わたしが言ったこと、なんだか勝手に違うふうにとられてケンカしちゃったんだけど、わたし、ぜんぜん悪くないのに、ほんとにひどいよね? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?
幸福の科学の大川隆法先生は、『真説・八正道-自己変革のすすめ-』(幸福の科学出版)で、次のように教えておられます。
自分にとって長年の苦しみだと思っていることというのは、実はプライドで引っ掛かっているだけのことがあります。(中略)自分のプライドであり、「自分がかわいい」と思う心なのです。
しかし、本当に自分がかわいいのであれば、自分を救うことをこそ考えなければなりません。自分を苦しみから救出しなければならないのです。
そのためには、間違ったと思ったら、素直に「ごめんなさい」という気持ちを出さなければならないのです。これだけのことで、どれほど幸福になるか分かりません(中略)
他人の感情を害したと思ったら、もし、それが誤解によるものであったとしても、自分を縁として起きたことであるならば、「それは自分の表現の仕方が悪かった」と素直に認めるぐらいの度量は要るでしょう。
コミュニケーションというものは、百パーセントは行かないものです。たとえ、「自分の真意はそうでなかった。そうではなかったけれども、みんなに誤解されている」と思い、真意とは違っていることがあったとしても、誤解されたのであれば、そのコミュニケーションの仕方に間違いがあったということですから、その部分は認めなければいけません。
それは自分の表現が悪かったのです。その部分については、やはり自分に間違いがあったのです。(中略)
したがって、コミュニケーションが悪かった部分についても、自分の責任として受け止めるべきです。相手が誤解をしたのであるならば、誤解をさせるような言い方をし、行動をしたのは自分の責任です。最低限、その部分については反省しなければなりません。
もちろん、それでも分かってくれない人はいるでしょう。しかし、そこまで言っておけば、少なくとも自分自身としては、いちおう眠れるようになります。これだけは確実なことです。
(146~150ページ)
長年の苦しみには、実は自分のプライド、自分がかわいいと思う心が引っかかっていることがあるが、本当に自分がかわいいのであれば、自分を苦しみから救出しなければならない。
そのためには、間違ったと思ったら、素直に「ごめんなさい」という気持ちを出さなければならない。他人の感情を害したら、それが誤解だとしても、そのコミュニケーションの仕方に間違いがあったのだから、その部分は認めなければいけない。
それでも分かってくれない人はいるだろうが、自分としては少なくとも夜は眠れるようになる──。
言葉の間違いで長年、苦しんでいる人へ、反省法の具体的な考え方を教えてくださっている一節です。
「八正道」とか「正語」とか言われる、なんだか難しくって、自分と関係ない話だと思ってしまいがちです。
でも、こういった形でやさしく具体的に教えていただくと、なるほど、実際にやってみようと思うこともできるのではないでしょうか。
「仏陀」(釈尊の生まれ変わりの方)であるからこそ説くことができる、初歩からの反省法の書籍、心を正すことに少しでも興味がある方に、お勧めです!
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『真説・八正道』
大川隆法著 |
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