ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



アテナって女神がいるんでしょ。どういう人なの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『「宇宙の法」入門』(幸福の科学出版)で、アテナの言葉(「霊言」)を、次のように伝えておられます。

 私もまた一種の軍神として知られておる者でございますが、軍神も、先ほど言っていた爬虫類型宇宙人ばかりではございません。もちろん、それだけであったのでは困りますので、もっと神の正義というものを中心に考える者も必要です。
 軍神と言いましても、私は、「自由や民主主義、商業、旅行、交通の繁栄等を伴う『社会の発展・繁栄』を通じて、人々を幸福にする」という考え方を基礎に持っており、「自由闊達で繁栄する社会を守るために戦う。それを破壊しに来る、全体主義的な、社会主義的な思想と戦う。愛と慈悲を花開かせる文明を守るために外敵と戦う」ということを使命とした、エル・カンターレ系霊団の霊人であります。
 ですから、レプタリアンだけで戦いが起きているわけではございません。私たちもまた、「彼らが悪しき侵略主義によって人類を害している。その戦いは問題あり」と思ったときには、その敵となって戦っていることもございます。
 現在のトルコに当たる地域がギリシャを攻めてきたときには、ギリシャの守護神として、われ、アテナは戦いました。ギリシャの守護神として戦って、見事に守り切ったために、パルテノン神殿の主神として祀られております。
 このたびできた幸福の科学学園の建物も、ギリシャのパルテノン神殿を模したものだと言われておりますし、幸福の科学の正心館なども、パルテノン神殿を模したものだと言われておりますので、幸福の科学はギリシャ的なるものの影響を数多く受けていると思います。
 当時は女性の肉体に宿りましたけれども、現在は男性として地上に肉体を持っている者であります。魂グループとしては、女性も男性も両方とも持っております。
 また、お釈迦様の子供としても生まれたことがございます。お釈迦様の子供と言えば一人しかおりませんので、お分かりかと思いますが、釈迦十大弟子の一人、”密行第一”の「ラーフラ」(羅喉羅(らごら))という名前で生まれております。
 このように男性と女性と両方の面を持っておりますので、強い面もあれば、また、芸術的な側面も持っております。
 そして、インド的なるもの、ギリシャ的なるもの、ヘレニズム文化的なるものを、こよなく愛している者であります。(中略)
 基本的な考え方としては、もちろん、「至高神エル・カンターレを中心とした文明ではあるけれども、かつてのギリシャやインドのように、多神教的なものが、その基盤にはある」と考えております。
 人間にも、「a god」(神、神霊)としての資格を持つ者が数多くおり、それをつくることもできるし、また、天孫民族といいますか、初期のエル・カンターレ系霊団から生まれている「天使」というものの存在を、強く認めている者であります。
 天使も、必要とあれば戦いますけれども、エンリル系の戦いというのは、日本的な霊界で言えば、いわゆる天狗・仙人系の戦神、軍神によるものだと思われます。
 戦争のときには、どちらも、よく活躍はしておりますけれども、「私どもは、天使ではあっても戦う存在であり、天使の種類の一つである」というふうに考えております。
(62~67ページ)

アテナは、現在のトルコに当たる地域がギリシャを攻めてきたときに、ギリシャの守護神として戦い見事に守り切ったために、パルテノン神殿の主神として祀られている。

釈迦の息子として生まれたこともあるので、男性と女性と両方の面を持ち、強い面もあれば芸術的な側面も持っており、インド的なるもの、ギリシャ的なるもの、ヘレニズム文化的なるものを、こよなく愛している。

軍神も、爬虫類型宇宙人(レプタリアン)ばかりではなく、アテナのように神の正義を中心に考えるエル・カンターレ系霊団の天使もいる──。

この直前で、アテナの霊は、「現在は男性として地上に肉体を持っている」のが誰であるのかも、微妙な表現で明かしています。

興味がある方は本書で直接たしかめられることを、お勧めしたいと思います!

『「宇宙の法」入門』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




野田首相って、松下政経塾出身だし、左か右かといえば、どっちかというと右(保守)の思想の持ち主なんでしょ? なーんて考えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、幸福実現党の立木党首との対談書籍『国家社会主義への警鐘』(幸福実現党)で、こう教えておられます。

 日本の歴史を見るかぎり、あれだけの大震災があったときに増税をかけることのできた権力者というのは、いないと思いますよ。必ず、反乱や革命が起きるから、できないんです。
 復興増税だけなら、まだ何とか、いちおう弁解の余地というか、国民に言い含める余地はあるけど、それだけでないことは、あの政府広報(注:2011年12月4日に大手新聞全紙に掲載された野田総理とラジオパーソナリティーとの対談形式の全面広告を指す)を見れば明らかですね。(中略)「さらに、これから、まだまだ増税をかけるぞ」と、もう、やる気満々で宣言しているわけです。これは、ある意味で「宣戦布告」ですよね。
 これに対するマスコミの弱腰は驚くべきことです。これは、この政権がマスコミとの“連立政権”であることを明らかに意味しています。自分たちが推して、民主党政権にしたので、自分たちで引きずり降ろしながらも、「『この政権は、やはり間違いではなかったのだ』という余地を残しておきたい」という感じかな。(中略)翌日の十二月五日の朝日新聞の社説では、増税に対するまったく同じ意見をズバッと書いてありましたので、ちょっとあきれ返るというか、戦時中の「提灯持ち記事」のような感じを受けました。
 政府とマスコミが、それだけ完全に癒着し、マスコミが、政府の考えていることをそのとおりにしか言わないというのは、北朝鮮と中国ぐらいではないでしょうか。(中略)
 かつて自民党がやりたくてもできなかった増税を、民主党がやってしまったわけですが、自民党のほうも、潜在的には増税をしたいものだから、影の連立政権として、大政翼賛会的にやっているようなところがあって、マスコミがそれを鼓舞しているような面もありますね。
 私はね、何か、忍び寄ってくるものを感じるんですよ。どうも、何かが忍び寄ってきている感じがしてしかたがないんです。意外に怖いものが近寄ってきているような気がしてしかたがない。
 それで、今日のテーマに付けたんですけど、「国家社会主義への道を歩んでいる」ということに、まだ誰も気がついていないのではないかと思うんです。
 左翼の場合、左翼のなかの最左翼というのは、ものすごく分かりやすく、言っていることがワンパターンなので、そんなに怖くないんですよ。ところが、右翼側というか、保守の側と思われている人のなかにいる左翼が、意外に手強いんです。つまり、保守のなかにいる左派は、分からないんですよ。「保守だろう」と思って信じていると、実は左翼の考え方をそのままバーッとやってしまったりするんですよね。
 野田さんは、松下政経塾を出ているということで、保守であるかのような粉飾がなされ、カメレオン化ができているので、「いちおう、保守的な考え方を持っていて、最終的には松下幸之助さんのように、資本主義の繁栄を求める方向に行くんだろうな」と、みな、漠然と信じているわけです。
 それで、「今の路線は、緊急対応でやっているのかな」と思われているけど、彼の心の底には、何か、左翼の全体主義と似たものが流れているようですね。
(21~25ページ)

日本の歴史で、あれだけの大震災があったときに増税をかけることのできた権力者というのはいないというのに、マスコミが政府と同じことしか言わないのは、この政権がマスコミとの“連立政権”であることを明らかに意味している。

野田首相は、松下政経塾を出ているということで保守であるかのような粉飾がなされているが、彼の心の底には、左翼の全体主義と似たものが流れている。

日本は、国家社会主義への道を歩んでいる──。

とてもおおざっぱな理解ですが、「左(左翼)」とは、革新的、社会主義的、共産主義的な考え方の持ち主をさしており、「右(右翼)」とは、保守的、国粋主義的な考え方の持ち主をさしている、と考えたうえで、今日のお教えは理解すればよいように思います。

左翼というのが善なるものだと考えている人にとっては、簡単に納得できない話でしょうけれども、でも、左翼(少なくとも社会主義)の国家であるはずの中国や北朝鮮が、現実には一党独裁の全体主義国家でもあるという知識さえあれば、ここでの大川隆法先生のお教えの意味が、よりよく理解できてくるかもしれません。

まさに国家社会主義への警鐘を鳴らす本書は、今の民主党政権の政治について疑問を持っている人とって必読の書籍ではないかと、改めて私は思うのです。

『国家社会主義への警鐘』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




ね、天照大神(あまてらすおおみかみ)が、ものすごくお怒りになってるって聞いたんだけど? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊の『天照大神のお怒りについて』(幸福の科学出版)のまえがきで、こう教えておられます。

まえがき
 天照大神がお怒りである。それは二年前に出された『最大幸福社会の実現』(幸福の科学出版刊)でも明らかであったが、反省なき菅政権にマグニチュード「9・0」という大地震と津波が東日本を襲った。予言通りである。
 今のマスコミは神罰とか天罰とかいうと迷信として片づけ、天地が逆転して、人権無視だと言わんばかりである。しかし、神の命令や約束を破ったらどうなるかは、旧約聖書を読み継いでいるキリスト教徒にも、コーランを読んでいるイスラム教徒にも明らかである。
 本書中にも触れたが、今年一月八日に、私が、東京正心館でのセミナーで、富士山噴火の可能性に触れたことや、ケインズの霊言『もしケインズなら日本経済をどうするか』(幸福実現党刊)で「水攻めの次は火攻めである」と予言されたあたりから、各種週刊誌や一部大手新聞にも、火山噴火を怖れる記事が出はじめた。「神の怒り」を素直に受けとめるがよい。
(1~2ページ)

夕暮れどきの富士山の写真のようですが、うすい茜色、とでもいうのでしょうか、表紙の色がとても印象的な、天照大神の2冊目の霊言集です。

「緊急神示」として、「信仰なき日本人への警告」というサブタイトルが付けられています。

この日本という国の行く末に関心を持つすべての方、必読の霊言集であると、私は思うのです。

『天照大神のお怒りについて』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




学校だけじゃ勉強にならないから、塾には行かなきゃダメでしょ。塾が要らない学校なんて、世の中にあるのかね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『幸福の科学学園の未来型教育―「徳ある英才」の輩出を目指して』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 私の長女が通っていた学校も、いちおう、塾の要らない学校を目指しているような学校ではあったのですが、先生たちは、(中略)「塾に行くと成績が下がりますから、行かないでください」という言い方をしていたんですよ。(中略)
 塾では学校とは違うことを教えるので、勉強する内容がダブルになるんだけど、両方とも消化できなくて、どっちつかずになり、“墜落”していくんですね。成績が下がっていくわけです。(中略)
 私の次男が通っている開成も、もともとは塾が要らない学校であって、塾に行っている人は、ほとんどいなかったんです。駿台の現役高校生用のコースに行った人は、だいたい浪人することになっていて、行かなかった人のほうが受かると言われていました。
 要するに、勉強に無駄な部分、余計なところがあるんですよね。浪人生がするような勉強を、現役生が塾でやって、さらに学校でも難しいものを勉強していると、消化し切れなくなることがあるわけです。
 ところが、今では開成でも通塾が当たり前になってしまい、「学校で寝ている人が多い」という話を聞いています。一種の流れなので、みんなが行っていて、塾の話ばかりされると、どうしても行きたくなるんでしょう。(中略)
 そうなんですよね。通学の時間と通塾の時間とがダブルであって、さらに両方から宿題が出たりしたら、大変ですね。
 だから、開成の生徒であっても、T会とかに通っている人たちは、塾のほうから、「学校の勉強を捨ててください」と指導されているんです。
 これは、きついですよ。「学校を捨ててください。学校の中間テストや期末テスト、実力テストは無視してください。塾だけで勉強してください」と言われるわけですが、それだったら、もう学校には行かないほうがいいわけですからね。(中略)
 塾で先に習ってしまうと、学校では、すでに習ったことを聴くことになり、つまらないから、昼寝をするか、内職をするか、どちらかになる。ところが、成績としては、当然、すごく悪い点数が出るから、やはり、落ちこぼれのように感じてしまい、自信がなくなってくるんですよね。だから、あれは、システム的に、もうひとつ、うまくいっていないですね。(中略)
 私の長男は、国立の中学校に通っていたとき、S塾の高校受験コースに通っていたんだけど、塾の先生は、「部活はやめてください。部活をやっている人は必ず塾をやめることになります。だから、早めに部活をやめてください」と言っていましたね。(中略)
 「部活に行っていたら、絶対に塾をやめることになります。ということは、高校に受からないことになりますから、部活をやめてください」と言っていましたね。でも、学校のほうは逆で、「塾をやめてください」と言うでしょう。
 部活は塾での勉強と同じ時間帯になるんですが、その時間帯を使わないかぎり、部活は成り立たないので、生徒にとっては、本当に苦しい選択になるんですよね。(中略)
 だけど、今は、塾で勉強しなければ、さらに学力が下がる状態ですからね。
(23~33ページ)

塾に行くと、学校と違うことを教えるので、両方とも消化できずどっちつかずになり、学校の成績が下がっていくから、塾に行くなと指導する学校もある。

逆に塾からは、学校の勉強を捨てるように言われたりするが、学校の成績が下がって自信がなくなってくる。

塾の先生は、部活を辞めるように言い、学校のほうは塾をやめるように言うだろうが、今の学校では、塾に行かなければさらに学力が下がる状態で、システム的にうまくいっているとは言えない──。

そんな中で、幸福の科学学園は、全寮制で、ほんとうに塾の要らない教育を目指して実践していると聞きます。

まだ開校して2年足らずですから、成果が判明するのはこれからでしょうけれども、この教育改革の試みが成功することを、心より期待したいと思います。

『幸福の科学学園の未来型教育』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




宗教学者って、なんだか、言ってることが変な気がしてしょうがないんだけど、なんでなんだろう? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊の『悲劇としての宗教学』(幸福の科学出版)のまえがきとあとがきで、次のように教えておられます。

まえがき
 現代日本の宗教への不信感、偏見をぬぐい去るためには、その源流を探り当てねばなるまい。
 先年のオウム真理教事件の際に、私は、東大宗教学科卒の宗教学者たちが、なぜこれほどまでに善悪が判らないのか不思議でならなかった。なぜオウム教を本物だといって持ち上げるのか。それを宗教として間違っていると批判している私の方をまるでニセモノだと言わんばかりの論調だった。というか、むしろ、「法学部の卒業生が、俺たちのナワバリを荒すな」と言わんばかりだった。おそらく、彼らが外見上、チベット密教の真似をしている(修行形態、服装)のを信じ、背広にネクタイの私の方は信じなかったのだろう。
 しかし、昨年、私はインドやスリランカなどの仏教聖地で万の単位の大講演会をやったが、現地の聴衆は私の外見ではなく、英語説法のバイブレーションと内容を信じた。また現地のTV、ラジオ、新聞でも大々的に報道された。彼らは信仰者の立場から良心で判断したのだろう。
 「悲劇としての宗教学」は終わらせなくてはなるまい。専門家であるならば、多少のリスクを背負って、善悪を一般人に教えなくてはならないだろう。
 宗教学者を十把一からげにしてはならないので、一点申し添えておくとすれば、東大の宗教学の教授(当時、助教授)の島薗進氏は、九〇年代の初め、つまり、一九九五年のオウム事件の二~三年前に、著者に会って、個人的に、「オウムは間違っている。」とうめくように述べられたことを書き添えておく。他の同僚たちより見識が進んでいることを知り、かすかにホッとしたことを憶えている。
 とまれ、一人でも多くの宗教に関心のある人に、本書の一読を願いたいものである。

あとがき
 決してうぬぼれることなく、自戒しつつ述べるが、私は、数多くの宗教の善悪を判断できる、数少ない宗教家の一人であると思っている。その意味で、新宗教について論評するマスコミ人にも、宗教学よりも、私の本の方を信用して頂けたらと思う。政治や法律、経済、経営、時事問題、教育にまで言及するので、理解できない人もあろうが、単に私がソクラテス的人間だということだ。あらゆる物事の中に真理を探究しようとしているだけなのだ。
 戦後マスコミの新宗教蔑視が、その源流を岸本宗教学に負うているとするならば、その毒水の流れを解明し、学問としての姿勢を正させるのも私の使命かと思う。
(1~2、203ページ)

よっぽど宗教学に詳しい人でなければ、岸本英夫という宗教学者の名前は知らない方のほうが多いと思います。

それでも、本書は、「宗教学」という学問分野に興味を持っている人はもちろん、宗教そのものに関心がある人、必読の書籍ではないかと、私は思うのです。

『悲劇としての宗教学』 大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




ダーウィンの進化論って、学校で教えられたけど、人間はアメーバみたいなのから進化してきたなんて、ほんとの話なのかね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『不滅の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 人類の中には、かつて宇宙から地球にやってきた人も数多くいますが、その中には、「宇宙人として地球に住みながら、しだいに地球人に同化していった人」や、「魂として地球に渡ってきて、地球人の体の中に宿り、住み始めた人」など、いろいろなケースがあるようです。
 また、「地球の動物の先祖の中には、かつて、宇宙から肉体を持ってやってきたものがいるらしい」ということも判明しています。(中略)
 家畜やペットなど、人間の近くに住んでいて、われわれがよく知っているような動物たちの姿は、宇宙でもかなり見受けられますが、まだリーディングに出てきていないものもあるので、「地球の動物は、すべて、宇宙から〝ノアの方舟″に乗せられて地球に来た」とは言えないでしょう。部分的には宇宙から来ているのでしょうが、やはり、地球で発生したものや、地球で変化して分かれていったものもあるだろうと思います。
 その意味で、現在、学説的には主流であるダーウィン的な進化論は、「半分は合っているが、半分は間違っている」と言わざるをえません。
 進化論によれば、「タンパク質のかたまりのようなものが動き始めて最初の生物ができ、次に微生物のようなものができ、それが変化していって、最終的に、今のような両生類や爬虫類、鳥類、哺乳類などに進化していった」ということになりますが、当会の「宇宙人リーディング」その他を読めば、これは間違っていることが分かります。
 つまり、爬虫類や鳥類、あるいは哺乳類のたぐいは、進化の系統樹で分かれていったものではなく、過去のある時点で宇宙から地球に入ってきたものなのです。(中略)
 「宇宙人リーディング」によれば、他の星にも、シカ、ウサギ、リス、ブタ、カピバラ等、動物の姿をしたものが存在するようです。そして、地球に来て以降、その原形をとどめているものもあれば、大きくなったり小さくなったりするなど、体形が変化したものもあるのではないかと思われます。
 また、爬虫類の仲間も地球にかなり来ていることは、ほぼ確実であると見ています。今は 「死滅した」と考えられている恐竜のたぐいも、気候が温暖で食料が豊富だったため、地球で巨大化したようです。(中略)
 一方、爬虫類型の生き物として地球に来たものの、その後、人類のほうへと変化していったケースもあるのではないかと思われます。
 このあたりを、今後、もっともっと緻密に研究したいと考えています。(中略)
 ともあれ、「宇宙人リーディング」によって、本当の意味での秘密、すなわち、「進化論」に秘められている真実と間違いが明らかになってきています。さらに、『旧約聖書』に書かれている人類創成の神話についても、その一部は当たっていて、「地球で人類が創られたこともあるらしいが、一部には、宇宙から来ている者もある」ということが分かってきているのです。
(177~182ページ)

幸福の科学の「宇宙人リーディング」によれば、ダーウィンの進化論は、半分は合っているが、半分は間違っている。

人類の中には、かつて宇宙から地球にやってきた人も数多くおり、動物の先祖の中にも、かつて宇宙から肉体を持ってやってきたものがいる。

しかし、やはり、地球で発生したものや、地球で変化して分かれていったものもあり、『旧約聖書』の人類創成の神話も、その一部は当たっている──。

大川隆法先生が、公開で「宇宙人リーディング」を重ねられるたびに、これまで誰も解明できなかった人類や動物が生まれてきた秘密が続々と明らかにされ、書籍として刊行され続けています。

この一連の研究が進めば、SFの世界と見紛うような、この地球だけでなく、大宇宙そのものの真の歴史が、もっともっと明らかになっていくんだと思います。

期待したいと思います!

『不滅の法』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




減りはじめた日本の人口への対策について、前回、松下幸之助の画期的なアイデアを勉強したよ。で、その続きは? という声に応えて、今日はその第二弾です。

幸福の科学の大川隆法先生は、『松下幸之助 日本を叱る』(幸福の科学出版)で、松下幸之助の霊の言葉(「霊言」)を、次のように伝えておられます。

 女性が働いて地位を得、重要な仕事を持つようになったときには、アメリカもそうらしいけども、男性が単身赴任とかになると、家族の遊離が始まるよね。
 そのときに、パートみたいな仕事やったら、女性は辞めて、男性に付いていけるけども、重要な仕事をしてたら、辞められなくて、それで別れることになる。アメリカでも、ワシントンとニューヨークとかに別れて生活するようになったら、やはり離婚になってしまう。
 こんなパターンだよね。女性がキャリアを求め、出世しようとしたら、離婚になるパターンが多いよな。
 これに関しては、まだ打つ手はあるんと違うかなと私は思うな。
 一つは、やはり、もっと交通インフラの整備をして、便利さを増すことだ。それが一つやろうし、それから、子育て支援についてのネットワークを、もう一段つくることですね。
 例えば、普通は、子供の学校とかが問題になるけども、ランクが同じぐらいの学校であれば転校できるようにし、親の転勤に合わせて子供も移動できるようなシステムを全国的につくっていけば、教育の面も楽になる。
 それと、キャリアを持っている女性が、夫と一緒に住むにしても、キャリアに見合う、それ相応の職業への転職が容易になるような方法はあると思うんですね。そういう方法をつくることはできると思うんです。それを国家プランで練ることだよね。(中略)
 もう一つは、日本では、親が夜遅くまで残業してるときに子供を預かるシステムがとても弱いので、ここのところをもうちょっと努力していくことやね。それがいい。
 まあ、でも、さっきも言ったように、会社のなかで子供の面倒を見るところまで行けば、かなり解決することはあるな。だから、一つには、会社がやる場合がある。
 それと、会社にあまりにも負担がかかりすぎる場合は、会社に近い駅なんかに、子供の世話ができるようなものをつくればいい。
 最近、駅で託児所みたいなのが少し流行ってるけども、日本の駅を見たら、ものすごい貧弱やね。京都や名古屋は、ちょっと立派な駅が建ったけども、駅の開発が遅れているね。
「駅は電車の通過点、乗降場所や」と思ってるからだけど、やはり、駅は便利な場所なんだよ。電車の通過場所だと思わないで、宿場だと思わなきゃいかん。宿場と思えば、開発は、もっともっとできるわけだ。
 会社の最寄りの所で、子供の世話をできるような施設を、もっともっとつくっていく。そういうことをすれば楽になるかな。
 今言ったように、「子供が増えるような方向での産業の育成は可能だ」と、わしは思うし、「どの政党が政府をやろうと、結局、それはやらざるをえないやろう」と思う。
(86~89ページ)

もう一つは、夫の転勤で離婚になったりしないような対策を打つこと。

たとえば、交通インフラの整備をして便利さを増したり、子育て支援のネットワークをもう一段つくること。全国的に、親の転勤に合わせて、ランクが同じぐらいの学校であれば転校できるシステム、女性がそれ相応の職業への転職が容易になるような仕組みをつくること。

さらには、親が夜遅くまで残業するときに子供を預かるシステムをつくる努力をすること。そのために、会社に近い駅を開発して、子供の世話ができる施設を作ればよい──。

前回に続いて、これから日本がもっと発展していくために必要な政策のヒントに満ちていますし、新事業のアイデアに満ちた、ものすごく価値ある霊言ではないでしょうか。

天上界からストレートに降ろされるこの高級霊の言葉を真正面から受け止める方が、数多く現われますように!

『松下幸之助 日本を叱る』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




天才ってさ、やっぱし、生まれつきなのかなあ。いまから天才になる方法なんて、ないのかな? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『真のエリートを目指して』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 しかし、私は今まで数多くの人を見てきましたが、一般的に言って、「ずばり、才能的に見て天才」と言い切れるような人は、残念ながら、世の中にはいません。
 天才と言われる場合、それはみな結果論です。
 その人が一定の業績や非凡な業績をあげたとき、それを見て、周りの人たちが、「あれだけの実績をあげたのだから、さぞ天才的な才能を持っているのだろう。天才に違いない」と認めてくれるようになります。しかし、そういう業績をあげる前の段階では、なかなか認めてはくれないものなのです。
 特に、文科系では、天才は、そう簡単に認めてもらえるものではなく、世に認められるのは早くても四十歳ぐらいのことが多いのです。
 学問的に一定の蓄積が要る領域においては、天才には、そう簡単になれるものではありません。それは、あくまでも努力の結果なのです。
 したがって、努力もせずに、「自分は天才にはなれない」と早々と決めつけたり、あきらめたりしないことが大事です。(中略)
 みなさんに分かるように、今、大リーグで活躍している、イチロー選手を例にとってみましょう。
 イチロー選手は、大リーグで首位打者を獲得した年に、日本政府から「国民栄誉賞を授与したい」と打診されましたが、辞退しました。
 彼は、一般的な日本人の目から見れば、一種の天才なのだろうと思います。彼が出した結果から、そう見えるのでしょう。しかし、本人には、「自分は天才である」という自覚はあまりないだろうと私は思います。
 彼は、小学校時代から、毎晩のようにバッティングセンターに通い、バットで球を打つ練習を、一生懸命、手にまめができるまでやっていました。「こんなに練習をしなければいけない自分が、天才なわけはないだろう」と、彼は思っているでしょう。
 また、彼は、「甲子園で優勝し、ドラフトで一位指名を受ける」というようなかたちで、華々しくプロ野球の世界に入ったわけではありません。
 そのため、「素質において天才だ」とは自分では思っておらず、「天才的な素質によるのではなく、誰も見ていないところでコツコツと努力することによって、現在の地位を築いてきた。だから、ほんの一年でも、その努力をやめてしまったら、自分は“ただの人”になってしまう」と思っていることでしょう。
 しかし、それを知っているところが非凡なのです。
 周りの人は彼を「天才だ」と言いますが、実際には努力しているのです。
 また、自分が好きな方向においてでなければ、天才にはなれません。好きであれば才能がまったくなくてもよいとは言いませんが、あえて言えば、「好きである」ということは、「ある程度、才能がある」ということでもあるので、その好きな方向において努力を継続していくことが大事です。
 「継続の大切さ」を知ってください。情熱を持って、あきらめずに努力していくことが、結局は天才を生むことになるのです。(中略)
 みなさんも、結果論として、いろいろと言われることはあるでしょう。
 しかし、私は、みなさんに、「情熱の天才」であってほしいし、「努力の天才」であってほしいし、「忍耐の天才」であってほしいし、「継続の天才」であってほしいと思います。
 続けていくこと、積み重ねていくことが大事です。それは、あとになればなるほど、絶大な効果を発揮してきます。ほかの人との違いが歴然としてくるのです。
(25~29ページ)

天才と言われるのは、結果論である。

「好きである」ということは、ある程度、才能があるということなので、その好きな方向において努力を継続していくこと。

情熱を持って、あきらめずに続けていくこと、積み重ねていくことが大事であって、それは、あとになればなるほど、絶大な効果を発揮してくる。

努力もせずに、「自分は天才にはなれない」と早々と決めつけたり、あきらめたりしないことが大事である──。

努力なんかせずに最初からできる人が天才なんだろうと、なんとなく思ってましたが、そうじゃないってことなんですね。

今日のお教えで、勇気をたくさんいただいた気がしますし、すぐに成果が出ないからといって簡単にめげたりせずに、地道にがんばっていきたいなと、私は思うのです。



『真のエリートを目指して』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




あんなに愛してた人なのに、別れることになっちゃったんだよ。どう立ち直っていけばいいの? なーんて悩み抱えている人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、書籍『ハウ・アバウト・ユー?』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 「愛する者との別れ」は、いちばん悲しいものですが、人生においては避けることができません。
 あるときは仲間であったり協力者であったりして、ものすごく愛し合った者同士が、何らかの出来事によって憎み合うようになり、別れていくこともあります。
 それは悲しいことです。
 しかし、それも人生の真実なのです。
 そういうふうに、「流動的に流れていって、固定させることができないことのほうが、実は真実で、固定的なものがあると思うほうが、実は間違っているのだ」ということを、釈迦は教えているのです。

 結婚に際しては、「永遠不変の愛」を誰もが信じたいところではありますが、数十年の人生のなかでは、やはり、苦しみの局面はそうとう出てくると思います。
 そのときに、愛のあり方というものを、もう一度、考えてください。(中略)

 釈迦は、「四苦八苦」の教えのなかで、次のように説いています。
 「この世は、愛する者と別れ(愛別離苦〔あいべつりく〕)、憎しむ者と出会う(怨憎会苦〔おんぞうえく〕)世の中である。それをよく知っておきなさい」
 実に厳しい言い方ですが、これは人生の真実なのです。(中略)

 また、釈迦は、「諸行は無常である」とも説いています。
 「世の中は変転していくものであり、何一つ同じ環境を維持することはできない」ということです。
 これも、そのとおりです。

 私は、二十年あまり組織を率いてきましたけれども、人間関係を固定することは、なかなかできませんでした。
 いろいろな人が協力者として現れてきましたが、短期間で離れていったり、また新しい人が出てきたりして、入れ代わり立ち代わり、人は替わっていきました。
 「この人こそ、一生の協力者だ」と思ったような人が離れていったことが何度かあり、悲しい思いもずいぶんしました。

 しかし、そのうちに、「まあ、そんなものかなあ」と思えるようになりました。
 「その時期その時期で、手伝う人が出てきてくださるというのは、ありがたいことだな」と思うようになったのです。(中略)
 こうしたことは、「新陳代謝」という言葉に通じる面があるかもしれません。
 「人間関係も、川の水のように流れていくことがある」ということです。
(33~41ページ)

人生において、愛する者との別れは避けることができない。

それも人生の真実である。

流動的に流れていって、固定させることができないことのほうが、実は真実で、固定的なものがあると思うほうが、実は間違っているということを、釈迦は教えている──。

いままさに、大事な人との別れで悲しみにくれている方にとっては、その気持ちをどうしようもない気持ちかもしれません。

でも、この大川隆法先生の言葉を、よくよく噛みしめて道しるべとされることで、どうかその苦難を、乗り切って行かれますように。

『ハウ・アバウト・ユー?』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )




1万円札の肖像って、慶応義塾大学を創設した福沢諭吉でしょ。やっぱし、日本最高の教育者だったからなのかな? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『大隈重信が語る「政治の心 学問の心」』(幸福の科学出版)で、慶応大のライバルである早稲田大学の創立者にして、立憲改進党の党首として総理大臣まで務めた大隈重信の言葉(霊言)を、質問者(幸福実現党のA)との対話の形で、次のように伝えておられます。

大隈重信 ゴホン。
A―― 大隈重信先生でいらっしゃいますでしょうか。
大隈重信 うん。君かね。
A―― はい? 
大隈重信 君が、一万円札(の肖像)を、福沢君から私に変えてくれる人かい?
A―― あ、はい、はい。ぜひ、実現させていただきたいと思っております。
大隈重信 ん? そうか。そうか。そうだろうと思ってたんだ。君だろう?
A―― はい。もう、心から願っております。
大隈重信 君なら、きっとやってくれる。あれはおかしいよ。な?(中略)
 東京大学の総長っちゅうんなら、我慢するけどさ。私学の雄っていうのは二つあるんだよ。だから、「片方だけが一万円札を独占する」っていうのは、おかしいよ。
 早稲田の優位は揺るがないところを見せないといかん。福沢君を五千円札に下ろして、私を一万円札のほうに載せろ。な?
 それが、あんたんとこの党の公約の第一号でなきゃいけない。
A―― はい(苦笑)。必ずや幸福実現党が政権を取った暁には……。
大隈重信 駄目かなあ……。
 でも、あれは、慶応が総理のときに、一万円札にしたんじゃないのか。違うのか。(中略)
 別に、ライバル心を持っているわけじゃないんだ。早稲田のほうがずっと上だから、ライバルなんて思っていないけど、しかし、不公平じゃないか。俺は政党もつくり、首相もやり、さらに大学の学長までやっとるんだよ。
 こんな人間が、世の中にたくさんいるわけがないだろう? はっきり言やあ、福沢君は私塾をやっただけだろう? なあ? この違いが分からない日本人は、歴史音痴じゃないかなあ。
A―― 当時、日本の近代化が進んだのは、大隈先生のおかげでございます。
大隈重信 そうだろう? な? そうだろう?
 外務大臣もやったし、総理大臣もやった。いいかい? 今、天下の人材の宝庫である早稲田大学もつくった。それから、政党もつくって、日本の立憲民主主義の基をつくった。だったら、私のほうが上に決まってるじゃないか。どう考えたって、そうじゃないか。おかしいじゃないか。
 だから、もうちょっと、よく考えるように、意見を言わないといかんな。
 東大が沈んどるので、自信をなくしたのは分かるけどさあ。だけど、日本の景気をよくしたかったら、重要人物を、もう一段、尊敬する心を持たないといかん。そうしなければ、よくならんよ。
 君、そう思うか。
A―― はい。
大隈重信 だから、人物眼が足りないところに、国家の誤りが始まるんだよ。
 いかなる人を、人物として見るか。尊敬するか。目指すか。これが、やはり、国家の繁栄を導いていくんだな。
 まあ、お金の話から入ったが、ちょっとまずかったかな? もうちょっとアカデミックに行こうか。うちは田んぼ臭いから、どうも、いかんがな。ちょっとアカデミックに行こうか。
(16~21ページ)

今日は、大隈重信が招霊されて登場早々の部分を、引用してみました。

このお札の話、言われてみれば、なるほどと思える話ではあります。以前は、慶応大学よりも早稲田大学のほうが偏差値が高かったと聞くのに、いまは逆転しているのは、このお札の肖像の影響がないとはいえない気がしてしまいます。

それにしても、福沢諭吉へのライバル心がひしひしと感じられる、でも、ざっくばらんでイキのいい語り口。さすが、大隈先生ではないでしょうか。

もちろん、このあとに、とても中身のある、一般の国民にとってものすごく参考になる話がたくさん出てくるわけですが、この続きは、またの機会に!

『大隈重信が語る「政治の心 学問の心」』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




ね、幸福の科学から「繁栄思考」って、教えてるんでしょ。それって、なんなの?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊の『繁栄思考』(幸福の科学出版)のまえがきで、こう教えておられます。

まえがき
 この世の中には、成功し、富を築く人たちを罪人視する風潮が蔓延している。いわゆる、バケツから逃げ出そうとするカニがいると、下のカニがハサミで引きずりおろす、例の傾向だ。バケツからの脱出に成功したカニが、その脱出成功法を他のカニに伝授し、次々と仲間を引き上げる文化を創り出したらどうなるか。次から次へと成功者が数珠つなぎで出てくることだろう。
 私は、『チャンスの平等』には賛成である。そこには自由からの繁栄がある。しかし、嫉妬心の合理化である『結果の平等』には必ずしも賛成しない。汗を流し、智恵を絞って成功した者が呪われ、なまけ者が得をする世の中を創ることは、著しく社会のモラルを引き下げる。
 『格差是正』の美名のもとにマルクスの亡霊を復活させるのはやめよう。『良い格差』は他の人々を勇気づけ、社会にやる気と活力を与える。『繁栄』を肯定するところから繁栄は始まるのだ。
(1~2ページ)

『繁栄』を肯定するところから繁栄は始まるのだ──。

なんと確信に満ちた、真理の言葉でしょうか。

この日本の新たな繁栄を心から期待するすべての人に、強くお勧めする大川隆法先生の最新経典です。

『繁栄思考』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




あの車椅子物理学者として有名なホーキング博士って、じつは、宇宙人だったりするんじゃないかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

大川隆法先生は、『宇宙人による地球侵略はあるのか──ホーキング博士「宇宙人脅威説」の真相』で、肉体としてはイギリスにいるはずのホーキング博士の意識のなかに宿った宇宙人の魂を探りあて、遠く東京の幸福の科学総合本部に呼出し、自らの体に入れて言葉を語らせるという秘儀を、司会と質問者(A)と公開対話する形で、次のように行なっておられます。

司会 こんにちは。ホーキング博士でしょうか。(中略)今日は、ホーキング博士の宇宙の魂から、UFOと宇宙人について、お話を伺いたいと思っております。
博士の宇宙の魂 ウーン。ウーン。ワカル。ワカル。ワカル。
司会 分かりましたか。はい。ありがとうございます。
博士の宇宙の魂 ワカル、ワカル。アー、ハー。
司会 では、質問者のほうから質問をさせていただきます。
博士の宇宙の魂 スピーク・スローリー・イン・ジャパニーズ、オーケー? 〔ゆっくり日本語を話してもらえますか〕
―― はい。初めまして。私は、IT伝道局の○○と申します。よろしくお願いいたします。(中略)本日は、お会いでき、とても光栄です。ありがとうございます。
博士の宇宙の魂 マア、半分グライハ分カルケド……。(中略)
 ユー・アー・ア・ヴェリィ・インテリジェント・レディ。ネ?(中略)だんだん分かってきた。
司会 分かってきました? そうですか。
博士の宇宙の魂 だんだん分かってきた。私の使命? 呼ばれた理由? 何となく分かってきた。
司会 そうですか。
博士の宇宙の魂 (天井を見上げながら)なんか、いろいろな“通訳者”が私の周りに来て、いろいろなことを言ってき始めたので、だんだん分かってきました。
宇宙人、研究してるのね? あなたがた。
司会 そうです。
博士の宇宙の魂 あなたがた、NASAね?
司会 NASA? (会場笑)まあ、日本のNASAのようなものです。本当はハッピー・サイエンスなのですが。(中略)
 この流れで伺いたいのですが、ホーキング博士は、もしかしたら宇宙から来られた方ではないでしょうか。
博士の宇宙の魂 私? 私はヨーロッパの人間です。(中略)何訊いてるの?
司会 「宇宙から地球に来た」という記憶はありませんでしょうか。
博士の宇宙の魂 うーん、「宇宙から来た」って、どういうこと?
司会 記憶を辿っていただきたいのですが、博士には、地球に来たときの記憶はございませんか。
博士の宇宙の魂 記憶を辿ると、あなた、赤ちゃんになるじゃない。(中略)
司会 理論的にお考えにならず、心に浮かぶ映像を語っていただければと思うのですが、ホーキング博士として地上に生まれる前、別の人生があったのではないでしょうか。
博士の宇宙の魂 難しい。君、言ってること、難しい。(中略)今のは日本語だからかなあ。(中略)
司会 転生輪廻というのは分かりませんか。
博士の宇宙の魂 え? 何? 何となく分かるよ。(中略)
司会 では、ずばりお訊きしますが、心のなかに宇宙の記憶はないでしょうか。
博士の宇宙の魂 宇宙の記憶があるか……。(約十秒間の沈黙)
 まあ、ある。何だか知っているような感じはする。
司会 どのようなことが思い浮かんできますか。
博士の宇宙の魂 長ーいものが飛んでいる。いや、走っている感じかなあ。
 宇宙空間に、長ーいものが走っている。新幹線のようなものが飛んでいる。何だろう。何か長細いものが、星の見える空間を飛んでいる。
司会 人は乗っているのでしょうか。
博士の宇宙の魂 そうかなあ。うーん……。
 なぜ、私に、それが見えるのかなあ。うーん。長い。
司会 博士は宇宙におられるのでしょうか。それとも、どこかの星におられるのでしょうか。(中略)周りに何か見えませんか。
博士の宇宙の魂 星ばっかり。
司会 星だけですか。
博士の宇宙の魂 うん。星ばっかりだなあ。
(20~29ページ)

東京に呼び出されたホーキング博士の「宇宙の魂」は、最初はたどたどしかったのに、しだいになめらかに日本語をしゃべりはじめ、宇宙人だった時代の記憶を語り、さらには、私たち人間にとってとても恐ろしい話を、とうとうと語り始めます。

・・・という展開なんですが、この続きは、またに機会に!

『宇宙人による地球侵略はあるのか』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




人間はみんな神の子なんだから、みんなが平等な社会こそが理想だよね。だったら、妙に歴史が長くて身分制が残ってたりするよりも、若い国のほうがいいんじゃないの? なーんてこと考えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『未来をひらく教育論』(幸福の科学出版)で、長女の大川咲也加さんと対談して、次のように述べておられます。

大川隆法 平等思想もすべてが間違いではないけれど、マルクス的に、「尊いものをすべてなくして、労働者階級が支配する」という感じになると、「女王アリのいない、みんなが働きアリの世界」になる。でも、「働きアリがすべてを支配する」という世界観は、ある意味で、騙されているような感じはするなあ。
大川咲也加 それは、どういうことですか。
大川隆法 つまり、人間の才能や努力、業績、あるいは、先天的なもの、転生輪廻の過程で得た過去世の集積、そうしたものを一切無視した議論になってしまうんだね。人間を機械的に生まれたものとか、動物や昆虫のように卵からポコポコ生まれたものとして見ている、と言えるかもしれない。
 でも、魂のところまで見れば、違いは出てくるからね。大きな意味では差はないのかもしれないけど、やはり輝きはそれぞれ違う。真珠ひとつを取ってみても、真珠はどれも一緒だと言えばそうかもしれないけど、実際、出来はずいぶん違うよね。輝きと丸さ、大きさが違うし、デコボコがあったり、穴が開いていたりするものと、綺麗なものとがある。そこで値打ちが違ってくる。
 それと同じで、人間も磨き方によって、ずいぶん違いが出るからね。その違いを認めないという立場は、ある意味では間違った立場だと思う。(中略)
 一方で、例えば、「王侯貴族に生まれなければ高等教育が受けられない」という世の中のように、決定論的に考えるのも問題があると思う。
 明治以降の教育でよかったところは、「四民平等」にしたために、いろいろな階層から優秀な人たちが出てきたことで、人材の供給源が増えたことだね。
 それが、実はアメリカの強さのひとつでもある。アメリカは、貴族がいない、階級のない国だから、チャンスの平等があって、どこからでも出てこられる。リンカンも尊敬されているけど、彼も“丸太小屋から『聖書』と法律書だけを持って出てきた大統領”だからね。ああいうことは、身分制の社会では起きない。
 まあ、何でも極端に行きすぎるのは、いけないのだろうと思う。ゼロからスタートして上がってこられる社会も素晴らしいけれど、ある程度、歴史と伝統がある社会も、一種の安定度があっていい。
 今、アフリカや中東でデモや政変が起きているように、政治が悪くて貧富の差が開きすぎると、必ず革命が起きる。だから、同じ体制がずっと続いているということは、国民の大部分がよい世の中だと思っていることを意味していると思う。それと、長く続くためには、文化的なレベルの維持も必要だね。
大川咲也加 日本は、武士の時代のように政権が移り変わることはあっても、二千六百年以上、皇室が続いています。それは、ある意味で文化レベルが高く、安定した国であるということなんですね。(中略)
大川隆法 日本人が左翼史観を克服して自信を取り戻そうとするならば、『古事記』や『日本書紀』の時代の、神々の時代のところまで研究しなければ駄目で、そこを全部切り捨ててしまったら、歴史の教科書はただの原始人の歴史になってしまう。縄文人や弥生人が神様だったということになって、記紀の内容と、ちょっと合わなくなるんだね。
大川咲也加 記紀が真実を反映しているとすれば、日本の古代文明は、今、言われているよりも、はるかに高度であったということになりますね。
大川隆法 まあ、「すべてにおいて現代がいちばん優れている」という歴史観は、ある意味で、現代人の驕りもあるんじゃないかな。
(29~34ページ)

平等思想だけの世界観は、転生輪廻の過程で得た過去世の集積などを一切無視してしまうことになるが、王侯貴族に生まれなければ高等教育が受けられない身分制の社会も、問題がある。

ゼロからスタートして上がってこられる社会は素晴らしいが、ある程度、歴史と伝統がある社会も、一種の安定度がある社会である。

日本人が、すべてにおいて現代がいちばん優れているというような左翼史観を克服して、自信を取り戻そうとするならば、『古事記』や『日本書紀』に書かれた神々の時代まで研究する必要がある──。

大川隆法先生は、前提の考え方として、皇国史観を強調したいわけではないけれども、日本という国の歴史の長さは誇ってよい部分であると述べられたうえで、今日引用した対話を、しておられます。

でも、短い対話の中に、いろんな話題が豊富に詰め込まれていて、解説なしにすべて理解するのは、けっこうむずかしい内容ではないでしょうか。

こんな高度な父と娘の対話についていける教養を、しっかりと身につけて行きたいものだと、私は思うのです。

『未来をひらく教育論』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




ね、最近、宇宙人にアブダクションされる人って、日本でも増えてきたんでしょ。そんなのから、どうやって身を守ればいいの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『グレイの正体に迫る──アブダクションから身を守る方法』(幸福の科学出版)で、面前に座る「グレイ」と呼ばれる宇宙人の魂を持った人から、グレイを呼び出して、質問者(D)との対話の形で、その言葉(霊言)を、次のように伝えておられます。

D── 話は変わりますが、映画「フォース・カインド」を見ると、グレイも、人間を引っ張っていくぐらいの力は持っているように思いました。
グレイ それは、機械…(中略)装置があって、牽引ビームを出せば引っ張っていけるのです。(中略)それは科学技術によるものです。
D── そのときに、もし、当会の「悪質宇宙人撃退祈願」などをされたらどうなりますか。
グレイ うーん、それは、実験がこれから始まるところです。
D── 実験するのですか。
グレイ これから、「悪質宇宙人撃退祈願」対「牽引ビーム」の戦いが始まるので、(中略)つまり、撃退祈願をかけられても引っ張れるかどうかを、これから実験するんです。(中略)
D── 牽引ビームで引っ張っていくときに、特に、されると嫌なことは何ですか。
グレイ うーん、そのときの記憶を全部持っておられるのが、いちばん嫌。記憶を消すのが、私たちの基本的なやり方ですので。(中略)
D── 牽引ビームで引っ張っていかれる最中に、それを撃退するにはどうしたらよいですか。これは地球人のためになることなので、ぜひ教えてください。
グレイ 牽引ビームには、要するに、四次元ワームホールをつくる力があるので、壁でもドアでも超えて、人間を引きずり出すことができます。(中略)それを止めることは、ほぼできないはずなんですよね。(中略)
 それを止める力があるとしたら、今、ちょうど「悪質宇宙人撃退祈願」をやっているので……。(中略)
 この祈願をかけられると、おそらく、「牽引していこうとするときに、目覚ましみたいになって、本人が目を覚ますのではないか」という感じがちょっとあるんですよね。(中略)
 現場を見られるのがいちばん嫌なので、われわれの習性としては、「見られたら、いちおう去る」という傾向があります。
D── では、「あらかじめ祈願をしておけば有効だ」ということですね。
グレイ さらいに来たときに本人が目を覚ましてしまうと、そうとうな騒ぎになりますし、われわれは、物質化して現れたときは…(中略)体力のある男性だったら、十分に殴り殺せるぐらいのものではあるんです。ただ、電気系統などに強いので、いろいろな機器の機能を止めたりはできます。(中略)
 もちろん、拳銃とか、刀とかでは、十分に殺されてしまいますけども、ただ、計器類とか、そういう電気で動いているものを操作することはできるのでね。
D── なるほど。
グレイ ええ。だから、見られるのがいちばん嫌なので……。
D── 嫌なんですね。
グレイ ええ、ええ。
D── そういう意味では、「祈願は有効だ」ということですね。
グレイ まあ、祈願が有効かどうかは、一名ぐらいデータを取ってみないと分かりません。
(116~124ページ)

幸福の科学の精舎では、ここで述べられているように「悪質宇宙人撃退祈願」を受けることができます(例えば、ヤング・ブッダ渋谷精舎の2月のスケジュール表はこちらです)。

まだ始まったばかりで、まさにその「悪質宇宙人」にあたるグレイのほうも、その効果についてハッキリとした意見を言えない段階、ということのようです。

アブダクションへの対抗策に関しては、一度話題にしましたが、今日は、大川隆法先生が対抗策として新たに出された祈願について、その対象である宇宙人のほうから触れているちょっと珍しい部分を、ご紹介してみました!

『グレイの正体に迫る』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 3 ) | Trackback ( 0 )




食料問題って、どう考えればいいの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『政治の理想について──幸福実現党宣言②』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 農業の再興については、国の防衛の面から見ても、「世界の人口が、今後、爆発的に増えていく」という未来予測の面から見ても、当然、考えなければいけません。
 世界の人口が増えながら人類が幸福に過ごしていくために、食料問題は、必ず解決しなければいけない問題です。
 これを解決できないと、「レミングの大量死」のようなことが起きるかもしれないのです。すなわち、多くの人々が、潜在意識下で、「人口が増えすぎたから、もう少し減ってほしい」と思い、「天変地異や災害、戦争が起きたり、悪い病気が流行ったりして、大勢の人が死なないかな」などと期待するようになると、現実に、そういう悪い出来事がいろいろと起きてくるのです。
 人口問題においては、最初に食料のところが問題になるので、やはり、食料増産への道を開いておくべきです。
 前節では、有機農業の危険性を指摘しましたが、「有機農業は、すべて駄目である」と言っているわけではありません。確かに、よい面もあります。(中略)
 私は、有機農業に代わる一つの選択として、土がなくてもできる「水耕栽培型の農業」も今後はありうると思っています。工場のなかで野菜やイネを育てる研究がなされ、実用化が進んでいますが、そういうかたちでの進出の仕方であれば、株式会社形態でもそうとう可能でしょう。
 水耕栽培型には、いざというときに、食料防衛上、非常に有利な面があります。「工場のなかで食料をつくる」ということであれば、外から見ても分からないので、防衛上も非常に有利な点があると思います。(中略)
 いずれにしても、私は、「食料の自給率が四十パーセント」という今の状況は、よくないと思っています。やはり、いざというときのために、六十パーセントから七十パーセントぐらいの自給率は確保しておいたほうがよいと思います。
 発展途上国から農産物などを買ってあげなければいけないので、百パーセントの自給は無理だとは思いますが、やはり、少なくとも五十パーセント以上の自給率は必要かと思います。特に、おもな食料の自給率を上げることが大事です。
 あとは、日本と友好関係にあり、共に発展していきたいと思うような国に対し、日本人の嗜好に合うものをつくってもらえるように指導していくことも大事です。そういう増産への取り組みも戦略的にしていくべきだと思います。
 例えば、アフリカのある国を豊かな農業国家に変えていこうとしたら、インフラなど、いろいろなものが必要でしょう。まず、農業に使える水を確保するところから始めないといけないので、井戸を掘る技術や、海水から真水をつくる方法などを教えないといけないでしょう。さらに、農業指導も必要でしょう。
 いずれにしても、食料の増産によって、農村部に夢を与えると同時に、国防にも生かせる面をつくっておくことが大事であると考えます。
(145~148ページ)

国の防衛の面からも、世界の人口が爆発的に増えていく面からも、農業を再興し、食料を増産することは大事であって、食料自給率はを今の40パーセントから、少なくとも50パーセント以上、できれば60~70パーセントに上げるべきである。

一つの選択として、株式会社形態でもかなり可能な、土がなくてもできる「水耕栽培型の農業」もありうる。

また、戦略的に、日本と友好関係にあり、共に発展していきたい国に対し、日本人の嗜好に合うものをつくってもらえるように指導する、増産の取り組みも大事である──。

前回、ご紹介した有機農業についても、ちょっと触れられています。

今日は、食料問題と農業再興に関するお教えを、ご紹介してみました!

『政治の理想について──幸福実現党宣言②』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« 前ページ