「RACERS Vol.46」
勝ちに不思議の勝ちあり
負けに不思議の負けなし
'93年の鈴鹿8耐では、戦う直前まで明石にいた私に聞えてくることといえば、相変わらずのゴタゴタした問題ばかり。実は、こんなんで8耐はまとも戦えるのかと疑問を持っていた。でも、結果はご存知のように敵失があり、カワサキは勝った。 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」と言われるが、負けた時には必ず負ける理由がある一方で、負ける理由があっても外的要因などにより勝つということもある。したがって、勝負に勝ったとしても奢ることなく、さらなる努力が必要であるという意味なのだが、それまで表彰台すら遠かったカワサキでも一度勝つと、今度は一挙に浮かれてしまっている雰囲気の中、私はこれまで負け続けてきた理由を謙虚に分析していくべきだと思った。
しかし、幸いにも一度勝つと、勝ち癖とは言わないが、組織にも自信が自然と出てくるもので、KRTを技術部に戻してからは俄然、カワサキのロードレースは飛躍した。'95年頃以降のカワサキロードレースチームは、ようやく胸を張って勝てる資質を持った組織になったと、個人的には思っている。それは、相手と対等に自信をもって勝負できる組織ができたという意味であって、現実は、それでも表彰台の常連にはなれても真ん中に立てるのは難しいものだ。だけど、どの企業も8耐には3~4チームの最強軍団で構成してくるから、表彰台の常連になっただけも及第点だと今でも自負している。 ある会社の幹部の方から「カワサキさんはいつも勝っているイメージがありますね」と言われたことがある。カワサキは一回しか優勝してませんよと言うと、「そうですか…」と意外に思われた返事だった。「カワサキのロードレースは強い」というイメージがついただけでも上出来である。確かにいろいろあったが、'93年には念願の鈴鹿8耐にも勝ったので、'90年代はカワサキのロードレースにとって黄金期の一つに数えられると思う。
強いカワサキ”のイメージを
持ち続けてもらうために
先日、ヤマハが鈴鹿で8耐の事前テストを開始したと報道されていた。ここ数年のヤマハの8耐に関する取り組みは、これが勝つための最善の策だと思うが、かつては昔、みなそうしていたものだ。
鈴鹿8耐は、スプリントタイムで8時間を競争相手より如何に早くゴールさせるかの競争である。その戦いは、考え方によっては非常に奥が深い。勝ったから車が何台売れるかの単純な物ではないが、レースは技術の高さを表す一つの指標でもあるので、若い技術者が戦うには面白い素材だといつも思っていた。最近、トヨタの豊田社長がルマン24時間で発言したツイッターが報道されていたが、あのように考えるトヨタは幸せだし、まだまだトヨタは伸びると思う。
企業にとっての二輪レースへの考え方や取り組みは、大きく異なると何度も感じた。
戦後、日本国内の熾烈な競争に勝ち残り世界有数企業にまで成長した浜松企業は、創業以来、レースで勝利を重ねレース活動を企業活動の原動力だとかDNAだと言ってはばからないが、カワサキ二輪事業の10数倍の営業利益を稼ぐ巨大二輪事業体になってもなお、レースに多額の資金を投入し戦う場で、カワサキがレース活動する意義を考えてきた。当時、カワサキのレース予算がやっと2桁になった時、競争相手の予算は既に3桁を優に超え、カワサキの10数倍であると聞いた時には本当か?と耳を疑ったが、後日事実だと聞いて驚嘆したものだ。
通常、戦いの優劣は使う予算の量に比例するが、レースの現場に参戦すれば、10倍強の予算を使っているチームとも戦わねばならない。そんなカワサキのレース環境でも、レースに参戦したからには勝つべく準備をして戦う。 8耐が始まると、「今年は勝てるか?」と会社幹部から質問されるが、「競争相手の戦力をみて同等には戦える準備はできた」と回答した。だが、レース総括責任者は「勝てると言った」と短絡的に受けとられてしまう事が多く、2番3番になると非難ごうごうで、これでもかと言うほどに叱責され、もうたくさんだと思う事は1、2度ではない。 だからこそ、レースのマネージメントが上手く機能しないと、絶対に勝つチャンスは巡ってこないと思っていた。チームの組織が安定していることが、最も重要なのだ。 カワサキのような二輪の会社が、ホンダやヤマハと伍して生き残るには、カワサキというブランドを顧客に認知し信頼してもらうことが必須だと常に考えてきた。技術屋としてみれば、市場は優れたパフォーマンスを有するバイクをカワサキに求めていると考えてきた。Z1はカワサキを“パフォーマンスのカワサキ”として構築したが、すぐにスズキにとって代わられた。しかしながら、'95、'97年とカワサキの8耐チームをスポンサードしてくれた、タバコのB&Wジャパンの支配人が「カワサキは野性的で強いアメリカを象徴するラッキーストライクのイメージにぴったり」と表現したように、在野の人達には“パフォーマンスのカワサキ”のイメージは少なからず残っていたのである。
さすれば、カワサキの二輪がパフォーマンス的にどのように優れているかを具現化し広く認知してもらう必要がある。現在の二輪は好みの差はあれど性能上ではほとんど差異はないので、カワサキのバイクの優位性を認めてもらうには、二輪の原点であるレースで勝つこと、すなわち技術の頂点で勝つこと、そしてこれを継続する事が大切だと思う。 “強いカワサキ”のイメージを常に持ち続けてもらうためにも必要なことだと思う。
・・続
勝ちに不思議の勝ちあり
負けに不思議の負けなし
'93年の鈴鹿8耐では、戦う直前まで明石にいた私に聞えてくることといえば、相変わらずのゴタゴタした問題ばかり。実は、こんなんで8耐はまとも戦えるのかと疑問を持っていた。でも、結果はご存知のように敵失があり、カワサキは勝った。 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」と言われるが、負けた時には必ず負ける理由がある一方で、負ける理由があっても外的要因などにより勝つということもある。したがって、勝負に勝ったとしても奢ることなく、さらなる努力が必要であるという意味なのだが、それまで表彰台すら遠かったカワサキでも一度勝つと、今度は一挙に浮かれてしまっている雰囲気の中、私はこれまで負け続けてきた理由を謙虚に分析していくべきだと思った。
しかし、幸いにも一度勝つと、勝ち癖とは言わないが、組織にも自信が自然と出てくるもので、KRTを技術部に戻してからは俄然、カワサキのロードレースは飛躍した。'95年頃以降のカワサキロードレースチームは、ようやく胸を張って勝てる資質を持った組織になったと、個人的には思っている。それは、相手と対等に自信をもって勝負できる組織ができたという意味であって、現実は、それでも表彰台の常連にはなれても真ん中に立てるのは難しいものだ。だけど、どの企業も8耐には3~4チームの最強軍団で構成してくるから、表彰台の常連になっただけも及第点だと今でも自負している。 ある会社の幹部の方から「カワサキさんはいつも勝っているイメージがありますね」と言われたことがある。カワサキは一回しか優勝してませんよと言うと、「そうですか…」と意外に思われた返事だった。「カワサキのロードレースは強い」というイメージがついただけでも上出来である。確かにいろいろあったが、'93年には念願の鈴鹿8耐にも勝ったので、'90年代はカワサキのロードレースにとって黄金期の一つに数えられると思う。
強いカワサキ”のイメージを
持ち続けてもらうために
先日、ヤマハが鈴鹿で8耐の事前テストを開始したと報道されていた。ここ数年のヤマハの8耐に関する取り組みは、これが勝つための最善の策だと思うが、かつては昔、みなそうしていたものだ。
鈴鹿8耐は、スプリントタイムで8時間を競争相手より如何に早くゴールさせるかの競争である。その戦いは、考え方によっては非常に奥が深い。勝ったから車が何台売れるかの単純な物ではないが、レースは技術の高さを表す一つの指標でもあるので、若い技術者が戦うには面白い素材だといつも思っていた。最近、トヨタの豊田社長がルマン24時間で発言したツイッターが報道されていたが、あのように考えるトヨタは幸せだし、まだまだトヨタは伸びると思う。
企業にとっての二輪レースへの考え方や取り組みは、大きく異なると何度も感じた。
戦後、日本国内の熾烈な競争に勝ち残り世界有数企業にまで成長した浜松企業は、創業以来、レースで勝利を重ねレース活動を企業活動の原動力だとかDNAだと言ってはばからないが、カワサキ二輪事業の10数倍の営業利益を稼ぐ巨大二輪事業体になってもなお、レースに多額の資金を投入し戦う場で、カワサキがレース活動する意義を考えてきた。当時、カワサキのレース予算がやっと2桁になった時、競争相手の予算は既に3桁を優に超え、カワサキの10数倍であると聞いた時には本当か?と耳を疑ったが、後日事実だと聞いて驚嘆したものだ。
通常、戦いの優劣は使う予算の量に比例するが、レースの現場に参戦すれば、10倍強の予算を使っているチームとも戦わねばならない。そんなカワサキのレース環境でも、レースに参戦したからには勝つべく準備をして戦う。 8耐が始まると、「今年は勝てるか?」と会社幹部から質問されるが、「競争相手の戦力をみて同等には戦える準備はできた」と回答した。だが、レース総括責任者は「勝てると言った」と短絡的に受けとられてしまう事が多く、2番3番になると非難ごうごうで、これでもかと言うほどに叱責され、もうたくさんだと思う事は1、2度ではない。 だからこそ、レースのマネージメントが上手く機能しないと、絶対に勝つチャンスは巡ってこないと思っていた。チームの組織が安定していることが、最も重要なのだ。 カワサキのような二輪の会社が、ホンダやヤマハと伍して生き残るには、カワサキというブランドを顧客に認知し信頼してもらうことが必須だと常に考えてきた。技術屋としてみれば、市場は優れたパフォーマンスを有するバイクをカワサキに求めていると考えてきた。Z1はカワサキを“パフォーマンスのカワサキ”として構築したが、すぐにスズキにとって代わられた。しかしながら、'95、'97年とカワサキの8耐チームをスポンサードしてくれた、タバコのB&Wジャパンの支配人が「カワサキは野性的で強いアメリカを象徴するラッキーストライクのイメージにぴったり」と表現したように、在野の人達には“パフォーマンスのカワサキ”のイメージは少なからず残っていたのである。
さすれば、カワサキの二輪がパフォーマンス的にどのように優れているかを具現化し広く認知してもらう必要がある。現在の二輪は好みの差はあれど性能上ではほとんど差異はないので、カワサキのバイクの優位性を認めてもらうには、二輪の原点であるレースで勝つこと、すなわち技術の頂点で勝つこと、そしてこれを継続する事が大切だと思う。 “強いカワサキ”のイメージを常に持ち続けてもらうためにも必要なことだと思う。
・・続