「滝」の俳句~私の心に見えたもの

220728 佐々木博子(「滝」瀬音集・渓流集・瀑声集 推薦作品より)

末黒野の暮れて空間陥没す 相馬カツオ 「滝」5月号<瀑声集>

2015-05-09 04:25:20 | 日記
「空間陥没す」を、末黒野の心象的把握と言ってしまえば
簡単。だが、そんな解釈では済まされない魅力的な措辞だ。
地球上の地面や地殻の陥没なら「重力のせいで陥没する」と
言えば分かり易いが、これは空間の陥没。空間が陥没すると
はどんな現象だろう。陥没させる主体は何なのか。探ってい
くと「宇宙空間はゆがんでいる」という一般相対性理論に行
き当たる。物質が存在すると、その周りに重力場が生じ、重
力場の存在する空間は、その重力場の強さに比例してゆがむ。
宇宙空間には大小さまざまな物質が存在するので、当然、空
間は大なり小なりゆがんでいる。物質の大きさ次第では陥没
状態にもなり得る。地球上の地面や地殻の陥没と同じで、空
間の場合も重力のせいで陥没する。ここまでを頭に入れてあ
らためて掲句を読むと、輝きだした星々の存在が浮かび上が
ってくる。作者は末黒野の原始的な風景の中に立ち、体内に
飛び込んでくる星の光に思いを致していた。原始時代いや地
球誕生よりもっと遠い昔に、遠くで放たれた星の光が、こう
してやっと今わが体内に届いてくれた。陥没してゆがんだ宇
宙空間の内も進んできたはずだ。直進したくても、曲がった
空間の中を進まざるを得なかったのだろう。作者は焼野の真
っ黒な景色に触発されて星の光の出立を思い、体内に届いた
その輝きに、宇宙空間での行程を察知したのだ。末黒野も陥
没した空間を進んできた星の光も虚実の「実」。この句は決
して心象風景ではない。「空間」の一語を抽象的な言葉と読
んで、味わうことを放棄したらきっと後悔する。それほどの
一句だ。(石母田星人)