ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



教養なんて、なんだか重いだけじゃない。今の時代、ネットを探せばたいがい答えが見つかるし、教養なんてつけてなくても、それでいいんじゃないの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『仏陀再誕』(幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

あなたがたが、人生に勝利し、多くの人びとを導いてゆくためには、
是が非とも数多くの知識を身につけ、数多くの経験を積み、
そしてそれらを教養にまで高めねばならないと思う。
我は、一片の知識をかき集めることをもって、
それで教養とは呼ばない。
知識は教養をつくってゆくための力になることは事実だ。
しかしながら、知識は愛を経て教養になるのだ。
知識は、愛という触媒を得てはじめて教養になるのだ、
ということを私は言っておきたい。
その知識が、何のための知識であるかということが大事であるのだ。
その知識が、あなたがたが自己をてらい、
他の人びとに、
自らを偉い人間であると思わせるためだけの知識であるならば、
それは、決して教養となることはないであろう。
しかし、その知識は、
あなたが他の人びとを利し、
他の人びとを生かそうという思いのなかにある時に、
あなたの人格のなかにくい込み、
あなたの人格を太らせ、あなたの人格を力あらしめるであろう。
すなわち、教養への道は、
知識に愛が触媒として加わって、
そして自らの智慧となった時、
それが教養そのものの道となるのである。

人びとよ、このことを疑ってはならない。
よいか、これより後、
あなたがたの目の前に広がる広大な土地のなかの一部分を、
自分の教養のためにとっておきなさい。
これは、あなたがたの目の前に横たわる人生の時間の一部を、
教養のためにとっておきなさいと、私は言っているのだ。
あなたがたのうちの、あなたがたの一日の時間のうちの一定の時間を、
一カ月の時間のうちの一定の時間を、
一年の時間のうちの一定の時間を、
教養を身につけるために割きなさい。
それは、決して無駄にはならぬ。
他の多くの人びとを生かすための、土木工事となるであろう。
そう言っているのだ。
(91~94ページ)〔携帯版92~95ページ〕)

人生に勝利し、多くの人びとを導いてゆくためには、教養が必要である。

知識だけでは教養でなく、知識は、愛という触媒を得て智慧となったとき、はじめて教養になる。

これからの自分の時間のうちの一定の時間を、教養を身につけるために用いることが大事である──。

なるほど、なるほどです。

覚者にして人類の師が説かれる、まさに叡知の言葉を、今日は学ばせていただいたんだと思います。

このお教えに心素直にしたがって、また明日から地道に歩んでいきたいと私は思っているのです。

仏陀再誕―縁生の弟子たちへのメッセージ (OR books) 『仏陀再誕』

  大川隆法著

 

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ねえ、なんだか、「宇宙人リーディング」って、たくさん出てきてるんだけど、それって、どうやってやってるの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『宇宙人との対話』(幸福の科学出版)で、以下のようなやり方で、眼前に座る人の魂をリーディングして、そこに宇宙人の意識が存在する人かどうかを確定する作業を、公開霊言の一種として行なっておられます。

 みなさん(聴聞者たちのこと)のなかには、魂としての宇宙人が、今回、肉体に宿っている方と、今世ではなく、記憶のある範囲内の過去世で肉体に宿った方とがいるのではないかと思います。
 地球人としての転生を始めたのが二千年以上も昔になると、地球に完全帰化していて、もう記憶は残っていないと判定されますが、比較的、最近の場合、まだ記憶があるのではないかと思われます。「魂の兄弟」の一部に宇宙人がいたり、あるいは全員が宇宙人であったりする場合には、その霊から、元いた星の話や宇宙の話を聴ける可能性があります。
 話を聴ける人があまりいなかった場合には、最後、私が直接、宇宙人を呼び出せるかどうかやってみます。ただ、みなさんのなかに 手頃な人がいれば、ありがたいと思います。
 約一名、ほぼ確実に宇宙人の話が聴けると思う方がここにおります。(対象者Aを示す)あとは、自薦・他薦で元宇宙人と思われる方に前へ出ていただき、三十秒以内で判定し、関係のない方は席に戻っていただきます。宇宙人にも種類がたくさんあり、一つだけだと面白くないので、「ほかの種類の宇宙人を探したい」という趣旨です。
 では、まず、ここにいる、他薦で元宇宙人と思われる十名ぐらいの方を、順番に判定します。ちょっと椅子を一つここに置いてください。(係の者が椅子を用意する)
 では、イエスかノーか判定します。地球に来ている宇宙人の種類は二十ぐらいはあるので、違う星の人がいたら面白いのですが。
 (一人目に)どうぞお座りください。(約十秒間、一人目に右手をかざしたあと、数回、首を 振る)違います。
 はい。次、お願いします。(約十秒間、二人目に右手をかざしたあと、うなずく)ん? これは、宇宙人か(会場笑)。うん、いるね。うん、確かにいるわ。(二人目に)あなた、残ってよろしい(会場笑)。
 (三人目の外国人を見て)はい。日本語、大丈夫? 宇宙人ではなくて、外人だ(会場笑)。(約十五秒間、三人目に右手をかざしたあと、首を振る)違う。残念、宇宙人ではなくて外人です(会場笑)。
 (約十秒間、四人目に右手をかざしたあと、首を振る)違いますね、はい。
 (約八秒間、五人目に右手をかざしたあと、うなずく)これ、宇宙人だ(会場笑)。うん、うん、何かいる。いる、いる。(五人目に)あとで調べるね。では、残ってください。
 はい。どうぞ。(約八秒間、六人目に右手をかざす)違います。はい。宇宙人でなくてがっかりする?(会場笑)
 はい。この人はどうでしょうか。(約十秒間、七人目に右手をかざす)ん? ん? ん? 何か、尻尾みたいなものが見えてくる。うん? ちょっと、これは怪しいね。これ、残そう(会場笑)。はい。残してください。
 はい。次の方。(約五秒間、八人目に右手をかざす)違いますね。はい。
 (約十秒間、九人目に右手をかざす)うーん。(引き続き、約五秒間、右手をかざす)うん。何だか私には不思議な生き物の姿が見えてくるんですが、うーん、これ、宇宙人かなあ。うん? (引き続き、約五秒間、右手をかざす)うん、これは怪しいなあ。要調査ですね。はい。残ってください。
 かなり、いますね。
 (約十五秒間、十人目に右手をかざし、首を振る)違うね。うん。
 あとは? もうだいたい終わった? この際、希望があれば判定します。心残りのある方がいたら……。
 (会場から前に出てきた十一人目に、約七秒間、右手をかざし、首を振る)違いますね。
 では、残ったのは四人ですね。
 まだいる? はい。どうぞ。(会場から前に出てきた十二人目に、約十三秒間、右手をかざし、首を振る)いや、違います。
 では、このくらいですね。はい。分かりました。このあたりで行きますか。
 これで、魂のなかに宇宙人がいると思われる方を残しました。霊体質の方がいて、自分でしゃべってくれると、いちばんありがたいのですが、訓練をしていないので、なかなかそこまでは行かないかもしれません。駄目なようでしたら、私の体に宇宙人の霊を入れて話をします。
(13~17ページ)

「宇宙人リーディング」が行なわれる前に、候補者を選定しているシーンの活字起こしです。

本書は、もう10年も前に刊行された書籍でした。

その後、いろんな宇宙人リーディングが行われた末に、2021年の今現在、まさにいま地球で活動している宇宙人自身からの驚きのメッセージが、大川隆法先生によって伝えられる段階に入っているわけです。

いつの間にか、進められていた「宇宙の法」の探究は、まだこれから、さらに加速度的に進められていくのだろうと私は思っているのです。

 

宇宙人との対話 (OR books) 『宇宙人との対話』

 大川隆法著

 

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大川隆法先生は、国難のときには、時代を代表するような宗教家は、国師として意見を述べなければならないって、言っておられるんでしょ。でも、救世主のはずなのに、イエスさまは違うこと言ってたんじゃないの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『宗教立国の精神』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 一方、イエスの場合は、どうだったのでしょうか。
 彼が生きていた当時、教団はまだ小さく、実際に組織化もできていませんでした。宗教間の争いもあり、旧宗教からかなり弾圧を受けていました。
 当時、ユダヤは、ローマの属州であり、ローマの通貨が流通していましたが、あるとき、イエスは、「ローマに税金を納めることは、ユダヤの律法に適うことか」という質問をされます。
 イエスが、「そのコインには、誰の肖像が彫られているか」と聞き返すと、相手は、「カエサルの肖像が彫られている」と言います。そこで、イエスは、「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に返しなさい」というように答えたのです。
 彼は、「この世のことは、この世において権力を持っているカエサル(皇帝)がやるべきであり、神の国のことが自分の領域である」というような言い方をしていますが、長い目で見ると、このイエスの言葉が、政教分離の根元のところに当たるようにも見えます。
 しかし、彼が、こうした言い方をしたのは、「イエス自身の、政治力というか、政治的立場が現実に弱かった」ということです。
 そのため、教祖自らが捕まり、裁きを受け、強盗殺人犯と一緒に処刑されてしまいます。そのとき、弟子は十人あまりしか残っていませんでした。具体的な活動期間が三年間しかなかったことも考えると、「教団の組織化には成功していなかった」と見てよいでしょう。
 したがって、前述したイエスの言葉は、「そういう事情の下での意見である」ということを知らなければいけません。(中略)
 ユダヤにおける「メシア」は、本当は国を救わなければいけないのですが、結局、ユダヤの国は、イエスの死から四十年後、ローマに完全に滅ぼされてしまいます。そして、ユダヤ民族は、二千年近く全世界を放浪することになりました。
 このように、神の使者を殺害したり、その人の言うことをきかなかったりした場合には、その反作用は、けっこう大きく、民族全体にかかわってくるのです。
 私は、政治・経済等についても、さまざまな提言をしていますが、その方向で努力をしていけば、この国はますます繁栄するでしょうし、その繁栄は、世界をユートピアに導いていく具体的な力となります。
 ところが、私が述べていることを、「戯言(たわごと)である」と思い、聞く耳をまったく持たず、宗教を排撃するような政治家を選んでいると、国難は、さらに厳しいものになってくるでしょう。
(52~55ページ)

ユダヤがローマの属州だった時代背景下、イエスは、「この世のことは、この世において権力を持っているカエサル(ローマ皇帝)がやるべきであり、神の国のことが自分の領域である」というように答えた。

ユダヤにおける「メシア(救世主)」は、本来は国を救わねばならないはずであるが、これは当時、イエス教団がまだ組織化できておらず、イエス自身の政治的立場が非常に弱かった事情のもとでの意見だった。

この神の使者を殺害してしまったユダヤ民族は、国が滅び、二千年近く全世界を放浪することになってしまった──。

イエスさまも、教団がもっと組織化されていて、殺されてしまうほどに政治的立場が弱くなかったとしたら、もっと違うように答えられたのだろうと思います。

いま大川隆法先生は、それこそ自らの生命を惜しまず、「不惜身命」で警世の声を発し続けておられます。

その重大な意味は、同時代ではなかなか理解できずとも、時代が下れば、その決断の重さと勇気の意味が、誰の目にも明らかになるのではないでしょうか。

この国の多数の人々が、この「国師」の言葉に真摯に耳を傾ける時代が、少しでも早く来ますようにと、心よりお祈りしたいと私は思っているのです。

宗教立国の精神 (OR books)

『宗教立国の精神』

 大川隆法著

 

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自分の小さな子供を虐待して、死なせちゃった母親の事件をニュースで見たりするけど、どうしてそんなことしちゃうのかな? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『幸福へのヒント』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 幼児虐待にもいろいろありますが、いちばん多いのは母親のストレスによるものです。
 本来は夫に向けるべきストレスを、夫に向けると暴力が返ってきたり、厳しい言葉の剣が飛んできたりするため、夫に向けることができないような場合には、それを子供に向けるということがよくあります。
 あるいは、姑や舅からの意地悪に対して、ほんとうは何とかしたいのだけれども、姑や舅には敵わないので、そのストレスを子供に向けるということもあります。
 こういうストレスが原因で子供に当たるという場合は多いのですが、はっきり言って、これは八つ当たりです。
 そして、あまり執拗な幼児虐待をしている場合には、霊的作用があると見て間違いありません。そういう母親には、たいていの場合、やはり悪霊の影響があります。
 悪霊が来ると、明らかに人格が変わります。とにかく、物事がすべて悲観的に見え、自分を不幸にしている原因を外部に求めたくなるのです。
 その原因として、いちばん責めやすいのは子供であるため、子供に対して、「おまえがこんなに手間がかかるから、私は不幸なのだ」などと思うようになります。母親を縛り、仕事の邪魔をするもののなかで、子供がいちばん大変なものなので、子供に当たることになるのです。(中略)
 こういう場合には、もっと家庭を明るくする以外にないと思います。家庭を明るくする努力をすることです。
 「悪霊、悪霊」と言って恐れる必要はありません。彼らは、ちょうどゴキブリのようなものであり、よく整理整頓してある、明かりの強い所には出られないのです。ゴキブリが出る所は、いつも台所のゴミためのような所ばかりです。悪霊も、家庭のなかで不平不満がたまっている暗い部分に来るので、その部分を明るくしていかなくてはならないのです。
 そのためには、ご主人をはじめ、家族の理解と協力が非常に大事です。「これはいけない」と思ったならば、みんなで家庭を明るくしていくことです。よく理解してくれる夫、話し相手になってくれる夫がいれば、妻はよくなります。
 また、嫁姑の問題についても、互いに、もっと相手のよい面を見ていく努力をしなくてはなりません。
 たとえば、「お姑さんに、いつもいじめられる」と思っている人は、一度、次のように話してみることです。
 「おかあさん。私が至らない嫁であることはよく分かっていますし、私の欠点もよく分かっています。その点については、今後、努力して改めていきたいと思います。
 ただ、同じ屋根の下で一緒に住んでいるのですから、互いに、ほめ合うような生き方をしたほうが幸福だと思います。私も、おかあさんのことをよく思いたいと思います。
 だから、おかあさんも、私の努力が完成するまで少し待っていただけませんでしょうか。頑張ってみますから、どうか、お時間を下さい」(中略)
 こういう努力をする必要があると思います。
(201~205ページ)

幼児虐待でいちばん多いのは母親のストレスによるものであるが、あまり執拗な幼児虐待をしている場合には、悪霊の影響がある。

こういう場合には、もっと家庭を明るくする努力をすることである。

よく理解してくれる夫、話し相手になってくれる夫であること。嫁姑の問題についても、互いにもっと相手のよい面を見ていく努力をしなくてはならない──。

つまり、悪霊の影響といっても、悪霊がやってくるには「原因」があるわけです。

そして、その原因とは、「家庭のなかで不平不満がたまっている暗い部分」があることだと喝破されています。

だからこそ、その対策として大川隆法先生が説かれるのが、「家庭を明るくする努力をすること」なのだと思います。

そして、嫁と姑の問題についても、こんなふうにやさしく教えていただくと、解決の糸口が見つかる方も多いのではないでしょうか。

家庭に光を。そして多くの家庭がユートピアになっていきますようにと、心より私は願っているのです。

幸福へのヒント―光り輝く家庭をつくるには (OR books) 『幸福へのヒント』

 大川隆法著

 

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旧約聖書の「ノアの方舟(はこぶね)」って、ただの神話じゃないの。ほんとにあった話なのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『「宇宙の法」入門』(幸福の科学出版)で、九次元霊の一人であるエンリルの言葉(「霊言」)を、次のように伝えておられます。

 私は……(約二十秒間の沈黙)、エンリルと申す者です。
 私は、シュメールの文明において、最高神として崇められていた者です。
 私の存在が、おそらくは、現代文明における、宗教対立、紛争等の根源になっていると思います。
 私は、古代のシュメール、今のイラクの南部において、今から五千年ほど前に指導をした者です。そして、天上界に還ってからは、シュメールの人にとっては最高神として、そして、メソポタミア起源の多くの文明においては、「破壊の神」として知られています。
 最も有名なのは何かというと、「ノアの方舟」の大洪水を起こしたのが私エンリルだと、人々には知られております。
 地上人類のわがままと神への不信仰が目に余ったので、地上の人類を滅ぼすべく、大洪水を起こしました。そして、ほとんど、ありとあらゆる町や村を水底に沈めました。
 しかし、われわれの仲間の一人のエンキという者が、預言者的資質を持っていたノアに、大洪水の計画があることを教えてしまったために、彼と彼の家族や、彼が考える残すべきものが、大洪水のあとにも残りました。
 地球レベルで記録されている、さまざまな大災害や津波、地震、ハリケーン、こうしたものは、主として私が中心となって、人類に教訓を与えるべく、歴史上、起こしてきたものです。
(18~20ページ)

エンリルは、古代シュメール(今のイラクの南部)において、今から5000年ほど前に指導者であったが、天上界に還ってからは、メソポタミア起源の多くの文明において「破壊の神」として知られている。

人類のわがままと神への不信仰が目に余ったので、人類を滅ぼすべく、「ノアの方舟」のときの大洪水を起こしたのはエンリルだった。

しかし、エンリルの仲間の一人のエンキが、預言者的資質を持っていたノアに、大洪水の計画があることを教えたことで、彼と彼の家族や、彼が考える残すべきものが、大洪水のあとにも残った──。

9次元霊エンリルはこう霊言しているわけですが、この言葉を、そのまま信じてよいのでしょうか?

そのあたりの事情については、また次の機会に!

「宇宙の法」入門 (OR books) 『「宇宙の法」入門』

 大川隆法著

 

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比べちゃうんだけど、とにかくみんな、いろんな才能あるよね。私って、なんにもできない人生なのかなあ? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『希望の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 人生の比較的早い段階、若い年代で、成功の道を走っているように見える人は、人の目につく才能が出てきやすい面があります。若くして成功の道に入り、成功者の仲間に数えられる人は、頭の回転が速く、とても器用で、機を見るに敏です。そうでなければ、十代や二十代で、「あの人はできる」という評判が立つことはないでしょう。(中略)
 ただ、そういう人にも二種類あって、それ以上に才能が伸びていかない人もいます。
「小器用で頭の回転が速い」という能力があっても、それ以上に才能が伸びていかない人の場合、その人に対する評価が、どこかで逆転していきます。ちょうど、部下を持ちはじめたころから逆転していくのです。
 担当者として自分一人でやっている分には、とにかく仕事ができる人、腕が立つ人が高く評価されます。ところが、部下を持つようになったあたりから、評価基準が変わってくるのです。部下を持ちはじめると、「自分一人の成功」では済まなくなり、「人を使っての成功」ということが必要になるわけです。
 そのため、「人を使える」ということが大事になるのですが、才能のある人は、えてして人を使えません。才能がありすぎると、人を見て、「あいつも駄目、こいつも駄目」と思うので、“使えない人”のほうが多くなってくるのです。
「自分で手仕事風にやらないと、どうしても納得がいかない」という人は、なかなか人に任せられません。「任せられないがゆえに部下が使えない」ということがあるのです。
 逆に、それほど才気走っていない人のほうが、「自分は、そんなに器用ではないので、才能のある人に任せよう」と考えるようになります。「自分は、あまり器用ではない。それほど、早業が使えるわけでもないし、機敏でもない」と思っている人のほうが、むしろ、「機敏な人や才能のある人を見つけて、その人を使っていく」という能力が出てくるのです。
 この辺の見極めは三十歳ぐらいがスタート点です。そのころから最初の転換点が少し出てきます。
 したがって、人を使える人と、そうでない人とは、三十歳ぐらいまでは区別がつきません。両者とも、ある程度、有能であり、序列はついているのですが、その序列がほんとうのものかどうかは、三十歳ぐらいまでは、まだ分からないのです。(中略)
 三十歳を過ぎても、まだ自分が脚光を浴びることに全力を尽くしているような人は、どちらかというと、才能に溺れていく傾向があります。
 その一方で、三十歳あたりから、「どうすれば人に伝えられるか」「どうすれば人に仕事をしてもらえるか」ということを考える頭を持つ人が出てきます。
 そういう人は、それまでは、才気走っていた人の一人ではあったのですが、三十歳前後になると、自分の才気や才能を見せびらかすのを抑えるようになってくるのです。
 それを抑えるためには、ある程度、「自分には、まずまずの能力がある」と自分自身で納得することが必要です。「自分には、どのくらいの能力があるか。自分は、だいたい、どのくらいまでの仕事をなしていけそうか」という、自分の将来に関する自信、達観のようなものが、ある程度、必要なのです。
(218~223ページ)

30歳ぐらいで部下を持ちはじめると、「人を使っての成功」が必要になり、「人を使える」ことが大事になるが、才能のある人は、えてして人を使えない。

逆に、それほど才気走っていない人のほうが、「機敏な人や才能のある人を見つけて、その人を使っていく」という能力が出てくることがある。

そのためには、自分の能力や自分の将来に関する自信、達観のようなものが、ある程度、必要となってくる──。

今日のお教えを私なりに理解し直してみると、こんな感じになるでしょうか。

つまり、まわりに優秀すぎる人がいて、自分がダメなように感じるときは、ほんとうにそうなのかをよく考えて、自分の能力や出してきた成果を客観的に見てみること。

そして、この程度の能力があってこの程度の仕事はできると見極めることができたら、その部分には静かな自信を持ちつつも、それ以上のものではないことを「達観」しなくてはならない。

そのときに、「自分一人の成功」を超えた、「人を使っての成功」という新たな道が開けて来る、と。

こんなふうに考えてみると、今日、大川隆法先生は、仕事という分野における大切な「悟り」の一つを教えて下さったのではないかと、私は思っているのです。

希望の法―光は、ここにある

『希望の法』

  大川隆法著

 

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アトランティスには、飛行船や潜水艦があったっていうけど、大導師・トスが指導してたっていうのに、それじゃ文明の程度があんまし高くなくない? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『アトランティス文明の真相──公開霊言 大導師トス アガシャー大王』(幸福の科学出版)で、古代エジプトではトート神として知られる、その大導師トス自身の言葉(霊言)を、このように伝えておられます。

 当時のアトランティスが全盛であったかどうかは、何とも言えませんが、少なくとも、とても近代化して、レベル的にかなり上がったということは言えると思いますし、レベルが上がったために、宇宙からの訪問者も当時は非常に多かったということが言えると思います。
 あなたがたは、当時のアトランティスに、潜水艦の原理や飛行船の原理があったというように学んでいると思いますが、実際は、それを超えたものもあったのです。けれども、それを言うと、現代的にはなかなか信じてもらえないので、これまで活字にはしていなかったのです。
 当時、宇宙に出て行くシステムを宇宙人と共同開発するところまで、実際は行っていたのです。そういうことは、現代人には、とうてい信じられないことでしょう。「一万年以上も前の人が、人類がこれから向かおうとしているレベルまで行っていた」というのは、ちょっと考えられないことだろうと思います。
 また、原爆や水爆の原理のようなものも、すでにありました。戦争があった場合に、小都市レベルのものが消滅するという現象は、すでに起きていたのです。
 当時でも、アトランティス大陸の外部には、ほかの国もありました。他の大陸には別の民族がいて、ときどき侵略戦争等も現実に起きていたため、やはり、防衛用の兵器というものがあったのです。
 それは、ずばり、今の原爆や水爆と同じものではないのですが、物質をエネルギーに転換する装置と極めて関係のあるやり方で、ある物質が違う物質に変換されるときに出る膨大なエネルギーを利用した兵器であったと思われます。そういう兵器には、相手国の小さな都市や、島の一つぐらいは消滅させてしまうほどの力があったのです。
 さらに、空中から攻撃するというやり方も、当然ありました。
 幸福の科学では、「アトランティスには、飛行船や、シャチのような形の潜水艦があった」ということが説かれていますけれども、実際は、それだけではなく、もう少し進んだものまで持っていたということです。ある意味で、宇宙文明との融合に近いものはあったのではないかと思います。
(24~27ページ)

アトランティスには、飛行船やシャチのような形の潜水艦があっただけではない。

宇宙からの訪問者も当時は非常に多く、宇宙に出て行くシステムを宇宙人と共同開発するところまで行っていた。

原爆や水爆の原理のようなものも、すでにあった──。

古代史ファンにとっても、え、そうなんだ?! という新情報ではないでしょうか。

ということで、この幻の文明の興味尽きない秘史については、また次の機会に!
 

アトランティス文明の真相―大導師トス アガシャー大王 公開霊言 (OR books) 『アトランティス文明の真相』

 大川隆法著

 

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失敗ばっかりなんだよね。なんで私って、こんななの? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『宗教立国の精神』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 何十年かの人生を生きている 間には、幾つかの挫折や失敗は、誰にでもあるでしょう。
 ただ、「それを、単に、自分に対する烙印として、つまり悪しき劣等感のようなものとして刻印するか」、それとも、「そのなかから何かを学んで立ち上がるか」は、その人の選択に委ねられているのです。
 私が説いている教えのなかに、「常勝思考」というものがあります。常勝思考とは、決して、「野球などのスポーツにおいて、必ず百戦百勝する」というような意味ではありません。「いかなる立場において、いかなる結果が出ようとも、必ず、そのなかから、生き筋を見つけていくことが大事である」という教えなのです。
 すなわち、現実に勝利を収めたときは、それによって、慢心し驕ることなく、さらに、「次なる勝利を目指し、謙虚に努力・精進していく」という自分自身の姿をつくり出していかねばなりません。これが、常勝思考の一つの面です。
 もう一つの面は、失敗や挫折に直面したときの対応の仕方です。さまざまな対応の仕方があると思いますが、結論的に述べるならば、「あなたがたの人生にとって、最も効果的であり有益である」と思われる対応の仕方は、失敗のなかから、教訓をつかみ出すことです。自分オリジナルの教訓をつかみ出し、次のチャンスの芽を探し出すことなのです。
 すでに成功したことのなかには、将来の成功の芽は、それほど多くはありません。すでに成功してしまったものについては、「これ以上、どうしたらよいか」が分からないことも多いのですが、失敗のなかからは、次の成功の種が必ず見つかるものなのです。
 人は、失敗することによって、数多くのことを学びます。失敗のなかから、ヒントが生まれます。次のやるべきことが明らかに見えてくるのです。
 この世において、自分を失敗させたり挫折させたりするようなこと、あるいは、不本意だと思うようなことが起きたときには、そのなかから、次の成功の種を丹念に探し出し、それを育て上げていくことが大切です。それが、いつの時代においても、いかなる職業においても、人生を成功させていく方法であるのです。(中略)
 失敗のときは、自分オリジナルのテキストができようとしているときでもあります。自らの「人生の問題集」が、一ページ一ページ、一問一問、明らかにされようとしているのです。
 なぜなら、そのなかに、あなたの次の課題というもの、あるいは、今世の人生の秘密というものが隠されているからです。自分が問題だと思っていることや、今苦しんでいることは、すべて、あなたの魂を伸ばすための教材でもあるわけです。
 そうしたことを肝に銘じ、一つひとつ、教訓をつかみ、自分をさらに伸ばしていかねばなりません。(中略)
 これは、ある意味で、この世的な処世の道ではありますが、このなかにおいて、先ほど述べた「心の法則」は確実に働いています。「あなたの思いそのものが、あなたの未来をつくる」という法則を、実感として、つかみ取ることができたならば、あなたの力は本当に十倍、百倍へと増していくでしょう。
(290~295ページ)

いかなる立場においても、またいかなる結果が出ようとも、そのなかから生き筋を見つけていくことが大事である。

人生にとって最も効果的であり有益であるのは、失敗のなかから自分オリジナルの教訓をつかみ出し、次のチャンスの芽を探し出すことである。

そのなかにおいて、「心の法則」(「あなたの思いそのものが、あなたの未来をつくる」という法則)を、実感としてつかみ取ることができたならば、あなたの力は本当に十倍、百倍へと増していく──。

今日は、なにか失敗して落ち込んでいるあなたに対して、力強いエールを送っておられる大川隆法先生のお教えを、ご紹介してみました!

宗教立国の精神 (OR books) 『宗教立国の精神』

 大川隆法著

 

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悪魔って、地獄に住み着いてるって言うけれど、なんで天上界に還れないのかね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『エクソシスト入門──実録・悪魔との対話』(幸福の科学出版)で、その悪魔のトップであるルシフェルの言葉(霊言)を、質問者Bとの対話の形で、こう紹介しておられます。

B─ そちらに行ったのは、どういうことがきっかけでしょうか。ずいぶん昔にそちらに行ったわけですが、何か理由があったんですよね。
ル─ 理由があったって、おれには分かんないよ。おれは、天国に還れると思ってたから。なんでだろ。おれだって分かんないよ。
B─ あなたは天国に還れると思っていた?
ル─ もちろん。
B─ どうして還れなかったんですか。
ル─ 分からないって!
B─ あなたほどの知恵のある人が分からない?
ル─ 分からない!
B─ でも、推定はできませんか。
ル─ 分からないから、腹立ってるよ。
B─ ずーっと分からないままですか。
ル─ おれは、神様っていうのが、ほんと分かんねえな。「三次元で幸せになれ」って言ったのは神様じゃないのか。分かんねえよ。
B─ 神様は「三次元で幸せになれ」とおっしゃったんですか。
ル─ 言ったよ。この地上を祝福した。「この地上で繁栄しろ」って言った。おれは繁栄した。なんでだよ。おれは、なぜ天国に還してもらえなかったのか分かんないよ。
B─ この地上だけで繁栄した?
ル─ そらあ、まあ、繁栄するために、確かに、犠牲にした人間も多いよ。殺したよ。でも、おれの王国は繁栄した。なのに、なんでだよ。
B─ その殺された人たちの思いは何か関係がありますか。
ル─ …………。
B─ あなたに苦しめられた人たちの思いは関係がありますか。
ル─ ……だけど、それを言うんだったら、ヘルメスだって人は殺してるぞ。なぜ、ヘルメスは神で、おれは駄目だったんだ。分からない。
B─ 「この世的な繁栄だけでなく、あの世に還ってから幸福になることを併せて考える」ということはなかったんですか。
ル─ ……おれだって、考えなくはなかった。でも、還れなかったから、おれは、新しい世界をつくった。
 おれは、自分の王国は繁栄してると思っている。いまだに繁栄していると思っている。その証拠に、三次元をきっかけにして、おれのところに来るやつは、いっぱいいる。望んで来ている。喜んで来てるぞ。
B─ 地獄にいる人たちは、みなさん、ずっと喜んでおられますか。
ル─ 三次元と同じ生活をしようとしてるな。
B─ 例えば、地獄に堕ちて悪魔のようなかたちになった人で、天国に還った人はいませんか。
ル─ おまえ、ばかな質問するなよ。おれたちは決別したんだ。なんで天国になんか還るんだよ。ばかな質問するな。
B─ 還った人はいないんですか。
ル─ 必要ない! 還る必要がないから、こっちで、新しい世界つくったんだろ!
B─ そのなかで暮らしていることは幸福ですか。
ル─ おれたちは幸福だね。
B─ でも、苦しんでいる方々もいらっしゃいますよね。
ル─ おれは苦しんでないぞ。
B─ 幸せですか。
ル─ まあ、それなりに頑張っているよ。フフフフフ。
B─ ではその……。
ル─ ハッハッハッハッハッハ。(笑い声が続き、最後に大きく息を吸う)
(122~127ページ)

この霊言では、地獄の価値観というのがいったいどういうものか、いかに天上界の愛の思いとかけ離れているかが、とても生々しい言葉でクリアに語られていると思います。

こういう考え方を見せつけられると、私たちのめざしている「仏国土ユートピア」が、いかに素晴らしい世界であるかが、改めて、しみじみと分かる気がしてきます。

前回に続いて、悪魔(サタン)の考え方の一端を、今日はご紹介してみました!

エクソシスト入門 (OR books) 『エクソシスト入門』

 大川隆法著

 

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リストラって、流行ってるよね。でも、どういう人がリストラにあっちゃうのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『不況に打ち克つ仕事法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 リストラに遭うような社員は、例えば、お客様と接するようなセクションにいる場合、たいてい、お客様の気持ちが分かりません。そういう人は、社内の同じ課や部で働くほかの人の気持ちも分かりませんし、上司の気持ちも分かりません。当然、社長の気持ちなど分かるはずもありません。
 このように、まったく他人の気持ちが分からない人というのは、基本的にエゴイストだということです。「自己中」という言葉がありますが、まさしく、自分のことしか考えていないわけです。
 そういう人は、基本的に、「一日をどう過ごせれば自分が楽しいか」ということを中心に物事を考えていて、会社への貢献とか、お客様へのサービスとかいうことを、言葉では言っていても、心では信じていないのです。
 つまり、「お客様にサービスしたい」という心からの気持ちなどは持っておらず、会社がそう言っているから、おうむ返しに言っているだけで、現実には、やっていなかったり、やったとしても心がこもっていなかったりします。
 心から会社の発展を考え、上司のサポートをしようと思って仕事をしているのか。それとも、たまたま、その人の部下になったので、しかたなく過ごしているのか。そのあたりの違いが不況時には明らかに出てきます。これを知らなければいけません。
 駄目社員というのは、一般的にエゴイストです。ところが、本人は、自分がエゴイストであることに気づいていないことが多いのです。たいてい、「これが普通でしょう」「人間は、こんなものではないでしょうか」「私は普通の人間として生きているだけで、何も悪いことはしていません」などと思っています。
 常に自分中心に物事が回っていて、「とにかく、無事に毎日が過ごせたらよい」という気持ちを持っていることが多く、「組織においては、自分一人以上の力を成果として出さなければいけないのだ」というところまで頭が回っていないのです。
 しかし、そういう「プラスアルファ」を生み出さなければ、会社は景気の変動に耐えられなくなります。「プラスアルファ」が出てくるからこそ、景気が悪くなったときでもクビを切らずに、会社は持ちこたえることができるのです。人数を足し合わせた分だけの成果しか出せないならば、景気が悪くなると、とたんに会社が傾いてくることになるわけです。(中略)
 組織というのは「人間の集まり」ではありますが、いわゆる「法人」と呼ばれるように、一定の経営理念を持って活動していると、一つの生き物のような動きをし始めます。一つの生き物として、生命体として、必ず生き残ろうとし、「どうしたら生き残れるか」ということを考えるようになります。(中略)
 したがって、非常に忌まわしい言い方かもしれませんが、会社が赤字で傾いた危機のときに、リストラされ、削減される人というのは、病気にたとえるならば、「体のなかにできた病巣部分」と見られたということです。(中略)
 これは誰がやってもそうなります。上にいる人が、善人であろうと、悪人であろうと、「長」と名の付く人が上に座れば、あるいは、上に座って「長」という名が付けば、必ず同じようなことをしなければならなくなるのです。これを知らなければいけません。
(29~34ページ)

会社の危機のときにリストラされる人というのは、病気にたとえれば、会社という体のなかにできた病巣部分と見られたということであって、これは誰がやってもそうなる。

リストラに遭いやすい社員は、他人の気持ちが分からない人だが、そういう人は、基本的に自分が中心で、会社への貢献とか、お客様へのサービスとかいうことを信じていない。

そういうダメ社員は、自分がエゴイストであることに気づいていないことが多い──。

大川隆法先生は、リストラに遭いやすい人に限って、自分がまさかそういう社員だとは思っていないことが多いことを、淡々と指摘しておられます。

そこで学べることは、何でしょうか?

このリストラに遭いやすい人を反面教師として、その逆の自分になること。

そうすれば、どんな不況のときにでも必要とされる社員になれるのだと私は思っているのです。

不況に打ち克つ仕事法 リストラ予備軍への警告 『不況に打ち克つ仕事法』

 大川隆法著

 

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寿命もどんどん伸びてるし、これからますます高齢化社会でしょ。でも、年金は破綻しそうだし、未来の日本って、どうなっていくの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『ドラッカー霊言による「国家と経営」』(幸福の科学出版)で、ドラッカー自身の霊の言葉(「霊言」)を、次のように伝えておられます。

 今の高齢者には、七十歳を超えて、八十歳以上の人であっても、働ける人は、いることはいるので、「そういう人たちを、どのように、うまく使うか」というマネジメントはありうるし、そういう「高齢マネジメント」を発明しないと、今後の社会は幸福にならないんですよ。
 私は九十五歳ぐらいで亡くなりました。まあ、最後は、さすがに少し人気がなくなって、あまり客が来なくなりましたが、八十代ぐらいのときでしたら、やはり、大学で授業をしても、まだまだ人気はあったし、企業へのアドバイスを求めて、相談に来る人もたくさんいました。
 このように、私は、八十代でも仕事をしていましたし、九十代のときにも、まあ、以前より減りはしましたけれども、少しは仕事をしていましたので、「九十五歳ぐらいまで現役で働くことは可能である」と考えています。
 そして、「八十代ぐらいでも、まだ大学の教壇に立てる」ということを実証した、そのもとにあるものは何かというと、やはり、「知識がある」ということです。
 私は、「知識のベースがあれば、年を取っても仕事は可能である」ということを実証した一人だと思うのです。
 私の場合は、そういう「知識ベースのマネジメント」かもしれませんが、先に霊言が出た松下幸之助さんなどは、「経験ベースのマネジメント」ですね。経験というものを教訓に変え、それを語り尽くせば、やはり、年齢が高い人、長く生きた人ほど、経験をたくさん持っているので、教えることが増えてきます。
 経験か知識か、そのどちらかをベースにした職業のクリエイション(創造)に成功すれば、高齢者マーケットは開けますね。(中略)
 先ほど言った、九回ツーアウトのときにだけ出てくるような投手というのは、本当に半端な使い方しかできません。それでも、何球か投げるだけで十分に食べていける人たちなのです。
 それは、言ってみれば、一日のうち、一定の時間しか働けないような人でしょうか。「一日のうち、一時間か二時間しか働けません」とか、「三時間しか働けません」とか、「週のうち、一日か二日しか働けません」という人もいると思うんですよ。
 あるいは、「病気がちなので、普段は休んでいなくてはいけないのですが、三日に一回ぐらいなら働けます」などという人はいると思うんですね。
 こういう人たちにも、やはり、職業をつくってあげて、こういう人たちが訓練によって成果をあげる方法を、編み出さなければいけないんですね。
 これが未来社会なのです。
 これを上手にやれば、すなわち、このマネジメント教育をうまく発明できれば、日本の政府がやろうとしている、「大きな政府による福祉国家構想に基づく、高負担・高納税スタイルの全体主義的統一国家型政策」などは、してくれなくても結構なのです。
 打者一人を打ち取るだけでも食べていける人をつくったら、彼らも、すき焼きにありつけるようになるのですね。
(96~101ページ)

「高齢マネジメント」を発明しないと、今後の社会は幸福にならない。経験か知識かをベースにした職業の創造に成功すれば、高齢者マーケットは開ける。

1日のうち一定の時間、週のうち1日か2日、あるいは3日に1回ぐらいしか働けないような人に職業をつくり、訓練によって成果をあげる方法を、編み出さなければいけない。

このマネジメント教育をうまく発明できれば、「大きな政府による福祉国家」は不要になる──。

天上界におられるドラッカーは、このように、「高齢マネジメント」の発明を提言しているわけです。

ドラッカーのこの言葉に従って、新しい事業を自分が創造してみようと考えた人?

そんなあなたこそが、日本の未来を切り開く、真の偉人である。

そう私は思っているのです。

ドラッカー霊言による「国家と経営」 (OR books) 『ドラッカー霊言による「国家と経営」』

 大川隆法著

 

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さわやかに生きるための条件を、ちょっと前に2つ教えてもらったよ。でもその続き、どうなってるのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『感化力』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 三番目には、「ある意味で、自分の生命を有限なものとして、また別な意味では、無限なものとして悟っていること」を挙げています。
 やや禅問答のような説明ですが、「生命が有限である」とは、要するに、「いま生きている人間は、早い人は数年以内に、遅い人でも何十年か先には地上を去る」ということです。(中略)
 しかし、幸福の科学は、死んだあとには来世があることを保証しています。やがては地上を去らなくてはならない以上、「人々の心のなかに、何かさわやかなものを遺していきたい」と思うのが当然ではないでしょうか。
 人にはそれぞれの顔があるように、心もそれぞれであり、来世において、行く世界は違います。まったく同じ世界に行く人は非常に少なく、たとえば千人の人がいたとすれば、そのうちの、ほんの数名が、もしかすると、近い世界に還るかもしれないという程度です。あとの人たちは別々の世界に行ってしまい、会うことは、ほとんどないのです。
 そう考えると、何かの縁で出会った人に対して、「五月の風のように新鮮でさわやかな印象を与えたい」という気持ちを持つことは当然なのです。(中略)
 一方、「生命が無限である」とは、「人生は、幾らでも、やり直しがきく」という意味です。これは非常に大きな愛なのです。
 死後、来世で地獄に堕ちるのは辛いことであり、怖いことだと思います。しかし、「地獄に堕ちても、魂を消滅させられることがない」というのは、ありがたいことです。落第をしても、頑張ってまた勉強すれば、及第することもあるわけです。
 地獄に堕ちると魂を消滅させられるのでは大変です。それでは、長い転生輪廻の過程で、ほとんどの人は魂が消滅してしまうでしょう。
 地獄に堕ちるのは辛いことですが、別の見方をすれば、合格点を取れずに落第したことが、はっきりしているのに、それでもまだ生かしておいてもらえるのです。しかも、地獄で何百年か修行すれば、天国へ還ることができます。そして、もう一度、地上に生まれ変わらせてもらえます。これほどありがたいことはありません。(中略)
 悪しきカルマ(業)の刈り取りをするために、過去世で魂的に何か問題をつくった相手と、同じ時代、同じ地域に生まれることもよくあります。身内であったり、友人であったり、出会い方はいろいろですが、かつては敵同士だったような人と、地上でまた出会うことが多いのです。
 このように、やり直しのチャンスを何度も与えてもらっているわけです。
「無限にやり直しがきく」ということも、さわやかに潔く生きることにつながります。「一回きりの人生であって、取り返しがつかない」と思えば、じたばたと見苦しい生き方をするかもしれませんが、もう一回、さらには、二回、三回、四回、五回、六回……と、やり直すチャンスは何度もあるのです。
 世間には、転生輪廻を単なる苦痛としてのみ考える見方もありますが、「これほど失敗ばかりしているのに、魂を消滅させられることなく生かしておいてもらっている。ありがたいことだ」と達観することも大事です。
 そういう気持ちを持っていると、さわやかに生きざるをえなくなるのです。
(241~245ページ)

三番目には、自分の生命を有限なものとして、また別な意味では、無限なものとして悟っていること。

つまり、早ければ数年以内、遅くとも何十年か先には地上を去ることになっているのだから、何かの縁で出会った人に対して、「五月の風のように新鮮でさわやかな印象を与えたい」という気持ちを持って当然である。

一方で、来世で地獄に堕ちたとしても、魂は消滅させられず、何百年かの修行で天国へ還ることができ、もう一度、地上に生まれ変わらせてもらえる。やり直しのチャンスを何度も与えてもらっている。これにありがたいという気持ちを持っていると、さわやかに生きざるをえなくなる──。

うーん、今回の教えは、ちょっと高度だったかもしれません。

でも、結局は、さわやかに生きるというのは、一つの人生の悟りでもあるのだと私は思っているのです。

感化力―スキルの先にあるリーダーシップ (OR books) 『感化力』

大川隆法著

 

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宇宙人関係の霊言とかで、「宇宙の法」がものすごいスピードで、たくさん説かれ始めてるんだってね。これって、そんなに大事なものなの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『「宇宙の法」入門』(幸福の科学出版)で、儒教の祖である孔子の言葉(「霊言」)を、次のように伝えておられます。

 孔子です。中国に生まれ、儒教の祖となっておりますが、今、私の仕事の一つとして、宇宙からの移住、および、地球人類の創成にもかかわっております。(中略)
 今、七十億人近い人類が住んでいて、百億人に近づいていこうとしております。
 かつて、これだけの数の魂が地上で人間として生活したことはございませんので、こうなるには、新たに魂を創成するか、他の所から招聘するか、どちらかしかございません。
 まあ、その意味において、私どもは、人型の人類、人間型人類ではなくとも、文明レベルとして一定のレベルに達している所からの移住を、要するに、肉体を有している範囲内では、宇宙技術を持っている種族の移住を、ある程度、受け入れております。
 なぜなら、地球は、ちょうど、宇宙に出ていける時期に当たっており、地球の進化に資するものと考えているからです。
 ですから、今のところ「人類百億計画」まで立てているのは私です。(中略)
 好戦種の宇宙人もかなり入っていることは事実でありますけれども、彼らに、「秩序」や「調和」、「礼・智・信・義・勇」を教え、「徳」を持たせることを、私自身は文明化と心得ております。武器を取らずして人を導く法を理解させ、習得させることこそ、人類の進化と考えております。(中略)
 宇宙には、地球以上に進化した星は、まだまだあります。科学技術において地球より進化している星がすでにあることは、地球に来ている宇宙人がいることから見て明らかです。
 数百年ほど進んでいるものから、千年、二千年も進んでいるものまであることは、分かってはいるんですけれども、それとは違った意味において、(中略)「魂の教育的なところでのレベルの高下は存在する」というふうに私は思っております。
 地球という星は、科学技術においては長らく劣ってはいたのですけれども、(中略)一方、文化的、思想的なものにおいては非常に優れたものがあって、科学技術が優れた他の星よりも、例えば宗教や政治においては優れたものも持っております。そのため、「科学技術が進んだ他の星の人であっても、地球に移り住むことによって、政治や宗教、文化等を学ぶことはできる」ということがあります。(中略)
 この二百年ほど、特に科学技術中心の文明の発展が行われてきているんですが、それは一種のマジックのようなものであって、魔法のように見えていても、やがて人々はそれに慣れてまいります。そのときに、新たな「魂の発展の形態」を求めると思います。
 アメリカが、そしてニューヨークが、「人種のるつぼ」とも言われてきておりますけれども、宇宙そのものが、実は、もっともっと数多くの人種のるつぼであって、地球もまた、“数多くの宇宙人のるつぼ”と化してきております。(中略)
 人類は、今、医学、生物学等の進化により、新しく人類の複製をつくれる段階まで来ようとしております。さらに、宇宙にも出ていける段階が来ており、地球外生命体とかなり近いところまで、今、急速に進化を遂げてきつつあると思います。
 その意味において、これから、「宇宙の法」というものが非常に大事になってくるでありましょう。
(44~56ページ)

「宇宙の法」が説かれ始めた最初の最初である、2010年の元旦。

大川隆法先生が、「宇宙の法」について話をしたい者は出てくるように、として呼び出されたとき、九次元霊エンリルに続いて登場したのが、やはり九次元霊の孔子でした。

その霊言が活字に起こされて、この書籍として出された直後に読んだときは、何を言っておられるのかよくわからなかったことを覚えています。

そして、それから10年がすぎ、数多くの「宇宙人リーディング」や「UFOリーディング」が積み重ねられ、「宇宙の法」の輪郭らしきものが見えてきた今、読み返してみると。

なるほど、そういうことを語っておられたんだと、改めて腑に落ちる感じが私はしているんですが、さてさて、みなさんはどうお感じでしょうか?

「宇宙の法」入門 (OR books)

『「宇宙の法」入門』

 大川隆法著

 

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挫折なんてやだよ。失敗なんてしたくないよ。苦しいこと、いやだよ。でも、なんで次々にそんなことが起きるのよ? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『常勝思考』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 みなさんの人生の途上において、挫折、失敗、苦難というものが出てくることがあるでしょう。しかし、大きな人生修行の目的というものを考えたときに、はたしてみなさんは、それを避けて通ればすむのでしょうか。これを考えていただきたいのです。そうした苦難や困難を避けるために、この世に生まれてきたのでしょうか。この問いに答えなければいけないと思うわけです。
 人生の目的を考えてみたとき、実際はそうではないことがわかるでしょう。何百年か、あるいは何千年かに一度、この地上に肉体を持つ理由は、今世、この地上において、新たな環境で、さまざまな人びとに囲まれて、新たな魂修行をしようということなのです。その魂修行のなかには、決して、よいことばかりがあるのではありません。それを当然の前提として、この地上に生まれ出てきているはずです。
 この世に生まれてきたということは、ものごとがスイスイとうまくいくということばかりが前提になっているわけではなく、いろいろな経験を積み、いろいろな紆余曲折を経ながら、人格が一段と大きくなり、底光りしてくることを目的としているのです。そうした大きな人生の目的というものを中心に考えてみると、この世の苦難や困難といわれるものの正体は、実は違ったものに見えてくるはずです。これが、常勝思考という考え方の立脚点なのです。
 「人間が永遠の生命を持ち、転生輪廻をしている」という前提に立ったとき、みなさんは、この現象界の事件、あるいは経験というものを、違った観点から見ることができるはずであり、それは自分に対する大いなる糧となる経験のはずです。これが常勝思考という考え方の立脚点です。
 「あらゆる知恵や技術、発想を総動員して、みずからの前に立ちはだかっている困難に、どのように対処していくか。そして、対処する過程で得たものを、いかに魂の力としていくか」――これこそが勝負の眼目であるわけです。
 したがって、私たちは決して、現実の問題を否定し、それから遠ざかることのみを、よしとはしていません。それは、「人生は一冊の問題集である」という幸福の科学の教えにも表わされています。幸福の科学では、「人生は一冊の問題集であり、その問題集は、各人が努力して解かねばならないものだ」と説いています。みなさん一人ひとりが問題集を持っていて、その問題集は自分で解かなければならないのです。
 常勝思考を学ぼうとしている以上、やはり、このことは前提条件であると思っていただきたいのです。「自分の問題集は自分で解かなければならない。自分の問題集を解いたうえで、あるいは解きながら、次に、他の人への導きを考えていく。さらには、他の人への導きということだけではなくて、もっと積極的な、大きな事業も起こしていく」――このように常勝思考の考え方の枠組みは出来ているわけです。
(194~196ページ)

「人間が永遠の生命を持ち、転生輪廻をしている」という前提に立つならば、何百年か、あるいは何千年かに一度、この地上に肉体を持つ理由は、今世、この地上の新たな環境において、さまざまな人びとに囲まれて、新たな魂修行をするということである。

人生は、いろいろな経験を積み、いろいろな紆余曲折を経ながら、人格が一段と大きくなり、底光りしてくることを目的としているから、挫折、失敗、苦難を避けて通ればすむのではなく、それは、大いなる糧となる経験のはずである。

幸福の科学では、「人生は一冊の問題集であり、その問題集は、各人が努力して解かねばならないものだ」と説いているという意味は、ここにある──。

ここまで丁寧に教えていただくと、今日は余計な解説はいらない気がしています。

要するに、このような考え方を基礎にして、大川隆法先生は、順境のときも逆境のときも勝利していく道、「常勝思考」を説いておられる。

その意味が、改めてとてもよく分かった気が私はしているのです。

常勝思考―人生に敗北などないのだ。 (OR books) 『常勝思考』

 大川隆法著

 

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前回、創価学会の池田大作名誉会長の守護霊の霊言を、ご紹介しました。

今日は、その第二弾になります。

幸福の科学の大川隆法先生は、『宗教イノベーションの時代』(幸福の科学出版)で、創価学会の池田大作名誉会長の守護霊の言葉(「霊言」)を、司会者との対談の形で、次のように伝えておられます。

池田大作守護霊 創価学会っちゅうのは、宗教じゃないんだよ、君。宗教法人格はもらったけどさ、宗教じゃないんだよ。
司会 では、何ですか。
池田大作守護霊 もともとは外護団体なんだよ。日蓮宗の一つである、大石寺を中心とする日蓮正宗を、正統派の日蓮宗として押し広げるためにつくられた外護団体だから、もともと宗教ではない。だけど、すでに大きくなり、既成事実として、大勢の人が働いているもんだからさ、宗教にせざるをえないじゃないか。まあ、しかたないじゃないか。な? そういうことで、宗教法人にはなったけど、わしは、これは宗教じゃないと思うよ。
司会 そうしますと、信者の幸せとは何なのでしょうか。
池田大作守護霊 幸せは得てるんじゃない? なんか、元気になる力があるんだよ。何ちゅうの? 君ら、あれ、何ていうんだろうね、あのー、バイアグラだ。(中略)なんか、飲むと急に元気になってくるようなものがあるじゃないか。な?
司会 それは、勤行のなかにあるということですか。それとも活動のなかに?
池田大作守護霊 まあ、両方だな。「南無妙法蓮華経」を唱えているうちに、なんか、陶酔感を味わえて、この世の憂さ晴らしができるんだな。あと、実際に選挙で戦って勝ったりすると、それは喜びだ。あんたらは一勝も挙げてないから、お気の毒様だけどさあ、一人でも当選したら、陶酔するで。それで、憂さ晴らしが、いろいろできるようになるよ。まあ、これから経験すると思うけどさ。
 ただ、まあ、すべては虚しいぜ。
司会 虚しいですか。
池田大作守護霊 結局は虚しいわ。うん。(中略)最後は、もう、ほんと、“関ヶ原のあと”みたいになるからさ。(中略)すべてが虚しい。おそらく、政治のところは消えると思うけど、宗教のところも消えると思うよ。
 今、友人葬をやったり、あなたが言うように模刻本尊をやったり、にわか僧侶みたいなのをやったり、いろいろやり始めてるけど、インチキだよな、はっきり言やな。こんなものは、いずれ、風化してしまうのは分かってる。わしが死んだら、二十年以内に、この団体はなくなるよ。
司会 これだけ大きな団体がなくなるということは、どういう……。
池田大作守護霊 なくなる、なくなる。社会的使命がなくなったら、なくなるよ。
司会 もうすでに現状では……。
池田大作守護霊 今はギリギリもってる。わしが生きている間はもってる。だから、わしが植物人間になっても、おそらく生かすだろうよ。慶應病院は、「まだ元気でやっております」と言って、わしと会わせないようにし、植物人間にしてでも延命させると思う。
司会 信者の方々は、今、どう思っておられるのでしょうか。
池田大作守護霊 信者? 信者は、若い人を中心に、だんだん離れていってるんじゃないかな。
司会 離れて、どのへんに行っているのでしょうか。
池田大作守護霊 どこに行ってるのかは知らんけど、もう年寄りばっかりだ。
司会 そうですか。
池田大作守護霊 うーん、年寄りばっかりだね。あと、選挙をやってるから、信者と言えるかどうかも分かんないしな。まあ、活動してるのは三分の一ぐらい。三分の一は、よその宗教のと変わらない状態。三分の一は、“幽霊”だ。うんうん。
司会 信者の方々は、どういうところに宗教的使命を感じておられるのでしょうか。
池田大作守護霊 うーん。もう、ほとんど、ないんじゃないかな、今は。
司会 ないのですか。
池田大作守護霊 うん。今は、池田大作を護ることぐらいしか思ってないんじゃないかな。だから、生きてる間は、義理があるから頑張ると思うけど、死にゃあ、もう、義理はないからね。
(321~325ページ)

まだ生きている方の「守護霊」が、その方の本音を公の場で率直に語って、それが一般書籍として刊行されるという奇跡が、いま起きているわけです。

やはり創価学会の方にとっては、納得できないことも語られているとは思うのですが、今日、ご紹介したのも、前回と同様に、かなり長時間にわたった霊言のほんの一部です。

繰り返しになりますけれど、本物なのかどうかと気になる方は、この一部だけでなく、ぜひ本書の全編を一読した上で、判断していただければと私は思っているのです。

宗教イノベーションの時代 (目からウロコの宗教選び 2) 『宗教イノベーションの時代』

 大川隆法著

 

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