梟の独り言

色々考える、しかし直ぐ忘れてしまう、書き留めておくには重過ぎる、徒然に思い付きを書いて置こうとはじめる

鶴見総持寺

2016-10-18 09:21:40 | 雑記
鶴見総持寺

仕事の時間に少し隙間が出来たので近くでありながら行った事のない鶴見の総持寺に行く、鶴見は駅の南と北では随分町の様子が違う、繁華なのは駅の南側で沖縄の関係する店が多いらしい、此処からは湾岸の工業地帯に向かって鶴見線もあり多くの活動は此方側になる、
北側に降りると駅のすぐ前から総持寺の坂道が始まる、寺を巻くように道路が続きだらだらと高度を上げてゆき第二京浜国道の上を超えると住宅街に変わる、寺は坂を少し上がると左側に入り口があるが正面はここでは無く駅を出たら線路沿いに左手に7~800m程度行けば山門がある、
私は先に書いた脇参道から本堂の下側を辿って正面に廻る事にした、最初にすれ違ったのは墨染の法衣の女性で尼さんだが宗派によってそう呼ばないかもしれない、その後何人か僧形の男女とすれ違うが一般人の服装をした人に会ったのは須弥壇の近くで年配のご夫婦が初めてだった、会話からするとどうやら地方からのお参りの様だった、
本堂の隣にある須弥壇らしき建物で一人写真を撮っていたがここから庭を下り正面の山門までほとんど人には合わない、本堂と長い廊下で繋がっている建物は座禅堂の様だ、よく磨きこんだ起き廊下と土間だけの細長い建物は神社の回廊の様な感じだが中から写すと昔の小学校の様な雰囲気になる、

自転車に乗った学生らしい男女数人にすれ違ったがここには鶴見大学と鶴見女学園が有るのでその生徒かも知れない、
山門まで来ると細い路地の先に幼稚園があるらしい、茶店に母親らしき親子が談笑していた、少し山門側に寄った所から小山があり守護神社の様だ、折角来たのでと登る事にした、10数メートルほど登ると左手に山門が見える、大きな楼門造りでその下を人が歩いてゆくのが見える、見下ろして左側が本堂の方向で右側はゆったりとした下り参道だ、薄日が差してきた

右手に観音像が立っている、

平成救世観音と書かれているが未だ出来立てで銀色に光っている、この色は半田を思い出すのは私だけか、高崎観音も真っ白で「白衣観音」となっているが少し古ぼけてこないとありがたみがないというのは不謹慎か、出来立てはこんなもんだろうしその昔ありがたい観音像はやはり美しくなければ神々しさは無かったのだろうが勝手なもんである
観音様を左から巻くように上がって行ったらそれこそ古い鐘楼があった、私にとってはこっちの方がずっと有難みがある、鐘楼の前で4~5歳くらいの女の子が二人遊んでいた、鐘楼の前で遊んでいるのでカメラを向けたらこっちを見て何か言っている、「何してるの?」と言ったら「遊んでるの」と至極当たり前の返事が来た、此処で「何して遊んでるの?」とでも聞いたらそれこそ怪しい爺さんだ、
「なのを映してるの?」と言うので「鐘を映してるんだよ」と言ったら既に彼女たちは新しい遊びに向かって行ってしまった、髪型が最近のテレビの影響か、いわゆる「おかっぱ」で懐かしい感じがする、
中々いい感じの画になったが今では肖像権とやらがあるので今回の写真はUpしない事にした、
てくてくと駅まで歩くと少々汗ばんできたが小一時間、良い息抜きになった