ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



最近、新聞で、大川隆法先生の霊言集の広告、よく見るよね。昔はあんまり見たことなかった気がするんだけど? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『救世の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 私は、二〇一〇年に、四十冊以上もの霊言集を世に問いました。
 「霊言」とは、すでにあの世に還っている人の霊や、まだこの世に生きている人の守護霊などが、地上にいる私の口を通して話をすることです。
 しかも、ほとんどの霊言において、霊界の証明を兼ね、幸福の科学の総合本部などで公開収録をしました。大勢の人が見ている前で、質問者との対話形式によって霊言を行ったわけです。その模様は録画され、当会の支部や精舎で公開されましたし、その内容は、そのまま活字化されて本になっています。
 まず、二月初旬に、『松下幸之助 日本を叱る』と『龍馬降臨』の二冊を、ほぼ同時に発刊しました。
 そして、五大全国紙や地方の有力紙で大々的に(共に幸福の科学出版刊)広告を行いました。(中略)
 こうした、日本を代表するような新聞が、二面、三面、四面という、始めのほうのページにおいて、全五段の大きさで霊言集の宣伝を載せてくださるというのは、実は、普通のことではないのです。
 朝日新聞を例に取ると、今から二十年以上前の、幸福の科学が始まったころには、霊言集の宣伝広告は載りませんでした。また、今でも、ほかの教団のものは載りません。
 こうした霊言ものが、きちんと大広告で載るというのは、新聞社から見ると、一定の信用を与えるのと同じことなのです。
 しかも、二面や三面、四面など、早めのページに出てくることは、その広告の内容に対して、「一定のニュース性があり、かつ、それを宣伝する必要を感じる」ということの意思表示でもあるのです。
 また、その広告が載ったのは日曜日の新聞でした。(中略)日曜日には、家にいて新聞を読む人が多いため、新聞の書籍広告欄は、読まれる率が高く、それを読んで書店にその本を買いに行く人が多いのです。それが日曜日の新聞の持つ意味です。
 したがって、「日曜日の新聞で、前のほうのページに広告を出せる」というのは、「それだけの信用を与えられている」ということです。
 大きさが同じならば、どのページであっても、基本的に広告代金は同じです。新聞社側が広告の内容を信じられなければ、二面や三面などではなく、目を通す人が少なくなる十数ページ目ぐらいに載せ、責任を逃れることができます。ところが、二面、三面、四面というあたりに載せると、ほとんどの人が目を通すのです。
 世論調査などから見て、「あの世を信じていない」と思われる人は、日本では半分近くいるであろうと言われています。新聞の購読者で、あの世を信じていない人たちのなかには、「なぜ、こんな大新聞が、あの世からの霊言を本にしたものの大広告を載せるのか」という抗議をする人も出てくるでしょう。
 そういうことは、もとより承知の上で、それでも、「この広告を載せる必要がある。しかも、広告として優先度が高い」ということが認められているわけです。
 これは、「今の日本社会のなかにおいて、一つの精神革命が進みつつある」ということを意味しているのです。
(170~174ページ)

大川隆法先生は、霊界の証明を兼ねて、幸福の科学の総合本部などで、大勢の人が見ている前で質問者との対話形式によって数多くの霊言を行ったが、その模様は録画されて、幸福の科学の支部や精舎で公開され、その内容はそのまま活字化されて本になっている。

書籍となった霊言集は、五大全国紙や地方の有力紙において、二面、三面、四面という始めのほうのページで全五段の大きさで大々的に広告しているが、実は、それは普通のことではない。

これは、今の日本社会のなかにおいて、一つの精神革命が進みつつあることを意味している──。

さりげなく、しかし驚くべき数で刊行され続ける霊言集と、その大量の新聞広告に、そんな深い意味があったなんて、ちょっと驚いた方が多かったのではないでしょうか。

立宗25年をへて、幸福の科学は、少しずつ、でも確実に、世の中を変えつつあることを、今日は確認できた気がするのです。

『救世の法』大川隆法著


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中国の最高権力者だった小平の霊言は、一度ご紹介しました。

で、その小平は、どういう世界にいるんでしょうか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『アダム・スミス霊言による「新・国富論」──同時収録 小平の霊言 改革開放の真実』(幸福の科学出版)で、その小平の霊の言葉(「霊言」)を、A氏(質問者)との対話の形で、次のように伝えておられます。

小平 ああ。なんだ? これは、なんなんだ?
A─ これは、「霊言現象」というものです。
小平 な、なんという力だ。これは、す、すっごい力だなあ。
A─ 霊になられた小平先生のお言葉を、今、公開で収録させていただいております。
小平 そうかあ。ハア。ハア。
A─ はい。多くの人々が、「これからの中国は、どうなるのか」ということについて、ぜひ、小平先生のお考えを聴(き)きたいと……。
小平 いやいや。話を聴きたいというのは、よく分かるが、ちょっと待て!
A─ はい。
小平 ちょっと待て! いやあ、初めての経験なので、ちょっと、今、動揺しておるのだ。ちょっと待て。ちょっと待ってくれるか。
A─ はい。
小平 ハア。すごい……。今、なんだか、万力のようなもので頭を締め上げられ、ロープでぐるぐる巻きにされて引きずり上げられたんだ。そんな感じなんだ。井戸の底から、ものすごい速度で、何万メートルもグーッと引き上げられたような、すっごいショックを、今、受けておるのだ。(中略)
A─ ご安心ください。小平先生を責めようとしているわけではありません。
小平 でも、事情がもうひとつ飲み込めない。
A─ まったく知識のないことだと思います。
小平 ああ、こんなことがあるのか。
A─ はい。小平先生は、「肉体を去って、霊界という場所に行き、今、霊界から、大川隆法総裁の力でもって、私たちにメッセージを伝えようとしている」という状況です。
小平 いやあ、これは初めてだなあ。この世に、こんなことがあるのか。
A─ まあ、この世でもありますし、あの世でもあります。
小平 あの世?
A─ はい。
小平 あ、あの世?
A─ はい。小平先生は、ご自分が亡くなられたことを理解しておられますか。
小平 いや、わしは、また捕まって、監禁されているのではないのか。(中略)
A─ いえ、失脚しておられません。はい。(中略)
 小平先生が病気で亡くなったころから……。
小平 ん? ん? なに? 病気?
A─ 小平先生が病気で亡くなられたころから……。
小平 亡くなった? 君、「亡くなった」と言ったか。
A─ はい。
小平 「亡くなった」と言ったか。
A─ はい。もう地上にはおられません。亡くなられています。
小平 いや、君、そうじゃないんだよ。わしの姿が見えなくなったからって、そう勘違いしちゃいけないよ。わしはまた失脚して、地下牢に入れられたんだよ。
A─ いや、失脚ではなくて、命を失くされたのです。
小平 命? 命はあるよ。
A─ いえいえ。
小平 まだあるよ。
A─ 永遠の命はありますが、もう肉体はありません。
小平 んー。
(113~125ページ)

ご紹介したのは、大川隆法先生に招霊された直後の対話部分です。

同様のやり取りは、何度も何度も見てきた感じですが、小平は、マルクスなどと同様に、自分が死んださえ知らないまま、死後十数年も地下牢に入れられていると思い込んでいたわけです。

あの世や霊界の存在を信じていないというのは、とてもとても残念なことですし、また恐ろしいことでもあるという、その実例を、今日も教えていただいたのだと思います。

『アダム・スミス霊言による「新・国富論」』大川隆法著


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最近、ADHD(注意欠陥・多動性障害)とか、アスペルガー症候群(高機能障害)、LD(学習障害)とか、いろいろ子供の病気ってあるでしょ。そんなお子さんもってる親って、どうしたらいいんだろう? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『じょうずな個性の伸ばし方』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 医学をあまり信用してはいけません。とにかく分類しているだけなのです。
 自閉症も、その定義を読めば、内容が矛盾していて、めちゃくちゃです。いろいろな特徴をいくつも取り入れており、ほとんど“うそ”です。(中略)
 ADHDも実は活発なだけです。勉強が嫌いで、教室でじっとしていられない子は、昔からいくらでもいます。それは当たり前のことであり、寺子屋で、じっと教えを聴いている子は、いないほうが普通です。(中略)管理するのが楽ではない子を、「問題がある」と言っているのです。医者は、いろいろと分類していますが、人間には多様な個性があるのですから、そういうものをあまり気にしないほうがよいのです。
 「仏の子だ」と思って見てあげてください。人間の魂には、それぞれ、いろいろな傾向があるため、変わったことをする子も数多くいるのです。(中略)
 ただ、現代では、低年齢であっても悪霊現象が起きるので、家庭に問題があったりして動物霊などが憑いている子には、奇行が多くなります。
 そのため、子どもの奇行に関しては、それが魂の傾向なのか、霊障なのか、よく見きわめなくてはなりません。(中略)
 動物霊に憑かれると、少し変わった行動をするようになるので、奇行が多い子に関しては、いちおう動物霊の憑依を疑ってみてください。(中略)家のなかを荒らしたり、悪さをしたり、急に家を飛び出していったりします。抑えが利かないようなことが数多く起きる可能性もあります。(中略)
 自閉症と言われるもののなかには、どう見ても、悪霊の憑依によるものが一部入っていると思われますが、それが医者にはわかりません。悪霊が何体も憑いて多重人格のようになっている場合でも、「脳がおかしくなったか何かだろう」「神経がおかしい」などと言っているような状態です。
 このへんに関して、医学は、まだ、ほとんど迷信の領域にあります。宗教のほうがずっと進んでいるので、医者の言うことは、ほどほどに聴いてください。
 彼らも生計を立てなくてはいけないのですが、何らかのレッテルを貼り、鎮静剤などの薬を出していれば食べていけるのです。しかし、これでは、古い時代の宗教とほとんど変わらないレベルです。(中略)
 現実に障害がある場合もありますが、その場合でも、何か魂の学習の目的があって、そうなっていることもあるのです。(中略)障害のない人を見て、「うらやましい」と思うかもしれませんが、だれもが、それぞれの課題に取り組みながら生きているので、それぞれの環境のなかで努力することが大事なのです。
 なお、アスペルガー症候群は、アインシュタインなども、そう分類されているので、ある方面への天才性が、他の機能を封じ込めている場合もあります。また、完全主義的で正義感が強すぎる人もあって、人間関係のトラブルが絶えません。「光の天使の可能性もある」と思ってください。
 LDは、不得意科目の言いわけによく使われます。「好きこそものの上手なれ」です。コツコツと努力しましょう。
(85~94ページ)

人間の魂にはいろいろな傾向があるため、変わったことをする子もいるだけであり、自閉症も、ADHDも、アスペルガー症候群も、LDも、「仏の子だ」と思って見てあげてほしい。

家庭に問題があったりして動物霊などが憑いている子には、奇行が多くなるので、奇行が多い子に関しては、いちおう動物霊の憑依を疑ってみるべきである。

宗教のほうがずっと進んでいるので、とにかく分類しているだけの医学をあまり信用してはいけない──。

今日のお教えは、示唆に満ちていないでしょうか。

動物霊の憑依の場合は、幸福の科学の精舎や支部で相談すれば、必ず対策がたつはずです。

そして、障害をもっていると言われる子も、みんな、いろんな個性を持った「仏の子」なんだって考えたとき、子供たちへの対処の仕方も、根本的に違ってくるのではないかと、私は思うのです。

『じょうずな個性の伸ばし方』大川隆法著


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マルクス主義って、まだ正しいって言う人がいるでしょ。どうなのかね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『未来創造の経済学』(幸福の科学出版)で、ノーベル経済学賞を受賞した著名な経済学者・ハイエクの霊の言葉(「霊言」)を、次のように伝えておられます。

 原点は「自己弁護」だと思うんですよ。自分が貧しくて事業に成功しなかったことなどを、全部、基本的には、外部に責任を押しつける考え方を持っていると思うんですね。それは、あなたがたの宗教でも教えている「自己責任」ではなくて、他の責任にする生き方ですよね。
 そういう自己弁護のためだけに、あの膨大な経済哲学をつくり上げた人だと思う。「自分が貧しいのは、なぜか。それは大資本家が悪いからだ」ということを理論化したわけですね。
 経済というものは、まあ、あなたがたも食べるでしょうが、一つのピザパイのようなものです。これに刻みを入れ、六等分や八等分にしてあると、「人が何人いたら一人に何切れ当たるか」ということが分かります。(中略)
 そして、マルクスの考え方は、「大資本家が、そのパイの大部分を取っている。例えば、八等分できるパイがあっても、大資本家が、八切れのうちの七切れを取って、労働者には一切れしかくれない。これは、けしからん。これが、労働者が貧しい理由である。大資本家から残りのパイを取り戻せ。一切れしかもらっていない労働者たちが集まって、労働組合による政治を行い、全員で、きちんと正しく配分しようじゃないか。大資本家には、八分の一以上は与)えないようにしようじゃないか」というものです。基本的には、そういう考えなんです。
 だから、マルクス主義には高度な累進課税があります。土地とか工場とか、こういう大きな生産手段が富の格差を生むからです。(中略)
 それから、マルクス主義では、相続をさせないようにするため、生産手段を国有化して個人には渡さないようにし、「国家が国民を公平に処遇する」という美名の下に政治体制が出来上がっています。
 「プロレタリアート独裁というかたちで、労働者が独裁する国家が生む平等な社会によって、最終ユートピアが出来上がる」と、まあ、こう考えるわけですね。
 ただ、「プロレタリアート独裁」という言葉はきれいだけれども、実際には、労働者は世界中にいるわけです。世界に何十億人もいる労働者たちに、どうやって独裁ができるんでしょうか。できるわけがありません。
 あるとしたら、そういう人たちが、不平不満を持っている相手をつるし上げるかたちでの独裁しかありえないですよね。「こいつが悪いことをした」と犯人を決めつけて、その人をギロチンにかける。絞首台に乗せる。電気椅子に座らせる。(中略)
 結局、共産党員という名のエリートが出てきて、それが支配する。中国に十三億人の国民がいたって、結局、七千万人ぐらいの共産党員が中国を支配している。しかも、七千万人もの人がいても、そのほとんどは下部の者であり、上位層にいるのは、ごく一部にすぎず、その一部の人たちが支配する。
 そこにあるのは、言論の統制、信教の自由の統制、思想・良心の自由の統制です。そして、反政府的な言論には、全部、統制をかけていきます。
 そのように、実際には、マルクスが考えていたことと、ちょっと違うようになってきたのです。
 ただ、彼の思想自体には、要するに、「自分よりも成功した人は、みな悪人だ」と見る考えがあると思うんですね。(中略)真理の面において、やはり、間違っているところがあったと思うんです。
(42~47ページ)

マルクスの思想の原点は、自分が貧しくて事業に成功しなかったことの責任を、全部、外部に押しつける「自己弁護」であって、真理の面において、やはり間違っているところがあった。

労働者が独裁する国家が生む平等な社会によって最終ユートピアが出来上がるとする、「プロレタリアート独裁」という言葉はきれいだけれども、実際には、労働者が不平不満を持っている相手をつるし上げるかたちでの独裁しかありえない。

結局は、マルクスが考えていたことと違って、共産党員という名のごく一部のエリートが支配し、言論の統制、信教の自由の統制、思想・良心の自由の統制がなされる体制となってしまった──。

1991年のソ連邦の崩壊によって、マルクス主義の誤りはもはや誰の目にも明らかになったと思えるのですが、でも、まだまだ信奉している人も少なくないようです。

このマルクス主義については、一度、アダム・スミスによる批判をご紹介したことがありました。

なぜ天上界の高級霊がさまざまな角度から批判するのかを、一人でも多くの方に知っていただくことで、善意であるのに結果として人々を不幸に陥れる、唯物論国家の悲劇が根絶されるのではないかと、私は思うのです。

『未来創造の経済学』大川隆法著


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死刑制度について、一度、この世的な角度から教えてもらったよ。でも、霊的な角度でのお教えって、あるんじゃないの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『真実への目覚め』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 もう一つ、死刑を霊的な視点で捉えることも必要です。
 この世で犯罪行為によって人殺しをした場合には、死後、地獄界に行くことになると思いますが、死刑になることによって、いわば借金の一部が払われた状態になることもあります。「犯罪者であっても、この世で罪の代償を支払うことによって、来世での罪が多少なりとも軽くなる」という現実があるのです。
 昔、戦争の時代に、多くの人を殺した英雄であっても、最後には自分自身が殺されている場合がよくあります。そういう人たちの霊は、「最後に殺されることによって、やはり罪が軽くなるのだ」と言っています。因果応報というか、同じ目に自分が遭うことによって、そのカルマが軽くなる面もあるのです。
 ただ、こういうことは、軍隊で正義の名の下に戦った兵士たちには適用されません。仏法真理の観点から見ると、責任を取るのは国王や大統領などの政治家です。それは指導者の責任なのです。
 また、人を殺しても、法律に基づいて適正に行った行為については、基本的に責任はないことになっています。例えば、警察官が、その職務において犯罪者と撃ち合って人を死なせることがあっても、それが理由で、その警察官が地獄に堕ちることはありません。このへんは、ご理解いただきたいと思います。(中略)
 総合的に述べると、「凶悪犯罪が少なくなっていない国においては、まだ死刑制度を残しておいたほうが、犯罪予防のためによいのではないか」という気持ちを私は持っています。
 ただ、将来的には、真理が浸透していくことによって、それが犯罪の抑止力となり、事前の予防効果が強くなることや、刑務所内でも真理が浸透することによって、再犯率が下がっていくことを望んでいます。(中略)
 要するに、自分が人からされたくないことを人に対してしないことです。逆に言えば、自分が人からしてほしいことを人に対してすることです。それが宗教におけるゴールデンルール(黄金律)です。
 すなわち、「自分が人に殺されたくないのなら、人を殺すなかれ」「自分が人に盗まれたくなかったら、人のものを盗むなかれ」ということです。これがゴールデンルールであり、基本なのです。そうした基本的なことが、日常生活のなかで、当たり前の道徳として実践されるようにしなければいけません。
 その前の段階として、治安が悪いのならば、行政には、きっちりと善良な市民を護る義務があります。私も、それについては容認しています。(中略)最終的に、私は、この地上に平和な天国的社会をつくりたいのですが、現実的には、やはり、犯罪を少なくしていく努力をしなくてはいけないのです。
 そのためには、犯罪者の温床である貧困層を減らしていかなくてはなりません。これには政治・経済的な面での努力が必要でしょうし、それと同時に、宗教的には、やはり、「真理を広げていく」という精神運動を行わなくてはなりません。この両面からやらなければ、問題は解決しないと思います。
(184~188ページ)

この世で犯罪行為で人殺しをすれば、死後、地獄界に行くことになるだろうが、死刑になることによって、この世で罪の代償を支払うことで、いわば借金の一部が払われた状態になることもある(「因果応報」)。

凶悪犯罪が多い国では死刑制度を残しておいたほうが、犯罪予防のためによいとは思うが、将来的には、仏法真理が浸透していくことで予防効果が強くなり、刑務所でも真理が浸透することで再犯率が下がっていってほしい。

宗教的には、真理を広げていくという精神運動を行ない、政治・経済的な面では、犯罪者の温床である貧困層を減らしていかなくてはならず、この両面からやらなければ、地上に平和な天国的社会をつくることはできない──。

今日のお教えで、大川隆法先生の死刑制度に対するお考えが本当にわかったと、私は感じているのです。

『真実への目覚め』大川隆法著


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幸福の科学って、最近、日銀がちゃんと仕事してないって、批判してるんでしょ。日銀って、何をすべきところなんだって考えればいいの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『景気回復法』(幸福の科学出版)で、大正・昭和初期に日銀総裁や大蔵大臣、総理大臣を歴任した、高橋是清の霊の言葉(「霊言」)を、次のように伝えておられます。

 九〇年代に、日銀は、あの「バブル潰し」で明らかに日本経済を破滅させたな。中央銀行が、「バブル潰し」と称して、日本経済を破壊し、国民の財産を奪ったわけで、共産主義政府みたいなことをやっちゃったね。(中略)
 それから、二〇〇〇年代には、緩やかな好景気が続いていたが、これも潰した。まあ、自称「インフレファイター」というのが日銀の自慢だからね。小泉さんのころ、緩やかな好景気が、かつてないほど長く続いていたが、日銀は、この長すぎる好景気が怖かったように見える。(中略)検察がホリエモンの逮捕に動き、日銀のほうも締め上げをして、景気を潰しにかかったよな。(中略)
 ある意味で、検察や日銀には、基本的に、「民が豊かになることは悪だ」という発想がある。その根本にあるものは、やはり、社会主義的な考え方ではないかな。「中央銀行は、経済を全部統制できる」という考え自体が、実際には共産党政府とほとんど変わらないね。
 しかし、中央銀行が統制できることと、できないことがある。中央銀行がやるべき仕事は、先ほど言ったように、民間ではできないことをすることだよな。民間では、とても対応できないような危機のときに、つまり、いざというときに対応するのが中央銀行の仕事だよ。
 民間でやれるのなら、中央銀行の仕事はないよ。はっきり言って何もない。しかし、民間で太刀打ちできないような緊急事態が起きたときに頼れるのが、財務省であり、日銀だと思うんだよな。そういう出番のときに戦って勝てなければ、存在意義はないわなあ。
 数年前、緩やかな景気回復軌道にあったのに、IT系企業の株価を暴落させたよね。ああいうIT企業は、銀行から見れば、要するに、担保というものを何ら持っていない者たちだよ。どうせレンタルのオフィスだろうし、パソコンを差し押さえるぐらいしか、担保になるようなものはない。彼らの持っている担保は「成長率」のみだったと思うんだよ。未来性、将来性、その成長度、経済成長率のみが担保だったと思う。
 これを「バブル」と認定して潰しに入ったことが、やはり、今の不況の元凶になっていると思うんだな。
 ただ、その後、リーマン・ショックが起きたりしたため、また、そういうバブル潰し的なことが合理化される傾向が出てきているとは思うんだけどね。でも、これからの産業は、昔のように、「土地を担保にお金を貸す」とか、「工場を担保にお金を貸す」とかいう時代ではないと思うよ。(中略)
 要するに、銀行の親玉である日銀の使命はね、最後は“血液を流す”ということなんだよ。体は筋肉で動いているんだけど、日銀は、“筋肉”でもないし、“骨”でもないんだよ。お金という名の“血液”を流しているだけなんだ。日銀や財務省というのは、血液を流す心臓の部分なんだよな。
 だから、血液が流れて行かなかったら、体は死んでいくのさ。
 それを勘違いして、自分たちを“筋肉”だと思ったら大間違いだ。実際に仕事をしているのは、間違いなく手足の筋肉のほうであって、自分たちは、ただ血液を送るのが仕事なんだよ。(中略)やはり、「体を張ってでも資金の供給をする」ということだな。(中略)資金がなかったら企業は仕事ができないよ。
(39~49ページ)

ある意味で、検察や日銀には「民が豊かになることは悪だ」という発想があるが、その根本にあるものは、社会主義的な考え方である。

「中央銀行は、経済を全部統制できる」という考え自体が、実際には共産党政府とほとんど変わらない。

そうではなくて、中央銀行がやるべき仕事は、民間ではとても対応できないような危機のときに対応することである──。

一度、同様のテーマについて、渋沢栄一の霊言を紹介したことがありました。

こんなふうに、生きた経済学について勉強できるなんて、幸福の科学って、ほんとに宗教とは思えないですし、それは本当にすごいことだと、私は思うのです。

『景気回復法』大川隆法著


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最近、宇宙人の霊言がものすごくたくさん出されてるでしょ。これってどうしてなの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『不滅の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 日本の文化人や知識人の中には、霊界を信じることを、ばかばかしく、狂ったことであるかのように言う人が数多くいますが、宇宙人の存在に関しても、同じことを言う人が大勢います。
 夜の星空を見上げると、われわれが住む銀河系ぐらいの規模の銀河は、数えることができないほど数限りなくあります。その数を確定することなどできません。
 「それだけ数多くある銀河の中で、人類のような存在は、この地球だけにしかいない」と考えることこそ、まことにまことに異質で異常な〝信仰″と言わざるをえないでしょう。もっと強く言うならば、あまりにも倣慢な考え方だと私は思います。
 「宇宙には、何倍個、何千億個、あるいは、それ以上の星があるでしょうが、その中に、地球のような星はただ一つしかなく、人類は地球人だけだと思っているなら、その考え方は間違っています」と私は述べたいのです。
 他の星にも人類同様に知能の発達した人たちは住んでいて、この地球よりも、はるかに進んだ文明の中を生きている人たちもいます。地球より優れた文明の中で生きていなければ、はるかなる時空間を超えて地球にやってきたりすることはできないはずです。
 今、彼らは数多く地球に来ています。現在、二十種類以上の宇宙人が地球に飛来してきており、地球人が宇宙時代に突入するのを待っているのです。
 人類は、今、宇宙ロケットを発射し、宇宙に進出しつつあります。もう少しで、地球人は宇宙人と対等の立場で交流ができるようになります。そのときが来るのを、宇宙人たちは、かたずをのんで待っているのです。
 したがって、宇宙の人たちとも話し合えるレベルまで、人類の文化レベルを進化させることも、私の使命の一つです。
 そのような時期にあって、「私の教えの発信地である日本が、教えを伝えている相手である諸外国から見て、実に情けない状態である」ということを述べなくてはならないのは、とてもつらいことです。
 私は「宇宙の法」を二〇一〇年から説き始め、今後も説いていきますが、それによって、宇宙の人たちと対話や文化交流ができる基礎をつくろうとしているのです。
 これについても、現代人は、そう簡単に受け入れることはできないと思います。
 しかし、現在、すでに数多くの宇宙人が地球に来ています。また、過去の文明において地球に入り込み、もはや地球人として住んでいる人も大勢いるのです。
 その実態を私は二〇一〇年から明らかにし始めています。これを、今後、もっともっと分かりやすいかたちで、人々の前に明らかにしていこうと考えています。
 あの世の証明だけでも、これほど大変なのに、さらに、「宇宙の人々、スペース・ブラザーズたちとの交流が、やがて始まる。そういう時代が近づいている」ということにまで言及して、私は警鐘を鳴らしているのです。(中略)
 「未来への遺産のために、将来の人類が生き延び、生き残るために、これを伝えていかなくてはならない」と、私は強く強く願っているのです。
(72~75ページ)

日本の文化人や知識人の中には、霊界を信じないのと同様に、宇宙人の存在も信じない人が大勢いる。

実際は、他の星に、この地球よりも、はるかに進んだ文明を生きている人たちもいて、現在、20種類以上の宇宙人が地球に飛来しており、地球人が宇宙時代に突入するのを待っている。

「宇宙の法」を説き、宇宙の人たちと対話や文化交流ができる基礎をつくって、人類の文化レベルを宇宙の人たちとも話し合えるレベルまで進化させることも、大川隆法先生の使命の一つである──。

なんとなく知っていたつもりでしたが、こういう形でまとめて説いてくださると、改めて腑に落ちてきます。

大川隆法先生は、仏陀にして救世主として、国師として、そしてワールド・ティーチャーとして、現代の人類だけでなく未来の人類に対しても責任を感じて、ほんとうに、本気で活動しておられるのだと、改めてわかった気が私はするのです。

『不滅の法』大川隆法著


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ね、孫文って、最近、よく名前聞く気がするんだけど、どんな人なの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊の『孫文のスピリチュアル・メッセージ』(幸福の科学出版)のまえがきとあとがきで、次のように教えておられます。

まえがき
 今の中華人民共和国(北京政府)と中華民国(台湾)の関係や、その未来を読み解くためには、「国父」といわれた孫文の思想に戻って再出発すべきだ。これは日中関係を正しく理解し、平和な未来を構築するためにも重要である。
 孫文は、日本の明治維新をモデルとしつつ、「三民主義」を基本に、民主主義的で神の下に平等な国家の建設を目指していた。
 私は一九一一年の『辛亥革命』で、日本人が孫文を応援し、中国の近代化に貢献したことを誇りに思う。本当の意味で正しい真理を共有し、日中両国が友人となれることを願ってやまない。

あとがき
 「革命いまだ成らず」の思いを残してこの世を去った孫文の、霊界(八次元如来界)からのスピリチュアル・メッセージである。
 孫文が本当に願っていた三民主義に基づく革命を成就できるよう応援したいものだ。
 そして中国政府にも、孫文がクリスチャンであり、神を信じ、あの世も霊も信じ、マルクスの階級闘争を批判し、神の下の平等の実現を願っていたことを知ってほしい。
 孫文なら、毛沢東政府のように中国の経済的発展の遅れや失政を日本のせいにはしなかったろう。むしろ「日本人の勤勉さを見習え」と言ったろう。神を否定し、金儲けに走るのを「エコノミック・アニマル」という。かつての日本につけられたあだ名が、そっくり中国に返されないことを願う。
(1~2、152~153ページ)

あの孫文は、八次元世界に還った高級霊(「如来」)だったわけで、その立場から、日本や今の中国についてどう見えるのか、です。

中国に興味があるすべての方にぜひとも知ってほしい霊言だと、私は強く思うのです。



『孫文のスピリチュアル・メッセージ』大川隆法著


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創業のときから一緒にやってた人が、事業が大きくなってきたのに、それに合わせて大きくなってくれなくって、役に立たなくなってきたんだよね。大事な創業メンバーなんだけど、どうすればいいの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『経営入門』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 小さな会社においては社長が最大の人的資源ですが、会社が大きくなるにつれ、その規模にふさわしい人材が途中から入ってきて、しだいに内部の体制が固まってきます。
 その際に、創業のころからいる人たちが能力不足で役に立たなくなり、彼らに対して非常に残念な処遇をしなければならない場合も出てきます。
 しかし、初期の人たちが厳しい処遇をされる会社というのは、発展している会社なのです。したがって、そういう事態になったときには、自分の会社が発展したことを喜ばなければなりません。ほとんどの会社は十年一日のごとき経営をしているので、それだけの発展があったというのは喜ばしいことなのです。
 ただ、創業時には貢献したが、会社の規模が五倍や十倍になった段階で幹部として使えなくなった人に対しては、「給料は十分に出すけれども、部下はつけない」という処遇が必要です。要するに、会社の被害を大きくしないことが大切なのです。
 もちろん、明確に「辞めたい」という意思表示をした人に対しては、それ相応の金銭的処遇をし、気持ちよく送り出してあげることが大事です。
「会社が脱皮していくにつれて、そういう厳しい処遇をするのも経営者の仕事である」ということを心得ておかなければなりません。(中略)
 また、親族の場合も同じです。もともとは親子や兄弟、夫婦などで経営していた会社が、大きくなるにつれ、そういう人たちの能力では運営が厳しくなってくることもあるでしょう。
 その際に、どのような処遇をするかも非常に難しいものがあります。特に兄弟がライバル関係になった場合は、厳しいものがあるでしょう。
 しかし、基本は同じであり、その人が能力的に無理ならば、利益を分け与えるなど、金銭的なメリットは、ある程度残したとしても、部下まで与えて組織全体の業務を阻害させるようなことは避けなければなりません。
 そして、どうしてもうまく処遇できない場合には、会社や財産の分割といった手段によって、別個のものにしていくことも必要になります。
 このような非情さを持ち、理性に基づく判断ができるようでなければ、トップとして立っていくことはできず、やがては自滅していくことになるのです。
 いずれにしても、経営者として成功していくためには、厳しい経営判断を一種の「禅機」(悟りを得る機会)として、不退転の心境を磨いていかねばなりません。
「鋭さ」「厳しさ」、そして「智慧」といったものを持たなくては、小さな会社であっても社長は務まらないのです。
(158~161ページ)

会社が大きくなって、創業のころからいる人たちが能力不足で役に立たなくなってきたときは、「給料は十分に出しても部下はつけない」という処遇が必要であるし、明確に「辞めたい」という意思表示をした人に対しては、それ相応の金銭的処遇をし、気持ちよく送り出すことが大事である。

このような非情さを持ち、理性に基づく判断ができるようでなければ、トップとしては自滅していくことになる。

経営者として成功していくためには、厳しい経営判断を一種の「禅機」(悟りを得る機会)として、不退転の心境を磨いていかねばならない──。

今日は、小さな会社を経営する方へのお教えです。

これは会社を経営しているのではない人にとっても、会社経営の厳しさの一端に触れる、とても貴重なお教えではないかと、私は思うのです。

『経営入門』大川隆法著


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前回、金星には、この世の世界(「三次元現象界」)が生存に適さなくなったため、いわゆる「あの世」(「四次元幽界」)で、生活をしている人々がいて、その一部が地球に来ているって話だったよ。じゃ、どういう人たちが、地球に来てるの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『宇宙人との対話』(幸福の科学出版)で、公開霊言の一種として、眼前に座る人(Eさん)に存在する金星人の言葉(霊言)を、質問者(Iさん)との対話の形で、このように伝えておられます。

I─ 金星の四次元空間にいる魂の方々の数は、今でもかなり多いのですか。

金星人 そうですよ。まあ、五億人ぐらいは、いるんじゃないですか。

I─ そのうちの何人かは、あなたのように地球人として生まれているのでしょうか。

金星人 ええ、そうですね、金星から地球に生まれ変わるには、幾つか条件があるんです。
 要するに、地球に生まれて肉体を持つために必要な条件の一つは、次のようなことです。
 金星においては、その金星四次元世界で、自己犠牲的な行為をして周りの人からほめたたえられるようなことがありますと、まあ、あなたがたで言う“金星菩薩”になって、新しいチャンスが与えられるのです。「では、魂の新しい修行のチャンスをあげよう」ということで、地球行きの切符がもらえるというかたちになっているんですね。
 だから、何らかの自己犠牲的な行為で多くの人々を感動させるようなことがなければ、やはり、そうはならないですね。
 私の場合は、「金星の大聖堂が崩れて、その下敷きになって大勢の人たちが苦しんでいるときに、一生懸命、その人たちを助け出して看護した」というところが、とても評価されました。
 それで、「あなたには何か新しい魂修行が必要かもしれないし、そういう愛の行為を実践したければ、三次元という世界で肉体修行をすると、より一層、魂修行としてはプラスになります。肉体をまとっても、それができるかどうかを試されると、もう一段、高い精神レベルに達することができますから、行ってみますか」というふうに問われて、そして、来たわけです。
 金星から地球に来られる人数は限られています。葉巻型母船がありますが、あの葉巻型に入れるぐらいの人数が、だいたい一年間で来て構わない人数です。
 もちろん、地球に生まれて、あまり成功なさらなかった場合には、もう一度、金星に帰ってくる方もいます。そのルートは残っています。ただ、「三回、地球人に生まれた場合には、もう戻れない」というのが一つのルールです。

I─ 分かりました。(中略)今、ここに座っておられる女性(Eのこと)は、芸術という分野で非常に才能があるのですが……。

金星人 はい。当然です。金星人はみんな芸術家です。(中略)
 美的センス、芸術的センス、非常に高いです。その意味で、地球人に何らかの奉仕、啓蒙をしたいという気持ちを持っています。この美の世界を教えたいと思っています。
 金星の世界はとっても美しいんです。
(202~206ページ)

金星の四次元空間(霊界)には、5億人くらいの魂が今も生活している。

金星から地球に生まれ変わるには、その金星四次元世界で、自己犠牲的な行為をして周りの人からほめたたえられることで、三次元世界で肉体修行をするチャンスが与えられなければならないが、金星から地球に来られる人数は、1年間で葉巻型母船に入れるぐらいの人数に限られている。

金星人は、美的センス、芸術的センスが非常に高く、みな芸術家である──。

いやあ、今日も、とっても不思議な世界の話を教えていただいたものだと、ほんとうに素朴に、私は思うのです。

『宇宙人との対話』 大川隆法著


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原子力って、事故が起きたら危険だけど、石油が出ない日本としては、やっぱり原子力しかないんじゃないかな。それとも、これから別のエネルギー源が見つかるのかねえ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『震災復興への道』(幸福の科学出版)で、「プレートテクトニクス説」で有名な地球物理学者・竹内均の霊の言葉(「霊言」)を、次のように伝えておられます。

 「どれだけのエネルギーを賄えるか」ということを考えて言うとしたら、左翼系の反対運動はそうとう出ると思いつつも、やはり、原発は、何らかのかたちで保護し、改善し、前進させないといけません。そうしなければ、次は、エネルギーを巡っての戦争が起きるのです。
 世界的に、「原発事故の被害を止めたい」「原発をやめましょう」ということになるかもしれませんが、そうなると今度は、エネルギー確保を巡っての戦争が起きると思われるので、日本は、この危機を通り越して、何とか、安全な原発の開発、原子力エネルギーの安定供給をつくり出していく必要があると思いますね。(中略)
 原子爆弾や水素爆弾のようなものに対しての反発はそうとうございます。つまり、原子力に関しては、人を殺す道具として考えた場合には、強い反発があるわけです。しかし、無限のエネルギー源として平和利用するかぎりにおいては、天上界から見て「悪」でも何でもありません。これは、私の意見だけかどうかは分かりませんけれどもね。
 要するに、いろいろな事故は、進化のためのステップとしての実験資料の面もありますので、今回の事故によって、あまり後退してはいけないと思うのです。
 高速増殖炉「もんじゅ」も、ずいぶん使えないでおりましたが、半永久的に使えるエネルギーというのは、やはり、夢のようなエネルギーですからね。そういうものを一般の人に理解させるのは、なかなか難しいことですけれども、国家の安定にとっては極めて大事なことだと思いますね。(中略)
 全国に五十何基ある原発周辺の住民は、今後、みんな反対に回ってくると思いますが、「原発が全部停止したときには、次は日本占領が待っている」と考えていいと思いますね。
 特に、日本は、原子力の軍事利用が全然できておらず、かなり後れを取っていますね。ここは、後進国へと転落していくかどうかの分岐点の一つだと、私は思います。だから、原子力そのものを憎むのではなく、やはり、原発の安全性を高められないことをこそ恥と思うべきかと思いますね。(中略)
 まあ、おそらく、次のエネルギー源として開発されるものが出てくると思いますけれども、少なくとも、二十一世紀中は、これが有力エネルギー源であることは間違いないですねえ。
 「次のエネルギー源は、おそらく、重水素かなあ」と、私は見ているんですけれどもね。
 水の分子式はH2Oですが、水には、質量数の大きい水素と結合したものがあるんです。そして、この重水素のところから分離するエネルギーが、きっと次なるエネルギー源になるのではないかと見ています。まあ、それが実用化されるまでには、まだ、もう少し時間がかかるのではないかと思いますね。
 これが開発されると、海水から無限のエネルギーを取り出すことができるようになっていくはずですが、ただ、「二十一世紀中は、まだ原子力発電を完全に捨てられない」という感じを受けております。
(127~131ページ)

日本は、今回の危機を通り越して、何とか安全な原子力発電の開発、原子力エネルギーの安定供給をつくり出していく必要がある。

原子力は、無限のエネルギー源として平和利用するかぎりでは、天上界から見て「悪」でも何でもなく、少なくとも21世紀中は、これが有力エネルギー源であることは間違いない。

実用化されるまでには、まだ時間がかかるが、次のエネルギー源は、おそらく重水素である──。

まだまだ原子力、そして次は重水素、なんですね。

エネルギー行政に関わっている方、あるいは次世代エネルギー源を探し求めている方は、たくさんおられると思います。

この有名な地球物理学者の卓見を、ぜひ参考にしてみられたらと、私は思うのです。

『震災復興への道』大川隆法著


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中国の経済発展って、すごいじゃない。このままどんどん発展して、いずれアメリカまで追い抜いちゃうんじゃないの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『ドラッカー霊言による「国家と経営」』(幸福の科学出版)で、有名な経営学者であるドラッカーの霊の言葉(「霊言」)を、次のように伝えておられます。

 中国は、確かに、今、勢いがあって拡張中ですし、向かうところ敵なしの状態に見えるかもしれません。しかし、本当の意味で資本主義化していくために、彼らには、まだ幾つか経験しなければならないことがあると思うのです。
 例えば、彼らは、著作権法にさえ、まだ十分に精通してはいません。他の国の企業などがつくったものを、まだ、そのまま平気でまねしているでしょう?(中略)本当はクリアしなければいけないことが、法律やシステムのレベルで、まだ、そうとうあるんですよ。
 だから、中国は、このまま一直線に行くとは考えられなくて、規模が大きい分、これから、幾つかの失敗を乗り越えていかねばならないでしょう。
 私の考えでは、十パーセント前後の経済成長を遂げてきた中国は、これから、おそらく、恐慌とまで言えるかどうかは分かりませんが、何らかの意味での大きなリセッション(景気後退)を経験すると思います。
 そういう大不況と治安の悪化を、どこかで必ず経験するはずであり、それを乗り越えないと、本当の意味で先進国のようにはなれないと思いますね。
 彼らは、今、かなりエゴイスティックになっていて、聞く耳を持たないところがあるのですが、これは、いったん、そういう大不況などを経験しないと分からないのです。彼らには、先進国の言っていることを理解できていないところが、まだあるんですね。(中略)
 中国には、唐の時代など、かつて世界帝国だった時代があるので、中華思想が残っており、そうした世界帝国への夢を持っているとは思いますが、文化的には、残念ながら、まだ、「欧米に追いつけ、追い越せ」の時代であり、日本で言うと、明治以降の時代を疾走しているところでしょうね。
 中国には、これから、幾つかの試練がまだあります。
 恐慌に近い、経済的な大不況を潜り抜ける経験や、大量の失業者や暴動と対決する危険、民族紛争の危険、軍事拡張による戦争を乗り越える危険、このようなものを幾つか通り越さないと、中国は、本当の意味での東洋の盟主にはなれないし、やはり、そう簡単には、日本を指導するような立場になれないと思います。
 「文明的に見て、中国の一部は、かなり進んできている」とは思いますけれども、日本に匹敵すると言えるような地域は、せいぜい、中国という国家のうちの一割ぐらいでしょう。
 残りの九割については、情報公開がなされていないので、その悲惨な部分については隠されたままになっています。先進国のように、全部に光を当ててみたら、悲惨な状況が数多く浮き出てくるはずです。ただ、その悲惨な状況を、中国政府は隠蔽して見せないようにしています。(中略)いずれ、大きな問題が幾つも出てくるだろうと思います。
 だから、日本は、中国に対して、それほど悪く言う必要はなく、「ご発展、おめでとうございます」と言いながら、日本は日本で、もう一段の高みを目指して努力していくべきです。「アメリカの経済モデルを超えて、次のモデルを構築することが可能なのは、日本しかない」と私は思うので、ぜひ、そのようになっていただきたいものですね。
(109~116ページ)

中国は、文化的にはまだ「欧米に追いつけ、追い越せ」の時代であり、日本で言うと、明治以降の時代にあたる。

中国が本当の意味で資本主義化していくためには、恐慌に近い経済的な大不況を潜り抜ける経験や、大量の失業者や暴動と対決する危険、民族紛争の危険、軍事拡張による戦争を乗り越える危険など、まだ経験しなければならないことがある。

だから、日本は、中国をそれほど悪く言う必要はなく、発展を祝福しながらも、自らは、もう一段の高みを目指して努力していくべきである──。

ドラッカーという方は、軍事面から中国の脅威を強調する言説とは、一味違った見方をしておられ、さすがだと感じます。

このあたりが、自らを単なる経営学者にとどまらず、「社会生態学者」(生物の環境を研究する自然生態学者に対して、人間によってつくられた人間の環境に関心をもつ学者)だとしておられた意味でもあるように、私は思うのです。

『ドラッカー霊言による「国家と経営」』大川隆法著


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ね、幸福の科学って、なんで今、「繁栄思考」なんて教えてるの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『繁栄思考』(幸福の科学出版)で、次のように教えておられます。

 今の日本および世界の国々の状況を見ると、この「繁栄思考」という考え方が必要なのではないかと思います。日本を含め、地球全体を不幸にしていこうとする思想が、今、また頭をもたげてきているように思われるので、私としては、「思想戦で戦わざるをえない」という気持ちが強く出てきています。
 要するに、「貧乏神思想」に対して、私は「繁栄思考」でもって戦いたいと考えているのです。
 世の中の人々は、「心の力」というものを、あまりにも小さく捉えすぎています。「気持ちの問題」とか、「ちょっとした気分の問題」とか、その程度に考えていることが多いようです。
 しかし、そのように思っているうちは、その人が、まだ、「この世的な人間」であることを意味しています。つまり、自分自身を、「この世の三次元世界、物質世界のなかに生きている肉体人間である」と認識している割合が、七、八十パーセント以上あるわけです。
 そういう人は、たとえ信仰を持っていたとしても、「霊的な自己」というものを、まだ十パーセントか二十パーセント、あるいは三十パーセントぐらいしか理解していない可能性が高いのです。
 この「霊的な自己」を認識している割合が五十パーセントを超えると、人生が変わってきますし、周りにも、今までと違った現象が起きてくるようになります。それは、その人の世界観が変わってきたことを意味しているのです。(中略)
 私は、つくづく思うのですが、人間は、自分が思っている以上の力を本当は持っているのです。
 その力を抑えているのは、実は、この世での生活を繰り返していくなかで周りから教え込まれた、「不可能思考」とでも言うべきものです。すなわち、「そういうことは、やっても駄目だ」「無理だ」「限界がある」という、「限定思考」のようなものを教えられ、慣らされてきた結果、それが、自分のなかに、だんだん熏習(しみ込んで残存すること)されてきて、「小さな自己」になってしまっていることが多いのです。
 これは、親の教育によって、そうなった場合もあるでしょうし、学校の教師から、そのように教えられた場合もあるでしょう。また、社会に出てから、友人や会社の同僚、上司等から教わって、そうなった場合もあるでしょう。特に、この日本という国には、「出る杭は打たれる」という風潮があるため、大きく考えることがなかなかできない傾向があります。
 「バブル」という言葉もあるように、大きな考えを持つことを、何か異常なこと、尊大で身分不相応なことだと考えがちなのです。
 ただ、私が見てきたかぎり、成功した人たちは、みな、「どうしたら自分を大きくしていくことができるか」ということを考え、そして、「それができる」と信じていました。そうした人たちのみが、現実に成功を体現してきたように思うのです。
(104~110ページ)

要するに思想戦として、地球全体を不幸にしていこうとする「貧乏神思想」に対し、「繁栄思考」でもって戦いたいと考えている。

世の中の人々は、「心の力」というものを、あまりにも小さく捉えすぎているが、人間は、自分が思っている以上の力を本当は持っている。

成功した人たちは、みな、「どうしたら自分を大きくしていくことができるか」ということを考え、そして、「それができる」と信じていた──。

何かというと不況だとか“下山の思想”だとか、世の中を暗く小さくしていく思想が流行っている中、大川隆法先生がなぜあえて、次々と積極的で前向きの思想を打ち出そうとしておられるのか、その意図しておられるところが、私はわかった気がするのです。

『繁栄思考』大川隆法著


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公益法人が黒字だと、非難されたりするよね。あれって、どうなのかね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『富国創造論』(幸福の科学出版)で、江戸時代に破産状態の米沢藩を建て直したことで、屈指の名君として有名な上杉鷹山の霊の言葉(「霊言」)を、以下のように伝えておられます。

 「黒字の公益法人を見つけては、それをいじめる」などということも、現実には起きているわけでしょう?(中略)これは考え方が基本的に間違っていると私は思いますね。
 そういう非営利法人であっても、それだけ利益がたまってくるのは、ニーズがあるからですよ。(中略)多くの人々が「その料金は妥当だ」と思っていて、それで利益がたくさん出るんでしたら、もう一段、事業として裾野を広げていくべきです。(中略)
 そういう利益が出ているところは、「民間会社並の可能性がある」ということを意味しているので、そこに公務員を引き取ってもらうようにしたほうがいいですね。単に失業者を出すよりは、そのほうがいいと思います。そして、そのなかで、多少なりとも違ったサービスを提供できるように努力していくべきですね。
 先ほど言った「漢検」もそうです。これから、移民が増えてくれば、外国人に漢字を教えるような事業が、当然、出てきますよね。そういう事業をやるために、先生を雇い、いろいろな所に教室を展開したら、当然、費用はかかり、利益は消えていきます。でも、それは移民を増やすために必要な事業でしょう? 漢字が読めなければ日本人になれないですからね。
 ですから、「漢検は利益が出すぎているから、外国人に漢字を教えるような事業を展開して、その黒字部分をもう少し投資に充てなさい」というような業務指導をするのが当然であって、「利益が出すぎるのは、けしからん」「本当に悪いことをしている」「着服したのではないか」などと言いすぎるのは問題ですね。(中略)
 「英検」みたいなものだって、受験者が増えれば増えるほど、当然、利益が増えますが、「利益が増えたから、けしからん」という考えは間違いですね。そういう英語の検定試験を受ける人が増えることは、「日本人が英語の資格に対して一定の値打ちを認め、英語能力を上げようと努力している」ということなのですから、それを悪いことのように言って潰そうとするのは間違っています。
 やはり、その英語事業を多角化していって、もう一段の国際人をつくれるような事業形態をつくり、公務員の余剰部分を吸収して、彼らが稼げるような体質に何とか持っていくべきです。
 「それは、民業を圧迫するから、いけないことだ」という考えもあるけれども、そんなことはないんですよ。非営利法人がそれだけの競争力を持っているのであれば、民間は民間で、それに負けないように、さらに頑張りますからね。「公立の小・中・高」対「塾・予備校」の戦いでは、軍配は明らかに民間のほうに上がっているわけですから、非営利法人がそういう事業をやっても、民間はいくらでも参入できるんです。
 公のものがよくなれば、民間も、さらにそれを超えるべく努力する。それが、まあ、資本主義市場経済のあるべき姿ですね。
 だから、「事業仕分け」もいいけれども、ちょっと間違わないようにしなければいけませんね。基本的には、黒字になったほうがいいんですよ。増税しないで黒字になるなら構わないんです。公営のもの、非営利のものでも、増税をしないで黒字化できる事業は良い事業なんです。「増税して黒字にする」というのは、最悪、最低、最後の仕事ですね。
(220~225ページ)

黒字の公益法人に対しては、内部留保が多いことを非難するのではなく、もう一段、事業の裾野を広げていくように指導していくべきである。

また、そういう公益法人には、余剰の公務員を引き取ってもらうようにすればよい。

公営・非営利のものでも、黒字化できる事業は良い事業であり、「増税して黒字にする」というのは、最悪、最低、最後の仕事である──。

この霊言は、民主党の「事業仕分け」をマスコミが華々しく報道していた、2010年4月に降ろされたものです。

増税だけに頼った財政再建を推し進めようとしている民主党政権の政策のおかしさに照らしたとき、さすが高名な上杉鷹山のお考えは、とても真っ当なものではないかと、私は思うのです。



『富国創造論』大川隆法著


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「Think Big!」って言葉を、最近、聞く気がするけど、これって、何なの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊の『Think Big!』(幸福の科学出版)のまえがきとあとがきで、次のように教えておられます。

まえがき
 若い人たちには、いろんな物事が困難に満ちて見えていることだろう。劣等感に悩んだ人は多かろう。
 逆に、自己顕示欲に悩まなかった人も少なかろう。
 劣等感と自己顕示欲の間にあって、心揺れながらも、未来を切り拓いてゆくことこそ、青春を生きる者の特権である。
 あなた方に『Think Big!』という言葉を贈りたい。東京には、今、スカイ・ツリーがその勇姿を見せてきているが、そのタワーが設計図以上に高くなることはありえない。
 大きな夢を心に描き、コツコツとした努力と、時には、人生ここ一番の勇気で、未来を築いてゆくがよい。

あとがき
 物事は、まず、やり始めることが大事だ。次には、創意工夫を続けつつ、やり続けることが重要だ。
 私自身、『スィンク・ビッグ!』という言葉に、何回救われたかわからない。
 若い頃、アメリカ武者修行で体得した、一番の悟りがこの言葉かもしれない。
 『ビー・ポジティブ!』(積極的であれ!)や『ビー・ブレイブ!』(勇気を持て!)がこれに並ぶ言葉だろう。
 本書は、若者にぜひとも読んで頂きたい成功論の一冊である。
(1~2、214~215ページ)

この間、新刊書籍のご紹介ばかりしているような気がしますが、気のせいではありません。実際、今年の大川隆法先生の書籍は、ギネスブックに記録された一昨年を超える、ものすごいハイペースで刊行されているようです。

それはさておき、本書は、若者向けの成功論のまさに決定版。

成功したい若者は、すべからく本書を読むべし! と強くお勧めしておきたいと、私は思うのです。



『Think Big!』大川隆法著


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