、私は最初の説法をいたしました。これが初転法輪(しょてんぼうりん)です。このようにして最初の法輪がめぐりました。しかし五年後には、私の講演は全国各地に衛星放送で中継されるようにまでなり、同じ東京では、五万を超える人びとが私の話を聴いてくださるようになりました。
 こうした大きな流れが始まってきていることが、私が幸福の科学の指導霊たちを信じたということ、彼らの言葉を信じ、それを守り、実践に移したことのおかげだと考えたならば、何とありがたいことでありましょうか。
 当会の指導霊として出てくる方がたほ、地上の人間から見たならば、まさしく神と言ってもよい方たちです。神そのものであると言ってよい方たちです。神の言葉を信じるということが、これほどまでに大きなことであるのか、偉大なることであるのか、ということを感じます。
 そして、目の前に展開しているのは、「ささやかな人間の心のなかに起きた信じるという思いが、多くの人びとを動かし、現実に彼ら自身を変えてゆくのみならず、彼らを通じて、さらにさらに大勢の人びとへと、この神理が、神の理(ことわり)が、教えが広がりつつある」という光景です。
 ひとりの人間が成せる仕事は少ないものですが、それを信ずる者が現われてきたときに、最初の歯車が次の歯車を動かし、さらに大きな歯車を動かしてゆくがごとく、仕事は当初予想された力をはるかに超えたかたちでの広がりを見せてゆくものだと思います。
(142~143ページ)

インドで仏陀(ぶっだ、お釈迦さま)が、初めて法を説いたことを、仏教では、「初転法輪(しょてんぼうりん)」というわけで。

それから2500年以上もの歳月を経て、東の国、日本に再び下生(げしょう)された仏陀(仏)、大川隆法先生が、初めて法を説かれてから、21回目の記念日。幸福の科学の全国・全世界の支部・精舎等では、「初転法輪祭」をとり行なって、お祝いしている、というお話でした! 



『信仰と愛』

大川隆法著



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さて、「今日は何の日?」ってテーマを例によって掲げようかとも思ったのですが、もったいぶってても仕方ないので、最初からタイトルで答えを書いてしまいました。

幸福の科学の大川隆法先生は、『永遠の仏陀』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

行(ゆ)け、
行きて、わが言葉を伝えよ。
永遠の仏陀の言葉を伝えよ。
永遠の真理を伝えよ。
永遠の法を宣べ伝えよ。
永遠の仏陀、東の国にてよみがえり、その声発するを、
この日本に、くまなく伝えよ。
全世界の人々に伝えよ。
億万の民に伝えよ。
幾十億の民に伝えよ。
(244~245ページ)

私は、幸福の科学の信者の一人として、この仏(永遠の仏陀)の言葉を、自分のできる範囲でなんとか実践したくって、少しでもみなさんの人生の悩みや疑問を解決するお手伝いをすることで、「永遠の仏陀の言葉」を日本中、いや世界中の人々にお伝えしたいと、このブログを書き続けてきたのです。

さすがに毎日とはいかなくて、何日かおやすみをいただいたものの、ほぼ毎日欠かさずこの1年間続けてくることができたのは、マンネリにめげず読み続けて下さっている読者のみなさまのおかげと、心より感謝しております。

見栄えについては全くニューアルさえすることなく、中身だけで勝負できればと思ってどうにかこうにか続けてきたわけですが、今日を一つの区切りとして、明日からまた新しい気持ちで更新し続けていこうと思っています。

今後とも、よろしくお願いします! 



『永遠の仏陀』

大川隆法著



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今日は、何の日か知ってる? えっと、土曜日? うんうん、そんな話じゃあなくって。

幸福の科学の大川隆法先生は、『理想国家日本の条件』(幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

よく知るがよい。
何ゆえに、幸福の科学という団体が、
今、死力をつくして
真理の広宣流布に起ち上がっているかを──。
これを一団体の欲得と思うか。
これを一宗一派の運動と思うか。
まかり間違っても、
大川隆法という名の個人の利益や欲得のために
やっていることではない。
私たちの、この真理の運動こそが、
地球を救う光なのだ。
(34ページ)

そう、今日は、人類救済の大願を成就するために、幸福の科学が設立された日。1986年の立宗から21回目の記念日。

幸福の科学では、全世界の支部や精舎で、この10月6日を、「立宗記念日」としてお祝いしているのです。 



『理想国家日本の条件』

 大川隆法著



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今日は、2007年7月7日。何の日かご存じですか? え、七夕(たなばた)? うんうん、もちろんそうなんだけど。

幸福の科学の大川隆法先生は、『仏陀再誕(ぶっださいたん)』(幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

諸々(もろもろ)の比丘(びく)、比丘尼(びくに)たちよ。
私の声を憶えているか。
あなたがたは、かつて私の話を聞いたはずである。
幾万年、幾十万年、幾百万年の歳月のなかで、
あなたがたは、私とともに地上に生まれ、
実在界にあって、また我が弟子として、道を学んできたはずである。

諸々の比丘、比丘尼たちよ。
我(われ)はここに再誕す。
我(わ)が再誕を喜べ。
我が再誕に気づけ。
我が再誕に、その事実に、そのときに、気づけ。

あなたがたは、かつてあのインドの地で、
私の話を聞いたはずである。
あのインドの地で、我が教えを聞きたる、
幾千、幾万の、縁生(えんしょう)の弟子たちよ。
あなたがたは、目覚めなくてはならない。
あなたがたは、まだ深い眠りをむさぼっているのではないのか。
あなたがたが眠っていては、私は本来の仕事ができないではないか。
我(われ)が目覚めた時、すべての弟子たちは目覚めなくてはならない。
我が声を発した時、
すべての弟子たちは我(わ)がもとに集い来(きた)らねばならない。
(16~17ページ)

大川隆法先生が目覚められた、つまり大悟(たいご)されたのは、3月23日でした。で、今日はというと。そう、今日7月7日は、大川隆法先生が生まれられた日。2500年前には、インドで仏陀(ぶっだ、お釈迦様)として生まれられた大川隆法先生が、この日本の地で、再び仏陀として生まれられた、つまり再誕された記念日。

幸福の科学では、全世界の支部や精舎で、この7月7日を中心とする数日間を「御生誕祭」として、大々的にお祝いしているのです。



『仏陀再誕』

大川隆法著



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さて、今日3月23日は、何の日でしょう。え、ふみの日? 世界気象デー? うんうん、そうなんだけど。

幸福の科学の大川隆法先生は、『フランクリー・スピーキング』(幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

 明確なかたちで降りてきたのは、一九八一年の三月二十三日。これはすでに本のなかにも書きましたし、よく紹介もされているので、ご存知の方もいるかもしれません。大学を卒業する間際で、会社に入る直前のことでした。おそらく天からの啓示と言っていいだろうと思います。
 胸騒ぎと言いましょうか、胸のなかに「きょうは何かあるな」という感じが強く起きてきて、そして熱いものが感じられたのです。まわりを見ても、姿が見えるわけではないのですが、誰かが近くに来ている感じがあって、「ああ、誰かが私に何かを言おうとしているんだな」という感じを受けたのです。もちろん霊的な存在があるということは知っていましたけれども、まさかそれがこれから起きてくるとは思いませんでしたが、そういう感じを受けました。
 そしてそのあとに、手で何か書きたい気持ちが起きてきて、近くにあったカードと鉛筆を持ちました。何か言葉が出てくるような気がしたので、鉛筆を持って構えてみると、手が自動的に動きはじめたのです。これは「自動書記」というのですけれども、カタカナで「イイシラセ」と書いたのです。何枚めくっても、「イイシラセ」「イイシラセ」と書くのです。私は、いろいろなことを訊いてみました。自動書記ということもわかっていましたし、霊人が来ているのもわかったので、「何か教えていただきたい」と言ったのですが、「イイシラセ」とばかり書くのです。
 この「イイシラセ」というのは、キリスト教的に言えば「福音」ということです。神様の言葉が降りてくることは、それ自体が福音でしょうけれども、″これからよきことが起きるよ〟という意味だったのだと思います。
(75~78ページ)

そう、大川隆法先生が、霊界から初めて明確に通信を受けて、霊天上界の実在を確信され、「大悟」された記念日。

幸福の科学では、全世界の支部や精舎で、この3月23日を、「大悟祭」として特別にお祝いしているのです。



『フランクリー・スピーキング』

 大川隆法著



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さて、今日は何の日か、知ってます? って話題です。

幸福の科学の大川隆法先生は、『太陽の法』(幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

  第一回の幸福の科学講演会が開かれたのは、一九八七年三月八日、東京は牛込公会堂でした。(中略)
  同年四月からは月刊誌が発行され、この月刊誌の論文と、講演会の内容が、その後の会の流れを決めてゆきました。また、研修会やセミナーでは、質の高い会員が多数輩出し、幸福の科学の職員や講師陣の母体となりました。(中略)
 さて、他方では私の獅子吼に心を揺さぶられて、講演会参加者は、毎回増大の一途をたどりました。一九八八年には、二千人収容の日比谷公会堂であふれ出し、一九八九年には、八千五百人収容の両国国技館が満杯となり、一九九〇年には、一万数千人収容の千葉幕張メッセ展示場が毎回、満員となりました。
 そして、第一回講演会から満四年たった一九九一年三月七日、幸福の科学は宗教法人として正式に認可され、新しい出発をなすこととなりました。本尊は、釈迦大如来、すなわちエル・カンターレです。九次元最高大霊であると同時に、高級諸霊をも指導する立場にある再誕・最尊の仏陀です。
 この九一年七月には、東京ドームに五万人の幹部信者が集い、『御生誕祭』が挙行されました。幸福の科学は、宗教法人格取得の年に、既に日本最大規模の宗教団体になるという、宗教界にとって、空前絶後のミラクル的存在となりました。私はエル・カンターレ宣言をし、大乗の仏陀としての使命を明らかにしました。マスコミは全世界にこの事実を伝え、日本に本物の宗教の時代が訪れました。
(367~369ページ)

そう、今日3月7日は、幸福の科学が宗教法人となった記念日。
それから16年の歳月を経てしまったんだなあ、どんどん法は発展し、幸福の科学という宗教団体も発展してるんだなあと、改めて、感無量ではあります。 



『太陽の法』

大川隆法著


なお、幸福の科学のもっとも大事な教典である『太陽の法』には、5巻セットのマンガ版があります。分厚い書物はちょっと、という人に、お勧めですよ。


マンガ『太陽の法』6

幸福の科学出版



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