ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



共産主義的ユートピア思想って、間違ってるのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『宗教立国の精神』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 マルクス主義者たちは、革命のために暴力を使うことを肯定し、「銃口から革命が生まれる」などと言っています。
 つまり、彼らは、「反対する者は処刑したり殺したりすればよい。そうして一党独裁体制をつくり、自分たちの理論どおりに政治をすれば、結果的には平等な社会ができる。党のエリートだけで支配すれば、理想的な国ができるのだ。それがユートピアである」と考えたわけですが、現実は、そうはなりませんでした。
 ユートピアというのは、本当は、次のようなものなのです。
 「一人ひとりが、『神の子、仏の子としての本質を持っている』ということを信じ、そのダイヤモンドのような神性、仏性を輝かせていく。
 また、それぞれの人が、自分の才能に合ったところ(適材適所)で、見事に発展・繁栄をしていく。そして、個人として才能を伸ばすとともに、会社や社会、国家など、全体としても大を成していく」
 実は、こうした繁栄のなかにこそ、神の栄光、仏の祝福が得られるのであり、このような世界こそが、本当の意味における、地上ユートピアであるのです。(中略)
 共産主義的ユートピア思想の間違いの根本は、やはり、「結果平等を最終的に目指した」というところにあります。
 もちろん、チャンス(機会)の平等は構いません。
 例えば、「選挙というものがあり、学歴や家柄、収入等に関係なく、誰もが一人一票を与えられている」ということは、政治参加におけるチャンスの平等でしょう。「どのような国をつくるか」ということが、国民に委ねられているわけであり、非常にありがたいことです。
 ゆえに、チャンスの平等がある国はよい国であると思います。
 ただ、「結果をすべて同じにする、すなわち、努力した者も努力しなかった者も同じように扱う」というのは困ります。
 この表れの一つが、「差をつけてはいけない」という考えです。
 例えば、最近では、運動会をすると、「一番から五番まで全員一等賞にする」とか、そういう幼稚園などもあるようです。
 こういうことを始めたら、「努力をしても、しなくても、結局、同じだ」という世界になります。子供心にも、「一番から五番までいたのに、全員が一等賞というのは、おかしいな」と思うことでしょう。
 あるいは、会社であれば、企業努力をして発展し、黒字で税金を納めるような立派な会社もあれば、放漫経営をして倒産し、救済を受けるような会社もあります。この差はかなりあります。
 この結果を、平等に扱うわけにはいきません。社会的評価や名声等が、それなりに違うものにならなければいけないでしょう。
 やはり、結果平等を目指すのではなく、チャンスをできるだけ平等に与え、いろいろな人が自己実現していける国をつくることが大事です。
(56~60ページ)

マルクス主義者たちは、革命のために暴力を使うことを肯定し、一党独裁体制で自分たちの理論どおりに政治をすれば、平等な社会ができ理想的なユートピアができると考えたが、現実にはそうならなかった。

ユートピアは、「一人ひとりが、神の子、仏の子としての本質を持っている」と信じ、そのダイヤモンドの神性・仏性を輝かせ、適材適所で発展・繁栄し、全体としても大を成していくところにできる。

共産主義的ユートピア思想の間違いの根本は、チャンス(機会)の平等でなく、結果平等を最終的に目指したところにある――。

マルクス自身の霊言が公開されたことで、すでにその思想の根本的誤りは疑う余地なく明らかになっているのではないかと思えます。

それを大川隆法先生は、ここで改めて解き明かしてくださっているのではないでしょうか。

いずれにしても、今後もまた機会を見つけて、マルクス主義や共産主義思想の問題点に関する大川隆法先生のお教えをご紹介していきたいと私は思っているのです。
 

宗教立国の精神

『宗教立国の精神』

 大川隆法著


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英語って、いま大事だよね。英語の勉強、もっとしなきゃって思うんだけど、その先の目標として、英語の達人になるには、どうしたらいいのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『英語界の巨人・斎藤秀三郎が伝授する 英語達人への道』(幸福の科学出版)のまえがきで、こう説いておられます。

 先人、しかも達人の話に耳を傾けることは、時代を超えた喜びであり、幸福である。
 本書に登場する斎藤秀三郎氏も、海外に留学することもなく、「英和」や「和英」の辞典を書かれた明治・大正期の英語学界の巨人である。その猛勉強ぶりはすさまじく、娘の結婚式に出てくれるとは誰も信じなかったほどだという。
 私自身も勉強と仕事に何十年も打ち込んで、親の死に目にも会えず、兄弟や親戚の葬式にも出なかった。というよりも、「来るはずもないので、知らせる必要もない。」と、ことごとく遺言されていた始末である。これが本の出版点数で世界ギネス記録を持つ男の隠された正体でもある。
 今、私は、世界各地で英語で説法し、TVなどでも生中継され、説法そのものが英語の本で出版されている。英語の専門家ではないので市販はしていないが、教団内では、英語の参考書も百数十冊書いている。本書は、「使える英語」を求め続けてきた、こんな私にとっても、インスピレーションを与え続けてくれる一冊である。
(1~2ページ)

本の出版点数で世界記録を持つだけでなく、世界各地に巡錫(じゅんしゃく)して原稿もなしに英語で説法し、その説法の模様がTVで生中継され、その内容が英語書籍として出版までされている、大川隆法先生。

この英語の達人に対してさえ、インスピレーションを与え続けてくれる一冊。

これはもう、英語の世界で自分を生かしていこうと考えている人にとって、必読必携の書籍ではないかと改めて私は思っているのです。
 

英語界の巨人・斎藤秀三郎が伝授する 英語達人への道 公開霊言シリーズ

『英語界の巨人・斎藤秀三郎が伝授する 英語達人への道』

 大川隆法著


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私って、過去があるんだけど、ウソ言ってるのよね。バレそうで、怖いのよね。どうしたらいいの? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『「幸福になれない」症候群』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 悩みの根源は、結局、「自分が隠したい部分をウソで塗り固めないと、プラス・マイナス・ゼロに戻らない」という感覚です。
 過去のマイナス部分を充分に打ち消すことができるだけの、はるかに大きなプラス部分があれば、マイナス部分をそれほど気にすることもなくなるでしょう。しかし、そうしたプラス部分がなく、マイナス部分が気になってしかたがないために、「なんとかして蓋をしたい」と考えるのです。
 そうした人にかぎって、まわりの人から、そのウソを見破られやすいものです。なぜなら、一日中そのことを気にしているからです。
 こうした人に対して、私は「自分の過去を人に知られようと知られまいと、どうでもよいのではありませんか」と言いたいのです。それよりも、現在のあなたがどれだけ素晴らしいかが大切なのではないでしょうか。(中略)
 環境に恵まれず、充分な学歴を得られなかったとしても、社会に出たあと勉強する機会はなかったのでしょうか。それをよく考えていただきたいのです。
 社会に出てからでも、勉強する機会はいくらでもあったはずです。専門技能や特殊技能の国家試験も数多くあります。目の前には、さまざまなチャンスが転がっているのです。
 そうしたものにトライしたことが、はたしてあったでしょうか。なんら積極的にトライせず、「自分はあのとき、ああだったから」という自己弁護ばかりをしてきたのではないでしょうか。
 過去を打ち消し、過去の穴や溝を埋めるためには、過去を言い訳にするのではなく、素晴らしい未来を開くことです。知的な面でコンプレックスのある人は、知的な面で自信をつける以外に方法はないのです。努力して、何らかの客観的な自信をつけていくことです。(中略)
 肉体的な欠陥を持っている人もいるでしょう。外見で明らかに分かる肉体的欠陥のある人もいれば、人には分からない欠陥に悩んでいる人もいるでしょう。
 そうした人は、それが努力によってカバーできるものであれば、そうしていくことが大切ですが、努力してもどうにもならないものである場合には、あきらめて、ほかの部分で自分を伸ばす工夫をしていく以外にないのです。
(139~142ページ)

悩みの根源は、自分が隠したい部分をウソで塗り固めないと、プラス・マイナス・ゼロに戻らないという感覚である。

しかし、自分の過去を人に知られようと知られまいと、どうでもよい。それよりも、現在のあなたがどれだけ素晴らしいかが大切である。

過去を打ち消し、過去の穴や溝を埋めるためには、過去を言い訳にするのではなく、努力して、何らかの客観的な自信をつけていき、素晴らしい未来を開くことである――。

過去そのものは、いまどうしようもないわけです。

だからこそ、目線を未来に向けて、いま自分ができる努力を重ねていくことの大切さ。

それを、大川隆法先生は、やさしい言葉で教えて下さっているのだと改めて私は思っているのです。
 

「幸福になれない」症候群―グッドバイネクラ人生 (OR books)

『「幸福になれない」症候群』

 大川隆法著


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宇宙人がいろいろ出てきてるみたいだけど、木星人って、いるのかな? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『宇宙からの使者』(幸福の科学出版)で、公開霊言の一種として、眼前に座る人の魂の奥底をリーディングして、そこに眠る木星人の意識に自らの口を通して霊言させるという形で、このように伝えておられます。

木星人 いや、木星の衛星なんだ。(中略)ええ。エウロパから来たんです。
司会 いつごろ、いらっしゃいましたか。
木星人 うーん。時間は、よくは分からないけれども……。うーん。うーん。いや、ムーもアトランティスも知っているから、それより前であることは間違いないな。うん。南極が暖かかったころだと思う。南極が暖かくて、穀物が穫れたころだ。そのころに来た。(中略)うーん。十五万年以上前かなあ。(中略)
司会 どのような目的で、地球にいらっしゃったのですか。(中略)
木星人 うーん。わしの星はだな、ちょっと寒いんだよ。うん。だから、もう少し暖かい所に住みたくてなあ。(中略)
 地球は見えていたので、エウロパから来たんだけど、岩石と氷が多い所だったと思う。
 木星の本体のほうは、ガスが多くてズブズブなんだよ。だから、中心まで入らないと、核の部分がないんでな。そこまで、ズブズブの、ドロドロのガス体のなかに深く入っていかないと、足場がないので、表面に住むのが、とても難しいんだ。だから、衛星のほうに住んでいたんだけどな。(中略)
 うん。だけど、氷と寒さが少しこたえるので……。わしは、氷をかじっていたので、歯がとがって、とがって、角張ってなあ、こう(両手で、口から長い牙が生えている様子を示す)……。
司会 そのほかの外見は、どのような……。
木星人 あん? 外見? 外見は毛むくじゃらだよ。だから、長い毛がたくさん生えている。ゴリラに似ているな。ゴリラより毛が長いかな。長い毛が生えている。
 足は、そんなに長くなかったんだけれども、地球に来て、何だか足のほうにむくみが来てねえ。重くって、何だかズボズボと……。重力が違うのかなあ。
司会 身長は、二メートルか三メートルぐらい、おありですか。
木星人 身長は、どのくらいあるかなあ。うーん。二メートル五十ぐらいかな。(中略)司会 地球の動物でたとえるならば、どのようなものになりますか。
木星人 うーん。地球の動物でたとえると、ゴリラとトドを合わせたような動物かなあ。そんな感じだね。
 その星は、表面には氷が張っておるのだが、その氷を割って潜れば、水はあるんだ、下には。だから、下では泳げるんだけど、上は氷なんだな。氷の下には、ちゃんと水はあるんだ。
司会 ああ。両生なんですね。
木星人 ゴリラにも似ているが、ゴリラは水のなかには住めないから、うーん、オットセイやトドのようなものにも、ちょっと似ているような……。(中略)
 だから、そんな形なんだ。いちおう水陸両用ではあるんだけれども、ただ、長い牙が二本生えているのが特徴で、前歯も、けっこうギザギザだな。
(23~28ページ)

この公開霊言によれば、木星人(正確にはその衛星であるエウロパ星人)が、15万年以上前に地球に連れて来られて、転生輪廻して人間として生まれていた、というのです。

ほんとうに驚くべき話ですが、本書ではまだ続々と新種の宇宙人が登場します。

この続きは、またの機会に!

宇宙からの使者 (OR books) 『宇宙からの使者』

 大川隆法著


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幸福の科学では、学ぶことを強く勧められるでしょ。でも、学生時代ならわかるんだけど、社会人になって、なんでそれが役に立つの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『仏陀再誕』(幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

諸々の比丘、比丘尼たちよ。
しかし、おまえたちには希望の福音がある。
この希望の福音があることを喜べ。
それは、おまえたちが今世において学んだことは、
一つも無駄にはならないということなのだ。
おまえたちが今世において学んだものも、
今世においては役に立たないこともあるやも知れぬ。
しかしながら、おまえたちが今世に学んだことは、
必ずや今後、来世において、
また来々世において、役に立つこととなるのだ。
おまえたちは、地上を去って後、
実在界にて数百年、
あるいはそれ以上の生活を送ることになるであろう。
そうして、おまえたちの魂が、また次なる修行を欲する時に、
次なる姿となって、おまえたちは地上に肉体を持つようになる。
すなわち、赤子として生まれ、成人し、
またさまざまな悩みのなかを駆け抜けてゆくようになる。
されども、今世おまえたちが、この人生修行で得たものは、
必ず来世の修行にも役に立つのである。
必ず来世修行において役に立ち、
おまえたちを、よき方向に導いてゆけるに違いない。
さすれば、今世、獲得したるものは、今世のみの功徳ではない。
今世を超え、来世、来々世において、
必ずやおまえたちを幸福にするに違いない。
さすれば、修行の期間、努力において苦しみがあったとて、
それを苦にしてはならない。

それは、今世のみの成果ではない。
おまえたちの魂を根本的に変えてゆくための力となるのだ。
おまえたちの魂が根本的に力を得てゆくための修行となるのだ。
そのための尊い修行を今なしているのであるならば、
決して心怯んではならない。
(282~285ページ)〔携帯版294~296ページ〕

今世において学んだことは、 一つも無駄にはならない。

私たちの魂を根本的に変えてゆくための力となり、必ずや、来世、来々世において、役に立つこととなる。

だから、この人生修行の期間に苦しみがあったとしても、決してそれを苦にしたり、心ひるんだりしてはならない――。

私たち一人一人に対して、

慈愛をもって、

仏道修行者として語りかけ、励まされている、

この仏陀の尊き言魂。

今日もじっくりと味わいたいものだと改めて私は思っているのです。
 

仏陀再誕

『仏陀再誕』

  大川隆法著


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明治維新って、考えてみると、優秀な人から死んで滅びかけてた長州が、薩摩と手を結んで幕府を倒すなんて、なんだかすごいドラマだよね。あれって台本が天上界にあったのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『横井小楠 日本と世界の「正義」を語る』(幸福の科学出版)で、「維新の十傑」に数え上げられる横井小楠の言葉(「霊言」)を、次のように伝えておられます。

 明治維新期も、やはり国難の時期ですし、言ってみれば、どちらが右翼で、どちらが左翼か、分からない時代ではありました。
 江戸幕府を守る側が保守のようでもあるので、幕府側に立ち、維新の志士たちを倒しているほうが、保守に見えていたわけですが、「尊皇攘夷」と言ったり、「倒幕」と言ったりしていた人たちが、天皇を推戴して「錦の御旗」を掲げ、「王政復古」を目指したら、今度は、こちらのほうが保守に見えます。
 そのため、「どちらが右翼で、どちらが左翼か、分からないような時代であったのではないか」と感じられます。
 明治維新期には、そうした「時代の混沌性」があるのです。
 また、実際には、薩摩と長州が中心になって幕府を倒し、新政府をつくったわけですが、人材の配置等を見ると、福井や熊本、土佐にも、明治維新という革命を起こす種は播かれていたことが分かります。
 もし薩長が駄目でも、福井や熊本、土佐から何かが起きたかもしれません。ストーリー的には複数のものが用意されていた可能性があると思います。
 土佐では勤王党が弾圧されましたが、もしかすると、薩長が駄目なら、ああいうものが立ったかもしれません。また、時習館を中心とした肥後熊本からも、何かが立ち上がったかもしれません。
 福井藩においても、橋本左内が「安政の大獄」で殺されておらず、生き長らえていたら、この人が中心になって、新しい思想と運動が起き、倒幕に向かったかもしれないと思います。
 このように、複数のルートが考えられていたのではないかと思われます。
 ただ、その間に名前を成さずしてなくなった巨人も、あるいは数多くいたのではないかと考えられるのです。
(18~20ページ)

明治維新期は、幕府側と維新の志士側とのどちらが右翼でどちらが左翼か分からないような、混沌とした国難の時代だった。

人材の配置等を見ると、福井や熊本、土佐にも、明治維新という革命を起こす種は播かれており、もし薩長が駄目でも、複数のストーリーが用意されていた可能性がある。

その間に名前を成さずしてなくなった巨人も、あるいは数多くいたのではないかと考えられる──。

大川隆法先生は、この横井小楠橋本左内といった維新期の偉人たちを、続々と呼び出して霊言集を刊行しておられます。

横井小楠は淡々と抑えたトーンで話しておられますが、薩摩と長州が成し遂げた明治維新以外のストーリーもあったかもしれないというのは、かなり衝撃的な話だと思います。

今日は、神仏の御心の計り知れなさを改めて思い知ったと私は思っているのです。
 

横井小楠 日本と世界の「正義」を語る 起死回生の国家戦略 公開霊言シリーズ

『横井小楠 日本と世界の「正義」を語る』

 大川隆法著


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40歳すぎちゃったけど、でもオレって、とっても能力あるんだからさ、まだまだ若い者には負けないからね? なーんてこと考えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『希望の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 「個人で戦って勝つ」ということと、「他人の協力を受けて勝ちつづける」ということは、意味が違います。他人の協力を受けて勝ちつづけるためには、だんだん、人が使えるようになっていかなければならないのです。
 「三十代のときは、個人に能力があれば、まだ個人で戦える。しかし、四十歳を過ぎたら、個人の才能だけで戦っている人は要らなくなる」ということを知らなければいけません。個人の才能だけで戦っている人は邪魔になってくるのです。「言うことをきかないで、単独プレーばかりする」というように見えてくるので、むしろ、お荷物になってきます。若いうちはよいのですが、四十歳を過ぎると要らなくなるのです。
 四十歳を過ぎたら、他の人々をまとめて引っ張っていく能力のある人のほうが、高く評価されるようになってきます。個人の能力だけで戦っている人は、大きな会社などにいた場合、適当なところで見切りをつけて独立しないと、埋もれてしまって終わりになります。その辺の見方が大事です。
 「四十歳を過ぎると、能力に対する評価が逆転してくるのだ」ということを知らなければいけません。これは、なかなか納得のいかないことかもしれませんが、事実であり、真実であるのです。
(243~245ページ)

他人の協力を受けて勝ちつづけるためには、だんだん人が使えるようになっていかなければならない。

40歳を過ぎると、能力に対する評価が逆転してくる。

大きな組織では、40歳を過ぎたら、個人の才能だけで戦っている人は要らなくなる――。

年齢でばっさりと区切る思い切ったお教えですが、それにしても、年齢を重ねても自分自身の持って生まれた能力だけで生きていける仕事の方は、さいわいです。

でもそうではなくって、ふつうにサラリーマンなどの仕事をしている大多数の方にとっては、とても含蓄のあるお教えではないかと改めて私は思っているのです。
 

希望の法―光は、ここにある

『希望の法』

  大川隆法著


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キリスト教国なのに同性婚を認めるようになった国って、最近、多いんでしょ。でもそれって、キリスト教のもとで許されるのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『イエス・キリストに聞く「同性婚問題」』(幸福の科学出版)のまえがきで、こう説いておられます。

 神の教えはシンプルなほうがわかりやすい。
 モーセの十戒の七番目には「姦淫するな」という教えがあり、イエス・キリストの教えの中にも異性への姦淫を戒める教えと、その罪を許す教えの双方が説かれている。仏教でも五戒の中には、姦淫を戒める教えはある。
 そうであれば、歴代の神父・牧師や僧侶・尼が地獄に堕ちるのを恐れて、異性に罪悪感を抱いていたことは疑いようがない。その結果、同性愛や同性婚に逃げ込む流れも出てきたようだ。ギリシャの哲学者はもとより、修道院や僧院にも同性愛者は出てきた。
 現代ではキリスト教国を中心に、同性婚を認める憲法改正や判例が相次いでいる。男女の平等化が単性化へと向かっているのだろう。現代、日本では、結婚は「両性の合意」に基づくことになっているので、改憲なくして同性婚は認められない。
 八次元の如来界以上は、本来男女の別はないので、異性婚は、地上での肉体修行上の方便ではあろう。幸福の科学でも、男女の別なく、「主よ、愛してます。」という人が多くなってきた。
 私としては、地上を魂修行の場として連綿と継続するためには、本則としては、男女が結婚して家庭を営むべきかとは思っているが、イエス・キリストは、この問題にどう答えるか。じっくりと本文を読んで頂きたい。
(1~2ページ)

結婚は、男性と女性によるものというのが伝統的な考え方ですが、男性と男性、女性と女性の結婚が許されるのかは、近年、大きな問題になっています。

ローマ法王も、「同性婚問題」については、あいまいな発言をしておられるような報道もありました。

それゆえに、大川隆法先生は、キリスト教の開祖であるイエス・キリストを招霊して、その意見をストレートに語ってもらうという、まさに驚天動地の本書を刊行されているわけです。

本書は、とにもかくにも、「同性婚問題」に興味関心がある方、必読の文献の一つであると改めて私は思っているのです。
 

イエス・キリストに聞く「同性婚問題」 (OR books)

『イエス・キリストに聞く「同性婚問題」』

 大川隆法著


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うちの子って、天上界から授かった、光の天使だと信じてるんだ。そんな子は、どうやって育てればいいの? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『幸福へのヒント』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 さて、子供が、高級霊界から生まれてきた「光の天使」である場合の教育法についても述べておきましょう。
 光の天使は、「人々に真理を伝え、人々を救済し、幸せに導く」という使命を持っています。
 したがって、光の天使に対する教育においては、「人間を深く知る」ということを中心とすべきです。小学校や中学校の時代から、魂に響くような古典や文学などを、できるだけ読ませる必要があります。
 そういう人には肥やしが必要なのです。素質があっても、充分な肥やしが与えられないと、うまく育たず、育ちが遅くなります。
 その意味では、親や祖父母が真理を探究して生きていると、子供は非常によい環境で育つことができ、将来、力を発揮できるのです。
 中国には、「百年書香の家」(百年間、書物の香りが漂っている家)という言葉があり、「そういう家には徳がある」と言われています。親が本をよく読んでいると、子供もそういう生活に入りやすいのです。たとえば、物理学者の湯川秀樹(一九〇七~一九八一)の一家は祖父の代からの学者一家であり、そのような家庭環境があったと言えるでしょう(湯川秀樹自伝『旅人』〔角川文庫〕44~59ページ参照)。
 また、光の天使には、過去の光の天使たちが行ったことを教える必要もあります(大川隆法著『黄金の法』〔幸福の科学出版刊〕参照)。それが基礎になって次のステップがあるので、過去の偉人たちが書いたり語ったりしたことなどを、幼少年時に勉強させておくのです。そうすると、それが素養になって、社会に出てから大きく飛躍することが可能となります。
 これは極めて大事であり、二十歳までに、これをやっているのと、やっていないのとでは大違いです。
 若くて比較的素直な時代に、過去の光の天使たちが書いたものや語ったものを読ませれば、すくすくと育ち、真っすぐに伸びていきます。
 これが光の天使に対する教育法です。
(117~119ページ)

素質があっても、充分な肥やしが与えられないと育ちが遅くなるので、光の天使には、肥やしが必要である。

人々に真理を伝え、救済し、幸せに導く使命ゆえに、人間を深く知ることができる、魂に響く古典や文学などを、小中学校時代からできるだけ読ませる必要がある。

また、過去の光の天使たちが行ったことを基礎にして次のステップがあるので、過去の偉人たちが書いたり語ったりしたことなどを幼少年時に勉強させておくと、すくすくと真っすぐに伸びていく――。

光の天使だと信じられる子を持つ親御さんは、信仰者として、とても幸せな方だと思います。

でもその反面として、凡庸な子の親には想像できない類の悩みや苦しみをお持ちなんだと思います。

そんなとき、珠玉の価値を持つ仏のこの尊いお言葉を、しっかりと受け止めていただけたらと心素直に私は思っているのです。
 

幸福へのヒント―光り輝く家庭をつくるには (OR books)

『幸福へのヒント』

 大川隆法著


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憲法には、「政教分離」ってあるんでしょ。これって、とても大事な規定なんじゃないかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『新・日本国憲法試案──幸福実現党宣言④』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 現行の憲法には、付帯条項として、「政治と宗教を分離せよ」「公教育から宗教を分離せよ」といった政教分離規定がありますが、それによって、現実には、宗教を社会の片隅に追いやる力が働いていると、私は考えます。(中略)
 最初にある、「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。」ということはよいのですが、例外規定が多すぎます。これだけ例外を設けられたら、信教の自由を保障していないのとほとんど変わらなくなります。(中略)
 また、このような書き方をすれば、無神論・唯物論を助長する傾向が出てくるでしょう。
 例えば、「信じる自由もあるが、信じない自由もあるのだ。信教の自由のなかには、〝信仰しない自由″だってあるのだ」と言って開き直る人もいます。
 しかし、それは、あくまでも、「無神論」という宗教、「無宗教」という宗教を信じているにしかすぎないのです。このような、消極的な自由にしかすぎないものを、積極的な権利として制定すべきではないと私は思います。
 宗教の存在を無視したり否定したりする行為を、積極的な権利として認めると、基本的には、信教の自由がないのと同じ方向へ向かっていくことになるのです。(中略)
 学校教育においては、宗教を〝いけないもの″として腫れ物に触るように扱う傾向が長らく続いています。
 また、マスコミは、「国及びその機関」ではないはずなのに、「マスコミは宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」という倫理規範を持っているように、私には見えます。
 マスコミは自分たちのことを「国及びその機関」のつもりでいるらしく、報道協定を結んで、「宗教に有利にならないように報道する」ということを一貫して行っているようです。
 そのため、「宗教については、事件を起こしたとき以外は報道しないか、社会的事象にかかわる必要最小限のことだけを報道する」という姿勢を持っているように見えます。基本的に、宗教に対しては性善説の立場ではないのです。
 この条文が、そこまで悪い影響を及ぼしているわけです。
 教育界とマスコミ等の言論界の両方において、宗教に対する性悪説が支配していては、健全な宗教が大をなすことはできません。それは、「宗教自体が、国民を啓蒙する力を持っている」ということを認めていないのと同じであると私は思います。
 したがって、単純に、「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。」と規定するだけで十分です。
 宗教はたくさんあるので、「どの宗教がよいと思うか」ということについては、宗教の〝自由市場″に任せればよいのです。
(40~48ページ)

憲法に、政教分離規定があることで、実際には、宗教を社会の片隅に追いやる力が働いている。

無神論・唯物論を助長する傾向が出てきている。

したがって、憲法には「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。」という規定だけで十分であって、政教分離規定は不要である──。

これまで「政教分離」の問題については、何度かご紹介してきました。

要するに、戦前のような国家神道による他宗教への弾圧を禁止する趣旨で、政教分離が定められたのはよい。

しかし、それによって宗教を社会の片隅に追いやるのであるならば、むしろ政教分離規定は廃止されるべきである。

そんなふうに、大川隆法先生は、ここで教えて下さっているのだと思います。

憲法論なんていうむずかしいことはよく分からないにしても、少なくとも今日のこのお教えは、とっても納得できると改めて私は思っているのです。

新・日本国憲法 試案-幸福実現党宣言4 (OR BOOKS) 『新・日本国憲法試案──幸福実現党宣言④』

 大川隆法著


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霊界があるんでしょ。この世に生まれてくるって、楽しいことなのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『生命(いのち)の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 かつて、日本の僧侶たちは、仏法を求めて、荒海を乗り越え、唐の国へと渡っていきました。
 空海が入唐したときには、日本を出航した四艘の遣唐使船のうち、唐に辿り着いたのは二艘だけだったと言われています。あとは沈没したり行方不明になったりしています。唐に着いた船にしても、途中で潮に流され、大変な苦労をへて辿り着いたのです。まさに命懸けです。
 そのように、空海は、命懸けで「入唐求法」をし、唐の国で仏法を学びました。「再び遣唐使船が派遣されることがあれば、その船に同乗して日本に帰れるかもしれないが、船が来なければ、もう二度と帰れなくなるかもしれない」という覚悟で唐へ行ったのです。
 それだけの危険を冒してでも、「唐へ行って仏法を学び、それを日本に伝える」という使命を果たすことが非常に尊い経験だったのでしょう。
 同じように、人間は、魂の経験を手に入れるために、入唐求法のような覚悟で、この世に生まれてくるのです。「この世に生まれる」ということは、ある意味では、入唐求法のように危険な賭けなのです。
 もともと、魂は、あの世の天国では、幸福感に満たされて暮らしています。それでも、あえて危険な賭けをして、あの世からこの世に生まれてくるわけです。
 この世に生まれてくる前、魂は、あらかじめ、あの世で、自分の両親を選び、お願いをし、子供として生まれる約束をしています。そして、両親になる予定の二人が地上で結婚し、母親が妊娠するのを待っています。
 やがて、母親が妊娠し、満八週を越えて九週目になったころに、魂は母親のおなかのなかに宿ります。そして、厳密には、いわゆる「十月十日」よりもやや短くなりますが、何十週も子供の魂は母親のおなかのなかに入っています。
 ただ、魂は、母胎に宿る前から、あの世で、地上に生まれる準備を始めています。その時点から生まれるまでをトータルで見ると、実に一年近くのあいだ、魂は、身動きがとれない状態になります。まるで繭にくるまれた蚕のような心境で、生まれるのを待っているわけです。
 この最中に、何か事故が起こることもありますし、流産してしまうこともあります。(中略)その意味で、「この世に生まれる」ということには、入唐求法と同じような危険があると言えます。(中略)
 さらに、「この世に生まれることができたとしても、人生のなかで苦しむことは当然あるだろうし、生まれたうちの半分ぐらいの人は人生に失敗する、すなわち、死んだあとに、数十年ないしは数百年、一時的に地獄に堕ちることはありうる」ということを、誰もが知っています。
 それでも、この世に生まれることを希望する魂が大勢いるのです。(中略)危険を冒して生まれてくるのです。
(206~211ページ)

かつて日本の僧侶たちは、仏法を求めて荒海を乗り越え唐の国へと渡っていったが、まさに命懸けであり、また二度と帰れないかもしれない旅だった。

そんな危険を冒してでも、唐で仏法を学び日本に伝える使命を果たすのと同じような覚悟で、人間は魂の経験を手に入れるために、この世に生まれてくる。

魂はあの世の天国では幸福に暮らしているのに、またこの世に生まれるのは入唐求法と同じような危険があるというのに、それでもあえて、多くの人間はあの世からこの世に生まれてくる――。

なるほど、なるほど、です。

天上界の魂にとっては、この世の体験は、そんな危険な賭をあえて行う意義がある、とても尊い体験なのだということでありましょう。

今日は、人がこの世に生まれてくる秘密の一端を、とても分かりやすく教えていただいたのだと改めて私は思っているのです。
 

生命(いのち)の法―真実の人生を生き切るには (OR books)

『生命の法』

  大川隆法著


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参謀って、大事な仕事だと思うんだけど、ほんとうの参謀の条件って、あるんじゃないかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『真の参謀の条件――天才軍師・張良の霊言』(幸福の科学出版)のまえがきで、こう説いておられます。

 秦の帝国を滅ぼし、英雄・項羽将軍と雌雄を決して、大漢帝国を建てた高祖・劉邦の三傑の一人、軍師・張良の霊言である。収録されたのは半年ほど前だが、基本的教訓は大きくは変わるまい。
 私どものように宗教法人「幸福の科学」や政党「幸福実現党」を建てているところでも、天才軍師は欲しい。
 すでに大企業になっているところや、ニュービジネス界でも事情は同じだろう。最終責任を負う大将であっても、軍師・参謀は必要だろう。
 では天才軍師・参謀の条件とは何だろう。真の参謀は物事をどのように考え、見通すのだろうか。これからの日本政治を考える上でも、貴重な一冊であるといってよいだろう。
(1~2ページ)

「簡にして要を得た」という言葉どおりのまえがきで、本書の紹介として、もう何も付け加えることはありません。

まさに、天才軍師の条件、真の参謀の条件を知りたい方、必読の書籍だと改めて私は思っているのです。
 

真の参謀の条件

『真の参謀の条件』

 大川隆法著

 

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宗教者なんだから、平和主義が絶対的に正しいよね? なーんてこと考えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、英語説法経典『Power to the Future』で、こう説いておられます。

 宗教家として、私が申し上げたいのは、次のようなことです。
 仏教の歴史では、ほとんどの仏教徒が、平和的であり、平和主義者でした。仏教徒のほとんどは、政治的な意味においても、平和主義者だったのです。(中略)
 かつて、2500年以上前、私はネパールに生まれ、インドで活動をしました。当時、仏陀として私が常にみなさんに教えていたのは、「平和主義」と「心の平和」ということです。
 私は、敵の侵略や国の滅亡が好きではありませんでしたが、例えば、生まれ故郷の釈迦国は、近隣の大国に滅ぼされてしまいました。これは、たいへん悲しいことです。釈迦国の人々は、仏教の熱心な信者だったので、そのとき、抵抗することもなく、滅ぼされてしまったのです。
 この伝統は、2000年以上にわたり、仏教の根底に流れ続けています。(中略)
 しかし、今、私はあえて申し上げます。
 仏教には、世界平和の観点からの正義が必要です。それは、実際には、国連の正義であるべきなのです。
 もし、国連がうまく機能すれば、彼らの正義が世界中に平和をつくり出すでしょうが、現在、国連は機能していません。ですから、世界は、「平和と正義」に関する新しい哲学を求めているのです。
 あえて申し上げますが、それは、幸福の科学にかかっています。私が善悪を峻別していきましょう。私には、そのような力があるのです。

 As a religious leader, I want to say that in the history of Buddhism, almost all Buddhists were peaceful and were pacifists. Almost all of them were pacifists in the political sense as well. …
 In the old days, more than 2,500 years ago, I was born in Nepal and ran activities in India. In those times, as Buddha, I always taught you about pacifism and peace of mind.
 I didn't like the intrusion of enemies or the destruction of the country. For example, my birthplace, the Shakya country, was destroyed by the neighboring, powerful country. It's very sad, but the people in the Shakya country were devotees of Buddhism. So, at that time, they were led to ruin without any resistance.
 This tradition has continued for more than 2,000 years in the underlying trends of Buddhism. …
 But yet, I dare say that there needs to be justice from the standpoint of world peace in Buddhism.
 In reality, this should be the definition of justice of the U.N. If the U.N. works, its justice should bring peace all over the world, but it is not working properly at this time. The world requires a new philosophy regarding peace and justice.
 I dare say that it depends on Happy Science. I will tell good from bad. I have this kind of might.
(27~29、44~47ページ)

仏教の歴史では、ほとんどの仏教徒が平和主義者だったが、そのため、釈尊の生まれ故郷の釈迦国は、近隣の大国に滅ぼされてしまった。

もし国連がうまく機能していれば、それは国連の正義であるべきだが、国連は機能していないため、世界は「平和と正義」に関する新しい哲学を求めている。

それは、幸福の科学、そして大川隆法先生にかかっている――。

本書は、大川隆法先生が、海外の信者向けに、日本語のときと同様に原稿なしで説かれた英語説法に対訳がつけられたものであることを念頭において、日本語部分も読む必要があると思います。

それはそれとして、善悪を峻別する力を持ち、「平和と正義」の新しい哲学を説かれる大川隆法先生の説法に、世界は耳を傾け始めている。

そう感じざるを得ない、今日のお教えだと改めて私は思っているのです。
 

Power to the Future―未来に力を (英語説法シリーズ)

『Power to the Future』

 大川隆法著

 

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江戸時代、日本って鎖国してたでしょ。あれって、国の発展を遅らせただけだったんじゃないのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『徳川家康の霊言――国難を生き抜く戦略とは』(幸福の科学出版刊)で、江戸幕府を開いた徳川家康の霊の言葉(「霊言」)を、次のように伝えておられます。

 君らは、「経済・貿易は平和なもので、軍事は戦闘的で悪いものだ」と思うておるかもしらんが、軍事的なものと経済的なものは、そんな簡単に分けられるものではなくてね。「経済で交流がある」ということには、これが、いつ、政治問題や軍事問題に転化するか、分からないところはあるのよ。
 今の日本では、「中国との経済を拡大したいし、中国とアメリカも、お互い大きな経済相手国になっておるから、経済的には離れられないだろう」と思うておるだろうけれども、政治的にぶつかった場合には、経済問題なんか全部棚上げにして、戦いに入りますからね。(中略)「貿易をやっているから」といって、平和が来るとは限らない。それは、知っておかねばならんことだよな。(中略)
 最近の戦争でも、そういうふうに言われているようではあるけど、「貿易相手国だからといって戦争が起きないわけではない」というのは、ヨーロッパでも、よく分かっていることだ。だから、日本人にとっては、「今の貿易や経済の規模を維持すること」と、「政治」のところを、あまり一緒にしないほうがいいかもしれないね。
 相手の中国なんかは一緒にしていないよ。むしろ、ある意味では、経済の拡大や貿易量の拡大を、相手を取り込んでいくための政治・軍事的戦略の一環としてやっておる。
 これを、民間主導だけでやると、うまいことやられてしまう。国家主導の国に対して、「貿易を盛んにすると豊かになる」という民間主導の思想だけでやっていると、あっという間に取り込まれてしまうことがある。(中国は)それも狙っていると思いますね。(中略)
 このへんの考え方には難しいところがあるから、用心深い性格だと、“窓口”をあまり開けないようにする。当時は、オランダ貿易に絞っていったが、オランダからでも情報は取れたし、輸入もできたわけだけど、「洋風化を避けた」というのは事実ではあるな。(中略)
 また、「武士の世」として理想とすべきものの一つは鎌倉幕府の時代にあって、やはり、「貴族化した場合には短期で滅びる」ということは分かっていた。
 直前の秀吉さんは、下から這い上がって武将になり、太閤になってからは、すごく派手な性格になって、金貨の雨を降らすような生活をしたけども、最後には、あっという間に滅びていった。
 それを見て、「武家の世は、やはり、質実剛健でなければ続かない」と考えたし、「貿易も大事だけれども、貴族化しないためには、『単に国を富ますことだけがすべてではない』という考えも必要だ」と思った。そんな短期で滅びるような政権ばかりつくってもしかたがないからね。
 それに、外国からの占領を受けても困る。だから、(対外的には)「今は『侍の世』『侍の国』である」ということにして、“窓口”を絞っておき、日本の実態戦力が分からないようにしていたところがあるかな。
(38~42ページ)

貿易をやっているからといって、平和が来るとは限らない。中国などは、むしろ経済の拡大や貿易量の拡大を、相手を取り込んでいくための政治・軍事的戦略の一環としてやっている。

貴族化して短期で滅びた秀吉をみれば、武家の世は質実剛健でなければ続かない。そのためには国を富ますことだけがすべてではないとも考えた、

また、外国から占領されても困るから、対外的には「侍の国」であることにして“窓口”を絞り、日本の実態戦力が分からないようにしていたところがある――。

徳川家康その人が独特の語り口で語る、江戸幕府の鎖国政策の理由。

それが、とても理路整然とした合理的な話だったのは、驚きです。

江戸時代の繁栄、そして徳川家康という人物そのものに興味がある方には、特にオススメの霊言集ではないかと改めて私は思っているのです。
 

徳川家康の霊言―国難を生き抜く戦略とは (OR books)

『徳川家康の霊言』

 大川隆法著

 

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宇宙人がいるなんていうけど、なにか証拠があるの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『不滅の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 私は、最近、さまざまな「宇宙人リーディング」を行い、宇宙人に関して調査した内容を書籍にして数多く出しています。その結果、証拠と言うべきものが、じわじわと積み上がってきつつあるのではないかと思います。
 幸福の科学を始める前の、1981年から1986年ぐらいまでの間に、私はさまざまな高級霊の霊言を録り、数多くの霊言集を出版しましたが、ちょうど、そのころの感じに似ています。
 その当時、何度も霊言を録っては、それを原稿に起こし、「これは本当に日蓮なのだろうか」「これは本当に空海なのだろうか」「これは本当にイエスなのだろうか」と、内容を調査していました。
 そういう時代がありましたが、四半世紀、つまり25年ほどたって、今度は、その対象が宇宙へと広がっていきつつあるわけです。
 みなさんも、「宇宙には宇宙人が住んでいるかもしれない」というぐらいの想像はするでしょうが、「実際に、こんな宇宙人がいて、こういう姿をし、このような考え方を持っている」ということを、今、私は順番に少しずつ出しています。
 そして、それぞれの宇宙人について脈絡なく出していくうちに、しだいにつながりが出てきて、全体の関係図やストーリーなどが見え始めてきています。ちょうど、ジグソーパズルを完成させていくように、今、少しずつピースが埋まってきている感じです。
 まだ全部は埋まっていませんが、少しずつ部分的に見えてきています。
 地球というものを一つのジグソーパズルに譬(たと)えるならば、いろいろなピースを当てはめていくうちに、「これがアフリカかな」「これはオーストラリアかな」「アメリカのようなものが現れてきたな」などという感じで、しだいに形が見えてきている段階なのです。
 まだ完成はしていませんが、複数の違うものを並べているうちに、互いにつながってきつつあるように思われます。
(158~160ページ)

宇宙人に関して調査した内容が書籍となった「宇宙人リーディング」が数多く出されることで、証拠と言うべきものが、じわじわと積み上がってきつつある。

実際に、こんな宇宙人がいて、こういう姿をし、このような考え方を持っているということを、それぞれの宇宙人について脈絡なく出していくうちに、しだいにつながりが出てきて、全体の関係図やストーリーなどが見え始めてきている。

ちょうど、ジグソーパズルのように、少しずつピースが埋まって、まだ全部は埋まっていないが、少しずつ部分的に見えてきている段階である――。

宇宙人リーディングとは何かそのメカニズムはどうなっているのかについては、以前、ご紹介したことがありました。

最近は、宇宙人リーディングの書籍は出しておられないようですが、ピースが埋まった全体像を早く見たいのは私だけではないと思います。

宇宙人リーディング、そして、その先に広がる宇宙人の世界について、さらなる続刊に期待したいと私は思っているのです。

 

不滅の法―宇宙時代への目覚め (OR books)

『不滅の法』

  大川隆法著


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