ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



天国に還るには、どうしたらいいの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『霊的世界のほんとうの話。』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 一般的には、天国は光り輝く世界だと言われています。常楽の世界とも言われ、常夏の世界、喜びの世界と言われることもあります。こうした天国の実態を、この世の世界に近づけて説明するならば、「仲の良い人たちが集まって、とても楽しく語り合っている」というのが天国の姿だと言ってよいでしょう。
 天国に住む人たちの特徴を一言で言えば、天真爛漫だということです。飾り気がなく、生地のままで美しい心、そうした天真爛漫な心を持っていることが、天国の住人の条件なのです。
 また、「他の人に対して優しくしよう」という気持ちがあります。そして、「自分自身に対しても、いつも、よいことをしていこう」という気持ちがあるのです。こうした発想の原点には、「他人に迷惑をかけず、周りに喜びを振りまきたい」という気持ちがあります。
 天国に住むための条件を簡単に言い換えるならば、「常に笑顔で生活できる人」ということになります。しかも、それは飾りの笑顔ではなく、本心から出る笑顔でなければなりません。これが天国に住む条件なのです。
 したがって、「自らを振り返っても、自分のどこが悪いのかが分からない」という人は、「自分の肩書や地位、名声を取り去ったとき、素直な笑顔を持って生きていけるかどうか」ということを、心を裸にして考えてみるとよいのです。(中略)
 もう一つの目安は、非常に簡単なことですが、「多くの人に嫌われて生きたような人は天国にはいない」ということです。天国には人に好かれるような人たちがいるのです。
 人に好かれるような人というのは、結局、多くの人を好いてきた人なのです。多くの人を好きな人は、やはり人に好かれます。そうした法則があるのです。
 したがって、自分は天国に還りたいと思うならば、笑顔を絶やさず、素直な心で生き、多くの人に好かれ、多くの人を愛することができる人物になればよいのです。ここまで行かなければ天国の門は開かないと言ってよいでしょう。(中略)
 天国の実態を別の角度から話すとすれば、「ガラス張りの心、つまり、外から心の内をのぞかれても、まったく恥ずかしくない心で生活している人は、間違いなく天国に行く」ということです。
 逆に、心のなかに、臭いもの、汚いもの、悪いものを詰め込んでいる人は、その臭気が立つがゆえに、天国で生活することはできないのです。
 したがって、自分の考えていることを公然とさらされても、まったく恥ずかしくないかどうか、よく考えていただきたいのです。いろいろなところを隠さなければ生きていけないような人は、「天国は遠い」と思ってよいでしょう。
 結局、人間の理想は、赤裸々に生き、天真爛漫に生き、ありのままに生きて、自分も他人も、それを「素晴らしい」と思うような生き方にあります。天国に生きることは決して難しいことではなく、ただそれだけのことなのです。
(67~71ページ)

自分は天国に還りたいと思うならば、笑顔を絶やさず、素直な心で生き、多くの人に好かれ、多くの人を愛することができる人物になればよい。

ガラス張りの心、つまり、外から心の内をのぞかれてもまったく恥ずかしくない心で生活している人は、間違いなく天国に行く。

自分の肩書や地位、名声を取り去ったとき、素直な笑顔を持って生きていけるかどうか、自分の考えていることを公然とさらされても、まったく恥ずかしくないかどうかを、心を裸にして考えてみるとよい──。

天国に還る条件は、地位でも名誉でも財産でもなく、要は「心」なんだってこと。

こうやって教えていただくと、とても簡単なんですが、でも、現代人にとっては、ある意味、とてもむずかしい条件なのかもしれません。

だからこそ、一人でも多くの方に、正しい信仰を持ち、日々心の修行をすることを強くお勧めしたいと、私は強く強く思うのです。

『霊的世界のほんとうの話。』大川隆法著


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中国って、軍事費を毎年伸ばし続けて、ものすごい軍事力を備えてきてるとか、核ミサイルで日本に照準を合わせてるって話を聞いたことがあるんだけど、それってほんとなの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『中国「秘密軍事基地」の遠隔透視』(幸福の科学出版)のまえがきとあとがきで、こう説いておられます。

まえがき
 日本は、まだ、本格的な軍事用人工衛星は持っていないようだが、最近の中国の宇宙への進出には目を見張るものがある。アメリカの第七艦隊も、中国軍による宇宙からの攻撃の危機にさらされつつある。
 だが、日本は、まだ昨年の東日本大震災の福島原発シンドロームから抜け出せず、安保闘争以来の脱原発デモで政権が揺さぶられている。
 お隣の中国では、新たな数百基の原発計画と核ミサイルの開発に余念がないのに、日本では、省エネで何千人と病院に運び込まれようと、大手紙と大手TV局では、環境左翼の亡国推進勢力が花盛りである。そんなに白旗を揚げて、無血降伏革命 兼 日本の植民地化を進めたいのか。
 この悲しい祖国の現状に涙しつつ、私自身が日本防衛のための「人間秘密兵器」として書き下ろしたのが本書である。「日本の原発ゼロ」を夢のように語るな。この国を世界地図から抹消したくないのならば。

あとがき
 まことに不思議な能力であると思う。私には人の世の「過去・現在・未来」の三世が見通せると同時に、地球上の何千キロ、何万キロも離れた場所や、宇宙の特定の星を遠隔透視することもできる。また、人間の心の奥底にひそむ考えや、ネッシーの心、宇宙人の想念まで読み取ってしまう能力がある。
 本書では、中国「秘密軍事基地」の遠隔透視に挑戦したが、去年は、アメリカの「エリア51」も遠隔透視した。
 日本と世界のゆく未が案じられるのだ。悪は露見されることによって、崩壊していく。この国が再び、無明のマスコミや感情的な人々によって、滅びないためにも、本書を一石として世に投じることにした。政府、防衛省、自衛隊、マスコミ、言論人にも幅広く読んで頂けたらと思う。国防の危機は迫っている。
(1~2、182~183ページ)

なんとも衝撃的な書物です。

「中国の秘密軍事基地の実態」が、仏陀である大川隆法先生の「観自在力」によって、透視されてしまった記録でもあり、中国の野望への告発の書でもある、のではないでしょうか。

アメリカの「エリア51」を透視された書籍は、かなり装丁も厳重で高価なものでしたが、本書は、手にとりやすい通常の書籍です。

まさに、一人でも多くの日本国民が本書を手に取って、「中国の軍事力の驚異」というのは架空の話ではないという、そのリアリティを実感して下さったらと、私は心より願うのです。

『中国「秘密軍事基地」の遠隔透視』大川隆法著


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毎日、毎日、いろんな問題が起きるよね。なんで平穏な人生を送れないんだろう? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『不動心』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 すなわち、大いなる安定感が出てくるためには、より高次な精神的能力、精神的な蓄積が必要です。これが安定感の源泉なのです。
 したがって、自分が精神的巨人になろうと思うのならば、人生の途上で出あう問題と、ただ四つに組むだけではなく、そこから教訓を引き出していくことが大切です。
 そうして引き出した教訓は次のときに生きてきます。一回目には非常にてこずった問題でも、一度、経験してしまえば、次のときには非常に簡単に解決がつくことがあるのです。
 そのためには、毎日を漫然と過ごすのではなく、「日々の事件や問題から、大いなる教訓を学んでいく」という姿勢が大事です。こうした教訓こそが人生の学習材料であり、学校では教えてくれない大いなる叡智の基(もとい)となります。
 「心のなかに教訓の引き出しをいくつ持っているか。そして、そのなかにどれほどの教訓が入っているか」ということが、その人の認識力や判断力と関係するのです。
 この観点から見れば、さまざまな人生経験を積んでいる人、苦労の絶えない人、失敗の多い人、挫折の多い人、問題の多い人は、それだけ多くの教訓を学んでいると言えます。ただ漫然と日々を過ごすのではなく、大いなる問題集を与えられ、それを解こうとしているのですから、これほどありがたいことはありません。
 自分に問題が与えられ、悩みの渦中にあるときには、単にその悩みから脱しようとするのではなく、「この悩みは自分に何を教えようとしているのか。どのような教訓を与えてくれるのか」ということを知ることです。これが悩みを解決する方法となっていきます。
 あらゆるものには意味があります。その意味を見いだしていくことです。
(32~33ページ)

自分が精神的巨人になろうと思うのならば、毎日を漫然と過ごすのではなく、人生の途上で出あう日々の事件や問題から、大いなる教訓を学んでいく姿勢が大事である。

こうした教訓こそが、学校では教えてくれない大いなる叡智の基(もとい)となり、その人の認識力や判断力と関係するのである。

あらゆるものには意味があるのであって、その意味を見いだしていくことである──。

人生のトラブルから引き出せる教訓が多ければ多いほど、人生の叡知を身につけることができるって。

つまりは、苦労の絶えない人、失敗の多い人、挫折の多い人、問題の多い人こそ、悟りの世界に近づいていける、ということでもあるのだと、私は思うのです。

『不動心』大川隆法著


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女に生まれちゃったんだけど、自分の才能をどう生かしていけばいいのかな? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『女性リーダー入門』(幸福の科学出版)で、聖武天皇の皇后として有名な光明(こうみょう)皇后の霊の言葉(「霊言」)を、次のように伝えておられます。

 女性は、ある意味において、男性より強いところがあると思うのです。男性は、この世的な地位や名声、年収等への執着から、やはり、完全に逃れることはできない面が強いと思うのですけれども、女性のほうは、意外に、そういうものを打ち捨てて情熱的に突き進むことができる場合があるのです。
 その意味で、宗教的な活動においては、そうした転換点のときに、女性が情熱的な活動をされることがよくあるということですね。
 要するに、男性のほうは、この世的に失うものが多いということです。それが、信仰心の純粋化や推進を妨げている面が数多くあります。そういう男性は、高学歴で、高収入で、高い地位を持っていたとしても、得てして、この世的には優柔不断であることが多いのです。
 そういう男性に対しては、やはり、何と言いますか、強い情熱で突き動かす女性が必要だと思うのですね。
 歴史的には、必ず、そのようなかたちが繰り返し出てまいります。そういう、純粋な信仰心や情熱で男性を動かす力ですね。これは、生まれついての参謀能力といえば、そうなのかもしれませんが、そういう方が付いている場合と、付いていない場合とでは、事業家であれ、政治家であれ、いろいろなところで違いが出てくるのではないかと思います。
 そういう意味で、やはり、女性の能力が裏にあるかどうかということは、大きいのではないかと思いますね。(中略)敵の霊威といいますか、霊的な力がどのくらい強いかということを感じ取る能力は、女性は非常に強いんですね。その意味で、結婚している場合、「夫の身を案じる」という面で非常に才覚が発達している女性であれば、夫のよき参謀になれる場合はございます。(中略)
 ただ、参謀力にも、そうした天性の判断力と、もう一つ、この世的な実務的判断力という面がありまして、実務的な判断力としての参謀力においては、やはり、個人の能力がかなり効いてまいります。(中略)具体的な作戦立案や、軍事の指導において、参謀役ができるかと言えば、そういうものではないということですね。だから、このへんの使い分けを上手にしなければいけません。
 例えば、大会社の社長夫人であれば、夫の体調や仕事の内容について、細かいことが分かるわけではないのですが、全体の雰囲気を見ていて、「夫の性格から言って、これは、かなり無理をしすぎている」とか、あるいは、「側に寄ってきている人のなかで、この人は、心を許して腹心として使ってはいけないタイプだ」とか、そういうことを感じ取るかたちでの参謀役はできると思うのです。
 しかし、まったくの実務レベルで参謀役がピシッとできるかと言えば、やはり、そうはならず、家庭のなかにおける「女の勘」のようなかたちになってしまうことが多いので、このあたりで軋轢を生むことはあるだろうと思いますね。(中略)そういう意味においては、女性なら女性に生まれたときに、ある程度、それを天命として割り切らなければいけないところもあるのかなという感じはいたします。
(126~132ページ)

男性と違って女性は、地位や名声、年収等への執着を打ち捨てて、情熱的に突き進むことができる場合があるので、宗教的な活動においては、女性が情熱的な活動をすることがよくある。

この世的に失うものが多い男性に対しては、純粋な信仰心や強い情熱で突き動かす女性が必要だと思う。

また、女性は、この世的な実務的判断力がなくとも、霊的な力の強さを感じ取る参謀能力は非常に強いことが多い──。

光明皇后は、聖武天皇がおられた上で、その皇后として、大きな仕事をされた方ですので、その視点からのお言葉なのかもしれません。

でも、今日は、一つの大事な女性リーダー論を、教えていただいたと思うのです。

『女性リーダー入門』大川隆法著


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チェレンジっていうけど、でも、失敗しちゃったらどうするのよ? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『勇気の法』(幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

 チャレンジするかぎり、失敗はあるでしょう。目標が高い人は、必ず失敗をするのです。しかし、失敗を怖れていたら若者ではありません。「失敗を怖れる人は、すでに老人である」と言ってよいのです。
 年を取れば、特に努力をしなくても、だんだん保守的になり慎重になって、いろいろなことにチャレンジしなくなっていきます。
 経営者などは、年を取ると新しいことをしなくなるので、退陣に追い込まれることがよくあります。時代が変わろうとしていても、新しいことにチャレンジできなくなっていくため、一定の年齢になると、「老害だから、もうお引き取りください」と言われて、会社から追い出されるのです。
 若い人には、チャレンジする精神があって当然であり、それがなかったら、いけないのです。年寄りから、「それはやめなさい」と言われても、「そうはおっしゃいましても、どうしてもやりたいのです」と言って、突き上げていくぐらいの力を持たなければいけません。そうでなければ若者ではないのです。
 若者は、失敗を怖れず、挑戦していかなければなりません。
 「自分は失敗したことがない」と言う人は、「チャレンジしていない」と言っているのと同じです。
 仕事においてもそうでしょう。仕事をしない人には失敗もありませんが、積極果敢に仕事をする人は失敗の数も多くなるはずです。
 チャレンジをしていかなければ、新しい企業を起こすことも絶対にできません。「企業を起こしても、確率的には十に一つ程度しか成功しない」とも言われています。しかし、それを分かっていながら、目標を高く持ってチャレンジしていかなければ、道は開けないのです。
 学生であれば、スポーツでも同じでしょう。野球やサッカーなど運動部に属している人が、「何とか補欠選手にはなりたい」という志を立てたとすれば、半分ぐらいの人は、その目標を達成できるかもしれませんが、正選手になり、「地方大会に出場したい」「国体に出たい」というように、目標が大きくなるに従い、だんだん難しくなります。もし、「オリンピックなどで金メダルを取りたい」ということを目標にすれば、九九・九九パーセントは実現しないでしょう。
 どんな世界であっても、目標が高ければ高いほど、失敗する確率も高くなります。しかし、最初から失敗することを怖れて何もしなければ、何も成し遂げることはできないのです。(中略)
 目標を下げれば、失敗はしなくなるでしょう。何もしなければ失敗もないのです。しかし、そういう人は何も挑戦していないはずです。何も挑戦しないまま人生を終えて、本当に良いと思っているのでしょうか。
 人生最大の失敗は、「失敗が一度もない」ということです。「失敗したことがない」ということが人生最大の失敗なのです。それを知らねばなりません。
(45~47ページ)

チャレンジするかぎり、失敗はあるが、失敗を怖れていたら、若者ではない。

どんな世界でも、目標が高ければ高いほど、失敗する確率も高くなるが、最初から失敗を怖れて何もしなければ、何も成し遂げることはできない。

人生最大の失敗は、「失敗が一度もない」ということである──。

失敗を怖れずに、勇気を持ってチャレンジせよと、大川隆法先生は、若者たちを強く鼓舞されます。

若いみなさん、仏のこの熱い言魂に触れて、燃えてみようと思いませんか?

そして、もう若いとは言えないみなさんも、まだまだ残りの人生、諦めるには早いんじゃないでしょうか?

もっとチャレンジしてみたい。そう思わせる、今日のお教えだったと私は思うのです。

『勇気の法』大川隆法著


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菊池寛とか、芥川龍之介とか、司馬遼太郎とか、最近の霊言集では、いろんな有名作家が出て来るけど、じゃあ、ちょっと名前が出てた、松本清張って、どんな世界に還ってるのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『地獄の条件―松本清張・霊界の深層海流』(幸福の科学出版)のまえがきとあとがきで、こう説いておられます。

まえがき
 ああ! 哀しきかな松本清張。トリックに満ちたサスペンス小説を書き続けた結末として、「霊界の深層海流」に身を委ねていたとは。
 社会悪を追及していたはずの作家が、社会悪の濁流としての、悪しきジャーナリズムの源流となっていたとは。
 名声も地位も富もほしいままにした著名作家が、いまだに被害意識と劣等感、復讐心で一杯だったとは。本書は文学と宗教の価値判断の差を決定的にする一冊となるかもしれない。生前の三島由紀夫の「清張に文学なんてあったっけ。」という言葉を別にするなら。
 いみじくも、『週刊文春』に連載していた『神々の乱心』が生前の絶筆となったが、この不敬な題名自体が、自らの死後を予知していたかのようだ。

あとがき
 貧しさに苦しみ、学歴不足に悩み、努力に努力を重ねて、超ベストセラー作家になった松本清張氏に対し、共感するところは、私にも多々あった。体制側に入ることを好まず、社会悪と闘う作家でありながら、長者番付に名を連ねたことは、出世コースに乗りそこねた人々への、夢と希望でもあったことであろう。それは、別の形でのジャパニーズ・ドリームの実現でもあったろう。
 しかし、川端康成の『伊豆の踊子』に対抗して、『天城越え』を書いたドス黒い情念は、死後も晴れることはなかったようだ。犯罪を研究する余り、犯罪者の心にも同通してしまったのだろう。ここに小説を読む際の危険性も指摘しておかねばなるまい。
 しょせん人生とは、トリックやサスペンスの面白さだけでは説明し尽くせないものなのだ。素朴で純粋で、善を喜ぶ心も大切なのだと言っておきたい。悪を知ることは大事だが、悪を構造的に正当化してはなるまい。
(1~2、192~193ページ)

表紙のトーンもさることながら、このまえがきとあとがきを読むだけでも、あまりいい世界からの霊言ではないことが示されているようです。

さてさて、「霊界の深層海流」にある松本清張は、何を語ったのでしょうか? 全国で数多い清張ファンのみなさんには、ぜひともご一読いただいて、その作品世界との関係について感じ取っていただければと私は思うのです。

『地獄の条件―松本清張・霊界の深層海流』 大川隆法著


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努力って言葉、よく聞くよね。でもね、いま楽しければいいんじゃないの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『青春の原点』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 努力の意味について、さまざまなことを述べてきましたが、「最後に、これだけは言っておきたい」と思うことがあります。
 それは、「騙されたと思って努力してみなさい」ということです。
 特に、子供や若い人たちに対して、「騙されたと思って私の言うとおりにやってみなさい」と言いたいのです。
 「いまを楽しまなければ損だ」と言う人は数多くいるでしょう。「二十年後、三十年後、あるいは、死ぬときのために努力するなんて、ばかばかしい。まして、死んだあとのために努力するなど、ばかばかしい」と思う人が大多数です。
 そして、何十年か先のため、老後のため、あるいは、死んだあとのために努力する人は少数です。しかし、少数であるからこそ、そういう生き方をした人は、リーダーになることが可能なのです。
 数が少ないからこそ、そちらの生き方に賭けると、勝ったときのプラスは、ほんとうに大きなものになります。
 私の言っていることの正しさが、あとになるほど明らかになってくるでしょう。
 あとから取り返すことはできないので、「騙された」と思って努力してみてほしいのです。
 人生にとって努力は非常に大事なものです。
 運命はあるとしても、それとは別に、やはり、自分でやっていかなければならない部分があります。
 「自分自身による創意工夫や発見」「自分を律していく心」「自分を強く、たくましく、勇ましく、育てていく心」、こういうものが、大きな成果を生み、みなさんが、来世で、あの世に還っていくときに、大きな光の塊となるための肥やしになるのです。
 どうか、それを信じて、努力していただきたいと思います。
(232~235ページ)

人生にとって、努力は非常に大事なものである。騙されたと思って、私の言うとおりに努力してみなさい。

何十年か先のため、老後のため、死んだあとのために努力する人は少ない。だからこそ、そういう生き方をした人は、リーダーになることが可能である。

数が少ないからこそ、そちらの生き方に賭けると、勝ったときのプラスは、ほんとうに大きなものになる──。

仏にもし騙されたら、それこそ本望かもしれませんけれども、これは強く努力を勧められるためのレトリックでしょう。

私は、幸福の科学の教えに触れてから、努力がいかに大事なものであるかを、日々学び続けている気がしているのです。


『青春の原点』大川隆法著


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沖縄って、オスプレイって新鋭軍用機の反対運動が、ものすごく盛り上がってると聞くけど、どうしてなのかなあ?

幸福の科学の大川隆法先生は、『温家宝守護霊が語る大中華帝国の野望』(幸福の科学出版)で、中国の温家宝首相の守護霊の言葉(霊言)を、司会者との対話の形で、次のように伝えておられます。

司会 日本を過小評価されていると思いますが、温家宝首相としては、日本がどう動いたら、いちばん嫌ですか。
温家宝守護霊 核兵器をつくられるのが、いちばん嫌だな。
司会 核兵器が嫌ですか。
温家宝守護霊 うん。だけど、自民党も民主党もつくれないだろう。うんうん。
 そらあ、もう、核兵器をつくられるのが、いちばん嫌だなあ。日本の技術でもってすれば、二、三年以内にはできるだろうから、強い政治家が出てきて、核兵器をつくられたら、いちばん嫌だな。これは、条件がコロッと変わっちゃうな。
司会 米軍が核を持ち込んで、沖縄に配備したら、どうでしょうか。
温家宝守護霊 沖縄には、もう入ってるよ。何言ってんだ。それは知ってるよ。うん。
司会 では、もうすでに嫌ではないのですか。
温家宝守護霊 「持ち込んだら、どうしよう」じゃない。もうすでにあるよ。沖縄に、核は来てるよ。
司会 それは、嫌ではないのですか。
温家宝守護霊 だから、「出て行け!」って言ってるじゃないか。
司会 沖縄の米軍を撤去させることが、日本侵略の前提でしょうか。
温家宝守護霊 うん。米軍が持っていないわけないでしょう。日本が米軍を臨検するわけないでしょう。核兵器があるかどうか、日本の誰が調べるんだ? 自衛隊が調べるの? そんなもの、調べるわけがない。米軍は核を持っているに決まってるじゃないか。そんなの分かってるよ。
司会 では、米軍を撤去させる目的は、核ですか。
温家宝守護霊 核兵器の排除をしなきゃいけないなあ。
司会 核の排除ですか。
温家宝守護霊 もちろん、そうです。核の排除が目的です。
 もし、日本が核武装したら、危険度は増すけれども、日本はばかだから、核兵器を開発するとき、おそらく、まずマスコミに公表するので、マスコミに叩かれて、結局できなくなるだろう。政治家がそれを言ったところで、選挙に落選して通らないだろうから、結局、日本は植民地になるね。
司会 核兵器の配備を本気で考える政治家が政権を取ったら、どうですか。
温家宝守護霊 日本人には無理だろうね。外人に政権を渡せば、できるかもしれないけどね。
(145~147ページ)

温家宝首相は、日本に強い政治家が出てきて、核兵器をつくられるのが、いちばん嫌である。

米軍は、すでに沖縄に核を持ち込んで、配備している。

沖縄の米軍を撤去させようと工作しているのは、核兵器の排除が目的である──。

中国は、日米関係を悪くするために、沖縄に諜報部隊を入れて普天間基地問題で工作させているという、温家宝首相の守護霊の本音の話を、一度、ご紹介したこともありました。

そして、直接的な目的は、核兵器の排除にあるという本音を、今日の温家宝首相の守護霊は語っているわけです。

沖縄のみなさんには、このあたりの中国の本心について、一日も早く気がついてほしいと、私は思うのです。

『温家宝守護霊が語る大中華帝国の野望』 大川隆法著


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人生、苦しいこと多いよね。どう受け止めていけば、いいのかなあ? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『心の挑戦』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 たとえば、みなさんが誰かと醜い争いをすることもあるでしょう。そして、それから何年も憎しみを持つこともあるでしょう。また、さまざまな失敗もあるでしょう。事故もあるでしょう。病気もあるでしょう。ケガもあるでしょう。このように、いろいろな事件が起きてきますが、「守護霊の眼から見たら、それはいったいどのように見えるだろうか」ということを、いつも考えていただきたいのです。そのようにしていると、それを、単なる好悪、善悪、好き嫌いといった感情的なレベルの問題ではなくて、もっともっと深い意味で読み取ることができるのです。
 守護霊は、その人がいったいいかなる人生計画で今世生まれてきたのかを知っています。その守護霊の眼で見るとしたら、そういう生き方をいったいどのように見るだろうか。また、すでにそのような間違いを犯した場合には、今後どのように立ち直ればよいのだろうか。そういうことが、わかってくるようになります。
 たとえば、両親に対して不平不満を持って生きている方もいるでしょう。しかし、もしその両親が、あなたが生まれてすぐに亡くなっていて、あなたが里子に出されたり孤児院に行ったりしていたら、自分の人生はどのようになっていたでしょうか。
 あるいは、「妻の出来が悪いために、自分の人生は常に苦しかった」という方もいるでしょう。しかし、もしその人が一生結婚できなかったら、いったいどのようになっていたでしょうか。
 また、「大学に進んだけれども、希望の大学でなかったために自分は不幸である」という方もいるでしょう。しかし、もしその人が、そういう学位をまったく身につけることができなかったら、いったいどうだったでしょうか。
 あるいは、「病気をしているので自分は苦しい」という方もいるでしょう。しかし、もし生まれつき身体が不自由だった場合、その人の人生はどうだったでしょうか。
 そのように、人生のストーリーというものを、まったくの白紙に戻して、もう一度違った眼で自分自身を見つめたときに、いま自分が考えている善悪とか好き嫌いという次元の問題、あるいは他人との関わりの問題を、何度も何度も、テープを巻き戻すようにして、もう一度考え直すことが可能になってきます。(中略)
 そうすると、たとえば、「あの人と憎しみ合っている」「友人と対立した関係にある」「仕事関係で対立関係にある」「妻と憎しみ合っている」「子供と憎しみ合っている」ということを、いま思っている自分であっても、「そもそも、そういう関係がまったくなく、まったく違った人生を送っていた場合には、自分はどうなっていたのか」ということを瞑想的に考えてみると、「自分が感じている善悪とは、まったく違った善悪の基準があるのではないか」「自分をきっかけとして、彼(彼女)にもまた苦しい人生体験を与えているのではないか」――そういう立場が見えてくるようになります。
(131~134ページ)

争いや、失敗、事故、病気、ケガなど、人生のさまざまな事件について、「守護霊の眼から見たら、それがいったいどのように見えるか」を、いつも考えること。

しだいに、今世の人生計画を知っている守護霊の眼からは、自分の生き方はどう見えるか、その間違いから、どう立ち直ればよいかが、わかってくるようになる。

自分の人生のストーリーをまったくの白紙に戻して、違った眼で自分自身を見つめることで、善悪とか好悪の次元の問題、あるいは他人との関わりの問題を、何度も考え直すことが可能になってくる──。

これは、「般若(はんにゃ)」という高い境地について解説しておられる中で説かれた一節ですので、とてもむずかしい人生の見方、捉え方だとは思います。

でも、いつもこういう視点を持つことが、たとえできなかったとしても、自分の人生の苦しみを、こういう観点から捉え直す考え方があることを知ったとき、また見えてくるものもあるのではないかと、私は思うのです。

『心の挑戦』大川隆法著


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ものすごくたくさん、霊言集が出てるでしょ。じゃ、司馬遼太郎って、どういう世界に還ってるのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『司馬遼太郎なら、この国の未来をどう見るか』(幸福の科学出版)のまえがきとあとがきで、こう説いておられます。

まえがき
 司馬遼太郎は、私の好きなタイプの作家の一人である。
 一九六〇年、七〇年の日米安保闘争の時代、学生たちは何かに取り憑かれたかのように、無意識のうちに、日本を中国の植民地とするための運動を繰りひろげていたかのようだった。
 しかし、全学連のリーダーたちが、明治維新の英雄のようになることはなかった。
 中国の四人組の「文化大革命」の悲劇や、「天安門事件」で、日本人も少しは中国の実態を知ったし、ソ連邦は崩壊し、北朝鮮にあこがれる人はいなくなった。あの朝日新聞でさえ、中国の空母艦隊の建設や、海南島の軍事基地について報道する時代となった。
 民主党が政権を取ってからは、再び左翼陣営が息を吹き返したかに見えた。かつての「安保闘争」は「あじさい革命」に言いかえられて、今では原発反対の環境左翼に姿を変えた。だが、某・老作家のピエロ役は虚しかった。この人はかつて、北朝鮮を礼賛していた人だった。
 司馬遼太郎は、戦後日本の左翼史観に、ペン一本で英雄史観をひっさげて立ち向かった人だった。それは、幸福の科学の、光の天使たちが歴史を創り変えているという考えとも合致している。
 本書を校了するにあたって、あらためて司馬さんの底抜けの明るさを感じた。そこには、ゴミ箱の底をあさっているかのような某週刊誌的暗黒思想もなく、この国の未来を明るく照らそうとする「光」を感じた。私自身も、この「光」を受け継ぎ、さらに大きくする者でありたいと思う。

あとがき
 司馬遼太郎さんのエピソードのうち、私の好きなものの一つは、東京駅で新幹線の入線を待っている際、いろんな人が「あら、あの人……」と振り返り、ささやくのを聞いて、「司馬遼太郎という人は有名な人らしいな」(本名は、福田定一)と他人事のように言ったという話である。
 数学の問題文の日本語だけは読めなくて、青森の弘前高校まで受験に行ったが落ちてしまって、昔は数学の入試がなかった大阪外大に進学した話も好きである。
 歴史小説を書くのにトラック一台分資料を集めるとか、大阪の自宅の近所を散歩していると、近所の人から、「あの人のおかげで住民税が安くなった」といわれたエピソードも好きである。
 一方、男女の交わりの描写は、どちらかというと不得手のようで、義経や河井継之助の性欲描写などには、女遊び経験が足りなかったところが窺われる。
 人生の九十五%を、書斎と書庫で過ごした作家に一定の敬意を表しつつ、今後とも、私たちに良きインスピレーションを与えて下さることを願う次第である。
(1~3、152~153ページ)

このまえがきとあとがきを読めば一目瞭然ですが、司馬遼太郎は、天上界に還っておられたわけです。

で、その司馬遼太郎は、いま天上界から、この日本という国の未来をどう見ているのでしょうか?

興味がある方は、ぜひ本書を手にとって一読されますように!

『司馬遼太郎なら、この国の未来をどう見るか』 大川隆法著


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仕事に必要な能力って、どんなのがあるのかな? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『創造の法』(幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

 仕事をするために必要な能力として、基本的に二つのものがあります。一つは「判断能力」であり、もう一つは「企画能力」です。判断能力と企画能力は、仕事をしていくために、非常に大事な二つの柱なのです。
 会社で仕事がよくできる人は、判断能力、すなわち、「これは駄目」「これはよい」などという決裁をする能力を持っています。ところが、この判断能力と、アイデアを出していく能力とは、同時には共存しないものです。両者は別なものだと思わなければいけません。
 ただ、両方とも必要なのです。アイデアが出てこないようでは、新機軸を打ち出せないので、新しい商売や事業で成功はしません。そのため、アイデアは要ります。しかし、判断をする業務も要るのです。
 この二つの能力は、同時にはなかなか使えないものです。アイデアを出すときは、自由な発想ができないと駄目ですし、判断をするときは、集中して、しっかりと判断をしなければいけません。
 どちらかといえば、会社の事務所などは、判断業務のほうに向いています。「これは正しいか、正しくないか」という善悪の判断をすることには、会社などが向いています。しかし、自由な発想をすることには、あまり向いていません。
 自由な発想をすることには、自宅や喫茶店にいるとき、あるいは、飲み会のときや散歩中など、楽な状態でいるときが向いています。入浴中や、ひげを剃っているとき、独りでいるときなど、心がくつろいでいるときに、発想というものは出やすいのです。逆に、判断業務のほうでは、集中し緊張しているような状態のときに、良い判断をすることができます。
 会社を伸ばしていくためには、基本的に「企画力」と「判断力」の両方が必要であり、優秀な社長は両方を持っています。ただ、両方を持ってはいても、この二つは同時には使えないものなのです。
 したがって、人を替えたり、場所を変えたりして、両方を使えるようにしなければいけません。
 例えば、企画を出すときには、「参加者が自由にアイデアを出し合う」というブレーン・ストーミングを行ってみることです。その際、前述したように、「私は課長だ」「部長だ」「社長だ」などと言って役職の上下関係を出したら、誰も意見を言わなくなるので、自由に意見を言わせることが大事です。
 あるいは、私的な場で考えることも必要です。自分独りで釣りをしているときや散歩をしているとき、あるいは、映画館や美術館、喫茶店にいるときに考えることです。アイデアを出すためには、独りの時間、孤独な時間というものが、やはり要るのです。
 しかし、こうしたことと、「パシッと判断をして業務を進めていく」ということとは違います。判断能力と企画能力という二つの能力があり、この二つは交わらないものなのです。
 この二つの能力は矛盾するものですが、この両方を持っていなければ、実は成功できません。「矛盾するものを、どのように包含していくか。あるいは、切り替えて使うか」――これが成功の秘訣です。
 会社を大きくしたかったら、この両方が必要なのです。
(39~42ページ)

仕事をするために必要な二つの能力とは、一つは「判断能力」であり、もう一つは「企画能力」である。

会社を大きくしたかったら、この両方が必要であり、優秀な社長は両方を持っているが、この二つは、両方とも必要ではあっても、同時には共存できない。

したがって、人を替えたり場所を変えたりして、両方を使えるようにしなければいけないが、この矛盾するものを、どのように包含していくか、切り替えて使うかが、成功の秘訣である──。

うーん、なるほどです。

今日は、多くの人が明確には知らない、とても大事な成功の秘訣を、ちょっとさりげなくですが手短に、教えていただいたと私は思うのです。

『創造の法』大川隆法著


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竹島に韓国の大統領が訪問したり、尖閣諸島に中国の人が上陸したり、逆に、日本人が上陸したりして、領土の問題がにぎやかだよね。でも、日本って、自衛隊とかをこういう地域に出したりできないんでしょ。いざというときには米軍が守ってくれるって話もあるけど、でもそんなので国土防衛とか、ちゃんとできるのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『秋山真之の日本防衛論』(幸福の科学出版)で、日露戦争における連合艦隊の名参謀として有名な、秋山真之の言葉(「霊言」)を、次のように伝えておられます。

 流れ的には、アメリカ軍が段階的に日本から引いていくことになるかなと思います。
 やはり、自主防衛のほうへ舵取りをする人が、政治家として必要になるでしょうね。誰かがそれをやらなければならないと思われます。(中略)
 無利子の防衛国債のようなものは出してもよいのではないかと私は思うんですよ。その程度は、国民と領土を護るためにも当然のことでございますので、ちょっと予算策定して、準備が要るということですね。
 今の通常の自衛隊を維持するための予算とは別に、万一の場合の危機管理のために、そういう無利子の防衛国債等で、ある程度の民間資金を吸い上げてもよいと思いますね。
 それから、これは私の考えであって、まだ幸福の科学の考えでも、幸福実現党の考えでもないとは思うけれども、やはり、空母と潜水艦をつくらなければ駄目ですよ。原子力空母と原子力潜水艦をつくらなければ駄目です。とりあえず、これをつくる必要があります。
 無利子国債で、原子力空母と原子力潜水艦をつくると決めたら、防衛は強固になります。それだけで、強固になります。それは、もう、「中国と対等になる」ということを意味しますのでね。ほぼ対等になります。
 「空母ができる」ということは、もちろん、防衛上も非常に有効です。要するに、F15か、F16か、次のF22か分かりませんけれども、そういう攻撃兵器を積んで、紛争地域に移動できますからね。
 それは、台湾にでも、日本から送れることを意味しているわけでしょう? つまり、「台湾有事の際、日本に原子力空母があれば、日本からでも出せる」ということを意味しています。それは、結論的には日本の防衛につながることですね。
 それから、潜水艦ですね。今、中国の潜水艦が非常にうようよしておりますし、艦船を使わないかぎり、当然、地上への侵略はできませんので、潜水艦対策、および向こうの空母部隊対策が必要です。
 空母部隊には、当然、駆逐艦や巡洋艦、その他、いろいろついてくると思います。そのため、中国が空母部隊等をつくっても、それを壊滅できるようにするには、やはり、原子力潜水艦が必要ですね。これらはトマホークで十分沈められますからね。
 それと、原子力潜水艦は、万一のときの抑止力として非常に有効です。例えば、本土攻撃を受けたとしても、潜水艦の場合は海洋に出ているため、万一のときには、海のなかから反撃ができます。向こうのミサイル等が、首相官邸付近に一発でも命中したら、もう、それで国の機能がなくなってしまいますので、「海からでも反撃できる態勢をつくっておく」ということは、防衛上、極めて大事ですね。
 だから、私は、空母と原潜はつくっておいたほうがよいと思います。そのための国債を発行するなら、無利子国債です。「国防ですから、無利子でも当然でしょう」ということで、発行してもよいのではないかと思うんですね。
 まあ、予算的に見れば、おそらくは、そうですねえ……。十兆円ぐらいあれば、とりあえず、十分、対策は立つのではないでしょうか。
(45~49ページ)

アメリカ軍は段階的に日本から引いていく流れにあるから、自主防衛のほうへ舵取りをする政治家が必要になる。

万一の場合の危機管理のために、無利子の防衛国債のようなものを出して、ある程度の民間資金を吸い上げてもよいのではないか。

それから、これは私の考えではあるが、やはり空母と潜水艦をつくらなければ駄目である──。

竹島や尖閣諸島で事件が頻発して、ようやく日本でも、「防衛問題」がまじめにマスコミで議論されはじめています。

「防衛問題」を議論するというのは、別に右翼でもなければ、戦争が好きなわけではないわけで、平和な世界を望むからこそ、最低限もっておくべき教養とか、必要な国家戦略というのがあるのではないでしょうか。

少し以前の霊言でしたが、今読み返してみると、名参謀として歴史上有名なこの秋山真之の言葉は、とても重いと、今日、私はとてもしみじみと感じるのです。

『秋山真之の日本防衛論』大川隆法著


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期末試験で、ビリの成績だったんだよね。こんな恥ずかしいの、ないよね。どうしたらいいの? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『知的青春のすすめ』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 上を目指すことは良いことだと思うんですけれども、やはり、世の中は、相対的というか、比較の世界なので、私は、ときどき、「上も偉いが、下も偉い。底辺を支えている人も偉い。クラスの一番も偉いけれども、四十番も偉い。底を支えるのも大変で、ビリなのに自殺もしないで頑張っている人も、けっこう偉いよ」と言っているのです。
 昔の人の話ですが、旧制高校の出身者が社会に出ると、在学時の成績が上のほうの“一桁族”が、意外にもあまり出世しておらず、むしろ十番台ぐらいの人が出世していて、その次に出世しているのはビリのほうの人だというんですね。
 トップの秀才は、みな、落ちこぼれていってしまい、二番手グループあたりの人たちが、そこそこ出世しているようなのです。
 そして、“ビリを張っていた”人たちというのは、まともに勉強してはいなくて、運動、山登り、旅行、マージャンなど、社会経験のほうに投資していた人たちですよね。こういう人が社会に出て偉くなっているというのが、どうも法則的によく見られるので、そんなことも知っておいたほうがいいですよ。
 例えば、麻布高校からは政治家がよく出ていますけれども、麻布高校から総理大臣になった人たちというのは、真ん中ぐらいの成績だったようです。一方、一番だったような人は、国の省庁の局長あたりで終わっている人が、けっこう多いんです。
 だから、才能って難しいですね。何か勉強以外のことをやっていた場合もあれば、一生懸命に勉強して上位に行かなかった場合もあっただろうとは思うんですけれども、社会に出ると、勉強以外の人間関係とか、勘が優れているかどうかとか、趣味だとか、いろいろなものが影響してくることもあるので、一概に言えないんですよね。
(76~78ページ)

上も偉いが、底辺を支えている人もけっこう偉い。

ビリを張っていた人のほうが、社会に出て偉くなっていることがよく見られる。

社会に出ると、人間関係とか、勘が優れているかとか、趣味だとか、勉強以外のものが影響してくることもあるので、一概に言えない──。

大川隆法先生は、しっかりと勉強することを基本的に勧められますが、だからと言って、“勉強できないとダメだ”というようには、安易に決めつけられません。

いま試験の成績が悪かったとしても、社会に出たとき、それですべてが決まるわけではないことを知り、自分の強みを生かして希望をもって進んでいくことが大事だ、ということなんだと私は思うのです。

『知的青春のすすめ』大川隆法著


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大川隆法先生って、なんで他の宗教の教祖の霊言まで出したりされるのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『宗教決断の時代-目からウロコの宗教選び①』(幸福の科学出版)のまえがきとあとがきで、次のように教えておられます。

まえがき
 宗教家が、宗教の正邪について語ることは、つらい仕事であり、ましてや、後発の宗教の立場で先発の宗教についてあれこれと述べても、嫉妬か、教団の広報宣伝ぐらいにしか見えないことだろう。
 新宗教学者の多数も、価値判断を避けて、フィールド・ワーク的な作業しかしていない現状で、たまに「価値判断」をして下さると、オウム真理教を強力に応援して、幸福の科学をやっつけてやろうとする手合いの者が出て来る始末だ。
 霊的真相を知り、神仏の心をもって正邪の判断を下すことは、この世の裁判以上に難しいことだろう。
 本書では、統一協会教祖・文鮮明氏の守護霊と、創価学会初代会長・牧口常三郎氏の霊言が登場する。
 私自身は、客観的で、公正な眼で真実を伝えたつもりだ。信仰は奪うべきものではない。しかし、今世、来世ともに責任が生ずるものであることを忘れてはなるまい。

あとがき
 統一協会も活動している信者個人は、まじめで、優しくて、親切な人たちが多いことを私は知っている。彼らも文鮮明氏がキリストの再臨であってほしかったことだろう。そして、この世の無理解のみによって自分たちが迫害を受けていると信じたいことだろう。
 『宗教決断の時代』は、信仰者にも厳しい選択の責任を迫るものである。しかし、その前には、適切な情報が与えられるべきだろう。
 また、初代会長の牧口常三郎氏が、幸福の科学に、「創価学会の時代を終わりにしてほしい。」と頼んでいるなどと、創価学会員は、決して信じたくないだろう。しかし、一部の会員は、「本山への信仰に戻れ。」という意見を正論と考えるだろう。私たちの教団も日蓮聖人とは縁の深い団体である。その行動力、政治性、宗教家としての勇気に学ぶことも多い。「諫言」を大切にする信仰上の美質に対し、本当のところを訴えたいのだ。
(1~2、254~255ページ)

このブログでは、統一協会の文鮮明氏の霊言の記事について、特に大きな反響をいただいているように感じます。

これらの霊言集刊行に関する大川隆法先生の真意は、このまえがきとあとがきで書き尽くされているのではないかと、私は思うのです。

『宗教決断の時代』 大川隆法著


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ね、「中道からの発展」っていう考え方があるんでしょ。それって、どういうふうに考えればいいの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『仏陀再誕』(幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

成功の時においては、物事は控えめに考えてゆきなさい。
また、失敗の時においては、己の心を励ましながら生きるがよい。
共に、両極端にならず中道に入るための方法である。
愚かなる人間は成功のなかにあって、
自我を拡張し、傲岸不遜となり、
人を人とも思わないような発言を繰り返すようになる。
そうして、いつか自分を取り巻く環境が悪化した時に、
あっけなく失敗の底に沈み、誰も助けてくれる人がいなくなる。
また、逆に失意の底にある者が、
自虐的となり愚癡(ぐち)ばかりを言っておれば、
誰もまた、この人とつきあおうとはしないであろう。
愚癡ばかり出る人とつきあっておれば、心まで暗くなってしまう。
自らの心を暗くするような人とつきあわないというのも、
また、賢明な道であるからだ。
そうした賢明な道を選ぼうとする者は、
失意の底にあって愚癡や不満を言っている人間を、
相手にしようとはしないであろう。
したがって、たとえ失意の底にあるとも、
希望の光を求めて、心を励まし、力強く生きようとすることだ。
あなたが、力強い一歩を踏み出し、
そして、次なる一歩を踏み出し、
さらに第三歩を踏み出す時に、
次第しだいにまわりからも認められ、
また、素晴らしい中道の、黄金の道へと、
帰ってくることが可能となるであろう。
およそ、成功とはこのようなものだ。
人びとよ、
常に中道を旨とせよ。
中道を旨とし、中道からの発展ということを旨とせよ。
政治においても、経済においても、
中道を旨とし、中道からの発展を旨とせよ。
それは、万民を害せず、万民を愛し、
万民を幸福にするための道でもあるということなのだ。
(191~194ページ)〔携帯版199~201ページ〕

成功の時においては、物事は控えめに考えてゆき、失敗の時においては、己の心を励ましながら生きるがよい。

常に中道を旨とし、中道からの発展ということを旨とせよ。

それは、万民を害せず、万民を愛し、万民を幸福にするための道でもあるのだ──。

幸福の科学の豊富な教えのなかでも、この「中道からの発展」という考え方は、とても大事なものの一つだと教えていただいています。

よくよくあたためて、しっかりと自分のものとしたい教えだと私は思うのです。

『仏陀再誕』大川隆法著


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