ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



「宇宙人リーディング」って、前回の記事で、どんなふうにやってるのかって、イメージはつかめた感じなんだけど、でも、どういうメカニズムなのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『不滅の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 「人間は、死んであの世に還ったあと、自分の人生ドラマを一時間か二時間ぐらいにまとめたものを上映され、見せられる」と言われています。「その人の人生は、どのようなものであったか」という、人生の総集編のようなものを、まるで映画でも見るようにザーッと見せられるわけです。
 そして、それを見た人たち全体の意識によって、「どういう人であったのか」の判定、格付けが行われ、「この人は、こういう世界に行くべきだろう」ということが決まるのです。
 そうした今世の約八十年の人生ドラマが、わずか一時間か二時間ぐらいの感じにギュッと凝縮して上映されるわけですが、人生のトピックスを集めたら、それらしい映像が出来上がるのです。
 「宇宙人リーディング」の場合は、その範囲をさらに広げて、魂の出発点からの長い歴史をギュと凝縮し、宇宙人であった部分を取り出して上映する感じに近いかもしれません。そうすると、まるで、現在、生きているかのように、宇宙人の意識が現れてくるのです。
 映画の場合、その映像は過去に録られたものなので、上映中、それに手を加えることはできませんが、(中略)「宇宙人リーディング」 の場合も、過去の映像ではあるのですが、その中の人物が、「すでに亡くなっていて、もう話すことができない過去の人」というわけでなく、現在ただいまも、「生きている魂」として存在しているがゆえに、過去の事象について質問すると、現在の魂の意識が過去の記憶のほうに投影され、説明を加えてくれるのではないかと思います。(中略)
 また、別のかたちで言えば、宇宙から来た魂たちがよく語っていることですが、「時空間を飛び越える」という説明の仕方も可能だと思います。
 宇宙のほかの星から地球に来るためには、近い星でも四光年ぐらいの距離があるので、光の速度で飛んでも、地球時間で四年ほどかかります。遠い星であれば、地球まで何百万光年とか何倍光年とかの距離があるため、光の速度でも、とても辿り着くことはできません。
 例えば、一億光年の彼方にある星に住んでいる人が地球に来る場合、もし一億年かけて飛んで来なければならないとしたら大変です。しかし、実際には、宇宙の中のワームホール、つまり、時空間を短縮できる特別なトンネルのようなものを通って来ているはずです。
 そのときに、彼らは、空間的な距離を飛び越すと同時に、おそらく、一億年という時間をも飛び越して来ているのだろうと思います。
 宇宙人の魂たちと話していて、「それは何年前のことですか」と訊いても、返答に困ってしまい、時間が確定しないことが多いのですが、このあたりに、その理由があるのかもしれません。
(161~166ページ)

「宇宙人リーディング」は、人間が死んであの世に還ったあと、自分の人生ドラマを1~2時間に凝縮して上映されると言われるのと同様に、その範囲をさらに広げ、魂の出発点からの長い歴史をギュッと凝縮し、宇宙人であった部分を取り出して上映する感じに近い。

ただ、映画の場合と異なって、その中の人物は現在ただいまも生きている魂として存在しているがゆえに、過去の事象について質問すると、現在の魂の意識が過去の記憶のほうに投影され、説明を加えてくれている。

これは別のかたちで、「時空間を飛び越える」という説明の仕方も可能である──。

うーん、なかなか理解が簡単ではありません。

他に類例がないと思われる、まさに主エル・カンターレだけに可能な「秘儀」だから、それも仕方がないことなのかもしれません。

ともあれ、続々と出されるこの「宇宙人リーディング」、最近は、一般書店売りの書籍だけでなく、内部で会員にしか手に入らない「会内経典」の形で出されるものも増えてきています。

どこまで私たちは、この不思議で広大無辺な世界に、触れ続けることができるのでしょうか。続刊を心待ちにしたいと思うのです。

『不滅の法』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




ベガ星って、どんな星なの? リラって星がベガ星なの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『宇宙の守護神とベガの女王』(幸福の科学出版)で、宇宙の守護神と名乗る霊人が質問者(B)と対話した霊言を、次のように伝えておられます。

宇宙の守護神 だから、まあ、金星系というか、プレアデス系というか……。
 まあ、ベガも少し種類がありましたよね。
 ベガは、一般的には平和を好むタイプの者が多く、八割ぐらいは、どちらかというと、やや草食系に近いんですが、二割ぐらいは、変幻自在な能力を使って、戦闘系に変身できるところがあるね。つまり、敵に負けないだけの強さをもっていて、変身してくるところはある。
―― そうですね。「ベガには三つの星があり、そのなかのリラという星の人は、能動的である」と聞いています。
宇宙の守護神 いや、リラ(Lyra)は琴座という意味なので、ベガよりも、リラの概念のほうが大きいんですよ。
 琴座というのは、リラなんです。だから、「ベガ星人」と言わずに、「リラ星人」と言うこともあります。「リラ星人」と言う場合には、三つぐらいか、あるいは、もうちょっと、星があるかもしれないな。ほかの星人と合わせて言っていて、多少、種類に違いがあるんです。
 まあ、リラは「琴」という意味ですから、やはり、音楽的な調和を目指しているような所もあるし、草食系に近い所もあるけれども、もう一つ、そうではないかたちで、科学技術的に進化した星も持っているんです。
 したがって、「ベガ星人」と言っている者でも、必ずしも一種類ではないと考えていいですね。
―― 以前、「琴座には主に三つの星があり、ベガは受動的な星、リラは能動的な星、もう一つ、中性的な星がある」という話も聞いたのですが……。
宇宙の守護神 リラという星があるわけではありません。リラは、琴座という意味であって、あのあたりの星の集団・集まりを、リラと言っているんです。
 だから、「リラ星人」と言っても構わない。そう名乗っている者もいます。ほかの国に行って、「リラ星人」と名乗っている者もいますが、リラという星があるわけではないんです。琴座のことを、リラと言うんです。
 そして、「ベガ」という中心星があり、そのベガの前に伴星があって、それぞれの星に、住んでいる者がいるんですね。そのなかには、科学技術が非常に進んだ星もありますね。
(116~118ページ)

リラは、琴座という意味であって、リラという星があるわけではない。

ベガは、一般的には平和を好むタイプの者が多く、八割ぐらいは草食系に近いが、二割ぐらいは、変幻自在な能力を使って戦闘系に変身できる。

「ベガ」という中心星があり、その伴星があって、それぞれの星に住んでいる者がいるが、そのなかには、科学技術が非常に進んだ星もある──。

うーん、いろんなことを言う霊人がいて、まだ現段階の情報だけでは、どれが真実でどれが間違いと断定はできそうにない感じです。

ただ、これまでの情報だけでも、ベガ星人と言われる方々にはいくつかの種類があって、少なくとも一律に性質を説明できるわけでないことは、わかったのではないかと思うのです。

『宇宙の守護神とベガの女王』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




ねえ、地獄に堕ちるなんて、ものすごく悪いことしたような人だけでしょ。でも、地獄に堕ちる人がものすごく多いなんていうのは、そんなに悪いことした人って多いのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『死んでから困らない生き方』(幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

 地獄霊の本質を一言で言えば、“自己中(じこちゅう)”です。みな、自己中心の考え方をしていて、自分の立場を一生懸命に説得することには非常に長けているのですが、本当に相手の立場に立って、その人の幸福を考えるということは、非常に少ないのです。「自分が犠牲になってでも、人のために尽くそう」と思うような人は、この世界にはまず見当たりません。
 映画「仏陀再誕」の冒頭に近いシーンで、新聞記者が、電車に飛び込んで自殺したあと、自分が霊になったことが分からずに、知り合いの少女を引きずり込もうとする場面が出てきますが、そういうことをする人たちが、実際に数多くいるのです。
 事故死が多発する場所や、自殺の多発する駅、あるいは、自殺の名所と言われる岸壁などでは、すでに死んでいる者たちが、他の人を引きずり込もうとしています。また、何度も遭難が起きるような場所でも、同じように、生きている人を引っ張り込んでいます。
 そうすることによって、さらに罪を重くしていくわけですが、地獄にいる人の特徴は、自らが反省をするよりも、仲間を増やそうとすることにあります。自分と同じような境遇の人を増やし、仲間を増やせば、自分の苦しみが薄れるような気がするのです。たとえて言えば、「自分だけが貧乏なのはつらいけれども、ほかの人も貧乏になれば、気持ちがすっきりする」というような考え方です。
 確かに、「平等の思想」のなかには、よいものも当然ありますが、そのなかに、もし、「みなが不幸になれば、平等でよい」という考えが入っていたならば、それも一種の地獄的な考え方であるので、気をつけたほうがよいと思います。
(96~98ページ)

“自己中(じこちゅう)”なのが、地獄霊の本質である──。

自己中心の考え方をする人(つまり“自己中”の人)は、その点を指摘されても、まさか自分のことを言われているとは思わないことが多いように思います。

でも、「自分と同じような不幸な境遇の人を増やすことで、仲間を増やしたい、と思ったりすることはありませんか?」と聞かれたら、どうでしょうか。

死後に地獄に堕ちてしまうというのは、「誰がみても大悪人」という人ばかりではなく、その心が間違っていた場合には、どこにでもいるごく普通の人にも、そして、もしかしたら自分自身にも、実際に起こり得ることなのだというのが、今日の大川隆法先生の教えなのだと、私は思うのです。

『死んでから困らない生き方』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




女神イシスの本が出たって聞いたけど、で、イシスって、どういう方だったの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『女神イシスの降臨』(幸福の科学出版)で、女神イシスの霊の言葉(霊言)を、以下のように伝えておられます。

司会 次に、当時の家族関係をお伺いいたします。
 神話では、「イシス様は、オシリス様の妹であり、かつ、奥様であった」とされております。これは事実と捉えてよろしいでしょうか。
イシス そうですねえ、うーん……、まあ、古代においては、今のような、近親婚についてのタブーはありませんでした。当時、遺伝子学的なものはなかったので、どこにおいても、そういう結婚はあります。
 ただ、実のきょうだいではありません。当時の王には、だいたい、お妃や側室等が複数いました。そして、実のきょうだいが結婚することは、めったにないことですが、「腹違いのきょうだい同士なら、結婚がありえた」ということだと思いますね。
 だから、「腹違いの妹だった」と言われれば、そうかなと思います。
 父親はたぶん同じだと思われるのですが、母親は違うと思いますね。
司会 奥様であったことは間違いないのですか。
イシス そうです。当時は、「血が濃いほど尊い」という考えがありました。もちろん、奥様になれる人は、ほかにもいらっしゃるのですが、正妃、正妻の座をめぐっては、どうしても争いが起きるので、何か血のつながりがある方を正妃にするのが、まとまりがいいというか、収まりがいい感じでした。(中略)
 あなたがたが今感じるようなものではなく、どちらかといえば、いとこ同士が結婚したような感覚に近かったかなと思います。(中略)
司会 それから、オシリス様とイシス様のお子様として、ホルス様がいらっしゃいましたでしょうか。
イシス そうですね。そのホルスがエジプトの初代の王ですね。
 そういうことになっていると思いますが、これは、ある意味で、「覇権が確立した」ということでもあると思うんですね。だから、「王家としての確立があった」ということです。
 それまでは、国として完全には統一されていなくて、勢力争いがまだかなりありましたし、近隣諸国との争いもかなりあり、それで、オシリス、すなわち、オフェアリスは、けっこう戦いに出ていたのです。
 今、あなたがたが考えているように、エジプトとか、ギリシャとか、ローマとか、ペルシャとか、ユダヤとか、その他の国とか、そんな国がたくさんあったわけではなく、地中海を巡る一帯が、一つの王圏というか、一つの王国の支配圏だったわけですが、各地で豪族が争っているうちは、まだ王朝としては確立していなかったのです。
 ただ、オシリス、オフェアリスが、ある程度、近隣全体を平定してきていたんですけれども、弟のセトが、兄の留守の間に王権を簒奪し、王を名乗っていた時期がありました。そして、帰ってきたオシリスに奸計を用い、兄を追放し、王位を奪い取ろうとしたことがあって、兄弟で争いが起きました。(中略)
 それを収めたのがホルスで、「ホルスのときに王朝として固まった」ということかと思いますね。ええ。
(24~30ページ)

イシスは、オシリス(オフェアリス)とは、違う母親から生まれた兄妹であり、夫婦だった。

オシリスが、地中海一帯をだいぶ平定してきていたが、その弟のセトが兄の留守の間に王権を簒奪しており、帰ってきた兄を追放し王位を奪い取ろうとして、争いが起きた。

オシリスの子であるホルスが、この争いを収め、エジプトの初代の王となった──。

オシリス、イシス、セト、ホルスと、神話の登場人物たちは、すべて実在していたわけで、興味深い事実が、実体験として次々に語られます。

で、その続きは、またの機会に!

『女神イシスの降臨』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




野田首相って、大増税を絶対にやるって言うんでしょ。でも、それってどうなのかね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊の『国家社会主義への警鐘』(幸福実現党)のまえがきで、こう教えておられます。

まえがき
 いま、日本国政府は大増税への道を突っ走っている。東日本大震災という国民の不幸をテコとして。
 私たちは国家の税の増収に反対しているのではない。へたな増税政策が経済の回復を遅らせ、結果的に税収減になり、この国を先進国から脱落させてしまうと言っているのである。
 世界恐慌の危険からこの国を守るには、「景気回復」あるのみである。財務省も、日銀も、大先輩・高橋是清が、どうやっていち早く昭和恐慌を脱出させたかを勉強するがよい。彼なら、幸福実現党の政策をその通り実践するだろう。
 マスコミも宗教政党を色メガネで見るのは、もうやめなさい。世界各国で宗教は尊敬されている。それが人類のあるべき、あたり前の姿なのだ。
(1~2ページ)

幸福実現党の立木党首との対談本です。

ここでは、タイトルどおり、「国家社会主義への警鐘」が鳴らされ、大増税から日本の危機が始まることが、説得力をもって語られています。

全マスコミの論調が、民主党政権の提灯持ちとしか思えない“増税賛成”論で統一されている今、なぜ、大川隆法先生と幸福実現党は、これに真向から反対しているのでしょうか。

そういう問題意識を持った方には、ほんとうに必読の書籍だと思います。

『国家社会主義への警鐘』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




大宇宙には、地球を超えた神さまとかが、いるのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『地球を守る「宇宙連合」とは何か』(幸福の科学出版)で、公開霊言の一種として、アンドロメダ銀河の総司令官と自己紹介する古い霊人の言葉(霊言)を、このように伝えておられます。

 まあ、あなたがたはまだ知らないだろうが、宇宙にも、「われわれが正義と考えている考え方を信奉する勢力」と、「まったく違った思想でもって宇宙を統治しようとする勢力」とがあるんですよ。ですから、われらから見れば、邪悪なる神、つまり「宇宙の邪神」がいて、彼らはそれを信奉していると見ています。(中略)
 少なくとも、彼らには、「強さ」を正義と考えているところがあります。
 もちろん、正義のなかには、強さも必要だと思います。やはり、強くなければ、人を救えないし、弱い人たちや困っている人たちを助けることもできません。愛や慈悲の行為というのは、強ければこそ行えるものですね。私はそう思っていますよ。これが私の強さの定義です。つまり、私は、「多くの人たちを助けるためにこそ、強くなくてはならない」と理解し、定義しているのです。
 しかし、そうではなく、いわゆる弱肉強食的なものの考え方をしている者たちがいます。
 宇宙のなかには、そういう考えの発信源なる邪神がいて、「強い者は、弱い者を支配してよい。食料にしようと、生贄にしようと、滅ぼそうと自由だ」というような考え方を持っている者たちがいるのです。
 要するに、「進んでいる者は、劣っている者をどのように裁こうとも自由だ」「進んでいるということは、自分たちのほうが優れていて、より神に近い存在であるわけだから、劣った生命体や種族たちを家畜扱いしようとも構わない」というような考え方を持っている種族がいるわけです。
 確かに、科学技術的には彼らも進んでいるけれども、私は、「その思想のなかには誤りがある」と考えている者の一人でありますので、断じて負けるわけにはいかないのです。
 彼らは、「『人々に愛を与える』とか、『強くなければ人々を救えない』とか、そういう考え方を持つこと自体が、弱さの表れだ」と考えているわけですね。つまり、「そういう弱さは切り捨てるべきだ。この考え方こそが、合理的で、正しく、強い」と思っているけれども、そんなことはありません。
 私は、「宇宙の、より多くの知的生命体たちの進化と発展を願って、彼らを幸福にすることこそ、やはり、優れたる者、進化したる者の使命だ」と考えておりますので、この邪神の考え方は、断じて、宇宙的正義に適わないと思っております。(中略)
 まあ、地球的言葉では、「アーリマン」(注。ゾロアスター教に出てくる悪神。善神オーラ・マズダと対立関係にある)と呼ばれている存在だと思いますね。(中略)
 闇の存在ですね。地球的に言えば、そういう意味で呼ばれているような存在です。だから、仮に“アーリマン”と呼んでいいと思います。彼らはアーリマン信仰をしていますね。
 一方、私たちは光の信仰を持っています。
(100~104ページ)

天国とか地獄とかを超えた、ものすごくスケールの大きな大宇宙の秘密が、初めて明かされ始めたようです。

で、その続きは?! また、この霊人の正体は? と気になるところですが、それは、またの機会に!



『地球を守る「宇宙連合」とは何か』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




あの世なんて、ほんとにあるの。死んだら、何もかもおしまいなんじゃないの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『不滅の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 「あの世がある」という世界観と、「あの世はない」という世界観とがあり、「この二つの選択肢のうち、どちらを選ぶか」ということには、賭けのような面があるかもしれません。
 しかし、私は、二〇一〇年には、百数十人の霊人の言葉を公開霊言などで紹介し、霊言集を含む著書を一年間に五十冊以上も刊行して、霊界の存在に関する数々の証明を行いました。「死後、霊天上界に還り、生前と同様の個性を持ったまま、この世の人たちを指導しようとしている人たちが、現に存在している」ということを、公開の場で数多く証明してきたのです。
 これに対して、「信じるか、信じないか」 ということは各人の自由ですが、少なくとも、百数十人の個性と、その教えの違いとを瞬時に使い分けられる人が、この世に存在するとは私には思えません。
 「あの世があり、死後の世界がある」ということの証拠は、いくらでも出すことができます。私は、それを今も出し続けていますし、今後も出すことができます。しかし、「あの世はなく、死後の世界はない。人間は魂ではない」ということを証明できた人は、過去、一人もいません。それを私は指摘しておきたいのです。
 あの世や魂の存在について、「私は信じない」と述べた人は大勢います。それは、「信仰心を持っていない」という意味での信仰告白を、個人的にしているだけなのですが、その害毒によって数多くの人を迷わせています。
 しかし、「あの世の世界の存在を、まじめに真剣に訴えかけている人もいる」ということを、どうか忘れないでいただきたいと思います。その仕事が、みなさんが知っている数千年の歴史の中における、宗教家の尊い仕事だったのです。
 「今、宗教家は本来の姿を取り戻さなければならない」と私は思っています。
 この世に生きているかぎり、目には見えない霊的世界、あの世の世界を信じるのは難しいことですし、それを人々に信じさせる仕事も難しいことです。その難しい仕事をなしているのが宗教家です。
 宗教家は、本来、人々から尊敬されるような立場になければいけないのです。
 日本人が、教育やマスコミ宣伝などによって、それを悪しき者のように何十年も教え込まれていたならば、その壁を破るのも、また、私たち幸福の科学の仕事であると思っています。(中略)
 霊界の存在は、「やがて来る、その人の最期の日」に明らかになる事実ではありますが、私たちは、同時代に生きている人たちが、将来、苦しみの世界に還っていくことを、よしとはしていないのです。(中略)
 私の「大悟」より、すでに三十年近い歳月が過ぎました。この間、一貫して、私は自分の使命を果たし続けてきたつもりです。されど、「まだ本来の使命までは届いていない」ということを強く強く感じている次第です。
(59~63ページ)

大川隆法先生は、2010年だけで、百数十人の霊人の言葉を公開霊言などで紹介し、霊言集を含む著書を一年間に50冊以上も刊行して、霊界の存在に関する数々の証明を行なった。

このように大川隆法先生は、「あの世があり、死後の世界がある」ということの証拠を、今も、そして今後も出し続けることができるが、「あの世はなく、死後の世界はない。人間は魂ではない」ということを証明できた人は、過去に誰もいない。

この世において、目には見えない霊的世界を信じ、これを人々に信じさせるのは難しい仕事であるが、その難しい仕事をしているのが、本来の宗教家である──。

「あの世があり、死後の世界がある」という、もっとも基本的な真実を知っていれば、もっと今世の人生を有意義に、そして幸福にすごせるのに、それを知らなかったばかりに、死後には大変なことになっている人があとをたたないと、教えていただいています。

大川隆法先生は、人々がそのようにみすみす将来の不幸を招き寄せているのを見過ごすことができず、「一切衆生の救済」という救世主としての使命を果たし続けておられる、ということなんだと思います。

まずは、「あの世があり、死後の世界がある」というこの最初の真理が、少しでも世に広まっていくことを、心から願いたいと思います。



『不滅の法』

大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




幸福実現党って、ちょっとびっくりするんだけど、政治と宗教を融合させようとしてるんでしょ。それって、何か理由があるの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『もし空海が民主党政権を見たら何というか』(幸福の科学出版)で、弘法大師空海の言葉(霊言)を、このように伝えられています。

 私は、密教を正統な国教にすることによって、「鎮護国家」(仏教によって国家を守護すること)を目指そうとしていたわけです。
 当時、この国には、いろいろな災害や災難など、悪いことが多く続いていたが、政治家だけで対応するのは無理なので、宗教家の力に頼り、その法力でもって国を守ろうとしていた。そうしたところに鎮護国家の思想が強く出ている。
 それが、密教は山のなかに隠れて修行するようなものであるにもかかわらず、密教と表舞台の政治との距離が非常に近かった理由だね。
 当時の私は、ある意味で国師的立場だったとは思うし、政治家というか、天皇等もまだ実権を持っていた時代ではあるが、私の言うことをきいたからね。
 それから、私は、満濃池の改修など、いろいろなことをしたけれども、こういうことを行うには、要するに、国民の労力をそうとう使わなくてはいけないし、もちろん、税金も要るので、反乱を起こされると、政治は、もたなくなってくるんですね。
 そこで、宗教家の徳力を用い、そういう事業を神仏の心で行っているように見せることで、反乱を抑え込む。「神仏のご加護があってのことなんだ」というようなことにするわけかな。
 満濃池づくりでも、当時は、今の目で見るよりも、もっともっと難しい事業のように見えたわけです。今で言えば、本当に、全国をリニア新幹線で結ぶぐらいの規模の工事に見えたはずですよ。
 また、私より前の時代には東大寺の大仏がつくられたけれども、それは当時の国家予算をはるかに超えた事業だったんですから、行基という人の力を使わなくてはいけなかったね。
 そういう宗教的なカリスマを使わないと、国を守ったり、国民を指導したりできない時代には、国家的事業を行う際、そういう人が必要になることがあるんですよ。国民には、単なるこの世的な損得勘定だけでは、どうしても動かないところがあるのでね。
(88~91ページ)

空海は、密教を正統な国教にすることで国家を守護することを目指そうとしていた。

当時、国家の実権を握っていた天皇も、空海の意見を聞いたのであり、その意味で空海は、国師的立場だった。

満濃池づくりや大仏建立のような国家的事業を行う際には、空海や行基のような宗教的カリスマが必要になることがある──。

弘法大師空海は、自らの体験に照らして、宗教と政治の融合が必要な時代について語っています。

そして、空海の生きた平安時代初期から数えて1200年が経過した現代は、大震災が起き、経済不況は深まり、隣国の核ミサイル問題など国防の危機が起きている、まさに「国難」の時代です。

つまりは、空海が語っている「宗教的なカリスマ」が必要な時代が、まさに到来していると、考えることができそうです。

幸福実現党の立党の根拠は、このあたりにもあるのではないかと、私は思うのです。



『もし空海が民主党政権を見たら何というか』

大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




子育てに疲れちゃった。なんで子供って、親の言うこと聞かないのかねえ? なーんて悩み抱えている人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『じょうずな個性の伸ばし方』(幸福の科学出版)のまえがきとあとがきで、こう教えておられます。

まえがき
 子育ては実に難しい。やりがいのあるのも子育て。やりがいのないのも子育て。いずれにせよ、親の期待通りには育たないし、子どもというのは、年齢相応に変化していく不思議な生き物だ。
 子育てで標準的なテキストを書くのは至難の業だ。失敗が成功になり、成功が失敗になり、失敗かと思うとまた成功になる。
 ただ言えることは、大人の目にはどう映っていようとも、子どもたちは一つ一つの体験を、人生の糧としているということだ。子どもが五人もいると、そこに一つの社会が出現する。「平等に愛する」ことも、「公平に愛する」ことも、一つの公案となる。
 ながらく実験台になって、親の人生経験を畳かにしてくれた、わが家の五人の子どもたちにも「有難う」と言わなくてはなるまい。

あとがき
 父が東大法学部卒、母が東大文学部卒ということが、五人の天才児たちにも、過剰な期待と負担になり、うちの子どもたちもプレッシャーで苦しんだようだ。両親ともに田舎育ちの秀才で、劣等感に悩み、都会の社会常織に欠けていて、試行錯誤を重ねていたことがわかるのには、もう少し時間がかかるだろう。さらに、自分も子育てをしてみなくては、過剰な期待をした両親を許す気持ちにはとうていなれないだろう。
 「家貧しゅうして孝子出ず」ともいうが、何か欠けているものがあって、人は救われもし、発奮もする。子育てにおいても、成功と失敗は「あざなえる縄の如し」といえよう。
 今、大学四年生の長男から、中学二年生の次女まで、五人とも、私の仕事を手伝ってくれている。有難いことだ。
 このつたない本が、読者の皆さんの子育ての悩みを解決する、何らかのお手伝いとなれば幸いである。
(1~2、180~181ページ)

世の中には、いろんな個性の子供たちがいて、親となってしまうと、子育ての悩みは尽きないものだと思います。

じつは何か才能がある子供ほど、個性が強くて、親は手を焼くのかもしれません。

それじゃ、手のかからない子だから悩みがないかというと、そんな話でもない。

そんな悩み多き子育てに対するアドバイスを求めている方にとっては、ヒント満載の必読書籍だと思います。



『じょうずな個性の伸ばし方』

大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




アトランティス文明って、古代にあったんでしょ。そこでも原子力とか使ってたのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『アトランティス文明の真相──公開霊言 大導師トス アガシャー大王』(幸福の科学出版)で、古代エジプトではトート神として知られる大導師トスの言葉(霊言)を、このように伝えておられます。

 これはアトランティスだけのものではありませんが、ピラミッド・パワーというものがありました。あなたがた現代人は、まだ、十分にその真価を手に入れていないようですけれども、やはり、ピラミッド・パワーというものがあるのです。
 これも、現代人の誰かが開発しなければいけないと思いますが、ピラミッド・パワーの本質は、実は、宇宙のエネルギーを集結させる力なんですね。
 現代人の理解力では、「そんなことがあろうはずはない」と思っているでしょうが、実は、ピラミッド・パワーというものは働いているのです。これは本気で研究し、実験しなければ、おそらく分からないだろうと思いますね。
 あと、もう一つは、空飛ぶ円盤の原理そのものですが、反重力装置のようなものの研究開発も行われていました。要するに、「磁石が反発し合う原理」というものがあるでしょう? 今、開発中のリニアモーターカーなども同じ原理ですね。
 リニアモーターカーは、レールの上を走るというより、レールの上に浮かんで走っています。そのように、磁石が反発して宙に浮き、飛ぶように走っていますが、そうした、磁石が反発する原理、反重力的な原理も、すでに発明されていたのです。
 それと、今、ピラミッド・パワーが失われているのと同じように、もう一つ、生命エネルギーの転換というものが、現代では、十分になされていません。
 宇宙からこの地球に来たときに、何がいちばん不思議かと言えば、やはり、植物の種が生長して、花になったり、立派な木になったり、あるいは、籾(もみ)が生長して穀物になったりしていくことです。
 その植物の目的相応に、花が開いたり、小麦になったり、米になったりします。生長し、変化して、目的を成就するエネルギーというのは、まことに不思議なものなんですよ。
 この「変化して生長していくエネルギー」を一種の動力源として取り出すことに成功したわけです。あなたがたの目には、「土と水だけがあれば、植物は勝手に大きくなる」としか見えていないでしょうが、「実は、そこに化学エネルギーが働いている」と判断したということです。
 人間の肉体は、ある意味で、「たんぱく質でできた不思議なロボット」ですけれども、植物にも、「繊維質でできた不思議なロボット」「生命を持ったロボット」という面があります。そうした植物の生成エネルギーを取り出すことに成功していたのです。
 そのように、アトランティスでは、いろいろなものからエネルギーを取り出すことができており、今、世界が目指している「グリーンエネルギー」あるいは「クリーンエネルギー」的な原理の研究は、そうとう進んでいたということですね。
 現代には、アトランティス時代より進んでいるものもあるとは思いますが、時代的には、当時と非常に似ている感じはありますね。
(27~31ページ)

アトランティスには、宇宙のエネルギーを集結させる力である、ピラミッド・パワーというものがあった。

反重力装置のようなものも発明されており、植物の生成エネルギーを一種の動力源として取り出すことにも成功していた。

つまり、今、世界が目指しているクリーンエネルギーの研究は、そうとう進んでいた──。

アトランティスの時代というのは、1万年以上前に存在した実在の文明だと教えていただいています。

そこでは、原子力のような危険なエネルギーではなくって、もっともっとクリーンなエネルギーが開発されて使われていたということなんだと思います。やっぱり驚くべき話です。

ピラミッド・パワーのほうは、昔、小さなピラミッドの模型とかで実体験できるというような研究の話を読んだことがありますが、植物の生成エネルギーのほうについては、誰か研究している人がいるんでしょうか?



『アトランティス文明の真相』

大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




原発はやっぱりいろいろ問題があるでしょ。そうすると、水力発電とか火力発電しかないのかな。この日本は、どうしたらいいの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『朝の来ない夜はない』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 やはり、これからは石油の供給が問題になります。日本は国として、代替エネルギーの開発等に、もっともっと頑張らなければいけません。「万一、石油のほうが戦略資源として使われて、国の根幹を揺さぶられたときに、どのように生き延びるか」ということを考えるべきです。
 日本は次のエネルギー体系に切り替えていく必要があります。
 例えば、今は、水素で走る車があります。水素と酸素を反応させたときに出るものは水なので、これは無公害車です。まだ、水素自動車の価格は高いのですが、ガソリンスタンドの代わりに水素スタンドを建て、インフラとして全国に普及させなければいけません。そうすれば、水素で走る車をたくさんつくることができるようになります。今はスタンドが足りないので、まだ水素自動車は走れないわけです。
 水素のもとは水(H2O)です。水素と酸素は両方とも水から取れるのです。不思議ですが、水を分解すれば、燃料の水素と、酸素が取れます。そして、水素を燃料として使用したところで水ができるだけであり、公害性はないので、環境的にはクリーンなエネルギーなのです。
 水素は、代替エネルギーとして非常に有望です。国家戦略として、これにもっともっと力を入れ、全国にガソリンスタンドの代わりに水素スタンドを建て、水素自動車が走れるようにしなければいけないと思います。
 石油に替わる資源として、石炭はだいぶ掘り尽くしました。それ以外に、代替エネルギーを得る方法はいろいろあると思いますが、日本は海に囲まれているので、有力なのは海洋温度差発電です。海の表面の温度と深海の温度には、かなりの温度差があります。この温度差を使えば発電ができるのです。
 これは実用段階まで来ています。すでに実験は成功しているので、あとは、国家がプロジェクトとして取り組むかどうかにかかっています。
 その他、風力発電、太陽光発電など、クリーンなエネルギーの開発にも、もう少し力を入れなければいけません。
 現在の状況では、石油が止められると、日本は戦わざるを得なくなるので、かなり厳しいのです。
 したがって、日本は、こういう代替エネルギーの開発をしなければいけません。
(87~90ページ)

これからは石油の供給が問題になり、現況では石油が止められると厳しいことになるので、日本は、風力発電、太陽光発電など、クリーンな代替エネルギーの開発に、もう少し力を入れなければいけない。

また例えば、国家戦略として、クリーンエネルギーの水素を使った水素自動車を普及させるために、ガソリンスタンドの代わりに水素スタンドをインフラとしていかなくてはならない。

また、日本は海に囲まれており、海洋温度差発電も有力であるから、これに国家プロジェクトとして取り組む必要がある──。

この不況下、税金を取ることばかり考えている今の為政者は、いったいどちらを向いているんでしょうか。

日本の輝く未来に向けた、この大川隆法先生のエネルギー政策の提言に、ぜひともしっかりと耳を傾けていただきたいものです。



『朝の来ない夜はない』

大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




ね、ケンタウルス星人なんて名前、聞いたことがあるんだけど、そんな宇宙人って、ほんとにいるのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『宇宙からの使者』(幸福の科学出版)で、公開霊言の一種として、眼前に座る人(Bさん)の魂の奥底をリーディングして、そこに眠る木星人の意識に自らの口を通して霊言させるという形で、このように伝えておられます。

 私がいた星はケンタウルスの「α」です。いちおうαなんです。
 ケンタウルスのαは技術が進んでいて、ほかの所へ単に宇宙トラベルをするだけではなく、時間調整まで可能で、宇宙トラベル・アンド・タイムトラベルの両方の機能を持っている種族もいます。千年や二千年、時代をずらし、別の時代に行ったりできるだけの技術があるのです。
 だから、宇宙トラベル・アンド・タイムトラベルができます。宇宙を、ごく短い時間で移動できると同時に、時間を設定して、例えば、「どの時代の地球に出るか」などということが決められるのです。
 ほかの星の人は、違うことを言うかもしれませんが、われらは、「おそらく、われらが宇宙でいちばん進化しているのではないか」と信じています。「同時にタイムトラベルまでできるUFOを持っている星人は、ほかにはいないのではないか」と思うのです。
 われわれはタイムトラベルをするので、「何千年、何万年も生きている」と思われている人が数多くいるわけなんですね。単に、違う時代を見に来ているだけなんですけど、そのように勘違いされることがあります。
 だから、古代の『聖書』などにある、「何千年も生きた」とか、「千年も生きた」とかいう話には、みな、われわれについての伝説が入っているんですね。(中略)
 だから、「ケンタウルス座」というものがあるんです。(中略)
 「α」があって、「β」があって、あと、「γ」ではないんですが、もう一つあるんです。αとβ以外にも、もう一つあるんですけど、私はαの出です。たぶん、四・数光年先でございます。(中略)だから、地球からいちばん近い恒星だと思いますね。(中略)
 外見が訊きたい?(中略)
 外見を言わされますか。それは、実を言うと、厳しい質問ですねえ。私には、つらい。先ほどの方(A)が笑い出すといけないので、それを言うのは、つらいんですけれども、外見はですね……。
 昔、映画で、「猿の惑星」というのがあったことを、ご存じでしょうか。だからねえ、猿が人間になったような外見なんです。(中略)
 われらは、頭はとてもいいんですけど、猿によく似ているんです。だから、過去の化石を発掘され、「類人猿だ」と間違われている者がたくさんいると思いますね。「直立歩行する猿」によく似た外見をしているのが、われわれです。
 もちろん、人間にそっくりの者も来てはおりましたが、私は“猿の惑星”そのものです。(中略)
 ええ。顔は猿そっくりではありませんけど、“直立した猿”で、尻尾も生えていました。でも、レプタリアンではありません。類人猿のような感じですかね。
(70~72、89~92ページ)

ケンタウルス座α星人は、技術が進んでいて、宇宙トラベルだけでなく、タイムトラベルもできるUFOを持っている。

この星は、地球から4光年余り離れているだけの恒星だと思う。

外見は、映画「猿の惑星」に登場した“直立した猿”そのものである──。

うーん、驚きです。

昨年の秋にも、新作の「猿の惑星」の映画が上映されていたと思います。

ドゴン星人と映画「アバター」との密接な関係を思い返してみても、やっぱり、映画や、その原作となったSF小説とかは、単なる空想の産物にすぎないわけではなく、どこからかのインスピレーションを受けて、製作されているということなんでしょうか。

まだこれだけでは判然としませんが、宇宙人リーディングは、まだ続々と刊行されていますので、今後さらに新たな事実が明らかになっていくのを、期待したいと思います。



『宇宙からの使者』

大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




仏法真理って、ものすごく広大な世界だけど、でも、何か根本原理みたいなものがあるんじゃないの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『永遠の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 法のなかにも、やはり二つの要素があります。それは、すでに述べた進化と調和です。(中略)法とは宇宙を貫く法則、ルールであり、真理の体系ですが、そのなかには進化と調和という二つの目的が潜んでいるのです。
 法のなかには、個人としての向上を目指すという、進化の部分が確固として存在します。人間を向上させないような法は、いまだかつて、真実の法、仏法真理として存在したことはありませんし、今後も存在を許されることはありません。(中略)
 その結果、各個人がそれぞれ向上していくこと自体はよいのですが、個人と個人のあいだに、自由と自由の相剋が現われてくることがあります。そのため、個人の集団としての共同体自体を向上させていくためにも、法が必要になってきます。
 たとえば、ある会社で、ある人が「社長になりたい」と思っているとします。ところが、別な人もそう思っており、社長になりたい人が全部で三人いるとします。しかし、この三人を同時に社長にするわけにはいきません。
 そこで検討が始まるのです。この三人のうち、社長として何百人、何千人という従業員を率いていける資質がある人は誰かを考え、そうした人が一人しかいなければ、その人を社長とし、それ以外の人は社長としない――こうした調整の原理が必要となってきます。
 あるいは、三人とも社長にふさわしい人物だったならば、次は、社長になる順序を決めるための調整の原理が必要です。(中略)
 このように、個人が求めている向上、進歩を、全体の利益のために調整する原理が必要なのです。そのために、さまざまな宗教家や道徳家、哲学者が出て、調整の原理、調和の原理について法を説いてきたのです。
 中国に出て儒教を説いた孔子は、「年功序列、長幼の序をしっかりし、年上を敬わねばならぬ」という調整原理を発表しました。つまり、A、B、Cという三者がいて、その力量にそれほど差がなければ、年齢順に社長になるということです。(中略)
 地上年齢でもって、その人の魂の成熟度が必ずしも測れるわけではありませんが、「素質にそれほど差がないのならば、長い経験を持っている人のほうが知恵は多いだろう」という推定が、年功序列の考え方の根拠になっているのです。
 もちろん、別な観点も必要だろうと思います。それは実力主義という観点です。(中略)また、「最大多数の最大幸福」という、(中略)「より多くの人のためになるような選択をするという考え方も許されるかもしれません。
 結局、「個人の進歩を社会に還元し、社会全体の進歩としていくためには、調整の原理が必要である」とする考え方は、仏教にある小乗と大乗とを併せ持った法ということになります。
 小乗、すなわち、個人が悟っていくための方法論としては、進歩の原理が大事であり、大乗、すなわち、世の中を仏国土にしていくための方法論としては、調整の原理が大事である。このように言うことができます。
 法の根本原理として、「進歩」と「調和」という二大原理があり、この二つの調整がうまくとれてこそ、人類全体が幸福になっていくのです。
(227~232ページ)

法の根本原理として、「進歩」と「調和」という二大原理がある。

個人が悟っていくための方法論としては、進歩の原理が大事であり、世の中を仏国土にしていくための方法論としては、調和の原理が大事である。

この二つの調整がうまくとれてこそ、人類全体が幸福になっていく──。

うーん、なるほど、なるほど、です。

今日は、ちょっと大きな観点から、仏の作られた世界の秘密の一端を教えていただいたのではないかと、私は思うのです。



『永遠の法』

大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




北朝鮮って、指導者が亡くなって、息子があとを継いだんでしょ。この国、どうなって行くのかな? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊の『北朝鮮終わりの始まり』(幸福の科学出版)のまえがきとあとがきで、こう説いておられます。

まえがき
 二〇一一年も十二月、師走、最後の衝撃が、北朝鮮最高指導者・金正日(キムジョンイル)の死去であり、三男・金正恩(キムジョンウン)の政権継承である。
 一九八九年、ベルリンの壁が崩壊して二十三年後、二〇一二年、朝鮮半島の三十八度線の国境線は破れて、板門店は、生き別れになった南北朝鮮の人々の再会と喜びの涙で、歴史の彼方へと流れ去ってゆくことだろう。
 ふと二十年前の一九九一年の夏、ヨーロッパからの帰途、ジェット旅客機で上空を飛んでいるまさにその瞬間、真下の地上で、ソ連邦の崩壊が始まったのを思い出す。歴史はある日突然に書きかえられる。
 南北に引き裂かれた民族の悲劇を終わらせたい。かつての宗主国として、日本は責任をもってそれを成し遂げなくてはならない。この世の地獄は、もう終わりにしよう。

あとがき
 少くなくともここ数年、国際情勢に関する私の判断は、外れたことがない。その背景には霊的リーディング調査もあるが、この地球の未来の道筋を、自らの努力によって、指し示そうとしていることも事実である。
 北朝鮮の悲劇は、何としても終わらせなくてはならない。二〇一二年がその「終わりの始まり」となるであろう。次の指導者・金正恩の将来は、良くて武田信玄なきあとの武田勝頼型の最期だろう。蛮勇が裏目に出て滅びへの道を早めるのではないか。悪ければ、イタリアのファシズム体制の最期、独裁者ムッソリーニのように民衆から石つぶてを投げられながら、木からロープでつるされることになるのではないか。
 金正恩よ、父殺しの疑いをかけられた独裁者に未来はない。あなたがかつて、東京ディズニーランドや秋葉原で見た日本が、韓半島の未来となるべく、権力欲を捨てるがよい。民衆を解放せよ。
(1~2、192~193ページ)

歴史はある日突然に書きかえられる。

北朝鮮の悲劇は、何としても終わらせなくてはならない。

2012年がその「終わりの始まり」となるであろう──。

うーん、いま多くの人が知りたい、死去したばかりの金正日の公開霊言、そして、政を権継承したばかりの金正恩の守護霊の公開霊言が収録されています。

ものすごい書籍です。北朝鮮の動向に興味を持つ方には、まさに必読書だと思います。



『北朝鮮終わりの始まり』

大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




ね、宇宙のほんとうの姿って、どんなのなのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『不滅の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

地上にある人間にとって、
この大宇宙は、
望遠鏡によって観測されるものであり、
また、宇宙船に乗って旅行することによって観測されるものでもありますが、
肉眼によって捉えられた宇宙の姿は、
実は、そのすべてではないのです。

例えば、無重力状態の宇宙船の中で、コップの水をあげると、
水が球体になって空中をさまよいますが、
この三次元の宇宙そのものが、
さらにもう一つ大きな世界、
根本仏、根本神の創った大宇宙から見たならば、
ちょうど、無重力状態の中の水玉のような存在にしかすぎないのです。
この無重力状態で浮かんでいる水玉の中に、
例えば、目にも見えないような微生物がいて、
その水玉宇宙の中を旅行しているとします。
人間が肉眼で見ている宇宙の世界というのは、
実は、この微生物が見ている世界と同じようなものなのです。
もう一段大きな、根本仏の目から見たならば、
この銀河を含んだ、人間から見える大宇宙そのものが、
さらに大きな宇宙の中に浮かぶ、
小さな水球のようでもあり、シャボン玉のようでもあるのです。

そして、本当の宇宙の中には、
このようなシャボン玉が、無数とも言えるほど浮かんでいます。
そうした、三次元宇宙のシャボン玉が、
いったい、どれだけの数あって、
それが、次のいかなる世界をつくっているかということは、
残念ながら、地上に生きている人間にとって理解を超えた世界です。
それは、ちょうど、地を違うアリが、
人間世界のすべてを理解することはできないのと同じです。
シャボン玉の中、水球の中に生きている人類にとって、
その外なる世界のことは、
残念ながら、想像の城を超えません。
人間の生きている世界は、
このように、閉じ込められた世界なのです。
(22~25ページ)

人間から見える、この銀河を含んだ大宇宙は、もう一段大きな根本仏の目から見たならば、ちょうど無重力状態の中の水玉、シャボン玉のような存在にしかすぎない。

この本当の宇宙の中には、このようなシャボン玉が無数に浮かんでいる。

人間の生きている世界は、このように閉じ込められた世界なのである──。

こんな巨大な世界観を淡々と語られる主エル・カンターレの凄味が、今日はかいま見える気がします。

なぜここで語られている世界が凄いのか、というあたりについては、あまりにすごすぎて私の手には余る気もしますので、また次の機会を見つけて、おいおい深めていけたらと思うのです。



『不滅の法』

大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« 前ページ