ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



杉原千畝(すぎはらちうね)って、映画が来てるでしょ。ほんとに偉い人だったの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『杉原千畝に聞く 日本外交の正義論』(幸福の科学出版)のあとがきで、次のように説いておられます。

 ナチスの迫害から逃れようとしていたユダヤ人六千人を救った「命のビザ」の外交官については、今は日本の小学生でも知っている人が多い。
 にもかかわらず、ユダヤの大富豪たちが日本に移り住んで来ないことを、もう少しこの国の国民は不思議に思ってもよいのかもしれない。金持ちたちは、自分と家族の生命・安全・財産を護るため、強い国に住みたがるのだ。また移民に対して厳しすぎる国策も、一国平和主義を墨守し続けるエゴイストの国に見えていることだろう。これと、超高齢社会に入って、若者人口が減り、国の未来があやぶまれていることとが、わが国の問題として対になっているだろう。
 ユニバーサルマンになることも、ヒューマニズムを実践することも、実際には難しいことだろう。だからこそ、新しい宗教が未来社会に「生命」を吹き込むことができれば、うれしいことだと考えている。
(3~4ページ)

日本人の外交官として、杉原千畝は、ユダヤ人六千人の生命を救った。

にもかかわらず、ユダヤの大富豪たちが日本に移り住んで来ないのは、なぜなのか。

自分と家族の生命・安全・財産を護ることができない、弱い国であること。移民に厳しすぎる国策が、エゴイストの国に見えること──。

大川隆法先生は、幸福の科学という新しい宗教が、日本を、ユニバーサルマンを輩出し、ヒューマニズムを実践する国家となるために、未来社会に「生命」を吹き込んで行きたいと考えられているわけです。

杉原千畝という一人の元外交官の霊の言葉を聞くことで、大川隆法先生が考えられたのは、日本の現状と、これからのあるべき姿。そして、幸福の科学が果たすべき使命、ということなんでしょうか。

本書は、単なる一人の元外交官による英雄的行為の真の評価というだけでなく、さまざまなことを深く考えさせる霊言集であると私は思うのです。
 

『杉原千畝に聞く 日本外交の正義論』大川隆法著


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理想なんて、どうやって持てばいいのか、わかんないよ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『成功の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 第一の、理想設定の段階について、私は、常々、三段階法を推奨しています。実現を望む理想を三種類ぐらい持つように、常々、提言しています。それは、「小さな理想」「中規模の理想」「大きな理想」の三種類です。
 大きな理想だけを掲げても、現実性がなく、理想を失っていく人が多いのも常でしょう。
 また、小さな理想のみを追いつづけて、大成することなく生きていく人がいることも事実でしょう。
 小さな理想のみを追い求めるタイプの人のなかには、専門職肌、技術者肌、芸術家肌の人が多いように思います。彼らが、その領域において、そうとうの技能を持っておりながら、いま一つ、大成していかないのは、小さな目標、小さな理想ばかりを追い求めていることが多いからなのです。その背景としては、「大志を持つことが大事だ」ということを忘れているのです。
 したがって、私は、「大目標」「小目標」、そして「中ぐらいの目標」の三つを持っていることが安全であると思います。
 いきなり大きな目標は達成できません。「小さな目標を達成していく過程において、自分の実力を磨いていき、その実力について確信をしていく。次に、中規模の目標にかかっていく。そして、大目標にかかっていく」ということが大事です。こういう手順を踏み、梯子の段を上るように、着実な気持ちを持ちながら上っていくことが大切であると私は考えるのです。
 発展的自己実現をしていくためには、常に、二重、三重の目標を持っていることが大事でしょう。
(250~252ページ)

実現を望む理想を、「小さな理想」「中規模の理想」「大きな理想」の三種類ぐらい持つのがよい。

いきなり大きな目標は達成できない。

手順を踏み、梯子の段を上るように着実な気持ちで上っていくのが大切である──。

そうなんですよね。遠い目標なんて、ぜんぜん手が届かなくってと、いつも思ってました。

でも、3つの目標を掲げることにして、まずは小さな目標から片づけていけば、次第に、中ぐらいの目標、そして大きな目標に近づいていく。

手順を踏むこと。

梯子の段を上るように、というイメージで。

まずは3つの目標をたててみよう。

大きな理想、そして大きな目標は、とっても大切だと思います。

そして、着実に小さいところから始めればいいんだと、ちょっと前向きに捉えることができる気がします。

ノートとペンを持って、まずは書き出すところから始めてみよう。そう私は決意したのです。
 

『成功の法』大川隆法著


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野坂昭如って作家、この間亡くなったんだけど、大川隆法先生を批判してたんでしょ。まさか、霊言集が出たりしないよね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『野坂昭如の霊言』――死後21時間目の直撃インタビュー(幸福の科学出版)のあとがきで、次のように説いておられます。

 最近は、生前、面識がなかったにもかかわらず、死の直後、私の所に霊言をするために交渉しに来る人が多くて、交通整理が大変である。おそらく、彼らの本心は、生前に、私と対談してみたかったのではないかと思う。
 本音を言えば、野坂氏、水木しげる氏、北の湖親方と三人続いて、幕張メッセイベントホールでのエル・カンターレ祭直前に来られて、私も少々消耗した。いずれも、新聞の一面に死亡記事が出るほどの有名人であるので、むしろ有難いことであると、考えなくてはなるまいと自戒している。
 それにしても、こう次々と著名人がおいでになるのをみると、私の霊言集も社会的に認知が広がっているものかと思われる。
 本書でも、野坂氏の霊言の内容が私の思想と同じではないことは、読者には分かりやすかったのではないかと思う。フィクションではないことの証明にはなるだろう。
(244~245ページ)

最近は、面識がなかったにもかかわらず、死の直後、霊言をするために交渉しに来る人が多い。

(12月15日に開催された)幕張メッセイベントホールでの(7000名の)エル・カンターレ祭大講演会の直前に、野坂氏、水木しげる氏、北の湖親方と3人続いて来られて、少々消耗した。

野坂氏の霊言の内容が私の思想と同じではないことは、読者には分かりやすかったのではないか──。

大川隆法先生が、数千人規模の大講演会をされるときには、その前の一定の期間は、“光”(霊的な力)をためるための禅定に入られる、という話を聞いたことがあります。

10年ほど前であれば、大講演会直前というのに、3日も連続で3人もの霊言を休みなく収録されて、とどこおりなく大講演会を行なわれるなんてことは、あり得ない話だと思っていました。

ところが、「少々消耗した」と述べつつも、12月15日の御法話は、霊的バイブレーションに満ちた、圧倒的なものでした。やはり大川隆法先生の霊的パワーは、これまで以上に強くなってきておられるということなのでしょうか。

さて、それはそれとして、いまだに大川隆法先生の「霊言」に直接触れることもなく、「霊言集」をきちんと読むこともないまま、この霊的秘儀が作りごとであるかのように思い込んでいる人がいるのは、とても残念な話です。

そこで、まさかではありますが、でもやっぱり出てしまった『野坂昭如の霊言』、です。

本書に登場する野坂昭如の霊のパーソナリティ、そして語る言葉やその背景にある思想は、誰がみても明らかに大川隆法先生とは異質なものです。これは、本書を読むだけで誰もが素直に納得できるほどの違いだと思います。

野坂昭如をよく知ってる方はもちろん、知らない方であったとしても、「霊言とは何ぞや?」と思っている方にこそ、まずは本書を一読することをお勧めしたいと私は思うのです。
 

『野坂昭如の霊言』大川隆法著


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悪霊に憑依されてるんじゃないかって思うんだ。もうどうしようもないのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『地獄の方程式』(幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

 悪霊に憑依されている人の特徴は、たいていは暗い表情をして、いつも取り越し苦労、持ち越し苦労で頭を痛めている人たちだと言うことができます。
 まず笑うことです。笑顔も顔施といって、仏教では大切な布施の一つとされています。笑顔は会う人の心を明るくし、自分の心も明るくします。努力して明るく笑うことです。そのとき、仏の光が入ってくるのです。
 また取り越し苦労や持ち越し苦労をして幸せになった人など一人もいないのだから、よいことが必ず来ると信じて、希望を持って生きてゆくことです。
 そして他人に心を向けて、他人の幸せを祝福する心を、念を持つことです。悪霊に悩まされている人というのは、結局のところ、自分のことしか考えていない人たちなのです。努力して他人を祝福することです。その善念は必ずや自分にも返ってくるはずです。
(168~169ページ)

悪霊に憑依されている人と思う人は、まず、努力して明るく笑うこと。そのとき、仏の光が入ってくる。

よいことが必ず来ると信じて、希望を持って生きてゆくこと。

そして、他人の幸せを祝福すること。その善念は必ずや自分にも返ってくる──。

なるほど、なるほど、です。

光を天上界からいただくことができれば、憑依してる悪霊は、はがれていくはずです。

で、努力してニコッと笑う。それは会った人への「与える愛」。そしてそのとき、仏から光が与えられる。

憑依された状態というのは、心が暗く、すぐ絶望したりするので、心して、希望を持って生きてゆくよう努力すること。

そして、他の人の幸せに嫉妬したりせず、おめでとう! と言ってあげる。それは他の人への「与える愛」だから、やはり仏から光が与えられる。

今日のお教えは、仏法真理の基本に照らすことで、とっても深く腑に落ちる気がします。

悪霊がやってきたりして悩んでる方、まずはちょっと、試してみたらいかがでしょう?
 

『地獄の方程式』大川隆法著


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聖書に書かれているけど、イエスさまって、十字架にかかったあと、復活されたんでしょ。あれって、ほんとうにあったことなのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『キリストの幸福論』において、そのイエス・キリストの霊自身の言葉(「霊言」)を、次のように伝えておられます。

 うーん。まあ、「復活」は、多くの人に目撃されておりますので、やはり、霊的真実としては「あった」と言わざるをえないと思います。
 ただ、物語としての『聖書』に書かれているもののなかには、かなり、この世的、唯物論的にも説明できるようなかたちでの復活として描かれているものが多いように感じられます。(中略)
 キリスト教における復活は、「いったん死んだ者が、肉体を持って生き返る」というスタイルの復活を考えているようでありますけれども、『聖書』が成立したのが、私の死後、数十年たってからのことでありますので、あるいは、『聖書』を完成させた人そのものは、私の時代の人ではなかったかもしれません。
 だから、イエスを知らない人にも分かるように書いたところはあるのだろうと思いますが、正直に申し上げまして、「私の幾人かの弟子たちには“霊的な目”が開けていて、私の、“霊的な、聖なる復活”の姿が見えた」というのが、当たり前の真実であるのではないかと思うし、「その声が聞こえた」ということでもあっただろうと思います。
(32~34ページ)

「復活」は、霊的真実としてはあった。

幾人かの弟子たちには“霊的な目”が開けていて、私の“霊的な、聖なる復活”の姿が見え、その声が聞こえたというのが真実である。

ただ、いったん死んだ者が肉体を持って生き返るように言われているのは、イエスを知らない人にも分かるように書いたところはあるのだろう──。

少し言いにくそうに遠回しに語っておられるのは、この「復活」というのが、キリスト教の大部分の宗派で中心的教義の一つだと言われているのに、教会とは違った見解を語られることになったからでしょうか。

でも、大川隆法先生の「霊言」を、多数、映像で見て音声を聞き、活字でも読み続けている私たちは、まさに本書でイエスさまが語られているとおり、霊としてのイエスさまは天上界の最上段階に今もおられて、このような形で言葉を下さることを知っています。

もちろん、イエスさまのお顔を見ることができるわけではありませんが、何度も何度も霊言を送ってくださるイエスさまの個性は、幸福の科学の草創期から今に至るまで変わらず一貫していることを、私たちは知っています。

イエスさまの「復活」は、現代日本において、大川隆法先生のもとで日常的に起きている。

クリスマスイブの今晩、この動かしがたい真実を、一人でも多くのクリスチャンのみなさんにも知っていただけたらと、心の底から私は思っているのです。
 

『キリストの幸福論』大川隆法著


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宗教を信じる者は、ファッションがどうこうなんて、欲望をつのらせるだけだから、気にしなくていいんだよね。心の修行こそが大事なんだよね? なーんてこと考えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『ファッション・センスの磨き方』――人生を10倍輝かせるために(幸福の科学出版)のまえがきで、次のように説いておられます。

 正直言って、若い頃から、ファッション・センスが自分にあるとは思っていなかった。古本屋の親父が、客も来ないので、ボンヤリと古書を眺めているような自己イメージだったかもしれない。
 しかし職場環境の変化とは、人を変えるものだ。たくさんの人の前で話をし、写真に撮られ、映像になり、新聞や地下鉄の中吊広告にもよく登場するようになると、周りの人たちもファッションについて、一言いってくるようになった。自分でも映画などを鑑賞する機会が多くなると、スターたちのファッション・センスを研究するようになった。
 最近では、自分では謙遜したつもりの言葉が、HSU(ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ)の女子学生から、「先生は、十分に若くて美しいのに、何てことをおっしゃるんですか。」とお叱りを受けることもある。四十年前に聞きたかった言葉だ。
 人生には脱線もある。この「脱線学」もまた面白いではないか。
(1~2ページ)

本書では、ファッション・センスに関する教えが説かれています。

そして、それが宗教においては「脱線学」であるかのようにも読めるまえがきです。

しかし、ここで説かれた世界は、宗教にとってほんとうに脱線なんでしょうか。

いや、人生の「幸福」という観点で考えたとき、ファッションというものも、そのセンスを身につけることは、たしかに人生の幸福の一材料になるはずだと思えます。

まさにサブタイトルにあるように、「人生を10倍輝かせる」ことができるのでありましょう。

本書は、いままでファッションなんて言葉に無縁な人生を生きてきた方にこそ、強くお勧めできる人生の指南書のひとつであると私は思うのです。
 

『ファッション・センスの磨き方』大川隆法著


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ソクラテスって、「哲学の祖」なんでしょ。だったら、宗教とか信仰とかとは別の世界で、真理を追究した人、なんだよね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『ソクラテスの幸福論』(幸福の科学出版)において、あの有名なソクラテスの霊の言葉を、対話形式で、次のように紹介しておられます。

A―― 今、「信仰心に満ちていた」とおっしゃいましたが、そのこと自体を、ソクラテス先生ご自身は、ご生前には、それほど明確には表明されていませんよね?(中略)どうしてストレートに信仰を語られなかったのでしょうか。

ソクラテス 私は霊の声を聴くことができたけど、あなたがたから見れば、これは、本当は宗教家になる素質だろうね。「霊の声が聞こえる」というのは、いちおうはそうだろう?(中略)
 だから、宗教家でなければ、精神病院に行くしかない。どちらかだよね? どちらかになることだから、そのきわどい境界線の上を歩いていくことを意味しておる。
 私のダイモンは、不思議なことに、本当に、崖から落ちそうなときには、「落ちるなよ」と言うわけだけれども、「あれをしろ」「これをしろ」とは言わない人であったんでねえ。
 だから、それが、宗教にならなかった理由かもしれないね。
 もし、霊として付いているものが、「あれをしろ」「これをしろ」と言えば、それは十分に教義になりますからね。「それを守りなさい」ということになると、宗教になったのかもしれませんけど、そういうことを言わず、「それは駄目だ」と言う人であった。単にこれだけなので、宗教にならなかったのかもしれない。
 それが、あなたの言う、「信仰心を説く宗教」にならなかった理由なのかもしれないね。
 「駄目だ」ということだけは言うけど、「駄目だ」と言われたら、「なぜかな」と、やはり考えるよね? そして、それを人間的に探究しようとするわね。(中略)それを始めると、宗教にならないのであって、哲学になる。(中略)
 だから、大きな目で見れば、それには、「学問としての哲学をつくろう」という意図が働いていたのだと思う。
(85~89ページ)

ソクラテスは、当時、霊の声を聴くことができたが、その声は、「あれをしろ」「これをしろ」とは言わず、「それは駄目だ」と言うだけだった。

その理由を人間的に探究しようとしたため、宗教にならず、哲学になった。

つまり、大きな目で見れば、それには「学問としての哲学をつくろう」という意図が働いていたのだろう──。

ソクラテスという方は、2500年前に生きていた、古代ギリシャの哲学者として有名です。

そして、ソクラテスは、「ダイモン」という霊存在の声を聞いていたというのもまた有名な話ですが、これは、仏法真理の知識に照らせば、ソクラテスの守護・指導霊だったと考えるほかありません。

この守護・指導霊は、なんでそんな不親切な指導しかしなかったんだろうというのは、長年の疑問でした。

ところが、ソクラテスご自身が現代日本語で解説して下さることで、その疑問もスッキリと氷解した気がします。

大川隆法先生の「霊言」のものすごさ。

今日は改めて、これを確認できた気が私はするのです。
 

『ソクラテスの幸福論』大川隆法著


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起業したいんだけど、理屈だけ書いた本を勉強しても、実際には役に立たないよね。もっと実戦的な参考書って、ないのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『実戦起業法』――「成功すべくして成功する起業」を目指して(幸福の科学出版)のあとがきで、次のように説いておられます。

 若い人が、独立・起業して大企業を目指すための、段階的に発展する組織のつくり方を指南した本である。もちろん学問的にも、経済学や経営学もそうとう勉強した上、実戦で鍛えられて書いてあるものだ。この点、単なる「直感」だけに頼ったものではない。しかし、また、知識と経験に裏づけられた智慧を身につけた者の「直観」を否定するものでもない。
 私の仕事法は、時間の活かし方を常に考えつつ、手ばやく速断即決し、手持ち仕事を減らし、多様な業務を統括することである。また、年二百回近い説法をこなし、百数十冊(対内ものを含めると三百数十冊になることもある)の本を出すこともある。「成功すべくして成功する」秘訣は、時間管理術、勤勉な習慣、一日の仕事は一日で終える決意の中にある。本書が未来の大鷲たちの参考になれば幸いである。
(148~149ページ)

独立・起業して大企業を目指すための、段階的に発展する組織のつくり方を指南した本である。

経済学や経営学もそうとう勉強した上、実戦で鍛えられて書いてあるものだ。

「成功すべくして成功する」秘訣は、時間管理術、勤勉な習慣、一日の仕事は一日で終える決意の中にある──。

こんなに手軽な本の形で、こんなにも重要な、そして価値が高い教えを、いただいてしまってもいいものなんでしょうか。

そして、こんな大切な教えが書かれた本であることを、ここで簡単に紹介してしまっても、いいものなんでしょうか。

ちょっともったいないなあと思わず考えてしまう、そんな快著であると率直に私は思っているのです。
 

『実戦起業法』大川隆法著

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妖怪ものって、日本ではいろいろ流行ってるよね。妖怪ウオッチャーみたいな人って、日本にいるのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『日本民俗学の父 柳田國男が観た死後の世界』(幸福の科学出版)のあとがきで、次のように説いておられます。

 「妖怪ウオッチャー」ともいうべき柳田が語る霊界世界は、西洋宗教事情と対比すると必ずしも普遍性のあるものとは言い難い。しかし、少しだけ想像力をたくましくすれば、神様が一週間ほどで天地創造をしたとか、禁断の知恵の木の実を食べたため、アダムとイブが楽園を追放された話などは、遠野物語風に書き換えることもできるだろう。
 私自身も日々に現代の神話をつむぎ出し続けているのかもしれない。いまは、まだそう多くの人が信じているわけではないかもしれないが、百年後、「大川隆法学」がどのように伝わっているか、とても楽しみだ。
 神話を持たない民族は、文化的に底が浅いと思わざるをえない。
(194~195ページ)

柳田國男については、一度ご紹介しました。

大川隆法先生がここで述べられているのは、たとえば「遠野物語」も神話の一つの表現なのだ、ということでしょうか。

妖怪ウオッチャー・柳田國男が一冊分を語り降ろした妖怪や霊界世界の話を通読すると、たしかにあの世とこの世の境目がはっきりせず、「現代科学」とは相容れないのかもしれません。しかし、たしかに一つの物語世界を形成しています。

そして、大川隆法先生が2000書を超えて続々と刊行しておられる書籍群もまた、霊界や宇宙人、未来科学や未来社会の予言等々、さまざまな内容を含んでいますので、何百年後、何千年後には、ひとつの神話世界として語り継がれていくのかもしれないとも思えます。

本書を通じて改めて、「遠野物語」のような世界をも持っている日本の文化の深みと広大さに、思いを致すことができたように私は思うのです。
 

『日本民俗学の父 柳田國男が観た死後の世界』大川隆法著


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法哲学って、名前聞いただけでむずかしいし、過去の勉強ばっかりしてて、なんだか後ろ向きなんじゃないのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『法哲学入門』――法の根源にあるもの(幸福の科学出版)のあとまえがきで、次のように説いておられます。

 簡潔ではあるが、ここ三千年ほどの歴史の中の、神学、仏法、哲学、法学、政治学などの根底にあるものは何であるのかを述べえたと思う。
 それは現代宗教の射程をはるかに超えているが、「法哲学入門」として、新時代の若者たちに、新しき知的刺激を与え続けるものとなるであろう。
 言葉をかえて言うなら、未来を拓くための法治国家の哲学がここに再確認されたということだ。
 未来の憲法も法律も、それに基づく政治も、あるいは国際法や国際政治も、ここに原点があるということである。
 今、神仏の心が説ける者が地上に降りている以上、その願いを実現していくことこそ、未来の法学徒や政治学徒の使命でなくてはなるまい。
(158~159ページ)

ここ三千年ほどの歴史の中の、神学、仏法、哲学、法学、政治学などの根底にあるものを述べえた。

未来を拓くための法治国家の哲学がここに再確認された。

未来の憲法も法律も、それに基づく政治も、国際法や国際政治も、ここに原点がある──。

本書については、刊行直後の昨年春に、まえがきをご紹介したことがありました。未来を拓く法哲学。

いやあ、とにかく、宗教という域をはるかに超えた世界です。

でも、やさしく説かれてはしていても、その広さや深みが凄いことは、雰囲気だけなのかもしれませんが、素人であっても分かる気がします。

未来の憲法や法律に関わりたいと思っている方にとって、また未来の政治に携わることを考えている方にとって、本書こそが、必読文献の筆頭に上げられるべき書物ではないかと私は思うのです。
 

『法哲学入門』大川隆法著


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憑依なんて言って、やっぱり精神病の一種なんじゃないの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『神秘の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 西洋医学では、「憑依といわれる現象がある」ということは分かっているのですが、「なぜ、そういうことが起きるのか」という問いに答えられないのです。それについては、どうしても分からず、科学的に説明ができません。そう呼ばれる現象があることは分かっていても、それを医学的には説明できないわけです。
 医学というものは、肉体としての人間を研究しているので、どうしても根本に唯物論的な考えがあります。それはそれで使命としてはよいのですが、憑依現象についても、「脳に何か関係がなければいけない」と考えて、「脳の作用、あるいは脳の構造上の問題である」と捉えがちです。憑依現象を精神科の案件とした場合にも、だいたい、「脳における何らかの障害である」と考えるのです。
 また、心というものについても、「脳の作用に付随して発生するものだ」と考えます。そして、「心は、脳の一種の機能として、精神作用としてあるのであって、脳のほうが、何か具合が悪くなると、精神作用のほうも歪んでくる。それによって、『霊が見える』『霊の声が聞こえる』などと言い出したり、『自分は○○の霊だ』などと語りはじめたりする患者が出てくる」というような扱いをしています。
 それで精神病院に入れられている人は多いのですが、精神病院に入れられても、基本的には治りません。なぜなら、医学そのものが憑依現象について理解できていないので、治す方法はないからです。「薬を飲ませて、おとなしくさせる」「隔離して、一般の人との摩擦、一般社会との摩擦を避ける」ということぐらいしか方法はないのです。(中略)
 もちろん、ほんとうに、身体の構造上、何か障害があって、錯乱状態になる人もいるとは思います。“機械”のほうが故障している場合もあるでしょう。しかし、そうでない場合もあります。要するに、心のほうの問題が原因で、いろいろなものが見えたり聞こえたりすることがあるのです。
 「いろいろな霊がやってくる」「○○の霊が、いま来ていた」などと言うと、それがおかしく聞こえるようになってきているのが現代ですが、おかしく聞こえるほうが、ほんとうは、真実の世界から見たら、おかしいのです。
(88~92ページ)

西洋医学では、憑依現象がなぜ起きるのかが説明できない。

脳における何らかの障害だとして、精神病院に入れられる人は多いが、医学では治す方法はない。

しかし、霊がやって来たとういうのがおかしく聞こえるほうが、真実の世界から見たらおかしい──。

大川隆法先生は、あの世とこの世があるという真実を前提に、「波長同通の法則」に基づく憑依の原因とその対処法について、さまざまな角度から教え続けておられます。

この大川隆法先生のお教えは、理性に照らして、とても合理的に理解できる、理路整然としたものです。

そして、霊界と神秘世界に関する巨大なお教えの中でも、まだ初歩的な分野ではないかと思うのです。

それを現代医学はまったく理解することなく、いまだに憑依現象への対処方法としては、薬でおとなしくさせるだけだったり、一般社会から隔離するだけだったりというのも、残念な話ではあります。

あの世、つまり霊的世界があること、そこに霊存在がいることを認めさえすれば、簡単に理解し解決できる問題もたくさんあるわけです。

医学や医療に携わっているみなさんには、ぜひともこの大川隆法先生のお教えに触れていただきたいものだと切実に私は思うのです。
 

『神秘の法』大川隆法著


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なんだか、政治家って、何やってるんだろうね。政治家が、いま、考え、なすべきことって、あるんじゃないかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『政治家が、いま、考え、なすべきこととは何か。元・総理 竹下登の霊言』(幸福の科学出版)のまえがきで、次のように説いておられます。

 竹下登・元総理大臣の霊言である。予想を超えて、厳しく、かつ明確な内容だった。
 自民党への驕りの戒め、特に安倍総理個人への政治的御指導は、私の想像の枠を超えて強烈なものだった。この方が民主主義の本質をここまでよく考えられ、マスコミをも厳しく叱るとは、ただただ驚きを禁じえないと言うしかない。
 私が創立し、総裁を務めている「幸福実現党」に対しても、結局、「志のために死ね。生き延びようと思うな。負けても正論を貫け。」とおっしゃっていると理解されるので、公式に大川隆法の個人的見解とは認めるわけにはいかない。
 私は、この国の国民やマスコミの方々が、長い目では必ずや「正しい者は勝つべきだ。」と願っているものと信じたい。ただ竹下氏の一喝から、何を学びとるかだけはしっかりと受け止めたいと考える。
(1~2ページ)

厳しく、かつ明確な内容だった。

自民党の驕りへの戒め、安倍総理個人への政治的指導、そして、マスコミへの叱責。

ただ竹下氏の一喝からの学びをしっかりと受け止めたい──。

竹下登・元総理大臣といえば、「言語明瞭・意味不明瞭」で有名だったと聞きます。要するに、言葉はハッキリしてはいるんだが、何を言ってるかよく分からない言い方を好んでする方だ、ということだったんだろうと思います。

ところが、霊となって出てきた竹下氏が、生前の口調そのままで、しかし生前とは異なり、ハッキリと結論を言われることに、大川隆法先生もここで率直に驚いておられるわけです。

安倍首相をはじめ、自民党の政治家のみなさん、そしてマスコミのみなさんもまた、ぜひとも、この大先輩政治家の「一喝」を真正面から受け止め、反省すべきところは反省して、この国をもっともっとよくしていっていただきたいものだと私は思うのです。
 

『政治家が、いま、考え、なすべきこととは何か。元・総理 竹下登の霊言』大川隆法著


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TPPって、あれだけ反対してる声が強いみたいに言ってたのに、結局、妥結しちゃったでしょ。あれって、なんでだったの?

幸福の科学の大川隆法先生は、『日本の誇りを取り戻す』――国師・大川隆法 街頭演説集2012(幸福実現党刊)で、こう説いておられます。

 今、日本には、新しい雇用が必要です!
 新しい企業の発展が必要です!
 新しい経済的成長が必要です!
 TPPだって怖がっては駄目ですよ!
 「農業や漁業が壊滅する」とか言っているけれども、TPPというのは、関税がなくなるのです。日本の自動車だって、外国に、一円も関税がかからずに輸出できるんですよ、みなさん!
 トヨタが元気になるんですよ。日産が元気になるんですよ。その他の輸出企業が全部、立ち直るんですよ。
 それに、日本の農業は、みなさん、バカにしてはいけません。
 日本の農業は世界一なのです。
 その品質。技術力。農民は世界一なのです、日本は!
 負けられるもんですか!
 国際競争力で勝ち抜こう!
 そのためにも、基本となる産業の基礎は、エネルギーの確保ですよ!
(32~33ページ)

これは、2012年の総選挙のときに、大川隆法先生が獅子吼された街頭演説の一部です。

誰もが分かる言葉で端的にハッキリと述べておられます。

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)についてここまでハッキリ言っていたのは、この総選挙前には、大川隆法先生と幸福実現党しかなかったのが、客観的な事実のはずです。

ところが、選挙が終わったあと、選挙前に自民党が何を言っていたかを忘れたかのように(というか誤魔化して)、安倍政権は、さりげなくTPPに合意してしまったのでした。

原発も、「エネルギーの確保」の必要性から、「再稼働すべし」とハッキリ述べていたのは、やはり大川隆法先生と幸福実現党しかなかったはずですが、選挙後は、各地でじわじわと再稼働しはじめています。

じつは、大川隆法先生のオピニオンが、静かに日本を動かしている事実を、マスコミは絶対に報じようとしない。だからこの重大な事実を知らないままであることに、国民の多くはそろそろ気がつくべきではないかと私は思うのです。
 

『日本の誇りを取り戻す』大川隆法著


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神罰って言葉、聞くことがあるんだけど、やっぱりそんなこと、あるのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『「ノアの箱舟伝説」は本当か』――大洪水の真相(幸福の科学出版)のあとがきで、次のように説いておられます。

 今の日本人は、神罰や祟りなどせせら笑い、宇宙人関連物はエンタテイメント、霊界は魔法かファンタジー程度にしか思っていない。
 しかし今、その「常識」の「底」が割れる時機が近づいているように感じられる。私の説法なども、日本人より外国人のほうがよく理解できる場合が多い。おそらく宗教的教養の差だろう。
 もういいかげんに目覚めてはどうか。歴史上、神罰がどのようなものであったかを学び、預言者の言葉を無視し続けた民族の哀れに目を向けるべき時だ。
(226~227ページ)

神罰や祟りをせせら笑う日本人の「常識」の「底」が割れる時機が近づいている。

もういいかげんに目覚めてはどうか──。

ここで大川隆法先生が「神罰」と言われる一つの典型が、ノアの方舟で有名な、世界を滅ぼした大洪水だと思います。

「預言者の言葉を無視し続けた民族の哀れ」というのは、ユダヤ民族が、数多くの預言者の言葉を無視して、救世主であるイエスを屠ったことで国が滅び、2千年近くも離散して放浪することになったという史実が思い浮かびます。

本書をひもとくことで、大川隆法先生が説かれた一喝の意味を、改めて考えてみたいと私は思うのです。
 

『「ノアの箱舟伝説」は本当か』大川隆法著


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おばあちゃんが、認知症になっちゃったんだ。医学的にはどうしようもないっていうんだけど、でも、ほんとにどうしようもないのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『奇跡のガン克服法』(幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

 これに対処する方法を述べると、まず、お母さんに対して、周りの人たちが、もう少し感謝してあげなくてはいけないと思います。周りの人たちから感謝され、現在ただいまが幸福だったら、過去の苦労は幸福なものに変わっていくのです。
 私は、「過去はもう直せませんが、未来は直せます。未来は、まだ変えていくことができます。変えることのできない過去については、反省して教訓を学べば、もう十分です。そして、努力し、よい種をまき、未来をよくしていきましょう」と、よく言っています。
 ただ、そうはいっても、「一定の年齢を超えると、種をまいても、未来を変えていく余地は、それほどないのではないか」という考えは、当然、あるわけです。
 そういう考えの人たちに対して、私は、『心と体のほんとうの関係。』(幸福の科学出版刊)にも書いたことですが、「現在ただいまが幸福だったら、過去の不幸体験が、全部、金色に変わるんですよ」ということを申し上げたいのです。
 今が幸福であれば、「過去に不幸であった体験は、全部、現在の幸福をつくるための、とてもよい砥石だった」と言うことができます。
 そこで、現時点で幸福な気持ちを持てるように、周りの人たちが、努力して、そういう状況をつくってあげる必要があるのです。
 お母さんの病気は、おそらく、「不幸な思い出をあまり反芻したくない」という理由で、防衛本能が働いているのだと考えられます。
 周りの人たちにできることは、お母さんに優しくし、感謝をすることです。それが、言葉では、うまく伝わらなくても、心のなかで、「『お母さん、ありがとう』『おばあちゃん、ありがとう』という、感謝の気持ちを、家族で持とう。そして、現在において、幸福な気持ちを持っていただこう」と思うことが大事です。
(162~165ページ)

その病気はおそらく、過去の不幸な思い出をあまり反芻したくないことに原因がある。

過去の不幸体験も、現在ただいまが幸福だったら、そのための砥石だったと言えるようになるから、いま幸福な気持ちを持てるように、周りの人たちが努力してあげる必要がある。

周りの人たちは、その方に優しくし、感謝をすること。言葉では伝わらなくても、心のなかで感謝し、いま幸福だという気持ちを持っていただこうと思うことが大事である──。

大川隆法先生は、病気というのは、人間が自分の念いで創っていることが多いことを教えておられると思います。

認知症というのは、脳の障害によって、年をとってぼけてきたというレベルをはるかに超えて、少し前のことを覚えていなかったり、徘徊したりといった症状が出る病気のことで、以前は痴呆症と呼ばれていたように思います。

現代医学でも、その原因がハッキリしているとは言えないようですが、大川隆法先生は、もちろんその全部ではないにしても、今日取り上げた相談者のケースに関しては、霊査のうえで、過去の不幸な思い出を思い出したくないという本人の心が、この病気を創り出していると判定しておられるわけです。

そんなケースは、けっこう意外に多いんじゃないでしょうか。

そして、原因が分かったら対策もたてられるわけで、大川隆法先生は、まわりの人が、現在ただいまが幸福だと感じてもらえるよう、態度ではもちろん、言葉にも出し、心の中で思うことを、アドバイスしておられます。

思いの世界では言葉にすることなく思いが通じていきますから、心が原因だとしたとき、話しかけてもまったく分からないような状態のときでも、まわりの人が感謝の思いで介護してさしあげることには、ご本人を幸福にしていくために大きな意味があるわけです。

肉親が認知症になってしまってつらい思いをしておられる方にとって、今日のお教えは、大きな福音ではないかと私は思うのです。
 

『奇跡のガン克服法―未知なる治癒力のめざめ』大川隆法著


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